邂逅輪廻



「聞いたか。何か、美人三姉妹の殺し屋に付け狙われてる男がうちに居るらしいぜ」
「え。俺は三姉妹に三股掛けて回避不能な泥沼の修羅場って聞いたけど」
「ふえ〜? 北欧神話の運命の女神、ノルニル三姉妹に惚れられたんじゃないの〜?」
 母さん。今日も俺は、高校中の噂の的です。嗚呼。俺は単に、慎ましく平和に生きたいだけだというのに。理不尽です。
「う〜ん。何だか大変なことになっちゃったよね〜」
「九割方お前のせいだ、この疫病神」
「ふっふっふ。中身はともかくとして、人を捕まえて神呼ばわりはどんな状況でも褒め言葉になるのよ」
 ダメだ、大物過ぎる奴に、常識的思考は通用しない。
「それにしても、この状況を打破する作戦は考えるべきだな」
 噂を掻き消すのに一番手っ取り早いのはそれ以上の噂で蓋をすることだ。仮にも報道部員がその発想をするのはどうかと思うが、部長こと、如月海菜きさらぎかいな曰く、情報とは操作する為にあるだから、方針には反していない。ってか、普段の俺の方がよっぽど部長に反抗的な訳だが、非常事態に主義主張は織り交ぜない主義だ。世間的には御都合主義と言う気がするが、この際深く考えるのはやめておこう。
「プランその一。校内で謎の連続怪死事件が起こる」
 うーん、これは良い線だぞ。如何に高校生という生き物が噂好きでも、人が近くで死ねばそちらに注意が集中するだろう。しかし問題は、この様な事象がそんなタイミング良く起こるものなのかと言う点。数学的に言えば万に一つも無い気がする。と言って、自分の手でやらかすというのはメリットとデメリットが釣り合わない。現実的な観点より、残念ながら廃案だ。ってか、むしろ俺自身が謎の死を遂げそうなこの時期に、良くこの案を真面目に検討したものだと思う。
「プランその二。校内のアイドルクラスの交際が発覚する」
 むむ、これも中々。現状、如何に俺が話題を独占している状態と言っても、所詮は一過性のブーム。言うなればエリマキトカゲやツチノコの様なものだ。真の有名人同士が付き合うともなれば自然と視線はそちらに流れ、やいのやいのと騒いでいる間に俺への興味も薄れていくだろう。唯、この謀略が成功すると仮定して、その為に美人が一人フリーでなくなるというのは何とも切ない。その相手が俺よりも良い男なんてのは許しがたい事実だ。ここは保留案とし、最後の手段として取っておくことにしよう。
「プランその三。音楽部でピアノの精霊が出没したなど、超常的現象を流布させる」
 ふむふむ。普段であればこの様な手法も有効なのだが、今回に関しては覆い隠してしまいたい内容と類似してしまっている。場合に依っては下手な相乗効果を生んで、本格的に困ったことになるかも知れない。却下しておくのが無難だろう。
「うんうん。祐哉ゆうやもようやく報道部員の自覚は出てきたね。でも、裏付けの無い妄想を延々喋るのはちょっと怖いよ」
 題字さえ誤報かも知れないと揶揄される新聞を作ってる奴が何を言うか。
「一体、何してるにゃ」
「軽い人生設計って所か」
「な、何だか分からないですけど、大変ですね〜」
 ああ、全くだ。何で俺がこんな目に合わないといけないんだ。それもこれも、あの切り裂き娘々とかいう人外魔境が――。
「ん?」
 今、誰が話し掛けた? 海菜の声とは違うし、方向も違った様な気がするんだが。
「って、どわあぁぁ!?」
 俺の後ろには、件の娘々三姉妹が居た。例の如く、長女が鎌持ち、次女が鞭で、三女が雑巾とバケツだ。未だに、三女だけ清掃用具というシュールさが気には掛かるが、今は置いておくのが長生きの秘訣だろう。
「驚きすぎ」
 お、驚きもするわい。お前ら、何、普通に再登場しとんのじゃい。
「とりあえず、話がしたくてやってきたにゃ」
「あ、あの〜。お姉さん。鎌を首に宛がいつつする会話は、脅迫と言うと思うのですけど」
 長女は右手一本で自身の身体程はある大釜を軽々と操り、刃の部分を俺の頚動脈付近にピタリと付けていた。心臓から脳全体に血液を行き渡らせていることから分かる様に、この近辺の血管には、相当の圧力が掛かっている。今、彼女が腕を引いて、下手な損傷の仕方をすれば、一生トラウマになりかねない惨劇が待っているだろう。俺自身の一生はそこで終わる訳だけど。
「姉様の癖だから気にしないで。どの道、あなたには効かない公算の方が高い」
 二度無事だったからって、三回目も大丈夫なんてのは、あまりに乱暴な発想だと思うのですが如何でしょうか。プロ野球だってですね。二夜連続で好投した中継ぎが、三度目、痛い目に遭うなんてのは日常茶飯事な訳ですよ。
「ねーねー、あれって噂の三股男じゃない?」
「うわっ、さいってい〜」
「ああいうのが居るから、この国って変わらないのよね〜」
 どなたか俺を、社会的に抹殺してください。
「そう言えば自己紹介をしてないにゃ」
 マイペースですね、お姉さん。
「私はみどりにゃ」
あい
「そ、そうです〜」
 何ともカラフルな姉妹だと素で思った。虹の内側に偏ってる感はあるが。
「ところで、何でお前、斬ることが出来無いにゃ」
 それを聞きたいのはむしろ私の方です。嗚呼、腕に力を籠めるのはやめて。婿入り前の身体に傷が付いちゃう。
「姉様が過去に失敗した事例は幾つかある。だけどそのいずれも、派手なアクションが災いして空振りに終わっただけのこと。まともに急所を直撃して何とも無いのはあなたが最初」
 それは名誉な称号なのか、気持ち疑問だ。
「き、きっと防御パラがカンストしてるんですよ〜」
 そんな偏った育ち方をした憶えは無いです。そもそも人間の皮膚や血管が金属刃に耐えられる程、頑丈になる訳が無いではないですか。
「その件に関して、私なりの見解を述べさせてもらうわ」
 頼むから、無意味に掻き回すな、海菜。
「その昔、楚の国に武器を売り歩く商人が居たわ。『兄さん、兄さん。この矛、最強アルヨ。貫けない盾なんか無いアルヨ。そしてこっちの盾。これ、逸品ね。どんな攻撃からも身を護ってくれる優れものね』『ふーん、それは凄いね。ところで、その矛で盾を貫くとどうなるんだい?』武器商人は何も返答できなかったわ。この故事から、中国商人は胡散臭いって結論に至ったのは世の定説よ」
 解釈が完全に間違ってるぞ。それ以前に、お前は結局、何が言いたかったんだ。
「こいつ、何を言ってるにゃ」
「多分、本人はボケのつもり」
「独創的です〜」
 人知の理解を越えた所にあるお前らに言われるとは、海菜も終わってるな。
「な、何だか私が悪いみたいな雰囲気になってない?」
「お前、空気読めたのか」
 これは新発見だ。天上天下唯我独尊、我が道以外に道は無しの如月海菜が、僅かとは言え動揺するとは。きっと、毒を以って毒を制すとは、この様な時の為に存在する言葉なのだろうな。
「こっちの世界は、変な奴だらけにゃ」
 だからお前が言うにゃ――うつったじゃねえか、こんちきしょう。
「何にしても、あなたには興味がある」
 これがごくごく一般的なシチュだったら、随分と嬉しい一言なんだけどねぇ。
「病理学的解剖とか、様々な人体実験とか試みたい」
「殺す気ですか、おんどりゃー」
 いや、どうやら俺を殺す為に湧いて出たらしいけどさ。
「つーか、何の為に俺の首を狙ってるんだよ」
 出来ることなら直視したくない現実だが、この状況では問いただしておいた方が良いだろう。もしかしたら『間違いでした、ごめんちゃい』で済むかも知れない。
「私達も知らないにゃ」
 うぉい。
「う、上からの命令なんです」
 組織形態があったのか、娘々業界。
「これがまた、嫌な上司」
「だったら、んな命令聞くなよ」
「違約金が割と高い」
「分割でお支払いしますから、何とか天寿を全うさせて頂けませんかね」
 何処となく、交渉の余地が出てきた様に思える。
「信頼を失うのがもっと痛いのにゃ」
 ぐぉ、何か首に当たる刃が大分食い込んでる気がするのですけど。
「にゃんで切れないのにゃ〜」
 言いながら、鎌を押したり引いたりと必死で切り裂こうとしている。ええい、俺の首は角材か石膏像かよ。
「仮説としては、特殊な加護を受けている可能性はある」
「はい?」
 若干、話の飛躍があったように思えた。
「私達と同じく現世への干渉能力を持った電脳人が、力の一部をあなたの防御に回しているということ。唯、そんなことをしてまであなたを護る理由が分からないから、あくまで空想に近い推測に過ぎないけど」
 な、何者か知らんが、ありがとう。とりあえずあなたに足を向けて寝ないことにします。どっちの方角に住んでるか知らないけど。
「にゃんにゃん」
 藍君。今の言いたかっただけだろ。
「まあ、そういう訳だから、今日からお世話になる」
「……」
 いや、待て。今も酷い飛躍がなかったか?
「前にも言った通り、私達は仕事を満了するまで帰れない」
「なのにどうやっても殺せないにゃ」
「だから原因が解明されるまで、あなたの家でお世話になる」
「お、男の責任って奴らしいです〜」
 蒼君、それは確実に間違ってるぞ。
「ほっほう。終着点は三姉妹と同棲生活と来たか」
「なーんか釈然としない終わり方だね」
「まあ、ドラマじゃないしそんな劇的な展開も無いんじゃない?」
 嗚呼。こうして又、俺と俺を取り巻く環境に、新展開がやってきたという訳さ。

 なんだかなぁ。




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