「ただいまー」 日が沈み切った、夜の最中。 俺は、アルカディアへと帰還した。 「ああ、お帰り」 いつも通りの笑顔で、出迎えてくれるマスター。 カウンターではパジャマ姿のイライザが、ファークにスパゲッティを巻き付けている。悪魔のくせに、普通の飯も食う造魔なのであった。 ちなみに。この店の厨房とカウンターは、そのままこの家のキッチンと食卓である。 「はい、夕飯。冷めない内に食べるといい」 「うぃー、頂きます」 カウンターに座り、イライザと共に食べ始める俺。テレヴィを眺めながら、パスタを口に運ぶ。 普段は客に見せるためのテレヴィも、今は役目が違う。普通の家で例えるならば、居間のテレヴィと言ったところか。 画面の中では、最近人気のアメリカ人タレント――ルイ・サイファーが、洒落たトークで場を沸かせていた。 「……どうしたのよ、蓮? テレヴィをジーっと睨んで」 「え? あ、いや――別に、何でもない」 「なら止めてよね、アンタが真剣な顔すると気持ち悪いから」 酷い言い様である。 ……俺だって、のほほんと生きていたいんだけどね。この世界は、そう簡単にはそれを赦してくれない。 「――……」 もぐり。 こういうのを食べてると、イタリアにいた頃を思い出すなあ。そりゃ、日本人用の味付けはされてるが。 俺が、そんな感傷に浸っていると―― 「……ん?」 カウンターの上の電話が、いきなり鳴り出した。 ……まぁ、電話がいきなり鳴るのは当たり前だが。 マスターが、受話器を上げる。一言二言交わした後、彼は俺の方を見た。 「蓮君、君にだよ」 「へ? 俺に?」 何気なく、受話器を受け取ろうとした俺だが――そこで、手が止まった。 ……ちょっと気になるな。俺がここで働き始めたのは、今日の事なのに。 どうして、俺宛の電話が来る? 1日働いてたんだから、ある程度は知られているだろうが――そんなに一気に広まる程、俺って有名人じゃないし。 「……蓮」 イライザもその辺の事を察したらしく、眼が細まった。 マスターだけは、相変わらずニコニコしているのだが。 「……はい、もしもし?」 受話器を当て、警戒しながら言う。 向こうから聞こえて来たのは、そんな俺とは正反対の声だった。 『お久し振りですねー、蓮さん。元気にしてますか?』 「……あー、何だ。お前の声を聞いたら、余計元気がなくなった」 『そんな殺生な。一緒に死線を越えた仲じゃないですか』 「はいはい、分かった分かった。んで、何の用だよ……弥生」 電話の相手は、篠村弥生。 俺から全財産を奪った、最低最悪の巫女さんである。 「つーかお前、絶対殺ス」 『いいんですか、安易にそんな事言って?』 「……ぐッ」 奴等は葛葉姫を祀り、稲荷を掲げる集団だ。 ……背後には、何かデカい組織がありそうで恐い。 『でもまあ、悪いとは思ってるんですよ? まさか、あの口座に全財産が集まっていたとは』 「悪いと思ってるなら返せ」 『宗家に上納しちゃいましたから、それは無理です。で、代わりと言っては何ですが――こうして、アフターサーヴィスのお電話をさせて頂いた訳でして』 「……何だと?」 『現在――ラストバタリオンの1部隊が、喫茶アルカディアに向かっています。狙いは勿論、蓮さんの命ですね』 「――……」 窓から、外を眺めた。 静かな夜だ。異常は何も見当たらない。 「本当だろうな?」 『信じる信じないは蓮さんの勝手ですが、後悔は先に立ちませんよ?』 ……まぁな。 嘘なら不愉快なだけで済むが、本当なら洒落にならないのだ。 「敵の情報は、何かあるのか?」 『部隊を率いている方の名は、ディータ・ハインリッヒ。先日も彼の部隊は貴方と交戦しましたから、面識があるかも知れません』 「……あいつかよ」 あのアッパー野郎。 ハンナとは違い、サマナーではなさそうだったが……でも、あいつはあいつでヤバそうなんだよなぁ。 『気を付けてください、この人は良く分からない事が多いです。元々は、何かしらの人体実験のために、協会が孤児院から買ったモルモットのようなんですが……何故か、魔道親衛隊にまで出世してますから』 「……その実験とやらの、成功例なのかね。それが認められて、親衛隊入りしたとか」 『かも知れませんね。とにかく、敵も先日の敗けを活かして本腰を入れて来るでしょう。逃げるなり、迎撃するなりの準備を――』 ――殺気を感じた。 俺は反射的に刀を抜くと、傍のテーブルの脚を斬り飛ばして寝せる。 同時にイライザも、テーブルを倒して身を隠していた。 ――轟音。 ガラスが砕ける。壁に、次々と穴が開く。 フルオート射撃による銃弾の暴風が、容赦なく店内を薙ぎ払ってゆく。 俺達が隠れているテーブルにも、次々と銃弾が撃ち込まれる――が、このテーブルは木製と見せ掛けて、中には分厚い合金版が仕込まれている。そう簡単には破られまい。 ……ライフルやマシンガンのフルオートが相手だと、ちょっと不安だが。 『あちゃー、もう始まっちゃいましたか』 「――この巫娼めッ! もっと早く連絡しやがれッ!」 『もっと早く連絡してたら、蓮さんはまだ帰って来てなかったでしょう?』 ぐッ、正論だ! せめて、何か言い返そうとした時――流れ弾が、電話を粉々に吹き飛ばした。 「…………」 仕方ないので、受話器を投げ捨てる。 その受話器も、一瞬で粉砕されて床に散らばった。 「――蓮ッ! これは――」 「トゥーレ協会からのお客さんだ。持て成せウェイトレス」 「今は営業時間外よッ! と言うか、アンタへの客でしょうが……ッ!!」 「ったく、CLOSEDの札が見えなかったのかね? ま、ドイツ人に英語を読めというのが間違ってるか」 俺が呟いていると、銃撃が止んだ。 弾切れ――な訳ないか。一斉に撃ち始めて一斉に弾切れだなんて、そんな愚を犯す連中じゃないだろう。 だとすれば―― 「……突入する気か」 俺とイライザはテーブルを盾にしつつ、背中合わせの陣形を取る。これで、前後双方からの攻撃に対処出来る。 ……こんな時にばかり発揮される、チームワークが悲しい。 直後に跳び込んで来る、武装した兵士。表から3人、裏口から2人。 計5人か。この狭い店内に突入するなら、妥当な数字なのかも知れんが……ぶっちゃけ、舐め過ぎだろ。 「必断剣――」 テーブルの陰から、跳び出す。 腰の回転と肩の回転を総動員し、両腕を――その先の二刀を、鞭のように振り回した。 「――『四方散花』ッ!!」 刃の旋風。刃圏に捉われた3人が、一瞬にしてバラバラになる。 同時にイライザがテーブルを使い、裏口から来た2人を叩き潰した。 「ほい、害虫駆除完了――っと。マスター、生きてます?」 「ああ、何とかね……まったく、手荒いお客さんだ」 マスターが、冷や汗を流しつつ俺の言葉に答える。 ……カウンターは蜂の巣なのに、そのド真ン中にいるマスターは無傷なのであった。 (さて――) 打って出るか、それとも篭城するか。 店なので物資には困らないし、篭城が楽ちんそうではある。 ……けれど。時間は、こっちの都合などお構いなしに流れてゆく。 篭城などして、長期戦になったら大事だ。こちらは、明日も店を開かねばならないのだから。 「仕方ない――面倒臭いが、さっさと終わらせるかッ!」 穴だらけの扉を蹴破り、外に出る。 てっきり、銃弾の歓迎が待ってると思ってたのだが――銃撃はなく、そもそも敵は1人しかいなかった。 「……ったく、やっぱり皆殺されちまったか。だからロケットくらいは用意しとけ、って言ったのに」 頭をかきながら愚痴ってるSSは、見覚えのある男だ。 「おひさ。ディータっつうんだっけか、お前」 「……あん? 確かにその通りだが、どうして名前割れてんだ? 偽名ならまだしも、本名が」 「――……」 「ダンマリか。ヒャハハ――そうだよな、御丁寧に教えてくれるはずもねえかッ!」 ……いや、その辺は俺も知らない、ってだけなんだけどね。 今回といい前回といい、あの女はどっからそんな情報を得てるんだろう。協会に間諜でもいるのだろうか。 「で、どうすんだディータ? 男らしく、1対1の闘いで決着を付けるのか?」 「クハハ、まさか。こっちは兵隊で、そっちは召喚師だ。なら、多対多が道理ってモンだろ?」 ディータが、口の端を吊り上げながら言う。 ……何と言うか、獣のような男だ。 「それは同感だが、そっちにはもう兵士がいないだろ。皆殺されちまった、って他ならぬお前が言ったじゃないか」 「ああ。――人間の兵隊はな」 いきなり、マンホールの蓋がブッ飛んだ。 数メートル上まで舞い、後に落下してコンクリートの地面と接吻する。俺の頭の上に落ちて来なくて良かった。 マンホール――その名の通り人が通るべき縦穴から、人ならざるモノが這い出して来る。 ドロドロと動き回る、粘液状――不定形の化物。 その不気味極まりない生物は数多の眼球を形成し、ギロリと俺を一睨した。 「テケリ・リ! テケリ・リ!」 さらには、奇妙な鳴き声まで上げる。 ……スライム? いや、こいつは―― 「まさか、ショゴスか……!?」 大昔――人類が、地に満ちる以前。 南極大陸では、宇宙から飛来した異形の種族が暮らしていたという。 その彼等が働き手として合成し、使役していた生物が――ショゴスなのだ。 ……だが往々にして、創造物は創造主に叛旗を翻すもの。 彼等は形成した脳を固定化させる事により『知』を発達させ、主である種族に叛乱を起こした。 嗚呼――彼等もまた我々と同じく、禁断の果実を齧ったのだ! 悪魔より授けられた知力を以って、悪逆たる魔物へと変貌したのである! 「そう、ショゴスだ。南極の同士諸君が、俺達のために送ってくれた援軍だよ」 「……何てこった。南極にナチの秘密基地があるって話はマジだったのか。でも、こんなモンまで発掘しなくてもなぁ……」 狭いマンホールから出て来たとは思えない程に巨大なショゴスが、俺ににじり寄って来る。 ……さらにはどこから現れたのか、別のショゴスが何体も姿を見せ始めた。 今でこそ緩慢に動いているが、その気になれば――ディータがそんな指示を出せば――奴等は肉食獣のような獰猛さで、俺に襲い掛かる事だろう。 「どうだ、壮観だろう? トゥーレ協会はオカルト結社だからなぁ――その尖兵も、こういう連中じゃないとウソだ」 ディータが笑う。 直視すら憚られる化物どもとは釣り合わない、子供のように無邪気な顔だった。 「――じゃあ死ね」 「テケリ・リ! テケリ・リ!」 ショゴスどもが動く。 地下鉄を突っ走る電車みたいな勢いで、俺に突進して来る。 「――やれやれ。召喚、コカトライス!」 魔法陣の中から現れた邪龍が、ショゴスに体当たりして弾き返す。 コカトライスは天へと舞い上がると、石化の邪眼を開いた。 何体かのショゴスは、石像と化したが……コカトライスの魔力を跳ね飛ばした残りのショゴスは、変わらず健在だ。 「ちょっとアンタ、ケルベロスはッ!? アイツの火力なら、こんな奴等なんて纏めて焼き払えるでしょッ!?」 「金が! ねえんだよっ!」 店から出て来たイライザの問いに、悲し過ぎる返答。 彼女は舌打ちを一つ鳴らすと、己の得物を構えた。 「何だ、お仲間か? 面白え、これだけのショゴスをどうにか出来――」 ディータがそう言った矢先、ショゴスが1体吹き飛んだ。 何の比喩もない。文字通り、物理的に粉々になって吹っ飛んだのだ。 「……何だと?」 ディータは困惑しながら、イライザの手にあるソレを見る。 それは、拳銃だ。ただしグリップが小さ過ぎるせいで、酷く不恰好に見える。 ま、実際にはグリップは普通の大きさなのだが。グリップ以外の部分が大き過ぎるせいで、相対的に小さく見えてしまうのである。 ――フェイファー・ツェリザカ。 オーストリアのフェイファー・アームズ社が開発した、象撃ち用の回転式拳銃。 装填される弾も、拳銃弾ではなくライフル用の弾丸だ。しかも、ライフル弾の中でも大型の部類に入る。 ……何故そこまでして拳銃で象を撃たねばならないのか、まったく理解出来ないが――イライザの手にあるそれは、さらなる狂気の産物だ。 ライフル弾が持つ破壊力を最大限に発揮させるために、銃身はライフル並みに延長。 銃の各所には、魔法的・宗教的な意味の込められた装飾が、幾重にも施されている。その全てを読み解くのは、人の寿命では到底不可能だろう。 無論、この魔銃を製作したガンスミス――喫茶アルカディアのマスターは別として、だが。 「まったく、何で私がこんな事までしなきゃならないのよ……!」 その、拳銃である必要性をまったく感じない銃を――ある意味最も拳銃らしく、イライザは使用する。 ……即ち、二挺拳銃。 ツェリザカ・カスタム――女神の両翼。その名の通り、それは対で用いられる魔銃なのだ。 「もう、特に言う事もないわ……死になさいッ!」 イライザが、引き金を引く。 ニトロの爆発によって生じたガス圧が、銃身の中で弾丸を加速させる。ライフリングは弾丸を回転させるのみならず、複雑な魔法術式を刻み込む。 そうして撃ち出されるのは、銃と同じく特製の劣化オリハルコン弾。いかに異形の化物であろうと、耐えられるはずもない。 再び、ショゴスが粉砕される。 「――……」 ディータは唖然としながら、その光景を眺めていた。 ツェリザカはシングルアクション。1発撃つ毎に撃鉄を上げてやらねばならないはずだが、いかなる機構かあるいは魔法か――ナイキウィングスは発砲の後、自動的に撃鉄が引き上げられ、連射を可能としている。 ……2挺の魔銃より次々と放たれる、悪夢の弾丸。それは太古より来た怪物どもを、闇の中に送り返してゆく。 「何だありゃ……」 そう呟いたディータの気持ち、分からんでもない。 闇の世界に浸っていながら、強盗被害ゼロ――そんなアルカディアの安全神話も、これを見れば納得というものだ。用心棒、マジいらねえ。 しかしいらないままだと、俺は明日にはプー太郎である。せめて、ディータの首だけは貰っとかなければ。 「――ッ!」 二刀を靡かせ、奴に突撃する。 ディータは背負っていた大剣を抜き放ち、豪快に振り被った。 「――ってうわぁ、速ぇぇッ!!?」 急停止した俺の鼻先を、大剣の切っ先が掠める。 くそ、どういう事だ!? 自分の身長よりも長い西洋剣を、どうして軽々と振れる!? 奴の大剣は俺の本差より長く、しかも頑丈だ。その上スピードまで上回られたら、もう勝ち目がないって事になる。 「ハハハッ、真ッ二つにしてやるッ!!」 俺の頭頂を狙い、豪速で迫り来る大剣。 前回と同じく、十字受けで防ぐ俺だが―― 「……ッ!」 止めたかった位置から、かなりズレた。力が入れ辛い……! 俺のそんな様子に気付いたディータは、二刀ごと俺を両断すべく怪力を込める。 「させねえ……ッ!」 耐える俺。 直後――コカトライスの足が、ディータを蹴り飛ばしてくれた。 鳥の足っつうのは蹴りよりも絞める方が得意だろうが、一撃で殺せなかったらコカトライスは大剣で斬殺されるだろう。無難で賢明だ。 「……あっぶね、助かった!」 その背に飛び乗り、共に空へと舞い上がる。 ……上から、戦況を分析。 イライザはショゴスの群れを圧倒しているが、なかなか奴等は減らない。分裂増殖を繰り返しているのだ。 とは言え、時間の問題だろう。となると、やはり面倒なのはディータだが―― 「……ん?」 ショゴスの触手が、ディータを掴んだ。 そのショゴスは上空の俺達に向けて、ディータを放り投げる……! 「何だとぉ――ッ!?」 一瞬にして、急接近するディータ。 いや、落ち着け。重力に引かれる空中で、あんなクソ重たそうな剣を振り回せる訳―― 「クハハッッ!!!!」 ……奴はその重さを支えにして身体を安定させると、俺に向けて強烈な蹴りを打ち出した。 堅硬な軍靴の爪先が、俺の顔面を打ち抜かんと襲い来る。 「く……ッ!!」 身体を反らし、ギリギリでそれを躱す俺。 蹴り足を斬り落とすべく刀を振るが、こっちの体勢も良くない。薄皮1枚で逃げられた。 着地するディータ。今度は大剣を振り被ると、コカトライス目掛けて投擲しやがった……! 「なッ、避け――」 間に合わない。 翼を剣の一閃が引き千切り、俺達は真っ逆様に墜落する。 「ッ……くそ!」 コカトライスが最後まで踏ん張ってくれたおかげで、地面と激突してグッシャグッシャ、という事態は避けられた。 だが―― 「……帰還れ、コカトライス」 さすがに、こいつはもう戦闘不能だ。 コカトライスの受肉を解き、現世から去ってもらう。 「ハハ、まずは1匹ッ!」 落ちて来た大剣をキャッチしつつ、ディータは大笑する。 「じゃ、次はお前さんの番だ。死ぬ前に、何か言い残したい事はあるか?」 「――……」 おお、何と慈悲深い御言葉。 良し、無駄話をしよう。イライザがショゴスを絶滅させて、こっちの援護が出来るようになるまで。 「……言い残したい事っつーか、冥土の土産に教えて欲しい事があるんだけど」 冥土の土産、か。 我ながら馬鹿馬鹿しい。 「何だよ?」 「トゥーレ協会は、一体何を企んでるんだ? 単なるオカルト結社だと思ってたが……ハンナやお前みたいな強力な人員を有してるって事は、それが必要な何かを計画してるって事だろ?」 「んなの決まってんだろ? 今度こそ鉤十字の旗で天地を埋め尽くし、我等が総統の世を築くんだよ」 「……あのな? その総統とやらは、もう何十年も前に死んでいてな?」 「ククッ……ハハハハハハッッ!!!!」 何が可笑しいのか、大口開けて笑い始めるディータ。 ……何だ、この薄ら寒い感覚は? 「なぁ、悪魔召喚師。知ってるだろ? この世界には、現世に悪魔を生み出す技術がある」 「……まさか」 「そう、そのまさか! 我々は悪魔合体の秘儀を以って、『20世紀最大の悪魔』を現世に創造するのさ――ッ!!」 「この……狂人どもがッ!!」 二刀で斬り掛かった俺だが、軽々と大剣で阻まれてしまう。 ギリギリと、刃金を鳴らしながら押し合う俺達。 「転生した総統は聖なる槍を振り翳し、世界を我が物にせんとするユダヤの豚どもを流血によって粛清するだろうッ!!」 「世界を我が物にせんとするユダヤって、今時そんなの信じてる奴は陰謀論好きの酔狂者くらいしかおらんわッ!! つーかな、その槍とやらに聖なる力を与えたのが何処の誰だか知ってんのかッ!?」 「そりゃあ知ってるさッ!! 犬畜生にも劣るユダヤ人どもによって、その命を奪われた男だッッ!!!!」 俺は地を蹴って、ディータから離れる。 くそ……やっぱり、力比べじゃ勝てないな。 「――蓮ッ!!」 イライザの声。 無駄話をした甲斐も、あったというものだ。彼女は不定形生物どもを倒し尽くし、ディータに銃口を向けていた。 「……っと、させるかよッ!!」 ディータは素早く立ち位置を変え、イライザと俺を結ぶ直線上に入り込む。 お、俺を盾にするつもりかッ!!? 馬鹿、止めてく―― 「そんなのが、盾になるとでも思ってるのかしら?」 ……イライザは何の躊躇いもなく、ナイキウィングスのトリガーを引いた。 放たれた弾丸が、俺の身体を貫通――と言うより、真っ二つにする。防護服を着込んではいるが、あの魔銃が相手では紙同然だ。 「が、ッ……ッ!!!?」 俺の肉体を通り抜けた弾は、ディータを食い千切るべく真っ直ぐに襲撃する。 ……狂いなく、弾丸は奴の身体に命中した。 「ぐぅ、ぁぁああああ……ッッ!!!?」 ディータが、苦痛の悲鳴を上げる。 さすがの奴も、アレを受けたら死ぬかもなぁ……ぐはっ。 「こ、この、こ、こ、この、女ァァアアア……ッッ!!!!」 「……ナイキウィングスの銃撃を身に受けても、まだ生きてるなんて」 憤怒を瞳に宿して睨み付けるディータに対し、イライザは心底呆れ切った顔で溜息を吐いた。 ディータはダメージを受けたようだが、重傷ではなさそうだ。破れた制服の下に見える肉体に、大きな傷は見当たらない。 それなら、あの時の――自分を巻き込んでまで銃撃させようとした戦法も納得がいく。ディータの身体は、銃撃程度では致命傷にならないのだ。 「……ん? お前、人間じゃねえのか……!?」 「今更気付いたの? と言うか、貴方も人間以外の気配がするけど」 イライザとディータの間に、一触即発の空気が張り詰める。 「……成程、そういう事か。ようやく得心出来たわ」 「――……」 「その常人離れした能力は、悪魔と合体して得たモノね?」 ……人間と、悪魔の合体。 悪魔と悪魔を合体させるのと同じ要領で、人間と悪魔を合体させる事も不可能ではない。 ほとんどの場合だと人の自我は悪魔に呑まれ、完全に悪魔化してしまうが――極稀に、人としての存在を保ったまま、その身に悪魔の力を取り込む者もいると聞く。 「……孤児院から買い取られた15人の内、俺だけが悪魔を御して超人になれた。俺は神に選ばれたんだよ、総統と同じくなッ!!」 弾かれたように跳び、イライザへと接近するディータ。 銃身の長さが仇となって、接近戦ではナイキウィングスは使えない。イライザは大剣の斬撃を紙一重で躱し、回し蹴りで反撃する。 「ああもう、面倒臭いわねッ!! 用心棒は役立たずだし……ッ!!」 ……うるちゃい、黙れ。 こっちは真っ二つになってんだぞ。今、ようやく背骨がくっ付いたんだぞ。 「――……」 まぁ骨格さえ治れば、後はそれに付肉するだけだ。そう時間は掛かるまい。 俺はディータにバレないように気を付けながら、こっそりと奴の隙を探る。 (さすがに、バラバラになった俺が生きてるとは思うまい――) ……昔。 俺がまだ、真言密教の亜流――真言信功宗で、僧兵をやっていた頃の話だ。 当時、信功宗はイタリアの新興宗教団体と抗争を行っていた。宗教団体同士の争い――まぁ、珍しくもない事である。 で、信功宗は連中に仏罰を下してやるべく、イタリアに俺を出兵した。俺がその団体を潰して、めでたしめでたし――なら、平和だったのだが。 ……俺は現地で出逢ったとある女性に、恋をしてしまったのである。 仏門において、色恋沙汰は御法度だ。俺は一瞬にして、御山から追われる立場になってしまった。 ……それで、まあ。 俺の力不足もあって、信功宗との戦いで彼女は命を落としてしまった。俺は彼女の死を、悼み悲しむ――なら、平和だったのだが。 その程度で諦められるのなら、そもそも人は恋などしない。俺は秘技秘術を尽くして、彼女を生き返らせようとした。 自信はあった――かの西行法師は、死者の骨から不完全ながらも人間を生み出した。その技法は、信功宗にも伝わっている。 ……俺は彼女の魂を取り戻すべく、生きたまま冥界へと下った。 だが人妖精霊神魔が共存していた時代ならともかく、この文明社会で死人がポンポン生き返ったら大問題だ。故に冥界の王は、俺の要求をバッサリと切り捨てたのである。 愛しの魂を取り返せなかった俺は、腹癒せに冥界を荒らし回った。番犬をとっ捕まえたりとか。 で――その結果、俺は冥界への立ち入りを禁じられてしまったのだ。 俺は死に至る傷を受けても、魂は三途の川で渡し守によって送り返される。魂を受け入れるために、肉体には自動的に蘇生が施される。 ……つまり俺は、不死の存在となったのだ。 一見便利そうではあるが、死ぬのは常人と同じく至上の苦痛だ。しかも死を通過する毎に、大切な何かがごっそりと削り取られている気がする。限度を越すと、死よりも恐ろしい運命が待っていそうで恐い。 なのにイライザめ、遠慮なく俺を殺しやがって……まぁ生き返らないとしても、あいつは俺を殺しそうだけど。その辺が、悪魔の悪魔たる由縁である。 「…………」 良し、付肉完了。完全復活だ。 俺は気配を殺して、ディータの様子を探る。真っ二つだった身体が元に戻っているのだ、気付かれたら警戒されてしまう。 イライザは、俺の蘇生を察している。上手くディータを誘導し、俺に背中を向けさせた。 今だ――ッ! 「……ッ!」 一気に起き上がり、ディータに向かい駆ける。 「必断剣――」 「――何ッ!?」 俺の存在に、驚愕するディータ。 右手の本差を、真っ直ぐに振り下ろす俺。ディータはなかなかの反応速度で、同じく右手の大剣を使い受け止める。 ……右の本差は止められた。しかしそれは、右腕そのものが封じられた事は意味しない。 右肘を突き出し、ディータの顔面を――目元を狙う。いくら鋼の肉体を有していても、目元は弱いのではなかろうか。 「チィ……ッ!!?」 顔面に迫る肘を、左の掌で止めるディータ。やはり速い。 ……しかし、これで王手詰みだ。 人間の腕は2本しかない。ディータはすでに両腕を使ったが、俺はまだ右腕しか使っていない。 左手に握っている、脇差を振るう。相手の身体は弾丸すら通用しないが、『鋭さ』において日本刀は銃弾とは比べ物にならない。 それに――その身に魔を宿すのなら、九字を刻まれた兼定の刃を防げる道理などないのだ。有り難い事に、本物であるようだし。 ディータの首に、脇差が入る。 「――『虚々実打斬』ッ!!!」 動脈、気道、頚椎――纏めて裁断。 ディータは血を噴き上げ、力を失い地に伏せた。 「――……」 残心。 勝った……か? 「……まったく、本当にどうなってるんだか。あの状態からでも、生き返るだなんてね」 イライザが、歩み寄って来る。 「前にも言ったろ。その辺の事情を知った奴、あるいは知ってる奴には容赦しないって。場合によっては、知ろうとする奴もな」 仕組みを知られて、対抗策とかを生み出されても困る。 ……それに、小っ恥ずかしい話だし。 「はいはい、分かってるわよ。私も言ったでしょ、どうでもいいって」 「――……」 それはそれで、何だか寂しいような気もするんだよなぁ。身勝手な俺。 ……まあいい。それより、俺は奴に一言物申さねばならぬ。 穴が開いてボロボロになったミスリルヴェストを、イライザに見せ付ける。 「せっかくの防護服が台無しだ。弁償してくれるんだろうな?」 「うっさい。そのミスリルヴェスト、アンタが95%OFFというタダ同然の値段でアルカディアから持ってった品でしょうが。残りの95%を支払うのなら、弁償に応じてもいいんだけどね」 「……まぁ、俺達の間で弁償とかって話は無粋だよな」 敗けた。 いやでも、どうすっかなぁ? さすがに、防具なしで闘うのは嫌だ。 虎徹といいミスリルヴェストといい、最近は武具が―― 「――蓮ッッ!!!!」 イライザの呼び掛けで、一瞬にして意識が切り替わった。 眼を向ける。どこに向けたのかは、言うまでもない事だろう。 「オ、ぁぁア、お前、等ぁぁ……ア、オオ……ッッ!!!!」 ……ゆっくりと、ディータが立ち上がった。 文字通り皮1枚で繋がっていたはずの首は、驚異的な治癒速度で復元し掛けている。 くそ、どこまでもタフな奴――だが今なら、トドメを刺すのも難しくはないはずだ。 俺とイライザが行動に移ろうとした、その時。 「……ァあッッ!!!? や、止めろ、お前は出て来んな――」 ディータの様子が、おかしくなった。 汗をダラダラと流しながら、切迫した表情で首の傷を押さえている。 ……何だ? 「出て来るな、俺の中にいろ――止めてくれ、出るなヘイムダルッ!!! うわ、ァ、あぁがああァァああああ……ッッ!!!?」 傷が大きく裂け、血が噴き出した。噴出の勢いで、ディータの頭が千切れて吹き飛ぶ。 ……溢れ出た血が、上半身らしきモノを形作ってゆく。人間の首から異形の上半身が生えている様は、言い様もなくグロテスクだ。 「イライザ、これは――!?」 「……あの男は、悪魔を取り込んでいた。アンタの攻撃を受けて弱ったせいで、悪魔の方が表面に出て来たのよ」 「って、俺のせいみたいな言い方をすんなよ」 しかし成程、そういう事か。 人と悪魔の合体は、まだまだ未知のジャンルだ。何が起こっても不思議ではない。 ……血が、上半身を完成させる。裸身に衣を1枚だけ纏った、強壮にして優美なる神だ。 ディータ――いや、今はヘイムダル・アヴァターとでも呼ぶべきか。奴はその手にある角笛を、口に付けた。 ……千里の先まで届くかのような、重厚な音色が響き渡る。それがトリガーとなり、魔法が発動する。 スッと、冷気が吹き抜けた。 (あ、まずい――) ――氷結魔法。 一瞬にして出現した数多の巨大な氷柱が、一斉に猛速で撃ち放たれる。 それは絨毯爆撃の如く、大地を薙ぎ払う。俺とイライザに抵抗の術などなく、木っ端のように吹き飛ばされるのみだ。 「……ぐぅッ!?」 「きゃあ――っ!!?」 ……たった1発で、血塗れになる俺達。 しかも一気に気温が低下し、体力・気力を奪ってゆく。 『このヘイムダルある限り、虹の橋は渡ら、渡らせ、は――ギガガガガ、ああ、ハ――ハ、ハイル・ヒトラーッ!! ジーク・ライヒッ!! 総統に勝利をぉぉぉ……ッッ!!!!』 ……どうやらヘイムダル・アヴァターの中では、ディータとヘイムダルの魂が鬩ぎ合っているらしい。 おかげで、追撃が来ないが――しかし、敵の不都合に頼っても仕方ない。それにディータは脳をなくしているのだから、すぐにヘイムダルに呑み込まれるだろう。 ……そうなった時、どうなるかは分からない。ヘイムダルは大人しく退いてくれるかも知れないし、人間の器に閉じ込められた影響で暴走するかも知れない。 やはり――最悪の事態を防ぐためにも、ここでヘイムダル・アヴァターを撃破する他ないようだ。 「おい、イライザ」 「……何よ?」 「店の金と商品を横領させろ。これ以上面倒な事になる前に、あいつを粉々にする」 「ッ……仕方ないわね、少し待ってなさい」 アルカディアの中に、イライザが駆け込んで行く。 店はもうボロボロだ。さすがに、明日の開店は無理かも知れない。 「――っと!!?」 飛んで来た、氷柱を躱す。 俺を狙った攻撃ではなく、錯乱しているヘイムダル・アヴァターが我武者羅に放ったものみたいだが―― 「……くそ」 腕に、血が滲む。 避けたつもりだったが、掠ったらしい。冷気が身を縮ませ、俺から敏捷な動きを奪っている。 「――蓮ッ!」 イライザの呼び声。 店から出て来た彼女は、金庫とダンボール箱を俺に放り投げた。 「魔貨とマグネタイト! 悪魔に支払うなら、日本円より魔貨の方がいいでしょっ!」 「――サンクスッ!!」 飛んで来た2つの箱を、刀で斬り開き――中身を電子化して、COMPに取り込む。 よっしゃ、金もマグネタイトも充分。ったく、どうせこうなるなら最初からやれば良かった。 俺はケルベロスを召喚しようと、キィボードに指を置いたが―― (……いや。ここは、ケルベロスよりも――) EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATOS AGLA AMEN 地面に、魔法陣が描かれる。 その内から現れる――人ならざる者の威容。 「……ふん。喚ばれて来てみれば、なかなかの急場であるようだな」 ハヅチが、現世に顕現したのだ。 それなりにヤバい状況であるのは分かってくれたらしく、ヘイムダル・アヴァターを睥睨する。 「ちょっと蓮、そいつは……ッ!!?」 イライザが言う。奴にとっては、初見の悪魔か。 ……まぁ、気持ちは分からんでもない。この危険な状況で、どんな能力を持ってるかも分からない仲魔に命を預けるなど、サマナーとしてどうかと思う。 ハヅチの方もその辺の事情を理解しており、くつくつと笑っていた。 「まったく、どこまでも三流召喚師なのだな」 「その通りだな、織物の神。だが――この難局を打って変えられぬようでは、三流召喚師の仲魔すら務まらんぞ?」 「……くくっ、妾を試すつもりか? この状況で?」 「こんな状況だからこそ、だ。アレは、お前の実力を見定めるのにちょうど良い」 空気が変わった。 ヘイムダル・アヴァターが、ハヅチの存在に気付いたのだ。どうやらディータもヘイムダルも、ハヅチを斃す方向で意見が一致したらしい。 ……異形の亜神が、小さな少女に襲い掛かる。 「討ち滅ぼせ、俺の神」 「良かろう――承った、妾の主」 氷柱の豪雨が、俺達に降り注ぐ。 ……ハヅチの手には、1枚の白い羽根があった。 『鶴の恩返し』では、鶴が己の羽根を紡いで糸とするが――まるでそれを見るかのように、その羽根から何本もの糸が放たれる。 糸は一瞬にして、織り上げられて盾となり――ヘイムダル・アヴァターの魔法を、雫も漏らさずに遮断した。 「妾が誰か知っての狼藉か、異境の神よ? もし知らぬとほざくならば、貴様にはこの国の土を踏む権利も在りはせぬ」 ……羽霊の名に、相応しき神業。 怪事は続く。天から降りて来た数多くの羽根が、ヘイムダル・アヴァターを周囲をひらひらと舞う。 「――刮眼せよ! 妾の威をとくと見よッ! 我が名は、天津神建葉槌ッ!! 英傑揃いの高天原においてなお、並ぶ者なき武神であるッ!!!」 羽根が、一斉に爆ぜた。 それ等は、散弾のように糸を吐き出し――中心にいるヘイムダル・アヴァターを、四方八方から貫く。 しかも、ただ貫いただけではない。糸は複雑に織り合わさり、敵の総身を縛り上げた。 「これで終わりだ――」 盾は糸に戻り、今度は槍を織り上げる。 ハヅチが、人差し指を向けると――それは投げ槍として神速で飛翔し、ヘイムダル・アヴァターの胸を突き破った。 「――小者なのだから、相手を選んで挑む事を覚えろ」 『アア、ガガガッ、おのれ、忌むべき巨人族め――いギギ、俺の魂は戦乙女に導かれ、人外の戦士として総統の元に馳せ参じ……ダガガばばババババ、あギィああアアアアアアアッッ!!!?』 混ざり物の身体が、崩壊する。 まずは、血の上半身が消え去った。首から下のディータの肉体も、塵と化して風に呑まれてゆく。 ……ヘイムダル・アヴァターは、現世から完全に消滅した。 「さて、試験の結果はいかがかな? 妾は、其方の陣営に加わるに値するか?」 ハヅチが、ニヤリと笑って俺に問う。 ……これ程の戦闘能力を見せ付けられて、否とは言えまい。召喚のコストは高いが、まぁそれは俺の采配次第だろう。 「宜しく頼む、倭文神建葉槌命」 「ふふ、期待するがいい。だが1つ間違えれば、其方もさっきの男のようになるぞ。くれぐれも、それを忘れぬ事だ」 一夜明けて。 喫茶アルカディアは、珍しく客足多く繁盛していた。そんな日もある。 「……と言うか、どういう事なんだ?」 昨日の一戦で、この店はかなり壊れたはずなのだが……一晩経ってみればあら不思議、元通りであった。 ……マスター曰く、『職人の国で修行した僕の手に掛かれば、店を直すなんて容易い事さ』だそうだ。理解し難い。 まさか、店そのものにも何か秘密があるのだろうか? 実は空を飛ぶとか――いや、まったく関係ないな。 ……で。 どうやらイライザは、悪魔の手も借りたい程に忙しいらしい。俺は揉め事が起こらない限りはヒマなので、仲魔を1体貸し出して様子を見ている。 ちなみに、悪魔召喚に問題はない。昨夜の闘いで得た魔貨とマグネタイトは、変わらず俺のCOMPに貯蔵されているからだ。 イライザは、働いて返せと言っている。俺も、一応はそのつもりだ――トンズラしても良いのだが、ただでさえ御山と協会に追われるこの身、徒に敵を増やすのは好ましくない。 ……閑話休題。 「テケリ・リ! テケリ・リ!」 うむ、あいつは良く働いているな。 愛くるしい動作で、客を魅了している……ように見えなくもない。 「……ちょっと、何でアレが働いてるのよ?」 イライザが、勤労悪魔を指差して俺に問う。 その勤労悪魔とは、かの不定形生物――ショゴスに他ならない。 「理由は言ったろ? ケルベロスやコカトライスは、獣だからダメだって。食品衛生的な意味で。つーか、あいつ等は毒持ってるし」 ウォッチャーはただの目玉だし。 ハヅチに制服着せて働かせるという、目が醒めるような案もあったが――色々とハイリスクなので、却下された。惜しい事に。 「そうじゃなくて、どうしてアンタの仲魔にショゴスがいるの!?」 「昨日の闘いの生き残りだよ。行く所がないから仲魔にして欲しいって申し出があったんで、快く受け入れた」 俺は、ショゴスを持ち上げた。 かなりの大きさがあった他のショゴスとは違い、こいつは人間の両腕でも充分に抱えられる。 「テケリ・リ! テケリ・リ!」 「良く見れば、なかなか可愛いじゃないか」 「……蓮。貴方、正気?」 「立派に正気だ。ショゴスは、知を得て創造主に叛乱した種族。対して人間は、創造主に叛乱した堕天使から知恵を与えられた種族。ほら、俺達は隣人みたいなものだろう?」 「……私には、理解出来ないわね。創造主に反逆するような、出来の悪い創造物の事なんて」 画面の中のルイ・サイファーが、イライザに微笑んだ。 ……無論それは全ての御茶の間に向けられた笑みであって、イライザのみが対象ではないのだが。 幸運にもその笑顔に気が付かなかったイライザは、自分の仕事を再開する。 「テケリ・リ! テケリ・リ!」 「おっと、済まん。お前も行かないとな」 抱き抱えていた、ショゴスを放す。 彼(?)はウニョウニョとしながらも、テキパキと仕事をこなし始めた。 「――……」 ……しっかし、ヒマだなぁ。 居眠りでもするか。昨夜はアレだったし。 イライザにバレたら即死レヴェルの暴行を受ける事になりそうだが、まぁ大した問題ではない。 ……では、お休みなさい。 お休みの間、悪魔に肉体を乗っ取られぬようお気をつけて……。 |