止まるな、走れ。
 人なぞ弾き飛ばせ。階段なぞ飛び降りろ。皆の視線なぞ気にするな。無理か。僕は今ものすごく迷惑な人に思われているだろう。まあいいや、この大半がもう合うことも無いだろうし覚えても居まい。せいぜい酒の肴になるくらいだ。いや、それはそれで我慢なら無いかも。だって影で笑われるんだよ? じゃなくて。
 携帯を取り出し時間を確認する。あと二分。あと二分で僕は不良のレッテルを貼られてしまう。たぶん。
 走れ走れ走れ。今なら韋駄天だって勝てる。無理か。韋駄天には流石に勝てない。
 残り一分。……見えてきた。駅が見えてきた。僕は定期持ってるからその分時間は削減できる。大丈夫、一分もあれば十分間に合う。そう、コイツがいなければ。
「どうしたのですか、マスター。前と足元をきちんと見なければ――ああ踏んだ」
 何をだ。怖くて下見れないじゃないか。
 僕はドリフトを華麗にキメて、携帯をパネルに押し付ける。大人一人分の切符ゲット。そのまま改札を通り抜け、その間際に携帯をパネルの上を滑らせた。後ろから、当然だが息も乱さずアルビノがついてくる。僕は彼女についてくるなと言う時間もなければ体力もない。しかし乗車権利は買わねばならない。メイドであろうと人型でありそれなりの大きさ・重量があるので人間一人分とみなされる。そのくせ法律では器物扱いに毛が生えたくらいの権利なのだから割が合わないと一市民は心の中で思ってみる。
「……ま、に……あった」
「お疲れ様です。朝からハードな運動とは、非常に建前上素晴らしくかつ実際は非効率だと思います、マスター」
 ともあれ、快適な登校となったわけだ。余計なのいるけど。


邂逅輪廻
ハンドメイドメイデン2
〜スクールライフ・スタート〜

七桃りお



 無駄に大きく無駄に華やかな凱旋門の前で、僕は倒れこみたい衝動に駆られた。しないけど。
 到着駅から徒歩一分以内の内に葦原学園高等学校はあった。もっとも、そういう風に駅が建てられているのだが。時間が時間なためか、本来生徒の津波(生徒の頭上を本気で飛び越えようとするトリッキーかつクレイジーな生徒もいるらしいから)になるはずの凱旋門前はそこまで生徒はいなかった。
 全力で走ったおかげか、意外とまだ時間は残っていた。となればすることは後一つ。
「アルビノ、今から学校だから絶対ついてく――」
「――やほ、遊弥。入学早々、女連れで登校とは。地獄に堕ちろ」
 言いかけた言葉をかき消すように、背後から男の声がした。
「……タイミング最悪だ」
 振り向けば、そこにはボサボサの金髪で制服をだらしなく着崩した男子生徒がいた。彼はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、僕の肩に腕を回し、
「おお悪い。朝の貴重な二人の時間を邪魔してしまったな。ははは、邪魔してやる邪魔してやる」
「……そんなお前に良いモノ見せてやろう」
「何だ? 俺を動かすには並々ならぬモノじゃなきゃぁな」
四時の方向で女の子のスカートが、風で!
「網膜に焼き付けろ!」
 きっちり四時の方向へと振り向いたソイツの背中を、思いっきり蹴飛ばした。ちなみに駅から正門まではなだらかな階段で続いている。馬鹿はそれをゴロゴロと転がって……っち、踊り場で止まりやがった。
「そのまま帰ってこなければいいものの、コタローめ」
「ちっがーう!」
 呟いたつもりなのに、ソイツは僕の声をばっちり捉えて這い登ってきた。
「俺の名前は黄太郎、一之瀬黄太郎いちのせ こうたろうだー!!」
 ソイツこと黄太郎は、叫びながら這い登ってくる。そのため周囲から奇異の視線を送られているので、とりあえず他人のフリをしておく。
「目ぇ逸らすな」
 だというのに、黄太郎は僕の両肩をホールドしやがった。さっきまで下にいなかったか、コイツ。
「あーもう朝っぱらからテンション高いね」
「誰が高めてるんだ、誰がっ」
「そりゃあお前の脳だろう」
「いや、まぁ確かに……って今俺言い包められた?」
 気づけ馬鹿。
「……でさ、遊弥」
 こほん、と前置きする黄太郎。何故か、彼の手は震えていた。
「タスケテ」
 その理由は、いつの間にか黄太郎の背後に回ったアルビノが銃口を後頭部に突きつけていたからだったのか。
「……アル、いいから。銃下げて」
「そうですか……」
 しぶしぶといった様子でアルビノは銃を仕舞う。
「あまり仲が良さそうではなかったので。失礼しました」
 と、アルビノ。
 そりゃあ今の言い争いを聞いてればそう思えるかもしれないけど。
「んや――」
 俺達は、卒業式ぶりにお互いの拳と拳を軽くぶつけながら、
「――親友だよ」
 だがアルビノは理解できないとでも言うように小首を傾げる。
「……変わっている、と判断します」
「まぁね。僕もこんな関係がよく続いてると思うよ」
「俺もそう思うね」
 春休みも二人で馬鹿やったというのに、何故か懐かしく感じた。
「じゃあ俺はこれから学校だから。また後で」
「はい。了解しました、マスター。また後で」



 案内に従って、新しいクラスへと進む。
「お、おいちょっと待てって! 上履の靴紐同士が結ばれてて……っておい!」
 無視した。一足で飛び跳ねる金髪野郎なんて僕は知らない。他人の振り。
 あまり時間もかからず辿り着いた1−Aの教室の、右端の席に座る。
 僕、藍原遊弥の出席番号はことごとくが一番だ。あ、い、と続くのだから仕方がない。ついでに一之瀬黄太郎は二番。別に三番や四番ぐらいになってもいいはずなのだが、中学二年の時から僕の後ろに固定されていた。大いなる宇宙の意思でも働いているのだろうか。
 そして今、もう一つ法則が生まれた。それは僕の隣、女子の一番が、
「ふぅん、珍しいこともあるのね。まさか二年連続だなんて」
「……アリア=アルケティプス、さん」
「私のことはアリアでいいって言ったでしょ? その頭は飾りなのかしら。もしかして……ヅラ?」
 この毒舌ちびっ子、アリアだということだ。
 と、アリアは更に不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、頬杖をついてこちらを睨む。天然の赤毛を指でくるくるとするのは、感情が上下した時のクセだ。
 ……あ、くるくる(勝手に命名)止めた。もしや読心術の心得でもあるのだろうか。
「あなたが分かり易いだけよ、遊弥」
 このちびっ子、油断ならねぇ……!
 ちなみにアリアはホントにちっちゃい。僕自身そう身長が高いほうではないのに、それを下回る150センチ未満。妙にダボついた制服が涙を誘う。
 お約束のようだが、彼女はいわゆる『天才』と呼ばれる女の子だったりする。それも外国人。身長マトモで性格に問題がなければ学園のヒロインだったものを。
「お、アリアじゃん。やっほー」
 と、後ろから遅れてきた黄太郎がアリアを見つけていた。
 瞬間、アリアはものっすごい嫌そう――嫌な顔をして、
「あら馬鹿じゃないアンタも一緒なんてホント教師は何を考えてるのよ土下座ねアンタが」
 一呼吸で言い放った。正直こっちの息が詰まるかと思ったぞ。
「い、言いすぎだぞー! それに俺は馬鹿じゃねぇー!」
「ええそうね。――馬と鹿に失礼だったわ」
 うわぁぁん、と泣き叫んでしがみつく黄太郎を蹴り飛ばし、僕は席に座った。
「……またよろしくな、アリア」
「ええ、こちらこそ」
「お、俺は――」
「やかましい」



 普通科と専門系、二人の校長の長ったらしい話がやっと終わったところでため息をつく。いい加減、ああいったお決まり要素は取っ払った方がいいと思うのだが、大人は形式やら何やらにこだわるらしい。別にそれが悪いとは言わないが、もう少しばかり楽にしたっていいんじゃないだろうか。
 ……それが子供の意見。しかし僕にとってそのどちらもどうでもいい。なぜなら、堅苦しい話であろうと軽快なタメ口であっても、ただ無視して思考をめぐらせるだけなのだから。そもそも真面目に話を聞いてる生徒なんてほとんど居やしないと思う。これは確実だ。
「我が校では、希薄になりがちなコミニケーションを――」
 コミュニケーションだっての。
 そういえば、一時期『学校制度そのもの』を撤廃する運動があったりしたっけ。通信技術が発達した今日、わざわざ莫大な金を使って学校を建て、莫大な金を使って学校を維持し、莫大な金を使って学校へ行かなくても、家庭で学習はできるのだから。今のご時世、家の中で引き篭もっていたって十分な生活ができるのだから。人とのコミュニケーションを求めるのならネットを介して語らい、日用消耗品からゲーセンのコインまで電子マネー決済できる。狭い場所でも効率的な運動は出来るだろうし、ホログラフィーやスクリーン越しで世界の絶景を部屋に居ながら堪能できる。さあ、そこに学校という施設は必要なのだろうか、と。
 対して学校側はこう言った。もはや学校はリアルを学ぶ場所である、と。ネット越しのコミュニケーションは、ホログラフやカメラで相手の顔が忠実に再現されているとはいえヴァーチャルだ。そこにいくらでも手は加えられる。たとえ脳に電極ぶっ刺して脳に電気流して幻想ヴァーチャルを見せたところでリアルにはなりえない。
 といっても、僕らが今目にしているこの瞬間だって、リアルだという保証はないのだけれど。もしかするとこの世界は誰かに創られたもので、その掌の上を脚本ロジックにしたがって動き回っているだけなのかもしれないし。
 だがそれすらも仮定でしかなく、証明は終了していない。だったら答えは半分半分フィフティ・フィフティ。リアルだとかヴァーチャルだとか、結局の所、僕達には関係ないのだから。
「なぁ、遊弥」
「ん……?」
 思いに耽っている時に、つんつんと左腕をつつかれた。黄太郎だった。
「なぁ、お前部活はどーすんの?」
 黄太郎はステージを顎で示す。そこには上級生っぽい人たちが何かしていた。……なんだろ、あれ。
「部活動紹介だよ。どーせボケっと妄想してたんだろ。俺もだけど。……妄想っていいよなぁ、規制がなくて」
「黙れ馬鹿。……部活か」
 再びステージを見る。そこにはボウルとフライ返しを持った、数名の上級生がマイクで喋っている。顔が真っ赤だ。
「そそるぜぇ……」
「そそっても、指をくわえてみてるだけでしょ」
 めそめそと黄太郎が泣き出す。無視した。
 とりあえず今のところ入りたいと思う部活動はこれといってないし、中学の頃もそうして帰宅部だった。隣の黄太郎もこれに同じ。走りが無茶苦茶速いくせに、やる気のなさで陸上部のスカウトを蹴ったらしい。僕と黄太郎はそのころ知り合いですらなかった。
「何でそのまま出会わずに生きられなかったんだ若き僕……!!」
「うーん何でだろう、何故か今俺に対する殺意を感じた」
 気づけ馬鹿。
「ま、どーせ帰宅っしょ。俺も店があるし、帰宅にしとくか」
「あ〜、まだ帰ってきてないんだご両親」
「残念ながら」
 そう言って黄太郎は右、女子生徒の方向へと首を回す。
「んじゃ、俺は女の子を物色しますか」
「そうだね。見るだけはタダだし」
「ホントホント――コンチクショウ!」
 無視した。本日何度目だろう。



 入学式も終わり、後は初めてのHRを終えれば下校だ。そのHRは入学式終了後、二十分後に行われるらしい。移動なんてのは五分もあれば足りる。余った十五分は慣れていない新しいクラスでの時間だ。僕の席は端っこなので、とても暇。性格的にあまり積極的な方じゃないし。
 教室を見回せば、顔も知らない同い年が充満している。僕は根暗ってわけじゃないと思うけど、黄太郎ほど溶け込みやすくもない。ま、奴はただ馬鹿なだけなんだけど。隣にアリアはいない。彼女はHRであろうと授業であろうと参加しない。朝きちんと教室へ居て、式に出席したことが不思議なくらいだ。
 黄太郎とは先ほど話していたが、その途中で知り合いらしき人物に肩を叩かれてそっちへ行ってしまった。
 ……うーん、やっぱり居ると邪魔だけど居ないと寂しい人っているんだなぁ。……寂しい? ははは、ご冗談を。
「いや、暇なだけなんだよ」
 ずべーっと机にへばり付く。

 瞬間、ありえないものをみた。

 僕の席は右端。開きっぱなしの扉から見えるのは一直線に伸びる廊下と、そこできょろきょろと挙動不審なアルビノだった。
 ――って。
 ええええええええええええええええええ!?
 実際に叫びそうなのをなんとかこらえる。いや、しかし、なんであんなとこに!?
 アルビノは迷うことなく、ずんずんと、こっちに向かって歩いている。こっちに向かって。
「…………!」
 まずい。あのままじゃ確実に教室へ入ってくる。
 目標は絶対僕だ。だったら、
「黄太郎、僕もう帰る! 先生にヨロシク!」
 僕自身が動くしかない。
「……え? おい、遊弥ぁ!?」
 教室から飛び出す僕の背中に黄太郎の叫びが降りかかる。悪い、察してくれ。下痢とか言ったらぶっ飛ばすからね。
 飛び出してきた僕を見つけると、アルビノは無愛想なその表情で、
「マス――」
「いいから来い!」
 その表情が驚きへとシフトするぐらい荒々しく僕は彼女の手を掴んで全力疾走。今まで彼女が誰にも会わなかった保証はないが、とりあえず人気の無い所に移動しよう。場所は……そうだな、やっぱあそこか。



 本来、屋上には鍵が架かっていて出入り禁止になっている場所だと思っていた。
 僕達の存在をセンサーで感知して、自動的に扉がスライドする。
「……うわ」
 そこには、予想していなかった光景が広がっていた。
 心地よい風。鼻腔をくすぐる甘い香り。色とりどりの草花。
 綺麗に並べられたビルの商業区。丘のような住居区。遠くには自然区まで見える。
「――屋上庭園。中庭の校内公園と並んで、葦原学園高等学校美観スポットの内の一つ。七階まである大型校舎の半数をクリア・アーチブリッジで繋げた空中の庭。五十種類以上の草花が場を彩る。お昼休みには弁当組の熾烈な場所争いが繰り広げられているとか。校内パンフ参照」
 その声は正面から聞こえていた。
「誰ですか? 名前と目的を十秒以内に述べなさい」
「……ふぅん。ここの紹介をしたお礼は樹脂の弾丸? 素晴らしい等価交換ね」
「誰も頼んでなどいないと判断します」
 いつの間にかアルビノは正面へ銃を構えていた。ため息をつきながら僕は言う。
「護衛とては正しいんだろうけど、ここは学校だし」
「護衛ならばいつ何処であろうと護り続けるべきです」
「……あ、そ」
 鉄の意志、ってやつか。
「残念、彼女は僕の友達だよ。主の友人に銃を向けるのが君の流儀ってわけじゃないだろ」
「それがマスターのご要求ならば」
 そう言うと、アルビノはしぶしぶ銃を下ろす。デジャヴ。僕はそれを確認すると、正面へと向き直った。
「よ。独占の所悪いけどお邪魔するよ、アリア」
 アリアは屋上庭園のベンチへ片膝を立てて座っていた。ウェーブした赤毛が微風に揺れ、まるでここが幻想世界のような錯覚を覚える。お花畑に赤髪と白髪の美少女とくれば、幻想気分にもなるだろう。
「……あのさ、アリア。いっつも思うんだけど、そんな座り方したらスカートの中、見えるぞ」
 アリアはベンチに片膝を立てて座っている。短いスカートの端が、そよ風でゆらりゆらり。そのたびに僕は緊張せねばならない。だというのに、
「別にいいわ。下着だって服のようなものでしょう? 素肌を隠す布をさらに隠す意味はないと思うけど……見る?」
 衝撃。だが僕は屈さない。慌てて冷静を装う。……慌ててる時点で冷静じゃないけれど。
「み、見せたいのか」
「さぁ? 遊弥が見たいって言うのなら、考えないことも無いけど」
 カウンターとばかりに、スカートの両端を掴んでぱたぱたするアリア。屈しそうになりました。
「じゃなくて、今そんなことしてる場合じゃないんだって!」
「そう。残念ね」
 スカートから手を離す。何故か敗北した気分になった。
「……で、遊弥。そのメイドは一体どうしたの? 人に銃を向けるだなんて、真っ当なメイドじゃなさそうだけど」
 そう、今朝のメイドといいアルビノといい、滅茶苦茶すぎる。
 そもそもメイドには三原則と呼ばれる、古き良きプログラムが必ず刻まれているはずなのだ。
「それにチョーカーも見当たらないわね。素晴らしい違法っぷりだわ」
「……あ」
 それは今気がついた。
 アルビノの首元をよく見る。しかしそこには、なにもなかった。
 チョーカーとは、メイドの一通りのデータを記録したアクセサリーだ。いわば身分証明書のようなもので、これも法律で着用が義務付けられているのだが、ない。……まさか。
「ドンデモメイドめ……!」
「誰かのオリジナルかしら。この様子じゃステーションへの登録もしてないわね」
 とんでもない違法メイドに僕は護衛されていた。確かに行動の妨げとなる三原則や発信機じみたチョーカーは邪魔なんだろうけど、小心者の僕には荷が重い。罪自体はそこまで重くないけれど、規則に反したメイドは回収されてしまうのだ。そうなったら、おそらく彼女は政府組織相手でも抵抗する。……ああ、泥沼。
「私は命をこなすために藍原夫妻によって創られたメイドですから。よって私が従うのは法ではなくマスターだけです」
 って、ちょっと待て。
「アルって僕のウチの馬鹿親父に創られたメイドかよっ!?」
「まだ言っていませんでした。すいません」
「いや、謝らなくていいよ。……あの馬鹿親父、今度会ったら逆さづりにしてやる」
「……教科書にも載る科学者を吊るし上げるだなんて、アンタ大物だわ」
 それはそれで嫌だなぁ。
「ま、アンタも苦労が絶えないわね」
 アリアはこちらへの興味をなくしたのか、町並みへと目を向けてた。
「……さて、と。本題だ」
 とりあえず脇にあるベンチへと腰を下ろす。アルビノもそれに続いた。
「何で来たのさ、アル」
「マスターを護ることが私の存在理由だからです」
「つまりそれ以外にすることがない、と」
「そうとっていただいて結構です」
 ふむ、この特殊金属骨格の一本筋娘をどうしたものか。
「えっと、護ってくれるのはありがたいんだけど……あのメイド達が乗り込んできたりとかないと思うから」
 学校には警備員もいるし教職員もいる。学校で襲われる心配はないと思うのだが。

「いえ――実際、敵は現れました。数は七、現在歩行速度で接近中」

 息を呑んだ。
 まさか、そんな。セキュリティはどうなっているんだよ。
「思い出しなさいよ、馬鹿ね。――今日は何の日?」
 冷ややかなアリアの声で、氷水をぶっかけられたかのいように混乱が醒めていった。トゲトゲしい彼女の言動も、今では冷却剤となっている。そう、今日は入学式。それこそ生徒以外の出入りもあり、やろうと思えば難なく侵入できるかもしれない。新入生の両親に紛れていたとするなら――
「いや、それでもセキュリティを誤魔化せるはずない。だってアルが探知できたんだろ?」
「クラックよ。セキュリティが一時的に麻痺しているの。……知ってた? この屋上庭園、必要期間以外は出入り口がロックされているの。私が開くより前に開いちゃってるんだから、びっくりしちゃった」
 学校側もセキュリティの麻痺を伝えて混乱を招きたくないのだろう。ホームルームが終われば皆が帰るのを待つだけなのだから、事を穏便に済まそうとしているのだ。その判断はとても正しいと思う。
「残り十メートル。マスター、戦闘を始めるので下がっていてください」
 アルビノが僕の前へと立ち、出入り口に空気銃を向けた。七人もののメイドを、彼女は一度に相手することが出来るのだろうか。今朝はアルビノの登場自体がイレギュラーであったが、今回はアルビノに対抗するために武装しているかもしれない。
 それじゃ、ダメだ。でも、だったらどうすればいい?
 ここから脱出する方法とは何だ。
 相手の居場所を特定する方法とは何だ。
 勝利を手にすることの出来る方法とは何だ。

 ――ほら、ぶつかってらっしゃいな。男の子なんでしょ。だったら大丈夫。

「アル、銃を下ろせ」
 答えは決まっていた。やることは一つ。
「マスター、どうしたのですか? 敵は接近しています。早く隠れて――」
「命令だ。いいから銃を下ろせってば」
「できません」
「アルっ!!」
「――危機的状況だと言うのに仲間割れ? 馬鹿じゃないの、アンタ達」
 再度、アリアに言葉の氷水をぶっかけられた。そう、仲間割れをしてる場合じゃないのだ。冷静に、この状況を切り抜けるための方法を提示するんだ。
「頼むよ。このままじゃ僕達に勝ち目はない」
「……できません。私はマスターを護るために存在するもの。主の命であっても、私の使命を妨げることは出来ません。それに、勝ち目がないわけではありません」
 アルビノは頑なにこちらを拒む。僕と彼女の意思が、見事にすれ違っているのがよく分かった。
「違う。僕の言う勝利と、君の言う勝利は全く別のものなんだよ」
 だからこそ、アルビノの肩を掴んで、正面から言う。

「いいか、アル。――前に進むんだ」

 アリアがくすくす笑っているが、今は気にしない。
「僕を『護る』ってことは、何も向かいくる敵を撃退するだけじゃあない。いつまでも受け身じゃ、いつかこちらが疲弊する。君は違法メイドなんだから、普通のメイドみたいな整備は受けられないんだよ」
「その時は……その……」
 流石に言葉に困っているようだった。メイドは精密な機械だ。プログラム上のメンテナンスはある程度までは彼女ら自身が行うが、物理的な障害や重度のバグはどうしようもない。そんな時、専門店がステーションで整備を行うのだが、それにはステーションのメイドバンクに登録していることが第一の原則だ。三原則もチョーカーもつけていないアルビノがステーションに登録されているとは思えない。
「それにこのままトンパチやって騒ぎになったらそれこそ大変なことになる。違法メイドはステーションに回収される羽目になるんだから。たとえ今攻めてきてるメイド達も取り押さえることができたって、多分主人の所在は判明しないと思うよ。それじゃあ僕達の完敗だ」
 国を相手に逃げ切る自信はない。ガーデンに住んでいる以上、ステーションから逃げることは出来ないのだから。
「だったら、僕は『護る』より『攻める』方がいい。やられっぱなしは、好きじゃない」
 護ることが敗北に繋がるのならば、攻めることで勝利を得られるかもしれない。ここで戦うと問題が生じるのならば、ここでないどこかで戦えばいい。簡単なことだ。
「今から僕が思いついた作戦を話す。結構即興だから、細かい所はまかせた。」
 ついさっきできたばかりの、穴だらけの奇策は、しかしアルビノとアリアを納得させた。
 アルビノが告げる。残り三メートル。
 たとえ逆境であろうと、立場を覆すヒーロー。男の子だったら、一度は憧れるはずだろう。
 やってやる。僕は今だけ、ヒーローになりきることにする。
 さあ、始めようか。

「――反撃だ」






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