私は、いつからここに居たんだろう。良くは憶えていない。ほんの数十日程度の気もするし、何年も経っている気もする。でも、そんなことは大した問題じゃない。大事なのは、何で私がここに居るか。だけど、それが一番難しい問い掛けであったりもする。 何でってそれは――。 「見つけたぞ、悪霊め! 今日こそ成敗してくれるわ!!」 夜の廃校舎の中、ややドスの利いた声が響き渡った。修験者なのか、袈裟をかけた法衣を身に付け、右手には金剛杖を握り締めている。 正直なところ、こんな小太りの男は趣味じゃない。肌を切り裂いても、血は脂肪に塗れて綺麗に噴き出さないし、死に際も見苦しい。だから、あまり興味が無い。 「ジャック・ザ・リッパー」 右手の中心部に力を集め、局所的にその場の空気を霧散させた。あとは、その手を突き出し、狙いたい部位をイメージする。それだけで、空気の揺らぎは鎌鼬となって敵を攻撃してくれる。 「ぐふぉ」 真空の刃は彼の頬を切り裂き、鮮血と脂を垂れさせる。やっぱり、あまり好きな光景じゃない。でも、圧縮した空気で射抜くよりは、内側から爆ぜるこちらの方がいくらかましだ。だから私は、好んでこの技を使う。 「お、おのれ。良くも――」 「あなたじゃ私には勝てない。だから帰って」 面倒事は嫌いだった。この人は弱い。自分でどれだけのものだと思っているかは知らないけど、何の訓練も積まないまま、これ以上の霊力を持っている人はいくらでも居る。考えようによっては、私もその一人なのかも知れないけど。 「うぬぬ。このままで帰れるものか。わが師の名に掛けて貴様をここで葬らなければ――」 「イノセント・ブリット」 さっきとは反対に、手の中に何十倍もの空気を凝縮させ、数発撃ち放った。重さはほとんど無いけど、亜音速まで加速したその塊は、当たり所によっては、意識を断ち切らせる力を充分に持っている。圧縮率を増やして、空気の壁を突き破るだけの加速度を与えればもっと強くも出来るけど、時間が掛かるし、相当うるさい。この人を黙らせるにはこれでも余分なくらいだ。 「ぶぉか!?」 着弾と同時に、奇声を放ってその場に崩れ落ちる。養豚の断末魔にも似たその姿は見てて楽しいものじゃないから、意識しないうちに視線を逸らしてしまう。 これで、少なくても朝までは良い夢を見てると思う。日が出る頃に消えることにしているから、しばらく会わなくて済む。明るい内に出てはいけない決まりがあるわけじゃないけど、私は幽霊の類らしいから不適だと思う。慣習に従うのは、癪と言えば癪だけど、何の意味も無くそれに逆らう程エネルギーに満ち溢れているわけでもない。何にしても睡眠は必要だから、明るい内は眠ることにしている。自分が霊体であることを知った時、もしかすると必要無いのかとも思ったのだけど、連続十六時間で断念した。 食欲や性欲なら抑えることが出来るけど、睡眠欲だけは無理だった。もしかすると三大欲求は誤りなのではないかとも思ったけど、そもそも人ではない私にそれを当て嵌めるのも意味が無いだろう。 そんな取り止めの無いことを考えつつ、私はその日の眠りに就いた。 何で私が霊体になったのか。実は憶えていなかったりする。 一般論で言えば、この世に未練があったり、やり遺したことがある人がなるものらしい。らしいのだけれど、心当たりが無かった。全く何も無い、或いは忘れてしまう程度のことで留まってしまうのだから、この世界、意外と曖昧なものなのかも知れない。 尤も、思い出したくない程の理由というのも考えられるけど、だったら忘れたままでも良い。思い出すまでは留まっていられる可能性が高いし、そこまでの刺激を求める程、飢えている訳でもない。この世界が本格的に嫌になるまで、封印していても良いだろう。本当にそんなものがあるかどうかは知らないけど。 とはいえ、退屈であることは否めなかった。夜になると共に肉体を擬似的に実体化させ、廃校舎を歩き回るだけの日々。会う人間と言えば、自称退魔師の勘違いさんか、肝試しや逢引きで現れる中高生程度。今にして思うと、その学生達が私を噂にして、勘違い人間を呼び寄せたんだろうけど、まさしく覆水盆に返らず。今更どうしようもないし、それはそれで放っておくことにした。運が良ければ、面白い人を引き寄せるかも知れない。見た目、十二、三歳の私が、夜の街を徘徊するよりは、よっぽど建設的だろう。 つくづく、私みたいな真面目な幽霊には住みにくい世の中だと実感させられる。戸籍やコネがあるわけじゃないから学校には通えない。アルバイトは見た目で撥ねられる。いかがわしいものなら出来るかもしれないけど、する気はないし。だから私は一晩中、ここで歩き回ることに終始する。例えるなら、釣りをしているのに似てるかも知れない。太公望は大好きだったらしいけど、私には無理だと思う。たまに飽き飽きして暴れたくなるのだ。衝動的に学生連中を切り刻みたくもなったりもする。大事になると面倒なので、今のところは我慢しているけど。本当、自分のことながら、あの程度の怪我で済ませたのは、良く抑えたものだと思う。唯、あの日を境に退治屋が増えた気もするのだけれど、良い暇潰しが出来たということにしておいた。 「――?」 不意に、何かを感じた。静寂をほんの僅かだけ乱す、小さな揺らぎ。私が空気を操ることが出来なければ、気付かなかったかも知れない程のもの。誰かが校舎内に侵入してきたのかも知れない。野良猫の類の可能性もあるけど、それはそれで何の問題も無い。私は、揺らぎの源流へと足を向けた。 歩みを進める内、その先には人が居ると確信した。足音は殺してるけど、流れの度合いでどれくらいのものが動いているかは分かる。身体で言えば、私より二回りほど大きいと思う。そして多分、男の人。体格だけでそれを計ることは出来ないはずだけど、何となく分かったりする。独特の匂いがあると言っても良い。まあ、この能力が役に立つことはあまり無いんだけど。自称の方々の性別は適度に入り混じっていたし、学生は言うに及ばずだったし。事前に分かったからといって、対策を立てる性格じゃないから。 「うーわ、バレバレかよ。折角、慣れない隠密モードで頑張ったってのに」 三叉路を右に曲がった先にその人は居た。予想通り、平均的な体付きの男性だった。違っていたのは、思っていたのよりずっと若かったこと。いや、幼いと言っても良いかも知れない。歳で言うのであれば、十四、五だろう。 だけど、その物腰は年齢に見合わないものだった。まず、深夜に灯りも無い廃屋に居るにも関わらず落ち着き払っていた。大抵の場合、大声を出すか、何かに縋って誤魔化すのに、この人は自宅にでも居る感覚なのか気だるそうに立ち尽くしていた。そして、慣れないなんて言葉を使っていたけど、あの足音の殺し方は一朝一夕の訓練で身に付くものではない。空気の流れ以外で気付くことは、私には無理だ。 「ま、バレちまったもんは仕方無い。俺は清水雅人。あんたは?」 「――芽依」 何とはなく、素直に応えてしまった。 「芽依、か。姓は、って聞くだけ野暮か」 「分かってるなら、始めから聞かないで」 精神生命体の私達にとって、家名は意味を持たない。個体を識別するためのものさえあれば良い。だから、必ずしも生前と同じものでなければならないという訳でもない。私は考えるのが面倒だったから変えなかったけど。 「何の用?」 話が横道に逸れる前に、一番の関心点を口にした。 「ん〜。まあ、話すと長いんだが――」 「だったら話さなくても良い」 言って、右手の大気を拡散させた。真空系の技を多用するのは、好みの問題もあるけど、連射が効くのも大きな理由だ。世の中には、霊を一瞬にして無に還してしまう護符や、妖刀の類があるらしい。逃げるという選択肢を消さない為にも、距離を取り続けるのは大事なことだ。 「だ〜!! ちょっと待て! 分かった、簡潔に話す。少し落ち着け」 「物凄く落ち着いてる」 心配されるまでも無く、冷静だ。取り乱してるのはそっちだ。 「えっとだな。お前、この前、ここに入った学生二人に大怪我させただろ」 「あれで死ななかったんだから運が良いと思う」 「いや、開き直られても……でな。本格的に除霊しようって動きが出てきた訳だ。何しろ仮にも公用地のこの校舎。最近の地価下落に加え、そんな騒ぎが起きてはまともな値では買い手が付かない」 「だったら血税を湯水の如く注ぎ込んで、捨て値で売りさばけばいい」 「いや……まあ昨今の官僚批判が相次ぐ中、それも難しいらしい」 「どっちにしたって、私は国民じゃないから関係ない」 「身も蓋も無いな」 「それであなたはその業者に雇われたの?」 話の流れからすると、それが一番自然だ。 「うんにゃ。その類のは、今までに何人か会ってるだろうけど、俺は違う」 「……?」 話が見えて来ない。だったら、何の為に今の話をしたっていうの。 「どれかと言うと、君を救いに来た」 「――余計なお世話」 二秒程思考して、言わんとすることを理解した。たまに居るのだ、この手のお節介が。ちょっと霊力が高いからって、自分を特別な人間と勘違いして、霊体を見下すのだ。 そういう人間に限って霊体になりやすいのは、世の中上手く出来てると言うべきなのかも知れないけど、 「そう言っても、ここに居たって良いこと無いだろ? 毎夜の如く現れる退魔師に、興味本位の学生が多数。都市伝説になりたいって願望があるなら、良いかも知れんが」 「でも、だからあなたに着いていくっていうのも飛躍しすぎ」 この場所に思い入れがある訳じゃない。ここに現れたってことは、何らかの関わりがあった可能性は高いけど、その類の記憶は無い。離れること自体に何の躊躇いも無いけど、赤の他人に強制されるのは何となく嫌だった。気に食わないと表現を変えても良いかも知れない。もっと端的に言うなら、ムカつくのだ。 「ふう。まあ、そんな素直に説得されるとは思ってなかったが、言葉だけじゃ脈が無さそうだな」 「大体、私を連れ出してあなたに何の得があるの?」 そういうのは自己満足だと、言外に籠めておく。捨て猫を拾うのと、行為としては何ら変わりない。所詮、私は人では無いのだから。 「こっからがちと長くなるんだが……君を始めて見たのは、一月くらい前。悪友に無理矢理、肝試しの人数合わせに付き合わされた時だった」 「人数合わせ?」 「男女の、な。まあ、底の知れたどうしようもない集まりだってのは分かってたから、早々に帰るつもりだったんだが、この廃校に普通じゃない空気を感じた」 「それが私?」 「ああ。一応、あいつらに進言はしたんだけどな。そんなのを聞く連中じゃなかった。結果、君にズタボロにされた訳だ」 「私、騒々しいの嫌い」 「別に恨み言を言う気は無いよ。高速道路を歩いて事故っても、被害者に同情は出来ないだろ。今回のも似たようなもんだ」 あの人達は、私の縄張りを文字通り土足で踏みにじったのだ。静かに歩き回るだけならともかく、品の無い会話に意味のない大声。他人の部屋でそんなことをすれば、何をされても文句は言えない。 「んで。そん時は病院やら何やらでゆっくり話すことも出来なかった上、ちょっとドタバタしててな。ようやく御対面って訳だ」 「それで、結局目的を聞いてない」 話は長かったけど、肝心な所は喋っていない。もしかするとこの人、要約するのが苦手なのかもと思った。 「分からないか?」 「分かる訳無い」 心理学者でもカウンセラーでもない私に、読心術を求められても困る。 「君が尖塔に閉じ込められた姫君に見えた。だから白馬に乗った王子様が助けに来た」 「同情は嫌い」 一蹴してみた。 「ぬ。だったら生き別れの妹にそっくりだったってのは――」 「そんな人、居るの?」 「ごめんなさい。俺、一人っ子です」 おそらく、あまりボケ慣れてないのだろう。ボケるなら最後までボケきった方が良い。 「分かった、本当のことを言おう。君を一目見た時から恋に落ちて――」 「幼女趣味」 「……」 言葉が心に突き刺さったのか、その場にしゃがみ込んで暗い雰囲気を作り出した。と言っても、月明かりしか射し込まない場所なので、大差は無いのだけれど。 「落ち込むくらいなら言わなければ良い」 「――とまあ、こういう訳だ」 「はい?」 思わず、声が上擦ってしまった。いきなり一方的に結論付けられても困る。 「一人って寂しいだろ? バカ言い合える奴が側に居るって、結構貴重なことだと思うんだが」 「だから、同情は嫌い」 「同情って言うか……」 言葉を選んでいるのか、二、三拍、間を取ってから先を続けた。 「面白そうな奴とつるんでみたい。そういうのは理解できないか?」 「私のこと本当に分かってる?」 事実、この場所で起きたほとんど全ての怪異現象は私が原因だ。番犬代わりにしたって、狼を繋いでおく人は居ない。 「じゃあこうしよう。今からちょっとやり合って、君が一回でも驚かされたら一月だけ付き合ってくれ。その後の契約更新は君の判断に任せる」 「――分かった」 どちらにしても、話し合いで決着は付かないだろう。だったら力ずくっていうのも、分かりやすくて良い。 「ジャック・ザ・リッパー」 鎌鼬の刃を、彼に向けて撃ち放つ。 単発であるそれを、難なく右に飛んで躱したけど、今の攻撃は単なる囮。そちらに避けやすい様にした上で、本体である真空の奔流を叩き込む。初歩的な戦術だけど、割合効果的だ。特に、今回みたいにお互いの手口を知らない場合は尚のことだ。 唯、人一人を包み込むほどの規模となると、それなりにムラが出来てしまう。だけど相当の訓練を詰んでいようと、人間に真空への耐性は無い。一分程度なら生命活動の維持はできるけど、戦闘能力はほぼ奪える。 「ひょー」 奇声と共に、流れの中に身を投じる。この場合、先ず被害を受けるのは呼吸器系。口内、食堂を通じ、体内から情け容赦無く酸素を奪ってゆく。次いで、鼓膜、眼球といった外圧の変化に敏感な箇所も損傷する。 殺すつもりは無いからものの数秒で済ますけど、これで戦意は相当に奪えたはずだ、 「――成程ねえ、空気を操るとは、怖いこって」 「!!」 何事も無かったかの様に、その場に立ち尽くしていた。いや、実際には数箇所の裂傷を確認できるが、そのどれもが重要な血管からは外れている。 考えられるのは、歯と舌で空気の流出を防ぎ、また耳抜きを二回して圧力の急激な上げ下げに対応すること。言うのは簡単だが、空気ムラを見切り、主要な大動脈を保護しつつとなると、並大抵では無い。 「いや、驚いた驚いた。そりゃ人間、どんなに科学が進もうと、酸素が無きゃ生きてけねえわな」 途端、彼は地を蹴り、間合いを詰めてきた。 「ジャック・ザ・リッパー」 巨大な真空を練るだけの時間は無かったため、幾閃かの刃で防護壁とする。例え霊的な装具が無いにしても、肉体的には外見相応の私に接近戦は不利だからだ。 「情け容赦ないねえ」 軽口を叩きつつも、先程と同じく急所を守りながら突進してくる。恐らく、全てを避けようと思えば不可能では無いはずだ。それをしないのは、最短距離を突っ切る為。ものの数秒もしない内に、私の懐に入り込んでしまう。 「――!」 本能が、危険領域だと感じた。足に力を籠め、間合いを取ろうとするが、彼の手が出る方が早かった。眼前に突き出され、全身が総毛立つのを実感した。 パンッ――。破裂音がした。 どうやら、両の手を互いに叩き合わせたらしい。意味が分からず呆気に取られていると、今度は顔を寄せてくる。 チュ。耳慣れない音がした。 分かり易く現状を説明すると、彼の顔は私の左頬の側にあって、唇が一瞬、触れた訳で――要約すると、ほっぺたにキスをしたということになる。 冷静に分析するようなことじゃないかも知れないけど。 「……何の真似?」 「いや、驚くかなぁって思って」 「普通、驚く」 動揺しない人が居たら、その時点で社会不適合者だと思う。 「ってことは俺の勝ちだな」 「言ってること無茶苦茶」 理屈になっていない理屈でのこじ付け。返答に窮してしまう。 「何だよー。約束くらい守れよー」 子供っぽい口調で同情を惹く気なのかも知れないが、残念なことに可愛くない。 「ふざけるのは――」 不意に、空気が揺れた。誰かが、こんなにも近付いている。戦いに集中していて全く気付かなかった。 ビュン。何かが、肩先を掠めた。続いて、その部分に焼け焦げるような痛みが走る。何が起こったのか分からなかった。 「おや、外してしまいましたか」 三叉路近くの階段に、その男はいた。やや細めの整った顔立ち。背も高く、スマートと言う言葉が良く似合う。年齢で言えば二十歳過ぎ程か。右手には拳銃のようなものが握られているが、音なんてしなかったし、消音器らしきものが取り付いている訳でもない。 「明日も仕事が詰まっているので早く帰りたいんですけどね」 続け様に、引き金に手を掛ける。またしても、音はしなかった。訳も分からずその場に蹲る私に、再び何かが襲い掛かった。 バシャ。何かが小さく弾けた。 見てみると、彼が手を広げて受け止めたらしい。じっと、着弾した手の平を見つめている。 「なんだ、こりゃ。只の水、か?」 ――水? 「ええ、その通り。これは内圧を高めて発射する、良くある型の水鉄砲です。但し、中身は高位の司祭が清めた聖水ですけどね」 「成程。それなら音はほとんどしないし、誤射で一般人を傷付ける心配も無い。考えたもんだな。」 「分かりましたら、今度は邪魔しないで頂きたいですね」 言って、再び銃口をこちらに向けた。 甘く見ないで欲しい。タネさえ分かれば、空気弾で撃墜できる。 「ん〜。ちょっと待ってくれないか」 まるでこちらのやる気を削ぐかの様に、二人の間に割って入る。これでは互いに狙いをつけづらい。 「こいつ、俺が引き取ることが決定してるからさ。別にそれで問題ないだろ?」 「生憎、私が受けた依頼はあの亡霊の強制削除でね。ちゃんとその証拠を持っていかないと報酬にならんのです」 「そっか〜。大人の世界は世知辛いなー」 納得でもしているのか、うんうんと頷いていた。 「なら仕方ない」 「お退き頂けますか」 「お前をやっつける」 言って、彼は両目を瞑ると、小さく息を吸い込んだ。何かを高めているのか、動きはとてもゆっくりしたものだったが、唐突に両の眼を見開いた。 「トミー!!」 乱暴なまでに強烈な空気の乱れと共に、精霊が出現した。 それは浅黒い肌に、隆々とした上半身をした男性だった。半裸が趣味なのかは置いておいて、名前と容貌から察するに、外国の血が混じっているのかも知れない。 精霊は望めば自在に外見を変えられるから、好みでこうなった可能性はあるけど。 「Hahaha。あいつをやっつければ良いのかい?」 「ああ。まあ、そんなに怪我はさせるなよ。所詮は使いっ走りだ」 「OK、Boss」 精霊の男、トミーは退治屋の男に突進して行った。無策にも程がある。あれではあの水鉄砲で返り討ちにあうだけだ。 「何をお考えか知りませんが、あなたもしがない悪霊に過ぎません。私の敵ではありませんよ」 そう呟くと、二発、三発撃ち込んだ。良い大人が水鉄砲で遊んでいる様は傍から見れば滑稽だが、致命傷と言ってもいい当たり方だ。 「あ、そうそう。言い忘れてたんだが――」 「Uh――水遊びをするにはまだ少し肌寒いぜ」 何事も無かったかのように、トミーは男の前に立ち尽くしていた。そしてそのまま男の両肩を掴み、持ち上げてしまう。 「バ、バカな――」 分かり易い狼狽をしながら、鳴くかの様にか細い声を上げた。 「トミーは西洋系の破魔は全く受け付けないんだよな〜。外見がアメリカンだから耐性が出来てるのかも知れん」 「そ、そんな不条理な説明で納得出来るか――」 「Hoo。少し、うるさいぜ」 トミーの頭突きが入り、静寂が戻ってきた。少し強烈な麻酔だったけど、変な時間に起きられるより、よっぽど良いだろう。 「はぁ。まあ、野暮な横槍が入ったが、さっきの続きだ。一緒に来なよ、芽依。喧騒だけは保障するぜ」 「……」 借りが出来たとは思っていなかった。あの場面で負けることはなかっただろうし、それはずっと変わらないだろう。その上、私は騒がしいのがそんなに好きではない。だからここに長いこと居座っているのだ。どうもそれを分かっていないらしい。 だけど――。 「――」 私の口を突いて出たのはとても――本当にとても陳腐なものだった。 「だ〜か〜ら〜。何か霊っぽいものが憑いてるって占いに出たんだってば。風花辺りに頼んで除霊してもらったら? ところで芽依ちゃん。今日も雅人にくっついてるんだ。仲、良いよね〜」 初めて雅人達に会ってから、二年位が過ぎていた。あの時の予言通り、私達の周りは騒々しさが絶えない。 「あのな、亜沙。だから芽依が俺に付き従ってる精霊なんだってば。お前も超常的な能力者なら、いい加減理解してくれ」 「ふふふ〜。その冗談も聞き飽きたわよ。こんなにも可愛くて愛くるしい芽依ちゃんが幽霊なんて有り得る訳無いでしょ。 むしろ雅人、あんたがそうなんじゃないかって勘繰ってる位なんだから」 「何でそうなる!? ああもう。芽依からも何か言ってやってくれ」 従う義務は無いけど、自分に関わる誤解は解いておくべきだと思ったので、事実だけ口にすることにした。 「私、霊体だけど――」 「もう芽依ちゃん。雅人の味方したいのは分かるけど、これを甘やかしちゃダメよ。この手の人間は庇護とかあるとそれに甘えて堕落の一途を辿るんだから」 「……」 固定観念に支配された人間に何を言っても無駄だ。私は説得をあっさり諦め、雅人の後ろに隠れることにした。 目の前では、仲が良いのか悪いのか、平行線の議論が延々と続いていた。 特に何かが変わったとは思わない。住む場所が雅人の部屋になって、歩き回るのが昼の高校になって、話し相手がそれなりに出来たけど、私は何も変わっていないと思った。 私は、誰にも従属しないし、誰にも媚びない。それはきっと、私がこの世界から滅する時まで変わらない。 だから、雅人の使い魔になった今も、命令に服従はしない。自分の意思で判断して、協力するかを決める。そんな関係が性に合っているのか、雅人の方もそう無理なことは言わない。 それと結局、何で私がこの世界に留まっているのか、未だに良く分からない。でも大して気にならなかった。姦しい日常は足早に流れていって、ゆっくり考える暇が無かっただけの気もするけど。 だけど、そんなのも悪くはない。そう思えるようになったのは、ごく最近のことだった。 了 |