範囲は『若葉の知らせ』と一部を除く全てのフロア。それが立ち入り禁止区域となっている。 勝利条件は『最後の一人になる』ということ。 タムリミットが課せられており、それは夜明けまでとの事だった。 各グループ一つずつ配布されれたグラスを割られたり、戦闘続行不可や失格で敗北となる。 そうしてライバルを減らし、勝ち残るのがこの 参加者以外は『若葉の知らせ』にいることが義務づけられているが、試合状況がモニタリングされているので大半の者はここにいるだろう。 そうして『八人の間』に集められたゲーム参加者の前に、再度キャステルとポリュデという少女が現れた。 「では〜今からゲームを開始いたしますぅ」 「立ち入り禁止区域に入った方は、ペナルティとして 「皆さん、グラスは渡りましたか〜?」 十数人の使用人らしき人物らが、グラスを配って回っていた。通常より一回り小さいグラスには客船の見取り図も丸めて入っている。 「これ、何かの拍子で割りそうだ……」 などと遠華は内心少し心配しつつ、依頼達成と 場所は広いが、開始直後に戦闘が発生する事もありうる。 相当な人数――数百人ほど――が詰め込まれたこの場所より、急いで自分の拠点を確保した方が良い。恐らく一部の人間もそれを考えている筈だ。そしてそれの混乱を狙ってグラスを割りに来る者もいる。 「さぁて、グラスも渡った事だし」 ポリュデがステージを回り、その手を取るキャステルが、 「そろそろ始めましょう〜」 マイクで高らかに言う。そのまま回転し、抱き合う形となった二人は交差するようにマイクを相手の口元に向け、 「――さぁ、ゲームの始まりですぅ!!」 「――さぁ、ゲームの始まりだよぉ!!」 フロア全体がまず、歓声で包まれた。 お、という怒号が聞こえてきた。 止麻は雪崩の様に駆ける男達と同じく、通路に向かって走る。この『八人の間』の出入り口は四つ。左右に一つずつと背後に二つだ。 ゲームに複雑なルールが無く、止麻の好むストレートなものだ。 ただ、グラスを持っていればいいのだから。 グラスの持ち主を判別できる仕掛けは無く、己のグラスが割られたとしても、誰かから奪ったグラスを持っている場合の復活がありうるからだ。だから そして、開始直後の混雑したこの状況下でもそれは変わらない。 「過激な連中はすぐにおっぱじめやがる……!!」 ちなみに止麻は、こんなに落ち着いて状況を把握できる人間ではない。こういう乱戦を想定したトレーニングを、昔無理矢理にやらされた事があるからだ。その時の経験を引っ張り出し、止麻は駆ける。 突如、ガラスの破砕音が一つ響いた。 初の脱落者、それは止麻から辛うじて視認できる、雪崩の最先端にいた若者だ。その前には、数名の男達によるグループが壁を作るように立っていた。向かって右にある出入り口を封鎖しているのは、勿論ゲームの参加者だ。 このゲームには人数制限は無いらしく、しかしグループごとに一つのグラスだけだ。 今は何かの拍子で破壊してしまったようだが、彼らはグラスを奪うツモリだろう。それを一人ずつに分け与え分散させれば、全滅の可能性を減らす事が出来るからだ。 何人かが彼らに突撃してゆくが、誰がグラスを持っているか分からない。グループ前衛の三人はグラスを持っていないようで、力にモノを言わせて暴れまわっている。ガラスという壊れやすいものを持っている場合、がむしゃらに振り回された腕は脅威の他ならない。 そうして突撃した者は撃退され、出口を失った者は焦り混乱してゆく。 ――パリン。 今、誰かが転倒しグラスが割れた音がした。 この混雑の中では、何かの拍子にグラスを失いかけない。人が多くては不意打ちもありうる。 しかしこの通路を突破し、自分の拠点を作り確保することが出来れば、あとは全滅待ちの消極的なプレイでさえも出来る。止麻はそんな戦いは嫌いだが、己の居場所を確保する事は重要だ。 「っどけどけ!」 だから、動く。 何人かを押しのけ、中腹から最先端に向かって一直線に走る。ついでに幾人かのグラスも割っておいた。 依頼である上に、止麻はこういったものが好きである。己の力に任せ、暴れまわる事のできる そして最先端に至った。 三人の男が暴れ回っているのを確認し、その後ろに一人の男が隠れているのを見つける。とても分かりやすい。 「オレ様を止めたきゃ――」 言いながら、跳ぶ。 脚力にモノを言わせた跳躍で、一気に壁となった男達を跳び越した。流れるように着地した止麻の左は、隠れていた男の正面だ。 ジャケットの胸からは、止麻がポケットに突っ込んだグラスと同じものが顔を覗かせており、 「――あと百人はつれて来い!!」 軽く拳を振るだけで、いとも簡単に砕け散った。 赤い絨毯の引かれた通路の先、突き当たりに位置する白亜の壁には、一人の青年がグラスを持って座り込んでいた。 グラスは掌サイズで、ポケットなどにもしまう事が出来る。 そんな小さなグラスを、その青年は五つ抱えていた。 「ったく、優さんが出場できないから……僕っスか」 青年、習人はその内の二つを宙にを放り投げる。グラスは綺麗な放物線を描き、甲高い破砕音を持って飛沫の様に砕けた。 残った二つのグラスは右手に持ったスーツケースに仕舞っておく。そうする事により、アクシデントによるリタイアが防げるからだ。 少しだけ開いたケースの中には、三つのグラスがあった。 習人は調査のつもりでのゲーム参加だが、失格になればゲーム続行が不可となる。ゲームの参加者である方が、いざ何かあった時動きやすいと優治朗と検討した結果だ。その時は優治朗がゲームに参加する予定だったが、今は自室で酔いつぶれている。 「接近戦は苦手なんスけど……得意魔術は治癒や神経系だし」 習人は呟き、動かない。歩いていれば、今のように敵と遭遇する事もあるからだ。自分からの戦闘はしない、目立つのは得策で無いからである。 「ぅ……あ……」 と、曇ったうめき声が聞こえた。 習人の足元の絨毯に、黒い大きな塊が四つ転がっている。 「ああ、気づいたっスか」 習人がそれに声をかけた。 彼らは習人に戦いを挑んできた者達だ。先ほどのグラスも彼らの物である。 「おま……何を、した……」 塊が呟く。 それに習人はやれやれとかぶりを振って、答えにならない回答を述べた。 「ま、半日は動けないけど我慢するっスね」 四つの塊は、習人よりもがっしりした体型の男性四人組だ。その男達は大の字になって倒れこんでいた。彼らは動く事なく、四肢をぐったりと伸ばして絨毯に這いつくばっているのみ。 侮蔑でも謝罪でもない、いたって自然な視線で彼らを一瞥し、習人は敵が来る事が無いように、と祈り顔を伏せた。 大ホール『八人の間』に残ったのは、ほんの数名だけだった。多くは有利な状況下で戦闘を繰り広げる為に散り、あっという間にもぬけの空。 残った数名の内の一人に、外人がいた。灰色の髪を持つ、スーツの男性だ。 「ワシ、何をすればいいんじゃろか?」 コゥルという名前の彼は、古風な言葉遣いで言った。外人顔の彼は、そう歳はとっていない。三十代前後ぐらいだが、その古風な言葉遣いでどうも少し歳をとって見える。 と、そんな彼の背後に迫るものがあった。 それは、花瓶だ。 「お――」 気づき、振り返った頃にはこちらの顔面まで跳んで来ており、次の瞬間には着弾していた。甲高い破砕音が花瓶の欠片と共に散る。中に収められていた花と水が、一気に絨毯へとぶちまけられた。 「っははははは!!」 花瓶が跳んで来た元、柱に隠れるようにいた少年が笑い声と共に現れた。その手にはグラスが握られている。つまりゲームの参加者だ。 「大丈夫か、死んでないだろ? ったく、このゲームはバケモノだら――」 言って、愚痴を零す少年は倒れているコゥルのグラスを奪おうとし、気づく。 「け……だ?」 床に伏している筈の男が、未だ立っていることに。 花瓶の直撃を受けた筈だ。その証拠に彼の服と顔が濡れており、草木が引っ掛かっていた。しかし、立っている。 「――花は大切にするんじゃぞ」 コゥルは首を鳴らし、頬にへばり付く百合の花びらを取る。対する少年は絨毯にへたり込み、奇声混じりの抗議を上げた。 「ひぁ……当たっのに!」 「そうじゃな、確かに当たった」 濡れた顔を手で拭い、スーツで適当に拭く。白髪交じりの髪をかき上げ、 「だが、ワシの方が 横一文字の瞳を更に細め、口は笑みを作った。少年に大きな一歩で歩み寄り、その頭に孫でも撫でるかのように掌をポンと置いた。少年が硬直するのが掌越しに伝わり分かる。 「しかし……ジャパンの人々は礼儀正しいと聞いているんじゃが、よもや背後から殴り倒しとは」 少年がその掌を振り払おうとするが、押し付けられているわけではないのに重く動かない。 「さては、キサマがあのシノビだな!? 音も無く忍び寄り、一撃必殺で敵を斃す! すばらしいぞジャパーン!!」 その掌に、力が入る。 「だがシノビよ――キサマはこの『金剛の矛』の前に、散るがいいぞ!」 掌は、下に押し込まれた。少年の頭が一瞬で地面に迫り、激突した。 大理石の飛沫が、血と共に舞う。少年の頭は幸い潰れていなかったが、気絶は確実だ。同時、ガラスの割れる音も響いていた。 少年の顔の半分を床に沈めたコゥルは彼を背にし、 「グッバイ、必殺シゴトニン」 意味不明な捨てゼリフを言い、この大ホールから去っていく。 残されたのは幾つかの気絶者と、砕けたグラスの破片だけだった。 「……暇です」 最上階フロアの客室の一つ、ゲーム不参加者に各自割り当てられた部屋の寝室に希望はいた。 ベッドに倒れこむように四肢をぐったりと垂らし、顔を枕に埋めている。時折足をバタつかせてみるが、退屈なので止める。彼女の腹や足に潰されたドレスは、少ししわくちゃになっていた。 遠華はゲーム、言葉と愉喜笑は『別件』で今はこの場にいない。 仲間はずれにされたようで、あまりいい気分ではない。 「でも、私じゃお役に立てませんよね」 それもその筈だ、と希望は一人勝手に納得する。自分は 「…………」 だからなのか、と思う。 最近遠華がこちらをまともに 「私は……嫌われているんでしょうか?」 と、そこで枕が濡れている事に気づいた。 シミが点々とあり、今はそこに水滴が落ちている。何処から、と思えばそれは自分の瞳からだった。 泣いている。 「ぅ……うっ」 一度認識すると、溢れるように涙が零れた。鼻の奥と喉が痛み、嗚咽を漏らす。顔を枕に押し付けなんとか収めようと奮闘する。 しかし止まらない。もう、いっその事泣いてしまうのはどうだろう。 「ぁう……うわぁぁぁぁん!」 曇った泣き声が室内に響く。 というか、自分はどうして泣いているのだろうか。何故、誰の所為で――? 「――おや? 女の子は笑っているのが一番ですよ」 背後からの声。 驚き振り返ると、隣部屋にあるソファーの縁から頭髪が覗いていた。それが起き上がり、こちらを振り向く。 「こんばんわ。女性の寝室に勝手に入るのは……と思いましたが、まさか泣いているなんて」 彼は身を硬直させているこちら歩み寄り、その白磁の右手を差し伸べた。恐る恐る視線を上に向け、 「だ、誰ですか……?」 酷く場違いな問いを放った。 少年はそこらの女性では勝負にならないような美麗な容貌を緩め、 「僕の名前は、 少年、溢流は過去をさらりと言ってのけた。こちらが驚き戸惑っていると、伸ばした手を更に伸ばし、こちらの頬に触れた。 「うん。やっぱり笑顔の方がいい」 目尻の雫を拭い、開いた左手でドレスのシワを伸ばす。再度微笑み、こちらを一気に抱きかかえた。 「きゃ――」 「すいません。アナタが私達に必要なんですよ」 軽々と抱きかかえられ、彼の吐息がこちらの顔にかかる程近くなる。すると、 「――――」 何かを呟かれ、意識が――。 かくりと首を傾けた少女は、いわゆるお姫様抱っこしている溢流に睡眠の魔術をかけられた事で意識を失ってしまった。 「……通常の十倍の魔術でやっと、ですか」 呟く。 この少女、希望はこちらが最初に魔術をかけた時、軽く瞼を閉じただけだった。それから何度か魔術を重ねがけし、ようやく本格的に寝てくれた。だが、通常ならば死亡する程の量だ。つまり睡眠薬をビンが空になるまで飲ませたぐらい。 魔術というものは、可能性に方向を示したものだ。なので つまり強力な魔術師は、非力な魔術では魔術障壁を展開しなくとも効かないという訳だ。 溢流は相当強力な魔術師である。その魔術を無効化する程のキャパシティを持つ希望がその魔力を それは彼女の誘拐を命令した溢流の主しか分からないが、 「あまり、いい気分ではないですね……」 ため息をつく。 相手が敵であり、戦闘となった場合ならば踏ん切りがつくが、どうもこういう仕事は苦手だ。 「しかし、そうは言ってもしかたがなかろう? それがし達は、主の為に働くのだからな」 「……そうですね、 溢流の背後、この部屋の入り口に大男が立っていた。 男は、その巨躯を和服で包んでいた。開けた上着の胸口から覗く胸には白い木綿が巻かれており、しかし隆起した筋肉の形がくっきりと浮き上がっている。袴に下駄と、あまりに時代錯誤の格好である。 この豪快な肉体と研ぎ澄まされた瞳は、屈強な武人のものだ。 そんな大男、方眼はその厳格な雰囲気を崩して言う。 「いやなに。この少女が抵抗せねば危害は加えない。何よりそういうのは君が嫌いだろう」 「……ええ。愛する相手と同じ年頃の少女に、そんな酷い事をするつもりはありませんよ」 「ふ。愛する相手……か」 この方眼という男は、堅物そうに見えて意外と柔和な所もある。よく笑みを作り、しかし敵とあらば冷酷に。 まさに尊敬に値する武人だ。 彼が漏らした笑みに、なにかおかしなことを言っただろうか、と溢流は首をかしげた。 「どうしました?」 「いやなに。その愛する相手は、今何処にいるのだろうか――とな」 「あ゛!!」 「……別命の為それがしは手伝えそうに無い。すまぬな」 そう言って男は逃げた。 ため息をつき、溢流はしぶしぶと希望を抱いたまま部屋を後にする。 「ソフィ、危険な目に遭ってなかったらいいんですけど……」 ただ、彼女の心配だけを胸に。 「……どこ、なの?」 少女、ソフィは白亜の回廊を彷徨っていた。 先ほどまで、溢流と方眼という二人が彼女の傍にいたのだが、いつの間にかいなくなってしまっていた。 「みちるくん……」 時たまある。こちらが しかし足は休めない。歩いていれば彼と出会えるかもしれないから、と。 「…………」 が、疲れた。 あまり身体が丈夫なほうではない自分は、溢流に支えてもらっていなければいけないのだ。最近では時たま倒れる事もあるらしく、その都度目覚めた時に初めて映るのは焦りに満ちた溢流の顔だ。 こちらとて、あまり心配をかけたくないのだが。 ソフィは白亜の壁に背中をつけ、その場にへたりと座り込んだ。可愛らしいドレスが少し着崩れているが、それを直す少年はいない。 両足を腕で抱え込むように身をかき集め、小さな両膝の上に頭を乗せる。 「……ふぁ……」 あくびが出た。 さっき眠ったばかりなのだが、どうも自分は眠気に弱い。平均睡眠時間は、十七時間程度だろうか。 その眠気にあがらう事をせず、ゆっくりと瞼を閉じてゆく。 また、眼を醒ませば少年の顔が――見られるだろう。そう信じて、ソフィは夢の中へと落ちていった。 豪華なシャンデリアの下、金色に照らされた場所がある。小ホール程度の大きさをもつこの部屋は『娯楽施設』である。つまりはカジノなのだが、そこに客はいなく、 「……あー」 円を組む十人の男と、それに囲まれた遠華だけだ。遠華はこのむさ苦しい状況に、頬をかく。 「ゲーム、するか?」 言った遠華のゲームとは、無論争奪戦の事である。 それに答えたのは、遠華の正面にいた男だ。右腕を振り上げ、ビリヤードのキューを突き刺すという攻撃で。 「っどおぁ!!」 耳横三センチを木製のキューが突き抜けた。 こちらは争奪戦があまりにも 「危ねぇって……」 回避した遠華に対し、突きを放った男は首をかしげていた。キューは確実に遠華の顔を狙ったのだが、と。しかしその程度で口封じを止める男達ではない、 再度、キューの突きが来る。突っ先が高速で横を過ぎ去り、しかし同時に左右から男の蹴りが来た。 キューを回避した遠華はキューごと男を引っ張り、左右からの攻撃を彼に遭わせる。渾身の蹴りだったらしく、中央の男は苦悶に顔を歪め、床に伏した。 「てめ、キタネぇぞ!!」 「馬鹿か。寄って集ってる分際で何言ってんだよ」 吼えた右の男、味方のわき腹から足を抜いた彼に右拳をぶち込む。か細い悲鳴を立て、ソファーに突っ込んでいく。そしてそのまま動かない。 その光景を目にして動けない左の男を、振りぬいた拳――というかその根元の腕――でなぎ倒す。振りぬきの回転を利用した攻撃は、遠華の身を百八十度回転させるに至った。残り、七名。 彼らは遠華に恐れをなしてか、少し距離を空ける。しかしこちらがその隙を見逃すはずが無い。 七名のうちの一人、遠華の右斜めの方向に立っていた男はバックステップで距離を取っていた。そのバックステップで彼の身が一瞬宙に浮き、その足が床につくより早く、 「おいおい、何飛び跳ねてんだよノロマ」 一瞬で距離を詰め、その胸に掌底をぶち込んだ。宙に浮いていた身がさらに浮き、白乳色の柱に激突した。 その柱を蹴り、向かいにいる男の下へと跳ぶ。彼は近くにあったシルバートレイで高速で来るこちらを迎撃しようとするが、 「残念、それはアイツだから当たるんだ。ムサい男に用は無い!」 シルバートレイごと、男を踏み砕いた。派手に転がり動かなくなる。 その遠華の背中に、随分な言い草だ、と仲間の男が声を上げた。そしてビリヤードの球が投げつけられるが、 「子供の喧嘩かよ?」 最初の男が持っていたキュー、今は床に転がっているそれを掴み、振り向きざまに突き出した。投げつけられたキューは飛来するビリヤードの球のことごとくをはじき飛ばし、しかし勢いは失わずに、球を投げてきた男に鳩尾にふかぶかと突き刺さった。残り、四名。 その内の一人が恐怖か駆られて逃げ出した。しかし遠華は見逃さない。売られた喧嘩だし、なにより彼らからグラスを奪っていない。 「っは!」 ポーカーやビリヤードの台を踏み、一気に跳んだ。強大な脚力を駆使し、逃げる背中に追いついた。真っ直ぐな線の様に跳び、着地した遠華は男の衣類を引っ張り、 「ぎゃぁぁああ!!」 「うっさい!」 ビリヤードの台に叩き込んでやった。木片と悲鳴が散り、行動不能となった男の懐に手を突っ込んだ。グラスは、無い。振り向き残った二人を睨みつける。 と、片方が懐に手を差し込み、 「これで……か、勘弁したくださぃ」 「最初からそうしろっての」 カツアゲじみた行動に、遠華は自嘲で笑う。遠華は男に近づき手を差し伸べる。 「――なんてなぁ!!」 現れたのは黒い鉄筒、拳銃だ。簡単に手に入るタイプのそれは、こちらに銃口を向け火を噴いた。 閃光と快音が三度続けられ、しかし、 「――――」 遠華の眼前で真っ二つに割れ、背後に流れていった。コートの内に隠すようにあった『天羽々斬』を抜刀し、その勢いのまま銃弾を切りつけたのだ。 強靭にして神速、流麗にして豪快な戦い方は、遠華が最も好むものだ。その戦いを目の当たりにし、男は手の内にある拳銃を床に落とし、もう一人の男はへたり込んで動かなくなってしまった。 「……で、グラスは?」 おずおずと拳銃を出した懐と同じ場所から透明な器を出す。そのグラスを受け取った遠華は、軽く二人に一瞥をくれてやったのみで、そのグラスを片手で砕いた。 そして深く息をつき、刀をコート内の鞘に収めた。 「さぁて、そこそこ楽しくなってきたかな」 金属の快音が鳴り、それを合図に遠華は扉に向かって動く。 夜は、長い。 その夜の下、微かな月光に照らされる空間がある。 全ての壁の殆どに窓が取り付けられ、全面から海を眺める事のできるその部屋は高い位置にあった。豪華客船の最上階だ。 航路などは、客船の中心に位置する中央管理室で行われている為、ここにある操作板は使用することが無い。 そんな部屋に、幾つかの影があった。 「皆さんお揃い……ではないみたいですね」 「あれぇ、方眼さんは〜?」 「どこいったんですか〜?」 「ああ、彼は早速仕事に取り掛かってますよ。……といっても、彼にとっては至福でしかないんでしょうけど」 くすりと笑い、現れたのは少女を抱く少年、溢流だ。彼はこの部屋のドアを音も無く開け、立っていた。そのまま溢流は少女、希望を部屋の隅に置かれたベッドに横たえる。 彼が来た際に話しかけた少女二人が、眠っている希望に近づく。 「これが〜」 「『アレ』なのぉ?」 「……キャステルさん、ポリュデさん。彼女は人質ではありますが、その前に客人です。手荒な真似はしないで下さいね」 やれやれ、と言った様子で溢流はかぶりを振る。 と、部屋の窓から外を眺めていた長身の影が動いた。尻尾のようなものが後頭部辺りから伸びているが、それは束ねた髪のようだ。 「おい小僧。俺の相手は、満足できる相手なんだろうな?」 明らかにイラついた声で長身が言う。それに溢流は笑顔を崩さぬまま、 「ええ。……それなりに楽しめるでしょう、クラウさん」 「だったらいいや、行ってくる」 そう言って長身は溢流の来た階段と同じ階段を一気に飛び降りた。それを見つめていると、更に奥から先ほどの彼と同じ位の長身が来た。足元まで伸びる服をなびかせ、顔の位置に手を這わせる。メガネを上げる仕草だ。 「しかし、本当に『イスカリオテ』が揃うとは……」 「『 「……ふむ。しかし私には好き勝手をしている気がしないでもないのだがね」 「それ、 「!」 と、長身の男の身が微かに震えた。しかし次の瞬間には、またメガネを上げる仕草をし、 「はははは、まったく君は恐ろしいな」 メガネの長身は衣類を翻す。 「―― 彼はそう言って奥へと消えた。 結局残されたのは溢流と双子の少女だけとなり、希望は安らかな寝息を立てて眠っている。 「さて、ソフィを探してこないと……」 希望を置いた溢流はすぐに迷子の少女を探さなければならない。怪我や何かに巻き込まれたりしたら大変だからだ。 と、全面に広がる黒い海と輝く月を一瞥し、 「待っててくださいね、先輩。このパーティーはとても楽しいものになりますからね」 音を立てて階段を下りていった。 こんにちはの方はこんにちは、こんばんわの方は(以下略 どうも、七桃りおです〜。 ついにバトル開始ですね。コンセプトは『同時進行・平行線』です。 第壱話よりちっとばっかし短いですが、この先長さはまちまちになると思います。ご勘弁を〜。 さて、次からも彼らが大暴れしてくれるでしょうと思いつつ、キャラ解説でも。 キャステル&ポリュデは電波な双子娘(ぇ キャステルの方がお姉さんで、 ポリュデこと妹ちゃんは元気で活発な短パン娘。生足が眩しそうですね(変態 勿論彼女達の名前にも元ネタがあります。 皆さんご存知の『双子座』です。双子座はギリシャ神話の『カストル』と『ポルックス』という双子が星座になったとされています。 まぁカストルとポルックスは男だったりするのですが、それは無視の方向でお願いします。 にしてもヒネリの無い名前ですよね(笑 ……イスカリオテて。某特務機関じゃあるまいしなどと思いつつ。 本編ではこういった敵キャラが姿を現しますが、一部はあまり目立たないかもしれませんね。 でもそんな彼らもこの先のストーリーで活躍を一つは用意してますから〜。 さて、私は第参話に突入させていただきたいと思います。 でわでわ、七桃りおでした〜。
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