一時幕を閉じ軽い休息を
次目覚めた時は
地獄が待っていると知れ


邂逅輪廻
Complete!
〜スクランブル・ホーリィグレイル〜
第七話・終わりのハジマリ

七桃りお


 衝撃。
 船体を大きく揺らすほどの横殴りが、獣の暴挙を鎮圧した人々をぶん殴った。
「っ痛……」
 服の裾を裂いて作った包帯を女性に巻こうとしていたところ、強く壁に頭を打ちつけた言葉は慌てて出血している女性に包帯を巻き終えた。
 見渡せば、多くの人々が壁に追突しもたれていた。
 だが、おかしなところがある。
 ――床が、傾いているのだ。
「まず――」
「上よ! ……管制塔が吹っ飛んだんだから動かないのは納得できるけど……」
 今の衝撃は尋常ではない。
「習人くん、優治朗! けが人はよろしく!!」
「おっけーっス!」
「ぼ、僕を置いていくのかい!?」
「アンタは邪魔になるっスからここにいるっス」
「ひどー!!」
 けが人は偶然であった優治朗と習人に任せておいて、愉喜笑と言葉は甲板へと走り出す。
 まるで映画に出てきた豪華客船のようだと、不吉なことを考えてしまう愉喜笑であった。



 覚えている。
 怒りに任せてヘリへと跳躍し、しかし少女の腕によって制止させられたことを。
 腕に纏わりついていた赤の光は魔力だった。
 本来視認できぬはずの魔力の濃度が異常に高い場合に引き起こす副次的な発光現象だ。
 その細い腕には極大の魔力が。
 万物が持つとある結果・・・・・を強制的に引き起こす魔術のろいが。

 ――『完全破壊ジ・エンド

 まさしくその通り、と。
 それを身をもって遠華は体験する。
 初めに視界が暗転した。
 感覚が無くなる。最早自分が何処に立っているのかも判らない。
 否、感覚は生きていた。だが、そこから何かが侵入してきている・・・・・・・・・・・ので自分から無理矢理遮断しているのだ。
 ずるり、ずるり。
 物質を透過し魂に直接塗りたくられる泥――それが最初の印象。
 実際は、泥なんて生易しいものではなかった。
 閉ざした感覚をもすり抜けて映る色がある。
 赤。
 その赤は、あまりにも黒すぎた。
 血色の上に重ねられた暗黒、これではまるで地獄だ。
 生者を赦さぬ奈落、果ての無い無限牢獄。
 その赤が、地獄であるとするならば、この黒は死。
 全てを死に至らしめる、破壊の奔流。
 止まる者は居なく、止められる筈が無い。
 辛うじて己が身に宿る抵抗力で応戦するが――■ぬという事実は変わらない。
 ずぷり、ぞぶり。
 腕が侵入してくる。その両腕はえものを見つけ、

 ――■ね。

 握りつぶされた。



選べ
刺殺絞殺撲殺斬殺毒殺自殺滅殺
刃物で突き刺し首を縛り角材で脳天を打ち抜刀で両断し猛毒を以って苦しませ自らの自害を進めて
――■す
ありとあらゆる方法で
そこに理由はなく
そこに過程はない
終わる終わるここで終わる
それ以上でもなくそれ以下でもなく
拒否を赦さず全ての手順を破棄し全ての事情を無視し全てを全てを■し■し■し尽くせ
■ぬ■ぬ
■ね■ね
そこに間違いなどありはせず
そこに問題などありはしない
ならば■ぬ
オマエは必ずここで『死』ぬ――!!!




「――ぁ、ぎ」
 四肢が折れる内臓が裂ける脳が溶ける。
 駄目だ駄目だもう駄目だ。
 異常な魔力の塊は、呪詛となって敵を滅ぼさんとする。
 少女の両腕はこの胸に。
 宙に浮いた体は痙攣している。
 戻っていた体力も吸い取られるように消えてしまう。
 泥は剥がれることなく、遠華を塗り固めてゆく。
 だが、
 ……死にたくない。
 脳は諦めていても、意思は諦めていない。
 ……死にたくない。
 遠華はその全力を以って抵抗する。
 ……俺はまだ、死にたくない!!!
 だが遅い。連戦で疲弊しきったその体は機能せず、意思はあっても動けない。
 ただの死。
 来るのは、『死』という現象他ならない。
 それに抵抗するために、あと少し。
 あと少しの力が欲しい――

「――嫌です!!」

 そんな声を、聞いた気がした。



 獣のような速さで飛びかかった彼は、赤の光に受け止められた。
 次に大きな衝撃が。赤の光が彼の魔術抵抗と衝突し、莫大なエネルギーを生み出しているのだ。
 当然希望も立ってなどいられなくなり、慌てて扉にしがみつくが跳ね飛ばされ尻餅をついてしまった。
 ……だめ!
 赤の光。彼がそれに触れれば命は無い。わかっている。
 ……だめです!!
 だから止めないと。
 ――なにより、失いたくなかったから。
 折角手に入れた自由、手に入れた安穏、手に入れた幸福を。
 それらを手放したくなかったのだ。
 それはとても簡単な、子供でも抱く感情だ。
 自分勝手で我が儘だが、
 ……子供は我が儘でもいいですよね、遠華さん。
 だから、叫ぶ。両足でしっかりと立ち、大きく口を開けて。
 拒否を。
「――嫌です!!」
 同時、現れる極光オーロラ
 カーテンのような薄い帯状の光が背後より伸びて包みだす。
 それは自然現象で生まれるものではない。発生源は、
 ……わた、し?
 希望の全身から噴き出す魔力の濃度があまりに濃いために起こった現象であり、それはあの赤と同じ原理だ。
 だが遠華を滅さんとする赤い光のような凶暴なものではなく、包み込むような白に近い七色の光。
 ……うん。
 頷く。
 光が自分より出でたものならば、それは己が力に他ならない。
 そして力であるのなら、この力で皆を救うことができるのなら、と希望は思い、
 ……ありがとう、ございます。
 誰に放ったものでもなく、白の虚空に感謝した。
 瞳を閉じ、両手を胸で硬く握る。手錠など、最初の光の余波で砕け散っていた。
 祈るように。
 ……私は――無力なんかじゃないんです!
 それは希望が求めていたモノ。
 周りに比べてトクベツなチカラが無かった自分を最近、不満に思っていたのだ。
 守られるだけで、何も出来ない足手まといだと。
 それはほんのちょっとの自己嫌悪。
 だが、自分にはチカラがあることを今知った。
 嬉しい。
 涙がこぼれるほど、嬉しかった。
 これで遠華と同じ場所に立てるのだ、と。
 二人並んでどんなことにも立ち向かっていけるのだ、と。
 しかし、まずそのためには、
 ……遠華さんを、助けないと!
 広がり無限増殖してゆくが四方八方に飛び散るだけだった白の帯は、希望が意識を集中させると少しずつ形を造りだした。
 皆が驚愕に顔を歪ませる中、希望はその身に収束した光を纏う。
 目標は中空で拘束され、今まさに穿たれんとしている男性へ。
 だが、希望にあの赤い光は止められない。
 あの赤がこの白と同等まぎゃくであるというのならば、出来ることはただ一つ。
 相殺。
 生まれるのは一刹那の空白だろう。だが、彼ならば刹那もあれば十分だ。
 だから、引っ張るのではなく背中を押す。だって、自分は彼にとことこついて行くのが好きなのだから。
 今こそ彼の役に立つ。ついでに、ちょっとだけおまけもつけよう。怪我が痛そうだから。
 強烈な光を放つ赤の光へ向かって、そのか細い両腕を掲げ、

「――神様、私は感謝します。チカラを与えてくださったことを」

 瞬間、光が炸裂した。
 それは神鳴りカミナリ
 天より堕ちる鉄槌ではなく、地上より天へと向かうための昇天――。
 それがゆっくりと全てを包んだ。



 そうだ。
 敵に失敗があったとするならば、アイツを生かしておいたこと。
 彼女の正体を知っているであろうに、放置しておいた重大な失敗だ。
 だが、その奇跡は不死御 遠華の力となった。
 赤の泥を、白の光がその悉くを払拭する。
 ――今日はツイてる。こんなにも、世界は遠華たちを後押ししているのだから。
 赤が白に祓われた。
 だが、白の光はすぐに天へ昇ってしまう。
 対する赤は、止まることなく溢れ出さんと、両腕の奥で輝いていた。
 だが、それでいい。
 元より遠華が欲したのは最後の一押しである。
 水平になった天秤を、傾ける役目は遠華にあるのだから。
 再度、赤が迫る。
 だが目を逸らさない。
 そこに極大の呪い、全ての罪と罰が混合していたとしても。
 武器は右手に。遠華は呪いを浴びている最中でも、その刃を手放さなかった。
 思考などとっくに澄み切り、身体の傷は癒えていた。
 ……動く、動ける!!
 ならばその右手を上段に、力任せの一撃を正面へと叩き込む。
 無論、殺しなどしない。
 ヤツが殺させやしないのだから。
「――――!!」
 振り下ろしの一刀は、
「――“素盞嗚尊太刀スサノオノタチ”」
 あらゆる工程を省き、神威の八太刀となっていた。
 もとより旧式魔術に術式はさほど重視されない。霧散した白と赤の魔力を吸い取り、一工程で奇跡となった。
 だが不完全でもある。威力は先ほどとは段違いだが、
「させません――!!!」
 溢流が瞬時に貼った三百枚もの対物・対魔術の大障壁を相殺させることぐらいはできた。
 これでいい。
 そう遠華が頷くと、遅れて全てが動き出す。
 遠華が重力によって落下すること。
 溢流が危険を感じ、ソフィに魔術行使を止めさせたこと。
 視界の端で、ゆっくりと希望が倒れこもうとしていること。
 それはさせない。
 この奇跡を生んでくれた少女を、地に伏せることなどさせないと。
 遠華は、出来る限りの力を使い――彼女に到達した。
「……っと」



 舞う潮風でドレスの裾が舞っていた。
 闇夜と海に視線を向ける金と銀の女性は、
「あれは――『竜』?」
 驚きに近い表現で声を放った。
 その驚きの対象は視線上、海面だ。
 だが本来なら闇夜で境界すら溶けるはずの海原は、輝いていた。
 遠く、海の上に浮かぶが横転しそうなほど傾いていた・・・・・客船を包み込むような光がある。
 それは時間の経過とともに天へと昇り、しかし上空で形と成った。
 竜に。
 光の竜は周りに幾重もの七色の光柱を纏いながら天へと昇ってゆく。
 空に雲は無く、どこまでも伸びる竜の体はしかし、
「いえ、違いますわね。……あれは『竜』に影響を受けてカタチを成した魔力の塊」
 唐突にその身を霧散させた。
 竜は弾け、形を失っていく。
「……魔力の塊? ではどうして視認できるのですか?」
 背後から低い女性の声が聞こえるころには、もう竜は消え去っていた。
 声の主は男装の麗人、リズだ。
 金と銀の女性、ディアの付き人である彼女ともう一人は、早々にあの客船から脱出していたのだ。
 ディアは、竜の消えた上空を見つめながら、
「あ、言い方が悪いですわね。確かにあれは魔力の塊……触れることもできない儚い光」
 そこで声を切り、振り返った。
 金髪が踊る。
 表情は微笑で、
「『イスカリオテ』のあの少女も、原理は同じですわ。魔力は物質に触れることは出来ないけど干渉ならば全てに勝る。『イスカリオテ』のあの少女が全てを死に至らしめるチカラだとしたら、666six six sixは全てを生かすチカラですのね」
「……そんな、ことが」
 対するリズは驚愕だ。
 それぐらい、彼女が言っていることはデタラメなのだ。
 魔術といものは、自然の法則を捻じ曲げ様々な事象を可とするものだが、万物の根源・基本・バランスなどは超越できない。出来たという事例は、両手指ほどもない。
 時の流れや生死など、魔術では到達できぬものなのだ。
 それもそのはず。
 ――科学で成せないことは、魔術でも成せない。
 魔術とは、可能性を人為的に操るもの。
 つまり、不可能なものは不可能・・・・・・・・・・なのだ。
 生命は死ぬものだが、生き返ることは不可能。
 科学と魔術か裏表なのは、科学が発達したらそれだけ可能性が増える・・・・・・・からだ。
 魔術の基本は可能性の操作による奇跡。
 人に与えられた技術――科学、魔術。これは裏表にして同一。ただ、『表』が科学だっただけのこと。
「ええ、二人の少女は奇跡の産物。『イスカリオテ』の少女は危ういバランスでカタチを保っていますの。本来なら、器は砕け散りますわ」
 吐息し、
666six six sixの場合は――そうね、生まれてきたこと自体が奇跡ですの」
「『イスカリオテ』の方はまだ許容できますね。死に直結する魔術や科学はごくありふれたものですから」
 死、というものはとても簡単なものだ、とリズは思う。
 このご時世、ボタン一つで焼け野原が生み出せるのだから。
 しかし、
「アレは危険です。死者の復活など、それこそ奇跡ではないですか……今のは治癒促進の強化と説明づけることはできますけど……それにしてもデタラメだ」
「ええ。まさか人の怪我のみならず船体の破損全ても癒してしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のですから」
 彼女らの背後、数分前には赤の光が迸った時、あの客船は軽く傾いていた。横殴りにより横転しかかっていたのだ。
 だが極光が発生した瞬間、包まれた光が晴れたかと思えば――吹き飛んだはずの管制塔まで綺麗に治っていたのだ。
「それですわ。『彼』が何を企んでいるのかは――まぁ、だいたい想像できましたけど」
「……まったく、チカラは使い道を誤ればどんなものでも危険ですね」
「がっはっはっは――だが、ワシらが正しいという保証もないぞぅ?」
「…………」
 自分の背後より来たコゥルの正論に、リズは眉間に皺を寄せて口を閉ざした。
 ディアは、未だ余光で輝く海に背中を向けたまま、
「でも、危険なのはあの『竜』が傍にいるということ」
「……姫様?」
 ディアの声は少し緊張と震えを含んでおり、それは四六時中傍にいるリズとコゥルでも珍しいものだった。
「『竜』が『D』の出来損ない・・・・・と決着で使用した異能力は、あの『竜骨スケイル』で出来た刀に宿るチカラでしょうけど……発動は『竜』を介してですのよ」
「ふむ。それは報告通りですね。『竜』は二丁拳銃と刀と、それぞれの武器に対応する二つの異能力を有すると」
「でも彼は古傷で全力を出し切れていない……エドワードとかいう変人によると、こうだったのですわよね?」
「姫様、いくら相手が愚物だとしても、あなたの口から吐いていい言葉ではありません」
「硬いのね、リズ。……まぁいいですわ。ともかく、私の予測だと全力で異能力を行使しなければあの翼は破壊できないはずでしたの」
「確かに。あの翼は『D』の予備パーツですから。あれを破るのは容易ではない。翼と『竜』が共鳴していたとはいえ……では、何故?」
 リズが目を伏せ、考えに浸る。だがその答えが出るよりも早くディアが答えていた。

「――その時から、666six six sixのチカラが顕れていたんですの」

「……!?」
「彼女は無意識下で、『竜』を後押ししていた。少しずつ、彼に魔力を与えていたのですわ。それも身体強化や治癒促進を初めとする、様々な効果を付属して」
 リズが両目を開いて驚く。今度こそ、これ以上もないというほどに。
「そんな、今は暴走状態に似た状況で魔術行使できるとはいえ、彼女はまだ目醒めてはいないんでは……? いえ、今目醒めたにしろあの時はまた正常、おかしな魔力は感じられませんでした!」
 信じられない、といったふうに早口でまくしたてるリズに、ディアは、
「そこが気になって調べましたの。『紅玉の薔薇ルビーローズ』と連絡をとってまで。とても、気になりましたから。何故666six six sixの魔力が感じられなかったか」
「分かったんですか、姫様」
「ええ、今になって分かりましたわ」
 深く吐息する。
「彼女の魔力が、今のように収縮され凝縮されなければ分からないわけが」
 その両手を広げ、

「――彼女の魔力は、通常時はこの『世界』を覆っているのですわ。今後、彼らに接触する必要がありますわね」




 箱舟を包んだ光は天へと消えた。
 甲板にいるのは、
「今の……なに……」
「わからないわよ……」
 丁度そこに現れた言葉と愉喜笑と、
「――――」
 散る光を纏いながらゆっくりと倒れこむ希望と、
「……っと」
 それを受け止める遠華だった。
 困惑と緊張で身体を固めた言葉と愉喜笑が見たのは、希望が光を放出したところから。
 その時遠華は何故か中空で赤い光を迸らせながら浮いており、しかし極光が天を包むとともに赤の光は消え去り――ここは愉喜笑には視認できなかったが――驚くべき一瞬の交差のあと甲板へと落下、したようにも思えたのだが途中コンテナを蹴って希望の元に辿り着いたところまで。
「……愉喜笑さん」
 言葉の緊張を混じらせた声が隣から震え、
「え?」
「傷が……」
 彼女が小さく指差す所を見た。
 それは獣との戦闘で受けたかすり傷があったのだが、それが消えていた。
 見れば、言葉が包帯作りのため破り、臍だしルックとなっていた服も綺麗さっぱり修復されていた。
 それ以上に奇怪なのは、ヴラドクによって吹き飛んだはずの管制塔まで何事も無かったかのように存在していたことろだ。これもあの光の恩恵なのだろうか、と言葉は思う。
「今の光、治癒系の魔術……?」
「どうかしら……習人くんに聞いてみる必要があるわ」
 二人困惑のまま、遠華へと駆け寄る。
 彼に抱かれた希望はその瞼を深く閉じていて、気絶しているようだった。
「……ありがとな」
 遠華がぽつりと呟く。
「流石、先輩です」
 だがその空気をぶち壊すような、高めの少年の声が響いた。
 出所は金髪少女の隣に立つ少年、溢流だ。
「僕の魔術が一瞬で破られるなんて……それにソフィの魔術も相殺、か」
 だれに言い聞かせるものでもなく呟く。
「うーん、にしても不可解ですね。全ての傷――獣は例外でしたが――が癒えてしまうなんて。僕でもできませんよ、こんな奇跡はね」
 確かにおかしい。たとえあれが治癒促進の応用であろうとも、あれだけの範囲と人々を一瞬で癒すなんて芸当――それこそ魔法ではないだろうか。
「さて、計画通りとは言えませんが、そろそろ終わりでいいでしょう」
 溢流は遠華たちの返答など聞かずに、勝手に話を進めている。
「役者は揃いました。後は役者がそれぞれその役について深く知り、舞台が出来上がるのを待つだけです」
 淡々と述べる彼はその身を数歩引いた。
 そのまま彼は右人差し指を立て、
「開幕はすぐ。閉幕は世界の終わりとともに」
 その指先に、朱の光を灯した。
 映し出されるのはヘリの中にあるばかでかい空間と、そこに佇む数人の男女の姿だった。
 肩にライフルのようなものを担いだ銀髪の青年。
 巨大な体躯と豪腕を持つ和服の男性。
 黒と青のそれぞれのファッションしている双子の少女。
 メガネをかけた、白衣をはためかせる痩身の男性。
 そして溢流とソフィ。
 『イスカリオテ』の面々だ。
「今をもって僕――我々『イスカリオテ』は、アナタ達の敵となる。覚悟して下さい、先輩」
 そしてそのままヘリは上空高くへと舞い上がり、高速でその身を翻して消えていった。
 残されたのは静寂と遠華たちだけ。
 潮風が強く彼らの間を通り抜ける。
 管制塔は直っているから、船が動き出したのだ。
「……日陰市へ向かってるのね」
 ぼんやりと言った愉喜笑の見ている視線の先、遠い向こうにネオンライトとビルの不夜城が存在していた。
 今もなお、悲鳴と狂声が響く闇が。
 船はゆっくりと、光が生まれるよりも前――混沌の天地へと向かってゆく。
 神はまだ、『let there be right光あれ』とは言ってくれない。
 あの混沌で生きてゆくしかないのだ。



聖杯を廻る物語はこうして終わりを告げた
だが終わりとは始まりである
新たな始まりはすぐそこに
新たに始まるのは
過去と未来
全ては一つに紡がれ
神殺しの物語へと変わってゆく

――よく視るがいい、全知全能の無能者よ。この楽園に、今一度鉄槌を――







 闇がある。
 果てが無いほど広がっている暗闇に、しかし突如光が現れた。
 それは横長方形の半透明の光、パネルモニタだ。
 その正面、先ほどまでは闇で隠れていた人物の姿が浮かびあがる。
 人物は長身で、髪は肩につくぐらいの長さ。一見して女性のようにも見えるそのシルエットは男性のものである。
 “福音エヴァンジェル”を統べる十二柱の魔術師、その一柱。
 彼に与えられた位は――『ユダの座』。
 銀貨三十枚で裏切り、地獄においては魔王に噛み締められている罪人。
 その位は事実上十三番目の座・・・・・・であり、その位につくことは不名誉とされ、長く座る者がいなかった。
 だがそれは、ほんの五十年ほど前のこと。
 彼は見つめている。
 浮かんでいる薄緑のパネルを食い入るように見つめている。
 パネルに映し出されているのは、一人の男性だ。
 それは部下が現在接触している人であり、リアルタイムでその映像をこちらに伝えていた。
「嬉しい……」
 彼は声を漏らす。
 表情の殆どは闇に隠れて見えないが、
「ハルカ、嬉しいよハルカ……」
 その口元の形は、はっきりと見える。
 歪んでいた。
 イビツなミカヅキに。
「大切なものは、失くしてから気づくとよく言うが……」
 彼は告げ続ける。
「本当に。本当にそうだ。どうして私は君を手放してしまったのだろう」
 パネルに映る男性――遠華へ告げるように。
「だから。だからまた手に入れればいいんだ。うんそうだ……」
 彼は振り返る。
 同時、室内が一気に照らされた。
 彼が立っていたのは巨大な金属の塊だ。その塊は突起が多く、何かの形を成していた。
 それは巨大だ。
 彼の立つ位置は、地面からおよそ三十メートル以上で部屋の奥は百メートル以上の大部屋である。
 その部屋、格納庫ににた部屋いっぱいにその塊は鎮座していた。
666six six sixも頃合をみて回収し――『プロジェクト:カドモン』を行うかな」
 塊は伏せるような体勢で、四肢があり、首があり、格納された翼がある。
 それは、その形は、多くの伝説で登場し最強の生命種として名を通す――
「あなたが救わないというのなら、私はあなたを全能の座から引き摺り下ろす」
 誰に言ったものでもない、否、それは天に向けられて放たれていた。
「あと少しで、『世界』は救われる。それまであなたはそこで酔っているといい」
 天に鎮座する、我らが父に。

「――アレルヤ」




 ガランとした空間がある。
 その空間の入り口、木製のドアには『本日閉店』という文字が刻まれたプレートが引っ掛かっていた。
 照明はいつもと変わらぬ光を放っているというのに、どうも雰囲気が悪いのか。
 それとも、今彼女らが話している内容が悪いのか。
「どうですか、愉喜笑さん」
「ダメね。軽く十件連絡とってみたけど全滅よ」
 愉喜笑はいつも通りカウンター内に、言葉は営業中でもないというのにエプロンドレスでカウンターへ座っている。
 彼女らの面持ちは眉根を寄せた悩み顔で、愉喜笑が手に持っている紙は名簿である。
 その名簿に並ぶ名前は全て富豪、それも昨夜あの船に乗っていた人たちだ。
 結局あの後、船が港を着くと同時に一つの混乱が生まれた。
 誰に怒りをぶつけていいのか分からない。犯人はもう去ってしまっているのだから。
 時間だけが過ぎ、しかしそれで大半の人間は冷静を取り戻した。記憶の隅に不可解を残しながら。
 昏倒した希望の安否が気にかかり、そこに居続けることの出来なかった愉喜笑はその情報網でなんとか昨夜の人物を一日かけて当たってみたのだ。
 だが、全ての返答は『そんなこと知らない』だ。
「何故でしょうね。誰も昨夜のことを話そうとしない」
 彼ら皆慌てており、
「……口止め?」
「その可能性は限りなく低いわ。あの夜集まった人物は、日本の中でとはいえ富豪中の富豪。それを抑えられるほどの影響力――まさか」
 と、彼女は声を止めた。
 思い当たる組織があったのだ。
「……やっぱりあそこですか、愉喜笑さん」
「ええ。全く、どこまで私たちを引っ掻き回せばいいのよ」
 やれやれとため息をつく。
 すると言葉が眉尻を下げた、反省するような顔で、
「ごめんなさい」
 そう一言告げた。
 愉喜笑は拍子抜けしたような、とにかく驚きで身を固めていたが、
「なに言ってるの。アンタたちが転がり込んだことで、迷惑したことなんて一度も無いわ」
「…………」
 だが言葉の表情は変わらない。
 ……ちょっとセンチ入ってるなー。
 そう思った愉喜笑は、だから話を変える事にした。
「言葉?」
「なんですか、愉喜笑さん」
「――早く手を打たないと・・・・・・・、まずいわよ?」
「え――」
 一瞬遅れて言葉は理解した。
 ……我ながら良い作戦なり。
 なんて本気で焦る言葉を眺めながら愉喜笑は思ったりする。
「べっ、別にハルになんて・・・・・・手を打つ必要はありません!!」
「おーやおや。私は一言も遠華だなんて言ってないわよ?」
「〜〜〜〜っ!!」
 こうして言葉で遊ぶのも、愉喜笑の楽しみの一つであった。



 窓からは夜景、巨大な部屋は豪華な造りだ。
 そこに二人、相対するようにソファに座る男女がいた。
 九条とエドワードだ。
「と、いうわけで。昨晩のことは決して口外しないようにお願いしたい。宜しいかね、九条君」
「……わかりましたよエドワード博士。私一人にあなた方を揺さぶれるほどの力は有りませんしね」
「まぁそうだね」
 エドワードは一人苦笑する。
「あなたがあのシンクロニシティに関わっているとは。この街にいる以上、シンクロニシティには逆らえませんからね」
 九条が聞いたのは彼があのシンクロニシティと繋がっていること。そしてそれを盾に昨夜の口止めを約束しろ、ということだ。
 九条は微笑を浮かべたままだが、心情はそう穏やかなものではなかった。
 本当に、彼女は腹を立てているのだ。
 なにせ昨夜の混乱も理解できぬまま帰ってきて、やれ一息ついたかと思ったら――彼がやって来たのだった。
 そして到底飲み込めそうも無い条件を無理に突きつけてくる。最悪だった。
 だが不可解なことがある。
 彼は扉を開けて入ってきたのだ。
 九条に会うまでの手順はいくつかある。
 面会であればあらかじめ九条に連絡がなければならない。当然そんなものなかった。
 次に面会予定を取った者は受付で身分証明と九条に連絡がまた入る。これもなし。
 受付で渡されるカードキーで専用エレベーターで中階層まで昇り、さらにそこでボディ等のチェックが入る。
 最後に別のエレベーターに乗り継ぎ、この扉の前で最終チェックを行い九条に連絡が入る。なかった。
 彼は当然のようにノックもせずにするりと入ってきた。
 九条は少しだけ、その扉を開くのが怖かった。
 昨日のような惨劇光景が、目に焼くついて離れない。
 だが不思議なものだ。九条も無傷ではすまなかった。露出していた右手を獣に一度か見つかれたことがあったのだ。
 しかし今はその傷など跡形もない。
「……エドワード博士。昨日私は怪我をした覚えがあるのですが、今は跡形も無いのです。これはどう説明を」
「ああ、それか」
 彼は少し悩む素振りを見せ、
「奇跡だよ」
 そんなくだらないことを口にした。
「なにを言っているのですか、あなたは」
「いや事実だ。君も見ただろうそして感じただろう。全てが光につつまれたのを」
 そう、それが九条が気になっていたことの一つだった。
 獣を次々打ち倒してゆく男の奇妙な行動、何かを呟いたかと思うと何かしらの異変がおこる。
 それは、奇跡の他ならない。
 やっと獣たちが斃され一息ついたかと思えば、九条は光を見た。
 あらゆる物質を透過し包み込む白の光を。
「……アレを私は理解できません」
「そうだろうね。アレを理解できるのはごく一部だから」
「ですが、あの光に害は無い様に思えた」
 自分たちを癒してくれた光なんだから、悪口を言えばバチが当たると九条は思った。
 たとえそれが、獣は癒さなかったエゴイストな奇跡だとしても。
「ああ、害はない。怪我をしたところも以前と変わりなかろう」
「なら了解です。私が昨夜失ったものといえば時間ぐらいだ。……もう私にこれ以上の異変はありませんか?」
 それは確認だった。
 これが何度も続くのならば、黙っていられない。
「勿論だ。監視等もほんの一週間の我慢だよ。あなたが口にしない限り、決してあなたの身に危険はない。保証するよ」
「脅しているのに保証する、とは。なんとも無茶苦茶ですね」
 エドワードがまた苦笑する。九条の心は笑ってなどいない。
 彼は深くため息をつき、
「まったく。本来ならばこのような手間は必要ないのだろうに」
「そうでしょうね。あなた達は昨夜、私たちを皆殺しにでもするつもりだったのでしょうから」
「おや、分かったかね?」
 バレバレだ、と叫びたい。
 九条はそんな念に駆られながらも表では冷静を装い対処する。
「とりあえずこれで話は済んだかね? 一応君で終わりなのだよ、口止めは。それに追い回されて寝てないんだ」
 ……自業自得だ。
 彼の顔を見ていると本当に不愉快になるので、九条はさっさと彼を帰すことにした。
「もういいでしょう。ではエドワード博士、さようなら」
「ああ、さようならだ」
 そうして彼は立ち上がり、荘厳な扉へと足を運ぶ。
「ああ、そうだ」
 彼は扉を後ろ手で閉めながら、
「――つまらないことはしないでくれたまえよ? 私は自分の思い通りに事が進まないのを嫌うのでね」
 そんなことを告げて去っていった。
 残されたのは九条一人。
 彼女は表情を決して崩すことなく、内心こう思った。
 ……ふざけないでほしい!!
 それは完全なポーカーフェイス、ゲームであれば完勝だろう。
 表に出す感情としてはその両手を硬く握り締めるだけ。そのほかは微笑や力を抜いたものだ。
 彼女とて伊達にこの世界で生きてきたわけではない。
 なにより女性であるという点から、彼女は幾度と無く苦境に立たされてきたのだ。
 だが、これは、今までのどんなモノよりも、
 ……屈辱!!
 拳を握る。微笑みは崩さない。
 自分の中の天秤は、しかし、
「――絶対に赦しません!!」
 あっけなく傾いた。
 大声を聞きつけて飛び込んできた黒服たちに慌てて戻るよう指示を下す。
 深く吐息し、ソファに身を沈める。
 ……私一人にあまり力は無い、だったらやはり手を組むべきでしょうか。
 だが、昨晩集められたのは自分以上の富豪を含む百名以上だ。それに普段物腰穏やかな九条がここまで感情をあらわにしているのだから、自尊心が高いものなど今頃八つ当たりで暴れまわってる所だろう。
 ……まだです。
 だからこそ、皆が冷静になるまで時間が欲しい。
 そう、時間はまだ沢山あるのだから。
 今はただ、息を潜めていればいい。復讐を胸に秘めて、ひっそりと。



 夜風がある。
 無造作に並ぶコンクリートの路地裏を通り抜け、冷たい虚空へと投げ出されている。
 その虚空の下、同じようなコンクリートビルの屋上に影が一つあった。
 遠華だ。
 彼は屋上への出入り口となっている扉のついたブロックの上、その必要性の無い手すりに背を預けている。
 コート越しの冷たい鉄と冷たいコンクリート――世界は、こんなにも冷い。
 彼の視線は上空に向けられていた。万年曇り空の日陰市では、星など出ていないが。
「…………」
 ただ、沈黙がある。
 今はあれから一夜明けた晩だ。
 自分はソフィとかいう少女の魔術によって危なかった所を、白の極光に助けられたのだ。
 ソフィの魔術はこちらを『殺す』ものだった。
 そこに手順は必要なく、結果のみを顕現させるもの。
 赤の光は濃縮されたソフィの魔力だった。
 たとえ遠華に強力な魔術抵抗があるとはいえ、あのまま受け続けていたらそれこそ瀕死に陥るところだっただろう。
 それを消し飛ばした。
 気がつけば希望の手から光が迸り、赤の光を相殺していた。
 魔術は同等の魔術によって消し飛ばすことが出来る。可能性を可能性で否定するのだ。
 それのみならず、傷まで癒していた。
 一体、希望はどんな可能性を願ったのか。
 彼女は昏倒したが『Complete』に帰るとすぐ目を醒ました。以前は彼女が魔術を使用するとその時の記憶を失っていたが、今回はそうでもなかった。
 それどころか、彼女は魔術を使いこなしてみせた・・・・・・・・・・・・
 破れた衣類を元通りにしたのだ。扱ったのは現代魔術だ。
 しかし遠華は問うた。
 ――何故、今まで使えなかったのか、と。
 彼女はすぐに答えた。忘れていた、と。
 そこに『何か』を感じた遠華だったが、
「何なんだ……」
 その『何か』が自分でも判らずそれ以上は問わなかった。
 一体、何処に問題があるというのか。
「…………」
 また、沈黙が訪れようとして、
「どうしたんですか、遠華さん?」
 背中越しの声が来た。それも下方から。
 視線を肩越しに向けると、よじよじと希望が己の身長よりも高い位置にある手すりの端を握って上ろうとしていた。
「はうっ」
 ずるずる。
 ちなみに遠華はこの場所へジャンプで飛び乗っていたのだった。
「……上がりたいのか?」
「はいっ」
 笑顔で突き出された希望の右手を、遠華はやれやれと腰を上げて掴む。
 片手に持っていたものを地面に置き、手すり最上部で身体を半分に折るようにして、その小さな掌を握った。
 ……軽いな。
 希望がきゃ、と声を上げるころには、彼女は上空を舞っていた。
 思いっきり遠華が身を引き上げたのだ。
 風とともに落ちる希望を、遠華は身をさっさと起こし両手を使って受け止めた。
 とたん、後悔した。
 ……これは、お姫様だっことかいう特殊体勢ではなかろうかーっ。
 慌てて手放そうとするが、
「その手はなんだ」
「だって、このまま離されたら腰打っちゃうじゃないですか〜」
 首をホールドしている希望の両腕を振り払い、彼女を爪先から地面に降ろす。
 遠華が似合わずも調子に乗り、
「はいはい御嬢様、これでよろしいですかーっと」
 なんて言うと、
「よろしいですよ〜」
 なんて返答をしてくれた。
 降り立ちくるりと彼女は身を反転、ずるずるとだらしなく座る遠華の正面へ正座した。
 半開きの足を軽く立たせたその間に彼女は正座したのだ。
 ……なんというか、微妙な位置だ。
 このまま蟹バサミをモドキでしてやろうかと思ったが、本気で泣き出すので止めた。
 彼女の姿はきぐるみと言えばいいのだろうか、と遠華が迷う格好、それが希望のパジャマである。
 きぐるみのモデルは猫で、後ろ首に下がっているフードは猫の頭だ。
 それを被るとネコミミに猫頭を重ねてしまうことになる。なんともいえない。
 膝上で途切れたワンピーズ状なので、朝起きてめくれ返り――どころかこの少女は寝相が悪く、以前全裸だった時は本気でビビった遠華でした。
 ちなみに選んだのは愉喜笑だ。あのオンナの趣味はちょっとズレていると言いたい青年遠華だったり。
「で、どうしたんですか?」
 そんな事も露知らず、希望が問うてきた。
 別段何かをしていたのではない遠華は答えに困って空を見れば、
「いや――そうだな、月を肴に月見酒。そんなところだ」
 珍しく、黒雲の間から月が顔を出していた。
「ええっと……はなふだ、でしたよね」
「お、よく知ってるな」
「前に二人でしたじゃないですか〜っ!」
 少し怒気が含まれている、そんな声だ。
 遠華は顎に手をあて、
 ……したっけ?
 過去を探しても――あるのは嫌な思い出と一握りの幸福だけだったので止めた。
 なので適当に対応することにする。
「おーそうだったなそうだった」
「限りなく嘘だと思うんですけど」
「の、希望が人を疑うようになったーっ!」
「バレバレですよっ!!」
 今度こそ希望が怒った――かのように思ったのだが、予想とは裏腹に彼女は眉尻を下げた表情を作った。
 それは困惑や心配の表情だ。最近はよくその表情を見ている気がする。
 つまり遠華が希望を心配させているということ。
 ……くそ。
 内心での舌打ちが表情に出ているのか、希望は気まずそうに視線をこちらから外した。
「……ええっと」
 希望がどうしたものか、ときょろきょろ回りを見ていると、
「あ、それって……」
 遠華の右隣に、透明と赤色の何かが置いてあることに気づいた。
 それはワインを注いだグラスだ。
「ああ。無事だったらしい」
 少し欠けたグラスをとり、弧を描くように回してみる。
 そのグラスは、あの豪華客船で行われた争奪戦スクランブルで配られたものだ。
 安全なように腰横につけていたパウチに入れておいたのだ。
 弾薬を入れるため、クッションやら鉄板やらと挟んだ特注パウチなのでそれなりに安全だとは思ったのだが、これほどとは思っていなかった。
 あの激しい戦闘で運が良かったのか、グラスは少し欠けるだけですんでいた。
 なので酒を愉喜笑のトコから貰ってきて、今に至る。
「もしかして、酔ってるんですか?」
「いや、酔ってはない。でも酒の力が借りたくなってな」
 それは悪夢。
 目を閉じれば、猛る炎が視えてしまうのだ――。
「眠れないんですか……?」
 希望が遠華の伏せた顔を覗き込む。
 ずい、と奇麗な年相応の可愛らしい小顔が突き出され、近づきすぎた距離に慌てて遠華が目を逸らした。
 彼はこの少女の、こんな無防備な行動があまり好きではない。
 否、距離を取ってしまうのだ。
 その無防備さにつけこんで、自分がなにをしてしまうか分からないから。
 だから、一線を引く。
 それは彼女を嫌ってのものではない。自分でも分かっている。だからこそ、こうして他人を自らの寝床へ居候させているのだから。
「……ああ。嫌なことばかりあったしな」
 と、彼女の両腕が伸びてきた。先ほどとは違い包み込むような、抱擁と変わらない体勢となる。
 言動や表情とは違い、そこだけはきちんと成長している箇所がこちらの胸辺りに窮屈そうに押し込まれた。
 希望は肩を使って遠華を抱いていた。こちらの顔を抱え込むように。
 後頭部に重ねた掌が回り、包む力が少しだけ強くなる。
「じゃあ、一緒に寝てあげます」
 いつもの遠華ならそこで振り払うのだろうが、しかし、
「…………」
 答えなかった。
 ただ、耳と首筋にかかる吐息を感じながら、
「ぁ……」
 彼女の腰を抱えてやる。
 右手に持ったグラスは左手に移され、右手は抱いたまま、左手は上空の月へとゆっくり掲げられ、

 ――紅き月に、乾杯。








あとがき


 ようやく完結となりました、七桃りおです〜。
 はい、ぱちぱちぱちぱち〜。

 短いスパン、なんて言ってましたが進まない進まない(ぇ
 途中あっちこっちと手を出しながら、ようやく完結ですよぅ。
 ほら、予告通り七話で終わりました。はい、ぱちぱ(以下略
 この長編までが第一部、という感じでしょうか。
 第一部までは物語に深く関わるキャラ紹介、第二部からは彼らの過去にも迫っていきたいと思っています。
 一応物語内で伏線以外矛盾等はなくしたつもりですが、何かあったらBBSの方で。

 さて、次回はまず学園モノ。ストックネタはまだまだあるのですが、書けるかどうかはさぁどうやら(ぇ
 最近は多方面へと手を伸ばしている為ちょっとスローにはなりそうですが。
 どうか最後まで七桃りおとコンプリにお付き合い下さい……。

 でわでわ、七桃りおでした〜。




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