邂逅輪廻



 夕暮れ時だ。

 隆志は、家族の待つ家へと、自転車を飛ばして帰るところだった。季節は、秋の始まり。午後六時ともなれば、辺りは真っ暗になる。

 道の両側は、土手になっている。草に匂いを吸い込みながら、隆志はペダルを思い切りよく踏み込んだ。水田が、碁盤のように広がり、その狭間には薄いベージュや、白に塗られた家が立ち並ぶ。

 隆志は、その中のひとつに自転車を滑り込ませた。淡いベージュの色をした、二階建ての、結構大きい家だ。正面から見て、右側には車庫があり、庭となっている部分には、小さな畑がある。畑には、ニンジンやオクラなどの野菜類が、薄明かりの中でぼんやりと見えた。

「ただいまー」

 隆志は、裏手の扉を開いて中に入った。

 途端、明るい光が、闇に慣れた眼を刺激する。隆志は、眼を薄めて、光に慣らした。

「お帰り。学校はどうだった?」

「まあまあ。特に変わったことはないね」

 兄、孝之の問いに、肩をすくめて答えた。

「そうか。そうだ、お前になにか、手紙が届いていたぞ」

「そう? わかった」

 隆志は、ポストへ手紙を取りに玄関へと小走りで行った。

「なにこれ、誰からだろう?」

 隆志が持ってきた手紙には、石動隆志様・石動孝之様へ≠ニ、几帳面な文字で書かれていた。

「これ、兄ちゃん宛てでもあるみたいだよ」

「ん? お前の名前が先に書いてあるなら、お前宛てだろ」

 孝之がこともなげに言った。

「そういう問題じゃないけど、まあいいや」

 まあいいのかと、内心孝之は突っ込みを入れたが、考えてみれば確かにどうでもいいことだった。

「僕が読み終わってからにする? それとも、声に出して読もうか?」

「声に出して読んでくれ」

 孝之は言った。

「うん、わかった」

 隆志はそう言うと、手紙を開き読み始めた。



  『拝啓、石動様――



   冬が近づいて参りました。

   此度は益々、ご健闘の事と存じます。

   さて、わたくしがこの度、お手紙を送らせていただいた理

由は、こちらの危機的状況を打開していただきたいがための

こと。これは、そちらの世界、即ち地球にも関連のある事柄

のため、後日参上仕ります。



                 敬具

                   ラーエイジ』



「だそうです、お兄様」

「お兄様言うな。短い手紙だな」

 孝之は言った。

「取り敢えず、捨てとけ。どうせイタズラだろ」

「うん、わかった」

 隆志は手紙を半分に破り、さらにもう半分に破ると、それをゴミ箱へ捨てた。

「ところで、今日の夕飯は?」

「カップラーメンとシチュー」

「・・・・・・昨日と同じじゃん」

「いや、違う」

「どこがだよ」

「昨日は、インスタントラーメンと味噌汁だ」

 隆志はため息をついた。

「死んで」

「黙れ」

 隆志は頭を振ると、背中を孝之に背中を向けた。

「どこ行く?」

「部屋」

 そう言うと、隆志は階段を上がり、自室へと入った。

「ふう・・・・・・」

 制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替える。

「疲れた」

 隆志は瞳を閉じた。



 隆志は闇にいた。

 漆黒の闇。腕を前に伸ばそうとするが、動かない。

「ぐ・・・・・・あが」

 言葉が出ない。声にならない。

 叫び声すらあげられない。

『あなたの意識を切り離したのです』

「が・・・・・・うぐ」

『思いなさい。感じなさい。言葉を思考として反映なさい。意思は伝達され、あなたの気持ちは通じます』

 隆志は理解できなかった。

『ここは・・・・・・どこだ』

 ふと、頭で考える。

『ここは、あなたの意識を切り離した場所、夢の中とでも言いましょうか』

 なんと、声≠ヘ答えた。

『どうして伝わったんだ?』

『伝えたでしょう。言葉を思考として反映なさい、と』

 声≠ヘ答えた。

『つまり・・・・・・テレパシーってこと?』

『似たようなものです』

 声は答えた。

『これから、ある映像を、レイスガロットの盛衰の話――つまりこちらの国の歴史を踏まえて話しつつ、あなたの頭に送ります

 レイスガロットは、元々はあなた達と同じヒューマンが、発達した存在として暮らしていました。一人が逸脱することなく、お互いを尊重しあい、助け合いながら、遊牧民として人々は生活していました』

 隆志の頭に、のどかな遊牧民達の映像が映された。

『この時代を、ラガット暦といいます。ラガットとは、こちらの言葉で遊牧の種族≠ニいった意味です。ラガット暦の人々は、いがみ合い、お互いを殺しあうことなく生活していました。

 しかし、あるときです。ラガット暦七十八年、ファルマー大戦が起こり、多くの人々が死にました』

 映像が、無惨な戦場のモノに変わった。死屍が累々(るいるい)とし、助けを求めて悶える人々の姿に、隆志は思わず眼を瞑(つむ)ろうとした。

『ここから、サイサム暦に入ります。サイサム暦には、多くの殺戮(さつりく)が起こり、戦乱の世を迎えました。神々は怒り、激怒し、天より燃え盛る石塊を落とそうと決心したのです。だが、それに待ったをかける人々がいました。

 この時代に、種族は分かたれ、妖精族、小人族、鬼族、人間族それぞれに独立していました。その独立をひとつのものとしたのが、ライサバールのヒューマンです。

 ライサバール、即ちこちらの世界の人々です。ライサバールの英雄が、レイスガロットに舞い降りて、四種族を諌(いさ)め、和解させたのです。四種族とライサバールのヒューマンは、力を結託し、神々へ自分達に機会を与えてくれと、訴えました。神々はそれを承諾し、四種族とヒューマンに全てを託しました。

 四種族とヒューマン――後の世に五方星と呼ばれる方々です。人間族は知恵を、鬼族は力を、妖精族は魔術を、小人族は技術を用い、ヒューマンがそれを形にしました。それがファスレムと呼ばれる、争いを収める五つの宝玉です。宝玉は、無闇な争いを収め、レイスガロットの国中に富を振りまき、苦しみを消し去り、平和を残しました。ファスレムは神の御許に置かれ、侵されることなく、平穏を見守るはずでした。

 しかし、小人族の一党が、神殿を侵し、ファスレムを奪い去ったのが十六年前。その小人族達は、すぐさま射掛けられ、処刑されましたが、ファスレムは世界に飛散し、争いが絶えなくなりました。ファスレムを復活させるには、鬼、小人、妖精、人間――そしてライサバールの勇者ヒューマンの直系の子孫でなくてはなりません』

『それで、僕が直系だと?』

『いいえ』

 素早く声が返答した。

『じゃ、なんで僕のところに来たんだよ?』

『それは、あなたがヒューマンの真の生まれ変わりだからです』

 声は言った。

『直系はもはや絶え、真の生まれ変わりである、あなたが頼りなのです』

『ちょっと待ってよ。俺が生まれ変わりだって証拠はどこにある?』

 隆志は慌てて言った。いや、伝えた。

『オーラです』

『オーラかよ!』

 隆志は突っ込んだ。

 全力で突っ込んだ。

『ヒューマンのオーラがあなたにはあるのです。あなたこそ、英雄≠フ名に相応しい』

『これまた適当な・・・・・・』

 隆志は凹んだ。

 全力で凹んだ。ひたすら凹みました。

『凹む理由がわかりません』

『わかれこの阿呆・・・・・・』

 隆志は力なく突っ込んだ。

 ひたすら力なく突っ込みを入れた。

『今からあなたは突っ込み要員です』

 隆志に突っ込む気力はもはやないのでした。

『つまり、そういうことで』

『どういうわけだ』

『これから、あなたに再び映像を見せます』

 先程からボケをかましまくってた声≠ェ言った。

 同時に、隆志は再びイメージを見ることになった。

 空からの風景。布陣は三つ。

『今、この人達は戦をしています』

『ま、そう考えるのが普通ですね。って、今の御時世に堂々と戦すんなよ!』

『レイスガロットでは当たり前のことです』

 声≠フ調子は至極冷静である。

『まずは、あなた達の力で、この戦を止めなさい』

『えっと、どこから突っ込めばいいのかな?』

 隆志は逆に、至極動揺である。

『どうぞ。突っ込みたいだけ突っ込んでください』

『んじゃあ、遠慮なく行く。まず一つめ! 戦をしている理由と戦をすることによって得られる利益ってのはなんなんだ? 二つめ! レイスガロットってのが本当に存在すんのか? 三つめ! 俺が戦を止めることによって得られる利益はなんだ、報酬は出るのか? 四つめ! どうしてこっちの世界から救援する人が必要なんだ? 五つめ! そもそも、どうしてあんたがその混沌やらなんやら、ファスレムを守るために動かないんだ? 六つめ! これが一番重要だけど、なんでよりによって俺が行かなきゃいけないんだ? あと、最後に一つ! あなた達の達≠チて誰だ? っと、すっきりしたー』

 割とどうでもよいみたいである。

『人が無駄に死にません。はい。ないです。統括してくれる人が必要で、レイスガロットにはそんな人材などいないのです。面倒くさいからです。直系だからです。あなたのお兄さん、孝之さんのことです。彼って素敵ですよねー、私、惚れました』

『ひとまず言っとく。俺はやらんぞ』

『あ、強制ですので、大丈夫です。あなたのお兄さんにも今晩、夢の中でお伝えしておきますので。あと、明日の夜明けにはあっちにいますよ』

 さりげなく問題発言。ああ、これは夢だ、絶対に夢だ、夢に違いない、明日はきっと、いつもと同じように流れゆくんだ。そうに違いない、絶対そうだ、そうだ、そうだ。

『明日になればわかりますよ。それでは起きてください、夕食の時間ですよ』



「おーい、隆志。飯だぞさっさときやがれこの阿呆な弟よー」

 孝之の声が、階下から聞こえてきた。少々、失礼な言葉もあったが、それは無視して隆志は起き上がった。

「はーい、わかった。すぐ行くから俺の分は取るなよ廃人マイオールドブラザー」

 隆志は、今晩の夕食のために階下へ降りていった。



 翌日、隆志の通っていた『明和私立涼明高等学校』から、隆志の姿は消えていた。

 それに気づくものは一人としていなかった。




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