邂逅輪廻



「さて、やって参りました、コスプレ部」
「コスプレ部ゆーな!」
 演劇部所属であるクラスメートの魂の叫びは、軽くいなすとして。
「コレ、勝手に借りてイイノ?」
「安心しろ。何しろ、土台が弱小演劇部。これだけの衣装を作る予算と引き換えに、一般生徒への開放を何代か前の生徒会長が確約したらしい。更に言えば、個別の衣装や小道具の類も、生徒会長の同意無しには作れないから、我がままな生徒会長の代だと、衣装が先に決まって、脚本を作るということもあるそうな。
 いや、弱小国の悲哀を、こんなところで感じ入らせてくれるとは、この部活は本当にタメになるよ」
「聞こえよがしに言うなっての!」
 そして、訳の分からない台本ばっかりやってるから、近隣の評価は一向に上がらない負のスパイラル。一度落ちると、這い上がるのに要するエネルギーが尋常じゃないってのも、何か生々しい。
「ちなみに、この機構を制定した生徒会長は、一柳空哉さんです」
「うん、まあ、そんな気はしてた」
 調べた訳じゃないけど、こんなアホなことをしでかしかねないのは、他に茜さんくらいしか思い付かない。
「しかし、本当、何でもあるよね」
「そりゃまあ、ネタ抜きで演劇部と学園共用の衣装置き場、どっちが本体なのか分からん面があるからな」
「もう、怒る気力も無い……」
 尚、去年の学祭で千織に着せたエプロンドレスの類は、ここで調達したものであることは敢えて言うまでもない。
「さぁ、好きなものを選ぶが――」
「これとかどうですかね」
「うーん。まあ、衣装だからしょうがないけど、ちょっと派手だよね」
「ミサキには、こういうカワイイの似合うとオモウよ」
「何か、そう素直に選ぶっていうのも、納得できない部分があるんですよね」
「おいこら、仕切りなしで勝手に物色を始めるな」
 世間一般とは多少、ズレているとはいっても、そこは女性陣な訳で。服飾に対する興味は、適当極まりない俺よりは格段に上ですよ、と。
「見て見て、キミヤス。ヴァンパイアコスチュームね」
 言ってマリーが見せてきたのは、胸元がパックリ開いて、更には腿も露になった漆黒のワンピースだった。元々、マリーは八重歯が長めだし、首にコウモリをかたどったチョーカーを巻いてるから、吸血鬼と言えば吸血鬼なんだけど、どっちかといえばサキュバスの方が近いんじゃなかろうか。
 つーか、この衣装、何を想定して作られたものなのか、そこからして色々と問い詰めたい。  → 参照画像 別窓
「単に、日本人体型だと割とすっぽり収まるのに、彼女だからこそこうなったと考えるべきではなかろうか」
「それ以上言ったら、セクハラで査問委員会に訴えるからね」
 中々、ツッコミの素質があるクラスメートだと思う。
「岬ちゃんは、クラシカルな魔女か」
「まあ、定番ですよね」
 女性が全身を漆黒のマントで覆い、頭に黒い三角帽を乗せるだけで魔女に見えてしまうのは、考えてみれば不可思議なことの様にも思える。ちなみに、黒帽子には、ジャック・オー・ランタンのピンバッチなんかがついていたりするんだが、こいつ、何だか妙に目付きがいやらしくないか?  → 参照画像 別窓
「何となく、先輩に似たアクセントを選んでみました」
「どーいう意味?」
「それは、御想像にお任せ致します」
 成程、抜け目の無い、実に商売上手な顔つきという訳だな。いや、うん、そういうことにしておいた方が、俺の自尊心的に助かるってだけなんだが。
「そういや、吸血鬼にしても魔女にしても、キリスト教から見たら、全力で異端扱いの存在だよな。何でキリスト教圏である、欧米で盛り上がるんだ?」
「金さえ出せば、お客様の差別はしないというのが、昨今の風潮です」
 資本主義経済の毒も、ここまで来たって感じだなぁ。
「公康ー。やっぱりカボチャは、頭に被るものだよね?」
 一方、りぃは、底が抜けたジャック・オー・ランタンを頭からすっぽり被って湧いて出てきた。マントもきっちりまとってはいるけど、中身が制服だから、すげー片手落ちな感はある。まあ、それは岬ちゃんも一緒だけど。
「ふっ、ワタシ、実は時空を越えて現れた切り裂きジャックデース。いずれが真のジャックか、いざ尋常に勝負しましょー」
「わ、分かった」
 掛かったな、りぃ。如何に貴様が怪腕であろうとも、その頭ではまともに動くことすらままならず、しかも視界が極端に制限されていることだろう。俺も大概、何と戦ってるか分からないぜ。
「部室内で、暴れようとするな!」
 はい、ごめんなさい。物凄く真っ当な御意見ですよね。流石の俺も、従わざるを得ないというものです。
「ところで君達、ここに来たのはあくまで、新しい和風ハロウィンの可能性を模索する為であってだね――」
「ミサキ、ワタシと服コウカンするか?」
「いえ、まあ、何と言いますか、サイズの違いがちょっと厳しそうで……色々な意味で」
「私となら、問題ないよね」
「正直なところ、そのカボチャを何の躊躇いも無く被れる椎名先輩のメンタルは、大したものだと思っています」
「褒められたんだよね?」
 わーい、何だか、微妙に疎外感を覚えつつある俺がいるよ。
「おやおや〜」
「もやもや〜」
「ほやほや〜」
「何だか、我々を差し置いて面白そうなことをしておりますなー」
「いや、考え方を変えてみれば、むしろ我々は誘き寄せられたのでは?」
「何!? かの兵法、釣り野伏せの使い手がこんなところに!?」
 出たな。道楽主義の、面白発見装置内蔵トリオが。
「そういや、お前らって、たまにはバラバラで行動してるみたいだけど、そういう時に何か興味深い出来事があったら、どうなるんだ?」
「知っているか? 人と人との出会いは、運命で定まっているんだぜ?」
「もう少し、噛み砕いて御発言願えますかね」
「大抵の場合は、三人が惹き寄せられるかの様に、その場所に集まるに決まってるってこと」
「決まってると来ましたか」
 そろそろ、こいつらを神奈川県警と言わず、警察庁が解析して、犯罪が起こりそうな場所を探知するレーダーに応用すべき時期が来てるとすら俺は思う。
「しかしコスプレとは、基本かつマニアックだよね」
「私達も、ここを一度くらい利用しようと思わなくも無かったんだけどさ」
「こう、三人が一緒の服着てないと、どうにもむずがゆいってか、落ち着かない気分になっちゃってさ」
「どういう体質だ」
 つーか、クラスは違うんだから、一人だけ体操着になることとかあるだろと、本気で返してはいけないんだろうか。
「そうだな、三匹の子豚とかどうだ?」
 尚、単に三人が似た様な配役になる作品が他に思い付かなかっただけで、他意は無い。
「ふっ、貴様、正気か?」
「我々の中に、努力家で頭の良い三男坊など居る訳がなかろうに」
「きちんと配役というものを考えて欲しいものだ」
「だったら、白雪姫の七人の小人でもやってろ!」
 四人ほど足りない気もするが、それは経費削減ってことで。
「そういやお前ら、ハロウィンって、どういった成り立ちで、何をどう祝うお祭りなのか聞いたことあるか?」
 こいつらが知ってる確率なんて微々たるものなんだろうけど、聞いたみるだけなら大した労力じゃないしな。
「そんなことも知らないの?」
「あれはね、起源は古代ローマまで遡るんだよ」
「あの頃のヨーロッパは中世とかに比べると、科学とか、技術の水準が随分と高かったんだけどね」
「一方で、万物に対する畏敬の念も忘れちゃいけないってことで、日本の八百万信仰に近い、自然崇拝の宗教観を持ってた訳」
「で、秋口に収穫祭と一緒に、そこいらの妖精とか、妖怪の皆様と一緒に飲めや食えやの、どんちゃん騒ぎをしてたところが多かったらしくて」
「だけど、その後にヨーロッパでキリスト教が台頭してくる訳じゃない」
「あの宗教だと、ああいう訳分からない生き物は、全部、敵扱いでしょ?」
「だから一時的に地に潜るっていうか、極一部の地域でしかやらなくなっちゃったんだけど」
「十九世紀になって、ようやくそういうしがらみが減って、再び脚光を浴びることになったってなもんなの」
「へー」
 意外や意外、こいつらも、建設的な役に立つことがあるんだなぁ。
「ま、デタラメなんだけどね!」
「……」
 おいこら、ちょっと待てや。
「信じちまったじゃねーか!? ちゃんとドッキリ宣言してくれなかったら、したり顔で他の奴に語ってた自信があるぞ!?」
「若いのぉ、若造。お菓子をくれないから、イタズラをしてやっただけの話」
 トリック・オア・トリートって宣言された憶えねーよ。
「嘘をつく時は、微妙に真実を混ぜるのがコツって話だよね」
「俺は、何の打ち合わせも無しにこんなことを出来るあなた達が、そこはかとなく怖いです」
 アドリブでこれだけのことが出来るなら、トリオ芸人になっても充分にやっていけるような。三人、同じ顔が並ぶインパクトに、客がいずれ飽きるのか、親しみを持つのかどうかまでは知らねーけど。
「いやー、今日は中々、いい感じで笑いを誘えたものだ」
「んじゃ、気分も良いことだし、私達はこれで」
「会社帰りのサラリーマンかよ。
 つーか、姉の方にも言えることだが、お前ら四姉妹、ボケやらツッコミをした後の充足感が半端無いよな」
 御家庭でどんな日常会話をしているのか、気になるところではある。
「だが、この俺も笑いの道を歩む一人。負ける訳にはいかんのだよ」
「何で対抗意識を燃やしてるんですか」
 人間、遠大な計画と、目先の目標、二つをちゃんと設定しておくと、効率的に生きられると思うんだよね。
「折角ですし、先輩も何か着ていきませんか」
「趣旨が……まあいいか。別に、ハロウィン普及委員会に、何か貸しがある訳でもねーし、今更、どうでも」
 こういう臨機応変というか、適当なところは、俺の長所であり短所であると思う。
「しかしあからさまに高貴なふいんきを漂わせる俺のこと。生半可な衣装では、荷が重すぎるというもの」
「今、ふいんきって言いましたよね?」
「……」
 噛んだんだよ。察しろよ。
「御先祖様、申し訳ありません。公康は忠孝を成し得ぬ、不孝の子孫でありました」
「以上、存在しない御先祖様に懺悔するショートコントでした」
 岬ちゃんのツッコミが、やたらめったに辛辣です。
「それはさておき、先輩に似合うとなると、チンドン屋とか、ピエロとか、その線ですかね」
「俺の話聞いてた? 高貴な雰囲気。騎士的な感じで」
「じゃあ、デュラハンとかどうですか。西洋妖怪ですし」
「首なし騎士かよ」
「顔の出来不出来が関係無いというのがミソです」
 このノンストップ毒舌モードを止められる方を、実姉以外で募集中です。つーか、あの姉でも、純粋な口の勝負なら、そうそう勝てないような気もする。
「え、何。公康を着せ替え人形にして遊んじゃっていい訳?」
 椎名さん。そういう無茶な解釈はやめて下さい。
「こう、女装というのも使い古されてますしね。何か斬新なコスチュームを選択したいものです」
 いや待て、それが使い古されてるのは千織限定の話だぞ。だ、だからって、別に着たい訳じゃ、無いんだからね!
「オー、ドレスアップドール。うーん、子供のコロ、良く遊んだよ。凄く、懐かしいココロモチね」
 あの、マリーさん、そのワキャワキャ動かしている両手は、一体、何なんですかね。
 ワタシ、あなたタチのオモチャじゃないよ、ホント。
「ねぇ、公康ー。何かここで遊んでるって三つ子ちゃんに聞いたけど、居るー?」
 と、入口の方から、細くて高い、変声期前の少年の様な声が聞こえた。
「おー、舞浜千織君。我が、ソウルブラザーよ」
「な、何さ、唐突に」
「なぁ、君達。世の中には、元祖という言葉がある。言うなれば、起源の主張だ。たしかに、大事なのは、今、どうであるかということだが、発祥の地に対しても一目置いて然るべきではないかね」
「つまり、どういうこと?」
 ええい、りぃは飲み込みが悪いな。
「要するに、着せ替えて遊ぶなら、舞浜先輩を使えと言いたいんでしょう」
 流石は岬ちゃんだ。俺が言いたいことを、すっきりと纏めてくれたぞ。
「ちょ、ちょっと公康。何、サラリと僕を生贄にしようとしてるのさ」
「生贄? 何を言うのかね。これは、未来への架け橋さ」
「言い方がちょっと綺麗なだけじゃん!」
 このぉ、さりげに女装好きな癖に、逆らうでないわ。
「先輩も、まだまだ甘いですよね」
「はい?」
「どうして舞浜先輩を差し出せば自由になれると考えたのか。三人に対して一つしか無かったオモチャが、二つに増えたとは考えないのか」
「……」
 いや、その理屈は、合理的ではない。被害者が少ないに、越したことはないと思うんだ。
「ちなみに、私も参加させて貰うわね」
 入り口を見てみると、そこは既にクラスメートが封鎖していた訳で。し、しまった。あんなにおちょくるんじゃなかった。
「では、始めたいと思います」
「ぎゃああああああ」

 トリック・オア・トリート。
 お菓子をあげないでイタズラされた。
 そんな、秋の日の出来事だった。

 了




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