邂逅輪廻



 学園祭二日目、午前八時三十五分、通用門前。
 何処の世界にも、直前になって頼みごとをしてくる厄介なやつは居るものだ。余裕を持って対応すればどうってことなくても、時間や手段が限られた状況では難題と化す。つまるところ、八月末の宿題が一番近い気がしてきた。俺も大概、溜め込む方だし、あんまり非難できる立場じゃない気がしてきたぞ。
「よぉ」
 担当の係が来賓の招待券に判を押しているのを横目に、俺は一人の男を見付けだして声を掛けた。そいつは俺らと同世代だが、他校の制服を着ている。身長は高い部類に属するんだろうけど、骨格が貧相な上に筋肉も大してついてないせいか、ゴボウみたいにヒョロっとした印象を与えてしまう。その上、メガネ族なもんだから、どう頑張っても第一印象が運動音痴のガリ勉野郎になってしまう不憫なやつだ。一応、人並程度の運動神経は持ってるんだがな。同時に、学力の方も人並なんだけどさ。
「今日はいきなり悪かったな」
「全くだ」
 こいつが俺にメールを送ってきたのは、ほんの数十分前のことだ。内容を掻い摘むと、『今日遊びに行くからチケット寄越せ』である。見なかったことにしてもよかったんだが、根っからの善人である俺が無碍にできようはずもない。結局はこうやって、駆り出されてしまった次第だ。
「この人が、ですか?」
 そう口にしたのは、岬ちゃんだ。生憎と俺の招待券は全部バラ撒いてしまっていたので、何人か声を掛けてみたんだ。そしたら茜さんの分も自由に使っていいと言われてたらしく、お願いしたって訳だ。
「これは絹山護(きぬやままもる)。説明した通り、中学時代のダチだ」
「へー」
 岬さん。あなた、何故そう吟味するように見定めしやがってますかね。
「先輩の旧友という割には、随分と普通そうですね」
「初対面の第一印象を、堂々と口にするな」
 いついかなる時も、無礼と失礼を忘れない。正しい桜井の血脈だな。
「えーと、七原、この子は?」
「ああ、一年の桜井岬ちゃん。俺との関係は――」
 あれ、そういや俺と岬ちゃんって、一言で表すとどういう知り合いだ? 先輩後輩には違いないんだけど、それだけだと的確ではないような。
「七原先輩の、お世話をさせて頂いています」
「――」
 おい、絹山、無言で後ずさって距離を取るな。
「七原、お前、二年になってそんな趣味に手を染めたのか」
「お約束の勘違いをありがとう」
 日本語が通じる同士でも、端的に情報を伝え合うのは難しいよな。
「まあ、最初から話すとだな。春に、この学園の生徒会長に立候補したんだよ」
「うちの町で一番のバカと言われたお前がか?」
 あーれー? 俺、最近、日本を飛び出せるバカとか言われまくってるけど、当時の評価そんなもんだったっけ?
「それで選挙参謀やってくれることになったのが、この岬ちゃん。彼女の家は代々選挙参謀を家業としてて、姉の茜さんは高三にして既に本物の現場でバリバリ働いているんだ」
「……」
「で、その茜さんに、俺の陣営で働いてもらう予定だった舞浜ってのを引き抜かれて対立候補にされて、何やかんやあって負けた訳だ。その縁で、今でも秘書的に庶務をやってもらうことがしばしばあるって話だな」
「先輩の様に、ケツを引っぱたけばそれなりに働くタイプは、やりがいがあります。別に私が居なくてもいいんじゃないかって優秀な方や、どうあっても使い物にならないのは性に合いませんね。将来的にはプロを目指す私ですから、理想論としてはどの様なのでも操縦しないといけないんですけど」
「こんな感じだ」
「その濃い話を聞いて、どう反応しろと言うんだ」
「これでも、大分というか、八割九割は端折ってあるんだが」
 西ノ宮シスターズの話とかを混ぜたら、本格的に日が暮れてしまう。
「春休みに会って以来だが、随分と色々あったみたいだな」
「前に会ったの、春休みだっけ?」
 本当、この一学期は密度が高くて、もう何年も前のことの様だ。
「何にしても招待券くれるのはこの岬ちゃんだから、お礼を言うように」
「ありがとうございます」
 言って絹山は、最敬礼を示すと言われる、四十五度のお辞儀をした。うーむ、痩せぎすのこいつがこういう姿勢をとると――。
「何だか、ブーメランみたいですよね」
「だから、思ったことをそのまま口にしない!」
 俺も同じ感想を抱いたことは、このまま闇に葬り去ることにしよう。
「そういや、お前、名字絹山だったな」
「さっきから呼んでるだろ。何だよ今更」
「何か引っ掛かってるんだよな。メールが来るまでお前のことなんて完全に失念してたのに、最近、どこかで聞いたような気がしてな」
「さりげに辛辣だ。七原、お前そういうキャラだったか?」
 そこはほら、桜井姉妹の悪い影響を受けたってことにすればいいんじゃないか。
「んっと、討論祭の参加者に絹山夏南って居ますけど関係ありますか」
「ああ、それだ、それ」
 昨日、一回戦のラストを観戦した時に一位抜けした子だ。そんなに弁が立つって感じでも無いのに生き残ったから、頭の片隅に残ったんだっけ。
「俺の、妹だ」
「妹居たのか、お前」
 地味めだけど、ちょっと可愛い子だったぞ。何で中学時代に紹介してくれなかったんだ。
「あれ、凄い違和感が湧いて出たんだが、何だこれ」
 心の中がムズムズするというか、普通に考えたら有りえないような言葉が飛び出してきた感じがする。
「妹がうちの学園の生徒なのに、招待券貰えなかったんですね」
「グワッハ」
 吐血でもしかねないくらいの勢いで絹山は怪音を発すると、その場にうずくまってしまった。ああ、納得した、そういうことね。
「ウフフフ、年頃の女の子にとって兄貴なんてものはだなぁ、大抵は嫌悪の対象なんだよ。お兄ちゃん大好きなんて言い出すのは、所詮、物語の中だけさ。どいつもこいつも、分かってねぇ」
 だから俺、存在すら認識してなかったのか。知らなければよかったような、実に微妙な気分になってしまった。
「じゃ、招待券も差し上げましたし、私はこれで行きますね」
 そして、無駄に傷口をえぐって去る岬ちゃん、恐るべし。これ以上被害を広げない為、あの姉妹には誰かが鈴を付けるべきなんだろうが、童話と同じく皆がネズミだからなぁ。とりあえず言い出しっぺが損をする世の中だし、誰かが提案するまでは様子を見るってことにしておこうっと。


 学園祭二日目、午前八時五十分、二年三組教室。
「七原ー、お前、卒業後、どうするんだ?」
 第二講堂へと向かう前に立ち寄ったところ、いきなり遊那に声を掛けられた。
「あー、とりあえず遊那が何かしでかした場合を想定して、友人代表で『少し奇抜な行動が目立つタイプでしたねー』って甲高い声でコメントする用意だけはしておくわ」
 全くもって真面目に相手をする気が湧かなかったこともあって、適当極まりない返答をしておいた。
「大雑把すぎる質問をした部分は謝罪しよう。この間の進路希望書、何て書いた?」
「俺の学力から適当な大学を見繕って、第一志望から順に、ちょっと頑張らないと厳しいかも、無難すぎて面白みに欠ける、そこまで自分を卑下しなくてもいいのよクラスの滑り止め、で埋めた」
「貴様、そういう小器用な世渡り術が得意だよな」
「そこまでの話か」
 逆に、このくらいのことも出来ない遊那は、今後の人生大丈夫なんだろうか。
「よし、私もそれをパク――参考にするか」
「ってか、何で学祭中にそんなことしてんだよ」
「第一志望大学進学、第二志望フリーター、第三志望ケセラセラと書いたせいか、ついさっき突っ返されたんだ」
「それを出せるメンタルがあれば、なんだかんだで生き延びられる気がしてきたぞ」
 並の輩に真似出来る所業でないことは、この俺が保証しようではないか。
「うちって、色々と幅は広いけど、一応、進学校だったよなぁ」
 卒業後の進学先については、上は最難関国立から、下は名前さえ書ければ入れてくれる保養所までよりどりみどりだぜ。
「そういや遊那って理数系、特に数学が壊滅してるから学年順位が振るわないだけだった気がするし、それを使わない文系学部なら、最低線は何とかなるんじゃないか」
「それは先生にも言われた。よぉし、金儲けに興味が無い訳でもないし、どこかの経済学部でも選ぶか」
「軽い自殺志願だぞ、それ」
 下手な理系学部より数学が必要なのに、入試科目からは除外されてることも多い経済学部は、大学受験界のブービートラップと呼ばれている、らしい。
「どうしろって言うんだ。文学部に入って、夏目漱石の研究でもしていろと」
「お前は多分、文学部を勘違いしている」
 文学部って大半は人文学部の略称で、社会とか人がどうとか研究してるんじゃなかったか。その中に文学も含まれてるはずだから、完全に間違ってるとは言わないけどさ。
「そういう七原は、何学部を目指すんだ」
「そりゃ、理系がどうにもならん文系が、今後の人生で最もアドバンテージを稼げると言えば、法学部以外にあるまい」
 最近、西ノ宮のお母様が似たようなことを言っていた気がするけど、あそこまでトントン拍子に弁護士まで務めようなどとは思っていない。
「あまりにありきたりすぎて、面白みに欠けるな。自分の立ち位置というものを理解しているのか」
「お前の中で、俺はどういったキャラ立てになっているんだ」
 ちなみにこの話題が、お互いを傷付け合う危険なものだということくらいは把握しているつもりだ。
「大学とは、学問を修めるところだぞ。小手先のメリットデメリットなどという微視的視点でものを語らず、もっと自分の中で何を高めたいかで選ぶべきではないか」
「言ってること自体は正しいんだろうが、遊那の口から出ても説得力がねーよ」
 討論祭の一回戦で、適当に相槌を打ってるだけで三位に滑り込むという謎の快挙を達成してしまった遊那だが、真面目に議論したとしても、この薄っぺらさのせいで共感を得られたかどうかは怪しいところである。もっとも、遊那のことを知らない観客の方が遥かに多いんだから、それなりに押し切れた可能性もあるとは思うが。
「ともあれ俺は体育館行くわ。そもそも進路なんてもんは、一日やそこらで結論出すもんじゃないし、適当に切り上げろよ」
「七原に上から目線で物を言われると、腹が立つなぁ」
 だからそれはお互い様だと言うに。結局のところ、俺と遊那って見事なまでの類友なんだと実感しつつ、教室を後にした。


次回予告
※阿:浅見阿遊 護:絹山護

護:え、何、この小学生は。俺と何の関わりも無いよな?
阿:新章の序盤で思わせぶりに登場しておきながら、
 その後、回収される気配すら無いって意味で、いいお仲間になれると思うよ。
護:少年よ、そんな悲観的なことを言ってはいかんぞ。
  これから俺が華々しい活躍を収め、レギュラー入りする可能性だってあるじゃないか。
阿:希望を持つのは自由だけど、希望にすがるようじゃダメになるって、
 その年になるまで気付かなかったんだ。
護:辛辣なやつだな。しかしこれを妹に言われてると思えば、快感に代えられる。
  正しい兄としての処世術というものだ。
阿:小学生を相手に、何を言ってるんだっていう自覚はないの。
  ってか姉や妹に何がしか思うことがあるなんてのは、幻想以外の何物でもないよ。
護:それは君個人の姉か妹に人間的欠落があるだけの話だろう。
  うちの妹は可愛いぞー。ちょっとツッケンドンな感じがまたグッドだ。
阿:ダメだ、このバカ兄、会話がまるで成立しない。
護:それじゃ次回、不埒な奴らの祭り事 学園祭本編第三十二話
 『頭が良すぎるキャラ設定にすると、作者の知性がバレるのが最大の難問だ』だぞ。
阿:引き立てようと他のを下げると、アホすぎになっちゃうのも、よくある話だよね。




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