邂逅輪廻



「では、コイツをお願いします」

「かしこまりました」

 さて、看守のオッサンに連れられて係りの者とかいう人の所に着てみた俺だったが、そこにいたのは……やっぱりメイドだった。

 しかも当然の如く無表情である。ここのメイドは、ひょっとして無表情が標準装備なのだろうか?

 馬鹿でかい部屋の両脇にズラリと並んだ無表情メイド。そして一斉に、

「「「おはようございます、ご主人様」」」

 …… ちょっぴりホラーだな、オイ。

とまあ、俺が愚にも付かないことを考えている内に、看守のオッサンはこの場を離れ、俺を連れて行く係りのメイドは、さっさと先に行ってしまっていた。

 だから、一人で先に行くなって。

 あの看守のオッサンといい、このメイドといい、ここの奴等は俺に対して冷たすぎやしないか(いや、まぁ、囚人に暖かく接する奴もいないだろうが)?

 はてさて、そんなこんなでメイドに連れられ、無駄にだだっ広い廊下を歩いていく訳だが。

 やっぱりというか何というか、高そうな壷とか絵とかが惜しげもなく飾ってあるわけだ。

 そこまでは良い。問題は、その中に明らかに絵の具で描かれたようには見えない絵があるって事だ。

 至近距離まで寄って見ればよくわかるが、その絵は、明らかに絵の具、というより筆を使われた形跡が無い。

 敢えて言えば、CGに近いだろうか。

 紙の表面はまっさらっぽいし、どうも不思議だ。

「どうなさいましたか?」

 俺が、足を止めてその絵に見入っていると、先に進んでいたメイドが引き返してきた。

 さっきはこっちなんか気にもしないでとっとと進んでいったくせに。

「え、ああ。この絵、なんですけど。これってどうやって描かれたんですか?」

「……は?」

 相も変わらず無表情なメイドに、素朴な疑問をぶつけてみると「コイツ何言ってんだ?」的な眼で見られてしまった。

 そんな眼で見なくても良いだろうがよ。 

「……それは冗談でしょうか?」

「イヤイヤイヤイヤ、冗談じゃないから」

 あまつさえ冗談扱いだし。俺ってそんなに変なこと言ったか?

「そ、それは失礼いたしました。これは魔法絵画(マジックアート)と呼ばれるものです」

「まぢっくあーと?」

「はい」

 まーた妙な言葉が出てきたぞ? 『結界』『魔術師』ときて、今度は『マジック』かよ。

 どんだけマニアックなプレイの店なんだ、ここは。

「高等魔術の一つです。普通の紙に、己の魔術のみを使用して脳内のイメージを描き込むため、鮮明なイメージとハイレベルな魔力のコントロールが要求されます。ですが、高等魔術と言っても、この魔術が使用可能な魔術師は比較的多く存在しますし、彼らによって描かれた絵画も多く流通していますので、世間の知名度は高いはずなのですが……」

 ちょい待ち。

 今、相当数の聞きなれない単語が飛び交っていたような気がするんだが。

 高等魔術がどうで、イメージが何?

 まったく理解できないんだけど。

 ていうか当然のようにそれを話してたけど、それって一般常識なんですか?

 むしろ俺のほうが少数派みたいな感じのニュアンスだったけど。

「失礼ですが、ご出身はどちらで?」

「え? いや、どこって、日本?」

 こういう場合、国を答えるのはおかしいかも知れないが、今まであった人間が全員日本人には見えなかったからな(金髪とかがほとんどだったし)。

 でもその割には、全員きっちり日本語話してたんだけど。

「ニホン、ですか?」

「ええ、まあ」

「それは……どこの国にあるのでしょうか?」

 いや、日本自体が国なんですが?

 このメイドは、一体何を言ってるんだろう。

 日本を知らないってのは、流石にないはずだ(日本語喋ってるんだし)。

 もしかして、ジャパンって言ったほうが良かったのかな?

「ジャパン、ですか?」

 …… 通じてねーし。

 どうなってんだよ、ここは。

 意味のわからん言葉は出てくるし、普通の事を聞いただけなのに妙な目で見られるし。

 終いにゃ日本を知らないときたもんだ。

 もう何が何やら。

 実は俺を混乱させるための手の込んだドッキリでした、とかいうオチじゃ……無いんだろうな、やっぱり。

「少々時間が押してまいりましたので、急ぎましょう」

「あ、はい」

 頭を抱えて考え込んでいる俺に、メイドが魅力的な提案をしてくれた。

 考え込んでいてもしょうがないし、とりあえずは目的の場所に行ったほうが建設的だろう。

 少なくとも、あのメイドよりも偉い人が来るようだし、もしかしたら何か聞けるかもしれない。

 ここでこうして唸っているよりもマシなはずだ。

 再び広い廊下を歩み、幾つもある扉の一つの前で立ち止まる。どうやら、ここが応接間らしい。

「では、こちらでお待ち下さい」

 ドアを開け、俺が中に入ったのを確認すると、メイドは深々と頭を下げて退室していった。

 そして、一人残される俺。

 見るからに高級そうなソファーに身を埋めながら、壁に掛けられている一枚の絵に目を向ける。

 あの、魔法絵画とか言うヤツだ。

 どうも、妙な感じだ。

 俺の常識が、まったく通じていないように感じる。

 魔術やら結界やらのオカルトチックな言葉が普通に通用しているっぽいし、そもそも日本を知らないらしい。

 自分達は日本語を話しているはずなのに、日本語を知らない。

 これは一体どういうことなのだろうか?

 それとも、彼らが日本語を話しているんじゃなくて、俺が別の言語を話しているのだろうか?

 だとしたら、俺はいつそれを覚えた?

 そして、それを使って違和感がないのは何故だ?

 疑問は絶えない。

 だが、それ以上俺が思考を深めるのを拒むかのように、応接間のドアが開かれた。

「ジュリア。彼が、そうなのかい?」

「はい、ガレオン様」

 そこに立っていたのは、漫画の世界にでも出てきそうなローブを羽織った青年だった。

 理知的な輝きを秘めた翡翠の瞳に、燃えるような赤髪。

 整った顔立ちの中に浮かべるアルカイックスマイルが、どこか胡散臭さを醸し出している。

 その男は、俺を探るように眺めると、隣のメイドに問いかけた。

 いや、確認した、と言うべきか。

 既に何かを確信したような響きが、その男(メイドが言うにはガレオンという名前らしい)の声にはあった。

「君、名前は何ていうのかな?」

「友成。真田友成、です」

 俺の向かいに座ったその男に、素直に答える俺。

 別に、わざわざ隠すようなことでもなかったし、何となく、正直に答えた方が良いような気がしたのだ。

「トモナリ、か。ふむ、少し呼び辛いな。もう少し簡単な呼び名を付けられないかい?」

「はい?」

 真剣な顔して考え込んだと思ったら、そんなことかよ。トモナリでも十分だろうに。

「トモナリ、トモナリ……むぅ」

「あのー、もしもーし」

 だが、目の前に男は真剣に考え込んでいる。

 どうでも良いだろうに、そんなことは。

 ていうか、コイツは一体何しに来たんだ?

「よし、ナリーにしよう。どうだいジュリア、良い呼び名だと思わないか?」

「素晴しいセンスです、ガレオン様」

「オイ、ちょっと待てコラ!」

 俺を無視して勝手に話進めんな。

 ナリー? どんだけ恥ずかしい呼び名だよ。

「ん? 何だい、ナリー」

「ナリーは止めい!」

 爽やかな笑顔でのたまう男に、渾身のツッコミを入れる俺。

 ナリーで定着するのだけは、絶対に阻止しなきゃならん。

 そんな恥ずかしい呼び名、俺が耐えられん。

「ハハ、そんなに照れることはないさ。良い呼び名じゃないか」

「どこが……ヒィッ!」

 再びの男の暴言にツッコミを入れようとした俺だったが、彼の後ろに立っているメイドと目が合い、小さく悲鳴を上げた。

 黙して語らず、しかしその眼は確実に「黙らなければ殺す」と語っている。

 無論、その無言の脅迫を突っぱねるような気概が俺にあるはずもなく、なし崩し的に、俺のあだ名はナリーで決定してしまっていた。

 ああ、もう、チキンな自分が憎い。

 それにしてもナリー。

 ……学校の奴等に知れたら俺の人生一巻の終わりだな。

「それじゃあナリー、ちょっと頭を出してくれるかい?」

 もはや何言う気力も無く、言われた通りに頭を前に出す。

 「ナリー」の部分が、妙に嬉しそうだったのは気のせいということにしておこう。

 むしろさせて下さい。

 さて、目の前に突き出された俺の頭の上に手をかざすと、男は何やら、ブツブツと呪文のように唱え始めた。

 一瞬、カルトか何かかと思ったが、そんな考えも、次の瞬間には霧散する。

「……!」

 それを見たとき、俺は叫ぼうとして、咄嗟に声も出なかった。

 それほどの衝撃。

 男の手が、何の前触れも無く、突然青白く光り始めたのだ。

 何かが仕込んである様子はない。

 俺の常識では、考えられない現象だった。

 だが、男は勿論、その後ろに立っているメイドも平然としている。

 明らかに、ありえない事が起こっているにも関わらず。

 数瞬の後、今まで平然としていた男が突然、神妙な顔付きで、かざした手を引っ込めた。

「終わったのですか?」

 後ろにいたメイドが、男に話しかける。

「ああ、終わったよ。正直言って、驚いた。まさか本当にそうだとは思わなかったんでね」

 先ほどまで、俺の頭の上にかざしていた方の手首を握りながら、男は苦笑気味にそう言った。

 男の言葉にも含まれていたように、驚愕の響きも、そこにはある。

 男の言葉を聞いたメイドは、少しだけ、嫌な予感が的中した、というような表情を見せた。

 それはまるで、あらかじめその結果を考慮に入れていたかのようだ。

「ではやはり……」

「ああ。彼は……魔力を持っていない」

 男に確認する言葉も、ある程度の確信を持っているようだった。

 それにしても、魔力というのは、一体何のことなのだろうか?

 そんな、漫画か小説の中でしか出てこないようなものが、実在する訳も無く、魔力が無いなんていうのは当然のことのはずだ。

 それに、あの男の光る手のこともある。

 疑問は、一向に減らず、むしろ増えていくばかりであった。




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