皆さん、お早う御座います、如月祐哉です。いきなりですが、私はとてもピンチです。分かり易く言うと、カルボナーラがペペロンチーノに変わるくらいヤバいです。むしろ分かり難いですか。でしたら、ポリエチレンテレフタラートがポリクロロエチレンに変質するくらいでも良いです。分かりませんか。分かりました。 何がどう苦境であるかを説明させて頂きます。とある神社の大木に括り付けられ、全身の自由が利かない状態です。いえ、趣味ではありません。と言いますか、趣味だったら、むしろ嬉しいです。こんなに取り乱したり致しません。 全ての元凶は、私とは双子の関係にある如月海菜が切り裂き娘々なる異界人について興味を持ったことにあります。そして同時に私が、何故だか電脳人、シーベルとやらに命を狙われることになっているのです。嗚呼、これは一体、どういうことなのでしょう。私には分かりません。分かりたくもありません。今は唯、平穏に暮らせることを願うばかりです。 「ひ、丙さん。本日はどういった趣向でしょうか」 俺を縛り付けた張本人に対して、これほど慇懃にする必要があるのかは謎だけれど、今は命が惜しい。出来ることは全てやっておこう。 「三食娘達を誘き出す為の餌、と言えば納得するか?」 ついに、家畜からイトミミズレベルまで落ち込んでしまったぜ。 「うにゃー!」 不意に、バカ姉こと、碧の声がした。どこからのものかは把握出来ないまま、ザンッという何かを切り裂く音を耳にする。 「って、おい! ちょっと袖も切れてるぞ!?」 木の上から飛び降りてきて、俺の束縛を解いてくれたのは感謝するが、精度にかなりの難があるようだ。 「つうか、幹まで傷付いてるぞ! こいつは一応、神木だぞ! どう言い訳すんだよ!」 細かい奴だと言いたくば言え。誰かが指摘しないと、何処までも暴走するんだ、こいつらは。 「傷付かずに大人になるなんて、無理ってこと」 「藍君。それは確実に何かが違うと思うよ」 そもそも、神木と言われるまでに育ったんだから、確実に俺らより年上だと思う訳で。 「丙、今日こそケリをつけてやるにゃ」 俺の考えを空回りさせる格好で、碧は丙を睨み付けた。 「今日こそ、子供の頃に奪われた菓子の恨みを晴らす」 まだ根に持ってたのか。こと食い物に関して、藍の恨みを買うのはやめることにしよう。 「まあ、お前ら焦るな。私の話を聞いてからでも遅くは無いだろう」 ふと、丙が闘気を受け流す形で、言葉を発した。な、何だ。いきなりしおらしくなっても似合わないぞ。 「こちらの時間で五十年程前のことだ。とあるシーベルの女性が、こちらの世界にやってきた」 「電脳人って、ネットが普及する前から居たのか?」 「我々は貴様らの言葉で言うと、異世界人の様な側面もある。現代に於いて、ネット回線を通じて行き来し易くなったと解釈して構わん」 へー、そういうものなのか。ひょっとすると俺は、この高度に発達したネット社会を恨んでも良いのかも知れんな。 「その女性は、随分と酔狂な奴でな。レアリテートと恋仲になり、そして一緒に生活するまでに至った。それが、貴様の父方の祖父母だ」 「……ん?」 何か、想像を越える発言が無かったか? 「つまり、貴様はシーベルの血を四分の一以上持つ、クォーターに分類されるということだ」 「はい?」 どうにも、話が理解出来ない。この人は一体、何を言っているんだろうか。 「えーと、頭の中がゴチャゴチャだから順番に聞きたいんだが、シーベルとレアリテートって子供が作れるのか?」 「構造的には、肌や髪の色程度の差しか無い」 とりあえず、こいつの優越感の根幹が、随分と次元の低いところにあることは把握した。 「オーケー、オーケー。俺も男だ。婆ちゃんの素性がどんなものであろうと詮索はしないさ」 つうか、一緒に住んでる身内が既に異人さんに近いと言うのに、その程度のことで動揺して溜まるか。 「んで、仮に俺がクォーターってところが正しいとして、お前にとってそれはどういう意味を持つんだ? 噛み砕いて言えば、殺すことが出来る対象なのか?」 一般に、混血として生まれた子供は、その両親、どちらの社会からも疎まれる。残念なことだが、それは現実だ。故に、純粋なシーベルでない俺は、丙にとって劣等民族であると解釈するのが普通なのだが――。 「正直、面倒になった」 「……」 なんですって? 「貴様を消せという指令は恐らく、失踪したシーベル、即ち貴様の祖母の痕跡を抹消することが狙いと見て良いだろう。つまり、本来の私の職務からは外れた雑事ということになる。何故、今の今まで放置したというのに、この時期になって動き出したかは知らんが、そういう明朗でない仕事に利用されるのは癪に障る」 「普通に受けた仕事では何の躊躇いも無く殺って、これはムカつくって、どういう理屈だよ」 口に出してみたものの、丙に限って真っ当な弁明は返ってこないだろう。 「という訳で、私は帰ることにする。暫くは上と揉めるだろうが、あちらにも私を利用しようとした負い目がある。切っても突いても傷付かない奴を殺す手段を模索するより、よっぽど楽そうだ」 「たしかに、傷は付かないが、マジに痛いんだぞ。もう、何回か死んだ気分なんだぞ」 拗ねて可愛い年でもないけど、何となくそうしてみた。 「碧、藍、蒼。ものはついでだ。何だったら、お前らのロックを解除してもらえるよう、手配してやっても良いぞ。朧げにだが、全体像は掴めているからな」 おぉ。それは何という素晴らしい御提案。是非やれ。もっとやれ。 「丙の世話にはならないにゃ」 だあぁぁ! 碧姉さん、何を言い出すんですか。 「お、お姉様。ここは素直に御好意を受けた方が――」 さ、流石は三姉妹最後の良心、蒼君だ。説得してしまえ。 「残念ながら、私も反対。故に二対一で、本案は否決されました」 「くおるぁ! 折角、綺麗に纏まろうとしちょるに、きさん、なんばしょっとばい!」 尚、俺の親戚に九州方面の出身者は居ないので、方言は実に適当である。 「貴様らならそう言うと思っていた。好きにしろ」 あぁ、何という残酷な展開。ようやくこの変人共と縁が切れると思ったというのに、何処までも空気の読めない御仁達。首根っこ掴んででも連れ帰って下さい。協力しますから。 「ああ、それと、貴様、祐哉と言ったか」 「何でしょうか」 この期に及んで、何を言う気だ、この人は。 「私は、貴様が嫌いだ」 「知ってます」 むしろ、あれだけ言いたい放題言って、気付いてないとでも思ってるんだろうか。敵意のオーラしか無かったじゃないか。 「とは言え、貴様がむざむざ刺客に殺されるようなことになれば、こちらとしては気分が悪い。せいぜい警戒をすることだな。奴らが諦めない限り、何度でも他の誰かがやってくるだろう」 何だか、シーベル軍団が、何をやっても報われない、小悪党軍団に見えてきた。命を狙われてる割に、俺も呑気な解釈をするものだ。 「では、な」 言って丙は、蹴り足一つで神木の一番上まで跳ね上がると、姿を消した。どうも、中継点の関係で、あの高さまで行かないと電波が届いていないようだ。そう言えば、携帯の方も、完全に圏外だったりする。 「一応、これで一件落着」 「いやいや、こっちとしては、まだ未消化なんだが。というか、まさか親父がシーベルとのハーフだったとはなぁ」 そういう話を聞かされると、あの変人っぷりも、許容範囲に見えてくる。しかし、そういうことを気にしない方とはいえ、何となく胸がモヤモヤする。 「半分がシーベルなくらいで、何を驚いてるにゃ」 「そりゃ、お前らは純正品だしな」 こんな訳の分からない世界があったとは、こっちとしては未だ受け入れがたい気分なんだぞ。 「あ、あの〜。気付いてないんですか?」 「何をだよ」 蒼に問い掛けられ、色々と考えを巡らしてみるが、何の話をしているか見えてこない。 「貴方のお母さんは、完全無欠のシーベル」 「……はひ?」 再び、思考が凍り付いた。 「目を見るだけで分かるタイプにゃ」 「聞いてないぞ!?」 「そりゃ、言わなかったし」 少し待て、いや、大分待て。考えが全然、纏まらねぇ。 「つ、つまり〜、祐哉さんは、四分の三がシーベルの、逆クォーターなんですよ」 「え、え〜とだ。ってぇことは、海菜や弥生姉もだよな?」 「血が繋がってる以上、必然的にそうなる。尤も、三人共、目を見て分かるタイプでは無いけど」 一夜にして明かされた、謎が謎を呼ぶ新展開。お、俺の出生って、こんなにも波乱万丈だったのか! あ、だけど、海菜や弥生姉の変人っぷりが生来のものであることが分かってスッキリ……する訳あるかぁ! 一先ずの終劇
|