「ただいまー」
 俺――大塚蓮は、再び通い始めた学校を終えアルカディアに帰って来た。
 ふぅ、今日も辛い1日だった……紅柳先輩は、蛇蝎の如く俺を狙っているし。
「おかえり、蓮君。君にお客さんが来ているよ」
 マスターが俺を見て、いつもの微笑みを向けて来る。
 って、それより――
「客、ですか?」
 相変わらず、店内では閑古鳥が鳴いていた。しかしマスターの言葉通り、奥の席には1人だけ人間の姿がある。
 また、悪魔に被害を受けた人がやって来たのか。
 よーし、この俺が死力を尽くして――
「……ゑ?」
 あの、見覚えのある黒い制服は。
 俺は懐疑の意味を込め、妙に遠くで働いているウェイトレスに目をやった。
「…………」
 ……奴は俺の視線を、当然のように無視しやがりました。


真・女神転生マーレボルジェ6
〜Intellegere・前編〜

大根メロン


「初めまして。トゥーレ協会ラストバタリオン、魔道親衛隊ZauberSS少尉――フランカ・ゲルリッツです」
「こ、これはどうも御丁寧に。大塚蓮です」
 相手の真意が読めず、無意味に恐縮してしまった。
 フランカと名乗った少女はそんな俺に対して、いかなる喜怒哀楽を見せない。
 ……ゲームキャラの立ち絵だって、喜怒哀楽の4枚くらいは存在するというのに。モブキャラかこいつは。
 金髪碧眼――その絵に描いたようなアーリア人は、コーヒィ手に取って口へと運んだ。
「……我々はかつて、不幸な行き違いにより幾度か剣を交えました」
「え、あ。そ、そうだな」
 不幸な行き違い、という表現に疑問を感じない訳でもないが。
 けれど指摘をして話が拗れても嫌なので、大人な態度で聞き流す。
「その結果、ハンナ・ローゼンクランツ中尉並びにディータ・ハインリッヒ曹長――この両名を、惜しくも戦死させる事となりました」
「――……」
「念のために告げておきますが、ラストバタリオンが本腰を入れれば貴方を始末するなど容易い」
 ……まぁ、確かに。
 魔道親衛隊ZauberSSの戦闘能力は凄まじい。本気を出されたら、さすがに俺では勝てないだろう。
 今俺の眼前にいるこの女も、こうして対峙しているだけで肌寒くなる。ハンナやディータと同じく、ただの人間ではないのだ。
「一介の召喚師など、殺そうと思えばいつでも殺せます。ですが――」
「個人を相手に組織が本腰を入れた時点で、敗けたも同然だよねぇ」
「はい、さすがにそれでは外聞が悪いのです。それに貴方も、ただ殺されてはくれないでしょう――選び抜かれた超人ユーベルメンシュたる魔道親衛隊ZauberSSの同志を、これ以上減らす訳にもいきません」
「……じゃあ何だ、停戦条約でも結ぼうってのか?」
 俺はフランカの言葉を先読みし、半眼で言う。
 彼女は首を縦に振り、それを肯定した。
「ええ」
「……まぁいいけど。別に俺は、お前等と戦いたくて戦ってた訳じゃないし。でも、それは信じていいのか? 俺を油断させて、その隙に討ち取る腹かも知れん」
「それは、貴方が油断しなければ済む事です」
「お前さり気なく辛辣だな……とにかく、分かったよ。大塚蓮とトゥーレ協会は停戦だ」
 とは言え、停戦というのは一時的に戦いを止める事だ。
 何かキッカケがあれば、再戦も在り得る。例えば、協会がヒトラーを復活させたりとか。
「ありがとうございます。停戦の証と言っては何ですが、貴方に1つ依頼を持って来ました」
「……ふん?」
 フランカは、USBメモリィを取り出した。
 テーブルに置き、俺の方に差し出す。
「我々が、ヴァルハラの英霊エインヘルヤルとなった総統フューラーを、悪魔として現世に喚び戻そうとしているのは御存知かと思います」
「ん、ああ」
「協会はその研究のために、あらゆる悪魔をサンプルとして蒐集しています。そのメモリィに電子化されて納まっているのも、そんな悪魔の1体なのですが」
「……これ、悪魔入りかよ。んで?」
「その悪魔は、アメリカ帝国米帝の同志――好ましくない名称を用いるのなら、ネオナチス――が、ネバダ州のグレーム湖近辺で捕獲したモノです」
「ふぅん……って、グレーム湖だと?」
 ちょっと待ってください、フランカさん。
 あの辺りは――
「グレーム湖から取ったのでしょうか。米帝軍はこの悪魔を、外道グレーミィと呼称しているようです」
「アメリカ軍……あー、あそこ空軍基地があるもんねー」
「人間と比べると背が低いので、リトル・グレーミィとも呼ばれるとか」
「…………」
「リトルグレ――」
「復唱すんなッ!!! 嫌だ嫌だ、聞きたくねぇーッ!!!」
 耳を塞いで、抵抗の意思を示してみる。
 ……そんな事をしても現実は変わらないので、数十秒後には諦めたが。
「で、フランカよ。グレームレイク空軍基地から――ああもういいや、エリア51から連れて来たそいつを、一体どうしろってんだ?」
「我々はこのメモリィを、本国ドイツの協会施設まで運搬したいのですが――米帝の手は長く、西へ東へと逃げ回る内に、日本にまで来てしまいました」
「ああ、やっぱりアメリカはそのメモリィを――グレーミィを獲り返そうとしてんのか。当然だな」
 電子化されてんだからネットで送れば――とも思ったが、良く考えたら危険か。
 何しろ、相手はあのアメリカ合衆国である。ネットになんぞ流したら、あっという間に横から掠め取られるに違いない。
「この国には、第二次世界大戦中に築かれた特別なルートがあります。それを用いれば、グレーミィを問題なくドイツまで送れるでしょう。しかし――」
「……今の日本は、アメリカの御膝元でもある」
「はい。ドイツに輸送するための手筈が整うまで、私はこのメモリィを護り切らねばなりません。ですがこの国での米帝軍の攻撃は、今までとは比べ物にもならないはずです」
「それで、俺に手伝えと……?」
「その通り」
「……ちなみに、断った場合はどーなるの?」
「協会と貴方との間に結ばれた友好関係に、早速ヒビが入る事になるでしょう」
「――……」
 どうやら、拒否は出来ないようだ。
 いや、でも……トゥーレ協会との停戦のために、アメリカに嫌われるってのは本末転倒のような。
 つーか――
「日本国内で、悪魔事件にアメリカを介入させるのは危険だ。キリスト教国は、悪魔に厳しいからな」
「アメリカがキリスト教国? 笑わせますね。あのような野蛮人に、聖書の何が理解出来るというのです」
「お前の個人的な心情はどうでもいい。カレーの中の福神漬けくらいどうでもいい。俺が言いたいのは――」
「福神漬けはどうでも良くはありません」
「お、俺が言いたいのは――」
「福神漬けはどうでも良くはありません」
「……分かった、福神漬けはどうでも良くない。失言だった、許してくれ。で、話を進めてもいいか?」
「貴方は口を開くのにも、私の許可が必要なのですか?」
 こいつブチのめしたい。
 俺は内心では怒りを燃やしながらも、ジェントルマンな態度で対話を続ける。カッコいいぜ俺。
「……アメリカは、自国領以外でならどんな事だってする。ICBM誤射未遂事件、知らん訳じゃないだろ?」
「表情筋が強張っていますね。何か感情を押し殺していますか?」
 聞けよ人の話。
 いやしかし、俺のポーカーフェイスが通じないとは……さすが、と言うべきか。
 ……イライザが俺を馬鹿にするかのように鼻を鳴らしていたが、深くは考えない。
「その心配は杞憂ですね。今回の案件は米帝にとって、極秘裏に遂行しなければならないものです。何しろ、エリア51の秘密に関わる事ですから」
「……派手な動きは禁物、って訳か」
「はい。日本に戦略核ミサイルを落とすなど論外です」
 どうやら、大破壊には至らないみたいだ。
 かと言って、安心する事は出来ないのだが。
「……ミサイルは落とさないにしても、何かしらの手は打つはずだ。お前も言ってたけど」
「ええ。既に国家偵察局NROの諜報員が、日本に潜入してメモリィを追っているようです。所謂、NOCですね」
「NROって、アメリカ空軍の諜報機関だっけ? うわぁ、凄い話になって来た……いや待て、NOCだと? って事は、ブッ殺しても国際問題にはならない訳だな」
 NOC――ノン・オフィシャル・カヴァー。外交官としての偽装を行わずに、諜報活動を行う者の事である。
 民間人の振りをしているので、偽装外交官より自由に動き回れる。ただし身分が保証されていないので、捕まったらアウトだ。大使館も助けてはくれない。
 よって俺等がNOCを殺しても、大きな問題にはならないのだ。民間人が外国で殺された――という、有り触れた事件になるだけ。
「はい。外交官としては、少々若過ぎる人間ですので」
「……ん? まるで、知っているような口振りだな?」
「私もただ指を咥えていた訳ではありません。とある機関にNOCの調査を依頼し、結果を出して貰っています」
「ほ、ほう……それは」
 どうやって調べたんだろう、その機関とやらは。
 ……何か、嫌な事を思い出した。こういう時、何処からか敵の情報を入手して来る女がいたよな。
「私の口を通すより、直接お聞きになった方が良いかと」
 フランカはゴツい無線機を取り出すと、俺の方に差し出して来た。
 携帯電話とかだと、あっさり盗聴されるだろうしな……無線機でもかなり不安だが。
 俺は恐る恐る、無線機を手に取る。
『はーい、稲荷商会の篠村弥生ですっ!』
「…………」
 またお前か。
『あ、「またお前か」って思ってますね?』
「その通りだよ、このペテン師女」
『えー? 何で私、まだペテン師とか呼ばれてるんですか? 前回の仕事の報酬は、ちゃんと払ったはずですけど』
「手数料、交通費、宿泊代――その他諸々を引かれて、雀の涙しか手に入らなかったッ!! 巫山戯んなよこの野郎ッ!!!」
『あれ、事前に説明しませんでしたっけ? いや、したはずですけどねー。きっと蓮さんが、ボケーっとしてて聞き逃したんですよ。わっはっはー』
「この……ッッ!!! つーか、稲荷商会はマーシュ貿易を通じて協会からブツを掻っ払ってただろうがッ!!! 何で普通に依頼とか受けてんだよッ!!?」
 無線の向こうにいるはずの巫女さんも、あれ程ハンナと闘り合ったのだ。
 なのにどうして、魔道親衛隊ZauberSSのフランカから仕事を依頼されてるのか。
『品を盗んだのはマーシュ貿易であって、稲荷商会ではありませんし。それに、仕事が終われば敵も味方もありませんよ。当たり前の事じゃないですか』
 フランカも、うんうんと頷いている。
 ……その当たり前の事が、どうして俺にのみ適用されなかったのだろう?
 畜生、皆嫌いだ! 滅び去ってしまえい!
『そんな事より、今はNROの諜報員についてが第一でしょう?』
「とっとと喋れ!」
『はいはい。現在、日本国内に潜入しているNROのNOCは1人です。最も、その案件に関わっている諜報員は1人だけ、という意味ですが』
「1人? 随分と少ないな」
『それだけ、その諜報員が優れているという事ですかね。人数が少なければ少ない程、露見する危険も少なくなりますから』
「……で、そいつはどんな奴なんだ?」
暗号名コードネームはイオタ。本名は分かりません……と言うか、存在しないのだと思います』
「イオタ? ギリシア文字だな」
『ベタですよねー。もっとマイナーな、ヘブライ文字とかにすればいいのに』
「アレフ、ベート、ギメル、ダレット、ヘー、ヴァヴ、ザイン――ってか?  つーかそれより、本名が存在しないってどういう事だ? 諜報員だろうと何だろうと、生まれた時に親から名前を与えられるんじゃ――」
 ……いや、待て。
 さっき、外交官としては若過ぎる年齢だって言ってたな。けれどそんな人間が、諜報機関に就職出来るのか?
『彼はベッカー研究所で生まれ育った、NBP――ナチュラル・ボーン・サイキックですから』
「ほへ? 超能力者サイキック?」
 サイキックって……あのサイキック、だよな?
『蓮さん、知ってますか? アメリカ合衆国の、超能力開発』
「あ、ああ……スターゲート・プロジェクトだろ?」
『スターゲートは中止となりましたが、現代まで連綿と続けられている計画もまた存在します。件のベッカー研究所も、諜報機関15部局インテリジェンス・コミュニティからの出資で研究を続けてるんですよ』
「――……」
『コード・イオタも、そんなプロジェクトの末に誕生した生粋の超能力者です。幼い頃から研究所内で訓練を積み、超能力PSIを開花させた――計画の完成形とも言える人間ですね。例の戦争でも、アメリカのために様々な破壊工作を行ったとか』
 ……凄え。
 漫画みたいな話だ。諜報機関の超能力研究所とか、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「……諜報機関15部局インテリジェンス・コミュニティって事は、当然NROも含まれてるんだよな」
『ですね。研究所へ出資を行い、その見返りとして超能力者を手に入れる――そういうシステムです』
「……ああ、だからギリシア文字か。ギリシア文字の23番目はPSIだもんな」
『はい。それ故、プサイとその後のオメガは欠番になっているそうですよ』
 24文字の内2つが欠番って事は、22人もいるのか。
 ……いや、分からんな。全員が完成しているとは限らない。
「イオタとやらは、どの程度の腕前なんだ? こんな案件を任されるからには、荒事を――準軍事活動を得手としてるんだろうけど」
『ベッカー研究所では、PK-STの出力で超能力者を階級クラス分けしています。STのみでの分類ですので、完璧な評価とは言えませんが』
 PK-ST――動いていない物体に影響を与える念動力PKだったか。
 スプーン曲げとか、サイコキネシスの中でも代表的な能力だな。その出力――まぁ、分類基準としては悪くないんだろう。
「ふむ。で、イオタの階級クラスは?」
『記録にありません。仕方ないんですよ、一撃で計測器を粉々にしたらしいですから』
「…………」
 機材を開発した人に謝れ。
 うわー、そんな奴と喧嘩したくねぇー。
『あ、もう1つ。コード・イオタは、悪魔召喚プログラムを使えるようです。つまり、蓮さんと同じ悪魔召喚師デヴィルサマナーですね』
「……超能力者サイキックにして悪魔召喚師デヴィルサマナー、か。もう訳が分からん……つーかお前、そんなネタを何処から拾って来るんだよ?」
『同時多発テロ以降、諜報機関15部局インテリジェンス・コミュニティは国家情報長官の指揮で連携を強化しています。しかし他と繋がれば繋がる程、情報も漏れ易くなるんですよ……クックックッ』
「そ、そうか」
 訊かない方が良かった気がする。
『とまぁ、お伝えしなきゃならないのはこのくらいですか』
「……一応、感謝はしておいてやる」
『では蓮さん、気を付けてお仕事してくださいね』
「ん? もしかして、心配してるのか?」
『何を言っているんです、当たり前じゃないですか』
 むぅ、当たり前なのか。
 奪ったり与えたり……こいつは俺をどうしたいのだ。
『ではまた。お困りの際は、稲荷商会へ御一報を!』
「絶対ヤダ」
 無線機の通話を切り、フランカに向けて放る。
 彼女はそれを受け取り、テーブルの上に置くと――
「…………」
 無言のままで、拳を振り下ろした。
「ぬなぁ――ッ!!?」
 見るからに頑丈そうな無線機が一撃で粉々に砕け散り、破片が四方八方の壁や天井に突き刺さる。
 ちなみに、俺にも突き刺さった。
「な、何してるんだよお前ッ!?」
「これを見てください」
 フランカは無線機の破片の中から、小さな部品を拾い上げた。
 ……無線機を分解したかっただけなら、鉄拳を使う必要はなかったんじゃね?
「って、それは――!?」
「発信機ですね。この無線機を、GPSで追うための」
「……ッッ!!!!」
 俺達の位置は、敵に筒抜けって訳か……!
 いやでも、だとしたら――
「ちょっと待て、いつの間にそんな物が? その無線機、トゥーレ協会の備品なんだろ?」
「米帝に無線会話を盗聴されぬよう、電波を高度に暗号化する改造を施させました。その時、入れられたのでしょうね」
「……何処の誰に、改造を任せたんだ?」
 何となく分かっていたが、確認のために問う。
 返って来た答えは、俺の予想と寸分違わぬものだった。
「……NOCの調査と共に、稲荷商会の篠村弥生に依頼しました」
「じゃああの女狐の仕業だよ、間違いない。あいつは、呼吸をするように人を騙すからな」
「しかしまさか、米帝と繋がっているとは……」
 比較的無表情なこの女だが、今回ばかりは目を細めて視線を鋭くしている。
 ……何かスゲー怒ってるっぽいので、宥めるためにもフォローはしておくか。
「ま、アメリカ側にとっても予想外だろ。無線機の工作を任せた女が、まさかその無線機で諜報員の情報を敵に流しているとは思うまい」
「……? 彼女の情報を信用するのですか? 偽の情報を聞かせたに決まっているでしょう」
「偽の情報なら、発信機だけじゃなくて盗聴器も入ってる。それがなかったのは、アメリカに聞かれちゃならん事を俺達に伝えたんだよ。つーか、そうじゃなきゃ俺の心配なんぞせん」
「……おかしな話ですね。呼吸をするように人を騙すと評した相手を、貴方は信頼しているように見える」
「信頼してる訳じゃないが……まぁ、一緒に死線を越えたりしたし。腐れ縁だな」
 一息つこうと、テーブルのコーヒィに手を伸ばした。
 香ばしい匂いが、俺の鼻腔を通り抜ける。口に含むと、頭の中を洗われるような、清々しい感覚があった。
 うむ、さすがはマス――
「成程。つまり貴方は、あのシャーマンを愛しているのですね」
 木肌色の液体が、俺の鼻腔から噴出した。
「ごほぅ……お、お前、一体何をッッ!!!?」
「違うのですか? そういった絆で結ばれた間柄を、夫婦というのだと教えられたのですが」
「……誰から!? 誰からそんな、合ってるような間違ってるような知識をっ!!?」
「ローゼンクランツ中尉です」
「何やってんだ、あのムエタイ女ッッ!!!!」
「いや……これが、つんでれ、とやらなのですか。まさかこんな所で、その実物を見る事になるとは」
「……ちなみにそれは、誰から教わった?」
「ハインリッヒ曹長です」
「良し、分かった。否、分かってはいたが改めて確信した。トゥーレ協会はアホの集団だな」
 ったく……。
 鼻から零れた液体を、ティッシュで拭き取る。ちーんと、中に溜まっていたのも押し出した。
 ……しかし、このフランカという女。
(何か……変だ)
 そりゃ魔道親衛隊ZauberSSは変人ばかりだったが、こいつは前の2人とは別の意味で変だ。
 どう表現すればいいんだろう……人間としての常識が欠けている、とでも言えばいいのか。
 まるで、子供の相手をしているかのようだ。
 外面は見ての通りそれなりだが、時折内面の子供が見え隠れする。何だろね、こいつは。
「……とにかく、行動しよう。報酬の話はいいや、どうせ停戦を盾にタダ働きさせるつもりだろうし」
「はい。良く分かりましたね」
 いや、形だけでも否定しなさいよ。
 つーか肯定するにしても、少しは悪怯れなさいよ。
「しかし……私達がここにいると分かっているのなら、どうして攻め込んで来ないのでしょう?」
「そりゃあ、ここにはヘルメス学院から国際手配されてる伝説の錬金術師に、彼が創造した造魔デモノイドまでいるんだから。こんな魔境に攻め込もうとする奴は、いやはや本当のお間抜けさんですよ」
「……さり気なく、私達を馬鹿にしていますね」
「馬鹿にされるような真似をするからだ。っと……そうだ、行動行動」
 俺は席を立ち、テーブルから離れた。
 さてさて。
「……ですが、サマナー・大塚。NROの本業は、監視衛星による諜報活動です。ここも、宇宙から見張られていると思うのですが」
「そうだな、逃げ場なんてない。衛星が、こちらを見ている限りは」
 ハヅチは店の座席を使って、ぐでーっと惰眠を貪っている。
 営業妨害甚だしい。さらに言えば、MAGの無駄遣いも甚だしい。
「――じゃあまずは、それを墜とすとしよう」
 手加減はなし。
 俺は全力で、ハヅチを蹴り起こした。
「――ぐおぅッッ!!!?」
 ハヅチが身悶える。
 奴はのそのそと、座席から身を起こした。
「お、おのれ、神を足蹴にするとは……」
「信仰心が欲しいのなら、もう少し御利益を見せような」
「戯け、信仰なき者に利益をやる神などいるものかっ!」
 うーむ、見事な平行線。
 まぁいいや。
「ほらハヅチ、仕事だ。払ってる分は働きなさい」
「ぬ……」
 俺がマスターに挨拶して店の外に出ると、ハヅチとフランカも付いて来る。
 空を見上げても、何も見えない。だが向こうからは、こちらが見えているはずだ。
「さてハヅチ、お前には監視衛星を墜として貰う」
「監視衛星だと?」
「ああ、こっちの動きがバレてるってのは面倒だからな。何――甕星すら墜としたお前だ、衛星の1つや2つは容易いものだろう?」
「――……」
 ハヅチが、じっーと俺を見る。
 面倒臭そうに、溜息を落とした。
「……仕方あるまい」
 ハヅチの手にある羽から、糸が溢れ出る。
 それは大気との摩擦で光り輝きながら、凄まじいスピードで天へと昇り詰めた。



「始末した。怪しい物は片っ端から潰した故、無害な人工衛星まで破壊したかも知れんが……まぁ、妾の知った事ではない」
「オーケー、良しとしよう。で、お前はどうする?」
「……助力はしてやらん。さっき足蹴にされたからな」
 不貞腐れた様子で、ハヅチはアルカディアへと戻って行く。
 あやや、まさかそこまで御機嫌を損ねるとは。あのキックは失敗だったか。
「……仕方ない。フランカ、メモリィは何処に運ぶんだ?」
「まずは、ドイツ大使館へ。貴方には、そこまでの護衛をお願いします」
「了解。……しかしドイツ大使館か、遠いなオイ」
 追手の事を考えると、直行するのも考えものだし。
 ……COMPを起動させる。
「召喚――外道朧車ッ!」
 マグネタイトが身体を成し、1体の悪魔が顕現した。
 滑らかなラインと丸っこいヘッドライトが愛らしいそいつは、ブンブンとエンジンを鳴らして俺達を待っている。
「朧車……確か、貴方が国土交通省からの依頼で退治した悪魔でしたか」
「うむ、昨日の敵は今日の仲魔とも。フェラーリF50のボディはブッ壊してしまったが、何処からか新しい身体を調達して来たようだな」
「……ポルシェ356C、しかもブラックカラー。成程、私達のような日陰者に相応しいですね」
「うるせー」
 召喚プログラムを、再度動かす。
 アシはこの通り確保出来てるが、それだけではダメだろう。
「召喚――大天使ザフキエルッ!」
 巨大な目玉に、天輪と白い翼。
 俺はそいつと視覚を繋げると、斥候として空に放った。
「……貴方の斥候役は、天使ウォッチャーであると聞かされていましたが」
「情報が古い。こちとら、日々強くなってるんだよ」
 ホント、最近は特に色々あったからなぁ。そりゃ経験値だって貯まるさ。
「ほれ、乗りな。せっかく衛星を壊したのに、ここに留まってちゃ意味がない」
「はい」
 俺は運転席へ、フランカは助手席へ。
 ハンドルを握ると、朧車が走り出す。俺が運転する訳じゃないので、ハンドルを操作する必要はないが……外見は気にしないとな。
「とりあえず、裏道に次ぐ裏道のコンボで進もう。国道は張られてるかも知れんし、高速道路は以っての外だし」
「……時間が掛かりそうですね」
「日帰りは無理だろうな。ああそれと、イオタがCOMPのソナーで朧車かザフキエルを発見する可能性がある。ソナーの索敵範囲は……ヴァージョンによって色々だが、決して狭くはないんだ」
「そうなったら、闘うしかない訳ですか」
 最悪の事態だが、手っ取り早くもある。
 イオタを斃してしまえば、何の問題もなく大使館まで行けるのだから。
「悪魔ではなく、民間の交通機関を使えば良いのでは?」
「もしもの時、民間人がいたら全力で闘えない。それに、ほら……」
「――?」
 言い淀んだ俺に、フランカが疑惑の眼差しを向けて来る。
 しばらく迷った後、俺はそれを口にした。
「……まぁ、何だ。どうせなら、ポルシェのシートでゆったりしたいじゃないか」




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