私は思うのです。何故、人は人の皮を被って生きていくのか、と。考え方は色々あるでしょう。社会体制を維持するのに必要であるというもの。或いは、人が人である為には人の皮を被ることでしか無いという自虐的な発想もあるでしょう。詰まる所、私が何を言いたいかと言うとですね――。 「肌、痛ぇ……」 昨日、通り一遍の対策はしたつもりだった。しかし、俺は事実上の日本最南県沖縄を舐めていたようだ。加えて、数ヶ月に及ぶ低紫外線生活で弱りきった俺のデリケートスキンには、ちと刺激が強すぎた。言うなれば、禁欲生活で精神的に追い詰められたボクサーを夜の街に連れて行くような――何か違うな。 「うわっ。公康、随分と赤くなったもんだね。まるでゆでダコだよ」 「ふっ……笑いたくば笑え。近く、俺を形作る人の皮はボロボロに崩れ落ちていくだろう。その時は皆で慰み者にするが良い」 意訳すると、『皮が剥けるだろうから、剥がして遊びやがれ、こんちくしょう』である。 「ってか、千織! お前と言い、女の子達と言い、何でそんなに白い肌を煌めかせてやがるんだ!?」 筋肉軍団は、普段から小麦色の肌をギンギンに露出している訳だから、数には入れないでおく。 「ふっふっふ。女の子の肌ケアを甘く見てはいけないよ」 お前はいつから女の子になった。 「んー、公康。良い背中してるね〜」 「きゃー、やめてー。お婿に行けなくなっちゃうー」 ああ宣言してみたものの、現実問題として、りぃに背中を剥かれようとすれば話は別だ。ここは男らしく、精一杯の抵抗を見せるぜ。 「千織。ひん剥いた皮の面積と形の芸術点で勝負しよ」 「それは良いね。幼い時分はカワハギの貴公子と呼ばれた僕の実力、見せてあげるよ」 な、何か俺の意見が全く介入しない形で盛り上がっていないか。やばい、これこそ正に貞操の危機ではないか、お兄様。 「はぁ……三バカ復活って感じですね」 りぃに関節を四つほど極められ、砂浜に這い蹲って動けぬまま、西ノ宮の溜め息を聞いた。 「ちょっと待て。りぃと千織はともかく、俺に対しては謝罪を要求する」 「一応言っておきますが、バカの総裁選があった場合、七原さんは間違いなく筆頭候補です」 それは知らんかった。今度、創設を嘆願してみよう。 「西ノ宮さんもやらない? 皮剥き大会」 いつの間にか、勝負から大会に昇格してる!? 「良いですね。日本の夏って感じがします」 それは確実に間違った見識だと思う。 「お、俺は西ノ宮が常識人だと信じているぞ。これは明らかに刑法二○八条、暴行罪が適用され、過去の判例から見ても、認定される確率が極めて濃厚であると――」 しかし、俺の熱弁も意に介さず、西ノ宮はにこりと笑みを浮かべると、こう言い放った。 「少年法って、良い法律ですよね」 うわ、生粋の腐れ外道が居る。 「にしても公康、何で又、こんなにボロボロな訳? ちゃんとオイル塗らなかったの?」 「それより見て下さい。この剥け具合、南米大陸に見えませんか?」 「それを言ったら、こっちなんてマダガスカル島っぽいよ」 俺の背中は世界地図か! メルカトルか、モルワイデか、それが問題だ。 「公康、動かないで。折角だから日本列島が欲しいよね」 「せめて北海道だけでもあれば面白いんですけど」 沖縄の砂浜で、同級生の女の子二人に玩具にされる俺。言葉だけだと青春っぽいが、現実なんてこんなもんだぜ。 「何やら楽しそうですわね」 これが楽しそうに見えるのか、綾女ちゃん。 「私と致しましては、粗塩を塗りこむことを提案したい気分ですわ」 生粋の腐れ外道二号を発見したぜ。 「唐辛子を漬け込んだオイルって、カプサイシンたっぷりなんだっけ?」 もしやこの環境、弄られるのが好きなお兄様方にとっては天国なのか。生憎なことに、そちらの趣味は千織の担当だ。何よりも友情を大切にする俺だ。潔く譲り渡すことにしよう。 「茜さん。砂の城なんて風情がありますね」 逃げ足、速っ!? さ、流石は俺が唯一、生涯のライバルと認める男だぜ。主として、芸人としての能力だが。 「さて、それじゃ大会開始と行きますか」 「ぎゃー!?」 かくして、沖縄での二日目は、スリリングな形での幕開けとなった。 朝の一泳ぎを終えた俺らは、昼飯も兼ねて沖縄観光へと繰り出すことになった。時間もあまり無いので、思い思いの場所に別行動だ。遊那は、茜さん、筋肉親衛隊二号と共に米軍キャンプを見に行くと言っていた。あれって、簡単に見学できるものだったか記憶が曖昧なのだけど、とりあえず言わせろ。モデルガンを持ってくのはやめてくれよ。下手すれば殺されるぞ。 岬ちゃんは、綾女ちゃん、筋肉親衛隊三号を引き連れて宜野湾らしい。はて。あそこに何かあったかな。何処かで聞いたことある気もするんだが、まあ良いや。後で聞いてみよう。 西ノ宮は筋肉親衛隊一号と共に首里城を見てくるそうだ。ベタベタだけど、俺も時間があるなら行きたかったなぁ。 「もうちょい時間があれば良かったんだが」 一泊二日、準備期間ゼロの強行日程。しかもかなりの部分を海水浴と種々のゲーム等で費やした今回の遠征。仕方の無い部分もあるけど、我がままにもなってみたい。 「新婚旅行で沖縄って人気あったよなぁ」 あまり意識したことは無いが、来年、十八歳の誕生日を迎えると、法的に結婚が可能になる。数は多くないが、学園を卒業したら、結婚を前提で就職する知り合いも居るし、そこまで縁遠い話でも無い。 「し、し、し、新婚旅行!?」 何を動揺しているんだ、りぃ。 「いや、今度機会があったら、もう少しのんびりしたいなって」 新婚旅行は飛躍しすぎだから、卒業旅行辺りでも良いや。修学旅行は北海道らしいし、ローテ的には悪くないのでは無かろうか。発想が学生らしくない気もするけど。 「そういや公康って、結婚考えたことあったんだっけ?」 千織は相変わらずいきなりだ。 「そりゃ、俺だって健全な男子高生だから、妄想に近い願望なら幾らだってあるぞ。朝は優しく、揺り籠で揺れるかの様にゆったりと起こして貰い、朝食はトースト、サラダにベーコンエッグ、更にはエスプレッソなどだな。そしてネクタイが曲がっていると注意を受けて、胸元に飛び込んできた所をすかさず、いってらっしゃいのチュー。昼は精力的に仕事をこなし、帰宅してからは温かい団欒の時間をだな――」 言えば言うほど、虚しさを覚えるのは何故だろう。 「公康。結婚に夢を見過ぎだね」 お前が言うのか、この妄想大魔神。 「冷静に考えてみようよ。例えば、莉以と籍を入れた場合、今挙げた内の幾つが実現可能だと思う?」 「……えぐえぐ」 何でだろう。涙が止まらないよ、ダディ。 「同じことを、公康が知ってる女の子に一つづつ置き換えていくんだ。そうすれば自ずと答は見えてくるよ」 「俺が間違ってましたぁ!」 新興宗教に嵌まる人の心理状態ってのは、こんな感じなんだろうと思った。 「何かさり気に、物凄い言われ様なんですけど」 リアルで瞼がひくつくくらい怒る奴ってのも、あまり居ない気がする。 「まあ落ち着け、りぃ。人と言うものはだな。生まれながらにして誰もが不完全だ。だからこそ人と関わり、欠けたモノを補いつつ生きていくものなのだよ」 何だか、俺の方が新興宗教っぽくなってるのは気のせいでは無いだろう。 「うーん。言われてみればそんな気がしないことも無い様な――」 そしてりぃ。こんな簡単に丸め込まれる君の将来が微妙に心配だよ。 「しかし、良い天気だなぁ」 俺らはこれから、琉球村へ行くことになっていた。車の調達に手間取った為、他三組は先発して待機状態な訳だが、天気としては観光に海水浴にと申し分無い。こんなにも悪運に恵まれているのは、日頃の行いが聖人並だからだろうなぁ。何か矛盾してる気もするけど。 「……」 ふと、悪戯心が芽生えた。詰まる所、これから二、三時間、皆は帰ってこないのだ。りぃはこの場に居るから諦めるとして、茜さん、西ノ宮、綾女ちゃんには、少しばかり借りを返しておくというのも、人として自然の行動では無いのだろうか。 「なぁ、りぃ、千織。観光予定、キャンセルする気無いか?」 下手な悪代官などには負けない程に醜悪な表情で、俺は二人に問い掛けた。 「ふむ。最新鋭戦闘機というのは、やはり無駄の無い造りになっているものなのだな」 「う〜ん。あれをどうやって竹槍で落とそうか、真面目に考えちゃうよね」 「いや、茜。それは世界広しと言えど、お前だけだ」 遊那と茜さんの声が聞こえたので、三人してテラスの塀に隠れるようにして外を窺った。この宿舎にやってくるには、舗装された公道から、一度砂浜に降りて、備え付けの階段を上がらないといけない。ここまで言えば、勘の良い方なら何をしたかお分かりだろう。 「――!」 「どうした、茜?」 「見て見て、遊那ちゃん。ガラスの破片が潮に洗われて丸くなってるよ〜。小さい時、こういうの集めたよね〜」 ふらふらふら〜と、水際の方へと足を向けてしまう。ええい! あの人の危機回避能力はケダモノ並か!? 「やれやれだな。私は帰り支度を済ませたいから、先に戻らせて――」 次の瞬間、空気の抜ける派手な音と共に、遊那は穴に嵌まり、地面に突っ伏した。何のことは無い。階段の前に落とし穴を掘って、それに引っ掛かっただけの話だ。いやはや。これを掘るのに三人掛かりで二時間も掛かってしまったのは内緒だ。 「な、な、な――」 未だに状況が掴み切れないのか、壊れた人形の様に延々と呻き声にも似た嗚咽を漏らし続けている。 「なーんか前髪がビビビって反応したから、危ないと思ったのよね〜」 既に人類やめてるのか、この人は。 「七原。貴様ッ!」 ちょっと待て。何で俺個人に恨みを向けるんだ。 「こんな下らないことを思いつくのはお前一人だけだ」 流石は戦場を共に生き抜いたマイスタッフ。良く分かってらっしゃる。 「まあ落ち着け、遊那。まだ戻ってない連中は二組居るんだよ」 「良し、乗った」 相も変わらず、俺らは見事なまでに打算オンリーの関係である。 「全く……沖縄まで来て、誰も居ない野球場を見学することになるとは思いませんでしたわ」 「何を言ってるんですか。宜野湾は野球の聖地なんですよ」 「野球のことは分かりませんが、それが嘘だということだけは理解致しましたわ」 次いで帰ってきたのは、岬ちゃんと綾女ちゃんだった。穴自体は遊那が落ちた分、少し埋まってしまっているが、茜さんの偽装工作でそこにあるということはまず分からないだろう。この人、恐らく戦場を転戦しても生きて帰ってくる。そんな確信がある。 「ところで一柳さん。ジャンケンしませんか?」 「いきなりどうしましたの」 「いえ。一柳さんはとても運が強いと聞いて、一度、検証してみたいなと思ってまして」 「別に構いませんわよ」 あれ? 何か雲行きが変わって無いか? 「折角ですから、勝った種類で進める歩数が変わるあれで行きましょう。ここから宿舎までで良いですね」 「分かりましたわ」 嗚呼。何となくどうなるか理解したぜ。 「また、私の勝ちですね」 岬ちゃんはそう言うと、軽快にステップを踏み出した。 「もっとちゃんとしたものが賭けの対象じゃないと、ダメなのかも知れないです――」 再び、空気が抜ける音と共に、地面に突っ伏す少女が一人。御愁傷様だぜ、岬ちゃん。 結論として、綾女ちゃんの天運は未だ健在らしい。 「ここまで、ある意味に於いて二連勝であり、二連敗でもある」 よりによって、俺のスタッフばかり引っ掛かるのは因果応報なのだろうか。 「それでだなぁ。今度は何としても西ノ宮を――」 「ウフォォォォォ」 一分一秒でも綾女ちゃんに会う為か、筋肉親衛隊一号がこちらに駆け寄って来て――。 「あなたの犠牲は、無駄には致しませんわ」 「勝手に殺すなって」 かくして、俺の小さい復讐劇は、さっくりと三連敗に終わった。 「さらば、沖縄よ!」 何だか良く分からない内に連れて来られた訳だが、実に良い旅だった。いつの日か、俺は戻ってくるぞ。 「ところで、何か忘れてないか」 「来週からの中間試験ですか?」 「ぐはっ!?」 「それとも、四位に終わった生徒会長選挙のことかしら?」 「がふっ!?」 「そういや公康。今月の小遣い、使い切っちゃったんだっけ」 「ぐげごぉ!?」 こうして、夢と現実の狭間から現実へと引き戻される俺であったのだった。
|