邂逅輪廻



【桜井家の場合】
「ねぇねぇ、岬ちゃん、遊ぼうよ〜」
 自室の勉強机に差し向かい、黙々とシャープペンを走らせる岬に対し、茜は何の気遣いもせずにクネクネとしていた。どうやら、本格的に暇を持て余しているらしい。何処の舞踊だと問い質したくなる奇怪な動きが岬の癪に障ったのか、手を止め、首だけを茜に向けた。
「お姉ちゃん、受験勉強中の妹をたぶらかして楽しいの?」
「岬ちゃんなら、そんな根を詰めなくても受かるから大丈夫だって」
「根拠が無いんだけど」
「いざとなったら、岬ちゃんが当確ラインに乗るまで、他の子を脱落させるから」
「お姉ちゃんが言うと冗談に聞こえないよね」
「えへへ」
 そんな姉に真っ向から対抗しても疲労するだけだと知っているのか、岬は行き場の無い怒りを嘆息することで吐き捨てた。
 たしかに茜の言う通り、岬の学力は志望校の当落線より上にある。元々、一学年が六百名程もある巨大学園で、一般入試枠も大きい。少子化の影響もあり、倍率は二倍そこそこしか無いのだ。更に超進学校希望者が滑り止めに受けることも多いので、実質的な倍率はもう少し下がる。岬に取ってみれば、あと一月半、規則正しい生活を守り、相応の勉強さえすれば先ず落ちることは無いのだが――。
「でも、遊ぶのは、もうちょっとやってからね」
「ぶーぶー。お姉ちゃん、寂しい〜」
 岬にしてみれば、何もしないというのは不安を拡大させるだけのものなのだろう。とは言え、血の繋がった姉をバッサリ切り捨てるのは躊躇われるのか、視線は参考書に向けつつも、声だけはそちらに向けてみた。
「お姉ちゃん、やること無いの?」
「フリーの選挙参謀って、選挙無いと、本当、暇だよね」
「何処か一部の場所で活動する訳じゃないもんね」
 特定議員の専属であれば、後援会との調整など、秘書に近い仕事もあるのだけれど、期間契約が主体の桜井家には縁遠い話だ。
「作家活動の仕事は?」
「二日前に締め切りがあって、次は来年の三月〜」
「あ〜……」
 『だからこんなに自由なんだ』と続けようとしたのだが、茜が自由なのは今日に始まったことではないことを思い起こし、言葉を飲み込んだ。
「そういえば、今日、クリスマスイブだよね」
「らしいよね〜」
「年頃の姉妹が、イブの夜に何も無いって言うのもどうなんだろうね」
 尤も、共通の幼馴染み、浅見遊那に比べれば、どうってことないのは自覚した上での発言ではある。
「私は、岬ちゃんが居ればどうってこと無いよ?」
「そーいう恥ずかしいこと言わないの」
 何ゆえ、臆面も無くそういうことを言えるのか。天真爛漫というか、純真無垢というか。極悪無垢と表現するのが、一番、的確なのかも知れないが。
「あー、見て見て。雪だよ〜。ホワイトクリスマスだね〜」
「……はいはい」
 とりあえず、この場で姉に勝つのは無理と判断したのか、岬は再び溜め息を吐くと、手を止め席を立った。暗闇に舞い踊る白い妖精達は、群れているはずなのに何処か寂しげで、心を少し締め付ける。
 何にしても、横ではしゃぐ姉を何とかしない限り、自分に勝利は無い。そんなことを再認識させられた、桜井岬、中三の冬であった。


【西ノ宮家の場合】
『わわわ〜』
「何でクリスチャンでもない私が、クリスマスイブに教会で、妹達の賛美歌を聞いているのでしょうか……」
 一種、独特の雰囲気の中で奏でられるパイプオルガンの音色と、有志で構成された声楽隊の声音が、聖堂内に響き渡っていた。出自はさて置き、元来、クリスマスとはキリスト教のお祭りなのだから問題の無い光景なのだけれど、西ノ宮家の長女麗は、釈然としない面持ちのまま、聴衆に向かって一礼する妹達を見遣っていた。
「う〜ん、どうだった、お姉ちゃん?」
「意外と歌巧いでしょ、私達」
「こりゃ、近い将来、三つ子歌手として芸能界デビューするしか無いかもね〜」
「それはともかくとして。何で今年に限って教会なの?」
 西ノ宮家のクリスマスは、特に予定が詰まっていなければ、自宅で御馳走めいたものを食べるのが通例だ。それが外食になることもあるが、少なくても直接宗教的行事として絡めることは無かった。受験生であるが故、願掛けめいたものを想定していた麗だったが――。
「知らないの、お姉ちゃん」
「ここの教会って、イブの夜はお菓子食べ放題なんだよ」
「あんた達に、真っ当な回答を期待した私がバカだったわ……」
「お姉ちゃん、成績良いのに、こういうとこの機転利かないよね〜」
 麗の表情は、『そんなところの回転が速くなっても嬉しくない』とでも言いたげだ。
「まーまー。そんな難しく考えなくてもいいじゃん」
「そーそー。元々、日本には八百万の神様が居る訳で」
「うんうん。今更、欧米産の神様とお祭りが一つや二つ増えたって大したことじゃないって」
「あなた達には、一度、日本語の『神』と英語の『God』の違いを講釈すべきね」
 尚、日本で『神』と言うと、広義には常人以上の力を持つもの全てを指してしまうが、英語の『God』は唯一神を指すことが多いので、誤訳にも近い開きがあると言える。
「やっぱりクリスマスのケーキと言えば、ブッシュ・ド・ノエルだよね〜」
「結ちゃん、初めて食べるのに良く言うね〜」
「ま、当然、私も海ちゃんも初めてなんだけどね!」
 身内しか楽しくない三つ子ジョークでどっと笑いこげる三姉妹。何歳になっても、本当、仲が良い。これ自体は微笑ましいことなのだろうけど、いつか終わりが来ることなのだろうか。ふと、そんなことを思い、麗は物憂げに視線を逸らした。
「ところで、ブッシュってどういう意味の英単語だっけ?」
「えーと……藪とか、そんな感じだっけ?」
「おー、舞ちゃん、あったまい〜」
「ちなみに、ここでのブッシュはフランス語で、丸太っていう意味よ」
 長女麗の一言に、トリオ・デ・二女の三人は凍り付いてしまう。
「こんな感じじゃ、三人揃って志望校に合格するのは難しそうね」
 麗は小さく呟くと、明日から鍛え直すことを心に誓ったのだった。


【一柳家の場合】
「メリークリスマス、綾女」
「お父様。不穏な郵便物が届きましたので、イギリスに送り返したいと思いますわ」
 言って綾女は、玄関の扉を容赦なく閉じると、踵を返してリビングへ戻ろうとした。
「おい、こら、綾女! お前の兄さんだよ! 一柳空哉だよ!」
「生憎と、私の兄は帰国早々、サンタ服で凱旋するまでに素っ頓狂な脳はしていないはずですの」
「ああ……たしかにヒースロー空港では何度と無く止められたが、クリスマスということで、何とか通過してきたぞ」
「一体、何処から着てますの!?」
 この不審者に何処までも厳しい時代に、よく拘留されなかったものだ。綾女は、兄の程度を甘く見ていたことを痛感し、渋々と扉を開け直した。
「ハハハ。暫く見ない間に、大きくなったなぁ」
「嫌味で言ってるのでしたら、足の甲か、脛を全力で蹴り抜きますわよ」
「幾ら俺でも、骨がほぼ剥き出しの弱点をつかれるのは御免だなぁ」
「その『幾ら俺でも』という部分に、嫌な含みを感じますわ」
 同じ空間に居るだけで精神をヤスリで削られるかの様な兄だ。綾女の年齢不相応の我慢強さは、ここで育まれた部分が多いと言って良いだろう。
「それにしましても、イブに帰ってくるだなんて、二十歳の若者としてどうですの」
「綾女に会いたいから、すっ飛んで帰ってきたに決まってるじゃないか」
「お母様、実の兄と、法的に縁を切る手段を問うてみますわ」
「まあ、落ち着くんだ、綾女」
 誰よりも動揺しているのが空哉である事実には、触れてはいけない。
「ちゃんとおみやげというか、クリスマスプレゼントだって用意してあるんだぞ」
「ついでに、高校の推薦が決まったお祝いも兼ねさせて貰いますわ」
「おぉ、流石は我が妹! 皆、進路が決まらずカリカリとしているこの時期に、悠然と上から見下ろすことが出来る推薦という特権を――まあ、綾女の場合、踏み台でも使わない限り見上げざるを得ないんだが」
「それを言う為に帰ってきたのでしたら、航空運賃の無駄遣いと評さざるを得ませんわね」
「あれ? ちょっと怒ってない?」
「どなたが神経を逆撫でしてますの」
 残念な話だが、バカは、殆ど自覚が無いからバカなのだ。
「それで、プレゼントとは何ですの?」
「ああ。綾女の高校デビューに向けて、さりげなく身長を伸ばせる魔法のブーツをだな――」
「怒りを通り越して、そんなものをわざわざイギリスで購入した兄を尊敬し掛けた自分がおりますわ」
「はっはっは。肉親とはいえ、そこまで持ち上げられるとこそばゆいねぇ」
「生憎と、褒め称えたつもりは一切ありませんわ」
 こんな辛辣な物言いにも、全く動揺しない一柳空哉という男。ある意味では間違いなく大物ではあるのだが、彼が表舞台で活躍するのには、もう少し、時間が必要そうである。


【七原家の場合】
 二人の男が、一つのモノを挟み、対峙する形で向かい合っていた。そのモノは、グツグツという音と共に白い蒸気をを撒き散らしつつ、複雑に入り混じった臭気をも周囲に拡散させている。要は、冬料理の代名詞、鍋物である。
「なぁ……公康」
「んあ?」
 一方の、年長と思しき男が、口を開いた。
「彼女、居ないのか?」
「イブの夜に、弟と一緒に鍋つついてる奴に言われたくねぇ!」
 食卓がちゃぶ台ならばひっくり返さんばかりの剣幕だったが、幸いにしてダイニングテーブルだったので、事なきを得た。
「つうか兄貴、この前から自慢しまくってた彼女はどうしたんだよ? 随分と美人で腹立たしい限りなんだが」
「振られた」
「それはまあ……何というか御愁傷様で」
 イブの夜に自宅に居る時点で気付くべきなのだろうが、生憎、公康にその様な繊細な神経は存在しない。
「クリスマスを一人で迎えるのが辛いってことで付き合い始めたんだが、『冷静に考えると、あんたと一緒に過ごす方が辛い』と言われて別れた」
「残酷すぎて、コメントしようがねぇ……」
 嗚呼、世は無情。何ゆえ、人と人との関わりはかくも非情なのか。七原兄の冥福を祈らずにはいられない。
「公康ー。女の子、紹介してくれー……」
「彼女無しの弟にタカるな!」
「知ってる、知ってるぞぉ。お前が彼女を作らないのは、女子の多い学園でハーレムを作ることを最終目標としてるからだってことを。一人、たった一人で良いからお零れを……」
「そして、尋常じゃないまでに惨めなことをさらりと言ってんな! 肉親として恥ずかしいわ!」
 七原公康が残念な思考回路をしているのは突然変異だからではなく、純粋に家系のせいであるというのは定説である。
「大体、俺の女友達なんて、殆ど一年生で、せいぜい一つ上くらいだぞ。年上派の兄貴が、三つ四つも下でいーのかよ」
「年上は癒し系だなんて思ってた時期が俺にもあったさ……」
「何処まで傷付いてるんだよ!」
 普通、あれだけえげつない別れ方をすれば、人生観が変わる程の衝撃を受けてもおかしくはない。
「うう……女子高生は良いよな、女子高生」
「公然の場だったら捕まりかねないことを連呼すんな、ダメ兄貴!!」
 後に、ボケツッコミの両輪マスターと呼ばれることとなる公康をここまで引き摺り回すとは、七原兄、末恐ろしい人材である。

 それにしても、クリスマスイブの夕食が、兄弟二人きりでの鍋というのは、本当にそれで良いのか。七原家、奥が深すぎる。




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