意味が分からない
ならば今は刻んでおけ
後に知るだろうから



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〜スクランブル・ホーリィグレイル〜
第四話・過去の迷路

七桃りお



 古い話。
 青と白と黒という色で満たされた空間は、夜。
 九時を過ぎた頃、いつも二人並んで空を見る。
 影は大きなものと小さなものだ。
 前者は白髪の老人で、後者は中学生程度の子供。
 ふと、思い出す。
 あの頃の自分は、やはり子供だったと。今でもそれを否定する気は無いが、昔は子供であることを認めたくなかったと。
 ……子供だったな。
 そんなこちらに対し老人は怒り笑い悲しみと、様々な感情で対応してくれた。
 今でも尚そうして対応する、自分の祖父である老人を想う。
 ……まだ、子供という事か。
 変わらぬ事に焦りを覚え、変わらぬ事に安堵を覚える。
 だが、
「いつかは追いついて、乗り越さなきゃいけねぇからな!!」
 声を放ち、薄く霞みのかかったヴィジョンからある一言を、探り出す事なく思い出す。
 それは老人の声のもので、

「――お前には、才能がある。だがその才能に負けない努力をしろ」

 青色の月下で告げられた、未だ褪せぬ記憶。
 踏み込む。
 繰り出す。
 己の拳を。



 白亜の廊下に座り込んでいる二つの影と、その廊下の角より現れた影が一つある。
 現れた影に、喜びと安堵の表情を向ける少女。
 少女を見つけた安堵と、別の誰かが居る事に驚きを作る少年。
 ただただ、沈黙している青年。
 ソフィ、溢流、遠華だ。
「あ……先輩?」
 溢流は駆け寄るソフィを胸――といっても高さ的には首辺り――に抱き、声を上げた。
 動揺に満ちた視線を向けられ遠華は、
「よぉ。どうした、何を驚いてんだよ?」
 平然と軽口を叩いた。
 対する溢流も動揺を沈め、笑みを作って答える。
「予定ではもっと後だったんですけど……ね」
「あーそうかい。ま、どっちにしても出会う予定だったんなら、いいだろ?」
「そうですね」
 緊張感の無い声を交わす。
 直後。
「――――」
 白い線が溢流の首筋目掛けて振りぬかれた。
 正体は遠華の持つ『天羽々斬』で、腰に収められていたものを勢いよく抜刀したものだ。
 それがピタリ、と首筋で停止した。
「危ないですね」
「ああ、すまない。首を跳ね飛ばすつもりは無いが、その気になれば浅く切り裂けるぞ?」
「それでは……服がサンタになってしまいますね」
「いやいや、聖誕祭クリスマスにゃまだ早い」
 一息。
「だから話せ。お前達は一体何がしたいんだ?」
「お前達……ですか?」
 眉を寄せて、不思議という動作を溢流は行った。遠華はやれやれとでも言ったように頭を振って告げる。
「おいおいしらばっくれるなよ。――あのエドワードとかいうヤツが出てきた時、お前ら『イスカリオテ』が関連してるのは分かってたからな」
「ああ、流石先輩ですね」
 遠華の告げた事柄に、満足を得ながら視線を下へ向ける。ソフィの頭を軽く撫でた。
「でも先輩の知っている『イスカリオテ』とは全く違いますからね? 昔は大人数でしたが、今は少数精鋭です」
「あーそうかい。……まぁいいや、俺はこういう話は好きじゃねぇんだ」
「……?」
 再度、不思議という動作を行う。だが今度は心の底からの疑問だ。
「確かにあまり良い思い出ではないと思いますけど……うん、そうですね。やっぱり止めましょう」
「ああ、助かる」
 遠華の右手は『右胸』に添えられているが、その意図を溢流は分からない。
 それを無視し、告げた。
「では、今の話をしましょう。――子猫は元気ですか・・・・・・・・?」
 こちらの声に遠華は首を傾け、
「何を言ってるんだ、みち――」
 表情が、凍結した。
 そして溢流の首筋に触れるものがあった。
 刀の切っ先だ。
 本来軽く沿わせるぐらいの場所にあったものが、今は紙一重の薄皮一枚のところで止まっている。
 遠華は凍らせた表情を、
「――希望を、どうした」
 一気に凶悪な双眸へと変化させた。
「危ないですね」
「黙れ。俺の問いに答えろ、二度は言わない」
 先ほどと同じ事を告げたというのに、帰ってくるのは軽口ではない。頭一つ半ほどの高い位置にある口元からは、凄みの聞いた低音が放たれていた。
「……わかりました。もちろん僕が攫い――」
 言い終わるより速く、白刃はこちらの頭上に軌跡を描いた。軽く屈んで避けたが。
「テメェ……」
「何をそんなに怒ってるんですか? 僕やソフィのような関係であれば、まだ分かりますが……」
 言って胸からソフィを解き放つ。その際に離れるよう言い、ソフィもそれに従い廊下の突き当りまで歩いて移動した。そのまま、座り込む。
「ねぇ、先輩。あの少女は、先輩にとって一体どういう存在なんですか?」
「五月蝿ぇ。とっととテメェをぶちのめして、希望のところまで案内させてやる」
「……やれやれ。僕も先輩相手で手抜きは出来ませんから、いちおう本気でやらせてもらいま――」
 またいい終わるより速く、しかし先ほどとは逆の軌道で刀が振るわれた。
 直後、快音が響いた。



「その、さっきはすみませんでした」
「ううん、いいのよ。戦闘のショック・・・・・・・で意識を失ってただけだから」
 愉喜笑が言うには自分はあの男と戦った後、疲労と痛みで昏倒したのだという。
 彼女が駆けつけ男を追い詰めた所までは覚えているのだが、生憎それから先の記憶が見当たらない。
「それより言葉、私の方はだめだったわ。……でも、見つかり方が不自然なの。それと私達以外にも、侵入者がいた」
 しばらく考えた後、
「……つまり、もう片方の侵入者にハメられたんですか?」
「そう。こっちを囮にして出し抜いたみたいよ……」
 白亜の廊下を歩きつつ、声を潜めて言い合う。
 謎の男の襲撃を辛うじて凌いだ言葉と愉喜笑は、自室へ戻っている途中だ。
 手にはPDAがあり、棒状のゲージが表示されている。左から右へと少しずつ満たされているそれは、送り込まれているデータの転送率である。
 と、今ゲージが満たされた。
 愉喜笑は胸ポケットからタッチペンを取り出し、素早く操作する。いくつかの工程を抜け、
「でもね、私は転んでもただでは起きないの。……私達を出し抜いた奴らの侵入経路に逆アクセスして、ほらこの通り」
 PDAが差し出されるが、言葉には理解できない。
「つまりデータを複製転送したのよ。だって、私達と同じく侵入しようとしていたのなら、理由と情報があるはず。そして私達を出し抜いて手に入れたデータも、私達のところに流れてきてるってわけ」
 言われたことを大体理解すると、言葉は微かに身を震わせた。
 謎の男との戦闘時間はそう長くは無かった。それどころかすぐに終わってしまった。なのに、その短時間の間でこれだけの事柄をこなしたのだから。
 どこかで恐怖を感じつつも、憧れを抱く。
 自分には、こんな知的な女性にはなれない。
 恋の駆け引きでさえ、出来ないのだから――って、
「んなわけないでしょっ!」
「ど、どうしたの……言葉?」
「あ、う、なんでもない……です」
 顔を赤らめ俯く。
 考えていた事を全て白紙にし、冷静を取り戻した所で切り出す。
「それで、どんな情報が手に入ったんですか?」
「ちょっと待って……」
 ペンのタッチスピードが少し上がる。
 それを数分眺めていたが、
「――――」
 それが、途中で止まってしまった。
「愉喜笑……さん?」
 彼女の顔を覗き込む。そこには、驚愕と困惑の混じった複雑な表情があった。
「気づくべきだったわ。……私達を囮にしてあの男を呼び寄せたにしては早すぎる・・・・
 呟き、ペンとPDAを静かにしまう。
 そして、
「言葉、走って部屋に戻りなさい。そして、希望ちゃんがどうしてるか確認して」
「え?」
 聞き返す。
 愉喜笑の声は焦っているように速く、聞き取りにくかった。すると、
「――早く行って! 希望ちゃん、攫われてるかもしれないわよ!!」
 告げられた事の意味が一瞬理解できなかった。
 しかし愉喜笑の珍しい表情により、全力でダッシュする。そうして、部屋の前まで来た所でようやく理解する。
「…………」
 息を呑み、扉を開いた。
 鍵はかかっていなかった・・・・・・・・・・・
 遠華より後に出た言葉達は、一応鍵を閉めて出たのだ。希望が自分から外に出るか、招き入れるかしない限り部屋には入れないのだが、
 ……そんな常識、通用しない事もある。
 勢いよく扉を開け放ち、
「――――」
 誰もいない、部屋を見た。



 強打した側頭部が未だズキズキと痛むが、それを無視して駆ける。
 滑空するように高速で動く止麻の背後を拳が追いかけるように打ち下ろされていた。
 一撃で物体がヒビを作り、ニ撃で砕ける。
 だが、逃げている訳ではない。
 走っているのだ。廊下と、壁を。
「……ふむ」
 縦横無尽に飛び跳ね走り、突如として距離を詰め攻撃する。
 獣のような動きに方眼はついていけてない。あれから一撃も加えられていないのだ。
「余所見すんな……!!」
「ああ、君もな……!!」
 死角からの蹴りと、バックハンドの打撃がぶつかり合う。
 止麻の速さが甘ければ吹き飛んでいた。方眼が対応できなければ致命傷を受ける事になっていた。
 方眼は攻撃の威力さえ強いが、速さは止麻に及ばない。
 対する止麻も、首は頭などの箇所に当てなければ致命傷には至らない。
 つかず離れず移動を続け、局部を狙って打撃を繰り出す。方眼はその箇所だけを守っていればいい。
 しかし寄せ付ける事を許さず、守りを掻い潜って拳が来る。
 互角、といえようか。
「だが……また疲れが来るぞ」
 先ほどと全く同じという訳では無いが、同種の戦法では勝ち目は無い。
 方眼は視界の隅を駆ける止麻に、油断することなく告げた。
 帰ってくる答えは、
「だから、終わらせてやる」
 背後、数メートルの距離を置いた場所から聞こえた。
「流石素速い。『ヤツ』も、ソレぐらいはあったな……」
「馬鹿言うな。『爺ぃ』はオレ様よりもっと速い。つーか熊なんてオレ様には倒せねぇって」
「ほぅ。熊を相手に修行か?」
 あー、と止麻は頬を掻き、
「夕食」
「……なんと」
 告げた答えに苦笑交じりの声が帰ってくる。
「面白いな。熊をも斃す相手より教えられた武術を使い、それがしを斃すのか?」
「ああ、やってやる」
 言うと、ゆっくりと瞼を閉じた。
 方眼の疑問を含む視線があるが、彼が向かってくる気配はない。なので集中できる。
 静かに、呼吸をする。
 その途中でふと、昔話を思い出す。
 青い月の下、老人に教えられた先祖の話を。
 ――せがれは怒り悲しみ、復讐を誓った。
 体内で『何か』が呼び起こされ、自己に満ちてゆく。
 ――己が身体を白鐵しろきてつに変えて、闇を渡りて仇を仕留める。
 そうして満たされたソレを、形にする・・・・ために言霊じゅもんを呟く。
 ――その技は代々伝えられ……だが倅は悲しんでいるだろうな。
 唐突に、悲しそうに告げた老人の横顔を思い出す。
 ――家業であった鍛治は、恨みで生まれた技で忘れ去られたのだから。
 その時自分はどう答えただろうか。
「大丈夫だ、爺ぃ。オレ様は――」
 遠い記憶を胸に秘め、ゆっくりと瞼を開いた。

「――白鐵てつを研がせよ、きし刹那」



「――炎上 弾丸Burning bullet直撃Direct hit
「温いな!」
 白刃、天羽々斬で迫る炎弾を二つへと裂く。その熱を左右に感じながら身を前へと跳ばした。
 続いて風を纏う魔弾が、無詠唱で足元へと突き刺さる。だが無詠唱では威力が少々削がれている。
 といっても床を軽々と粉砕できる鎌鼬かまいたちだ。
 ステップを踊るように踏み、その回転で刀を前方へとぶち込む。
 だが、
対物障壁アンチマテリアルか……!!」
 本来魔力は不可視にして触れることは出来ないが、魔力をエネルギーとして発動される魔術でできたものは物質に触れられるのだ。この障壁は魔術によって生まれた特殊な力場により攻撃を弾く盾である。
 刀は溢流の眼前で、金属音を立てて弾かれた。鉄板を穿ったかの様な重い衝撃が手に伝わり、刀は押し戻される。
 その隙を、溢流が見逃すはずは無い。
「先輩……」
 案の定、こちらの腹部目掛けて風刃が射出された。だが遠華は分かっている・・・・・・。本来半ばほど腹を切り裂くはずの魔術は、
「相変わらず、桁外れの魔力感知・・・・ですか」
 浅くコートを裂いたのみ。
「っち……」
「でもどうしたんです? 昔より、速度も力も格段に落ちてますよ。温湯に浸かってたんですから、当然ですけど」
 遠華は聞く耳もたないが、構わず溢流は告げ続ける。
「あの頃が、懐かしいですよ……本当に」
 彼の背後から三つの魔弾が新たに生まれ、連続してぶちかましに来る。

 ――攻撃の回避と防御に全てを注ぎ込む。まるで相手の声など聞こえない、聞きたくないとでも言うように。

 風と水と炎の三連撃を、右手で刀を回転させる事で弾き通した。そのまま切っ先を前に、柄尻を右腰に当てるに突きの構えで一歩を踏み込む。
「僕は先輩に憧れて、一緒に戦場に立てたことが嬉しかったんです。なのに――」

 ――溢流の告げる声が、ドロドロとした何かで固まった物のようで、聞きたくない。

 繰り出される切っ先は風を裂いて溢流へと直進し、
「どうして、どうして先輩は!」

 ――痛い、疼く。この『右胸』が、腐り蛆の湧く傷口のように、ぎちぎちと。

 甲高い金属音を立てて障壁へと打ち込まれ、
「僕を――」

 ――それ以上、言わないでくれ。もう、耐えられない。

 一点に集中された力は、その威力を削がれながらも障壁を、
「――裏切ったりしたんですか!?」
 貫いた。



 止麻という少年の放ったソレは、会話に用いるような通常のものではなかった。
 こちらがよく知っているもの。
 ――『旧式魔術きゅうしきまじゅつ』。
 通常の魔術師が使用する、術式は『現代魔術げんだいまじゅつ』と呼ばれ、ソレとは別物とされている。
 現代魔術は中世ごろに“福音”が長きに渡る研究の末に作った、魔術の術式だ。
 これは術式の一部を規則正しく編集すれば効果の違う術式ができるという、応用の利いた方程式のようなもの。
 簡単で使いやすく、魔力の消費を抑えているため、魔術師はこちらを好んで使用する。
 学びさえすれば、殆どの人間が使えるからだ。
 だがそうではない魔術、現代魔術以前の魔術も当然ある。
 それが旧式魔術と呼ばれるものだ。
 術式は現代魔術みたく複雑ではなく、己のイメージ力を高める一手段でしかない。
 しかし魔力の消費が激しい。
 現代魔術の方が便利、という事でこちらはあまり使われなくなったのだ。
 そして、止麻の放ったものは旧式魔術。
「ふ……白鐵流、か」
 集中し言霊を言い効果を発する。この一連の流れが魔術だと知らなくても、一般人でもある程度の魔力を持っている。発動するには慣れと知識が必要であり、困難なことには変わりないのだが。
 急いで方眼は解いていた構えを直し、意識を集中させる。
 と、
「――――」
 奇妙な事実に気づいた。眼下、視界ギリギリの所に影があったのだ。
 そこから丸い何か、肌の色を持つ凹凸のある物体を、
「な……!!」
 拳という。
 気づかなかった。こちらが考えているときはまだ立っていたはずだ。では、いつこちらの懐に飛び込んできたのか。
 ……魔術の効果か。己の運動能力を引き上げたな!?
 顎にぶち当たったアッパーにより、巨躯が数センチ浮かぶのが分かった。
 続いて腹部に打ち下ろしの打撃が来た。
 衝撃で歪む視界には、こちらの腰辺りを低姿勢で腕を振る止麻の姿がある。
 だがそれも瞬きの間に消え、
「ぐ……!!」
 背中に特大の衝撃。
 息が詰まり呼吸が難しくなる。続いて、浮いている身がようやく着地した。
「ふ――」
 こちらが息を吸って体勢を整えようとするが、やはり遅かった。
 空気を肺から追い出し吸おうとした所で、

「――“構太刀かまいたち”」

 桁違いに跳ね上がった身体能力で、音も無く忍び寄り拳を打ち込む。それがこの“構太刀”と呼ばれる奥義こと魔術の効果と予測する。しかし予測できていても、こちらは動けないのだから仕方が無い。
 振り上げた両拳による叩き込みを、胸にぶち込まれた。
 重く響く衝撃で、方眼は身をくの字に折った姿勢になる。
 それを見た止麻は、浅く息を吸って告げた。
「ほら、これで終わり――」
 甘い。
 迷わず、拳を振った。



 切っ先は、震えていた。
 右肩辺りに突き立てられる筈のそれは、微弱な震えを持っており、
「先輩……?」
 ゆっくりと、地面に落ちた。
 途端、目の前の青年が前のめりに倒れてきた。
「わ……」
 反射的に受け止める。その身体は衣類越しでも分かるほど汗ばんでおり、なにより伝わってくる動悸が激しい。
「一体――」
 何が、と言いかけた溢流は、いきなり突き飛ばされた。しかしその力は細く弱く、こちらの知る遠華のものではなかった。そこまで体力を低下させた遠華は、ふらふらと離れ壁にもたれかかる。
 刀を持っていない左腕は、ただしっかりと己の『右胸』を握りつぶさんばかりに締め付けていた。
「何が」
 溢流の言いかけたことを、遠華が代弁した。
 否、代弁ではない。続く声があったからだ。
「何が……裏切った、だ」
「え?」
 荒い息から漏れる声は小さく、しかしそれが原因で聞き返したのではない。
 疑ったのだ。彼の告げたことを。
 だが遠華はそれ以上を告げることなく、
「あ……」
 溢流が声を上げる中、身をずるずるとずり下げた。そのまま力なく頭を垂れる。
 右胸を抑える力を止めぬまま。
「何を知ってるんですか……先輩」
 そんな彼に近づき、当時に簡易的な魔術を構築する。大気を操り、物体を浮かして移動を楽にするのだ。
 浅く浮いた遠華の長身と刀を両腕に抱き、壁に寄りかかっているソフィを呼び戻す。
「でも、今回は僕の計画通りにやらせてもらいます」
 足を踏み出し、最上部の管制塔へと歩く。
 いくつかの焼け跡と抉れた床や壁のみになる空間に、一言を残して。
「三年前。インリ様が『黙示録アポカリュプス』と呼ぶあの日、一体何があったんですか?」
 答えなどは、帰ってこなかった。



 重低の打撃音が響き、止麻は全身を硬直させた。
「お……ぐ……!!」
 動けない。
 腹に喰らった一撃は、両足に重くかかり行動を封鎖する。これではいくら上昇した運動能力でも真価は発揮できない。
 方眼の攻撃は確かに強烈だ。だが、それよりも。
 ……キメたと思ったんだがよ!!
 こちらは白鐵流暗殺武術の『奥義』を使用し、連続で全力打撃を加えたのだ。
「だがな、それがしは耐えたよ? ……なのになんだね」
 続いてもう一撃。同じ腹だが、先ほどよりはやや下だ。
「勝った、と思ったな? そして攻撃を止めた」
 さらに打撃が胸骨に来た。全ての空気を吐き出し、それこそ呼吸困難になる。
「打撃というのは難しいものでな。剣刀類と違って傷が分かりづらい。だから、止めてはならんのだ」
 方眼の大きな両掌がこちらの両肩に乗せられ、
「これは道場での組み手でもなければそこらの喧嘩でもない。『勝負』、と言っただろ?」
 瞬間、方眼の顔が近づき、
「いわば殺し合い。どちらかが停止するまで続けねばならん――のだよ!!!」
 激突した。
「……っ!!」
 視界が白に染まり、意識の扉が閉じられる。
「先ほどの場合はこちらを跪かせるぐらいまでは続けて欲しかったな」
 だが終わらない。
 方眼はこちらの胸倉を掴む事で意識を無理矢理呼び戻させ、さらに意識を跳ばす打撃を加えに来た。
 三撃。
 一息で打ち込まれたそれは、痺れによって痛みを伴う事は無いが、
 ……負けてやがる。
 そうして脳天に打ち下ろしの一撃。それで決まった。
「このように、な」
 止麻は視界に赤が混じっていることに気づき、頭部から出血している事を知る。
 笑う気力もなく静かに床へとひれ伏した。
「……だがよ」
 それでも止麻は敵意を込めた視線を頭上の双眸に放った。血を床に汚らしく吐き飛ばし、拭って言う。
「殺す気なんて出るわけねぇ……」
「…………」
「こっちはアルバイトや小さな依頼で食いつなぐ貧乏人だ。オレ様はオレ様が生きるために拳を振るんだよ、大体これは殺し合いとかじゃねぇだろうが」
「確かにこの場で殺してはならない、ルールだからな。しかし『勝負』だ、真剣な。それこそ殺す気で来てくれなければ」
 吐息し、
「それに自分が生きるためならば、自分を殺そうとする障害は取り払わなければならない」
「だけどよ、殺し合いなんてまっぴらだ」
 弱弱しく吐いたこちらの声に、方眼は小さな笑みを持ち、
「では、君は死ぬ」
 絶対的な威厳で言い放った。



「……まいったっス」
 習人は頬を掻き、呟いた。
「どうしたんですか〜?」
「私達がいて困るの〜?」
 目の前に二人の少女が踊るように回転しながら声を発する。青と黒の服装に身を包んだ少女らは、幾人かの参加者のグラスを割った所で現れた。
 ゲームは素早く進行しているようで、放送によると残りの人数は数十名らしい。
 習人の目的は、このゲームの正体を暴く事だ。
 しかしこちらに情報のエキスパートが居る訳ではない。なのでゲームに参加し、何かが起これば動くという非効率な手段をとっていた。
 乱戦状態で制御室にでも乗り込もうかと思ったが、逆に警戒されている筈だ。
 頃合を見て、立ち入り禁止区域に入るしかなかった。
 そして、そろそろかな、と思った矢先にこの少女達は現れた。
 何をする訳でもなく、ただ監視するように。
「それにしてもぉ〜」
「変な喋り方ぁ、っスだって〜」
 くすくす、くすくすと二人仲良く笑いあう。
「こっ、これは優さんが『新米なら下っ端っぽく語尾を変えろー』とか言いやがりましたから、仕方なくっス!」
 と、どうでもいい事を口走る。
 それにドレス――姉のキャステル――が指を口にあて、上目遣いで、
「……その優さんって誰ですか〜?」
「――!!」
 しまった。
 この少女達は少なからずともこのゲームの関係者だ。もしこのゲームに裏があるとしたら、それに関わっている可能性が大きい。
「ねぇ、誰なんですか?」
 今度ははっきりとした口調で言った。
 にじり、と習人は思わず一歩下がる。この少女の前で、軽はずみな言動はとれない。そんな事をすれば、こちらの情報が全て持っていかれる。
 そんな感覚が、習人に生まれた。
「ああもう……」
 だが、どちらにせよそろそろ行動を始めようとした所だ。ならば、
「すまないっス」
 この少女達を無理矢理黙らせる事もできる。故に動いた。
 右手を近づいた少女の首筋に当て、魔術で神経の情報伝達を軽く切断すれば糸のように崩れ落ちるだろう。
 上目遣いの少女に手を伸ばし、
「――が!!」
 突然、横殴りの打撃を受けた。
 骨が軋み、壁に叩きつけられることで激痛を更に産む。
「危なかったよ、お姉ちゃん〜っ」
「助かったよぉ、ポリュデちゃん♪」
 習人のわき腹に打ち込まれたのは、立ち位置からしてポリュデの様だった。彼女は右拳を振りぬいた状態で、それは決定的なのだが、
「どこに……そんな力がっ」
 キャステルとポリュデ共に、習人の背丈と程遠い。露わになっている四肢は、全て細く年頃の女の子らしいもの。
 だが殴った。こちらを軽々と吹き飛ばしたのだ。
 驚く習人を無視し、ポリュデは笑いながらくるくると踊る。
 と、キャステルの視線が壁に激突して座り込んでいるこちらへ向けられた。
「――群上 習人。二十五歳、美形。父が政治家の裕福な家庭に生まれ、エリートとして警察に入る。元・日陰署刑事部特殊課で、同じく特殊課の哀川 優治朗とはコンビを組んでいる」
「な……!?」
「得意な魔術科目マジックカテゴリは現代魔術の治療や神経系。知能はもちろん運動能力も高く、美形である事でけっこーモテる。でも自身は興味が無いらしく、彼女無し。ちなみに父親にお見合いを勧められている……っですかぁ〜」
 すらすらと習人のプロフィールを暴露するキャステル。習人はその内容――特に後半部分――に驚きを見せた。
 この少女は完璧に記憶している。そう思わせる雰囲気があり、
「すきありぃ!」
 そこで動きが止まっていたのが悪かった。
 一瞬でポリュデの姿が眼前へと移り、こちらの鳩尾辺りに一撃を加えに来た。
「……がぁ!!」
 背後では、壁にひびが入る音がしている。衝撃が脳まで伝わり、意識の扉が簡単に閉じてゆく。
「カストルは馬術に長けていて、戦略家。とっても頭が良かったんですよ〜?」
「ポルックスは不死の身体を持ち、剣術とボクシングの達人なの〜」
 その寸前、二人の少女がこちらに笑いかけていた。



「人というものは、いつどこでで死地に遭遇するかは分からんのだ」
 方眼は淡々の述べる。見上げるこちらを見下ろしながら。
「もし君が中世や戦国、戦争の中で生まれたらどうだろう。戦に駆り出され、敵を斃す」
 腹部の鈍痛によって下半身が麻痺している。これでは立ち上がることもできない。
「そこで、人は人を殺す。殺し尽くす。それは当然であり、仕方のないことなのだから」
 だからなのか、この大男の声がクリアにこちらの脳まで響いてくる。
「要は決意なのだよ。殺すと決めた者と、これは喧嘩だと思う者の違い。絶対的な差」
 吐息し、
「君には、殺す意思を持って欲しい。でかければ死ぬのだから」
 言い切った。
 それが、とてもとても、こちらの理性をかき乱す。
「……殺し合いなんてしたくねぇ。アンタとは殺し合いをしてるわけじゃねぇ」
 ふん、と方眼は鼻で笑う。
「いやなに、君は面白いな。そう――これは殺し合いではない。だがそれぐらいの決意と感情を持ち合わせて欲しいのだよ」
 腹が立つ。まるでこちらに殺してくれ・・・・・といわんばかりの台詞に。
 きつく拳を握り、
「いつどこで死地に遭遇するかは分からんと言っただろう。次会う時は、本当に殺し合いを始める時かもしれないしな。だが自分が望まぬままに、決意の出来ぬ殺し合いの世界へと引き込まれた時。君は真っ先に――」
 止麻は続く声を遮るように声を吐く。
「――ムカつくんだよ! 何でオレ様が人殺しの決意なんてしなけりゃなんねぇ!! 大体今は現代だろうが、人殺しは犯罪だっつのこの野郎!!!」
 響いてきた声で、頭の中が沸騰する。その熱を、声として吐き出した。
「大体、テメェには関係ねぇ! 何でオレ様に突っかかってくるんだよ、グラス割りたけりゃ割ればいいだろーが!!」
 ……イライラする。
 この男を前にすると――特に数発腹にぶち込まれてから――怒りという感情が湧き出してくる。
 きつく拳を握り、
「何故突っかかってくるか……だと?」
 上半身だけで威勢良く叫んだ止麻に、方眼はゆっくりと告げた。

「――獅子は子を谷底に突き落とすものだ、止麻」

「……え?」
 意味が、分からなかった。
「この二百年、私は探求に勤しんだ。どうすれば強くなれるか、どうすれば勝てるのかと」
 方眼がさきほど告げた事柄の意味。
「しかし延命と不老もそろそろ限界でな……私はもって後数年なのだ」
 こちらは呆然と、見上げる事しか出来ない。
「止麻。それがしが二百年をかけて見つけ出した真理、それを伝えたいのだよ」
 吐息し、
「『殺す』という決意、憎悪や憤怒という感情はとても優れている。私の生きた二百年、その間に起きた争いで知ったことだ。ならばそれを拳に乗せ、穿つ」
 止麻の混乱を無視して次々と述べ立てる。
「油断や隙、情けといったものを生み出さないギリギリの攻防。それこそが真理。だからこそそれがしとの戦いの中で知って欲しかった。……だが、まだ早かったようだ」
「オレ様の……ちち、おや?」
 そんなはずは無い。当主である翁は、父は死んだと言っていたのだから。
 止麻は小さく震え、呟く。
「オレ様の、オヤジは……病の母さんを残して死んだ。だから分家の俺は爺ィの所に引き取られて――」
「――白鐵流に分家などない。翁の娘を私が攫い、子を宿させたのだ」
 呼吸まで出来なくなる。
 自分に聞かされていたものがウソなのか、この男の告げることがウソなのか。
 止麻には判別できない。
「まぁ、詳しい事は翁に聞くのだな」
 そう言って方眼は笑った。愚かだと嘲笑うかのように。
 ……笑い、やがった!!
「テ、メェ――」
 父親だとか、そんなものはもうどうでもいい。だが、白鐵流と母親を侮辱し笑ったのは理解できる。
 ここでとうとう止麻の頭の中が、爆発した。
「テメェが!!」
 下半身が動かないなど、どうでもいい。今はただ力を込め、頭上の男をぶち抜くだけ。
 身をよじって無理矢理奮い立たせ、頭上の顔面を見上げた。
「躱せよ、止麻」
 ぽつりと祈るような声が聞こえた。

白鐵てつを切り裂け、暴風みだれの太刀」

 吐かれた言霊は、白鐵流に伝わる奥義。
 ゆっくりと方眼はそれを言う。

「――“断巻たつまき”」

 瞬間、頬に小さな痛みが奔った。
 続いて轟音。それは背後の床と壁が大きく破壊され生まれたもののようだがそんなものにかまけている余裕は無い。
 こちらの顔の横を、掠めるように。
 超高速で居合いの如く繰り出された拳が。
「これが本気、殺す一撃・・・・だ。残念ながら・・・・・、躱されてしまったがね」
 違う。こっちは微動だにしていない。
 先ほどの戦いとは、全く違う。速さや力の問題ではない。
「――――」
 と、視界に白亜の壁が映っていた。
 違う、天井だ。
 倒れてしまったらしく、しかし気づくのには数秒を要した。
 その時にはもう方眼はいなかった。
「……くそ」
 止麻は全くといっていいほど力の入らない身体を少しだけ震わせ、呟いた。
 頬を流れる液体――血だろう――が、ただただ熱かった。





あとがき




 どうも、七桃りおです〜。
 今回のコンセプトは『バッドエンド』。もー全敗でっせ(ぇ

コンプリのテーマがいくつかあって、その中に『家族』というものがあるのです。
 このテーマの意味するものは何でしょう。
 こんな感じで伏線貼ってばかりの争奪戦ですが、皆さん覚えていられるのでしょうかね。
 ……ちなみに私は時々忘れます(オイ

 作中で魔術云々を述べましたが、イマイチ分かりにくいと思ったのでここで噛み砕いて説明しておきます。
 まず現代魔術。
 これは今までのキャラが使用していた英字のやつですね。
 簡単で便利。燃費もよく環境にも優しいという素晴らしい魔術です。
 かなり勉強すればある程度使えるようになるものです、難しいけど。
 そして旧式魔術。
 これは『現代魔術でない魔術』です。コンプリ世界での魔術は『可能性を捻じ曲げ奇跡を起こす』ものなので、『起こりうるはずの無い効果』なども全て魔術にあたります。
 遠華の使用する『貪欲なる毒竜』もこれです。
 魔力と適性とその他云々さえあれば誰でも使用できるという名目だけど、やっぱり難しいのです。

 世界は、『科学』と『魔術』と『一握りの奇跡』で構成されてるみたいですね。なので不思議攻撃や不思議防御や不思議動きなどは『魔術』に分類されるでしょう。
 まぁこんな感じです。

 それと矛盾点らしきものを一つ。
 第壱話あたりで現当主、白鐵 翁に一人娘がいると書きましたが、ありゃ間違いです(汗
 彼には二人の娘がおり、妹が止麻の母親にあたります。
 その姉の方にも一人の娘がおり、それが翁の溺愛している相手でした。
 その孫娘は中学生で一人称は『ボク』。
 他意はありません(笑

 そろそろ佳境に向かうはずなのですが……なかなか収まりがつきません。
 なんとか七話以内にはまとめるつもりなので、あと少しお付き合い下さい。

 でわでわ、七桃りおでした〜。




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