邂逅輪廻



 グリディア軍は、オーガの野営地、ヒィルガンの砦へと進軍を開始した。

 先頭を行く、槍を持った雑兵たち、二列目を、立派な騎馬軍が進行する。後列には、弓兵部隊が続く。しんがりを、食料・医療班が、慣れない山道に苦労して上ってくる。

 ウェプロス山脈は険しい。雑兵、騎馬隊、弓兵部隊、そして食料・医療班は、山頂に辿り着く頃には、体力を消耗していた。

 しかし、食料班には休憩がない。戦闘中でさえ、食料班は補給部隊との兼用状態にある。常に疲れ、疲弊する。

 グリディアの軍隊は、山頂で休憩をし、一夜を明かす計画のようだ。頭目のグリディア国王、ファイバサール・モンテグロ・グリディアは、休憩の指示を出した。

 兵士たちは、倒れるように一斉に座った。水筒の水を飲み、馬たちに餌を与え、火を使わない夕食を食べ、翌日の襲撃に備えて、みんなは早く寝た。

 しかし、ファイバサールと、その家臣のデイビス・フオラガーテスは違った。オーガ達の野営地は、山の南の麓だ。今も火が見え、遠見の筒――つまり望遠鏡を使えば、見張りが見える。こちらには気付いておらず、居眠りをしているものも時々見える。

 ――しかし、二人は別の気配も感じていた。

 開けた山頂の端からは、葉が茂っている。その向こう側に、複数の気配を僅かだが感じたのだ。無論、二人以外の人間は、気配を感じることはなく、眠りについたのだが・・・・・・。

 二人は背中合わせになり、剣を構えた。

 ファイバサールが言った。

「誰だ! 隠れていないで、出てこいっ!」

 返事はない。風が草木を揺るがす音さえも、皆無だ。

「私達は、君達に敵意を持っていない、出てきてくれ」

 返事はない。デイビスが剣を鞘に納め、背中に背負っていた長弓を手に取り、矢をつがえたそのときだ。ガサガサと音がして、四方から細身の、美しい人物達が現れた。

 総勢は二十人と満たないだろう。そのうち、一人以外は弓を構え、二人を狙っていた。

 デイビスは、矢をつがえ、構えるまでの途中の動作で静止したまま、動かない。

「君たちが無闇に攻撃してこなかったのは賢明だ。あと、武器を納めてくれると嬉しい、こちらとしては話をしたいだけなのでね」

一人の、黒髪の美しい、痩身の男性が言った。例の、弓を持たない『唯一』の人物だ。

「賢明? そなた達は、私達を馬鹿にしてるのか?」

「馬鹿になどしていないさ。ありのままの事実を言っただけ、もしそちらが攻撃する兆しを見せた場合、君達の命もなかっただろうね」

 男はサラリと言い切った。

「それで、お二人さん。武器を納めてくれないかな?」

 ファイバサールは、デイビスに目配せをした。そして、己も、細身の太刀を鞘に納めると、両手を挙げた。

 デイビスは渋ったが、ファイバサールのその動きを見て、己も武器を納めた。

「よし、それでいい。さて、話というのは、オーガ達との戦争をやめてほしい」

 男は一息で言い切った。

「なぜだ?」

「僕達エルフの領域を荒らさないでほしい。今すぐ退避できるかな?」

 男――エルフは、ファイバサールに短く返答した。

「駄目だ。ここでオーガ達を打ち負かさなければ、グリディア王国で大きな争いが起こる、それだけは住民達の安全の為にも、防がなければならない」

「負けたら元も子もないんじゃない?」

 エルフは言った。

「負けるワケがない。オーガ達は能無しだ。必ず勝つ」

「君の意見は訊いてないよ、国王の家臣。黙っていてもらえないかな?」

「なにをっ!」

 デイビスは剣に手を掛けた。抜刀寸前、ファイバサールが手を挙げてデイビスを制する。

「デイビス、お前には黙っていてほしい」

「だけど国王――」

 ファイバサールは目配せをして、デイビスを黙らせた。デイビスは剣から手を離し、後ろへと下がった。

「ありがとう、国王の家臣。さて、ファイバサールといいましたよね? 僕は山エルフの長、シェリアンス・ラーガジンクス。エルフの言葉で『大いなる平安』という意味で、その名の示す通り、エルフの民の平安を護らなければなりません」

「そうですか、シェリアンス――」

「――シェリアと呼んでください。これもまた、エルフの言葉で『太陽』を示すものです。しかし、僕はそんな話ではなく、この山でのオーガとの戦争をやめてほしいんですよ」

「残念だが、シェリア殿。長として民を護らなければならない任務も分かるが、こちらとしても国王であり、民の平安を護らなければならない。そちらには迷惑を掛けるつもりもない。その提案には応じられないな」

 ファイバサールは答えた。

「ファイバサール殿、こちらとしても困るのです。子供達が怯え、あなた達を怖がっています。これ以上迷惑をかけるなら、実力行使でもこの山から出て行ってもらいますよ」

 シェリアが脅すように、目を細めて言った。

「明日、オーガとの戦争をやめないのなら、僕達は兵を率いて、オーガと人間を殲滅します。僕達は優しい種族だ。だが、民の為ならば、オーガと人間、その両方を殲滅してまでも、僕はエルフの一族を護りぬく。覚えておくのだ、愚かな人間よ」

 言い残すと、シェリアは身を翻し、木立の中へと消えていった。

「ああ、いいだろうともさ! それなら、こちらもエルフとオーガを殲滅し、グリディアの民を護りぬいてやる!」

 群青色の夜空に、デイビスの声が響き渡った。



 篝火のはぜる音が妙に大きく聞こえる。

 オーガの野営地は、ウェプロス山頂から丸見えの位置にある。普通ならば、隠れた位置に野営するものを、オーガ達は好んで開けた場所に野営した。彼らは元々、集団生活をしない種族であるが、グリディアと敵対しているオーガ達は違った。集団で生活を共にし、協力しあって生きているのだった。また、グリディア王国や、その他の国のように、長たる存在があり、統治している集団だったのだ。

 オーガ達の奇行は他にもある。ある行商人が、彼らの野営地に偶然にも辿り着いてしまったとき、オーガ達は命を奪わず、行商に不可欠な商品のみを奪ったと聞く。無闇に人間に手を出さないのは、人食い鬼であるオーガ達とは明らかに違うのだ。

 とはいっても、被害が相当出ているのも確かである。最近では、数人のオーガが、王国付近で見つかってもいるし、複数の巡回中の衛兵といさかいを起こし、そのうち三人が死んでしまった。

 オーガにも、二人の死者が出た。オーガとしては見過ごせない、仲間が殺され、復讐にオーガ達は燃えていた。

「グロック、山頂に『人間』が野営を始めた模様です」

 この野営地からは敵がよく見える。グロックと呼ばれた長たる存在は、片頬だけで笑みを浮かべた。

「襲撃してくるとしたら、明日だな」

 低く、威圧感のある声色でグロックは言った。

「ええ、そう思われます。今から準備を進めますか?」

 グロックは考え込む素振りを見せた。

「いや・・・・・・明日まで待とう。こちらから行く必要はない」

「すると・・・・・・」

 グロックは、今度は両頬で笑みを浮かべる。

「人間どもは、俺達が馬鹿だと思っているだろう。ならば知恵で打ち勝つのみ。わざわざこちらから行って、体力を消耗する必要もない。それよりも、人間はどちらからやってくる?」

「おそらく、迂回して右から攻めて来るでしょう。それに、そこからなら、防壁となるべき障害物が多いので、そこから攻められたらひとたまりもありません」

 グロックに頭を下げているオーガが、ふと思いついたように口に出した。

「罠をしかければどうでしょう?」

「もちろん、そのつもりだ。火を放てば、正面から来るしかあるまい。そうすればこちらとしても好都合、負けることはない」

「しかし、逃げ場が――」

「ベアロー、火を放つのだ。火刑部隊隊長として任命する、夜明けに右の森――すなわち東の森へと火を放つのだ。夜明けにな」

 グロックは低く笑った。

「退がれ、ベアロー。少し疲れた、寝させてもらおう」

 ベアローは低くお辞儀すると、テントの外に消えた。




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