「はーい、では次は楽曲紹介のお時間です」 一応、ラジオ番組の体は崩さない心づもりらしい。 「えー、リクエストソングはここ一番のどどいつさんからラブリーラッセン音頭」 「はりきってどうぞ」 「ラッセンハッセンダッセンは〜♪」 「ドブに隠れる猫のよう〜♪」 「それでも何だか楽しそう〜♪」 「お前らが歌うのかよ! ってか、何処ら辺が音頭なんだよ! そもそも歌詞が意味分からねーよ!」 く、この俺がツッコミに専念させられるとは、何たる数の暴力。やっぱり、俺らの周りには、ボケ寄りの人材が多すぎると思うんだ。 「続きましては、ギンギンギラギラ銀タラ最高さんからのリクエストで、にじり寄る二時の虹」 「にじにじに〜じ〜にじじ〜」 「ネタ披露会になってるじゃねーか! ワンマンショー……いや、スリーガールズショーか? どっちにしろやりたい放題か!」 ラジオのお仕事なんて、ある意味、暴走してナンボという事実は、この際抹消していくことにする。 「七原さんが居ると、本当、お任せ出来て楽でいいです」 この姉、本気で俺に育児委託してやがんな、おい。 「今年の春、この子達が入学する時に母が言ったんです」 どうした、いきなり。 「『麗には今まで、姦しトリオの面倒を大分、任せて悪かったわね。もう高校生になるんだし、自主性の尊重という伝家の宝刀を抜いて、少しはほっぽらかしていいわよ』、と。 その時に、少し悟ったんです。全てを生真面目に処理しようとするといずれパンクするから、任せられる仕事があるなら、少しでも多く投げ渡すのが、正しい道だと」 「いや、そりゃ、ある程度は正しい理屈だがな」 官僚候補生の西ノ宮が言うと、下請けの下請けにまで業務を投げ渡す構造を是正しない所存に聞こえるのは、考えすぎだろうか。 「次男であり下が居ない七原さんには、この苦労を受け入れる資格があるかな、と」 理屈になってるようで、全くなってねぇ。つーか、この話題、息長いな。どんだけ、姉ということで苦労してきたんだよ。 「ん、七原さんって、そーいや次男坊だっけ」 「ってことは、家を継ぐ必要が無いってことだよね?」 「いや、うちはそもそも、継ぐような家業も無ければ、そんな御大層な家督も無いから、長男次男とか言われてもあんま関係ないはずだが」 バカ兄貴は、バカのくせに研究、ないしはそれに準ずる仕事で生きていきたいとかほざいてるしな。 「つまり、婿養子になるという人生設計もありうるわけだ」 「西ノ宮公康。うーん、語呂としては微妙だねぇ」 「とは言え、七原麗っていうのもねぇ」 「ここはちょいと昔に流行った、夫婦別姓ということで丸く収めてはみないかね」 君達は本人の意志の介在しないところで、何を好き放題言っているんだ。いや、いつものことだろうと言われるとそうなんだけど。 「椎名公康、桜井公康、浅見公康、一柳公康――」 「七原岬、七原茜、七原遊那、七原綾女――」 「何かこう、どれもしっくりこないなぁ」 「強いて言うなら、一柳公康か、七原綾女かなぁ」 「えらい身近ばっかりから揃えられてるな、俺の嫁候補」 お見合い結婚とか、職場結婚とかいう可能性は微塵もないのですか。 「たしかにまあ、名字が変わると、一気にバランスがおかしくなることはあるっちゃあるんだが、触れないでやるのが、大人の対応なんじゃないのか。 知り合いのおばちゃんに、『本間海菜(旧姓如月)』さんってのが居るぞ。明るい人だから、自分からネタにしてるけどな」 「七原結、七原舞、七原海……」 お姉様が、何かブツブツ言っておられるのですが。 「気付いたのですが、七原さんがどれかを引き取って、更にお兄さんがもう一人いけば、一気に残り一人になりますよね?」 「本気で、猫の子扱いか」 「娘を嫁に出すことを、片付く、と表現することがあります。つまりは、そういうことなのではないでしょうか」 自分のことはさておいて、こう言い放つって、姉としてどうなんだろう。 「一夫一婦制は、憲法で定められていましたっけ? でないのなら、将来的に一夫多妻を認めてもらって、三人纏めて引き取ってもらった方が寂しがらないのではないかと」 あかん、姉妹揃ってこの人達言いたい放題すぎる。 「はーい、では次のお葉書です」 それにしてもこの番組的なもの、構成がしっちゃかめっちゃかってレベルじゃないな。というか、今時、メールじゃなくて葉書をラジオに送る硬派な奴が……何か、職人のこだわりとか言い出して、普通に居る気がしてきた。 「レディオネーム、バーバリーバーバリアンさん」 ラジオ部分の発音が、一回一回、違うことには、触れないでおこうと思うんだ。 「三つ子さんの最大の売りといえば、やっぱり三つ子であるということだと思うんですが、やっぱり三つ子ならではのエピソードもたくさんあると思うんです。そこで、三つ子ということで良かったこと、悪かったことなんかを教えてください、と」 「いやー、珍しいですからねー、三つ子って」 「まあ、三卵性ならそうでも無いんでしょうが、一卵性ともなると、マジ激レア」 「一昔前のマンガには結構出てきたんですけどねー。最近は、三つ子でも個性があるらしいですよ」 「全くもって、軟弱な話ですよ」 この番組、コアな人気が出るけど、問題発言連発で強制終了させられる、そんな匂いしかしねぇなぁ。 「さて、良かったことと悪かったことという話ですが」 「そうですね、とりあえず良い点は、お説教を食らう時、気分的に三分の一で済むみたいな」 「何しろ、お母さん以外は殆ど見分けられませんので、怒る方も、怒りようが無いと言いますか」 「ミステリ世界の住人だったら、逆に鼻で笑われるような話ですよねー」 「ま、逆に身に覚えがなくても、怒られることがある諸刃の剣ではあるのですが」 こいつらがここに至るまで、大した人間的成長もなしに生きてこられた理由の一端を垣間見た気がした。 「しかし、説教くらいならまだしも、警察の厄介になることがあるとすれば、どうやって個人の判断するんだろうか」 顔は同じ、遺伝子配列もほぼ同じ。本人達がかばい合って、全員が同一人物を主張した場合、法的にはどう処理されるのか、意外に興味深い点の気がしないでもない。 正答率八割と言われている母親の証言は参考に……つうか、お母様は弁護士でしたね。事実を捻じ曲げるのがお仕事みたいなものですから、あてにはなりませんよね。 「悪い点……悪い点ですかぁ」 「何て言いますか、産まれる前から、こうであったことが自然のことだったので」 「正直、良く分からない面もありますねー」 「現状に極めて満足していると言い換えてもいいでしょうか」 「成程、こいつらに向上精神がない理由は、そこにあるのか」 「ふっ、上昇志向は素晴らしいものだと人は言う」 「だが、その上へと向かう気持ちこそが人と人との軋轢を生むのではないのかね」 「奪い、嫉み、喰らい合う、結局のところ、戦争がなくならない原因は、人の過大な欲に起因しているのだよ」 「そう、今という時の素晴らしさを最大限に甘受する術を知った我々は、次世代の人類なのだよ」 「だったら、その上昇志向の恩恵である科学が全く及ばない、石器や火すらない原始の時代と同じ生活をしなさいね」 「うぐぐ」 さっくりと論客様に論破される残念なトリオなのでありました。 「突然ですが、ここで質問タイムです!」 本当に突然だな、おい。 「はいー、本日のゲストである西ノ宮麗さんと七原公康さんは、先の選挙の、三位と四位という、それなりに上位の結果だったのですが」 「その思い出なんかを語って頂こうかと思います」 「では西ノ宮麗さんこと、お姉ちゃん。メンバーが大分様変わりしたにも関わらず、前年度十一月期選挙と同じ三位という結果に、一部からはブロンズコレクターの称号を与えられていますが、どの様にお思いですか」 こう、遠慮無く心をえぐりにいける関係が姉妹として正しいのか、誰かちょっと教えて下さい。 「代表者を一人選ぶ選挙では、二位であろうと、最下位であろうと、等価値の存在です。無論、理想論として、次点以降の候補者の意見も政策に取り入れるべきだとは思いますが、現実的には人が行うことですから難しいことだと思います。 一言で何を言いたいか纏めると、そのことに触れるとはいい度胸ですね、そこへ直りなさい」 時代劇以外で、そこへ直れなんて使う人、初めて見た気がする。 「では七原公康さん。七原さんと言えば、今選挙戦のイロモノ候補として名を馳せましたが――」 「いや、そのレッテル貼りはおかしい」 むしろ俺ほどの正統派候補者は居ないのではないかと思う勢いだぞ。 「では、何ゆえ、立候補前と後で、発言がガラリと変わっているのか、明確な答弁をお願いします」 「姉妹揃って、人の古傷をほじくり返すな!」 ええい、一次投票通過後、西ノ宮とやりあった記憶が蘇ってしまったではないか。 「合コン」 「そっちはそっちで、単語一つで口撃してくるんじゃない!」 ちくしょー、インタビューコーナーで、何でこんな無駄に空気が殺伐とせにゃならんのじゃい。 「はいー、今回の放送も終わりが近づいて参りました」 「楽しい時間は、本当、あっという間に過ぎ去るものですね」 楽しかったどうかはともあれ、えらく精神的に消耗する一時であったことは間違いない。 「お相手は、私、西ノ宮結」 「舞」 「海のスリースターズでお送り致しました」 「シーユーネクストレイディーオーターイム」 「まったねー」 そのユニット名が、即興で作られたものなのか、前々からあるものなのか、ちょっと知りたい俺がいる。 「とまあ、こんな感じな訳ですよ」 「いやぁ、我がことながら、何たる完成度の高さ」 「音声記録して、何度も聞きたいくらいですわ」 普通、学生時代に自己録りしたラジオ番組的なものなんて、永遠に封印しておきたい部類のもののはずなんだが、こいつらなら、大人になっても嬉々として聴けそうで恐ろしい。 「んで、ぶっちゃけどうよ」 「どうと言われてもなぁ。昼休みに放送してたら、知り合い抜きにして、聞いちゃうだろうなぁというレベルではあった。ちゃんとしたラジオ放送だったら、毎週聞くか微妙だけど」 「ふっ、プロとして赤の他人を楽しませるというのは、大変なことなのさ」 「だから俺は、永遠のアマチュアコメディアンであろうと思っています」 いやぁ、笑いって本当、日常的なもので、仕事としてやるのは、俺には合わないのよね。 「……」 あれ、ちょっと待てよ。 「どうかしました?」 「いや、こう、目の前で喋られてるし、慣れてるから気付かなかったんだが、ラジオっていう設定上、本来、入る情報は声だけだよな」 「それは、そうですね」 「声一緒のこいつらじゃ、一人三役にしか聞こえねーんじゃ?」 「……」 二拍ほどの、間があった。 「芸能界とは、そういった虚飾を楽しむものだと、父も言っていたよーな」 「思いっきり目を逸らせて、居直りの様な発言は謹んで頂きたい」 妹の責任は姉の責任だという理屈は、俺が次男坊だから出てくるのだろうか。 「甘いな!」 「考えように依っては、一人休むことになっても、五割増しで頑張ればバレずに対応出来るというものだ」 「もっとも、我ら三人衆、風邪をひく時は大抵まとめてだし、遅刻する時も似たようなものだがな!」 こいつら、三人居るのに、スペアとして猫の役にも立ちやしねぇ。 「三人纏めて寝込まれると、看病が大変なような、大人しいことに凄い違和感があるような、微妙な心持ちになります」 「御家族らしい御意見で」 「この時ほど、アレソレは風邪をあんましひかないという格言を、頼もしく思ったことはないでしょう。実際、そこまでひどい症状になることは数年に一度くらいですし」 「さりげに、酷いオチがついた」 正直なところ、妹達もそうだが、この姉の口上も、そろそろ衆目に晒すべきなんじゃないかと思っている。 まあ、生徒会長候補としては、お堅いイメージがマイナス要因の西ノ宮だから、俺にとって不利になるんじゃないかという説もあるが、それはそれとしてだ。 微笑ましくも面白いものは全人類で共有する権利がある。君も、そう思いやしないかい? 了
|