『あわれなアラブ4カ国……最終戦争。東西が激突するだろう。ユダヤはそれに勝って全世界……なぜならそれが彼らの「旧約聖書」の約束だからだ。黙っておけば必ずそうなる。しかし、私がそうはさせない。そのための手を、私は死ぬ前に打っておく。それが最後の秘儀である。それによって人類はわれわれを受け継ぐことになる。しかも見よ、そのあと、わがナチスの栄光、ラストバタリオン……。それが真のハーケンクロイツの日だ。カギ十字の日だ。そのときラストバタリオンが現われる。ユダヤを倒す。世界を支配する。永遠に……そしてナチスは甦る。真のヒトラーの時代が来る。必ずだ』

 ――ベルリンでのラジオ演説


真・女神転生マーレボルジェ2
〜霊光の神々・前編〜

大根メロン


 へるぷみーへるぷみー、誰か助けて。
 ……そんな泣き言を言いたくなる程、俺の状況は切迫していた。
「困った、本当に困った」
 ここは、とある山の真っ只中だ。
 夜の帳が下りた世界は、1歩先の視認すらままならない。まぁさすがに、それくらいでは苦にはならないけど。
 そして向こうも、暗視のための装備くらい用意しているだろう。この夜闇が、状況を左右する事はなさそうだ。
 となるとやはり、頼れるのは自分の力――自分達の力しかない訳で。
「んー……」
 偵察に飛ばしたウォッチャーを通じての霊視で、敵の布陣を確認。
 ……いやもう、ばっちり囲まれてますな。銃器で武装した人間がいっぱい。
 しかも、同士討ちにならないよう、火線と重ならぬ場所に配置されている。腐っても兵隊だな。
 ……そう、連中は兵隊だ。
 トゥーレ協会の私兵部隊、ラストバタリオン。たった今、俺を包囲しているのはそいつ等である。
 原因は言うまでもない。先日の、あの忌々しい依頼で――俺が、ハンナ・ローゼンクランツを撃破した事に対する報復だ。
 ……ちなみに、そんな目に遭っているのは俺だけ。どこかの巫女さんが協会に追われてる、という話はまったく聞かない。
 まるで、初めから存在しなかったかのようだ。ああ、忌々しい。
「……アホらし」
 今は、この場から逃げる事だけを考えよう。
 馬鹿正直に突っ込んだら、あっという間に蜂の巣だな。
 コカトライスで飛ぶか? いやでも、さすがに目立つか。
 となると――
「ケルベロス」
「何だ、主よ」
「お前に、一番槍を任せる。適当に、連中の陣を乱してくれ」
「……やれやれ」
 傍らに控えていた巨獣が、緩慢に動き出す。
 が、それも数秒の事。ケルベロスは強靭な脚力で一気に加速すると、敵陣に跳び込んで行った。
 ……響き渡る、怒号と銃声。そして、炎が空気を呑み込む轟音。
「うぅむ、やっぱり凄いな」
 このままあいつに任せておけば、全滅させてくれるんじゃないかとも思ったが――やっぱり止めた。
 ケルベロスが現れた事で、連中は俺の位置を掴んだはずだ。逃げ隠れしても、いずれ追い詰められるだろう。
「じゃ、行きますか」
 本差と脇差を鞘から抜き放ち、両手に握った。
 身を潜ませていた茂みから跳び出し、近くにいた兵士を擦れ違い様に斬り捨てる。
 ケルベロスが滅茶苦茶に暴れているおかげで、連中は陣を乱していた。そして陣が乱れれば、同士討ちを恐れて銃を使い辛くなるはず。
 この隙に――包囲を破る!
「――セイッ!!」
 銃口を向けて来た奴に、脇差を投擲。
 それは奴が引き金を落とすよりも速く、その喉元に突き刺さった。
 駆ける。進路上にいた1人を斬りつつ、喉に脇差を刺したままの馬鹿に近付く。
 そいつの重心の下に潜り込み、脇差の柄をしっかりと握って――その身体を持ち上げ、放り投げた。
 先にいた兵士が、投げられた死体と激突して吹っ飛ぶ。投げの勢いで抜き取った脇差を振るい、さらに1人を始末する。
 今のところは順調――そう思った時。
 兵隊の1人が、長大な銃を持ち出して来た。二脚架バイポッドを接地させ、質量を支える。
 ……MG42、汎用マシンガンだ。ヒトラーの電動ノコギリ。
 どうやら、火力を頼りに俺を吹っ飛ばすつもりらしい。
「ケルベロスッ!!」
 俺の一声に反応し、ケルベロスが業火を吐き出す。
 その炎は雪崩の如く、爆発じみた勢いで押し進み――マシンガン野郎を、一瞬で呑み込んだ。
 ふぅ、さすがにあんな物をブッ放されたらヤバかった。それにアレ、異名の通り五月蝿いし。
 良し、この調子で行けば何とかなる――
「ヒャッハッッ!!!!」
「――ッッ!!!?」
 いきなり聞こえた、アッパーな笑い声。
 一体、どこから飛んで来たのか――大剣を持った男が、上から襲って来る。
 ……男の黒い軍服には、見覚えがあった。ナチス親衛隊の制服だ。
魔道親衛隊ZauberSSだと……ッ!!?」
 大剣が、振り下ろされる。
 どうやって止める? 繊細な日本刀じゃ、西洋剣――しかもあんな大段平を、受け止めるなど叶わない。
 なら――!
「――りゃッ!」
 俺は二刀を交差させ、十字受けで大剣を止める。
 1本なら容易く折れても、2本なら簡単には折れないんですよぉ〜……!
 着地する男。
 そのタイミングを狙って、奴の股間に蹴りを叩き込む。
 これで――
「――って、オイオイ……ッ!!?」
 激痛で隙が出来るかと思ったのだが、男は無痛であるかのように笑ったまま。
 ……いや、『ように』じゃない。こいつ、ホントに痛みを感じてない気がする。
 男は大剣の重量を使い、ぐいぐいと押し込んで来る。いくら二刀でも、このままじゃ力敗けしてしまう。
 ……だが相手は、そんな悠長な事をするつもりはなかった。
「さぁ、好きな神サマに祈りなッ! 俺としてはオーディンがオススメだ、キリストさんも悪くはないがねッ!!」
「……なッ!?」
 ぞろぞろと兵士どもが集まって来て、銃を構える。
 こ、こいつ等、何考えてるんだ!? 今俺に発砲すれば、確実にこの男も巻き込むぞッ!?
「お前、どういうつもりで――!」
 男の顔を、睨み付ける。
 真っ赤に染まったドイツ人の瞳が、射殺すように視線を向けて来る。
 あー……ダメだ、こいつと闘うのはマズいッ!!
「グゥゥアアアアアアッッ!!!!」
 魔獣の咆哮。
 主人の危機に駆け付けたケルベロスが、俺に銃口を合わせていた兵隊を蹴散らしてゆく。
 ――ナイスッ!
 俺は渾身の力を込め、男の胴を蹴り付けた。大剣と二刀が引き剥がされる。
 ケルベロスの背に飛び乗り、その速力を頼りに戦場から逃げ出して行く。
 後ろから銃声が響くが、掠める事はあっても命中する事はない。ケルベロスは後方からの射撃であっても、しっかりと躱してくれる。
 ……ラストバタリオンの姿は、あっという間に見えなくなった。
「ふぁぁ……」
 安心して、息をつく。
 何とか、死なずに済んだな……。



 コンヴィニで買った、カレーパンの袋を開いた。
 ペット入店禁止だろうから、ケルベロスは店の外に待機して貰っていた。ライオンみたいなサイズの犬に対する、店員の恐怖の色が忘れられない。
 何だか、今すぐICBMが飛んで来ても文句を言えない程の暴挙を犯している気がするが……こっちも、ケルベロスを帰還させられない理由があるのだ。
「さて。今回の議題は、我々の財政問題についてだ」
 ――帰還させたら、もう再召喚が出来ない。
 とある廃ビルで、俺は木箱に腰掛けていた。正面には、ケルベロスがちょこんと座っている。
 追われる身では、どこかに定住する事も出来ない。まったく、面倒な事だ。
「もぐもぐ……」
 ……カレーパンに、齧り付いた。
 知っての通り、俺は鬼畜巫女に全財産を奪い取られている。
 悪魔の召喚時には金を払わないといけないし、そして奴等の肉体となるマグネタイトも買う場合が多い。
 ……つまり今の俺は、仲魔への報酬とエサ代をまったく払えない状態なのだ。
 故に今日の戦いで召喚したのも、ケルベロスとウォッチャーだけ。コカトライスとか、最近仲魔にしたナーガとかエリゴールとかを遠慮なく出せたら、もう少し楽が出来たろう。
「という訳で、どんどん案を出してくれ給え」
「案なら、かつて出したがな。もしもに備えて、資金はいくつかの口座に分割しておけと」
「み、未来の話をしようじゃないか」
「……ふぅ」
 溜息の似合う犬だなぁ。
 ……俺のせいなんだろうか。
「ならばやはり、金の掛からない仕事で稼ぐしかあるまいよ」
「……もぐもぐ」
 金の掛からない仕事。
 つまり、サマナー稼業以外という事だ。
「結局、あそこに行くしかないという訳か……もぐもぐ」






 喫茶店、アルカディア。とある街の裏路地に、ぽつんと立っている店だ。
 横文字の名前に相応しい、洒落た洋風の店内。しかし残念ながら、客は多いとは言えない。まぁ、一般人パンピーが来るような所でもないしな。
 ……さて。
 喫茶店と銘打たれてはいるが、雰囲気としては酒場に近い。荒くれ者が集う、冒険者の酒場みたいな。
 つまりここは、俺と同じ世界の人間が集う溜まり場なのだ。どっかの神社と同じく、武器やアイテム等の販売もしてるし。
 んで――そんな場所だと、こういう問題が起こったりする。
「テメェ、俺の花子たんが可愛くないってどういう事だッ!!?」
「どういう事も何も、言葉通りの意味に決まってるッ!! 俺のモー・ショボーたんの方が100万倍可愛いわッ!!!」
「……どうやら、死にたいらしいな!」
「ほざいてろ、すぐにカロンと面会させてやるぜッ!!!!」
 サマナー同士の、喧嘩だ。
 ……しかしまぁ、今回は随分と下らない理由だな。
「御客様、御客様」
「あぁん? 何だテメェは!?」
 営業スマイルで、マナーの悪い客に近付く俺。
 早速、口論してた奴等の1人(モー・ショボー派の方)が食って掛かって来た。
「どうか、お治めになってください。他の御客様の迷惑ですので」
「五月蝿い、引っ込んでろ。テメェも痛い目に遭いてえのか?」
「馬鹿な御客様、お治めになりやがってください。貴方の便所臭で、他の御客様の鼻が曲がってしまいますので」
「――死ねッ!! 脳みそ抉り出して、モー・ショボーたんのエサにしてやるッッ!!!!」
 おっと、つい思った事を口にしてしまった。
 俺に向かって、パンチを放つアホ。華麗にその突き手を捕らえ、一本背負いで床に倒す俺。
「――とうッ!」
 そして、足で踏み付け捲る。ストンピングだ。
 ぐえ、げぇっ――と、アホがカエルみたいな声を出した。
「大体何だ、花子にモー・ショボーってのはッ!? 悪霊に凶鳥、どっちもDARK悪魔じゃねえか! 下衆野郎どもめ、合体で創ってまで女の子の仲魔が欲しいのかッ!!」
 蹴りつつも、ギロリともう1人(花子派の方)を睨み付ける。
 ……俺の仲魔なんて、犬とか鳥とか男とか、そんなんばっかなんだぞッ! 畜生めぇッ!!
 とにかく、こいつ等はボコボコに――
「――客を殺す気かッ!! アンタは加減を知りなさいッ!!」
 ウェイトレスが、ぶっ飛んで来た。
 奴は豪快なキックで俺を蹴り倒し、マウントを取ってタコ殴りにする。
 女の子が上に乗ってる、というウレシハズカシなシチュではあるのだが……剛拳の連打が、全てを台無しにしていた。
(――死、ぬぅ……ッ!!!)
「こらこら、イライザ。蓮君が死んでしまうよ」
 カウンターの中から、声が掛かった。
 言うまでもなく、それは店主の声だ。20後半から30前半くらいの、おっとりのほほんとした男性である。
 だが――この惨劇の只中でおっとりのほほんとしている時点で、なかなか正気ではない。
「……分かりました、マスター」
 ウェイトレス――イライザが、拳を納めた。
 ……彼女が言う『マスター』とは、店主マスターであると同時に召喚師マスターでもある。
 業務に戻る、イライザ。さっき騒いでいた客は勿論、他にも何人かの客が店から逃げ出していた。
 ……無惨な姿で転がされている俺を見れば、そうなるのも仕方ないだろう。
 俺は三途の川でカロンのジジイに追い返され、現世へと帰還。身体に戻った。
「……マスター。イライザあいつがいれば、用心棒とかいらんでしょ」
 用心棒として雇われている俺が、こんな事を言うのも変だが。
 マスターは、柔らかく笑って言う。
「ははは、まさか。イライザは女の子だよ? 危険な目に遭わせる訳にはいかないさ」
「…………」
 さっき、俺のマウントを取ってフルボッコにした生物は何だったんだ。
 こちとら、三途の川まで逝って来たんだぞ。
「でも、蓮君も気を付けないと。ちゃんと、手加減はしないとね」
「あー……すいません。最近は、ナチや悪魔としか闘ってなかったもんで」
 つい、今までのノリでやってしまってたか。
 うむ、今度からは注意しよう。
「そうそう、それよ」
 イライザが来る。
 ……な、何だ!? まだ殺し足りないのかっ!!?
「アンタ、トゥーレ協会に追われてるんでしょ? なのにどうしてここに来るの? アルカディアうちが巻き込まれたらどうするのよ?」
「おかしな事を言う。巻き込んでも構わないと思ったから、ここに来たんじゃないか」
 渾身での拳撃。
 滑稽な程、派手に吹っ飛ぶ俺。
「ぐふッ……こ、この鬼!! 悪魔ッ!!!」
 テンプレ通りの罵倒を、イライザに放り投げる。
 が、奴は哀れな者を見る眼で、俺を見下した。
「それは、私に対しては何の嫌味にもなってないでしょ」
「ぐ……」
 確かに、こいつに悪魔とか言っても無意味だ。事実、悪魔なのだから。
 ……しかし、うちの愉快な仲魔達とは違う存在でもある。
 こいつは、マスターが造った人造悪魔――造魔なのだ。だから、ELIZAイライザなんていう人工物臭い名前が付けられているのである。
「……んー」
「な、何よ?」
 しかしこいつは、まるで人間みたいだ。
 ここまで人間ソックリに造るのは、一般のサマナーには無理だろう。マスターはスイスの学院で錬金術を習っていたらしいから、その技術が応用されているんだろうか。
「――……」
 ……聖書によると、唯一神は己の姿を模して人を創り出したらしい。
 つまり、人の形を目指すという事は、究極的には――
「あ、蓮」
「……ん? 何だ?」
「アンタさ、前にうちが売った虎徹の二刀はどうしたの? あれ、虎徹じゃないわよね?」
「ぬ、どうして分かった? そりゃこしらえは違うが、中身まで違うとは限るまい」
「持てば分かる。重さが違うから」
 ほう、さすがは人外。
 ……と言うか、ウェイトレスと用心棒が勤務時間中にダベってて良いのだろうか。まぁ、マスターものんびりと新聞読んでるけど。
「虎徹は寿命で逝った。いや、過労死だったのかも知れんが」
「ふぅん。じゃあアレ、銘は?」
「九字兼定だそうだ。真贋は謎だが、それに関してはあんまり興味ないし」
「本物だろうが偽物だろうが、アンタは斬れればそれでいいんだもんね……にしても、九字兼定? ちょっと見てみてもいい?」
「どうぞー」
 置いてあった兼定の本差を手に取り、抜刀するイライザ。
 さらに、目釘を抜いて分解する。なかごには、銘と九字が刻まれている。
「……何か、本物っぽい」
 呟くイライザ。
 へえ、本物か。あいつに売られた刀だし、偽物の可能性も考えてたんだけど。
 調べているのは本差だけだが……脇差だけが偽物、というのはさすがにないだろう。
「でもこれ、500年前の古刀にしては綺麗過ぎるような……?」
「――……」
 そりゃまあ、稲荷商会とかいう謎の組織が管理してた品だしなぁ。
 未知の保管技術があるとか、二代目兼定の霊を喚び出して鍛えた刀だとか――そんな感じなのではなかろうか。
「……イライザ、稲荷商会って知ってるか?」
「稲荷商会? 稲荷は産業の神だから、商会がその名を冠するのは珍しい事じゃないけど」
「この業界限定で」
「……んー。知らないなぁ」
 そうか、やっぱり知らんか。
 でも、マスターなら知ってるかもな。イライザに教えてない事を、俺に教えてくれるはずもないが。
 ……カランカラン。
「お――」
 どうやら、新たなお客さんが来たようだ。



「……ようやく、シゴト・オワター」
 呟き、気を緩める俺。閉店時間が来て、店のドアにCLOSEDのプレートが下げられたのだ。
 イライザの暴行を除けば、平和な初日だったと言えるだろう。
「お疲れ様、蓮君。部屋はいつもの所でいいんだろう?」
「はい。毎度毎度、有難う御座います」
 俺がこの店で働く時は、大抵住み込みだ。
 どっか別の所に住める余裕があるのなら、そもそもここで働く必要がない。
「……御山の坊主どもに連絡して、引き取って貰おうかしらね、こいつ」
 イライザが、恐ろしい事を言う。
 そんなに、俺との同居が嫌なのか。まぁいつもの事だが。
「止めろ鬼畜造魔。あそこを脱走しようとした僧兵が、どんな目に遭わされるのか知ってるのか? ましてや俺は、こうして実際に脱走している訳だし――ああ、恐ろしい」
「それが、ものを頼む態度なのかしら?」
「――イライザ大明神様! どうか、その受話器をお納めください! 後生、後生ですからッ!」
 恥とか外聞とかを放り捨て、床に額を擦り付ける俺。
「……と言うかアンタ、どうして僧兵辞めてサマナーなんてやってるの? 一生、信功宗しんこうしゅうのために戦い続けても良かったんでしょうに」
「ほへ?」
 見上げる。
 下からのアングル。迫る靴底。
「ほぁぁああああッッ!!!?」
 床を転がり、ギリギリのタイミングで躱す。
 ズシンッッ!!!! と、大音。命中してたら死んでいたのではなかろうか、これ。
 とりあえず、起き上がる。これ以上床に這い蹲ってたらまた殺される。
「……で、何の話だったっけ?」
「どうしてアンタが、僧兵辞めてサマナーなんてやってるのかって話」
「あー、んー……それは、男の子の秘密という事で。つーか俺、その辺の事情を知った奴、あるいは知ってる奴を、生かしておく気はないし」
「――……」
「まぁ要するに、知らぬが仏って事だ。坊主が言うと、説得力があるだろう?」
「元坊主、でしょ。……まぁ別にどうでもいいけどね、アンタの事とか」
「うむ。長生きしたければ、俺の機嫌を損ねない方がいい――受話器をお納めください、イライザ大明神様ッ!!」
 誠意ある説得の末、何とかイライザを宥める。
 奴はもう何でも良くなったらしく、俺にバックドロップをキメた後、店の奥へと消えていった。
「蓮君、蓮君。生きてるかい?」
「ジジイに追い返されてばかりのこの芸風、何とかならんかな……はい、生きてますよ。当たり前ですけど」
 後頭部を擦りながら、起き上がる。
 それを、ニコニコと眺めているマスター。少しは心配とかしてください。
「これからどうする? 夕食は、もう少し先になりそうだけど」
「邪教の館に行って来ます。仲魔の召喚数を減らすために、少数精鋭にしたいので」
「ふむ、成程ね。では、行ってらっしゃい」
「はーい。途中でナチとかに襲われなければ、1時間ぐらいで戻って来ると思います」



 キィキィと、何だか良く分からない生き物が鳴く。
 俺の正面には、古ぼけた洋館がある。何か、ヤバい魔術師とかがヤバい実験とかしてそうな雰囲気だ。
 ……雰囲気も何も、大凡その通りなのだが。
「悪魔が集いし、邪教の館へようこそ――」
 青い法衣を纏った怪しいオヤジが、入館した俺を出迎えた。
 ……邪教の館。
 ここは、悪魔と悪魔を合体させるための施設だ。強力な仲魔を創り出すために、サマナーが出入りする場所である。
 合体とは、文字通りの合体だ。2体以上の悪魔を材料に、1体の悪魔を生み出す。
 ……悪魔は、基本的に力を求める。
 そのためには、己の存在を捨て去る事すら厭わない。余程の変わり者でない限り、悪魔が合体を拒む事はなかったりする。
「じゃあ、この2体で」
 龍王ナーガと、堕天使エリゴール。
 コカトライスやウォッチャーは単純な戦闘以外にも使い所があるので、今は失いたくない。ケルベロスは、何と言うか、ねえ。
 まぁそういう訳で、この2柱が選ばれた訳である。
「――……」
 カプセルの中に、ナーガとエリゴールが入った。培養液が注ぎ込まれ、2体が分解される。
 そして。2つのカプセルの間、真ん中のカプセルに、新たな悪魔の像が――
「――って、のわぁぁあああッッ!!!?」
 爆発した。
 ……そうとしか言い様がない。真ん中のカプセルが、いきなり吹っ飛んだのだ。
「おいオヤジ、どういうこったっ!?」
「……何やら、事故が起こったようじゃの」
「にゃ、にゃぁぁぁあああああすっっ!!!?」
 ショックで、意味不明な叫びを上げる俺。
 ……合体事故。要は、失敗である。
 当然、ナーガとエリゴールの合体によって本来なら生まれてくるはずの者は、誕生する事がない。
 では、何が生まれて来るのかと言うと。オレハ外道スライム、コンゴトモヨロシク……みたいな事になるのだ。ハハ、ハハハ。
 例外もあるらしいが、そんなの期待する方が間違ってるし――
「久方振りの、秋津島か――」
 声が聞こえた。
 少なくとも、スライムの声ではなかった。
(――!? 何者だ……?)
 爆発の煙で、悪魔の姿は見えない。
 ……最悪の事態に備え、刀の柄に手を掛ける。
 煙が、裂けた。
「――……」
 思わず、言葉を失う俺。
 現れたのは、華美な着物を纏った少女。
「――妾の名はハヅチ。さて、征すべき悪星はどこにおる?」
 それは、天上の織女星のような――輝ける女神だった。



「つーかちっこいな、お前」
 俺の何気ないその台詞が、心の琴線に触れたらしい。
 合体事故で誕生した、その幼――もとい少女悪魔が、見事に俺の顎を蹴り上げる。
「……がはッ!!?」
「なぁ、人間。あまり妾を怒らせると、寿命が千年くらい縮むやも知れんぞ?」
「人間は何千年も生きたりせんわッ!」
「……おっと、そうであったな。で、だ――いきなり不安な話ではあるが、其方が妾の召喚師となるのか?」
「まぁ、そうなるな」
 いかに事故とはいえ、合体で誕生したからには俺の仲魔として召喚プログラムに登録される。
 やれやれ、と頭を振る幼じ――じゃなくて、少女。
「運命とは恐ろしいな。この妾が、このような三流召喚師と組まされる事になるとは」
「――……」
 この妾とか言われても、こっちはまだお前の正体が良く分かっていない。
 ……ハヅチ、とか言ったな。ヅチは恐らく津霊ヅチか。
 津は、『〜の』を意味する格助詞。霊はそのまま、霊とか神とかの事だ。
 つまり、津霊は『〜の神』。日本の神や妖怪では、珍しくもない名前である。
 となると、ハが何なのかが重要っぽいのだが――ハ、ハねえ。
「まったく、御中主神は何をお考えなのか……おい、召喚師」
「ん? 何だ?」
「何だではない。妾はまだ、主となる其方の名を知らん」
「ああ、そうだったな。俺の名前は大塚蓮。で、そう言うお前の名前は?」
「ハヅチ、と名乗ったであろう?」
 誤魔化された。
 ……まぁいいや。
「じゃあハヅチとやら、早速だが帰還して貰うぞ。三流召喚師の俺には、お前を受肉させ続けるだけのマグネタイトがない」
 今こうしている間にも、COMPのマグネタイト・バッテリィの残量がグングン減ってる。残り少ないのに。
 ……つーかこの減り方、ケルベロスよりも凄いんだけど。
「仕方あるまいな。では蓮、妾を喚ぶ時には良く考える事だ。その機械のマグネタイトが尽きたら、其方の身のマグネタイトを喰らう事になるからの」
 ニヤリ、と笑うハヅチ。
 ……恐っ! さすがは日本の神、何かあるとすぐに祟るなぁ。
 その笑みを浮かべたまま、ハヅチの姿が消失した。
 ……さて、と。
「今だっ!」
 俺は透かさずCOMPのキィボードに指を奔らせ、ハヅチのステータスをチェックしようとする。
 いくら奴が誤魔化そうとしても、これで全て無駄に――

 ERROR!!

 ……無駄なのは、俺の方だった。
 つーか、エラーってどういう事さ?
「不幸中の幸い、災いを転じて福となす――結果的には良かったの」
 何か、オヤジが綺麗に纏めようとしてる。
 そうはいくか。
「この状況で、あんな燃費の悪い奴が仲魔に入ってもな」
「長い目で見れば、悪い事ではあるまい」
 そりゃそうだけどねえ。
「でも、自分の正体を隠してるような奴だぞ?」
「強い悪魔の名前には、同じく強い言霊が宿る。おいそれと、真名を口にする訳にもいくまいて」
 名を口に出来ない程の悪魔とか、正直扱いに困る。
「それにもう、正体の見当は付いておるのじゃろう?」
「まぁ、まったく付いてない訳じゃないが――」
 ……でもなあ。
 何と言うか、信じ難い正体と言うか――そんな悪魔が合体事故でひょっこり誕生するって、どんな奇跡だよ。
「……考えても仕方ない。事が済んだんだから、さっさと帰るか」





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