ハンドメイドメイデン5
アットホームシック

七桃りお



「三十七度八分……落ち着いてきましたね、マスター」
「うん。アルのおかげだよ」
 いえ、と言葉を置いて、アルビノは空のグラスをトレイに乗せてキッチンへと消えた。
 現在僕は風邪で自宅療養中。もちろん学校は欠席となった。
 翌朝になってみると、四十度の高熱を出していたのだからビビったー。ネット経由で診察をしてもらい薬を飲んで、その後はアルビノにまかせっきり。といっても病院から超速達で届いた風邪の特効薬を飲んで安静にしているだけでいい。だがアルビノはせっせと濡れタオルやら水やら着替えやら(さすがに自分で着替えたけど)を用意してくれた。こんなときに一人じゃないというのは心強かった。うーん、今まで風邪どころか病気なんてなかったんだけどなぁ。
 まぁ風邪の特効薬なんてものがあっても、ガーデン暮らしの人類は抵抗力が多少だが弱まっているらしいし、一日はきちんと療養しなきゃなんないのだ。でも裏を返せば、薬飲んで一日休めばきちんと治るわけで。それはそれで人類英知の素晴らしさを実感できたり。
「……五時、か」
 枕元の携帯をちらりと見た。この時間帯なら学校もとっくに終わっているだろう。
 僕の休んでいる学校はどうなっているだろうか。たぶん、どうもなっていない。単純に、黄太郎のつツルむ相手が変わるだけで、アリアの話し相手が居なくなるだけで、クルルが騒ぎ立てないだけで――いや、あいつは僕が居なくても騒ぐだろう。瞑亜ちゃんは、
「うーん、落ち込んでなきゃいいけどなぁ」
 苦笑する。昨日一日付き合っただけで、彼女が心優しく脆い少女だということはよーく分かった。もしかしたら僕の心配なんかをしてくれていたりするかもしれない。それはそれで嬉しい。
 僕なんて一存在が消失したところで、世界のサイクルに影響はないだろう。僕がこの治りかけた風邪をこじらして、もちろん例えだけど、死んでしまったとしても世界はなんとも思わない。世界はどうとも動かない。でも、でもだ。もし一人でも、悲しいとか残念とか思ってくれる人がいるのならば、それはそれで僕の人生には価値があったと思うね。見栄でも伊達でも虚像でもなく、時間と共に薄れるとしても、その時だけは僕と言う存在がその誰かのココロを満たすのだから。多少マゾヒズムで偏見的な考えだけど、なかなか良いんじゃないかなぁと僕は思ったりする。
 まぁ、ほんの戯れ冗談でしかないんだけど。
「もう一眠りするかな……」
 答えるものは居なく、もぞもぞと僕はベッドの中へと潜り込む。布団の中って落ち着くよね。
 と、和んでいたところで、

 ぴーんぽーん。

 チャイムが鳴った。同時、壁に取り付けられた小モニタに光が灯る。映し出されるのは玄関の様子だ。
「って、瞑亜ちゃん!?」
『あ、あのーぅ。ゆーやくーん』
 間延びした声がモニタ横のスピーカーから響いた。僕は慌てて立ち上がり、何事かと駆け寄ってきたアルビノを静止してインターホンのボタンを押す。
「瞑亜ちゃん? どうしたの?」
『あ、遊弥君……その、お見舞いに……』
 とたん、しゅんとする瞑亜ちゃん。やっぱり責任を感じてるっぽかった。
「えーっと、瞑亜ちゃん。中に入ってきなよ」
『はい……ってええええええええっ!?』
 思いっきり驚いた、僕も。そんなに驚かれるとは。
「熱も下がってるし。多分うつったりしないとは思うから」
 瞑亜ちゃんは、少し考えて、
『うん。お邪魔させてもらうね』
 手に持った大きな袋を掲げて見せた。



「あ、あははは」
 苦笑いをする瞑亜ちゃん。
 ――説明しよう。まず瞑亜ちゃんが我が家へご訪問。一応病人の僕が玄関で迎えるわけにもいかず、アルビノが出迎えたのだが、
「ご、ごごごごめんねっ!?」
 その瞬間瞑亜ちゃんは顔を真っ赤にして全力Uターン。僕は慌てて彼女を引き止めて、アルビノがウチのメイドであるということを説明するのであった。以上、説明終わり。
「ちょっと、その、勘違いしちゃったの」
「うん、そうっぽいね」
「……くすん」
 服装で気づきましょう。一般の家庭には生メイドはいません。生メイドって何だ!?
 とりあえず瞑亜ちゃんの持ってきた袋の中身、フルーツ盛り合わせをベッド脇に置く。入院でもした気分だ。
「ありがとね、こんなに沢山」
「ううん、私のせいでなっちゃったんだから……その、ごめんね?」
「も、もういいってば」
 そう何度も何度も涙目ぺこぺこ謝られてると、何故だか僕が悪いことをしたような気分になる。
 とりあえず瞑亜ちゃんの注意を逸らすためにフルーツ盛り合わせから、適当なものを引き抜いた。
 メロン。意外と大きな獲物を引いてしまった。
「あの……切ろうか?」
「――それは私が」
 何処からともなく現れるアルビノ。突然現れるの止めなさい。
 そのままアルビノは呆然とする瞑亜ちゃんの手から大玉メロンを奪ってキッチンへと向かい、しばらくして六等分の手ごろな厚さに綺麗に切られたメロンが、皿に盛られてやってきた。ははは、メロン六つ裂きの出来上がりだー。
「いただきます」
 両手を合わせてしゃくしゃく。
「おぉ、美味いねこりゃ」
「そうだね、予想してなかった幸せかも〜」
 二人顔を突き合わせながら、美味なメロン・タイムを満喫する。

 ぴーんぽーん。

 はずだったのだが、どうやらそうはいかないらしい。
 モニタを見れば、そこには不機嫌そうにした、
『遊弥、生きてる? 死んでる? そう、駄目なのね、分かったわ』
「結論速いわっ!」
『なんだ、生きてるじゃない。早く開けなさい――っと、ああ、あの時のメイドね。アルビノ』
『はい。本日は主のために足を運んでいただき、主に変わって礼を。ありがとうございます』
『律儀ね。好感が持てるわ、あなた』
『愛情ならば従者よりも主へ』
 いつの間にかアルビノが出迎えていた。セメント思考なところで意気投合できるのかもしれない。
 そんなこんなでとりあえず、僕は第二の訪問者を部屋へ迎え入れた。



「へぇ、着実に築いていってるじゃない」
「何をだ」
「ハーレム帝国」
「それはそれで良し」
「……あの、遊弥君?」
 はっとする。しまった、本音が出ていた。
「ま、遊弥の趣味に口は出さないわ。そんなことより――」
 そんなことかよ。だったら話し振るなよ。
「――久しぶりね、瞑亜。元気にしてたかしら?」
「うん、いつも通りだよアリアちゃん」
「……それは元気じゃないって意味なのかしら」
 くすくす笑いあう二人。しっかし驚いた。アリアと瞑亜ちゃんは友人関係だったらしい。そんな偶然も驚きだが、アリアに友達がいたという方が驚いたのは内緒だぞ。
「ねぇ、二人ってどこで出会ったの? アリアと瞑亜ちゃんは中学違うし……」
 僕と瞑亜ちゃんが違ったのだから当然だ。
 しかしアリアはそっぽを向いて、瞑亜ちゃんは困ったように眉尻を下げた表情で、
「ないしょ、なんだ」
 と軽く拒絶した。ふむ、何か事情があるなら無理に聞きだすことはないだろう。気になるけど。
「私と瞑亜の馴れ初めより、遊弥と瞑亜がどうやって出会ったのかを私は知りたいのだけれどね」
「じぇらしー?」
「今日珍しく教室に来ていたらしかったから、それも関係あるのかしら」
 無視された。
「えっと、遊弥君とは昨日保健室で出会って、それから仲良くなったの」
「今日がんばって教室まで来れたのはそのおかげ、と。……ここまで来るのに事故らなかったことから推測するに、瞑亜の事故誘発体質は遊弥に吸収されたんじゃないかしら」
「何恐ろしいこと言ってる」
「ふぇ……ごめんなさい」
 おお、瞑亜ちゃんがヘコんだ。いや、そういうつもりで言ったんじゃ……。
「まぁこんな話はどうでもいいとして」
 どうでもいいなら話を振るな!
「このメロン、食べていいのかしら?」
「美味しいよ、アリアちゃん〜」
「……いい加減その呼称は止めてくれない。呼び捨てにして」
「えー? 可愛いと思うのにー」
 うむ。実際アリアはちっちゃい美少女だ。だが性格に問題があるわけで。早速アリアに交際を持ちかけた男子生徒が再起不能になったという話もある。なーむー。
 そんなこんなで食べかけのメロンをしゃくしゃく。ははは、喰らい尽くしてくれるわ。

 ぴーんぽーん。

 一体今日は何なんだ。
『ゆーやクンゆーやくんゆーうっやくぅーん!!』
 玄関で人の名前を連呼するな。隣の家の若奥様(二十七歳・外見年齢二十歳くらい)に何事かと思われてしまうじゃないか。とゆか、先ほどから女の子が次々と入ってくるこの光景を見た人がいたりしないよなぁ。
『うにゅ? もしもしもしもしぐっいぶにーん? ……あやや、まさか死んじゃった? うわどうしよう第一発見者がまず疑われるんだよねいやここはクルルが名探偵となって事件をずっばぁとってこれ事件なの?』
 全力でお引取り願いたい。しかしこのままだと玄関先でぴーちくぱーちく吼え続けるかもしれない。
「……仕方ない。入れてやるか」
 ということで、第三の訪問者――いや、侵略者の部屋への侵攻を許してしまった。



「うにゃ、意外と元気そうだねっ!」
 明るい笑顔をこちらへ向ける。それは嬉しいのだけど、時として彼女のハイテンションは疲れすら生むことがあるので注意が必要だ。もう少し、あと少しだけテンション落としてくれたらな、と思ってみたり。
「熱はないの?」
 いきなりぴとっと額をあわせてきた。微妙に加速入ってて、ほぼ頭突きみたいだったが。
「は、はわわ! さ、早乙女さん〜!!」
「ないねー、熱」
 慌てる瞑亜ちゃんに、にんまりとした笑みを見せながら、
「甘いよ、めあめあ。これは戦争なんだよっ! 誰が一番早くゆーやクンを獲得できるか争奪戦! あ、それをクルルのことはクルルでいいからねん♪ にしても、今日しかガッコ来てないめあめあが何でこんなとこに?」
 今日は学校行けたのか。それは惜しいことをした。それとめあめあ(見辛いな)って何だ。
「昨日知り合ったんだよ」
 瞑亜ちゃんが余計なことを漏らさないうちに、こちらのターンを終わらせておく。
「クルルは瞑亜ちゃんと知り合いだったの?」
「ん? 今日知り合ったんだよ、もちろん。一度も来なかった幽霊ちゃんが来たとなったらそりゃあ注目するじゃんよ。んで、オトモダチになったと」
 コイツのハイテンションに付き合わされて、大変だったろうなぁ。なーむー。
「と、いうわけで添い寝でもしてあげようかゆーやクン!」
「繋がりねぇよ!」
 しかしクルルはこっちへタイビング。僕は両手でキャッチした。
「んー、ちょっと汗クサいー」
「だったらダイブするなよ。仕方ないじゃん、寝てたんだからさ」
「……着替えさせてあげちゃうよっ!」
「うわ、やめ、ちょ……!!」
「――マスターへの攻撃と判断しました。反撃を開始します」
 クルル、後ろ後ろ!
「はわ、はわわわ……」
「馬鹿ばかりね」
「ってうわ、撃つな! 僕に当たる!」
「そのようなヘマはしません。大丈夫、アルビノのポテンシャルを信頼してください」
「うりゃりゃりゃりゃ〜!」
「だ、誰か助けてー!!」

 ぴーんぽーん。




「――死ねっ! おまえなんて死んじまえっ!!」
 それがウチにやってきた黄太郎の第一声だった。
「親友だと思っていたのに! こんなに美少女はべらせてっ! お母さん悲しいっ!!」
「家庭内暴力発動してやろうか」
「いやっ、やめて! 私まで毒牙にかけようというのっ! ケダモ――うげふっ!!」
 女言葉で話す気色悪い金髪にボディブローを入れて黙らせておく。
 さて、それにしてもタイミングが悪かった。襲われている(そのままの意味で)僕の代わりに、無理矢理瞑亜ちゃんにその役目を押し付けて玄関へ行かせたのも、相手が黄太郎だったということも。
「ぐ……ど、どういうことだ遊弥。この状況どう説明するっ!」
「どうもこうも――」
「ゆーやクン取り合いの最中なんだから邪魔しないでよぉー」
「取り合い? なにそのハーレム! 俺も混ぜて!」
「え……ヤダ」
 真顔で言うなよクルル。
「ううっ、何だよこの扱い……俺、親友キャラだよ!?」
 コイツと出会ってしまった若き僕に何度殺意を抱いたことか……!!



「ま、でもみんなそれぞれの親睦を深めるって意味で、自己紹介なんてのもいいかもね」
 突然そう切り出してみた。
「ん? 入学式のHRの時に自己紹介しなかったっけ――って、俺以外皆いなかった!」
「今気づいたのか」
 僕とクルルは戦闘中、アリアはサボり中、瞑亜ちゃんは入院中。すごい顔ぶれだ。
「今更かもしれないけどさ、こういうプロセスって大事じゃないかな」
「そうだね……うん、自己紹介しよっか〜」
 顔を見れば、一応皆乗り気らしい。悪い提案ではなかったっぽい。
「よし。んじゃ俺からだ!」
 と、メロンをいち早く食べ終わった黄太郎が勢いよく立ち上がった。
「俺の名前は一之瀬黄太郎! 遊弥の親友兼奴隷だ! 遊弥ってばいつも俺に暴力を振るって満足――」
 無視しよう。
「はい次ー」
「はいはーい! 次はクルルね!」
 これまた勢いよく、クルルが立ち上がった。
「私の名前は早乙女躯瑠々だよっ! 男の子が苦手で飼育小屋のウサギだけが友達の大人しい高校一年生!」
「――嘘だっ!!!」
「うー、ひどいよゆーやクーン」
 めそめそするクルルに苦笑しながら、瞑亜ちゃんがゆっくりと立つ。
「えっと……多村瞑亜です。私にとって遊弥くんは……命の恩人?」
「なにそのドラマチックー! クルルも助けられたいー! めあめあずるいよー!」
 敵だったクセに何を言う。
「じゃ、次は私ね……」
 髪をくるくるしながら、ゆっくりと立ち上がるアリア。
「驚いた。スルーするんじゃないかと思ってた」
「そう? 案外私は寂しがりやなのかもしれないわよ?」
 アリアはニヒルに笑う。
 なんだ、そんな分かりきったこと。
「真実、寂しがりやだろうに」
 殴られた。
「ふぅ……ったく。私の名前はアリア。遊弥とは中学時代からよ」
 簡素に済ませて座り、またメロンをちびちび食べだす。怒らせた?
「ん。じゃあ残りは僕とアルだけか」
 ちらりと見れば、アルビノはこちらの輪から少し離れたところで正座している。遠慮してるのだろうか。
「アルー、おいでー」
 子猫を呼ぶみたいだった。
「なんでしょうか、マスター」
「とりあえずここに座って」
 ちょいちょいと僕の隣を指差せば、アルビノは滑らかに動いてそこへ正座した。
「さて。こっちはアルビノ。見て判るように彼女は僕のメイドだ。ちなみにアルの専属技師がクルルね」
「むー。負けじゃないんだからねっ」
「はいはい……」
 そして最後に僕が立ち上がる。座った皆より高い位置の僕は皆を見渡すことが出来、
「……随分変わったメンバーだよね」
「お前が言うなっ!」
 総ツッコミを喰らった。
「僕の名前は藍原遊弥。特に変わったところはないと――」
「――特技は女っ垂らし。ロマンチシズムを嘯いて女の子を次々と捕食するアンコウみたいなヤツだ! でも彼女いない暦=自分の年齢だったりするチキン野郎だったり!」
「トドメだ……!!」
 全力の拳を鳩尾にぶち込んで、黄太郎は完全沈黙。ぴくぴくと痙攣してるところが哀愁を漂わせている。
「死んでしまうとはなさけない――」
「――ねぇ! ホントに彼女いないの!? でもそれはそれで納得できたり!」
 クルルがいきなり飛びかかってきた。眼をぎらぎらと輝かせる様は、肉食動物のソレに近い。
「でも……女の子を次々と捕食って……」
「微妙に事実が混じってるわね」
「でもでもそんなピュアなところがきゅーんと来ちゃったり! やっぱり心を包み隠さず純粋な人っていいよね」
「俺の心はいつでもどこでも全裸マッパだぜ!」
「ぎゃー、寄らないで変態……!!」
 いつの間にか黄太郎も復活。不死身かよ。
 悪乗りしたクルルと黄太郎(こいつら気が合うんじゃないか。同じようなキャラだし)が暴走し、瞑亜ちゃんはおろおろしてるし、アリアは完全に傍観を決め込んでいるのかと思えば爆弾発言するし――どったんばったん。
 なんとか抜け出した僕は、やっとこのこでアルビノまで辿り着いた。
 と、アルビノが真顔で、
「マスター」
「な、何だ?」
「――排除してよろしいでしょうか」
「ダメ、ぜったい」
 とりあえず、どうやって騒ぎを沈静させようか。
 はぁ。僕の友人関係も、随分と変わったなぁ……。





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