『Complete』のカウンターで、軽快なBGMを浴びながら菓子を食べる少女がいた。 希望だ。 ぶかぶかのパーカーにホットパンツ姿の彼女は、袋の中のスナック菓子をぱりぱり食べている。そんな希望にカウンターに立つ女性――愉喜笑が苦笑しながら言う。 「ここは持込禁止なんだけどねぇ……で、今日は何を食べてるわけ?」 「えーっと……『逆襲の暴君ハバネロ〜教徒よ燃えろ大業火〜』ですっ。ぴりりとした辛さがほどよく美味しいんですよ〜。おひとつどうですか?」 「え、遠慮するわ……前は『ジェントルメンポテト・チップス嘆きの川限定裏切り者の味』だったっけ? 結局どんな味がしたのよ……」 「裏切り者の味です〜。苦いんですよ〜」 「……ああ、そう」 苦笑するしかない愉喜笑。 喫茶店には希望しか居ない。今日は言葉がおらず、希望の面倒を見なければいけなかったので、丁度いいから店を休んだのだ。何故希望がいるのかと言えば、遠華が仕事のため愉喜笑が預かることになったのだ。最近の希望はそこそこしっかりして――でもやっぱりどこか抜けてるが――きているみたいだし、子守なんていらないだろうと言っているのに遠華が無理矢理押し付けてきたのだ。 「過保護なんだよねぇ……ま、今の状況を思えばわからないこともないけど……」 「……ふわわぁ」 と、希望が欠伸を一つした。 「……寝てないの?」 「はい……遠華さんの所為で……」 「何ィ!? な、何かされたの!?」 愉喜笑は遠華にロリコンのケがあると本気で思っていた。 「もう辛抱できん! って言って無理矢理……あぅあぅ」 「あ、あああ……」 ついにやってしまったか、と愉喜笑は思う。こんなことなら預かっておけばよかった。 「痛いって言ってるのに……すっごくきついんですよぅ……」 「ゆ、優治朗……警察……」 めまいすら覚える愉喜笑。あのペドには死刑以外ありえない。 「だから最近眠れないんですよ……ベッド、狭くて」 「……ベッド?」 「はい、ベッドです。ベッドを二つも置けないから、前に買わなかったですよね。今までは遠華さん、ソファで寝てたんですけど……にゃー」 「び、微妙にそれ厚かましい意見だけど……いや、じゃあ昨日は同じベッドで?」 「はいです。ここだけの話ですが、遠華さん意外と寝相が――」 チリン、と扉が開いた音が鳴った。 一応外に閉店とはあるが、常連などは時たまスルーすることがある。愉喜笑は慌てて入ってきた客へ言う。 「すいません、今日はお休み――」 薄暗い一室に眩しすぎる照明。狂いそうになるほどの騒音と嬌声がダンスホールを埋め尽くす。 そこは文字通りジャンク・ハウス。 数百人のオーディエンスが力と金で身体を汚し、ただ快楽のみに任せて踊り狂う狂者達の吹き溜まり。 そしてその狂気を隠れ蓑に、取引を行う輩もいる。 麻薬銃器エトセトラ。別段珍しくもないその代物は、しかし持っているだけで強奪の餌食となる。だからこそ取引は隠れてしなければならない。暴力と快楽のために。 案の定一番奥の部屋では麻薬の取引が行われていた。それも最新でキツいものだ。数人の男達が輪になるようにして、こそこそとやり取りをしている。その中には未成年と見える者の姿もある。 ――と、部屋の扉がノックされた。 男達は慌ててブツを隠し、イカツいスキンヘッドの男が対応に出る。ノブに手をかけ、扉を開く。 「はいコンニチワ。取引を潰しに来ました」 そこには黒衣を着込んだ長身の男が立っていた。背中まで伸びた黒の長髪はだらしなさよりも美しさをイメージさせ、コートの内には隆起する筋肉があり線は細いが力強さも併せ持つ青年だ。 「テメ――」 殴りかかろうとしたスキンヘッドは、青年に顔面を捕まれ持ち上げられる。ぶらりぶらりと空中遊泳。 「何が取引だか……今時こんな頭の悪い取引する奴居ないだろう」 「さ、サツか!?」 「月並みな発言どうも。残念ながら俺はただ依頼されただけだ。ここでの取引は迷惑になる人がいる。だから火遊びならどこか別の所でやってくれないか?」 青年はスキンヘッドを安物のソファに投げ捨て、男達の懐に隠れた小袋を全て没収した。袋の中身を備え付けられている洗面台へ水と一緒に流し込む。 呆然とする男達を無視して青年――不死御遠華は部屋を出た。 「ふぅ。さてと、早く帰って子猫の相手をするか――」 と、遠華は動きを止めた。 彼の視線の先にはライブステージがあり、いつの間にかライトが当たっていた。遠華が部屋に入るまでは何の光も灯っていなかったステージが。 光を浴びるバンドメンバーは――そして演奏を始めだした ヴォーカリスト・ベーシスト・ギター・ドラム――四名の奏でる毒々しいまでの演奏が、フロア中に響き渡って熱狂させていた。酔っていると言ってもいい。とにかくオーディエンスはその暴風じみた演奏に身体を揺らす。 「如何に幸いか 神の反逆を拒み 罪の道には留まらず 傲慢なる者には拒絶を与え 主の教えをこよなく愛し 其の教えを昼夜問わず言う者よ!!」 それは詩篇の第一章。 「その者はほとりに植えられた樹なり 時が巡れば実を結び 葉もしおれることはない その者の行い全て栄華を齎すだろう――」 稲妻の如き激しいシャウトが理性そものものすら消し飛ばしてゆく。 「しかし神に逆らいし者はそうではない 彼は風にさえ飛ばされるもみ殻 神に逆らう者は裁きに堪えられぬ 神に従いし者の道は我らが主が導くだろう 神に逆らう者其の全て――滅びに至らん!!!」 その禍々しい歌声が、客の身体を突き抜けた。 まるで店の際奥にいる遠華へのあてつけのように。 「この依頼、簡単だと思ったんだがな……オーケイ、簡単にはいかないみたいだ」 中指を立てて見せ付ける。更には口はしを吊り上げた凶暴な笑みまでも付け加えて。するとヴォーカリストはマイクを手に取り、尻尾じみた銀髪を揺らしながら言い放つ。 「イイねイイねぇそういうノリ、俺好きだぜぇ?」 「ほざけ狂犬。テメェは――俺の敵か?」 瞬間。 遠華の頬を銃弾が掠めていた。 「今更訊くことですかよ?」 「そりゃそうだ」 ヴォーカリストはマイク持ったままだった。二人のやり取りを呆然と見ているオーディエンスには、ヴォーカリストが銃弾を放ったことすら気づいてないだろう。意味不明な乾いた音が聞こえたのみだ。 「俺の名前は――クラウ。お前は不死御遠華だよな?」 「人違いだったらどうするんだよ」 「知らん」 遠華は苦笑した。何故だかこの男とは波長が合うことを感じながら、右手でくいくいと挑発する。 「遊んでやるぜ魔弾の射手」 「ついてこれるか竜騎士ィ」 「クソ野郎。死の舞踏は俺の得意分野だ――!!」 瞬間、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。 まず生まれたのは連続する銃声。乾いた音がヴォーカリスト――クラウより放たれた。対する遠華はそのコートを一瞬にして剥ぎ取り宙へと放り投げる。魔術的加護のある黒の傘が放たれた弾丸その全てを弾いた。 「紳士的だなぁドラグーン。周りへの被害も考えるか!」 「いーや。俺はサシの方が燃えるタチなんでな」 遠華は無駄に騒ぐオーディエンスを軽く踏み台にしながらライブステージへと飛びかかる。その途中でコートを回収することも忘れない。右足を前に飛び蹴りを、スカした顔面へと放った。 だが、 「クラウ様のお顔、蹴っちゃだめ!」 「こ〜んなに綺麗なんだから、ね!」 ベースとギターがそれを阻んだ。クラウを被うように投擲されたのだ、その持ち主から。蹴りを防いだ楽器は宙で砕け、遠華は宙返りしつつステージへと着地。 と、クラウがわざとらしく頭を振りながら、 「おーいおいおい、ドラグーンは俺の獲物って約束だろぉ?」 「えー! せっかくクラウ様のお役に立てたと思ったのに〜!!」 「のに〜!!」 双子のゴスロリ姉妹――ポリュデとキャステルがそこにいた。 心底呆れたといった様子で遠華は言う。 「おいおい、いつからイスカリオテはバンドグループになったんだよ」 「ちがうよ〜ん。ここに出る居ない奴は殺したんだよ〜ん」 「お姉ちゃん、私もベースがしたかったよ〜ぅ」 ……虫唾が走る。 付き合ってられない、とばかりに遠華は前傾姿勢でクラウへと突進。相手は三人だ。まず遠華は飛び出してきた双子姉妹をあしらう為に強く地面を蹴り跳んだ。双子姉妹はぽけっとした様子で飛び越える遠華を見、軽くあしらわれたことに気づいて地団駄を踏んだ。 「もぅ〜!! 私たちに付き合ってくれてもいいじゃん!」 「残念だけどお姉ちゃん、私たちじゃあの人に勝てないって」 「うううー。あの弱っちい人また来ないかな〜」 「あの人弱かったっス〜」 くしゃみをするある青年を思い浮かべながら、遠華はクラウへと肉薄した。袈裟懸けに一刀を振るう。 「うひょっ!」 奇声を上げながらクラウは横跳びに躱した。 「あぶねぇ……ンなの俺が受け止められるかっ!!」 「ちっ。綺麗に真っ二つになっちまえよお前」 「ドラグーンはつれないねぇ。……さて、と。ここじゃ俺のお得意が微妙に威力半減だから、外に行こうぜ」 「俺はここで殺してやってもかまわんが?」 「いいのかぁ? 今俺はお前に合わせてやってんだ。俺はここを一帯を吹き飛ばせる手段も持ってるんだぜ? 素直になろうや、お互いよ」 「……いいだろう。十秒間だけ追わずにいてやるよ。ほれ、さっさと外に出ろ」 「っけー。余裕ってわけかよ」 「いーち」 「うぉっと……」 そそくさと移動するクラウと双子姉妹。 とりあえずライブハウスは大混乱。若者どもは喚き散らしながら出口へと向かって殺到している。だというのに一人、バーのカウンターから動こうともしない少女がいた。 煌びやかな銀髪を二つ括りにした小柄な少女――言葉だ。キャミソールの上にジャケットを羽織りミニスカートで白磁の脚を晒す彼女は、しかしジャケットの内側とレザーのウエストバッグには銃器手榴弾その他モロモロが隠されている。 「コトハ、無事か?」 「無事。何度か汚らしい男が声かけてきたけど、殴り倒した」 それは可哀想に、と遠華。大混乱しているこのホール内では気絶している馬鹿など踏み潰されてしまうだろう。 「――って死ぬだろ!!」 「馬鹿なのが悪いんだから」 言葉は不機嫌そうにため息をつく。 「愉喜笑さんの情報通り。ちょっかいかけてくるとは思ったけど、こんなにおおっぴらだとは思わなかった」 「いや、多分こんなに派手なのはヤツらだけだ。変態博士は今街に化け物放って喜んでるし、溢流たちはもっと効率がいい。そもさん、あいつら見た目からして派手そうだろ」 「納得。じゃ、私はあの変態姉妹相手?」 「よろしく頼む。俺はあの変態ホスト相手だ。……溢流、お前は変態じゃないよなぁ」 「行く」 「オーケイ」 三年前出会ってから二年前に愉喜笑と出会うまであった、イスカリオテと呼ばれる戦闘集団へと対抗する為に改めて組まれた黄金コンビ。とっくに十秒すぎてから、二人は別々の方向に走り出した。 雲に覆われた灰色の空と、孤独という感覚を強める冷気。廃ビルが乱立し、鉄骨が地面へと無造作に突き立てられていた。言うなれば廃墟。死体と乞食で満たされたその場所に、場違いな少女たちが居た。 言葉と双子姉妹だ。 ジャケットの内側から二丁の拳銃を取り出し、現れた双子姉妹に嘆息した。明らかに侮蔑の視線もつけて。 「……あっちの方が楽しめるのに」 「そんなこといわないでよ〜」 「私、女の子も大好きだよ〜」 場違いなゴスロリファッションの双子姉妹は、ニヤニヤとした笑みの仮面を貼り付けたまま言葉に言う。 「私たち、格闘専門なんだけどぅ」 「あっち銃使ってるよぉ〜。卑怯〜」 「これが私のスタイル。嫌だというなら死んで」 「ひっどい、私たち殺すつもりだよ〜?」 「怖いねー怖いねー」 冗談めかして言う双子に、言葉は二丁拳銃を突きつけた。イライラする。 「残念だけど私は、ハルみたいに甘くない。そもそも私は――人を殺すためだけに生まれてきた」 右の砂漠の鷲。ハンドキャノンの異名を持つ、最強の自動式拳銃。 左の大蛇。芸術品さながらのフォルムと耐久性を持つ、最高の回転式拳銃。 二匹の化け物が二人の少女に狙いを定め――狩りが始まった。 まず動いたのは双子姉妹のポリュデ。前傾姿勢で言葉との距離を一気に詰めに来た。軽いフットワークで拳を繰り出してくる。ボクシング。言葉はボクシングについて詳しくは知らないが、厄介なものであることは理解できた。銃器を得意とする言葉にとって格闘技は天敵なのだ。距離があれば独壇場だが、詰められれば動きを封じられる。本来ならば。 「舐めるな――!!」 ポリュデのジャブを食らいながらも、言葉は両手の怪物を咆哮させた。だが銃口は言葉の両サイド、廃ビルへと向けられている。射出された鉄塊は廃ビルを食い破るだけかと思われたのだが―― 「な……!?」 右ストレートを肩へとぶち込んだポリュデが目を見開く。 銃弾が廃ビルに接触すると同時に――その軌道を変えたのだ。Uターンするように。 反射された銃弾は先ほど言葉がいた場所、現在はポリュデが立っている場所へと向かって回帰する。咄嗟にバックステップを踏んで直撃することを回避したが、バランスを崩し転倒をしかけた。俊敏な動きで体勢を整えるも、それこそが言葉が待っていた瞬間。 「チェック」 砂漠の鷲が、ポリュデを捕らえた。 「……ちぇっ。魔術を施した弾丸なんてきいてなーい」 「言ってないから」 そもそも、イスカリオテの襲撃は予測できたことだった。あの夜、彼らが宣戦布告をしたその時からイスカリオテとの抗争は始まっていたのだから。今日のクラウらの出現も愉喜笑の情報によってもたらされたニュースだった。遠華一人では流石に無傷では勝利できないだろうということで、言葉が同行するこになったのだ。 先ほどの銃弾は、哀川優治朗の重力操作が施されていたのだ。物体と接触すると同時に運動エネルギーをあまり減らすことなく方向転換させる荒業。しかしベクトル操作のトリックは、種が割れてしまえばどうということはない。弾道を予測するのは簡単だ。 故に、ここで一人リタイアさせる必要がある。 「死んで――」 躊躇わず引き金を引こうとして――言葉は反射的に飛び退いた。 「おしかったな〜。あと少しでぷっつんだったのに」 先ほどまで言葉の首があった位置に、西洋風の長剣が突きたてられていた。それは背後で待機していた姉のキャステルの放った一突き。 キャステルはポリュデの腕を引っ張り立たせ、ひゅんと長剣を一回転。 「……どこから出した、それ」 だが双子姉妹は聞いていない様子で、 「助かったよお姉ちゃん〜」 「もう……第二ラウンド開始だよっ」 剣術使いと拳術使い――二人で一人の彼女らが、言葉へと疾駆した。 造りかけで放棄された、鉄骨のみで構成されたビルの間を魔弾が貫く。目標は地上数百メートルの鉄骨上に立つ不死御遠華――その眉間。遠華は細い鉄骨上でステップを踏んで難なく避けたが、 「ちっ……鬼ごっこは得意じゃない」 クラウの狙撃は非常に厄介だ。まず発砲音が無い。どんなサイレンサーを使用しても発砲音自体は隠すことが出来ないため、これは魔術の所業だろう。故に遠華はその残留した魔術反応と風切り音を頼りに回避しなければならない。 神経を集中させ、次弾に備える。発射された後に回避、その間わずか数秒。 「――――!!」 心臓を狙いにきた弾丸を躱す。 あと一発。あと一発で狙撃場所が特定できる。距離はおよそ4キロメートル――50口径ライフルの約二倍。 ……まったく厄介だ。死んだらダ・ヴィンチに文句を言ってやるよ。 そして迫る狙撃の魔弾。 遠華は身を回転させギリギリ回避し、予想狙撃地点へと走り出す。鉄骨を蹴り、下降。内臓が浮き上がるような感覚が身体を駆け巡り、衝撃を分散させて着地した時の僅かな痛みで眼を醒ます。廃ビルを蹴り、時には吹き飛ばしながら狙撃地点へと到達した。 廃ビルの屋上。そこにはニタニタと笑みを浮かべるクラウがいた。 「あーあ、追いつかれちまった」 「逃げようともしないで何を言う」 クラウの手には見たことも無い黒の鉄筒があった。恐らくはオリジナルの長距離狙撃銃だ。 「どーだ、俺の超距離狙撃銃」 「この距離で対物狙撃銃を使うってか?」 「冗談」 そう言ってクラウは足元に転がしたケースから銃器を取り出した。二丁の散弾銃。 「イくぜ――!!」 瞬間、放たれる散弾。 遠華は即座に身を転がして回避するが、コートの裾を食い破られていた。埃まみれになった遠華はクラウを睨みつける。 「フルチョークとソードオフの二段構え……迂闊に近づけないな」 クラウの持つ散弾銃は右と左で特性が違うようだ。右の散弾銃はフルチョーク――1メートル近く絞り込まれた散弾は、一定の距離を飛んだ後に拡散する。絞り込みが強いほど散弾の威力は高く、フルチョークは文字通り限界まで絞り込まれた殺傷弾だ。 左の散弾銃はソードオフ――全長を短くすることで、先ほどとは逆にチョークをなくす働きをもつ改造散弾銃。射出直後に散弾するため室内では非常に厄介だ。それにソードオフ・ショットガンは全長が短いため小回りがきく。フルチョークを躱した後に回りこんでもソードオフで蜂の巣にされるのがオチだ。 「迂闊に近寄れば食い殺される……か」 「ああそうだ。俺は獰猛な狗だからなぁ――」 ショットガンを構え、狂犬の笑みを浮かべながらクラウは言う。 「我こそイスカリオテが一柱――『許猟狗』!!」 殺戮場を駆ける猟犬。 遠華の前には、獰猛な魔獣が立ちはだかっていた。 ――だがしかし。 「犬ッコロ程度でこの俺を――止められると思っているのか?」 クラウが魔獣だとするならば、遠華こそ数々の伝説名を連ねる神獣――それを従えし騎士。 「一つだけ教えてやるぜ、犬ッコロ」 遠華は二丁拳銃を引き抜く。竜骨と呼ばれる最上級の魔導具から生み出された魔銃を。竜骨に蓄えられた超過密の魔力は、遠華の声に呼応してその異能力を発揮する。 世界を焼き尽くす滅びの劫火。魔竜が吐き出す紅蓮の業火。 「テメェじゃ俺は止められない――『ファーヴニル』ッ!!!」 二対の竜砲から朱の閃光が迸る。 双子姉妹の攻撃は非常に厄介なものだ。 剣術と拳術。至近距離で威力を発揮する技が、抜群のコンビネーションで言葉に襲い掛かってくるのだから。剣は直線的だがリーチが長く、拳は弧を描き柔軟に穿ってくる。言葉はそれを間一髪で避けてゆく。とはいっても挟み込まれたら終わりだ。言葉は持てる運動能力その全てを使って、常に彼女らの前にいた。 そもそも言葉には必要最低限の筋肉しかない。そのため魔術による強化でコンクリートもぶち抜く拳には耐えられない。銃の反動を初めとする衝撃は魔術と力学で緩和することができるが、計算不能な敵の攻撃はそうはいかない。言葉にはリアルタイムで戦闘と計算を行えるような頭脳はなかった。 全ては慣れと勘――十数年分の教育の賜物なのだから。 「突きー☆」 長剣の一突きを身を捻って回避する。しかし、次の瞬間にはボディーへと拳が迫っていた。 「っつ――!!」 辛うじて躱すことに成功したが、今のは危なかったと言葉は思う。 これだ。言葉が追い詰められている原因はこれなのだ。 例え名人級の武人が二人襲い掛かってきても、二人の間にはズレがある。卓越した戦闘センスを持つ者――遠華や言葉などならば、それを突く事でコンビネーションを破壊することが可能なはずなのだ。 だがしかし。この姉妹にはそれが通用しない。 「姉妹……まさか……」 言葉が硬直する。それに合わせるかのように姉妹も動きを止めた。姉妹はニヤニヤと笑みを浮かべながら、 「タネ、ばれちゃった?」 「鋭いねぇ〜」 言葉は気づいた。この姉妹の絶対的なコンビネーションの秘密を。 「――精神感応能力!!!」 「「だい・せい・かい!」」 双子の姉妹が持つリンク。片方が怪我をすればもう片方にも痛みが走る――なんて生易しいものじゃない。 二人が一つの感覚を共有するなら、コンビネーションも抜群だろう。 「私たちは二人で一人」 「私たちは一人で二人」 踊るように謡うように。 「一人の間に嘘はなく」 「一人の間に溝はない」 声を合わせてこう言った。 「「我こそイスカリオテが一柱――『永遠姉妹』!!」」 三人――二人は戦闘体勢へと移行する。 「……厄介」 「それを言うならあなただって厄介すぎる」 「まさかもう見破られるとは思わなかった」 口調が以前のような巫山戯たものではなく、凛とした真剣な声となる。これが素か。 「私たちでもあなたを捕らえられない」 「流石は流石――『聖十字軍』の生き残り」 「殺すだけに生まれてきたモノ」 「私たちと同じ」 「私たちと同じ」 「――馬鹿みたい」 言葉はその一言で切って棄てた。 「確かに私は、人を殺すために生まれてきた」 しかし、 「親に言いつけられたことが絶対とは限らない。それを私は知っている」 その声は酷く静かなものだった。言葉の瞳に灯る闘志の炎と同じく。 「たとえ私が人殺しのために生まれたんだとしても――」 右の鷲。 左の蛇。 言葉は両手の怪物を彼女らに向ける。 「――私は私のやりたいようにする」 瞬間、射撃した。 姉妹は容易く弾を避け、前方から突進するように攻撃を繰り出してくる。それに迎撃するかのように連続射撃をする言葉。それは無策で無謀としか言いようが無い、弾の無駄。 案の定、右の八発と左の六発を使い切った言葉は――しかし姉妹の猛攻によって次弾装填ができないでいた。これを好奇とした双子姉妹は、ラストスパートでもいうようにギアを上げて言葉に迫る。 ――と、言葉が何かを振りかぶって投げた。 「「――!!」」 双子姉妹は見極める。この少女は爆発物を持ってはいるが、投擲されたとしても投げ返すことは可能だと。 だがしかし。 姉妹の眼前に投げつけられたのは――薬莢と弾倉。 熱を持つ障害物に一度は脚を止めた姉妹だったが、しかしその一瞬程度では次弾の装填などままならない。逃げるようにバックステップを踏む言葉を、視界を落ちる弾丸ともに捉えながら姉妹は言う。 「チェック!」 弾丸が落ちた。その瞬間、姉妹は障害物を飛び越えて言葉へと迫る。 肉薄される言葉。剣と拳が言葉へと突き刺さる――その瞬間。 「ボンバー……!」 笑みを浮かべながら言葉が言うとともに――姉妹の背中が爆ぜた。 「きゃ――」 同じ悲鳴を上げながら、双子姉妹は突然の爆発に吹き飛ばされる。言葉自身も衝撃によって吹き飛ばされるが、受け身を取って衝撃を軽減した。しかしそんな隙のなかった姉妹は顔面から地面に叩きつけられた。 「……たとえ二人が一人でも、どっちも騙せばいいんだから」 先ほどの言葉が投げた弾倉はフェイクで、それと同時に手榴弾――M24型柄付手榴弾を彼女らの背後に向かって投擲していたのだ。この手榴弾はキャップを外し中にある紐を引っ張ることで着火し数秒で爆発する。あらかじめキャップを外しておいたポテトマッシャーの柄がウエストポーチから伸びており、それを引き抜き投げつけるだけで炸裂する。トリガーのリングに人差し指を引っ掛けることで両手をフリーな状態にし、振りかぶると見せかけて投げつけたのだ。 彼女らは戦闘技術こそ名人級ではあるが、戦闘狂ではない。卓越した技術はあれどセンスは無い。重力操作の弾丸に気づけなかったほど彼女らの感覚は愚鈍なのだから。言葉はそこに賭け、成功した。手品で子供が騙されるように、双子の姉妹も言葉に騙されたのだ。 「……このっ、痛ぅ!!」 超至近から爆裂を喰らった姉妹は立てないほどのダメージを負っていた。本来ならば身体が爆散してもいいのだが、彼女らもまた魔術的加護を受けているのだろう。吹き飛んだ双子姉妹を尻目に、言葉は新たな弾倉とスピードローダーを取り出し装填。満腹となった二匹の獣を倒れる姉妹へと突きつける。 「――チェック」 勝負あり。 言葉の勝利だった。 冷たい風を汗ばんだ肌で受け止めながら、言葉は遠華が行った方向へと視線を向ける。 瞬間、視界に映っていたビルの上部が吹き飛んだ。 「――――」 いつも冷静な言葉でさえぽかんと口をあけっぱなしにするほど荒唐無稽。 とりあえず、相棒の心配は無さそうだった。 「殺さば殺せ〜っ! ひと思いにサクっと……あ、やっぱヤダ!」 「煮るなる焼くなり好きにしろぉ〜! えっちぃことは駄目だけどっ!」 かなり五月蠅い姉妹を文字通り引きずりながら、遠華と言葉は帰還する。 そこにクラウの姿はない。 「ハル、馬鹿すぎ」 「……すまん」 ファーヴニルの威力が強すぎて廃ビルは倒壊した。瓦礫の下にはクラウの姿は無く、劫火に焼かれて消滅したか飄々と生き延びてるかのどちらかなのだが、逃がしたのは大きな失敗だ。だが双子姉妹はこうして捕獲することができた。これで何かの情報が聞き出せたらいいのだが、と言葉は思う。 と、遠華は言葉の頭の上に掌を置き、 「無事で良かった」 なでなで。 瞬間、真っ赤になる言葉。お礼とばかりに遠華に強烈なローキックをぶちかます。 「ばか……!」 「うおおおお……」 痛みを一生懸命こらえる遠華は脂汗を浮かべながら、爽やかな笑みを言葉に向けて、 「照れてるのか?」 「〜〜〜〜〜!!!」 がぶぅっ!!! 「いだだだだだだだ!!」 「ばかばかばか……!」 「っつ……おま、噛むのは無しだろう……ふーっ、ふーっ!」 遠華は真っ赤な歯型がついた手の甲に息を吹きかける。それを見た言葉は三秒ほど停止し、ようやく気づく。自分が勢いでした行動の大胆さ具合に。 「む……むぅ……」 真っ赤になった顔を遠華の視線から逸らすようにしながら、言葉は角を曲がった。この先で喫茶店『Complete』が明かりを灯しているはずだ。早く帰って寝ようと思いながら前を見て、 「……え?」 喫茶店『Complete』が消滅していることに、気づいた。
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