『何で私がアンタの相手をしなくちゃならないのよ。今、ここで』
『寂しい? そんなの私がしったことじゃない。よろしく一人で寂しがりながら死になさい』
『ああもう本当に邪魔ね死にたくなるわ』
『別に私が死のうとアンタには――世界にはこれっぽっち微塵も関係ないわ』
『もちろん死ぬだなんて、口先だけに決まってるじゃない。何、そんなのも察せない馬鹿なの?』
『ああ。他人が避けている人間に、わざわざちょっかい出してるんだからそりゃあ馬鹿なんでしょうね』
『いいこと教えてあげる、トクベツにね』
『――私、馬鹿は嫌いなの』

 名前:アリア=アルケティプス
 クラス:葦原学園高等学校1−A
 所属:なし(帰宅部)
 好きなもの:一人でいること・ハック&クラック・屋上で過ごすこと
 嫌いなもの:うるさいやつ・暑苦しいやつ・押し付けがましいやつ・馬鹿
 将来の夢:考えたくもない

 ※追記――天敵:藍原遊弥




ハンドメイドメイデン7
ビターミルクキャンディー

七桃りお



 うっわ……すっげぇキツい夢見た。
「やっと目が覚めたのね」
「うん……って、おぅ」
 声は上から来ており、何故か僕は横になっている。
 昼下がりの屋上庭園。幸い昼の賑わいは今は無く、花に囲まれるのは僕とアリアだけのようだった。それもその筈、もう授業も始まっていてもいい頃合なのだから。しかし寝坊で遅刻したなんて情けなさの所為か、動こうという気にはならなかった。
 ……大嘘です。僕は大嘘吐きです。ただ単純に、アリアの膝枕を堪能しときたいだけなんです。
「でも何でこんな幸せな……ケフケフ……驚きな状況に」
「私の頭に激突してきたから、頭をずらしたら膝に落ちただけ」
 普通なら振り払うだろうに、僕の眠りを妨げたくなかったのかもしれない。可愛いじゃないか、アリア。
「動くのも面倒だったから、そのままにしておいたのよ」
 ……そんな事だろうと思ったさ。でもね、こう、希望的観測っていうか。
「で、退いてくれないの? そろそろ脚が痺れてくるんだけど」
「えー」
「叩き落としてもいいのよ?」
「今起き上がりまっす」
 きちんと座りなおし、飲みかけだったエリクサー(甘味炭酸飲料)を探そうとして、
「あれ……僕のエリクサーは?」
「ああ、これ?」
 どこからともなく取り出されたパックを受け取り、ちゅーちゅー。
 ああ、そうそうこのどうやったらこんな粘着質な液体が生まれるんだと抗議したいほどのあってはならない喉越しが――って、
「これ《どろり濃厚ミルク・俺の味》じゃねぇか! 絶対飲むまいと思ってたのに!」
 ちなみにこれらのアレな飲料――もとい一部のアレ食品は、食事のMPメンタルパワー回復効果を高めるためにうんたらかんたら、つまるところ日替わりトンデモメニューを購買でやっちゃおうぜ的な企画の産物なのである。
 ……いつか死人が出るって。
「おおおおお……僕が牛乳嫌いなのを知ってのことか!」
「あら、そうだったの?」
「というか僕のエリクサーは!?」
「飲んじゃった」
 なんてさらりと言うこの赤いちびっ子。高かったのに。
「エリクサーの味に興味があったのよ。エリキシル剤エリクサーって、薬学では甘味アルコール溶液を指すらしいから。学生がお酒なんて飲んでちゃいけないもの」
「いや、まず酒を購買では売らないでしょ」
「どうかしらね。知ってる? その牛乳の隠し味には――」
「やーめーてー! 何故か聞きたくない!」
 ハングアップな僕を、シニカルに笑うアリア。
 ……昔の、全てを拒絶する棘はないものの、隙あらばこちらを攻撃してくるその姿勢はどうかと思う。
「っあー、でもサボリかー。怒られるかも」
「いいじゃない、たまには」
「アリアこそたまには授業に参加しろって」
「冗談。私はそんなの必要としてないもの」
「うわぁ、すっげー腹が立った」
「へぇ、遊弥のお腹は立つのね。立つのは別の所じゃなくて?」
 ナチュラルに下ネタかよ。
「そうね、こっちも授業をしようかしら?」
「なんのだよ」
「大人の」
 隊長、ついていけません。でも誘惑されつつあります。ああ、なんて男の子な僕。
「じゃなくて!」
「強行突破とはえげつないわね。このチキン野郎ー」
「なんとでも言えよ、もう」
「この――」
「勘弁して下さい」
 土下座だった。全身全霊の。



「それにしても、さ」
 唐突に切り出してみた。
「アリアって最近、よく僕達に付き合ってくれてるよね」
 風邪をひいた時とか、買い物に出かけたときとか。
 僕の言いたいことを理解してくれたのか、アリアは少し真っ赤な唇を尖らせて、
「悪いのかしら?」
「まさか。でも、アリアは楽しいのかなと思ってさ。嫌々つき合わせているのだったら、自重するし」
「……無理矢理だし、無茶苦茶だし、賑やか過ぎるにも程がある」
「やっぱり、嫌かな」
 そんな僕の弱気発言をどう思ったのか、アリアはシニカルな笑みを作って、
「良いと悪いに、好きか嫌いかは関係ない。賑やかなのは嫌いだけど、皆と過ごす時間は嫌いじゃないわよ」
 そう答えてくれた。
 …………。
 正直、嬉しい。
「流石は遊弥のハーレム帝国ってトコロね」
 またそんなこと言って。
 ……もしかして、もしかすると。
「妬いてる?」
「だったらどうする?」
「……質問に質問で返すのは反則だって、誰かが言ってた気がする」
「じゃあこの話は保留ね。ほりゅーもとい私の封殺勝利。やったわ」
 苦い敗北の味だった。
「まぁでも、アリアが皆と一緒にいることが好きだと思ってるんなら、それでいいよ」
「好きだなんて言ってないわよ。嫌いじゃないって言っただけ」
 今度はアリアが顔を背ける番だった。可愛い。
「じゃあ頑張らないとね。アリアはとことん終始僕に付き合ってもらうから」
「それは告白?」
「大事なことを告げるのが告白だというのなら」
「そうね。それなら私、もう遊弥に告白されてのよね」
 …………。
 ああ、覚えていてくれたのか。
「なにその顔。まさか私が忘れてるとでも思っていたの?」
 だって《アレ》は、本当に突然だっただろうし。
 今思えば、若き僕はなんてこと言ってるんだと思うし。
「一年前のアレ。私は一字一句違わずに、アンタが言ったこと覚えているわよ」
 最っ高に意地悪な笑みでそう言った。
「僕も若かったんだよ。まさか初対面であんなこと言うなんてさ」
「後悔してるの?」
「まさか。君との《約束》は護るつもりだし、今もそのために努力してる」
「だったら残念。私は未だにこの屋上で過ごすのが心地良いわ」
 と、髪をくるくるしながら言った。
 御機嫌なのだろうか。
 なぜかその御機嫌具合が、気に入らなくて。
「寂しがりやのクセに――ぺぷっ」
 殴られた。平手だった。
「いたた……カラーが赤なら手が出る速さも三倍速かぺぱっぽぺっ」
 もう一度殴られた。往復だった。
「うるっさいわね。ああもう黙らせてやるわよ物理的に」
 勢いよくネクタイを掴まれ締め上げられる。
 ……やばい、落ちる。ここで突然のバッドエンド!? なんたら道場へ直行か!
「冗談よ」
「げほっごほぉ……! あえてはっきり言うけど全然冗談じゃねぇぞ馬鹿ー!!」
「ほほう。この私を馬鹿とはいい度胸じゃない。アレね、去勢ね」
「実は下ネタ大好きだろお前」
「……去勢ってのは、気力を失わせるって意味があるんだけど」
 自爆だった。
「まったく、コレだからこの時期のお猿さんは」
「テメェ――」
「いいのよ」
 アリアはネクタイで僕を引っ張り、顔を近づけさせた。
 形のよく、真っ白な顔が近づいて。髪と同じ真っ赤な唇が小さく開き、
「私には、アンタがいるもの。そうでしょう?」
 そんな魅力的なことを、言ってのけた。
 それは、それはそれは。
「なんて――ね。あの時・・・アンタが言ったこと、実現しちゃったかもね」
 ネクタイを引っ張る力が強くなる。
「私はね、遊弥。アンタとは真逆なのよ」
 首が絞まっていって、酸欠状態にもなっていて。
「両義両極両面両端、限りなく近くて果てしなく遠い」
 頭が、くらくら。
「だからアンタが、誰かを愛したいのだというのなら・・・・・・・・・・・・・・・
 彼女の顔が近い。
「私は――」
 真っ赤な髪。
 真っ赤な唇。
 真っ赤な瞳。
 一年前のこの天井青空の下。
 ――その赤の少女は、確かにそこにいた。
 彼女は屋上のフェンスに身を預け、小さな身体を抱くように手と足を組んで空を見つめていた。青と白が映し出された空を、儚げに、何かに思いふけるように。声をかけることすら躊躇してしまってたっけ。
 時折吹く風が、ただの風程度にしては不相応にも彼女の赤髪を微かに揺らしていた。
 それは、痛烈なまでの赤色。
 血液でも太陽でもない赤。
 赤銅でも橙赤でもない赤。
 ただ赤色として、彼女は存在していた。
 僕を完膚なきまでに叩きのめした彼女。
『アンタはただ誰かに愛されたいだけ』
 僕を完全なまでに破壊しつくした彼女。
『そんな自己満足を押し付けないでよ』
 僕が完膚なきまでに叩きのめした彼女。
『人は独りじゃ生きていけないんだよ』
 僕が完全なまでに破壊しつくした彼女。
『君は人間だよ。僕が勝手に保証する』
 互いが互いを拒絶し尽くし。
 互いが互いを隔絶し尽くし。
 互いが互いを断絶し尽くし。
 それでもなお。
 僕は。




「ここか藍原ぁー!」

 突如、出入り口から雰囲気ぶち壊しの怒声が。
 少し低めのアルト声を張り上げる、黒髪ポニテの少女が仁王立ちでそこにいた。
「……あ」
 気がつけば、アリアがいつの間にかネクタイを手放していた。彼女の表情は、いつも通りの無表情。いや、少しばかりニヤニヤしている、シニカルな笑みの表情だった。
 ……そうやって、僕の危機を楽しむのはどうかと思う。
 僕は現れた彼女――委員長をなるべく刺激しないように、
「ど、どしたの? あ、眉間にシワが――」
「――ブッ殺されてぇかぁぁぁぁ!!!」
 瞬間、迫り来る靴裏。
 あの距離を一跳びで、いや、問題はそこじゃなく――
「短パンかよ卑怯者!」
「吹き飛べぇ!」
 跳び蹴りが、顔面直撃ストライク。きりもみ回転しながら吹っ飛ぶ僕。
「な、なにするんだよ委員長」
 ぐわんぐわんする頭を奮い立たせ、なんとかよろよろと立ち上がる。全体重を乗せた委員長の必殺一撃は、僕に痛みと衝撃と残酷ヴィジョンを叩き込んでいた。そんな、スカートの下に短パンだなんて。
「何サボってんだ! おかげであたしが探すハメになっちまったじゃねーか!」
「……ね、寝坊しちゃってさ」
「五間目はHR! 内容は神凪祭! クラスの話し合いなんだから皆揃わないと意味ないだろうが!」
「おお、そんなのもあったっけ」
「こ、の――ドアホがー!!」
 右拳のアッパーカットが、僕の胸でインパクト。一直線真上に吹き飛ぶ僕。
 こ、これ以上は死ぬ。渇かず飢えず無に還ってしまう。
「わかったわかった、今から行くからもう勘弁して……」
「三秒以内」
「ひどー!」
 全く、何故峰先生はこんな熊をも殺す天然☆デストロイヤー(物理的)を委員長に任命したんだろう。いや、任務はきちんと果たせているような気はするが、なんとうか、ねぇ?
「仕方ない。アリア、戻るか」
「……私も?」
 アリアは本当に不思議そうに首をかしげた。
 さっきまでの妖艶な雰囲気は彼女にはもうなく、少女らしい愛らしさを感じさせている。本当に心底不思議だったのだろう。
「話し合いだったら、私なんて居ても居なくても一緒でしょう。私は意見なんて出さないもの」
 馬鹿はコイツじゃないのか、このちびっ子。
「あのな――」
 しかし、僕が口出ししようとした所で、
「――はン。あたしの前でグダグダ言うな。難しい話は嫌いなんだよ。大体、おまえらが神だろうが悪魔だろうが天才だろうが馬鹿だろうがあたしの前では等しくクラスメイト。それ以上もそれ以下もねぇ」
 委員長が、言い切った。
「ああん? 何笑ってんだ」
 思わず口元を押さえる。笑っていた。
 特に意味はないが――意味もなく笑えるということは、幸せな印だ。
「じゃ、鬼委員長が怖いから戻ろうか、アリア」
 僕は手を差し伸べ、
「……しかたないわね」
 アリアは無言でこちらの手を、握り返した。
 しっかりと。










 僕は。
 言った。
『だったら僕は、君が独りじゃ――僕なしじゃ生きていけないようにさせてやる。皆と一緒がいいって、泣かせてあげる。だから僕は、明日から君の隣に座るよ――アリア』
『好きにすれば』





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