このNETに接続している全ての人へ
現在我々人間に深刻な危機が迫っている
伝説の悪魔達が闇から目覚めたのだ
すぐにも悪魔が襲ってくるだろう
悪魔と戦う為に悪魔の力を利用する事だ
このプログラムがあれば出来るだろう
勇気ある者が受け取ってくれる事を祈る・・・
悪魔と戦い人々を救うために

――STEVENからのメール


真・女神転生マーレボルジェ

大根メロン


 さて、皆さん。皆さんは、命の危機に遭った事はあるだろうか。
 普通はあんまりないだろうが、俺――大塚蓮おおつかれんにはある。日常茶飯事だ。
 理由は簡単。そういう仕事をして金を貰い、飯を食べているからである。
 ……そして、もう1つ。
 皆さんは、『悪魔』というモノの存在を信じているだろうか。
 悪魔というと、蝙蝠みたいな翼を持つ奴――つまりはキリスト教的な悪魔を連想する人が多いだろうが、悪魔という言葉は元々は仏教用語だ。キリスト教限定の言葉ではない。
 まぁ、この悪魔というのは色々と複雑なのだ。特定の宗教を信奉する人間の中には、他の宗教を派手に攻撃する人間がいる。そういうアレな人間にとって、異教の神は悪魔でしかない。
 何を神とし何を悪魔をするのかは、個人個人によって違うという事。俺にとっては、人外は全て悪魔だが。
 ……話が長くなった。ここまで聞けば分かって貰えたと思うが、俺は悪魔の存在を信じている。
 理由は簡単。そういう仕事をして金を貰い、飯を食べているからである。



 ――深夜。
 眼下の高速道路を、1台のスポーツ・カーが疾走していた。
 その車はもうボロボロで、廃車としか呼びようがない。
 しかし、そいつはまるで――新車だった頃の元気を思い出したかのように、高速を走り回っている。
 ……だがその無茶な運転は、毎夜毎夜他の車を巻き込み、大きな事故を引き起こしていた。
 いや、運転という表現が正しいかどうかは微妙だが。何しろ、運転席には誰も乗っていない。
「……ッ」
 必死に、車を眼で追う。
 ……朧車オボログルマ。牛車の場所取りで敗けた女の怨念が、その牛車に取り憑き、夜な夜な彷徨うのだ。妖怪――業界風に言えば、悪魔である。
 とは言っても、この現代に牛車なんて物はない。怨念さんも、さぞや困った事だろう。
 でもな? だからって――
「事故ったフェラーリに憑いて、高速道路で暴走しなくてもいいだろうが――ッッ!!!」
 夜空に、全力で本音を叫ぶ。
 ……朧車を空から追跡する、1羽の巨鳥――邪龍コカトライス。
 この鶏と爬虫類を混ぜたような怪鳥は、『悪魔召喚プログラム』によって俺に従う悪魔――仲魔ナカマである。
 そして悪魔召喚師デヴィルサマナーたる俺は、コカトライスの背中にしがみ付いていた。
 ――状況を確認しよう。
 敵は朧車。だが、腐ってもフェラーリだ。速度は、約時速300キロ。
 そして、それを追跡するコカトライスと俺。
 ……まぁ、あれだ。いくら空からとはいえ、300キロの朧車を追うには、それに近い速度をコカトライスも出さなければならない訳で。
「ぐぉぉぉぉぉ……っっ!!!!」
 その背中に張り付く事がどれほどの苦行なのか、御想像願いたい。風圧マジ勘弁。
 ……ほら、早速命の危機だ。
「くそぅ、あのオンボログルマめぇ……ッ!!」
 自分の作戦ミスを朧車のせいにして、追跡を続ける。
 カーブを、ドリフトで駆け抜ける朧車。俺はコカトライスの高度を少しずつ下げ、朧車に接近してゆく。
 視界に入った生物を石化させるコカトライスの邪眼も、無機物の朧車には通じまい。地道にやるしかなさそうだ。
 コカトライスの爪が、朧車を攻撃する。僅かにバランスを崩した朧車に、今度は体当たり。
「のわ……ッ!!!?」
 その衝撃で、俺が吹っ飛ばされそうになった。……今コカトライスから手を離したら、猛スピードで道路に叩き付けられて即死である。
 コカトライスが、上から朧車に体重をかけた。巨鳥と道路に挟まれ、朧車のタイヤは1つ残さず破裂。
 一緒に減速してゆく、朧車とコカトライス。
「……っと」
 俺は十分減速した所で、コカトライスから飛び降り、道路に着地。
 懐中時計型コンピューターCOMPを取り出し――悪魔召喚プログラムを起動。

EL ELOHIM ELOHO ELOHIM SEBAOTH
ELION EIECH ADIER EIECH ADONAI
JAH SADAI TETRAGRAMMATON SADAI
AGIOS O THEOS ISCHIROS ATHANATOS
AGLA AMEN

「召喚――魔獣ケルベロス!」
 地に描かれる、魔法陣。
 ライオン程の体躯を持つ巨獣が、内より躍り出る。
「契約により馳せ参じた、我が主よ」
 頭を垂れる、冥府の番犬。
 朧車は一気にタイヤを回し、コカトライスの拘束から脱出。そのまま、俺に突っ込んで来る。
 とは言えホイールだけでは、グリップがないも同然だ。大してスピードを上げられない。
 ケルベロスは真正面から体当たりし、朧車を迎え撃つ――!
「ナイス、さすがは俺の忠臣!」
「金が払われるのなら、いくらでも尽くすさ」
 ……困った忠義だ。もっとこう、愛や友情が欲しい。
 俺は、腰のベルトに差してある日本刀――大刀本差小刀脇差の柄を、それぞれの手で握る。
 刀とは、普通は左の腰に差す。右手で握った本差はともかく、左手で左腰の脇差を抜くのは面倒なのだが……まぁ、慣れた。
 抜刀。刀の銘は、虎徹こてつ。立派な業物だ。
 朧車は、ケルベロスの一撃で虫の息。瞬く間に二刀の連撃を浴びせ、粉々に粉砕する。
「…………」
 刀の柄を握ったままの手で、我ながら器用にCOMPを操作。
 悪魔反応はなし。ただの廃車へと戻ったようだ。
「よーし、依頼達成!」
 喜ぶ俺。
 目の前に大破した車が転がっているが、それを何とかするのは俺の仕事ではない。依頼されたのは、朧車を祓う事だけだ。
「お前達も、お疲れさん」
 コカトライスとケルベロスの召喚を解き、送還する。
 と、その時。
「……ありゃ?」
 我が愛刀虎徹が、何だか短くなってる事に気付いた。
 短くなってる、と言うか――
「……うわぁ」
 2本とも、真ん中からポッキリと折れていた。
 ……さすがに、鉄で出来た車を斬るのは無理があったらしい。
 悪魔と闘うため刀は、業物・名刀の類でなければ話にならない。そしてそれは、当然安くないのだ。
「どうするよ……?」
 夜に、俺の呟きが響く。






 ――数日後。
 結局俺は新しい刀を用意出来ぬまま、次の仕事に突入していた。ホントどうしよう。
「この街だな……」
 ざっと見た限りでは、普通の街だ。
 行き先は、東北にある神社。そこの人間が、今度の依頼主である。
「…………」
 市街地から離れた所に、赤い鳥居を見付けた。
 潜る。普通の神社ならば狛犬が両脇を固めているものだが、ここは犬ではなく狐だった。
 拝殿で御参りした後、社務所(兼自宅だろうか?)へと向う。
 ぴんぽーん、とチャイムを鳴らした。
「はいはーい」
 元気のいい声と共に、扉が開く。
 中から現れたのは、俺と同じく17,8歳くらいの巫女さんだった。
 俺が自己紹介をする前に、
「あ、サマナーの大塚蓮さんですね! どうぞどうぞ上がってください!」
「え? あ、おーい?」
 社務所の中に、引っ張り込まれる。
 何か高そうなソファに座らされた。出て来る茶菓子。
 向かい合うようにして、巫女さんが座る。
「では改めまして。私、この神社で巫女をやってる篠村弥生ささむらやよいです。どうぞよろしく」
「よろしく。で、早速依頼の話をしたいとこなんだが……その前に1つ。この神社って、稲荷なのか?」
「ええ、そうですよ。大阪の葛葉稲荷神社から、御霊を勧請して建てられた神社ですから」
「ああ、やっぱり。いや、気にしないでくれ。職業柄、ちょっと確認したかっただけだから――」
「それにしても、一目でそれを見抜く慧眼……感服しましたッ!」
「え? 鳥居が赤かったし、狐がいたんだから誰だって分かると思うんだが」
「感服しましたッ!」
「…………」
 ……このヨイショ生物は一体?
 何を企んでやがる。
「じゃあ弥生とやら、本題に入ろう。依頼の内容は?」
「実はですね、大きな声では言えないんですが……うちの神社では、武器やマジック・アイテムの密売をしてまして」
「…………」
 いきなりぶっちゃけたなぁ。
 まぁ、おかしい話ではないが。葛葉稲荷神社――そしてこの神社の祭神である葛葉姫は、陰陽寮で頭を務めた土御門家の先祖だ。裏社会と繋がりが濃くても、別に不思議ではない。
「で、その手の品をうちに卸してくれる貿易商さんが、ちょっとヘマをしちゃったんです。とある組織からブツをかっぱらったんですが、バレて追手を差し向けられたんですね」
「また凄い話だな。その組織ってのは?」
「ドイツのトゥーレ協会です。聞いた事があるのでは?」
「ん……まぁな」
 ――トゥーレ協会。
 1次大戦後に、ミュンヘンで結成されたオカルト結社だ。あの、ナチスの母体となった組織でもある。
 とは言っても、後にトゥーレ協会は解散する事になるのだが。今それを名乗っているのは、現代に協会を再興させたネオナチの一派だ。
「依頼は、その商人――マーシュさんを、港まで護衛する事です。あの人に死なれると、うちも商売上がったりなので」
「肝心の、マーシュさんは?」
「奥で控えて貰っていますよ」
「そうか。で、追手の詳細は何かあるか?」
「はい、まずはこれを」
 弥生が、写真を差し出した。
 その中にいるのは――予想に反して、少女。
 とは言え、格好は異様だ。黒い軍服に、鉤十字ハーケンクロイツの腕章。
「名前はハンナ・ローゼンクランツ。トゥーレ協会が抱える私兵部隊、ラスト・バタリオンの魔道親衛隊ZauberSSです。悪魔召喚師デヴィルサマナーとしても、実戦武術家としても腕利きだとか」
「ヤバい眼をした女だなぁ……こりゃ何人か殺ってるぞ」
「でしょうねぇ。まぁこちらも、それに見合う報酬を用意しましたよ」
 札束の詰まったケースを、スススっと差し出して来る弥生。
 ……武器やアイテムの密売ってのは、そんなに儲かるもんなのか? くそぅ。
「分かった、受ける」
「ありがとうございます。……で、早速開始と行きたい所なのですが」
 弥生が、ニッコリ。
 ……何だろう。急に商気が漂い出したぞ。
「実戦では、何が起こるが分かりません。故にパーフェクトな準備が必要なのです」
「全面的に同意するが……それが何だ?」
「今の貴方はパーフェクトですか? 足りない武器やアイテムの類はありませんか?」
 ……なるほど、目論見が読めてきた。
 ま、ちょうど良いか。
「前回の仕事で刀が逝った。未だ、替わりの品が用意出来てないな」
「――刀剣ですねッ!」
 弥生は、社務所の床に手をかける。そして、ぐわっと開いた。
 ……開いた床の奥には、地下に続くと思われる隠し階段。
「さぁ、行きましょう!」
「あ、ああ……」
 とりあえず、弥生に続いて階段を下りて行く。
 彼女の案内で、大量の刀剣が壁に掛けられてる部屋へ。
「おお……」
「さぁ、好きな物を好きなだけ選んでください。安くしときますよ」
 俺は、とりあえず見付けた西洋剣を手に取ってみる。
「ふふ……お客さん、お目が高いですねぇ」
 商人が、ゴマすりながら近付いて来た。鬱陶しいったらありゃしない。
「それは、かのアーサー王が使ったとされる聖剣――」
 弥生が、ニヤリと笑う。
「――のパチモンです」
「パーかよッ!!」
 俺はその剣を、床に叩き付ける。
「ああ、商品を手荒に扱わないでくださいッ!」
「俺は一体どうお目が高かったんだッ!?」
「的確に安物を見抜くその眼力がッ!!」
「ちっとも嬉しくねぇッッ!!」
 ……ま、どうせ西洋剣なんて使う気はない。
 ちょっと見てみただけ。俺の専門は日本刀だ。
「…………」
 という訳で、刀を探す。
 すると、ある大刀と小刀を眼に留まった。
「ふふ……お客さん、お目が高いですねぇ」
 再び来る商人。何を選んでもお目が高いんだな。
「で、これは何のパチモンだ?」
「いや、そんなパチモンばっかり売ってる訳じゃないんですから。その二刀は九字兼定です。2代目兼定が茎に魔除けの九字を入れた、有名な業物ですよ」
「…………」
 大刀を手に取り、抜いてみる。
 本物の九字兼定かどうかは謎だが……この刀、刃毀れを研ぎ直した後があった。どんな名刀でも、硬い物を斬れば欠けてしまう事はある。
 人間とかな。骨は硬いから。
「どうですか、今ならお安く――」
「御免」
 俺は、兼定を一振り。
 ……狙い通り、弥生の髪の毛が1本だけ床に落ちる。
「ふむ、申し分ない。本物じゃないとしても上物だ。大刀と小刀、両方頂こう」
「わ、わわわ私で試し斬りしないでくださいッ!! しかも、本物じゃないとかまだ失礼な事をッッ!!!」
「で、値段は?」
「むぅ……2本合わせて、400万円になります」
「……うわぁ、高ぇー」
「これでもディスカウントしてるんですよ。いいじゃないですか、サマナー稼業でがっぽり儲けているんでしょう?」
「入って来る分は確かに多いがな、出て行く分もまた多いんだよ……」
 俺はメモを取り出し、シャーペンでちょいちょいと書く。
 そしてそれを、弥生に渡した。
「その口座から勝手に落とせ。仕事はすぐだろうから、品は先に貰っとくぞ」
「非合法銀行の口座ですか」
「ああ、高い金利が魅力だ」
 摘発されたら大変だし、預金を持ち逃げされる可能性もあるが。
「防具の類は?」
「間に合ってる。ミスリル繊維で編んだチョッキとかあるし」
「他にも色々揃ってますよ? スティンガーとか」
「地対空ミサイルなんぞ使えるか!」
 至極正論のツッコミ。
 なのに、残念そうにする商人巫女。
「そうですか……じゃ、私も仕事に備えて武器のチェックでもしますかね」
 去って行く、弥生。
 ……あいつの武器って何だろ。どうでもいいけど。



「ミ、ミズ・ササムラ。本当に大丈夫なんだろうな?」
 オロオロする、蛙顔の武器商人マーシュ。頑張って平静を装おうとしているのが、逆に痛々しい。
「ええ。港の船までは、きっちりとお連れ致しますよ」
 つまり、その先は知らんという事だな。
 商売上がったりとか言ってたが……代わりがいない、という訳でもないのだろう。
 ……で、その弥生だが。
 彼女は、弓を持ち出していた。それが主武装なのか。
 しかし、矢がないのが気になる。
「蓮さーん、聞いてますかー? 作戦を説明しますよー」
「あ、おう」
「神社からは、車で二手に分かれて出発します。1つは私達とマーシュさんが乗った本命、もう1つはマーシュさんの部下が乗った陽動です」
 マーシュの背後に控えている、蛙顔の連中。こいつ等が陽動係な訳だな。
 あーあ、かわいそ。
「事前に偽の情報を流しておきましたから、ハイネ・ローゼンクランツは確実に陽動に引っ掛かるはずですよ。その隙に、マーシュさんは港にゴーです」
 成る程、把握した。
「じゃ、出発しましょう。一刻とて貴重ですからね」
 それぞれの車に乗り始める、皆の衆。
 ……俺はその後ろで、COMPを起動させる。
「召喚、天使ウォッチャー」



 本命の車は、俺が運転する事になった。
 弥生が運転する気満々だったのだが……さすがに、緋袴の人間にペダルを踏ませるのは恐い。
 あと、刀とか弓とか凄い邪魔。仕方ないけど。
『……おい、弥生』
『はい? 何でしょうか』
 後部座席のマーシュに聞こえないように、助手席の巫女さんに念話で話し掛ける。
 回線が開いてんのか心配だったが、杞憂だったようだ。
『確認したいんだけど。もう一方の連中、ありゃ陽動じゃなくて捨て駒だろ』
『そんな人聞きの悪い。ちゃんと陽動ですよ。まぁ、捨て駒も兼ねてますけど』
『……あー、やっぱり』
『それが分かってるから、貴方も監視用の悪魔に陽動係の車を尾行させたんでしょう?』
 げ、気付いてやがった。
 かなーりこっそりやったはずなのに。
『ふふ、スーパー巫女の六感をナメちゃいけません。で、今も視てるんですか?』
『ああ。ウォッチャーの眼を通じて、霊視を続けてる。今のところ、異常はないな』
 ウォッチャーは、眼球だけの悪魔。その眼を借りて、陽動係を観察しているのだ。
 現れるであろう――ハイネ・ローゼンクランツの力を、この眼で確かめるために。
『いいですねー。私にも視せてくださいよ』
『そう言われても……自分のヴィジョンを、他者に視せるスキルなんてないぞ?』
『大丈夫です。蓮さんと仲魔の回線に割り込んで、勝手に見ますから』
『…………』
 芸達者な事で。
 意外と侮れんな、この女。
『ああ、それと。今後ろに座ってる、マーシュとかいう奴……やっぱり、マーシュ貿易の人間なのか? アメリカの港町の』
『はい。海運に関しては右に出る者がないと言われる、そのマーシュ貿易です』
『……そりゃあ、太古の邪な海神を崇めているとか聞くしなー。海上では無敵だろう』
『残念ながら、ここは陸ですけどね。打ち上げられた魚と同じです』
『しかしまぁ、そんな連中とよく取引が出来るもんだな、あんたは』
『商売に、人間も人外もありませんよ』
 そういうもんなのか。
 と、その時。
『――蓮さん』
『ああ、出たな』
 道路を進む、陽動係の自動車。
 その正面、道路の真ん中に堂々と――軍服の女が立っていた。
 写真と同じだ。間違いなく、件のハンナ・ローゼンクランツである。
『サマナーだと聞いていましたが……仲魔を連れている様子はありませんね』
『COMPのソナーにも反応なし。間違いなく、あの女は単身だ』
『どうしてまた……?』
『分かってないなー。ま、見てろ』
 車は減速する事なく、ハンナに向かって突っ込んで行く。小娘如き、轢き殺せば良いと思っているのだろう。
 が、しかし。
 ハンナは腰に差していた拳銃――ルガーP08を抜き放ち、1発で運転手の頭を撃ち抜く――!
『おお、凄い腕ですねぇ……』
 無論、運転手を殺した所で車が止まる訳ではない。
 ハンナは身体を回転させて、自動車の突撃を受け流す。さらに、回転力を乗せた肘打ちを叩き込んだ。
 ……車体が、何メートルも吹っ飛ぶ。
「くッ、このガキが……!」
 車から跳び出して来る、マーシュの部下。運転していた奴は死んだので、助手席と後部座席の2人だ。
 ……ソナーに、悪魔反応。
 2人の部下は湿気に包まれ、鱗と水掻きを持った異形の半魚人へと姿を変える。
 ……やっぱ、邪な海神云々はマジだったのか。
「いないな……チッ、陽動か」
 その人知を超えた変貌を見ても、ハンナは顔色1つ変えなかった。ま、当然と言えば当然だが。
 異界の歌を口にしながら、半魚人のひとりが襲い掛かる。
 ハンナは拳銃を納めると、半身を引いて腕を頭の辺りにまで持ち上げた。
 拳の掌側を相手に向けた、アップライト・スタイル。
 あの構えは――
「死ね」
 怒涛の勢いで、蹴りを連打するハンナ。半魚人は全身の骨を砕かれ、悲鳴と共に絶命する。
「あ……ひ、ひぃ!? 化物めぇッ!!」
 力の差を悟ったのか、逃げ出そうとするもうひとり。運転席の死体を引っ張り出し、車に乗り込んだ。
 化物から化物呼ばわりされた女は――空を飛ぶような跳び膝蹴りを、車に叩き込む!
「ひねぎゃああ!!?」
 その1発だけで、グニャグニャに歪む車体。もう、運転など出来まい。
 ハンナは車をブーツの爪先に引っ掛けると、思い切り蹴り上げた。
 ……自動車が、軽々と空に舞い上がる。
 落ちて来る車に、ハイキックを連発。自動車はあっと言う間にスクラップとなり、放物線を描いてコンクリの地面に落ちた。
 ――爆発四散。
 運転席の半魚人がどうなったかなど、考えるまでもない。
『うわぁ……』
『分かったか、弥生。サマナーってのは、力で悪魔を従えてる人間だ。だから基本的に、悪魔より恐い』
 俺が言うのも何だがね。
 ――さて。
『ハンナが使ってた技……ありゃムエタイか?』
『恐らくはそうかと。それにしても、凄まじい練度ですね』
『しっかし、ドイツ人がムエタイとは。何だかチグハグだな』
鉤十字ハーケンクロイツはヒンドゥーの印がルーツだとも聞きますから、英雄ラーマが始祖とされるムエタイの使い手がいてもおかしくないのでは? そもそも、ドイツに固有の武術や格闘技なんてありませんし』
『そう言われればそうか。確かに、ゲルマン忍法くらいしか思い付かん』
 再び、霊視に意識を向ける。
 半魚人を屠殺したハンナは、ポケットから電子手帳らしき物を取り出していた。
 ……いや、ただの電子手帳ではない。
 俺の懐中時計と同じ――どこのメイカーが作ったとも知れない、サマナー用小型高性能コンピューター。
 悪魔召喚プログラムが起動。この世の条理を捻じ曲げ、魔界と現界を結び付ける。
 COMPのマグネタイト・バッテリィに蓄えられた生体マグネタイトが、悪魔がこの世界に暴威を振るうための肉体を創り出す。
「召喚――聖獣スレイプニル」
 喚び出されたモノは、八足の獣王。
 アース神族の長、魔神オーディンの駿馬である。
 スレイプニルの背に、飛び乗るハンナ。と言っても、座らず直立しているが。
 蹄が鳴る。ハンナを乗せたスレイプニルは、空中を雷光のように走り出した。
「あっ、何するんですかっ!」
 助手席の弥生が、抗議の声を上げた。念話忘れてるぞ。
 巫女さんがいきなりこんな事を言い出したのは、俺がウォッチャーの召喚を解いたからだ。
 これでもう、ハンナを霊視する事は出来ない。俺も弥生も。
『相手がCOMPを使った以上、ソナーでウォッチャーの存在に気付く。そうなったら瞬殺だ。天使1体じゃ、天地が引っ繰り返ってもあの主従には敵わない』
 後ろのマーシュが弥生の奇声に驚いているが、構っているヒマはない。
『む、確かにそうですけど……』
『安心しろ。ハンナが悪魔召喚を続ける限り、奴の位置は手に取るように分かる』
 こっちのソナーには、バッチリ悪魔の反応があった。先程ハンナが喚び出した、スレイプニルの反応だ。
 お馬さんは空中を走り回ってはいるが、こちらに向って来る様子はない。この車を発見出来ていないのだ。
『それにしても、異界も敷かずにいきなり召喚かよ……』
 悪魔が衆人の眼に晒される事を、まったく気にしていない。
 協会の連中は、知らないのだろうか? かつてアリゾナで起こった、ICBM誤射未遂事件……あれに関して囁かれた、1つの噂を。
『こっちから異界化しますか?』
『いや、そしたら俺達の位置がバレる。ああ、それを狙ってるのかも知れんな』
『……あの、ふと思ったんですけど』
『何だ?』
『私達って逃げるばっかで、彼女と闘うという選択肢を完全に放棄してますねー』
『まぁねー。ぶっちゃけ、あんな使い手が相手じゃ勝てる気がしないしねー』
『そうですよねー』
 ハハハ、和やかな空気でドライヴィングする俺達。
 スレイプニルとハンナは……相変わらず見当違いの所を飛んでるな。
 よし、このまま港まで――
「――ッッ!!!?」
 バン、と大きな音がした。
 しかし音よりも、車のボンネットに落ちて来たソレの方がよっぽど驚いた。
「――見付けたぞ」
 ギラリと瞳に殺気を滾らせ、ハンナが狂気的に笑う。
 ……クソ。
 こいつ、スレイプニルと別行動してやがったのか――!
「きゃあッッ!!!?」
 弥生が悲鳴を上げる。ハンナの足が、フロント・ガラスを蹴り砕いたのだ。
 細かなガラスが、前部の座席に降り注ぐ。
「ひぃ、うあ、な、何とかしろッ!!!」
 後ろのマーシュはパニック状態。
 こちらの武器は弓と刀だ。狭い車の中では、まともに使えない。
 ――脇差として購入した、九字兼定の小刀以外は。
――ッッ!!!」
 ハンナに向け、突きを連打。
 小刀だった上に、座席に就いた状態では、有効な攻撃にはならなかったが……それでも、ハンナは退いてボンネットから飛び降りてくれた。
「蓮さん、前! 前ッ!!」
「分かっとるわッッ!!」
 ブレーキを踏み込むが――止まり切れず、街灯に激突する。
 が、悠長に痛がっているヒマなどない。この車を俺達の棺桶にするべく、ハンナが疾走して来る。
 それぞれの武器を抱えて、車から脱出する俺と弥生。少し遅れて、マーシュ。
 次の瞬間にはハンナの拳が何発も放たれ、車を叩き潰してしまった。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行ッ!」
 弥生が、力強く地面を踏む。
 俺達の周囲が現世から切り離され、異界となる。他人を巻き込まないための隔離だ。
「サンクス、弥生!」
「略式ですから、そう長くは持ちませんよ!」
「了解! オッサン、あんたは下がって隠れてろッ!!」
 あわあわと逃げ出すマーシュを確認しつつ、本差と脇差をベルトに差す。
 ……俺とハンナは、同時にCOMPを展開。仲魔を召喚する。
「魔獣ケルベロスッ!!」
「魔王メフィストフェレス」
 魔法陣から飛び出した二柱の悪魔は、中空で激突し――それぞれのサマナーの傍らに降り立つ。
「おぉ、ケルベロスですか。蓮さんって、かなり高位の悪魔を従えてるんですね」
「弥生、そう言って貰えるのは素直に嬉しいのだが……現実逃避は止めような」
「……はい」
 道化の姿をした悪魔――魔王メフィストフェレスが、ケタケタと笑う。
 ……その不気味過ぎる威圧感に、竦み上がる俺達。
 魔王族は、悪魔の中でも最強と言っても過言ではない。その魔王族の中でも、メフィストは高位の存在だ。
 軍隊を動員しても、勝てるかどうか分からない――そういうレヴェルの悪魔である。
「メフィストを斃すのは、どう考えても不可能だな……」
 ……ならば、出来る事は1つ。
 ふたりに時間を稼いで貰い、その間にサマナーであるハンナの首を落とす――!
「ケルベロス、弥生!! メフィストの相手は任せたッ!!」
「ええぇぇえええええッッ!!!?」
 弥生の絶叫を背で聞きながら、俺はハンナに向かって走る。
 敵はルガーを発砲するが……あんなの、1センチにも満たない鉛玉が真っ直ぐ飛んで来るだけだ。躱すのは難しくない。
「剣覚二刀流、大塚蓮――御相手仕る!」
 摺り足で移動しながら、刀の柄に手を掛けた。
 ……が、抜きはしない。
 刀は鞘に納まっている限り、刀身の正確な長さは分からない。間合いが不明なのだから、ハンナは攻め込めないはずだ。
 脇差の長さはさっき見せてしまったが、本差は健在。初撃の居合で、必殺してやる!
「――御免ッ!!」
 ハンナが刃圏に入った瞬間、俺は刀を抜き放った。
 瞬速の一撃が、彼女を斬り伏せんと奔る。
 しかし――
「……剣の間合い、確かに見届けたぞ」
 ハンナは身体を反らし、斬撃を回避していた。
 ……あれを、避けるか――!
「――ッ!!」
 二の太刀で斬ろうとするが、初撃を大振りした遅れは埋まらない。
 ハンナの蹴りを胴に喰らい、軽やかに宙を舞う俺。前回り受身で起き上がる。
「う……ゴホッ!!」
 くそ、防具がなきゃ死んでたぞ。
 脇差も抜き、二刀で上段と下段を護るように構えた。
 ……俺とハンナは、じりじりと距離を測る。
 間合いが少しでも重なれば、それぞれ本差と足を突き出すが――互いに慎重になっているので、深く踏み込む事が出来ない。
「――……」
 まずいな。持久戦になれば、不利なのはこっちだ。
 となると、気になるのは外にいるスレイプニルだが――
「言っておくが、私はスレイプニルをこの異界内に喚び込むつもりはない」
 こちらの考えを読んだかのように、ハンナは言った。
 ……あっそ。
「それはありがたい。これ以上敵戦力が増えたら、勝ち目がなくなるからなー」
 吐き捨てる。
 スレイプニルをこの中に喚ぶには――召喚を解除して送還し、異界内に再召喚、という手順が必要となる。
 そんなデカい隙を見せてくれたら、好きなように斬れたんだが。そう上手くはいかないようだ。
 ……さて、困ったな。
 弥生曰く、この異界は長くは持たないらしい。異界化が解ければ、スレイプニルが参戦する。
 前言の通り、これ以上敵戦力が増えたら勝ち目はない。
「なのに、斬り込めない悲しさよ……」
 ……ケルベロスと弥生は、大丈夫だろうか?
 俺は眼球を動かさぬまま、視界の隅でふたりを見る。
「この……ッ!」
 弥生は矢を番えていない弓を引き、放った。
 矢がないのだから、メフィストは痛くも痒くもない――はずだったのだが。
「……!?」
 僅かに怯む、メフィスト。
『見えない矢』が、その身体に突き刺さったのだ。
 ……成る程、鳴弦めいげんか。
 鳴弦とは、弓の弦を鳴らして魔を祓う神事だ。『見えない矢』で、『見えざるモノ』を射るのである。
 咒力の密度が高いと、あんなに威力が出るのか。とは言え、メフィストにはあんまり効いてないみたいだけど。
 異界の張り方といい今の鳴弦といい、弥生の術は陰陽道の色が強いな。巫女さんなのに。
 神社の祭神が陰陽道に関係しているから、その縁で修めたのかね。
「オオォォオオオオッッ!!!!」
 ケルベロスが、炎の息を吹く。
 火に包まれるメフィストだったが――魔王は悠々と炎を切り裂いて現れ、激しい雷撃魔法を放つ!
「きゃああああッ!!?」
 直撃はしなかったが、煽りを受けて吹き飛ばされる弥生。ケルベロスが、その体躯で受け止める。
 この異界が、内側から壊されるかと思う程の威力だ。いくら咒術師であろうと、人間如き塵に等しい。
「娘、必要以上に攻め込むな。我等では、束になっても太刀打ちなど叶わん」
 威厳のある声で、弥生を諭すケルベロス。彼女も頷く。
「そうですね……護りに徹すれば、時間稼ぎくらいは……バン・ウン・タラク・キリク・アクッ!」
 再び放たれた、メフィストの雷撃魔法。
 弥生は結界を張って、その絶技を防いだが……メフィストは足の一振りで、その防壁を粉々にする。
「――ガァッッ!!?」
 メフィストに、殴り飛ばされるケルベロス。
 追撃を仕掛けようとしたが――
「ひふみよいむね、こともちろらね、しきるゆいとは、そはたまくめかッ!!」
 弥生に矢を射ち込まれ、メフィストの動きが鈍った。
 ケルベロスはその隙に、魔王から離れる。
「礼を言うぞ」
「いえいえ。神火清明、神水清明、神風清明ッ!」
 メフィストから逃げつつも、矢を放って牽制する弥生。
 あの調子ならば、しばらくは耐えてくれるか――と思った矢先に。
「……?」
 メフィストが、異様な魔力を練る。
 この、身体の芯まで冷え込むような感覚は――
「――呪殺魔法だとッ!!?」
 思わず、眼前の敵を忘れて叫んだ。
 冥府への引導を渡す、一撃完殺の魔法。地の底から伸びて来た手が、弥生とケルベロスを引き擦り込もうとする。
 幸いな事に、ふたりはそれを弾いた。
 まぁ、そんなに容易く決まる魔法じゃないしな。
 で、問題は――
「――馬鹿め」
 メフィストに気を取られた間に、ハンナが踏み込んで来た事だ――!
 くっ、俺とした事が……でも、そう簡単には殺られんッ!
「……ッ!」
 俺は1歩も退かず、逆に前進する。
 敵の懐が1番安全――これが武闘の鉄則だ。手足を動かすスペースのない至近では、パンチもキックも打てまい。
 ……と、思った俺であったのだが。
「へ――?」
 ハンナは両腕で、俺の腕ごと胴を抱え込む。
 ギリギリと締め付けたまま、俺の身体を持ち上げ――倒れ込むように、後方に投げ落とす!
「な――」
 ……競技ムエタイでは、投げ技は禁止されている。
 しかしそれは、柔道にあるような足を掛ける技が禁止されているだけであって、腕の力のみで投げる技はその限りではないのだ。
 でもな、だからって――
「スープレックスはねえだろぉぉ――ッッ!!!!」
 ルール無用のストリート・ファイトにおいて、地に投げ落とす技は致命的だ。コンクリで舗装された地面は、凶器そのものなのだから。
 その凶器に、頭から落とされ掛けている俺。断固阻止だ。
「――っらァ!!」
 身体を大きく反らし、頭が落ちる前に両足を付く。
 さらに着地の衝撃を総身の筋肉で伝え、接触してる部分からハンナに叩き込む――!
「ぐ……ッ!!?」
 俺から手を離し、跳び退くハンナ。
 よっしゃ、初めて一撃当てた。災いが転じて福となったな。
「上手く返すものだな……剣術の使い手が、スープレックスの返し方を知っているとは思わなかった」
「日本の柔術には、似たような技が存在するんだよ。だからうちの流派は、その手の相手と闘うための技も修めてるのさ」
 一合した勢いに乗り、攻め込む。
 近付けば脇差と拳、離れれば本差と足が交錯する――!
「ぐ――ッ!!?」
 ハンナの下段蹴りが急に軌道を変え、防御を抜けて俺の中段に打ち込まれた。
 ……くッ、人間業じゃねえ。
 苦しむ俺。その隙にハンナは俺の頭を抱え、カタパルトのような跳び膝蹴りを放つ。
 彼女の狙いは、人体の急所の1つ――顎だ。
「――ヤバッ!!?」
 頭を掴まれているので、退いて避ける事は出来ない。
 仕方ない、逆転の発想だ。迫る膝に、頭突きを叩き込む!
「ぐぁ――ッ!?」
 蹴り飛ばされ、ハンナから離れる。
 車を潰すような蹴りを、額で受けてしまった。半端なく痛いし、血もダラダラ流れ出してる。
 だが――
「手応えあり、だ。お前、膝の皿割れただろ」
「チッ……ふざけた石頭だな」
 表情を歪め、呟くハンナ。
 ……あーくそ、クラクラする。
 しかし、代償に見合う成果はあった。ムエタイの必殺兵器、膝を破壊したのだから。
 足捌きも鈍るだろう。この好機、逃さん。
「らぁぁぁぁッッ!!!!」
「敗けられん……我等が総統フューラーをヴァルハラより喚び戻し、千年王国を築くまでは……!」
 吶喊する俺を、ハンナは迎え撃たんとする。
 けれど、遅えッ!!!
「必断剣――『二刀三段突き』ッッ!!!!」
 1度の踏み込みで、6発の突きを繰り出す――ッ!!
「ぐ……あああッッ!!!?」
 鮮血を散らしながら、突き飛ばされるハンナ。
 建物の外壁に激突。大きな亀裂を入れる。
「がッ……ッ!!? ど、同士達よ、ウルティマ・トゥーレの末裔達よ……私には一足早く、戦乙女ヴァルキューレの迎えが来たようだ……」
 ハンナは壁に寄り掛かり、荒い呼吸のまま呟く。
「いつか……天上にて再会しよう。ハイル・ヒトラー、ジーク・ライヒ……」
 ゆっくりと、彼女はその眼を閉じた。
 メフィストが、現世から消滅する。召喚を行っていた主がいなくなれば、悪魔も顕現を続ける事は出来ない。
「――……」
 ……勝った。
 あの恐るべき使い手を、討ち果たした。
「ふぅああああ……」
 盛大に息を吐きながら、尻餅をつく。
 ……安心したら、全身の傷がズキズキと主張し出した。
「うわ、ボロボロですね……」
 駆け寄って来た弥生が、術での治療を始める。
「ず、頭蓋骨にヒビがっ!?」
 ……あ、やっぱり。
 しばらくすると、痛みが引いて来た。ふぅ。
「サンクス、助かった」
「傷を治しても、疲労が回復する訳ではありませんから……先に神社に戻って、休んでてくださいな。ナチズム女は斃しましたし、後は私1人でも大丈夫ですよ」
「そうか……」
 正直動くのも億劫だし、休んでいいのなら休もう。
 俺は、忠臣に眼を向ける。
「ケルベロス、死体を灰にしてくれ。んで、俺を神社まで運送だ」
「了解した、我が主よ」
 劫火の息が、ハンナの身体を骨も残さず焼き尽くす。
 ケルベロスは焼滅を確認した後、俺の服を咥えて背中に放り上げた。
 ……異界化が解ける。
 人目を避けつつも、ケルベロスは軽快に駆けて行く。



「と言う訳で、マーシュさんを港まで送って来ました! イェーイ!」
「ヒュー、ぱちぱち!」
 ノリに合わせて、拍手なんかしてみる俺。
 弥生が帰って来るまでの時間で、体調はほぼ元通り。今は元気である。
「じゃあこれ、約束の報酬です」
 ケースを差し出す、弥生。
 俺は一応、開いて中身をチェックする。偽札だったり、1番上だけが本物だったりしたら大変だ。
 ……ま、そんな事は滅多にないのだが。商売ってのは信用が1番であり、不正をすると他の客も離れてしまう。裏社会では尚更だ。
「うむ、確かに」
「今回はありがとうございました」
「ま、キツかったのは事実だけどな。でも良い刀が買えたし、払った400万はこれで取り返せたし。最後は文句なしだ」
「ふふふ……また武器が必要になった時は、稲荷商会に連絡してくださいね。お安くしときますから」
「ああ、そうする」
 別れの挨拶を交わし、神社を後にする。
 ……本当に、今回は大変だったなー。
 金も入ったし、しばらくは休むか。温泉にでも出掛けて。
「あ、そうだ。確認はしておこう」
 口座から、400万がちゃんと落とされてるかをな。
 COMPを起動。インターネットに接続し、銀行の預金をチェックする。
「……?」
 0円。
 何度見ても、0円。
「……ケルベロスッ!!! 大至急、神社に戻るぞッッ!!!!」
 魔犬を召喚し、その背に飛び乗る。
 命じられた通りに、走り出すケルベロス。
「……何事なのだ、主よ」
「あのアマ、俺の預金を全額引き出しやがったッッ!!!!」
 刀の代金を払うために、俺は弥生に口座を教えた。
 しかしその結果、代金どころか全財産を取られてしまったのである……!
「だから、資金はいくつかの口座に分割しておけと言ったのだ。それなのに主は……」
「……と、とにかく神社だッ!!!」
 眼前に、神社が見えてきた。
 都合良く、弥生は外にいる。
「弥生ィィ――ッ!!!!」
「お? ああ、さすがに気付いちゃいましたか」
「お前、商売人のくせにこんな事していいのかよッ!!? 信用を失うぞッッ!!!!」
「大丈夫ですよー。次のカモ……ゲフンゲフン。次の御客様に会う時は、顔も名前も違いますから」
 何て酷いッ!!!
 いや、落ち着け俺! こいつはこの神社の巫女なんだから、どこにも逃げられないはずだ!
「……ん?」
 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りがした。
 次の瞬間。
「う、うわぁ――ッッ!!!?」
 神社があの広大な地下室ごと、土を撒き散らしながら浮かび上がる……!
「これぞ、稲荷商会が誇る空中機動神社ですッッ!!!!」
「――地鎮とかどうなってんのッッ!!!?」
 神社に乗って飛び上がった弥生に向けて、下から大声でツッコむ。
 ええい、こんな訳分からん展開で逃がして堪るかッ!!!
「往くぞ、ケルベロスッ!!」
「あ、ああ……」
 まだ、高度はそんなに高くない。
 地を蹴る。跳び付けば何とかなる――と、思ったのだが。
「久久能智神、火之迦具土神、波邇夜須神、金山毘古神、弥都波能売神――」
 弥生は剣印を結び、五芒星を切る。
 そして――
「――『晴明桔梗印神道式』ッ!!」
 咒術で、俺とケルベロスを撃墜した。
 地球の重力に引かれ、ボトンと落ちる俺達。
「さようなら、蓮さん! 御縁があれば、またどこかでお会いましょうー!」
 ……顔も名前も違うんだろうが。
 神社が隠形し、空から消える。これで、コカトライスで追う事も出来なくなった。
「主、世の中は広いな……」
「……ああ」
 俺は、弥生から受け取ったケースを開く。
 この金があれば、まだ何とか――
「…………」
 中に入っていたのは、大量の葉っぱだった。
 ……これで、無一文。三途の川も渡れません。
「これからどうするのだ、我が主よ」
「どうしようもねー……」
 余りのショックに、頭が真っ白になる俺。
 その白い雪原を、雪ダルマがヒホヒホ言いながら走り回るのであった。
 アハハ……誰か助けて……。




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