世の中には絶対に回避不可能なことがある。 まるで初めから決まっていたかのようにさも当然と訪れるそれは、本当にどうしようもなく我ら人間ごときがどうにかできる問題じゃない。運命に抗うとか運命を打ち破るとか、使い古された三流の謳い文句にケチをつけるつもりはないけれど、そもさん、一本道の人生しか歩めない僕達は運命を回避したとてそれこそが運命だという仮定を打ち破ることは出来ない。だからこそ一秒前の出来事さえ遙か昔から決まっていたかのようにも思えるし、そうでないとも思うことが出来る。もし僕らを上から観測している何かがいるのだとしたら問うてみたいと思う。 「い、いらっしゃいませー」 ――僕がメイド服の着用を回避できた可能性はあったのか、と。
葦原学園高等学校夏の風物詩、神凪祭は高校全体を開放し一般参加もOKだ。 そして我らが自由奔放放任主義の葦原学園。一日目のクラス単位の出し物はほぼなんでもアリ。ホラーハウスに模擬店くじ引きエトセトラエトセトラ。そのどれもが本格的かつ無茶苦茶。つまるところはお祭り騒ぎの大乱闘。億単位の金が動くだとか毎年死者が出るだとか根も葉もない噂も跋扈しているし、それでさえ僕は唖然としているのになんと冬の大神祭の方が凄いらしい。それをくだらないとは思わない。アホだとは思うけど。 そんなわけで僕が所属する1−Aの出し物も当然のように決定しないといけないわけで。 全てはあの電波娘――早乙女クルルのベタネタ発言から始まった。 『――コスプレ喫茶をやる!!』 ちょっと古いような気がしないでもないけれど、細かいことは置いておいて僕個人の意見としてはコスプレ喫茶に大賛成。男として肯かないわけにはいかないだろう、とは黄太郎談。 なのに――なのに。 「なんで僕の前にメイド服があるのかなクルル」 「よくぞ訊いてくれた! ――主人公はメイド服を着る運命にあるんだよっ!」 「わーい。本人の意思をまるっきり無視した運命論は止めていただけませんか馬鹿野郎」 1−Aの数少ない男性陣の殆どは力作業に周り、女性陣の半数も調理側へと回ったらしい。喫茶店なので力作業は大したものではなく、調理は逆に人数が多すぎるくらいらしい。僕は調理に回る気満々だったんだけど、何故かコスプレ担当になっていた。 「一応当然の権利だから訊いておくけど男物の衣装とかって他にないのかな電波娘?」 「のんのん。クルルは男物の衣装持ってないとゆかあっても渡さないよっ!」 「わーい。キレる子供というのを唐突に実践したくなってきたー」 「いひゃいいひゃい〜!」 クルルの頬をつねっても意味は無いけどまぁなんとなく。柔らかー。 そんなわけで僕は女装(長髪ウィッグ・薄化粧・ミニスカエプロンドレス・オーバーニーソックス)することになるのだった。回避不可能だった。理不尽だった。運命だった。 「えー、ご注文はどうなさいますか?」 「オレンジジュースとトーストで」 「700円になりまーす」 高。 ちなみに値段はプロデュースドバイ早乙女躯瑠々。この高価なのに「こんなの大サービスだよ! 巷じゃもっと高いんだねっ!」なんて言っていた。巷で一体何が起きているんだ。それでも客は来るわ来るわ。委員長によると開始直後・お昼時・夕方ごろに客が多いらしい。つまり開始直後の今は、その忙しい時期にあたるわけで。 だというのに――いるのだこういう輩は。 「ねぇねぇ、君。明日俺らと周らない?」 これで何度目だろう。いっそ僕の染色体でも見せ付けてやりたい。無理だけど。 「ええと、僕――」 「ボクっ子!? ますます興味が――」 「お客さぁん?」 声と共に、軟派男の肩を真っ白な手が掴んだ。そのまま男の肩はメキメキと音を立て始める。うわあ。 「この張り紙が見・え・な・い・の・か」 「ヒィ!」 用心棒・委員長(チャイナ服)の登場だった。だがしかし、男の欲望というものは留まる所を知らないらしい。大会議室を丸々使ったこの喫茶店、あっちこっちと事件続出。委員長ふぁいと! 「っだー、うぜぇー! 歯ぁ食いしばれ!!」 「おっとついにブチ切れた! 委員長の廃キックがカメラ男にクリティカルヒットォ!! まさかお客に文字通り脚を上げるだなんて、そこに痺れる! 憧れるぅ!! 解説の早乙女クルルさん、今の一撃をどうお考えですか?」 「この技は相手の顎を蹴り脳震盪を起して一時的に廃人にしてしまうことに由来するんだねっ! それにしてもやっぱり脚綺麗だねっ! さすがいいんちょ!」 バーテンマスターな黄太郎とゴスロリなクルルが実況解説していた。どうでもいいけど仕事しようよ。 「――わ、わわわ!」 僕は通算何度目かの巫女服瞑亜ちゃん転倒を防ぎ、すぐに仕事へと舞い戻る。 えーっと、あれ? 注文なんだったっけ? そんなこんなで忙しい開始直後・お昼時は過ぎ去って。 控え室になってる男子更衣室で、僕と黄太郎は疲れのあまりダレていた。黄太郎は遊びで疲れたらしいので報復とばかりに数発殴っておいた。僕の担当は午前と少しの昼なので今日はこれで終了だ。 「遊弥ナンパ回数・七回。委員長撃破数・十四回。ちなみにナンパ回数は遊弥トップ。さすが親友」 そんな名誉は返上したい。 何ゆえ僕を女の子と間違えるのだろうか。僕の女装なんかよりももっと可愛い女の子はいっぱいいただろうに。クルルだって顔だけ見れば可愛いし、瞑亜ちゃんは危なっかしいけど綺麗でたゆんだし。委員長は……可愛いというよりは凛々しいタイプだろうか。うわあ、委員長の恋人とか全然想像できない。 なんて邪だか俗なんだかよく判らない思考をしていた僕の肩を突然掴む黄太郎。妙に真剣な顔で、 「――俺、女装もアリだと思う」 「頭強く打って死ねぇ!」 壁に叩きつけた。何だか最近黄太郎が体当たり系のサンドバックキャラに思えてきた。こいつの頭がアレなのはいつものことだけど僕が被害に合うのは流石に勘弁願いたい。僕は緊急時にまず自己保身に走るタイプなのだった。最悪だなぁ。とりあえずさっさと脱ご―― 「……ぺらり」 「きゃあああああ!!」 さらに殴る。 スカートめくり犯は女性の敵! でも僕女性じゃない! どうしよう! ……ヤバい。いよいよ頭の中が混乱してきた。これが女装の恐怖なのか。怖い。このまますんなり女装を受け入れそうでかなり怖い。平然と女装をして人前に出る主人公なんて最悪以外の何者でも無いと思う。たぶん。 「ま、待て遊弥! 今なら俺、自分に素直になれる!」 黄太郎は僕の手を取り熱い視線と爽やか笑顔で、 「俺はお前のことが――」 「星になれぇぇぇ!!」 「ぐぎゃほっ!!」 廃キックが馬鹿を貫く。脳震盪どころか首の骨が折れたような気がしないでもないけどまぁいいや。 やっぱりこのメイド服をさっさと脱ごう。いや、別に似合ってるとか可愛いとか言われるのは嫌じゃないんだけど、でもやっぱり男としてのプライドというか何と言うか、まぁ褒めてくれるのは嬉しいけど――って。 新しい自分――発見? 「さ、さっさと脱ごう」 このままでは精神まで侵されてしまう。 「……脱ぐ遊弥も……ステキ……だ、ぜ……」 トドメを刺しておいた。 空を眺めるのは好きだけど、青空というものは大して好きじゃない。人工の天井をカムフラージュするかのような青色は開放感とか清清しさとかよりも、今自分が偽りの下で暮らしていることを思い出してしまうからかもしれない。たぶんこんなことを思うのは僕と――アリアぐらいだろう。 偽り。文字通りの意味で。僕は本当の僕を隠しているのだから。 だからといってどうというわけでもなく、偽っていたとしてもその仮面すら僕の一部なのだから全体的に見れば偽ってなんていないんだろうけど。贋物だとか本物だとか心底どうでもいい疑問だ。たとえこの目から光が失われても僕がそこにあると信じ本物だとするのならばそれは真実本物なのだから。全ては電気信号。光の屈折。今解明されている科学ですら贋物である可能性ですらあるのだから。 つまるところ信じてさえいればそれは真実。 閑話休題。 制服に着替えた僕は、このお祭に来ているであろうアルビノとサボっているアリアを探すことにした。とはいってもこの人の量。この中から二人を探すことは難しいかもしれない。M.A.I.D.はメイド服なので判りやすいかと思ったが、そうはいかない世の不思議。神凪祭にはM.A.I.D.も沢山来ているのだった! 「……ふぅ」 脚が棒になるくらいまで歩いた僕は、中庭の校内公園のベンチで一休みしていた。途中で買ったパックのジュースは後に飲むつもり。 青空から視線を落とすと目の前には数十種類にも及ぶ草花が甘い香りを漂わせており、それに惹かれる様に人々が集まっている。まるで自分たちが蝶になったみたいだ――なんて詩的な考えも浮かんだりして。 ふと僕の座るベンチの脇を見れば、そこにも花が並んでいた。これはサクラソウだったと思う。花言葉は『希望』『青春の始まりと悲しみ』だったか。そういえばこのサクラソウにもアルビノ種がある。真っ白で小さな花だ。僕の高校生活開始とともに現れた彼女は、まさにプリムローズなんだろう。サクラソウは魔女の害を防ぐらしいし。 さて、探し者を再開しよう――と思ったところで。 僕は彼と邂逅した。 「――探しものをしているのかい?」 花壇を挟んだ丁度向かい。ほんの数メートルの距離にいた制服姿の男。 気づけなかった。まるで亡霊のよう。 制服は僕と同じであることから葦原学園の生徒。結構な長身みたいだから上級生だと思う。肩まで伸びた真っ黒な髪を風に揺らしながら、嘘っぽい笑みを浮かべていた。 ……なんだよ。 初対面だというのに妙に馴れ馴れしい――そんな迷惑な性格の人間がいたとしても僕は一向に構わない。そもそも黄太郎がそんな感じだったし。だけど何故だか僕は。 ――僕はこの男が大嫌いだと、そうはっきり認識してしまっていた。 僕は誰かに対して苦手だと思うことはあっても嫌いだと思うことはあまりない。大抵のことなら――日常として許容できる事件や出来事なんかも軽く受け流せる。ぶっちゃけると嫌なことがあっても寝たら忘れられる自身がある。能天気だとかよく言われるけど、それはあながち間違えじゃないと自分でも思う。 でもこれは違う。 あまりにも異常。こんな異形が日常サイドの登場人物であっていい訳がない。 A.日常の反対は? Q.非日常に決まってるだろ馬鹿野郎。 非日常。 僕はそんなものを望んでいない。非日常はもう十分に堪能した。 値踏みするような僕の視線になんとも思わないのか、男は爽やかにこう言った。 「机の中も鞄の中も探したけれど見つからないのかい? フフッフー♪」 アホだった。すげぇアホだった。♪とか言ってる時点であの電波娘と同レベル。 うわぁ。関わりあいたくない人種じゃねぇか。 「ははは。そんな嫌そうな顔をするな、冗談だよ冗談」 タチが悪ぃよ。 仕方ないので常識人の僕が話を進行させようと思う。 「どなたですか? はじめまして……ですよね」 すると男は大げさに驚いたような顔をして、落胆するように肩を落とした。オーバーリアクション。 「覚えてないというのかい? 嗚呼、それはなんということだ。それでは長年想い続けていた私が馬鹿みたいじゃないか。所詮片思いだったというわけか。恋とは儚くも無情なもーのーだー」 言動の一つ一つが癇に障る。 クルルみたいな電波のオーバーハイテンションはそれなりに見ていて楽しいけれど、この人のリアクションは僕を挑発しているようにしか思えないのだ。ただの自意識過剰で済ませたいけど。 そもそも、ここ最近の僕はここまで感情を高ぶらせたことがあっただろうか。身を包んでいる昂揚感は懐かしい雰囲気と共に僕を心地よくさせる。思い出す。忘れるわけがない。 真っ白な部屋。赤色の少女。真っ黒な道路。赤色の女性。 僕が殺した。 …………。 ……くそ。くそくそくそくそ。イライラする。 「そんなに睨むなよ。君はもっと大人しい少年ではなかったか?」 ……そうだ。気持ちを落ち着けよう。 この男が一体何者であるかとか、あの赤色の惨劇を思い出すとか、そんなことは今は捨て去って。ただただ自然に先輩と会話しよう。そう、この男は先輩なのだ。先輩には敬意を払わないと。 「それとも――子供の頃でも思い出すのかい?」 瞬間。 僕は胸倉を掴んでいた。 「何を知ってる……!!」 周りの人が驚いてこちらを見ているが、そんなことを気にしている余裕はない。 この男は、僕の―― 「ああ、怖い怖い。私は暴力というものを、君ほど得意とはしていないんでね」 「……言葉の暴力って知ってますか先輩」 「おやおやおや。私を先輩と言ってくれるか。嬉しいよ」 へらへらと笑い出す。その顔面をぶん殴りたい衝動に駆られた。 落ち着け。落ち着けおちつけ思考を冷却しろ凍結しろ氷結しろ封印しろ封殺しろ封滅しろ。 『――たとえどんなことがあっても、常に冷静でなくちゃ駄目だぞ』 そう、あの人に教えられたじゃないか。 ……オーケイ落ち着いた。いつものクールな藍原遊弥だ。わあクールだとか自分で思うと恥ずかしい。 「すいませんでした」 「償いの品はいらないよ?」 だったら何故右手を出すこの野郎。しかし傍から見れば僕がいきなり掴みかかったとしか見えない。仕方ないのでとっておいた買ったパックのジュースをあげることにした。つかこれ狙ってたなこいつ。 「ちょっと温いですけど、よかったら」 「すまないね。おお、世界樹のしずくじゃないか。身も心もリフレッシュだな」 ぐびっと一気飲みする男っぷり。飲み終わるまで十分待った後、僕は問いかけた。 「……で、あなたは誰なんですか? 僕のこと知ってるみたいですけど」 「おお、力がみなぎる……と、すまない。そうか、自己紹介がまだだったね」 空になったパックを押しつぶしながら言う。 「私の名前は天王子若――この学校の生徒会長だ。もう夏休みに入るというのに、新入生にはあまり顔も知られてないのだな。会長はちょっとショックだ」 男――天王子若は声高らかにそう言った。 ああ、生徒会長か。そういえばこんな人だったかもしれない。どうりでこの注目度――さっきから僕らは色々な人に見られっぱなしだった。掴みかかった所も見られてるだろうから、変な噂が立たないか心配だ。 「じゃあ、会長が僕に何のようなんですか」 「そうだな――いわば宣戦布告というやつかな?」 …………。 この男は、何と言った? 宣戦布告? 戦争でもやらかすつもりか。 戦争。 ――胸騒ぎがした。 この目の前にいる男が、思っているよりもとんでもない男だということを感覚が伝えてくる。身の芯が震えるようなこの感覚は、あまりにも久しぶりすぎた。その痺れに麻痺してしまいそうになる。たとえM.A.I.D.の集団に襲われてもびくともしなかった僕の芯が。 「……あなたが僕の何を知っているのか詮索するつもりはあまりありませんよ」 この男は危険だ。僕が生きてきた十数年の中でもトップクラスの危険人物。何をするか判らないからこそ、今のうちに釘を刺しておこう。僕は天王子若に出来る限りの敵意を浴びせながら言う。 「でも、僕とその周りに危害を加えるようなら 殺す ……なんてのは嘘ですけど暴力に頼るかもしれませんから気をつけてくださいね、先輩」 だがしかし。 「それは無理だ」 あっさりと。とてもあっさりと僕の敵意は斬って捨てられた。 それは気の強さというよりも、眼中に無いといった様子だった。そんな選択肢は初めからから存在していない。まるで既に決まっていたこと――運命であるように。 「私には欲しいモノがあってね。それを今の君が持っているんだよ」 僕が持っているモノ。 そういえばクルルが僕を襲撃してきた時に、彼女は何と僕に問うたか。そもそも僕は狙われるほど重要な物を隠し持っていたりはしない。いや、その考えは早計だろう。たとえ僕が重要としていないものでも、他人にとっては命より大事なものがあるかもしれないのだから。 「アーネンエルベは我々――ゼノ・ジェネシスが貰い受ける」 古代の遺産。 だが、そんなことよりも―― 「……さて、これぐらいでいいだろう。どうせこの先また会うことになるのだろうし」 決定事項かよ。 天王子若は、もう僕には用済みだと言わんばかりのあっさり具合で身を翻し、去って行こうとする。もちろんそれを僕は引き止めるつもりはない。むしろさっさとどっか行って欲しいぐらいだ。 「じゃ、今日と明日の祭を楽しみたまえ。白花の機械と赤の姫様にヨロシクな」 「――――!!」 遅かった。いつの間にか天王子若は人ごみの中へ消えている。 後に残される不快感と謎。 「……あーあ、せっかくの神凪祭が台無しだっつの」 その誰に向けたか判らない言葉は、鉄の空へと舞っていった。 結局アルビノとはずいぶん後になってから合流し、アリアは見つけられなかった。明日は合流場所をきちんと決めることにしよう。そんなわけで一日は終わり、僕は背中を流してもらってる最中だった。 あーきもちいい。 「でさ、そんないやーなヤツに会ったんだよね。あ、もうちょっと右」 「……マスターが愚痴を言うというのは珍しいことだと判断します」 「ん……そうかな?」 たぶんそうだろう。僕は愚痴を零すほどの苦労はあまりしたことない。とはいってもあの男は例外で、誰かに愚痴って僕の中から外に出さないと、内側から侵食されそうなのだ。 それぐらい、嫌。 『昨夜未明、総合通信監理局のサブ・データバンクがハッキングされるという事件が発生しました。幸いにもセキュリティによりハッキングは阻止されましたが、個人情報の流出など――』 壁に取り付けられたモニタからのアナウンサーの声が風呂場に木霊する。 僕は肩の辺りを丹念に擦られながら、極楽気分でニュースを聞いていた。世間も色々あるんだね。 『――なお、事件はデータバンクの防壁にチーム名を書き込むという手口から、現在世間をに賑わせているサイバーテロチーム、ゼノ・ジェネシスであると判断され――』 …………。 まさかと思ったけど、やっぱりなのか。 果たしてあの男が本当にサイバーテロリストなのかは不明だが、少なくとも一日に二度その名を聞いたことは事実だ。なんてタイミングがいい。まるで必然――運命のよう。 「運命、ね……」 だとしたら、今まで僕が歩んできた人生も全て運命というシナリオの上だったのだろうか。 ……なんてね。たとえ運命であったとしてもそう重く感じる必要が無い。たとえ幾百の選択肢があろうとも、一つを選んでしまえばその一つに収束してしまう。それは元から選択肢がなかったのと同じこと。 それに僕が今まで選んできた人生に悔いはない。 ――たった二つの例外を残して。 もし人生というものが一本道じゃなくて、過去の出来事を回避できたのだとしたら。 「イフの世界を語るほど、僕は落ちぶれちゃいない。もしもを語りだしたらキリがない。たとえ最善の選択肢を選んだとしたって、無限の分岐のまえでは無意味に等しいからね。最善といことは、見方を変えれば最悪ということなのだし。つまるところ精一杯生きようって感じかな」 「……マスターが述べる論は、私には難しすぎます。私は哲学や論理を語るほど経験を積んでいませんから」 「それに僕の独り言は論なんて大層なものじゃないよ」 泡を流して湯船に浸かる。たとえ水陸両用アルビノさんであっても、無為に水の中に入る意味は無いらしい。そこそこ広いバスタブだけれど、流石に青少年として密着は避けたいので僕も賛成だった。アリアやクルルみたいに断崖絶壁だったらいいんだろうけど、アルビノは残念ながら出るところが出ている。僕と親父の趣味は相反するみたいだ。いや、大きいのも好きだけど、僕ロリコンだし。 ウソぴょん。 「そういえばアルって自分の掃除とかどうしてるの?」 埃とか汚れとかそれなりにつく筈なんだろうけど、アルビノの肌はいつも綺麗すべすべだ。何か秘密があるのかもしれないと思って聞いてみたり。ただの暇潰しだけど。 「私には自動洗浄機能がありますので」 「へー、べんりだね。どうやるの?」 少なくとも大きな機材とかはウチに無いはずなんだけど。 「マイブラシとマイふきんを使って丹念に」 なるほどナットク自動ときたか――って、 「それ自動って言わない!」 かぽーん。
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