過去の亡霊
現在の悪魔
未来の竜


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〜スクランブル・ホーリィグレイル〜
第五話・災いの獣

七桃りお



 思い出すのはいつも赤。
 大きな火事でも起きたのか、辺りは廃墟と燻る炎しか見えない。
 灰となった何か。炭となった何か。
 ――その中で、たった一人本来の形を保ったままである自分は、酷く滑稽に思えた。
 ここで生きているのは自分だけ。
 しかし自分には立ち上がる力が無く、呼吸さえできないこの場ではこのまま小さく消えてしまう。
 このまま一人で、惨めに、燃え尽きてゆくのだろうか。

――大将、アンタは――


 ふと、一つを思い出す。
 酸素が足りなくて、考える事すらできないと言うのに、ソレは浮かんでくる。

――大将、アンタは人を――


 そう、そうだ。自分は生かされた。
 思い出すのはしわくちゃになったジャケットと、口に挟まれたタバコの匂い。
 その匂いはあまり好きではなかったが、自分以外の大半は好きだった。
 皆同じタバコを挟み、伸びた無精ヒゲで笑う。

――大将、アンタは人を――した事があるか?


 それはついさっき。沢山いたそんな男達の中の一人、もう名前も思い出せない男の言ったセリフが蘇る。
 男は死んだ。
 助けたいと思ったのに、生かしたいと思ったのに。自分の代わりに死んだ。
 ――だから生きないと。
 何のために彼は自分を生かしたのか。何のために彼は己を殺したのか。
 今となってはわかる事ではないのだが――自分には目的がある。
 ソレを為すために、生きぬかなければならない。
 そのために、激痛と軋みとして現れた全身の叫びを無視して立ち上がる。
 広がる野原は炎たけで、舞う風は灰だけだ。
 しかし、空を見た。灰色の空、暗い雲ばかりが集まって、今にも泣き出しそうな悲しい色。
 手を伸ばせば届きそうなのに、決して届く事は無い拒絶の空だ。
 その空からの、雫が頬を伝った。
 続く幾重もの雨。澱んだ空気を含んだそれは、ただ悲しく――こちらまで泣きそうになる。
 しかし、泣くなんて事はしない。
 今は悲しみに浸る時間などないし、なにより泣いてしまえば、立っていられなくなるだろうから。
 その足は崩れるより速く足を前に運ぶ。それを続ければ、挫くことなどないだろう。
 ――そうして、止まることなく走り続けることになる。
 それで十分だ。
 第一、自分に止まる資格など無く、それは当然の事なのだから。
 そして――彼の言った事を、ただ自分の胸の中にだけ秘めて。

――大将、アンタは人を愛した事があるか?――





 ぼんやりとする遠華の視界には、左の方にメガネの痩身がイスに座っているのが見えた。
 白衣の背中をこちらに向け、大きなガラスの前で両手を動かしている。
 否、ガラス窓の下に取り付けられた小さなパネルをいじっているのだ。
「最高だね、このデータは……」
 それと連動してモニタが動く。うっすらと霞のかかった視界では、巨大なモニタが何を映し出しているのかが確認できない。まぁあまり良い内容ではなさそうだが。
 ……嫌な夢見たな。
 遠華が見たのは遠い記憶だ。だがそれ以上は思い出さない。思い出すと『右胸』が疼く。
 と、不意に白衣が回転した。
「やぁ。起きたかね」
「……ああ、おかげで最悪の目覚めだ。いや、悪夢はまだ続いてるのかエドワード博士」
 ブツン、とモニタから光が無くなる。
 メガネの男、エドワードは遠華へと振り向き、歩み寄る。
 遠華の両腕は頭上で手錠のようなもので縛られ吊るされている。身体は浅い斜めに傾いており、診察台のようなものに乗せられていることが分かった。
「おい、その歳になってお医者さんゴッコかよ」
「その減らず口も憎らしいほど変わらない、三年前から」
 わざと聞こえるように舌打ちをする。
 ……あんな夢を見たばっかなのに、イキナリその話はちと辛いな。
 遠華は思い、話題を探す。
「あー、お前は何で――」
「――三年前、そう三年前だ。当時の『イスカリオテ』が壊滅し、君が消息不明になった日。インリが『黙示録アポカリュプス』と呼ぶあの日だ」
 エドワードはこちらに構わず告げてくる。
 途端、軽い痺れが『右胸』から発せられ、身体の中を駆け巡ってゆく。
 ……マズい。
「“福音”を束ねる“十二議会テスタメンツ”が一柱、『ユダの座』ことインリの忠実な精鋭組織『イスカリオテ』と突然襲撃してきた傭兵部隊との戦闘行為」
 流れる血が激しく暴れるような感覚。
「まだ私は博士ゲヒルンとして“福音”にいた。だからあの日何が起こったのかは知らない」
 胸の鼓動が、一際大きく脈打つ。
「だが両者ともに消滅・・し、君は消息不明になりと溢流少年は寸前でインリに保護され――どうした?」
 黙っているのを不審に思ったのか、エドワードの台詞が止まった。
 ……違う、こいつわかってやがる・・・・・・・
 と、エドワードは薄ら笑いを浮かべながら、
「失礼」
 こちらの服を切り裂いた。首から臍下まで手に持つメスでバッサリと。
 そこには、
「ははははは、苦しいのかねその『右胸の傷』が!」
 大きな傷があった。
 白い肌の右、左ならば心臓にあたる位置にある場所に腐っているような真っ赤な傷跡・・・・・・・・・・・・・・が。
「これは過去の話に反応し痛みを伴うそうだね」
「さぁ、知らないなぁ……」
 弱弱しい声で遠華は言い張る。
「それと君が気絶している間に調べさせてもらった。溢流少年の証言と照らし合わせた結果――君は本来の戦闘能力を著しく損なっているのではないかね?」
 突然、エドワードはこちらの傷口あたりに指を這わせた。感覚はないが、男相手だからか怖気がする。
「なんとか竜騎士としての・・・・・・特殊能力は使用できるみたいだが……全力はなかなかキツそうだ」
「……気持ちわりぃな」
 すまない、とエドワードは這わせた指を離す。絶えず笑みを作っているが、その端々に何か好からぬものを感じてしまう。
「これは推測だが、その傷のせいで全力が出せないのではないかね? これだけの傷だ、長時間の運動もつらいだろう。……なかなか重いハンデだね」
 見事に当たっている。
 この傷は過去と過剰な運動によって激痛を伴いだす。よって戦闘はある程度の力で即行勝利しなければならないという条件がついてまわる。
 胸の傷は長細く、縦に真っ直ぐついていた。真ん中は横に膨らむ曲線を描いており、表面は乾いて皮膚に覆われているが内側はまだ赤い。だが出血しているわけではないのだ。
「その傷は恐らく剣による一突き。それも巨大な大剣……これは私の知っているものど同一なのだがどうだろう」
 エドワードは不敵に微笑する。
 少しずつ、何かが這い寄るように鼓動が速くなっていく。ちくり、ちくりと針が一本ずつ差し込まれている感じ。
 遠華は眉根を寄せ、苦悶の表情に歪める。
「インリの持つ大剣『祝福たる洗礼バプティスマ』。それによる刺し傷ではないのかね?」
「黙れ……!!」
 静かな咆哮を放つ。
 これ以上は危険だ、と判断した遠華は両腕を束縛する手錠の鎖部分を掴み捩じるなどして破壊を試みた。金属の手錠は強烈な力を加えられ鎖あたりがバギン、と音を立てる。
「よし――」
 このまま力を加えれば鎖は外れる。手錠部分は後でなんとかなるだろう、と思いっきり力を入れてみるが、
「な……っ」
 バキン、という同じ音が鳴った。
 何度試せど音は同じ。バキン、と軽く亀裂が入った時点で進展しない。
 遠華はイラつきが明らかな顔でで不審に思っていると、エドワードは笑みを濃くして告げる。
「それは『滴り堕ちる金輪ドラウプニィル』と言う名の“魔導具”だよ。特殊な魔術合金を用いて作られたその鎖は、伝承どおり絶えない・・・・
「……大神ヴォーダンオーディンの金の腕輪か」
「正解だ。この腕は砕かれても修復される・・・・・。修復促進の魔術がかけられているんだ」
 修復を促進させるのは回復魔術の基本形で、生物の持つ傷の回復力を著しく上昇させるものだ。だが応用に応用を重ねた高等のソレは生物以外にも回復能力を宿らせ、その回復力を促進させるという。まさにその高等魔術のかけられた“魔導具”がこれだろう。
「っち……消滅させるかしない限り、か。今の俺には無理だな」
 いくら並外れた腕力があるとしても、一気に金属を引きちぎる事はなかなか難しい。こちらに出来るのは軽く亀裂を発生させ、そこから捩じったり打ち付けたりして外すだけだ。
 ……よく考えてみたら、敵の目の前でやすやすと破壊させてはくれないよな。
「まぁ焦らなくてもいいさ。それにこれ以上の話をして君に死なれては困るからな。もっとも、これ以上の情報は私でも掴んでいないのだがね」
 自嘲するように小さく笑い、身を翻す。
「私は忙しい身でね。かの『金剛の姫君ダイアモンドローズ』の相手をしなくてはならないので、君の相手は溢流少年にやってもらうよ」
 エドワードは奥の闇へと消え、続いて現れたのは溢流とあの迷子の金髪少女だった。



「おい、おーい」
 ぺちぺちと、頬を叩かれていた。
 止麻はゆっくりと瞼を上げる。
 そこにはこちらを覗き込む顔――の半分はその胸に隠されているのだが――があった。それは過去幾度か見かけたことのあるもので、
「えーっと、ゆ……愉喜笑さん?」
「あら、名前を覚えていてくれたのね」
 小さく笑った。
 止麻は愉喜笑に少し世話になったことがある。便利屋家業に転職したてのころ、いくつかの依頼を持ってきてくれたのだ。
 だが、この場所にいる理由にはならない。
「スゴイ音が聞こえて、言葉と駆けつけたんだけど……何があったの、止麻くん」
 思い出す。
 父親を名乗る方眼という男、結局自分が敗退したこと。
 だがそれを表情に出すことなく、だらしない表情で言う。
「って、オレ様寝てたんすか」
「らしいわね。……一体何をやってたんだか」
 寝ていたというよりは、半ば気絶のようなものだが。
 そう思い、止麻はふと、
「立てる、止麻くん?」
 気づいた。
 今、自分の頭は愉喜笑の膝に乗せられている。それは膝枕と呼ばれるものだ。
 ……ああ、久しぶりに女性というものに触れたよ。まさかこんなところで膝枕、フラグでも立っちまったか!?
 ちなみに止麻は、女性との縁が絶滅状態にある。中退した高校には男友達はそれこそ無数にいるのだが、女性とは皆無だ。原因が自分の下ネタだとは気づいていない。
「いえ、全くもって立てないでありま――って、言葉ちゃんだっけ!? 頼むからガレキを振り上げないで下さい!!」
「アンタ、嫌い」
 べぷしっ、と止麻の口から呼気と声が漏れる。
 ……
 愉喜笑は膝から頭を下ろし、安堵と苦笑交じりの顔を向ける。言葉によるガレキ投擲の被害を食わぬためだ。
「大丈夫みたいねぇ」
「ワタクシ、頭部出血してたような気がしてたのですがでしょうかはいごめんなさい血ぐらい気合で止めますから次弾装填しないでガレキをつかまないで下さいです、ハイ」
 不服そうに拳大のガレキを捨て去り、踵を返す。彼女は所々包帯と絆創膏がはってあるが、何かあったのだろうか。
 そんなことよりも、このまま寝ているわけにはいかない。なんとかこの言葉という少女のおかげで普段のノリを取り戻せたような気がする。普段のノリとは、とある青年による罵倒だが。
「……あの人は?」
 止麻は一人の青年を思い浮かべる。
 いつも行動を共ににしているわけではないのだろうが、もしかたらこのゲームに参加しているのかもしれない。
「もしかして、遠華のことかしら」
「そです。あの人もゲームに参加してたんすか?」
「ええ……今ではどこに居るかさえさっぱり。止麻くんの口ぶりからすると、アナタも見てないみたいね」
 落胆が伝わるような肩の落とし方をする。だがそのままも愉喜笑ではない。
 ポケットからPDAを取り出し、ペンタッチで地図のような画像を映し出させた。
「ゲームもあと少しで終わるわね。それより早く希望を奪還しないと……」
「希望……ってあの人と一緒にいた女の子ですよね」
「そう。それが居なくなったのよ」
「……ネコミミ少女誘拐はい落ち着いて言葉ちゃいえ言葉さんだからガレキはダメー!!」
 両の手でバツ印を作り、全力で意思表示をする。
 ふと止麻は気づく。
「ってガレキ? 何でそんな物が――」
 振り向いて、愕然とした。
 白亜の通路。綺麗な装飾が施されていたその廊下は、無残にも砕かれていた。
 獣の爪痕に似たいくつもの亀裂が奔っており、渦を巻いたようになっている。
 まるで竜巻。
「…………」
 両腕が震えた。かたかたと小さく揺れ、収まらない。
「し、止麻くん?」
「……あ、あー大丈夫すよ」
 だが、愉喜笑たちには悟らせなかった。
 ぶんぶんと両腕を振り、震えを弾くようにする。震えは全く止まらないのだが。
 誤魔化すように話題を切り替えた。
「で、希望ちゃんは一体誰に攫われたんですか? まさか幼女嗜好主義者ロリペドにごぷっ!!」
 今度こそガレキが落ちた。
「……まぁいいけどねぇ。で、希望ちゃんの攫われてる場所には大体の予測がついてるの。それと、このパーティーの真相も」
「ぱ、パーティーの真相?」
 顔をさする止麻は、思わぬ単語に興味を抱く。
 このパーティーは金持ちの娯楽ではなかったのか、と。
「どーゆーことですか? このパーティーは遊びみたいなもので、俺達は『聖杯』を獲得する為に――」
 と、愉喜笑はこちらの両肩に手を置いた。
「よく聞いて、止麻くん」
 深く息を吸い、
「――このゲームに、聖杯なんてものは存在しないかもしれないの」
 そう告げた。
「な、マジ!?」
 止麻は息を呑み、声を上げる。
「オレ様たちは依頼人が聖杯が欲しいっつーからそれをゲットするために戦って……」
「私は、かも、と言ったの」
「かも?」
「確かに聖杯は存在するかもしれない。でも存在していても意味が無いの……これが別の何かに対するカモフラージュだったとしたら、そんな不要な物は必要ない」
「え?」
「主催者側――あのエドワードという男は、このパーティーと同時進行で何か別の企みがあるみたいよ」
 と、愉喜笑はPDAを取り出し、止麻に見せる。
 そこに映るのは沢山の動画や棒グラフだった。
「って、これ俺の戦ってる時の動画……こっちは、パラメータ?」
「みたいね」
 吐息し、
「エドワードは、恐らく監視カメラなどを使ってゲーム参加者を監視しデータを採取した。……で、何でこんなことする必要があると思う?」
 止麻は腕を組んで考える。考える事は苦手なのだが。
 ……監視、ゲーム参加者、データを取る、別の企み。
 いくつかの語句が止麻の頭を横切り、
「あ」
 思いついた。
「俺達の戦闘データを、何かに使うつもり……とか? 子供がサッカー選手の録画映像を見てその動きを真似る、みたいな。……でも何で」
 ここに集められたのは確かに屈強な奴等ばかりだが、そのデータを撮ったところで完全に真似できるわけではない。
「たとえば、集めたデータの好い所だけを採取して、一つにまとめたらどうなる? それをインストールでもするように別の生物に覚えさせるとしたら、どうなる?」
「……すげー強いヤツの誕生だ。でもそんな事できるのか?」
 あまりに率直な感想に、愉喜笑は頭を抱えてため息をつく。
「……エドワードは生物学者の科学者であり、とある組織・・・・・の人間なの。その力と神秘を使えば、できるんじゃないかしら――人造人間の一人や二人」
 ため息には、この穏やかな女性からは想像できない明らかな侮蔑が含まれていた。



 眉尻を下げ、少し困惑と心配の色を見せる溢流と、もの珍しそうにまじまじと見つめる金髪少女。その視線がくすぐったい、と感じれるほどなんとか胸の激痛と動悸は収まってきている。
「その……先輩にそんな傷が、あったんですね」
「ああ、まぁな。でも傷は男の勲章ってもんだろ? ……お前がそんな表情をすることじゃない」
 眉尻を下げている溢流に対し、半裸の遠華は笑みで答える。
 元より溢流とこ関係はそこまで悪いものではない。
 戦闘をするのは敵対勢力であるが故だが、今は戦闘中ではない。確かに希望を攫っており、それは許すことは出来ないが、
 ……こいつの意思じゃねぇかもな。
 彼の上に居る誰か、それの命令とも思えるからだ。
 だがそれは予測でしかなく信憑性もないのだが今はそれを信じておきたい遠華だった。
「どうしてそんな傷がついたのか、三年前アポカリュプス何があったのか、聞かせてくれませんか?」
「……こんな状況で何を話せと。話し合いってのはテーブルに向かい合ってするもんだろ? こうして鎖つながれ状態でするもんじゃない」
 溢流は少し考えた後、ややあって、
「アナタと話し合いたくて、この場を設けたんですよ。先輩」
「……テメェ」
 たったそれだけのために、と。
 そのためだけに希望を攫ったのか、と。
 遠華は奥歯を噛み締め、手を塞ぐ鎖を引きちぎりたいと願う。だがその衝動は、目の前の少年に向けられているものではない。
 そんなこちらに構わず溢流は告げ続ける。
「僕にとってこのパーティーはそのためだけ……後は、ソフィを紹介することでしょうか」
 照れた笑いは普通の少年と変わりない。そんな溢流の傍らに佇んでいた金髪少女、ソフィを見る。幼い容姿に黒のドレス、肌はしっかり隠されているが、
何だ・・……その娘」
 誰、ではない。彼女はまさしく人だ。だが人には無いものがある。
 伝わってくる異質な雰囲気だ。
 例えるならば、そう、水がギリギリまで注がれたグラスだろうか。
 今は穏やかだが、揺れれば水は盛大に零れ落ちる。
 そう感じ取っている遠華に気づいたのか、溢流は彼女の髪を軽く梳くように撫でて答えた。
「先輩に代わる、僕の新しいよりどころ・・・・・ソフィ神の母です。先輩の魔力感知ならもう気づいていると思いますけど……」
 と、溢流はソフィの右手を取り、肘まで被う黒い手袋状の布をすっと引き脱がした。
 露わになるのは白い素肌の細い腕、
「な――」
 であるはずなのだが、実際は違っていた。
 そこにあるのはびっしりと刻まれた文字だ。文字は真紅で血文字を連想させるもので、それが指先から肩にある袖口まで埋め尽くしている。恐らく袖の先も刻まれているのだろう。
「これは……術式、魔法陣の類か?」
「その通りです。これはある効果・・・・を持つ術式、ソフィの顔を除く全身に刻まれていますよ」
 淡々と述べる溢流は、どこか無理しているような気がしたのは遠華の間違いだろうか。
 ……いや、間違いじゃない。
「さて、この術式が導き出す奇跡は一体なんでしょう?」
 軽口を叩いているようだが、少年はそんな自分にイラついていて、なおかつ仕方が無いとも思っている。
 数年を共にした、遠華だからこそ分かる微妙な変化だった。
 思考する遠華が答えるよりも早く溢流が問いの答えを述べ始めた。
「この術式の持つ効果は――破壊、です」
「破壊……?」
 あまり聞きなれないキーワードに、眉を寄せる。この語句自体は珍しくないのだが、魔術と関連付けるのは少々難しい。
 魔術とは、究極的には『自己のイメージの具現化』である。
 火が出したいと思えば着火の術式を組み立て魔力を使い達成する。
 だが逆に言えば、イメージし難い効果は、それこそ効果は薄くなるのだ。『破壊』や『死亡』『消滅』等は『打撃』や『衝撃』等に置き換えた方がイメージしやすい。
 しかし、
「旧式魔術か……」
「アタリです。現代魔術は、その便利さゆえにどうしても効果を薄めてしまう。だからイメージしやすいものに変換しないといけない。つまり現代魔術でない魔術を使用すればいいのですから」
 それが旧式魔術。
 これは学習等で習得できる現代魔術と違って、天性や得手不得手に左右されることが多いという。
 だが、それでこそ旧式魔術の利点もある。
 効果が極めて強大なところだ。
 決まった形を持たない旧式魔術は、詠唱や魔術に捕らわれる事は無い。術式無しでも使用できる魔術もあるらしいし、本来現代魔術では再現不可能な奇跡も旧式魔術には使用可能だ。
 つまり、魔術でないもの全ても旧式魔術に当てはまる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 『破壊』などというイメージも例外ではない。
「旧式魔術にのみ許された、全てを崩壊へと促す滅びの奇跡――『完全破壊ジ・エンド』」
「それがその女の子に刻まれてる……ってちょっとまて」
 確かに術式の効果も分かった。これならば一触れしただけで相手は崩壊してしまうだろう。
 だが、魔術とは何でもできるわけではない。
 強力な魔術には膨大な魔力が必要であり、なにより全身に刻むほどの術式を用いた魔術など人体で簡単に扱えるものではない。何かしらの代償があるはずだ。
「ええ、先輩の思っている通りだと思います。ソフィは身に余る魔術の所為で、常時命の危険にさらされています」
 さらりと、少年は言ってのけた。
 会話の意味がよく理解できていないのか、少女は首をかしげ今では退屈そうに足元を見つめている。
 そんな少女が、今にでも崩れ去ろうとしているのだ。それは今この時間も例外ではない。
「……このドレスは聖骸布のレプリカを編みこみ、魔術効果を無効化キャンセルする力を持っています。通常ならこうして触れることも出来るんですよ」
 言って細い赤の腕を取り、ゆっくりと黒の手袋を通してゆく。
「聖骸布……コレクターの形だけのレプリカじゃなくて、その奇跡をも模倣した・・・・・・・・・・代物か」
 このゲームの依頼者、九条 清が自室に飾っていたコレクションのうちの一つにこれがあった。だがアレからは何も伝わらず、ただの布でしかなかった。
 だが聖骸布とは、文字通り聖なるものキリストを包んだものだ。もしキリストが存在したのならば、彼は魔術師だ・・・・・・
 人の身に余る奇跡を用いて人々を導く者。彼が己が身を復活できるほどの魔術師であるとすればその魔力に影響され、彼の死体を包んだただの布がフォールダウンを引き起こし、まじゅつを払う効果が付属してもいいはずだろう。
 それを忠実に再現した贋作品とソレに身と包む少女を、溢流は愛でるように撫でた。
「でも何かの拍子で感情が高ぶったりすると術式が過剰反応を起こし、ドレスの加護を打ち消して破壊効果が伝わってしまうんですよ。……僕に出来るのは、こうして髪を撫でるぐらいでしょうか」
 退屈していた少女が、髪を撫でられたことで小さく笑った。
 向日葵に似た、明るい、少女本来の笑み。
「僕も魔術でなんとか押さえつけているんですよ? でも――いずれは内側から『崩壊』してしまうでしょう」
 その前で、溢流は告げた。淡々と事務的に。
「おい」
 自分でも怖いほどの、どす黒い塊でも混じってるかのような声だった。
 どうして、そんな事をさらりと言ってのけるのか。
 そのソフィという少女は、お前にとって大事な存在ではないのか、と。
 拳を握り、本当にこちらを繋ぐ鎖が邪魔でたまらない。この鎖が無ければ顔面をぶん殴ってやれるのに。
 吼えた。できることはそれだけだからだ。
「溢流、テメ――」
 だが咆声はそこで詰まってしまった。
 気づいてしまったのだ。
 というか、気づかなければならなかったのだ。この少年の微妙な変化を。長年付き合ってきた自分が。

 少年は、今――肩を震わせ泣いていた。

「この術式は、僕がソフィと出会う前からのものです。本人はいつ刻まれたのか覚えてないらしいですけど」
 声こそは平坦なのに、ぽろりぽろりと零れる。床に落ちる雫でやっと気づいたのか、ソフィが俯いていた顔を上げた。心配そうに溢流を見上げている。
「だいじょぶなの? とっても、つらそうなの」
 と、ソフィが溢流の目尻に指を這わせふき取った。
「ありがと」
 小さく笑みで言う少年は、それだけで幸せそう。
「……だけどよ、それが希望を攫っていい理由にはならない」
 その光景を崩したくは無いが、こちらとて引き下がる訳には行かない。溢流がソフィを失いたくないのと同じく、遠華だって希望を失いたくない・・・・・・・・・のだから。
 しかし溢流は、
「関係あるんですよ」
 そう言った。
「何……?」
「このドレスは僕のものではありません。しかしこれがなくてはソフィは生きていられない。そして、この術式を完全に無効化とりのぞくできるのなら……僕は何だってします」
「まさか――」
 嫌なパズルが音を立てて組みあがった。
「そう、これはインリ様のもの。そしてインリ様は僕の夢を叶えられる・・・・・・・・・んです。……僕は先輩を失って『イスカリオテ』から一度抜けました」
 この優しい少年が、こちらと敵対する意味。
「そんな時出会ったのがソフィでした。心身ともに疲れ切っていた僕達は、お互いの傷を舐めあうように二人で生きてきました」
 敵対しているからといって憎悪しているわけではない。
「でも世界はそんなに甘くは無かった。ソフィは己が魔力を喰らい尽くされ……そんな時、インリ様が僕をもう一度拾ってくださったんです。昔の先輩のように」
 しかし戦いは避けられない。
「だから僕はインリ様のため、ソフィのため、自分のためならどんなことだってします。そして、ソフィを必ず救ってみせる」
 遠華と溢流、二人は静かに睨み合い告げる。
「インリ様は希望という少女が必要だと言いました。だから僕は――彼女を、奪い去る!!」
「そうかよ……だが俺は抵抗する、最後までな。そのソフィとかいう女の子を守りたいってのも分かる。だが、それ以上に俺は希望を守りたい」
 正義だとか悪だとかそういったものとは根本的に違う敵対。全ては自分のために。
 遠華は知っている、この少年は一度思ったことをなかなか諦めないことを。
 決して憎しみなどではない穏やかな感情を胸に持ち、静かに言う。

「――俺が、そう思ったから。俺は俺のやりたいように、するだけだ」

 その選択に溢流は、何故か満足したような表情を取り、ソフィの髪を再度梳いた。
 遠くから、小さな喧騒が聞こえたような気がした。
 それが何だか想像つく。
 溢流も気づいたのか、こちらではない方向に視線を向け、
「そして、同じ意思を持つ仲間もいる」
 同時、甲高い破砕音が響き渡った。



 コツコツという、靴底が床に当たって鳴る音がいくつかある。
 薄暗い一直線の通路、それは『ノアの方舟』の最下層――の更に下にある動力室や整備室などが並ぶ場所だ。
 上層の豪華な造りとは違い、そのほとんどが冷たい鉄の鉄骨で構成されている。
 蒸気を上げる動力類があるため温度はかなり暖かい、というか暑い。
 ドレスやスーツを着込む彼女らも例外ではなかった。
「姫様ぁ……ワシはもうムリですじゃー。ワシを置いてさっさと行くのじゃぁぁ」
「では行かせてもらいますのよ? リズ、コゥルは放っておきなさい」
「NO! じょ、ジョークじゃよ! アメリカンならぬジャパニーズジョーク!」
「見事に日本に染まっていますね、コゥル。まぁこの国は良い国ですけどね」
 先を行くドレス、ディアにスーツの男女が続く。
 コゥルは汗だらだらであり、リズでさえも額から雫を零している。
 適当な魔術で冷却すればいいのだが、敵に感づかれてしまっては意味がない。もっとも、もう見つかっているかもしれないが。
 ずんずんの歩く中、コゥルは無駄口を延々と叩く。それに相づちを打つように二人が返答する、という会話形式だ。
「ジャパンは進んでいるな。二足歩行ロボの初実用化はジャパンだ――キドウセンシ!!」
「あらあら、やはり日本と言えば大戦争コミケではないんですの?」
「……どこからそんな日本語覚えてきたのですか」
 やれやれと頭を振るリズは、
「――来ました」
 一瞬でディアの前へと立ち塞がった。通路先の闇、それから守るように。
 そこから現れたのは、
「おやおや、姫君とあろう者がこんな不清潔な場所に何のようかね?」
 メガネの痩身、エドワードだ。
 身構えるリズだが、それより前へディアが踏み出す。
「リズ、少し下がってくださいます? 彼とお話がしたいですわ」
「…………」
 しぶしぶと言った様子でコゥルの位置まで下がる。
 エドワードは白衣の裾を、ディアはドレスの裾をはためかせながら対峙している。
「さて、今回のパーティーの目的がまだ私には分かりませんの。どうしてこんなに大掛かりで見つかりやすい、無用心で無意味な行動を?」
「また随分な言い方だね」
 エドワードは吐息し、
「我々『イスカリオテ』の各々の目的――面会や興味、再開や暇つぶしなど、色々なものを取り入れ私が考えた素晴らしい計画ではないかね?」
「争奪戦……どうせこれもアナタの目的なのでしょう?」
「ああ、争奪戦に腕利きの者が集まるようにしておき、そのデータを私が搾取する。データは有効に使用させていただくよ……ああ、その大男のデータも勿論存在するよ。思う存分暴れていたようだが」
「コゥルの実力があの程度だと思ってもらっては困りますわ? 何より武器すら出していないでしょう」
 両者、微笑を崩さない。
「まぁこちらに十分な利益とはなったよ。これで私の研究は少しは捗るだろう、これでインリも私を認めざるおえないだろう……」
 エドワードは微笑から口を三日月に曲げる奇怪な笑いへと変えた。
 それを見たディアは、口ぶりは穏やかながらも視線には侮蔑の表情を含めている。
「あらあら、狂った科学者ね。『ユダの座』に、思う存分踊らされるがいいわ」
 ディアはきっぱりと告げた。
 と、エドワードはダラリと上半身を前へたらした。そして突然顔を跳ね上げ、
「く……くくくひ、ひい――」
 顔面を引きつらせて、喉から漏らすような声を出す。そして、笑った。
「ヒィハハハハハァ!! 道化は道化、それ以上でもそれ以下でもないさぁ!!」
「…………」
 あまりの豹変ぶり。知的な人物のイメージであった彼は、今は最早狂人のソレと変わりない。
「だがなお姫様ぁ、私はそれで満足してるんだ――私の目的が果たされるのなら!!!」
 ふん、とディアは鼻で笑う。興味が無さそうに、つまらなさげに。
「目的……狂った科学者は狂った思想で狂った夢を持ちますのね。あなたの目的が何であろうか知ったことではありませんの」
 な、とエドワードが息を呑んだ。
 それにディアは微笑と侮蔑の視線で答える。
「あら、アナタの目的を私が知りたいとでも思ってましたの? 馬鹿ですわね、それじゃあ自慢話をする小学生と変わりませんわ。つまりあなたはお・こ・ちゃ・ま」
「キサマ……!!」
 青筋を立てられ、双眸が普段の知的な外見からでは想像も出来ないほどつり上がった。
 対するディアは平然とした様子――どころか口には笑みを浮かべ指先を当てて、
「――逃げなさい。今なら見逃してあげますわ♪」
 それこそ年頃の少女らしく、片目をウインクして告げた。
 瞬間、エドワードが咆哮した。
「ハハハハハハハ!! 私を愚弄するか小娘ぇ! ならば見ろ、私の研究成果――我が獣達を!!!」
 同時、背後の壁が砕けて吹き飛んだ。
 現れたのは、獣。
 だが通常の動物ではない。何故なら身体の一部から金属が突き出しているのだから。
 ライオン、豹、狼、鷹、蝙蝠、蛇。多彩なラインナップだが統一されているのは、本来あるはずのない動物からも生えている長い八重歯だ。
「先日私の放った『鬼』は自信作だったのが……その改良種達だッハハハア!」
「合成獣……に機械獣かしら。それも遺伝子レベルで改造されてますのね。……コゥル、リズ」
 言ったディアの前に踏み出したのは二人、名前を呼ばれた通りコゥルとリズだ。
「ワシはジャパンをエンジョイするんじゃ――だが、お前じゃ相手にならないYou're not worthy as my opponent!」
「仰せのままに」
 コゥルの奇言は最早無視されているらしく、次々と吐き出されるように現れる獣しか見つめていない。
 獣しか、見つめていない。
「!!」
 それにエドワードは気づいた。
「――ク、クククク。そうか、これは面白い。……だが、だがな、この獣達を退けてからの話だ。“架空系統”の出来損ないとしても、働いてもらわねばならんのだからね」
 だが今度は叫ぶことをせずゆっくりと背後へ歩む。獣達は退がるエドワードを避け、通り過ぎた場所は身を寄せる。まるで彼をガードするかのように。
「……悲しい獣達。狂人の実験動物にされた哀れな獣達」
 コゥルは荒々しく構えを取り、リズは懐から一丁の拳銃を取り出す。
「私達ができることは、あなた達を葬ってあげることのみですわ」
 ディアは一歩下がり、悲しそうに瞼を閉じた。
「さようなら。あなた達の無念、私が請け負いますから。どうか、どうかゆっくりと永久の眠りに……」
 だがもう、前方の二人は動いていた。
 その後立て続けに獣の咆声と、悲鳴が上る。



 遠華の正面、溢流の背後にあるガラスの飛沫と一緒に飛び込んできたのは、三人の男女だった。
 どれもこちらの顔見知り。
「遅かったな」
 そう言う遠華の表情は、笑みを持っていた。
 三人は溢流とソフィを見えないかのこどくスルーし、遠華の脇に立つ。
「……居ないと思ったらこんな所にいたんだ」
 その内の一人の少女、言葉が不審露わに言う。だが口端は少し釣りあがっている。
「希望ちゃんを探しに来たんだけどねぇ……」
 深くため息をつく女性がいる。
「……ああもう、怒りを通り越して呆れてそれでも止まらず怒りに戻ってきて尚呆れたわ」
「つまりそーと−呆れたと」
 そんな苦笑を遠華が向ける女性は愉喜笑だ。
「あーっはっはっは! 」
 最後、高笑いをする場違いな少年と青年の間の馬鹿がいる。
 こちらに掌をひらひらと舞わせ、嘲笑うかのように――否、嘲笑っていた。
 頭にきた遠華はやや低い声で、
「おい、邪魔だ猿」
「オレ様は言葉ことばの暴力に屈しない!」
「レッツコトハの暴力」
「しないから」
 いとも簡単に切り捨てられた。というか、こんなマンザイをやっている時ではないのだが。
 ちゃらり、と手を繋ぐ鎖を鳴らして遠華は言う。
「で、勿論助けてくれるよな」
「当然」
「あーでもこの手錠、特殊なんだと。壊しても壊してもすぐに修復しちまう、消滅させるにしてもそんな道具は今は無い……さぁ、どうする?」
「どうする? じゃないわよ、カッコつけ。……でも、壊す事は出来る・・・・・・・のね? なら大丈夫でしょう、言葉ー」
 愉喜笑が言葉を手招きする。言葉は愉喜笑に耳打ちされると、腰に下げた黒のサック状バッグから、これまた黒塗りの鉄筒を取り出した。それも二つのシンプルな全自動拳銃フルオート
「おい、どうするつも――熱っ!!!」
 手首に軽い痛みと強烈な熱が伝わってきた。つまり撃ったのだ――否、撃ち続けている。
「早くこの隙間から……ああもう!!」
「どわっあっちぃぃぃ!!」
「うるさい!」
 ごいん、とグリップで殴られた。何故だ。
 手首を擦りながら床に落ちた鎖を見る。煙を立てて、しかし修復されている。
「銃撃で破損した箇所の修復。その僅かなタイムラグに連続射撃を加えて破損部分を広げていった……素晴らしい精密射撃ですね」
 溢流の軽い手拍子が鳴り響く。
 つまり、修復されるといっても壊れないわけではない。修復されるより早く破壊すればいいのだ。
 溢流の言ったとおり、恐れるは言葉の手腕。少しでも射線をしくじれば遠華の手首が撃ち抜かれるし、躊躇すれば修復されてしまう。
「……で、希望は?」
「なに言ってんの」
 言葉は不審の色で言う。はてな、こちらはおかしな質問をしただろうか。
 遠華が首をかしげていると、言葉は手に持った二丁の拳銃を遠華の背中で構えた。
 振り向けば、発砲音と閃光が鳴り響いていた。
「こっちは簡単」
 それだけでもう一方の鎖・・・・・・が音を立てて砕け散った。
「手錠は後でなんとかするから、今は鎖だけ」
「……あー、そういうことか」
 寝ていた診察台の対極位置には、もう一つの診察台があった。そこにはドレス姿の、希望。
 つまり同じ所に吊るされていたが、こちらからでは確認できなかったのだ。
 遠華は眠っているであろう彼女の背中に腕を回し、俗に言う、お姫様だっこという体勢をとる。
「と……ほったらかしになってたな」
 そして遠華は嫌味な笑みを作った。
 だがそれを向けられた溢流は無表情のままだ。
「仲間……仲間ですか」
 ぽつり、と呟いた。
 彼は数歩後ろに下がっており、ソフィの腰に腕を回して抱いている。
「そういった間柄で呼ぶと、怒られるかもしれませんが――僕にだって『同志』はいます」
 瞬間、言葉達により砕けたガラスの向こうへと飛び去った。
「おい――」
 慌てて言葉が二丁拳銃で射撃しようとするが、

 ――ぞわり、と。何か得体の知れないモノがこちらを凝視している感覚を遠華は感じた。

「――逃げろ!!」
 行動は反射に近いものだった。頭では理解できていないが何故から身体が動いてしまう。
 眠る希望を抱え、溢流に続くように前方へ身を投げる。
 と、遠華は自分の放った事柄に不審を覚えた。
 ……逃げろ? 何から・・・
 逃げるのなら溢流とは違う方向へ行かなければならない。それに溢流から逃げる必要もない。
 ……そう、そうだ。この感じは、後頭部に銃口を当てられているような、冷たい感覚。
 焦る遠華に不審の色を見せながらも、言葉は愉喜笑の手を取り止麻も同じく続いて管制塔から飛び出した。
 瞬間、
「……何!?」
 背後にある建物、先ほどまで遠華達のいた管制塔に華が咲いた。
 否、大爆発。
「きゃ……!!」
 愉喜笑の声がかき消されるほどの轟音が鳴り響き、ガレキと火の粉が中を舞う。
 管制塔は吹き飛び、紅蓮がその場所を包んだ。
 危なかった。
 遠華が飛び出していなければ、この宙に舞うガレキと同じ運命を辿っていたのだから。
 嫌味なほど綺麗な茜の焔に、
「――――」
 ぽつりと浮かぶ黒い影があった。
 揺らめく炎の壁の向こう、影は大柄な男性とも取れる。だが、人にしては端々に浮かぶ突起物が不要だ。
 その影が重い足のりでこちらに近づいてきた。
 一歩、二歩と進むごとに影は明確になっていく。
 そうして炎を越えた影は、その姿を、さらけ出した。

「――死んだはずの吸血鬼ヴラドク

 自分でも言った事が信じられない。
 二度、戦闘不能にした男。それが立っている。
 黒いコートを身に包んでいたのは二度目に出会った時で、今は鋼の外套マント――鋼の翼だ。
 瞳は紅く、口に収まりきらない八重歯は彼の証となっている。
 身体が変わったとしても、この嫌な空気と気配は遠華が覚えていた。
 ぎらぎらと輝くマントを、まるで翼を羽ばたかせるような動作で広げる。炎はそれだけで霧散し、こちらに熱風となって襲い掛かる。
 マントが取れたことにより顕わになったヴラドクの身体はニ度目であった時と同じ、
「な……」
 ではなかった。
 人間が持つべき肌の色、それがあった。その上から簡単な衣服を着込んでいる。
 まるで、人間のように。
 まるで、生き返ったかのように。
 そしてソレが、犬歯をむき出しに口を開き、獣のように咆哮した。

「――オマエはオレのモノだ、不死御ぃ遠華ぁぁぁああああ!!!」







あとがき




 どもども、七桃りおです〜。
 今回のコンセプトは『伏線』です。もう大量に。
 もしこの先、明かされる伏線で思い出せないものがあればこの話を見てくれれば大丈夫(ぇ

 今回も魔術について補足を。
 魔術は『己のイメージを世界に具現化させる』というある意味ステキなものです。
 しかし現代魔術は、イメージと具現化の間に術式等挟んでいます。
 そうすることで『己のイメージを世界に具現化させる』などという奇跡をよりやりやすくしているのです。
 その為かなり勉強しなければなりません。
 対する旧式魔術は、間に何にも挟まない為効果が絶大です。
 しかし大量の魔力を消費しますし、こればっかりは学べばなんとかなるというわけではありません。
 それに旧式魔術を仕えるからといって魔術師というわけではありません。
 旧式魔術は修行等で目覚めることもあるからです。白鐵流がそうですね。

 とまぁここら辺りで。分からないことがあればBBSで補足しますよ〜。
 でわでわ、七桃りおでした〜。




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