2XXX年。
僕こと藍原遊弥は未曾有の危機に陥っていた。
……整理しよう。
今日は高校――葦原学園高等学校の入学式の日だ。
そして、寝坊した。
さすがに入学早々遅刻はしたくないので、時間を削減するための近道――つまりこんな人気のない路地裏を僕は走り抜けて駅まで辿り着く、予定だった。予定、だった。
その予定が崩壊した原因は、
「ターゲット確認……藍原遊弥である確率97%、本人であると判断します」
なんて言いやがる、無表情な女の子が五人ほどで僕を取り囲んでいる所為だった。
もちろん、僕の追っかけなんて(第三者からすれば)素敵イベントじゃあない。そもそも僕にそんなフラグを立てる能力もなければ度胸もありませんですよ、はい。
……じゃなくて。
僕は彼女らと面識が無いはずだ。度忘れとかじゃなかったら。だが、彼女たちが何なのかはその格好で判断することが出来た。髪型や年齢はまちまちだというのに、その格好だけは統一されていたのだから。
服装はみなエプロンドレス。
「――つまりメイドか」
別に初めて見たわけではない。少し裕福な家庭ならば家に一人はいるだろうし、今となっては普通に街中を歩いている。今朝だって途中で何人か見かけた。
だけどこうして路地裏に追い詰められるようなことはしたことがない、ホントに。
「正解です」
と、五人のうち正面に立つメイドが僕の呟きに応えた。彼女はロングスカートの両裾を持ち上げ、小さく一礼する。これが彼女たちの流儀。
「私たちはメイド――ヒト型多目的ガイノイド。主より授かった使命を執行するために存在するモノです」
メイドとは、家事労働を行う女性使用人――のことなのだが、この現代においてはちょっと違う。
人に創られし自己ある人形――通称M.A.I.D.。平たく言えば、人型ロボだ。名称は小間使いとかけているんだとか。標準服装がエプロンドレスなのはそのためらしい。最早趣味としか思えぬ。
……というか、メイドの高度なAIプログラムのベースを創ったのは日本のとある変態だもんなぁ。そいつ曰く、メイドロボは男の浪漫。ちなみにそれが僕の父親。死にたいです。
閑話休題。
「……律儀にお答えありがとう。じゃ、ついでに何で僕を追い詰めてるか教えてくれ」
「お答えすることは出来ません」
やっぱり。だがそこで食い下がる僕じゃあない。
「もう一つ。僕をどうするつもり」
「捕縛し、我が主の下へ連れて行きます」
「つまり誘拐か」
「正解です」
尋問終了。開き直られちゃいましたよコノヤロウ。
といってもこのまま通せんぼされていると遅刻になるわけで。彼女らが誘拐だと断言する以上、僕がやることは一つしかない。学生服のポケットを漁る。
「えーっと警察けいs――」
パシュン、と。携帯を取り出そうとした僕の頬に何かが掠った。思わず携帯を落としそうになる。
硬直した首を回し、メイド達を見る。
「……そ、その手に持ってるのはナンデスカ」
「見て判りませんか」
判る。でも認めたくない。
なんと、彼女らの手には恐るべきものが握られていた。銃――空気銃だ。所詮おもちゃと言っても、当たれば痛いし改良次第で人も殺せる、らしい。そんな物を突きつけられていた。恐怖で自然に両手が挙がる。
「これは警告です」
ピーンチ。
「抵抗しないのならば無傷で主の下へ来てもらいます。抵抗するのならば、それ相応の対処の後主の下へ」
「だ、第三の選択肢はナイノデスカ?」
「あるとお思いですか?」
「拒否権は……」
「あるとお思いですか?」
うっわぁ、ホントにヤバい。
だというのに頭のどこかで冷静に分析している僕自身が憎らしい。
「さてどうしますか。抵抗するのか、しないのか。選択は二つに一つです」
「そのどちらも僕的にはバッドなんだけど」
「これは交渉ではなく、二者択一の絶対選択です。あなたにその二者を選ぶことは出来ません」
「うわ、素晴らしきかなジャイアニズム」
「素晴らしいと思うのならば、それに従ってください」
くそ、なんてこった。こんな面倒なことになるなんて、朝の僕は夢にも思っていませんでしたよ。
……ああもう神でも悪魔でも何でもいいから僕を助けて――!!
と、そんな切なる願いが届いたのか、
「――――」
ズドン、と。
僕と彼女らの間に、大穴が開いていた。
「――へ?」
遅れて、轟音と暴風が。思わずたじろいでしまう。
「これは警告です」
突然、艶やかだがとても冷ややかな女の子の声がした。それも頭上から。
「武器を捨てなさい。抵抗するのならば、それ相応の対処を」
その声とともに、天然樹脂の地面に穿たれた大穴に誰かが降り立つ。
神か悪魔か、それ以外の『何か』か。
――彼女は、白と黒で彩られていた。
朱を含んだ白の長髪と、白と黒のエプロンドレス。
透明とすら思えるその髪が、暴風の尾で宙を舞う。あまりに幻想的で、現実味がない。
それは天から降りてきた少女。いや、天井に覆われたこの街に天などないのだけれど。
「曲者……!」
その少女へと、不相応にも武器を向けるものがいた。
「曲者に曲者と言われる筋合いはありません。それに武器を捨てなさい、と言ったはずですが」
しかし彼女はそれを無視し、こちらへくるりと振り返り、
「――ご無事ですか?」
鮮やかな紅の双眸で僕を見つめた。
それは今までで、一番衝撃的だった。メイドも銃も大穴も凌駕する驚き。
だって、それぐらい綺麗だったのだから。
名画の素晴らしさすら判らない僕が、ここまで感銘を受ける存在。もちろん綺麗さだけでは襲ってきたメイド達だって負けないだろう。でも、なんかこう、別の――
「心拍数が増加、緊張状態のようですが……いかがなさいました?」
その抱いていた幻想をぶち壊すほど、無愛想な口調だった。
……なんというか、詐欺だろ。
あまりのショックでどっと疲れが押し寄せた気がする。思わずうな垂れる僕。見れば、理解できていないのか彼女は小首をかしげていた。自覚ないらしい。
「いや、なんでもない」
それより、彼女の服装が気になった。未だ僕を取り囲むメイド達とはデザインの違うエプロンドレスだ。つまりそれは彼女らと同じ、メイドだということを証明していた。
「……君もメイドなわけか」
しかし少なくともあのメイド達の仲間ではないらしい。思いっきり敵対してるし。
「はい」
彼女は軽く頭を下げた後、真っ直ぐこちらを見つめながら、
「――私はあなたを護るようプログラムされたメイドです」
さも当然のように言い放った。
誘拐、敵対、護る。一体僕の身とその周りに何が起こっているのか理解できない。僕には、絶対的に情報量が足りていなかった。
「……護る? 僕を?」
僕はいままでこんな事態を聞いたことも、ましてや遭遇したこともない。しかし護ると言う以上、この先もこういう状況が起こるかもしれないわけで、
「もしや、こんなトンデモ騒動が明日からも続くのか……!?」
「続いたとしても私が護るのでご安心下さい。私はとても優秀なメイドですので」
さらりと言ってのけるメイド。
……自分で言いやがった。なので聞いてみる。
「どのくらい?」
「そうですね――」
彼女は言いながら即座に振り返り、
「――このぐらいは」
背後で銃を構えていたメイド達に、いつの間にか手にした銃で発砲した。それも銃だけに狙いをつけて。その精密射撃に思わず見惚れてしまった。まるで機械のような正確さ。……機械だけど。
「どうですか。私は優秀なのは、ご理解いただけましたか?」
「お、オーケーだ」
そう言うしかない。
「く……」
銃を失ったメイド達が、たじ、と一歩引く。
「退きなさい。そしてあなたの主に伝えるのです。――無駄だ、と」
「……こ、これで終わりだとは思わないように!」
なんてヤラレ悪役じみたセリフを残して、メイド達は去っていった。残されたのは僕と、メイドと、地面に穿たれた大穴だけ。というかこの穴はどうやって空いたんだ。
「ご無事で何よりです、藍原遊弥様」
そう言ってメイドは僕の前でスカートの両裾を軽く摘み上げ、ペコリと一礼した。
「はぁ……」
ようやく終わったのだと実感して、大きくため息をついた。相手が同じ年頃の女の子だったにせよ、武器まで突きつけられて緊張と恐怖を生まないわけがない。それを誤魔化すために少しだけふざけていたんだけど、そのたびに緊張度が増す会話ってなんだろう。会話なのか、罰ゲームなのか。
……そんなことより。
「何で僕を狙ってるメイドがいるんだ、あの大穴は何、君は誰だ」
今までの鬱憤を晴らすように、質問を一気にぶちまけてやった。我ながら意地悪だと思うが、いくら自称正確温厚の僕でも少しばかり腹が立っていたのだ。
「あなたが重要な人間だからです、私の攻撃です、私はあなたを守るようプログラムされたメイドです」
……一気に返された。
「つ、つまり僕のボディガード?」
「ご理解頂けて幸いです」
理解できてないってば。
「何か、ものすごく厄介なことに巻き込まれたような」
「巻き込まれたのではなく、あなたが中心なのだと思いますがいかがでしょう」
さらにヘコんだ。というかメイドってこういう屁理屈娘ばっかりだっけ。そんなはずはないんだけど。
「ま、今更どうこう言ったって仕方ないか」
「随分とあっさり受け入れるのですね」
「まあね。何事もポジティヴなのが僕のウリだし」
こらそこ、能天気とか馬鹿とか言うな。
「それより君……えっと、名前は?」
そういえばまだ名前を聞いていなかった。
人と同じように、メイドにだって名前はある。識別コードや型番じゃない、固有に与えられる名前が。
「――ありません」
「……へ?」
それが、ない、だって。
「そんなわけ……ない」
「いえ、私には名前がありません。私には主がいませんから」
彼女はあっさりと言う。綺麗な顔立ちを崩さず、無表情に、そんなことなんでもないとでも言うように。
名前の無いメイド。それじゃあ、まるで――ただの、機械みたいじゃないか。
「それはダメだ。絶対ダメ」
「……何故そんなにもこだわるのですか?」
だって、それは――
「君が君だから、かな」
「言ってる意味が分かりません」
自分でもよく分からない。
「私は名前を必要としていません。私は正規のメイドではありませんし、あなたを護ることさえ出来るのならばそれで十分ですから」
必要ない、と彼女は言った。そして僕はそれが許せない。
「だったら――」
解決の道は、一つ。
「だったら、今僕が君に名前をつける。必要としてないって事は、あってもなくてもいいってことだろ? それなら僕が勝手に名前をつけてもいいよね」
人もメイドも名前があった方が便利だ。識別しやすいし、愛着も湧きやすい。別に湧かなくていいけど。
「……それがどういう意味なのか理解しているのですか?」
「へ? 意味?」
じとっと睨まれた、ような気がする。
「……その方が合理的ですし、いいでしょう」
「いいのか」
「名前をつけたいのではないのですか」
……怒られた。だって、てっきり拒否するもんだと思ってたから。
「では、藍原遊弥様。あなたが私の名をつけて下さい」
よし、本人の了承ゲット。
「しかし、勢いで言っちゃったものの、どんな名前をつければいいんだろ」
「…………」
思いっきり睨まれた。ちょっと、怖い。
「名前って一応、一生モノだからなぁ……」
ちなみに俺の名前、遊弥の意味が分かるかな? 遊は遊ぶの意で、弥は最もとかきわめてとかいう意だ。つまり俺の名前に込められた意味は――ものすごい遊び人。
閑話休題。
「そうだな……」
ヒント探しに、彼女を少し観察してみる。いや、女の子を観察するだなんてどうかと思うけど。
彼女を見てまず目に付くのは、やっぱりその瞳と髪だろうか。
僕を真摯と見つめる瞳は宝石のような錯覚すら覚えるし、さらさらの長い髪は触り心地もよさそうだ。
赤の瞳と、白の長髪。
彼女の象徴のようなその二つ。
「うん、君は――アルビノだ」
自然と、名前は決まっていた。
やっぱり僕が一番に綺麗だと思ったもの。まるで、花の様な。
彼女が型番だけの機械じゃなくならないように、この世に一つだけの。
それで満足したのか、彼女はまたも一礼して、
「命名確認。契約はここに。私ことアルビノは、アルビノである限り守り続けます――御主人様」
あ。
「そっか……そうだったー!」
なんて重大なことを忘れてたんだろ。
メイドの名前を決めるのは他でもない――御主人様なのだ。
つまり名前のないメイドに名前をつけるということは、
「どうしました、マスター」
つまりそういうことで。
「何で教えてくれなかった?」
「ヒントは与えました。それにあなたが主である方が便利であると判断しましたので」
アルビノは、かなり性格ヒネくれてるっぽい。
でも――それはそれでいいとは思う。嫌だったら解消とかだってできるわけだし。
だから僕は言う。これから世話になるであろう、メイドへ。
「ま……よろしく頼むよ、アル」
さて、これからこの非日常をどういう風に楽しもうか。
と。
「……マスター」
「なんだよぅ」
アルビノは本当に不思議そうに小首をかしげて、
「――マスターは学校に行かなければならないのでは?」
僕に現実を叩きつけた。
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