戦え、と誰かが言った
馬鹿め
こちらはもう拳を振っているぞ



邂逅輪廻
Complete!
〜スクランブル・ホーリィグレイル〜
第参話・因果の対面

七桃りお



「……で、ゲームは始まった訳ね」
「はい。ハルは適当に引っ掻き回すからその隙をついてくれ、とか言ってましたけど」
 一直線に伸びる回廊、その壁に一つの扉が備え付けられている。
 白亜の壁に鋼の扉の上部、黄色のプレートにはこう書かれていた。
 ――『立ち入り禁止』と。
 立ち入り禁止区域の前、そこには二人の女性がいた。
 片方の小柄な女性は周りを警戒しているのかキョロキョロと目配せしながら会話をしている。もう片方の長身の美女は、片手にパソコンを持っていた。
 パソコンから伸びるコードは、扉のテンキーにあるプラグに突っ込まれていた。モニターには回転する数字の列が高速で流れ、右から順に一定間隔で止まってゆく。
 十桁ある数字列の内、七つは停止しており、今八つ目の数字が停止した。
 それからしばらくすると全ての回転が終わり、
「はい、開門よ」
 金属の重低音と共に、スライドする様に扉が開いた。
 パスワードを破った愉喜笑は迷わず扉の中に入る。それに続き言葉が侵入した。ちなみに扉の正面の壁に取り付けられた監視カメラにはなんの異変の無い扉・・・・・・・・・が映されているだろう。何故ならこの監視カメラに愉喜笑が侵入し、過去の情景を引っ張り出してそれを延々と流しているからである。
 入り口付近の壁にあるスイッチを押せば、ライトがつき室内が照らされた。
 十メートル四方の床と壁は白一色で、そこにはモニターやパネルが幾つも取り付けられている。
「ここが東管理室……しかし誰もいないわねぇ」
「今は使われていませんから」
 この東管理室はあまり重要な場所では無い。全ては最上階フロアの中央管理室で行われているからだ。交代で見回りが来るが、次の見回りが来るのは二時間後である。
「……どうですか、愉喜笑さん」
「まって。奥にもう一つ部屋があるみたい」
 言葉が振り向くのと、壁と同じ乳白色のスライドドアが開け放たれたのは同時だった。新たに生まれた門の向こうに愉喜笑が消える。続いて明かりが灯り、そこで言葉は息をついた。
 どうやらここまで発見される事無くたどり着いたようだ。ここはゲームの行われている階層なので、ルールを破る選手を監視するシステムでもあるのかと思ったが拍子抜けしてしまった。
「ビンゴ! ここからなら中央に行けそうよ」
 嬉しそうな愉喜笑の声と、彼女がパネルを高速でタッチする音が前方から来て、

「――おぉい、おいおい。俺の相手はこんなお嬢ちゃんかよ?」

 気楽な口調が背後から来た。
 声は男性のもので、質から若者であることが知れる。
 距離にして五メートル。彼が声を発するまで、こちらは気づく事ができなかった。それを悔やみ、不思議に思いながら目の前のパネルを一押しする。
 瞬間、スライドアが閉まった。
「なんだなんだ。そっちに何かあるのか」
 だがとっくに男は愉喜笑の存在に気づいている。しかし彼女を安全地帯に退避させる事は出来た。後はこちらが時間を稼げばいい話だ。
 と、背後の足音が近づくのが分かる。
 男は長身なのか、大きな幅で歩き距離を詰めて来るが、
「それは、秘密っ!」
 先手を打った。
 言葉は左足を軸に右足の踵を背後にぶち込んだ。距離は予測済み、はずす事は無い。
 だが、打撃の感触が来なかった。
「お嬢ちゃん、キックとは元気だな。だが――」
 代わりに届いた声が続くより早く、足を振りぬき視点を回転させる。右足が地につき、目の前にはいわゆるホスト風の青年が両手をポケットに突っ込み立っていた。こちらと似た銀の頭髪は後ろで軽く結ばれており、尻尾のように揺れていた。
 予測通りの位置に立っていたが、髪が揺れている辺りなんらかの動きで躱したのだろう。
「――色仕掛けなら他をあたりな。残念だが俺の好みはボインなネーちゃんなんだ」
 ホスト男はこちらが攻撃を繰り出すより早く、その右足を横薙ぎに振っていた。
 しかし甘い。
 無駄の多い喧嘩キックである辺り、そこらのチンピラの類だろう。来ると分かっている攻撃を御すのは容易い。
 蹴りを、屈んで躱す。通り過ぎる足に両手で交差するように、ホールド。
「ったく、スカートかと思ったら――うおっ!」
「この……セクハラ男ぉ!!」
 掴んだ足を上に押し上げる。それによりホスト男のバランスが崩れる。
 即座に言葉は腰のバッグより取り出した掌サイズの拳銃を射撃した。護身用であるため威力は無いが、撃てばある程度の行動が制御できる。
 向かう先はがら空きの腹部だが、
「っ!?」
 視線の先で、甲高い金属音と共に火花が散った。弾道で起きた異常事態に、言葉は何かと思ったのが――悪かった。
 気づいておくべきだった。
 ホスト男の左手が、ポケットから抜き出ている事に。そして、黒の回転式拳銃リヴォルヴァーが握られている事に。
「な……銃弾を撃った・・・?」
 相手はバランスを崩していた筈だ。なのに不安定な立ち居地から、銃弾を撃つという不思議をなしえたのだ。
 驚愕する言葉を、敵が見逃すはずがない。
 シングルアクションのリヴォルヴァーであるらしく、撃鉄を起こす必要があるため追撃射撃は出来ない。
 だから来た、跳ね上げた筈の右足が。
「随分なご挨拶、どうもありがとよ!」
 同時、十分な回避に移ることの出来なかった言葉は、その小さな肩に踵を思いっきり振り下ろされる。
 激痛。
 骨が折れる程のものではないが、確実に行動に支障が出る。右肩はしばらく回らないだろう。
 痛みで閉じかける意識を、扉の向こうにいる愉喜笑の存在で無理矢理奮い立たせる。
 しかしこの重い一撃は、こちらに膝をつかせる程のもの。
 見上げた先、そこには軽率そうな青年が、引き金に指を引っ掛け立っていた。
 カチリ、と激鉄が引き起こされた。



 見慣れた赤い絨毯を蹴り、背後へと跳ぶ。
 その途中、交差するようにすれ違った男達の首筋に手刀をぶち込んでおいて、その彼らが崩れ去る音と共に止麻は着地した。ふ、と軽い吐息をつき、軽く早鐘を打つ胸を沈めた。
 ふと一つを思いつく。
「結構な数と戦ったよなぁ、オレ様」
 両の五指を広げ、指折り戦闘回数を数えてゆくが、
「……やめたっ」
 面倒になって五指を握りつぶす。グラスは割ってばかりで一番最初に渡された自分の物だけだが、その方がスリルがあって面白い。
 しかしそのスリルは強者あってのもの。チンピラもどきの彼らでは武術経験者の止麻では敵ですらない。
 そろそろ退屈してきた。
 開始から二時間程だろうか。そこそこの時間が経過した今、乱戦状態ではなくなり不意打ち等の戦闘行為が目立ち始めた。今の数名も突然後ろから攻撃――しようとした所を先手を打って撃退した。
「あー、弱いしつまんね」
 ぽろりと愚痴を零した。
 背後に崩れた男達を残した止麻は角を曲がり、

「――ならば、それがしが相手になろうかの?」

 その男と出会った。
 立ち塞がる壁の様に、大股開きで道のど真ん中。
 顔は渋みがあり、白髪は染めた物ではなく年期によるものだ。
 男の服装は羽織袴という古風な和服で、色彩は茶に近い黒だ。一瞬喪服かとも思ったが、そうではないようだ。
 その着物の上からでも分かる筋肉はこの男が強敵という事と、
「おし、望むところだ!」
 やっと自分が楽しめる、という嬉しさを伝えてくれた。
 こちらは後ろ向きに歩き距離を取る。適当な位置で停止し、左手を前で右手を腰の辺りにそえた。左肘を曲げ五指は軽く開き、右は拳を深く握る。
 対する男も身を若干斜めに傾け、腰を軽く落とし下駄の足に力を込める。同時に筋肉が更に隆起するのが分かり、思わず息を呑んだ。
 両者、構えは終わる。
「んで、誰だよ」
 こちらがそう言うと、
「――――」
 一瞬、複雑な表情を見せた、気がした。
 だが気にするまもなく、男は次を述べる。
「……それがしの名は方眼ほうげん。生憎実名ではないが、かの天才を鍛えた天狗の名は飾りではないぞ?」
 一息あり、
「一応我流だが、ある程度の武術はかじっているのでな。そちらに油断はして欲しくない」
 重々しく方眼と名乗った男が告げた。
 ならばこちらもそれに応えるべきである。
「当たり前だ。だがオレ様も甘く見て欲しくはないぞ。まだ若いけどよ、一応武術を嗜んでいるからさ」
 と、それに方眼は喉を鳴らして笑い、こちらが不審そうに見ているのを悟ると、
「失敬。……では、その武術の流派は?」
 自信を持って、言う。
「――白鐵流。オレ様は白鐵流護身古武術と白鐵流暗殺武術の皆伝分家保持者、白鐵 止麻だ!」
 と、方眼はこちらの声が届くなりわずかに眉を立てた。
「ほう、白鐵流……とな?」
「何だ知ってんのか」
「少々な」
 方眼は柔和な笑みを作り、しかし次の瞬間には仮面を剥がしたかの様に真剣な顔へと戻る。
「まあなんでもいーや。じゃ、始めるか?」
 こちらは先ほどからうずうずしているのだ。構えた腕を振りたくて仕方がない。
 その感情を察したのか、方眼がその響き渡る重低の声を放った。
「うむ、では真剣勝負といきたいな。……無論、喧嘩などという野蛮なものとは捉えて欲しくない」
 方眼の声に、止麻はやや考える。
「つまりは本気で、ってことか? まぁいいじゃねぇか、始めようって」
「……ふむ、そうかね」
 一人頷き、構えに力が篭る。
「いざ――」
 どちらが速かっただろうか。開始を告げる合図が言い終わるよりも先に、
「――勝負!!」
 拳と拳による快音が響き渡った。



 緊迫する。
 固まった空気は不愉快で、早く崩れてしまわないかと思う。
 頭に銃口を押し付けられているのは、なんとも生きている心地がしないからだ。
「……撃たないの?」
 その銃口を押し付けられている側、言葉は頭上の男にぽそりと言った。
 対して男はその相貌を見開き、凶悪そうに口元を吊り上げ、
「――その前に俺の頭が吹っ飛びそうだ・・・・・・・・・・・!」
「勿論」
 彼の頭上、そこに一つのものが舞っていた。
 手榴弾。
 瞬間、いくつかの現象が起きた。
 一つは手榴弾が炸裂したこと。
 一つはそれによる閃光と轟音がきたこと。
 一つは衝撃により、回避のためにそれぞれの背後に跳んだ二人が銃を手放し盛大に両極の壁にぶち当たったこと。
 続いて、破壊が来た。
 小型だったが至近距離なので十分な威力を有する。それにこの部屋は小さい。よって音と光は反響し、威力を何倍にも増した。
 手榴弾は、言葉が投げた物だ。
 男に踵を打ち下ろされた時、苦し紛れに放った物で、もう無茶苦茶な賭けに近かった。
 直撃ならば男は再起不能になる。その際に自分が撃たれても、愉喜笑に危険が及ばない。
 自己の身を犠牲にしての、突発的な行動。
「……痛ぅ」
 攻撃を受けた肩と、激突した背中に電撃のような痛みが走る。これは歩けない。
 対して男の方も、自分より早く回避していたとしても結構なダメージを食らっているようだった。元々彼を吹き飛ばす為に投げたのだから、当然なはずだ。
 だが、
「やってくれるじゃねぇかよ……」
 男は背に伸びる銀髪の尻尾もなびかせ、ゆらりと立ち上がっていた。服の箇所が破けてはいるが、こちらのように戦闘行為に支障が出るような傷は無いようだ。
 絶体絶命。
「――――」
 嫌だ。ここでくたばるものか。
「――ったぁぁああ!!」
 言葉は思い、だから動いた。
 激痛を無視し前へと跳ばす。壁を蹴ったこちらの行く先は、転がった自分の小型銃だ。
 だが、あちらも気づき行動した。
 その長身によりリーチと立っていたというハンデで、言葉よりも数瞬早く小型銃にたどり着き、蹴り跳ばしたのだ。
 武器が奪われた。武器を詰め込んでいたバッグは手榴弾の衝撃で外れ、どこかの床に転がっているから武器は無い。
 そして、もう動けない。
 男も勝利を確信したのか、しゃがみ込みこちらの首根っこを引っつかみ、

「――イイ男なら女性に優しくしてあげないと、ね?」
 冷たい銃口が後頭部に押し付けられているのを知った。

 声は愉喜笑のもの。
 彼女は男が持っていたリヴォルヴァーを両手で構えていた。
 手榴弾の轟音により戦闘に気づいた愉喜笑は、転がっていた銃を回収し言葉を追い詰める男の背後に立ったのだ。
 男は言葉から手を離し、両手を頭の辺りまで掲げて立ち上がる。続いて言葉も残る力を振り絞って、何とか身体を起こした。肩で息をしているが、続ける深呼吸によって落ち着きを取り戻す。
 と、男は両手を掲げたま、
「おい、こんな美人が伏兵だなんてよ」
「馬鹿ねぇ。あたしの顔を見たわけでもないのに、よくそんな口説き文句が出るわね」
「俺は声で女性を判断できる」
 断言した男に、愉喜笑は銃を突きつけたまま、微笑を浮かべ言う。
「へぇ? 私は美人以外にはどんな女性かしら」
 それは、と男が言った瞬間、
「――銃なんて物騒な物が似合わない、知的な女性だな」
 掌から、鉄の塊が消えていた。
 続いて衝撃。
 手首に、だ。
「なっ……!?」
 男の手刀が、愉喜笑の持つ拳銃を叩き落としたのだ。男はこちらに振り向いてなどいない。
 呆気にとられる愉喜笑は、男が身を深く落として視界から消えたことに気づけなかった。
 言葉は見えていても動く事が出来ない。
 男は簡単に愉喜笑の脅しから回避し、通路へと繋がる廊下へ跳び下がった。獣のような素早い動きに、機械のような精密な動きをする。
「だがな、そこのお嬢ちゃんには負けたよ。だから俺は何もせず、退散だ」
 黒く焦げたコートをはためかせ、
「――また会おう、お嬢ちゃんに知的なネーちゃん」
 一気に左へと消えて行った。
「……逃がさ……ないっ」
 よろよろと立ち上がった言葉は、彼を追いかけようとするが、
「だめ」
 後ろから覆うように抱きすくめられた。
「今、私達は見逃してもらったも同然なんだから」
 愉喜笑の熱を背中に感じながら、その微かに震えた声に言葉は唇を噛んで堪えるしかなかない。
 ――負けた。
「……ぁ」
 そう認識してしまった瞬間、頭の奥で何かが弾ける。
 ――同時。呼び起こされる古い記憶。咽ぶほどの硝煙と死臭。
「……っ!!」
 途端、頭に特大の針が打ち込まれたかのような激痛が走った。
「言葉!?」
 こちらの名前を呼ぶ声がするが――いや、自分に名前などない・・・・・・
 強く抱いてくる背後を無視し、言葉の意識はゆっくりと暗転していった。



「うぉぉぉぉぉ!!」
 便利屋・遠華は、いきなり苦戦していた。
 真っ直ぐに伸びる空間は、廊下だ。
 その廊下を滑るように突き進む。姿勢を低くし、足を高速で前へと運び、転ばぬように両手を振る。
 生まれる加速は、百メートルなど一息なほどだ。
「流石は、ジャパンじゃなぁ。イタコパワーでトランスしてハラキリするんじゃろ?」
 そんな高速の背後、同じ速度でついてくるスーツ姿があった。
 白と灰の髪を後ろに流し、笑みを浮かべる顔は外人のものだ。それも遠華の知らない。
 事の始まりはつい先程。順調にゲームを進めていたこちらは、あの外人とばったり出くわしてしまった。
 それも両者グラスを片手に、という最悪のタイミングで、だ。
 と、鬼ごっこを終わらせる為に踵を踏みしめ急ブレーキを無理矢理かける。脚力を駆使し、前に倒れようとする身体を無理矢理捻った。それと同時にコート内から刀を引き抜き、
「そんなエキセントリックな国じゃねぇ!」
 振り向きざまに斬りつけた。
 回転と抜刀の力が加えられた攻撃は、こちらに追いつかんと高速で迫っていた外人の右腕辺りに、バットを振り抜くような姿勢でぶち込まれた――筈だった。
 こちらの渾身の攻撃は外人のスーツを裂いたが、露わになった肌にうっすらと白い痕が残っただけだ。
「見せてくれ――ハラキーリー! タケヤーリー!!」
「っち――この国辱外人が!」
 逃げる。
 滅多に使わない、戦略的撤退という兵法の使用を自分は許可していた。まあ、ただ逃げているだけなのだが。
 この外人には攻撃が通用しない・・・・・
 出会った時、こちらの放った蹴り程度ではビクともしなかった。そして極めつけに今の結果だ。
 何故だ。遠華の刀『天羽々斬』は、とある刀匠によって作られた名刀だ。それも魔術による補正を行っている“魔導具まどうぐ”だ。
 “魔導具”とは魔術に用いられる道具や術式を刻んだ武具類の事であり、特殊な効果を持つ物が多い。
 この『天羽々斬』は、剣刀類に用いられる基本的な術式も掘り込まれている。異様な切れ味や硬度はこれによるものだ。まだこの刀には様々な術式が掘り込まれているが、それは今使うべきではない。
「……魔術で硬度を?」
 と、何かが引っ掛かった。
 そう、そうだ。もしもあの外人が魔術師で、自信の肉体に硬度強化の魔術・・・・・・・・・・・・・を施しているとしたら。だが、
「理屈だけ分かっても意味ないってのー!」
 こちらの刀を防ぐだけの硬度だ、簡単には崩せないだろう。
 同じく“魔導具”の超大口径改造二丁拳銃『オフィユケス』があれば何とかなるかもしれないが、生憎それは部屋に置いてきてある。まさか使うなどと思っていなかったし、万が一あの硬度をぶち破ったとしてもこの外人は死んでしまう。人殺しを止めた・・・・・・・遠華は、それを良いと思わない。
 だから、逃げる。
 幾多の直線と幾多の角を攻略し、
「ぬおおおおおお――って、あれ?」
 やっと外人の追撃を免れた。
 いつからついてこなくなったのかは知らないが、ともかく退ける事が出来たのだ。
 と言っても走っていた時間は精々五分程度だが。
「っはあああぁぁぁ……」
 深く吐息をつき、吸って深呼吸をする。
 激しく動悸する左胸を押さえつけ、汗ばんだ額を袖で拭った。
 ここまで激しく動いたのは久しぶりだ。以前のヴラドクや鬼との戦闘は、速攻や暴走などで早めにケリがついてしまって満足した戦いをしていない。まぁ、自分は満足に戦闘をしてはいけない・・・・・・・のだが。
 ともかく、あの外人は一体なんだったのだろう。
「むぅ」
 唸った遠華の歩く壁、右折通路と直進通路に分かれる所。そこに、
「?」
 ふと、黒い影が映ったのが見えた。
 こちらは真っ直ぐに進もうと思っていたのだが、その影が気にかかって三歩足を戻す。首だけで横を向き、
「……女の子?」
 壁際に、眠るように座ってうずくまる少女が、いた。



 乾いた音が鳴った。
 場所を最寄の小ホールに移し、二人は激闘を繰り広げていた。
 巨躯の男と、それと対するには小柄すぎる少年。
 前者は力強く、不動にして相手の攻撃を捌いている。後者ははやく、多方面からの攻撃を止めることなく連打している。
 両者、共に引かず。
「――っは!」
「――ぬん!」
 上方より打ち下ろされた踵が、方眼の右手によって塞がれた。掲げるようにされた右腕は、しかし方眼の視界を著しく埋めてしまう。止麻はそれを見逃さない。
 踵を中点に、全身で円を描いたのだ。背中から地面へと自重によって引かれ、両腕を伸ばして逆立ちの体勢になる。
 そのまま、身を素早く回転させる。
 ブレイクダンスのスピンの如く両足を広げたことで生まれた回し蹴りが、方眼の腹部へと打ち込まれた。
 当たる、と止麻は思い、
「うおっ……!」
 しかし蹴りはあっさりと弾かれ、その余波で止麻の身が跳ねるように転がった。しかし止麻とて引き下がらない。受け身を取り素早く立ち上がり、一瞬で視界の外へと回り込む。
 脚部のバネを使い、更に床を蹴って滑空する。それで相手はこちらを捉えることができなくなり、アウト。
 だがしかし、
「甘い。目に見えぬ程度で、それがしが斃れると思ったか」
 その腕はこちらを捉えていた。彼は振り向くことなく、こちらの鼻先に打ち下ろしの拳を落とす。
 急停止、続いて破砕。
 方眼という男の攻撃方法はいたって単純だ。ただこちらに向かって拳が振られる、というもの。
 拳は一撃でも喰らえば脚を止めてしまうほどであろう強打だ。故に回避をし続けなければならない。
 だからこちらは高速で立ち回りつつ、隙を見つけて攻撃を加えるのみ。だがこちらの攻撃は対して効いてないようで、現に方眼は一度も場所を移動していない。
 状況は最悪だ。
 方眼は拳を振るのみだが、こちらは最初から回転数を上げた速度で移動しなければならない。
 だから来た。
 疲労という、決定打が。
「ふ――」
 右足を軸にターンをしようとした瞬間、呼吸が乱れた。呼気を漏らし足を止めた瞬間、
「――っ!!」
 側頭部にハンマーでもぶち込まれたかのような衝撃が来て、頭から床に追突した。
 気づけば視界の半分ほどが朦朧としていてよく見えない。
 意識を奮い立たせて膝立ちする。強打により脳震盪を起こしているのだろう、と思い頭痛に眉を寄せた。
 そこで、嫌な音がした。
 みし、という音。その音は自分の胸辺りから聞こえており、
「――ぁか」
 自分は浮いていた。
 あれ? という声を出したはずなのに、聞こえたのは空気が搾り出された音だった。
 視界には天井が映り、次に背中へ衝撃が来た。
 何が起こったのか分かっていない。
 そうだ。度重なる移動で軸足が耐えられなくなり、そこに半弧を描くような横殴りの一撃が加えられたのだ。そのまま転倒し、動きが止まった所で――胸を膝で強打された。
 か、という呼気を漏らし必死に呼吸をする。でなければ呼吸困難で窒息死だ。
「筋はいい。君は速く、体力もある。筋力は発達の余地があるからな」
 こちらが必死で酸素を取り入れようとしているというのに、横たわった視線の先にいる方眼はこちらを見ずに呟いていた。それはこちらへの助言とも聞こえるが、
 ……嫌味にしか聞こえねぇ。
 そんな止麻の怒りを無視して、方眼は厳格な表情を崩さぬまま、
「だが所詮は喧嘩のレベルか。……白鐵流と聞いて、期待はしたのだがな」
 こちらに言い放った。
「!!」
 目を見開いて覚醒する。酸素は十分、というほど取り込んでいないが、動ける。四肢は痺れが来ているが動いている間に取れるだろう。脳震盪はとっくに治まった。
 床に腕を突き、立ち上がる。よろよろとする身体に鞭を打ち、
「そうかよ。……でも、何で期待なんてした?」
 白鐵流を知っていること自体はそう珍しくない。しかしこの男は『期待』をしたのだ。つまり、
「ああ、それがしには過去に一度白鐵流を扱う人物と拳を交わした事があったのでな」
「……そいつの名前は?」
 おずおずと訊く。
 方眼は、ようやくこちらに瞳を向け、

「――白鐵しろがね おきな。五十年ほど前か……それがしが初めて屈した男だ」

 その声を聞き、四肢に力が戻ってくる。
 第二ラウンドだ。



「なぁ、ここは危ないんだって」
「…………」
 遠華の声に、顔を膝に埋めた少女は答えない。
 どうしたものか、と頬をかいて数分が経った。ゲームの行われている階層で、こんな少女が一人で居る事はおかしい。最初は罠かと考えたが、こうして待っているのに何も無いという事は、本当に何も無いのだろう。
 少女は何も言わない。
「なぁ、どうしたんだよ。腹でも痛いのか?」
「…………」
 話しにくい相手だ。というか、会話が出来ない。
 だが、放っておけないのが遠華の性分だ。
 子供は弱い。子供は一人では何もできない。だから、守ってやらないと・・・・・・・・
 孤児院も、果実も、希望も同じ。
 守ってやらなければ、いけないから――。
「……ふぅ」
 息をついて、少女の隣に座り込んだ。同じく壁に背中を預け、しかし少女とは対照的に白亜の天井を眺める。
 時折聞こえる悲鳴が轟音も、今は無い。
 ただ時間だけが過ぎ去ろうとしていた。

「――やっと、見つけました」

 彼が、来るまでは。



 客船の一室、壁から束になったコードの延びる部屋がある。
 位置的には中階、中央管理室に近い客室だ。壁から生えた色とりどりのコードは中央管理室の中枢、情報ライヴラリィに通じている。
 そのコードは床を這いベッドの中腹辺りに伸び、ベッドの上にある四角い機械の端子にぶち込まれている。機械はノート程度の薄さと大きさをしており、その上部には三つの端子が並んでいた。それぞれ色があり、コードは色通りの場所に押し付けたかのような乱暴さで取り付けられていた。
「……手当たり次第吸収しています。あと数分で完了するでしょう」
 と、ベッドの脇にあるイスに人影が座っていた。スーツ姿の女性だ。
「にしてもリズ。そんなに簡単ですの?」
 その女性とは違う女性の声響いた。声は部屋の入り口からであり、手にはワイングラスが二つ。
 彼女は白と灰のドレスを揺らし、ベッドの上に座った。グラスをリズと呼んだ女性に一つ手渡し、もう一方のグラスに口をつける。
「いえ、本来ならばもっと困難です」
「では何故?」
「……囮を使いました」
 思わぬ返答にドレスの女性は眉を寄せた。どういうことか、と首を傾げると、
「今日、私達以外にも中央管理室に侵入しようとした人物が居たのです」
「……それで?」
「こちらでアクセスを遮断し、バラしたのです。そして彼らに注意が行っている内に内部侵入、現在に至ります」
「……そう」
 ばつが悪そうに彼女は言っていたが、対する女性はなんてことなく聞き流した。思わずリズは顔を跳ね上げ、
「お、お咎めは?」
「あるわけないでしょう。わたくし達のしている事は、やり方はどうであれ正しい事ですわ」
 リズは自分が浅はかさを呪い、顔を真っ赤にした。そんな彼女を横目に、ドレスの女性はワインを一飲み。
 とろん、とした視線をリズに向け、胸元のリボンに人差し指にかけた。
「その方々には、運が悪かった……と思っていただくしかありませんのよ?」
 指が下がり、一緒にリボンが衣擦れの音を立てて滑り落ちた。彼女の豊満な胸を押し止めていたものが無くなり、ドレスに緩みが出来た。
「姫様、はしたない……」
 ドレスを肩に滑らせ、落とす女性にリズは手を伸ばし服を調える。そんな彼女の手をとり、一気に引き寄せた。
「リズ」
「はい」
 声が返ってくる。
 真剣な顔が眼前にあり、
「二人の時ぐらい、姫という呼び方は止めたらどうですの?」
 沈黙。
「……しかし私は姫様の――」
「――リズ、命令ですわ。二人の時は名前で呼びなさい」
 女性が微笑み、ドレスを腹辺りまで落とした。露わになる肌越しに、体温が伝わり合う。
 そのまま身を後ろに倒し、仰向けになって停止した。視線は天井へと向けられていたが、すぐに閉じられた。
「ご命令とあらば。――ディア、おやすみなさい」
 ここ数日の疲れを癒すため、リズの返答に安堵の表情を作って浅い眠りへと落ちていく。
 忙しくなるのだ、これから。





あとがき




 どうも、七桃りおです〜。
 今回のコンセプトは『因縁の始まり』。これから戦い続けるであろう、ライバルですね。

 敵キャラ、第三勢力キャラ共に盛り上がってまいりました。
 戦闘もそこそこよい物が仕上がったと思っています。
 ただ、今回は死闘というわけには行きませんから、どうしてもあっさりしてしまいますね。
 ガチバトルは、それこそ終盤になるでしょう(笑

 今回は元ネタ紹介のネタがありません。なので『ノアの方舟』の構造解説をします。
 外装イメージ的にはタイ○ニック。内部は大きく三階層に分かれています。
 上階層は『若葉の知らせ』というホールを中心に、客室や中央管理室。
 ゲームに参加していない人物の殆どが全てここに居ます。
 中階層は客室と今は使われていない東、西管理室があります。
 この階層がゲームの激戦区となっており、遠華や言葉達のいる場所ですね。
 下階層は客室の『八人の間』というホールと客室、ボイラー室などの動力系です。
 ここは一直線に伸びる廊下などが多く、そのため戦闘には不向きです。止麻と方眼はこの階に。
 デッキには管制塔などがあり、下階層の下にも何かあるみたいですが……それはまた本編で。

 物語は中盤、次話辺りから皆が動き出す……でしょう。
 早速、次話の作成に移りたいと思います。

 でわでわ、七桃りおでした〜。




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