邂逅輪廻



『それでは皆さん、大変長らくお待たせしました! 本年度五月期生徒会長選挙二次投票の最終集計が纏まりましたので発表させて頂きたいと思います。いや〜、それに致しましても、私の様な者がこの様な場に立ち会える名誉を再び頂けるとは、運営委員会の度量の深さと申しますか。唯一神にも似た懐の暖かさに感無量で御座います!』
『だから、その話の長さを直しなさいって言うのよ!』
『オー、バーニー。どうやらこの洗剤の効果には、さしもの君も驚いた様だね』
『アメリカのショッピング番組仕立てかいっ!』
 毎度お馴染みと言うか、あの夫婦漫才もどきが装いも新たに帰ってきた。唯、あの時と違う所は、目の前でその光景が繰り広げられてる点か。それなりに学生が多く、予算が多いうちの学園だけに、音響室が本格的で、控え室から中が覗けるのだ。残った候補は五人ということで、テーブルと椅子を持ち込んで、お茶しつつ結果を聞こうという寸法だ。唯、陣営の人間を全て受け入れる程のスペースは無いので、連れは一候補につき一人だけしか許可されなかった。俺は少し考えて、遊那を選ぶことにした。理由は、何だか一番角が立たない気がしたから。後は、落ちた時、あまり気を遣わずに済むというのも若干あるけど。
「とは言え、一緒に居たかったってのは少しあるかなぁ」
 ややもすると弱腰な発想かも知れないけど、全員揃っていた方が安心出来る。そういや、一般の選挙でも候補者が事務所に詰めるけど、体面とかそういうの以前に、寂しいってのもあるんだろうなぁ。
『ところでバーニー。今回の選挙はとんでもないことになってるぜ』
『その言い回しだと、胡散臭くなるからやめなさい!』
 うぉ。放送だけだと分からなかったが、マジで掌に依るツッコミが行われていたのか。しかもこの完璧なタイミング。もしかすると、笑いに関して俺の後継者になれるかも知れないな。
「公康君。本当、どうでも良いこと考えてるでしょ」
 茜さん。選挙参謀の必須科目には読心術があるのでしょうか。まあ、あって然るべき物の様にも思えますけど。
『では! これより今投票の発表形式を説明させて頂きます。折角の選挙戦です。唯、当選者を言うだけでは味気無いと思い、趣向を凝らさせて頂きました。先ずは五人の得票数のみを先行してお伝えし、次いで、五位、三位、一位の方のお名前を告げさせて頂きます!』
 な、なんですとー!?
『コアなファンならば、当然行う、投票数予想。明かされた数値から、更に順位を推察してお楽しみ下さい!』
「全く……毎度、良く考えてくれるわよね」
 前回三位の西ノ宮が、こぼす様に言い放った。何と言うか、大変なんだなぁ。この学園の生徒会長になるのって。
『総得票、千七百三十五票。内、白票、無効票三十二票、依って、有効票千七百飛んで三票――』
 一次に比べ、有効票が百票近く多い。これはつまり、関心度が高いということか。
『第五位――得票数百二十五』
『思いの他、伸びませんでしたね。レベルが高いと言われる今回の選挙に、少し水を注す格好になりましたか』
 毎度のことと言うか、男の方が解説役に回る。その芸風は崩さないのか。笑いに携わるものとして、信念があるというのは良いことだ。ポイントを高めに付けておこう。
『第四位――得票数三百五十一』
『おっと、一気に数が増しましたね。やはり下馬評通り、四強一弱ということになるのでしょうかね』
 う、う、う。二階堂先輩を見ないようにするのが、本気で辛いぜ。
『第三位――得票数三百六十八』
『ふむふむ。中々の僅差ですね。やはり上位は相当拮抗しているのでしょうか』
 暗算は、苦手だ。え、えっと、これで残り票数は――。
『第二位――得票数三百八十三。依って、第一位、得票数四百七十六』
『おおっと。当選者が頭一つ抜け出していますか。いやはや、面白くなって参りました。それではここで一旦、コマーシャル』
『んなもん、あるかい!』
 バチコーンと景気の良い音が響いたところで、一旦、放送は切られた。コマーシャルは無いが、本当に五分程の間を取るのだ。スピーカーからは、最近のポップスと思しき曲が鳴り響いてきた。
「思ったより、一位の方は開きましたわね」
 綾女ちゃんが手元のメモ帳に目を遣りながら、呟いた。数字はそれほど好きではないが、そういうことを言っている場合でも無い。こちらも数字を見詰めて、色々と検討してみる。
「どう見ても、一柳が当選したという羅列だな」
 言ってはいけない一言を、平然と口に出来る遊那が恐ろしい。ってか、ちょっと待て。もしやこいつを連れてきた俺に非難が集中してるんじゃなかろうか。そ、そ、それは冤罪の類だぞ。いや、マジで。
「つっても、すげー説得力なんだよな……」
 俺に勝ち目があるとすれば、相当の混戦状態になった場合だけだ。それこそ、一位から四位まで二、三十票以内に収まる様な。ところがこの数字はまんま、予想通りの力関係を示している。綾女ちゃんが頭一つ抜け出して、二年生トリオが団子、二階堂先輩が少し下、と。はっきり言って、二位だろうと四位だろうと、負ければ何の意味も無い訳で。頭を抱えて、俺が一位になれる順位を考えてみるが、どれも白々しいというか、説得力に欠ける。綾女ちゃん一人ならともかく、西ノ宮と千織からも百票以上開く程のことをしてきた自信は無い。それは、千織や西ノ宮にとっても同じであろう。うー、認めたくないけど、やっぱ綾女ちゃんなのか。
「選挙ってね。本当、終わるまで何が起こるか分からないのよね〜」
 ふと、茜さんが言葉を漏らした。場を和ませる為とも、唯の強がりとも取れるものだ。本当に、この人の考えることは今一つ底が見えない。実の妹、岬ちゃんにも分からないらしいから、俺如きの付き合いで理解する方が無理なのかも知れないが。
『それでは! 発表致します!』
 曲が終わり、テンション高く実況が再開された。
『いや〜。私、ここに至るまで色々なことがあったことを走馬灯の様に思い出します。そう。あれは赤い夕日が差し込むある日のことでした。私は下駄箱に収められた一つの手紙を頼りに、唯、ひたすらに教室で待ち続けました。嗚呼、しかし人生の何と皮肉なことか。日もすっかり暮れ、時計も下校時刻を指そうとしたその時でした!!』
『とっとと原稿渡さないと、締めるわよ?』
『お、音声のみでは、この目の据わり具合を正確にお伝えできないことを残念に思います! はっきり言いまして、私、この後の身の安全も保障しかねる状態でありますが、何とかこの任務だけはやり遂げようと思います!』
 ここからは良く分かるぞ。御愁傷様。
『第五位――二階堂優哉候補』
『うーん。一言で言うと残念な結果ですね。大村、矢上の有力候補両名が立候補を取り下げる中、唯一残った三年生として頑張って欲しかった面もあります。世代交代の波が、如実に結果として現れたということでしょうか』
 予想通り、というか、まあ順当に二階堂先輩が最下位だった。しかし一次と比べて僅かとはいえ減ってるってのも凄いな。よっぽど支持を得られなかったんだなぁ。
「ふむ。想定通りとは言え、事後の脅迫を出来ないというのは、少しばかり残念だな」
 わーい。遊那君、君の腹黒さ、最高。
『第三位――西ノ宮麗候補』
 大きく、心臓が高鳴った。二年生トリオの一角が、ど真ん中に食い込んできたのだ。ここに綾女ちゃんが入ってきてくれれば、俺らの過大評価ってことで光も見えたのだ。だけど、気味が悪いまでに、筋道通りに話は進んでいく。
『ふむふむ。正統派の新鋭も、荒波に飲まれた格好になりましたか。いやー。最後の最後まで結末の見えない、本当の荒れ場と言えるでしょうね』
 名を聞いて尚、西ノ宮は眉一つ動かさなかった。論客として、出た結果は真正面から受け止めるというプライドか。むしろ腹心として連れてきた女の子の方が、今にも泣き出しそうで、目を背けてしまう。
『第一位――』
 再び、心臓が高鳴った。ここまで来たら、理不尽でも不合理でも何でも良い。勝利を手土産に、りぃと岬ちゃんの所に戻りたい。その思いは、誰も同じだ。それでも、勝利者となれるのは只一人。それが勝負事の変えられぬ鉄則だ。
『舞浜千織候補』
「え――?」
 思わず、声が漏れた。理に適わない不可思議な結末。その事実が浸透するまで幾ばくもの時間を要し、理解して尚、思考は停止したままだった。
『尚、第二位は一柳綾女候補。故に、第四位は七原公康候補ということになります』
『いやー、一次投票に続き、二次も波乱含みの展開でしたね。私など、一柳候補が九十パーセント以上勝つと確信していたので、唖然呆然ですよ。はっはっは。トトカルチョなどあったら大損してるところでしたよ。危ない、危ない』
『誰キャラだ、あんたは!』
 お約束のドツキ漫才が遠くに聞こえていた。何で、何でこの並びになる。俺の四位は範疇だ。だけど、千織が綾女ちゃんより百票近く上に行くものなのか。たしかに、千織と茜さんは奮闘していた。討論会で致命的なミスもしていない。それでも、ここに至る道筋は綾女ちゃんの方が見栄えした。一次で遅れを取っていた二人が、これだけの大逆転を果たすなんて――。
「あ――!?」
 仮定の誤りに気付いた。舞浜千織候補は、一次投票で一柳綾女候補より下に居た。公的な情報が、間違っていようはずも無いという勝手な思い込み。そこを衝き、事実を曲げていたとしたらどうだろう。つまり、一次の時点で、千織は綾女ちゃんの遥か上に居た。その事実を隠し、三位として通過することで、標的となることを避けたのだとしたら。その手法は、思い付いてみればとても容易く、誰にでも着手出来ることだ。だけど、実際に実行出来る人はどれだけいるだろうか。あの二人は、一次投票で一部支持者に『千織以外の名前を書かせていた』のだ。ある程度の票読みが出来れば、安全圏で潜行も出来るだろう。だけど、そんな理屈が分かっていたって、普通の神経では出来るもんじゃない。自分の票を削ってまで迷彩を施すなんて真似は。悪鬼羅刹が如き、枠に収まらない精神の持ち主でも無い限り、こんな決断なんて出来やしない。茜さんがそういう世界の人間なのだと、とことんまでに思い知らされた。
「茜さん……やってくれましたね」
「ん〜。何のことかしら」
 自身の策略を、事後だからといって嬉々と敵に語る奴なんて居ない。仮に居たとしても、その手合いはいずれ自分の策に溺れる。不動にして、黙して語らず。それが真の策士というものだ。茜さんは悔しいまでに冷徹な知将そのもので、にこやかな笑みを浮かべたまま、俺達を遠くに突き放していた。
『それでは全校生徒の皆さん。新生徒会長への就任が内定致しました舞浜千織さんに御挨拶をと思います。どうぞこちらにお願いします』
 落選した者が、この場に留まっていてはいけないという取り決めは無い。だけど、時間が経つにつれ、一人、また一人と退室し、俺と遊那を残すのみとなった。
「行くぞ。負け戦をぐじぐじと引き摺った所で、建設的とは言えん。それよりもお前には会わなければならない奴らが居るだろう」
「ああ……そうだな」
 生返事を返して立ち上がると、よろよろとした足取りで出口に向かった。スピーカーからは、進行役の二人と千織のインタビューが流れ続けていたが、何だか空々しかった。頭の中は、そこに居るのが俺だったらなどという仮定より、どんな顔をしてりぃと岬ちゃんに会えば良いのかで占められていた。うう。あんだけ苦労掛けて、終わってみれば順位が一つ上がっただけの四位なんて、合わす顔が無い。
「あ……」
 心の準備が出来ないまま、扉を開けた所で二人と出くわしてしまう。何を言っていいのか分からず、頭の中をぐるぐると、色々な言葉が巡っていく。
「え、えっと。落選しました」
 知らぬはずは無い事実を、魂の抜けた言葉で告げた。我ながら、何とも情けない。こんなにも根性の無い男だったのか、俺は。
「ま、公康にしては頑張った方なんじゃない」
「お疲れ様でした、先輩」
 拍子抜けするくらい軽い声で、労いの言葉を掛けてきた。
「まさかとは思いますけど、簡単に勝てるとか思ってませんでしたよね。選挙っていうのは、そんな簡単なものじゃないんです。古人曰く、勝敗は兵法家の常。全ての経験を、次の勝利に繋げる為に転化すれば良いんです」
 ああ、理解した。二人は、始めから決めていたんだろう。例え負けても、感情を表に出さないと。一次の時の様に、俺に気を遣わせない為にだ。その懸命な気持ちが俺の心を優しく包み込み、毛羽立った心持ちが癒される気がした。
「りぃ、岬ちゃん、聞いて欲しい」
 高原の真ん中で、空気を肺一杯に満たしたかの様に澄み切った気分のまま、言葉を紡いでいた。
「俺は、執行部に入ろうと思う。何が出来るかは分からない。何をすべきかも分からない。それでも、この学園の為に生きてみたいと思う。生徒会長にはなれなかったけど、りぃが居て、岬ちゃんが居て、遊那が居て、初めて辿り着けた本音だ。その道を歩くことを、俺はきっと後悔しないと思う」
 誰が欠けても、誰と競い合えなくても、こんな境地には至らなかっただろう。今回の生徒会長選挙は、俺にとって一つの岐路だったんだ。
「良いんじゃない、公康らしいし」
「そうですね。私も及ばずながらお手伝いさせて頂きます」
 不意に、何やら嫌な予感が全身を駆け抜けた。
「具体的に、何をしてくれるつもり?」
「そうですね。いっそ舞浜先輩をスキャンダルで失脚させ、生徒会長に収まるっていうのはどうでしょう」
「いや、俺の上に三人も居る訳なんだけど」
「頑張って、三人分探してみようかなと思います」
 そこまで立て続けに失脚したら、再選挙になるか、十一月期分が前倒される気がするのは、俺だけでは無いだろう。
「バカなことを言う余裕はあるようだな。だったら遊びにでも繰り出すとするか。もちろん、七原の奢りでな」
 こ、ここに理不尽なことを言う人が居る。
「うんうん、そうだね。今日はとことんまでに語りあおうよ。遊那ちゃんの昔話とかさ」
「な!? み、岬。や、やはりワリカンが人としての道であろうな」
 い、今、遊那の声、上擦ってなかったか。一体、何を知っているんだ、岬ちゃん。
「それじゃま、行きますか」
 選挙は負ければ全てが無意味だとも言う。だけど、それは一つの解釈だ。負けて初めて見える道もある。そのことを知ることが出来た俺は、案外、幸せ者なのかも知れない。少なくとも、この仲間達との絆は心に残るだろう。
 俺は今尚、インタビューを続けている放送室に向き直ると一礼した。ここは決して、終着駅じゃない。いや、人は死ぬまで、幾つもの電車を乗り継いでいるようなものだ。またいつか、彼らと巡り合えることを願いつつ、俺はその場を後にした。







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