さて、この状況をどうしたものか。 苦笑いを浮かべる伊達男と、難しい表情で黙り込んでいる無表情メイド(妙な言い方だが)を前にして、思ったより冷静に状況を判断している自分に少々驚嘆しつつ、俺は途方に暮れていた。 大体にしてアレだ。 魔力がどーのとか言って、本気(と書いてマヂと読む)で考えているような奴等にどういう反応を返せと? 悪いが俺は、まだそういうオカルト系の方面に進む気はないんだ。 やるんなら俺を巻き込まずにどこか別のところで、って言いたいところではあるのだが、どうやら状況はそれを許してくれないようであり、むしろ加速度的に俺が引きずり込まれていくような感覚すら覚えるのは断じて気のせいである……と、思いたい。 「……どうしたものか」 少々混乱気味の俺が、益体も無いことばかりを考えていると、伊達男が口を開いた。 顔には苦笑を浮かべたまま、前髪を掻き揚げる。 俺を見るその瞳に浮かぶのは、困惑と好奇。 何だろう、こう、マッドな医者に診察してもらう患者の気持ちと言おうか。 ややもすると、実験動物のような扱いを受けそうで非常に居心地が悪い。 「やはり、一度解剖して詳細を調べる……」 「止めい!」 伊達男の発した不穏当な発言に、神速のツッコミを入れる俺。 ていうか、やっぱりそんなこと考えてやがったのか。 熱烈なオカルト信者に捕まって、魔力がないから解剖されましたって、どんな死に様だよ。 間抜けって言うか何て言うか、もうちょっとマシな死に方をしたいだろ、普通(別に死にたい訳じゃないが)。 「まぁ、それは冗談として」 「……笑えない冗談だな」 「ハハ、それは面白い冗談だね」 一瞬コイツに殺意が湧いたのは、もうしょうがないことだろう。 出来ればニ、三発ほどぶん殴った後どっかの港に沈めてやりたいところだが、後ろに控えているメイドのせいで、チキンな俺では実行に移せないのが実に残念である。 「さてナリー、君はニホンという国の出身だそうだね」 「え、ええ。まぁ」 今までの、お茶目な好青年といった様子から一変、シリアスな調子で問いかけてくる伊達男に困惑しつつも、俺はその質問に答えた。 ただ、その質問に、少々引っかかるものを感じる。 俺が日本の出身だというのは、俺をこの部屋に案内してくれたメイドから聞いたのだろう。 それは良い。 だが、「ニホンという国」という尋ね方は、ちょっとおかしい。 今のご時世、日本を知らない国なんていうのはほとんどないと言っても良いだろう。 その程度の知名度は、日本という国にはあるはずなのだ。 それなのに、「という」を使うのは、どう考えてもおかしい。 日本語を話しているんだし、日本を知らないということはないはずだ。 「ふむ、そうか。だがナリー、私達はニホンという国を知らないんだよ」 ところが、伊達男の口からは、俺の考えを完全否定するお言葉。更に、 「もっと言えば、ニホンと言う国はこの世界に存在しないはずなんだ」 なんて、素敵な事実すらも披露してくれた。 これにはもう、流石にお手上げするしかない。 日本という国の存在すら否定するとは、一体こいつ等はどんな夢を見ているのか。 それともあれか? 実は俺の方が夢を見ているのか? うん、何かそれが一番まともな見解な気がする(ナリーって呼び名も無かったことに出来るし)。 大体にしてあれだ。こんな精神異常者が、現実にそうそう何人もいる訳がないんだ。 その点、夢の中ならやりたい放題だしな、いくらでもこんなんはいるだろう。 ただ、俺の夢に出てきて欲しくはなかったな。 さて、これが夢だとするなら、今やるべきことは一つだ。 こんなカオスの世界に居続けると、夢の中とは言え、精神が汚染されそうな気がするし。 しからば、 「……ッ痛!」 …… 思いっきり自爆ってしまった。目の前のテーブルに、思いっきり頭をぶつけてみたのだが、ただ痛かっただけ。 夢から覚める訳でもなくホントに、無駄に痛い思いをしただけだった。 こぶが出来ていないのが、救いといえば救いか。 あー、そこのお二人さん。 そんな変人でも見るような眼で見ないでくれるかな? 非常に痛いから(額も空気も)。 「いや、てっきりナリーが狂ってしまったのかと思ってね。流石に適切な反応が出来なかったよ」 さり気に聞き捨てのならない事を言って、爽やかな笑いを浮かべる伊達男。 メイドの方は……未だに冷たい眼のまんまだった。 「え、っと、とりあえずそのことは置いといて。ここって、どこなんですかね?」 そこに至って、ふと、俺は重要なことを聞くのを忘れていたことに気が付いた。 今までオカルトプレイの店だと勝手に想像してはいたが、よくよく考えたら、まともにここが何処かということは聞いていなかったのである。 これは、大変重要なことだ。 ……決して、無様なことをやらかしたのをはぐらかした訳ではない。 決して、断じて、きっと、多分。 「……は?」 ところがどっこい、俺の問いは、先ほどの痛い空気を吹き飛ばすどころか、更に変人を見るような眼で見られる結果となってしまった。 何だろう、俺が何かやるたびに、変人扱いされている気がする。 「ナリー、それも新手の冗談かい? だったら少し笑えないなぁ」 「いや、冗談ちゃうし」 何故か微妙な関西弁が入ってしまったが、冗談ではないと言っておく。 だってマジで知らんし。ていうか目が覚めたらここにいたんだから、知ってるも何もないんだよな。 「ふむ、それでは本当に知らないと。だとすると、君は何でここにいるんだい?」 「こっちが聞きたいんですがね、その辺は」 うん、さっきも言ったが、俺は目が覚めたらここにいた訳だ。 つまり、ここにいる理由は全くない。 むしろ早く出て行きたいというのが本音だ。 ここに来てから、メイドには殴られるわ、牢屋には入れられるわ、額は負傷するわ(いや、最後のは自爆か)ロクな目に遭っていない。 さっさとこの魔界から抜け出したいと思うのは当然のことだろう。 「ここはバーナード皇国の第二皇女、アイリッシュ様の私邸で御座います」 と、今の今まで無言を通してきたメイドが、口を開いた。曰く、ここはヴぁーなーど皇国第二皇女の私邸だそうだ。 ……バーナード皇国って、どこですか? 俺の知る限り、地球上にバーナード何ていう国はなかったはずなんだが。ついでに、皇国を謳っている国もないはずである。 「で、その皇女の私邸に何らかの目的、この場合は悪意の篭ったという意味だね。それをもって忍び込んだのが君……だと思っていたんだが、違うのかい?」 メイドの言葉に次いで、伊達男が補足する。 わお、俺ってば知らない間に大犯罪者……って、ふざけてる場合じゃない。 事実だとすれば、下手すると即刻死刑にすらなりかねない状況だ。 どうやら、知らないうちに死地に立たされていたらしい。 ああ、そういえばメイドに殴られる前に、姫がどうのって言ってたなぁ。 あれ、ひょっとしたら言葉そのまんまの意味だったのかも。 「いや、違うも何も、気が付いたらここにいたんだし、そもそもバーナード皇国ってどこ? 何大陸にあんの?」 もはや敬語もなしに突っかかっていく俺(今までも微妙だったが)。 大体、いつの間にかそういう国があること前提で話をしてしまっていたが、実際、それが本当かどうかはわかっていないのだ。 最悪、今までの話は全部ガセで、実はどっかに拉致られているだけ、という可能性もある。 俺としては、納得がいく説明を聞くまでは、安易に信用するわけにもいかなかった。 「何大陸と言われても、この世界に大陸は一つしかないだろう?」 だが、どうもさっきから話が噛み合わない。 大陸が一つだけって、どんだけ昔の話だよ。 それこそ千年万年単位の話になってくる。 「君のいうニホンという国だが、それは何ていう大陸にあったんだい?」 「いや、大陸っていうか、日本は島国だし」 もしかして、ホントに日本を知らないのか、コイツは。 そんな訳はないだろ。 「島国、もしやそれは弥都のことかい? 確かにあそこの人々は黒髪黒瞳というし、君の特長とも合う」 また聞きなれない単語が出てきた。 確かに日本人と特徴は似ているが、日本のことを弥都なんていうことはまず無い。 ニュアンスで日本に近いと思うのは、やっぱり俺にも日本人の血が流れているってことだろうか? 「ふむ、弥都でもないのか。だとすると、君は一体どこから来たんだい?」 「いや、だから日本ですって」 さっきから何度も言ってるじゃないか。 耳悪いのか、こいつ。 「その日本を知らないんだが……ああ、じゃあ、そこは良い。それよりアイリッシュの部屋に忍び込んだ目的を聞かせてくれないか?」 「目的って、言われても」 気が付いたらここにいたんだから、目的もクソもないってさっきも言わなかったっけ? 「そんな訳はないだろう? 皇女の部屋に何の目的もなくただいる、なんてことはあり得ないからね」 いや、確かにそうなんだけど、実際俺は何の目的もなくあそこに居た訳で。 「……本当に、何も考えていなかったのかい?」 本当だっつーに。 わからんやっちゃな。 「ふむ、いや、そうか。わかった、すまなかったね。今日はもう良いよ、部屋を用意させるから、そこで休んでくれ」 そりゃありがたい……って、違うだろ。 俺が聞きたいことは、何一つ納得のいく答えをもらってないし。 一人で勝手に納得すんな。 あ、こら、部屋から出て行こうとすんなよ。 まだ話は終わってないぞ(主に俺の)。 「ナリー、これは私の推測なんだが……」 すると、俺の心の声が届いたのか、部屋のドアの手前で伊達男は立ち止まり、自信無さ気に口を開いた。 何だ何だ? もうこの際何でも良いから言ってくれい。 「君は、異世界の人間かもしれない」 「……はい?」 流石に、予想の斜め上の裏を行かれると、人間、まともな反応が取れなくなるらしい。 俺は座ったまま、ドアを開けて去っていく伊達男とメイドを、ただ呆然と見送るしかなかった。
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