《Unus Mundus》――ACCESS.



ハンドメイドメイデン6
ビー・マイ・マスター

七桃りお



 主人の三十分前にはスリープ状態を解除し、スタンバイからアクティヴへ移行。
 主人は午前六時三十分丁度に目が覚める。休日であってもそれは変わらない。
 体温・呼吸・心拍共に異常なし。鼻づまりを発見。風邪の余韻だと推測できた。
 しばらくして、やはり六時三十分丁度に主は目を醒ました。
 朝の挨拶を私に告げ、主人は着替えを始めた。手伝おうとすると怒られてしまうのは何故だろう。
 しかし私は優秀なので、学習能力を駆使し、怒られるようなことはない。
「……いや、さ。じっと見られてても着替えづらいんだけど」
「お気になさらずにどうぞ」
 人の目はあるというわけでもないのに、主人は私を自室から押し出した。何故だろう。
 しばらくして、
「ふぅ……あ、今日は午前から出かけるから」
「わかりました。私も同行します」
 すると主人は、眉尻を下げた――困っていると推測できる表情で、
「あーダメ。今日は僕だけじゃなくて友達もいるからさ。頼りになるやつもいるから、大丈夫だよ」
「しかしそれでは護衛には――」
「ゴメン、今日だけは勘弁して」
 護衛――外出の付き添いは、今まで欠かすことが無かったというのに。
 何故だろう。



 主人は料理好きだ。
 本来食事の支度などはメイドたる私の仕事なのだが、主人の趣味であるためそれを妨げることはできない。なので軽いお手伝い程度をさせてもらっている。
 いつもは二つの弁当なのだが、今日も休日だというのに弁当を作っていた。それも五つ。主人によると、ご友人の分らしい。弁当五つの内の一つには、激辛調味料がふんだんに使用されていた。
 弁当を作っているときの主人は、とても楽しそうだと判断できた。特に激辛弁当を作っている時が。
「んじゃ、七時ぐらいに帰ってくるから」
「行ってらっしゃいませ、マスター」
 さて、私も出かけよう。外出許可は頂いている。



 護衛は主人に断わられたのだが、主人を護ることが存在意義である私は要求を呑むわけにはいかなかった。
 故に隣立つのではなく、距離を置いて尾行することにした。
 それに私はC.U.N.が使用出来ないため、自己進化を促すためには積極的に外部との接触を図らなければいけない。私は主をセンサーで補足しつつ、周りを見回しながら歩く。いつも通りだ。
 銃撃は主人によって禁止されているので、気をつけよう。
 主人の向かった先は喫茶店・ヤギの実。主人のご友人である黄太郎様が営んでいる喫茶店、という話が記憶に残っている。推測するに、激辛弁当は黄太郎様への物だろう。
 しばらくすると、早乙女躯瑠々様・田村瞑亜様・アリア様――先日の皆様全員が喫茶店に集まった。
「これで全員だね」
「おぅ、集まりましたぜ隊長」
 無言で主人が躯瑠々様にちょっぷ。
「アリアちゃん連れてくるのに手間取っちゃって……待たせたかな、遊弥君」
「……私は行くなんて一言も言ってないわ」
 頬杖をつき、視線を逸らすアリア様。その視界に入らないように、私は現在位置を修正する。
「ま、それでも来てくれて嬉しいよ。で、さ……」
 主人はアリア様をじっと見つめながら、
「……何故に制服?」
「どうでもいいでしょう、そんなの」
 アリア様の服装は、私服姿の皆様と違って学校の制服だった。
 機能性からしても別段おかしくは無いと判断できるのだが、主人らが疑問に思うのは何故だろう。
「私服姿のアリアちゃん、可愛いと思うんだけどな〜」
「ありあん見てると着せ替えがしたくなるーっ。こう手乗りサイズのお人形みたいなっ」
「……帰りたいわ。それと誰が《ありあん》よ」
 アリア様がまたもやそっぽを向いた。しかし動く気配は全く無い。帰りたいと言ったのに。何故だろう。
「そうだっ! ゆーやクンの用事と一緒に、ありあんの洋服選びたいむしろ着せ替えさせろ!」
「はいはい本心が漏れてるぞ」
 また主人が躯瑠々様にちょっぷ。
「うん。時間余ると思ってたところだから、丁度いいと思うよ〜」
「そうだね。瞑亜ちゃんがそう言うのならそれでいっか」
「ぶーぶー。エコヒイキだよー。……はっ、クルルもいつかキタローちゃんみたいな扱いに! 最悪!」
「てめ、だれがヘタレだー!!」
 ヘタレ、とは皆様誰も一言も言っていないというのに、黄太郎様が奥のカウンターから現れた。両手のトレイには合計五つのカフェ・ラテが乗っている。
「ま、とりあえず動くのは午後からで、お昼にしようか」
「おぅおぅ。遊弥の弁当久しぶりだぜ〜。でもわざわざ作ってこなくても、ウチで用意してやったのに。有料で」
「――――」
 瞬間、皆様揃って口をつぐんだ。
 十分な間をおいた後、瞑亜様が、
「あ、そっか……黄太郎君は《一人》でここを切り盛りしてるんだっけ」
「つまり、キタローちゃんも料理できるんだ……最近の男の子って、嫁殺し」
「……瞑亜は料理得意だから、出来ないのはアンタだけね」
 と、アリア様が躯瑠々様をびっしと指差してそう言った。
「なっ、ありあんはできるの!?」
「しないけれど、やろうと思えばできるんじゃないかしら」
「……黄太郎が台所に立つのも、アリアが台所に立つのも、何か形容しがたいなぁ」
「んだと!? 俺だってなぁ――」
「それはちょっと聞き捨てならないわね」
「く、クルルだって頑張ればできるかもしれないかもだよ!? 多分!?」
「クルルちゃん、日本語おかしいよ〜」
 どったんばったんと皆様とても元気よくはしゃいでいた。元気なのは良いことだと、私は思った。
 それから数分後、黄太郎様が痙攣しながら悶絶した。
 ……元気、なのだろうか。



 商業区の中心に位置するアウトレットを幾つか周り、現在はマーケットストリートでウィンドウショッピング中だ。先頭の躯瑠々様が商品や店舗に目をつけ、瞑亜様とアリア様が吟味し、主人もしくはアリア様を中心として買い物をし、最後尾の黄太郎様が荷物を持つ――とても良いフォーメーションだ、と私は思う。
 主に衣類やアクセサリーを中心とした店舗を巡り、長い時間をかけて吟味し、その幾つかを購入していく。
 時には、
「おぅ、もうそろそろ夏だよね! 夏と言えば海だよね! 海といったら――」
「蛤って私苦手なのよね」
「そうそうはまぐ――ってちゃうわぁ!」
「……ダメダメなノリツッコミだね」
「ひ、ひどいよゆーやクン……海と言ったら、海水浴だよ! 今年は皆で行こうねっ!」
「それいいね〜。とっても楽しそう〜」
「というわけで、水着買いま〜すっ」
「……もしかして、僕達もついてくの?」
「うん」
「……超絶的な恥辱だな、遊弥」
「……ランジェリーショップに突撃されないよかマシだよ」
「あ、それいいね」
「――ヒィ!!」
 というやりとりがあったり、
「どう、ありあん! これ着てみない!?」
「これ……って、何このアニメキャラみたいな衣装」
「えー知らないの? 大人気アニメ、二人はペドフィリア!」
「何その危険なアニメ!」
「じゃあこっちは? 大人気アニメ、天然パーマン! 将来の夢はストレートパーマ!」
「健気だ……」
 というやりとりがあったり。
 それはとても楽しいのだと――判断できた。



 ショッピングを堪能した後、ベンチで座って一休み。
 が、ショッピングに費やした時間は主人らが思っていたよりも多かったらしく、そのままいい頃合に。
 ガーデンの天井に、少しずつ朱が混じってゆく。
「んじゃ、そろそろ解散だね!」
 躯瑠々様が元気よく、ベンチから跳ねるように起き上がった。
「クルルとめあめあはこっち、ゆーやクンとありあんとキタローちゃんはあっちだよね?」
「うん、合ってる」
 指を指した方向を確認しながら主人が頷く。躯瑠々様は瞑亜様の手と袋の半数以上をひったくるように掴み、
「んじゃー、また明日ねっ!」
 躯瑠々様。
「また明日……遊弥君、アリアちゃん、黄太郎君」
 瞑亜様。
「うん、また明日。ばいばい」
 主人。
「……さよなら」
 アリア様。
「おぅ、明日も元気に学校でな!」
 黄太郎様。
「ばーいびー!」
 最後に大きく手を振って躯瑠々様は最後まで元気よく、瞑亜様は控えめにこの場を去った。
「……ばいびーって」
 苦笑いの表情を浮かべながら、主人たちは反対の方向へと歩き出す。
「アル、一人で大丈夫かな。……もしかして、実はつけられていたりして」
「過保護だなー、遊弥は」
「む」
 言いつつきょろきょろと周りを見回す主人。
 捕捉されるようなヘマはしないが、命令違反をしているので少し、少し――
 ――少し、なんだというのだ。
「ったく」
 突っつき合う主人と黄太郎様の一歩後ろを歩くアリア様が、
「アンタぐらいよ――メイドを数える時に、一人二人って言うのは」
 吐き捨てるようにそう言って――ちらりと視線をこちらへ送った。
 気づかれたようだ。しかしアリア様はそれを主に告げることなく、何事もなかったかのように前へ。
 黙っていてくれるのだろうか。見つかってしまうと、私が怒られてしまうから。
 いや、アリア様の性格から推測するに、ただ単純に興味がなかっただけという可能性もある。
 だが、しかし。
「有り難う御座います、アリア様」
 スカートの端をつまみ上げ、敬意を含めて礼をした。
 さて、主人が帰ってくるより先に帰っておかなければ。
 お帰りなさいを、言うために。





「――お帰りなさいませ」
「ただいま、アル」
 玄関でいつも通りに待ち受け、荷物を受け取り先導するように歩く。
 ソファに腰を下ろす主人は、とても疲れているようにも見えるが――どこか満足もしているようだった。
 と、主人は袋をがさごそと漁り、
「アルー」
「なんでしょうか、マスター」

「はい、これ。――いつもお世話になってるアルへのプレゼント」

 それを、取り出した。
 タグのついた、シンプルなチョーカーを。
「実はね、クルルから助言されたんだよ。アクセでいいからチョーカーをつけておけ、って。外出する時とか万が一ってこともあるしね。今日はそれを皆で選んでて、護衛を任せられなかったんだ。ごめんね」
 言いつつ主人はチョーカーをこちらへ掲げて見せて、
「ん……これ、リボンの代わりになるね」
 ブラウスのリボンを外し、その代わりにチョーカーを首につけてくれた。
 銀色のタグが、輝いている。
「うん、似合う似合う」
 主人は笑って、そう言ってくれた。
「マスター」
「うん?」
 絶えず笑顔を浮かべる主人の顔は、とても近くにあって。
 私の御主人様。
 たった一人の。

「――ありがとうございます」
 大事にしよう。



 ――エミュレート率、五パーセント上昇。





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