邂逅輪廻





 佐倉翔也は17にして孤児院を営んでいる。それは妹の優しすぎる性格故で、そういう行為は翔也からすれば愚の骨頂に過ぎないのだが、彼は妹を――――強いては家族に、家族と認めた者に対しては激甘なので、当初は仕方なく、今となってはそれがそれであるかの如く、孤児院の子供たちの面倒を見ている。
 様々な事情を持つ、持ってしまった子供たち、生きていくのが難しい子供たちを引き取り、奪い取り、毟り取り、子供たちに生きていくための知識を、経験を、技術を学ばせている。
 偽善であり傲慢であり暴虐であるその強奪を行うのは、翔也一人である。翔也と同じく、妹――――鶯もかなりの実力を有している(兄妹揃って、現時点でのフェイトを軽く超えている)のだが、翔也は絶対に鶯の手を汚そうとはしない。それが原因で彼女に口を聞いて貰えなかったが、家族に口を聞いてもらえないという精神的苦痛は我慢すればいいし、翔也にはそれを我慢できるだけの理由があるからだ。例えそれが相当に苦痛な事だとしても、それ相応な事を――――立場を逆転すればわかることだ――――しているのだから仕方ない事だ。
 
 家族を護る。
 それは佐倉翔也、唯一の規律にして犯すことのできない禁忌にして、最期の矜持。
 譲れない願いであり、守るべき誓いである。

 さておき。

 翔也は孤児院“蒼空”に住む家族たちの養うための仕事をしている。その仕事の内容を家族に漏らしたことは無い。一部の人間は自分の仕事の内容に察しをつけているようだが、それでも絶対に言わない。言ってしまえば、家族たちは自分の仕事を咎めた上で、手伝おうとするからだ。
 暗殺者。
 依頼人から依頼された人物を殺すこと。
 それをするだけで、結構な金を手にすることができるのだ。不器用な翔也としては、それだけで金をもらえるのだから、こんなに有難いことはない。
 だからロッツに来た時からずっとその仕事をしていたし、二年間も続けていればそれなりに有名になり、幸か不幸か、異名まで名付けられた。

 “空色死銘”。

 彼に仇為すものは全て死を齎す事から付けられた恐怖の文字。
 彼の纏う装束が、東方部独特の衣装“着物”であること、そしてその色が空の色に近いことから名付けられたその異名。
 
 本当なら、暗殺者になどなりたくはないのだが―――――仕方ない。
 自分にできることなど―――――いまやこれしかないのだから。
 汚れた手で、温かいものなのど作れないのだから。
 































 リースと佐倉翔也が、
 フェイトと佐倉鶯、水代燕が出会った前日。
 
 ―――――孤児院、蒼空。
 
 スラム街という、寂れた区画の一角にその孤児院はあった。
 かつてそこで栄えていた学校を買い取ったもので、外観こそは周囲に溶け込むようにカムフラージュされているが、内観は非常に綺麗に整えられていた。スラム街に在るべきものではなかった。
 ロッツのスラム街で唯一無二の楽園と呼ばれる場所に、一人の少女が向かっていた。

 率直に言えば、彼女は浮いていた。

 ここの人々は例外なく、薄汚れた服装だというのにも関わらず、彼女は貴族の衣装を纏っていたのもあるし、何よりも彼女は高貴な空気を纏っていたし、そして何より、類稀なる美貌を持っていた。
 何故彼女がここにいるかといえば、それは単純なものである。
 空色死銘と呼ばれる人物に仕事を依頼しに来たのである。
 そんな彼女の名前は、ケイナ・ミューク・ルーシィ。
 
 どうでもいいが、彼女は囲まれていた。

「…………はぁ」

 頭を抱えるケイナだが、その顔に恐怖という文字はなく、ただただ疲労の色が浮かんでいるだけであった。単純に、この程度の――――恐らくレベルに換算すれば10程度の雑兵が幾ら集まろうとも、ケイナにはそれを蹴散らすことが出来る自負があったし、レベルという概念に頼らなくても自分が強いという自信を持っていた。更に言えば、自分の影に潜んでいる従者が、ケイナが最強と心酔する従者がいるのだから。
 が。
 
「……平気みたいだから、出てこなくていいわよ」
「アンタ、傍から見ればただのイタい(・・・)お嬢さんだぜ?」
 
 自分の手で片付けようか、従者に任せようと悩んでいたケイナの前に、一人の青年が、此処に赴いた目的である人物、佐倉翔也が佇んでいた。表面上は何の感情も出していないケイナだが、心の中には驚愕が広がっていた。何故って、こんなに近くに来るまで、翔也がそこにいるのに気付かなかったのだから。
 
「貴方、初対面の女性に失礼だとは思わない?」

 内心の動揺を押し殺し、ケイナは翔也に言う。それもそうだ、いきなりイタい(・・・)女と言われたのだから。
 ――っていうか、今の言葉、かなり失礼ですわよ。

「あー……失礼。いや、でも囲まれて独り言呟いてる奴ってのは――――」
「何?」
「悪かった」
 
 何か言おうとしたので一瞥すると、翔也は素直に謝った。素直と表現していいのかは微妙だが。まあここでいつまでも文句を言っていても自分の用事が済む訳ではないので、我慢する事にしよう。どっかで発散するけど。
 自分がここに来た理由……
 
 

「…………最低限の規則があるっていうのをわかってねェな?」



 を、話そう、とした、とき。

「―――――っ!」

 途端に襲い掛かる恐怖。背筋が総毛立ち、ケイナの本能がここに立ち続ける事を拒絶した。それ相応の実力を持つと自負する、この街でも有数の使い手であると自信を持つ自分が。目の前の男から離れろと、ここにいると死ぬ、と警報を鳴らす。咄嗟にその場を後ずさり、彼の間合いから離れる。しかしながらこのまとわり付くような殺気は拭う事ができない。

 ――――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイ――――!
 
「獣人か」

 余りの恐怖に蹲っていたケイナだったが、翔也の鋭い言葉に視線を上げてみると、そこには自分の従者たるレイ・ウィローが眼前の男の殺気を打ち消さんばかりの殺意を携えてそこに構えていた。
 その目は鋭利な刃物のように細く研ぎ澄まされ、その拳には頑強たる銀の爪、今にも獣の姿に戻るといわんばかりに身体は半獣の姿に戻っていて、翔也が一歩でも動けばその喉笛を引き裂かんと唸っていた。

「…………」「…………」

 空気が軋む。
 空間が歪む。
 
 そう勘違いして(・・・・・・・)当然な程の(・・・・・)殺気が、目の前を渦巻いていた。レイが自分を護るように立っているおかげでまだ正気を保っていられるケイナだが、仮にレイがいなければ自分は卒倒していただろう。そう断言できるほどにこの場所は狂っていた。同時に、自分が自惚れていた事を自覚した。これほどまでの相手が目の前にいるというのに、どうして自分が強いのだと言えるのだと。
 
「「…………」」

 翔也は腰に携えた刀の柄に手を置いた。
 レイは己の鍛えた両の拳に力を込めた。

 今にも二人が殺し合いをし始めようかとしたその時、

「……何やってるの、お兄ちゃん?」
「お客さんを出迎えてたんだよ我が愛すべき妹様後生だから耳は引っ張るなっていうかいてぇーーーーーっ!?」

 この空間の中、すたすたとことこるんらんらん(?)と翔也に歩み寄った、翔也に似ている少女が翔也の耳を思いっきり引っ張った。それはもう、見ているこちらが同情してしまうぐらいに。レイの顔を眺めてみれば、耳を引っ張られた翔也に共感してしまったレイが耳を抑えていた。
 
(……助かった)

 思わず、安堵の溜息を漏らし。
 次に、目の前で耳を真っ赤にした翔也が、少女に土下座する勢いで謝っていたのがケイナの頬を弛緩させた。レイも、同様だったようだ。
 




























 本当なら蒼空(我が家)仕事(コロシ)の話を持ち込みたくは無かった。
 だが、暗殺でないのなら――――正当な仕事なら話は別だ。翔也はそう自分を納得させてケイナの話を聞くことにした。
 
 ただ、その内容が内容で、何故自分にその仕事を持ってきたのかがわからなかった。

 ギルドに頼めばいいんじゃねェか?
 それが、ケイナの話しを聞いた翔也の感想だった。


 それはさておき。

「あー」

 翔也は迷っていた。
 依頼を受け入れるか否か。
 確かに、このお嬢様の言う事を聞いているだけで大金が入るのならば、躊躇する理由は無い。だが、そんな簡単な用件でこれほどの金額を積むか、と言われればどうしても裏になにかがあるのではないかと考えてしまう。

「………………」

 今までの中でも最大級の金額を目の前にしながらも、翔也は悩む。天井裏のお決まりの穴を覗いている妹と義妹を後でどうお仕置きしてやろうかと考えつつも耽る。ドアの向こうから感じられる家族(・・)たちの気配に今晩の飯は減量してやろうと思いつつも、翔也は迷っていた。
 実際のところ、この『蒼空』に手を出すものは居ない。
 何より自分を恐れているから。自分の異名を知っているもの、このスラム街に住んでいるものからすれば、自分の家族に手を出すものはどんな結末を迎えるかも知っている事だし、そう広まるようにも仕向けてきた。
 一種の掟となったものを破るものもいるかもしれないが、それにしたって大丈夫だろうとは思っているし。
 井口正輝。細川楓。佐倉鶯。水代燕。
 同じ東方民族にして、絆を結んだ兵たち。
 
「早く決めなさいよっ!?」
「…………」

 そこまでの条件があれば、引き受けてもいいのだが。

(…………このお嬢さんと三日間付きっ切りかよ)

 佐倉翔也。迷ってる理由はただ一つ。
 単にケイナの事が苦手。
 私情挟みまくりだった。
 まあ仕方なかろう。彼の対人スキルはそこまで高くないのだから。

「どうなの!?」
「……わかった、わかったから、あんたの甘い息が届くほど近くに顔を寄せるな」

 天井裏の二人が今にもお前に襲いかかろうとしてそうだから、とは言わなかった。恐らく角度的に、上から見れば自分とケイナはキスをしているようにも見えるのだから。

(いや、そこで俺に殺気を向けるのは筋違いだろうが妹二人)
 
 自分に浴びせかけられる殺意を涼風とも言わんばかりに心地よく受けながら、翔也は何故か頬を染めているケイナを椅子に座らせる。肩に触れた手を払われたのが少し痛かったが、まあそれは置いておいて、翔也は机に置かれた書類に目を通し何かを書き加えた。

「条件がある。この家に、あんたが信頼を置く従者を……ああ。別に言葉通り影に潜めさせている従者じゃなくていい、他の誰かをここにおいて子供たちの世話をしてくれ」
「…………いつ気付かれたのかしら」
「いつ、といわれても、最初からとしか。影術なんて珍しすぎて逆にわかりやすい。たぶん、俺の妹たちも気づいていたとは思うが」

 天井裏。

(え、鶯は気付いてた?)
(全然……。燕ちゃんは?)
(あたしも駄目)

 当然、この会話は翔也の耳には届いている。翔也は若干頭を抱え、ゆっくりと悩み、

「お前ら後で公開処罰な?」
「……は?」
「ああ、悪い。独り言だ」

 怪訝な表情をするケイナを余所に、二人のいる位置を見上げながら翔也はそう言った。

『つ、つーちゃん!』
『うぐっち!』

 ドタバタと天井裏から逃げる準備をする音に翔也は大きく嘆息しながら、戸惑った表情を見せるケイナに向けて、宣言する。
 此処に刻み込む。
 追いかけて追いかけて、もう届かなくなった男との約束を。
 己の命を奉げるべき、唯一の狂信を。

「ケイナ・ミューク・ルーシィ」
「な、なんですの」

 途端に戸惑うケイナの姿を、カワイイと思いながらも18歳の男は誓った。

「俺の命を賭けて、護ってやる」
「…………は、はい」

 何故顔を染めているのがわからない翔也だが、この瞬間三日間という僅かな日の中、死神ではなく、騎士となった。
 どうとらえてもプロポーズにしか聞こえない言葉を携えて。

 後で自分の言った言葉の意味を妹二人にお仕置きしながら後悔することになるのだが。
 話は進んでいく。














「あれ?」
「あら?」

 顔面に特大の足跡×2を残しつつ三人の少女の後についていくと、そこには青年の傷を癒しているリースがいた。
 二人して首を傾げつつ失笑し、次にお互いの状況を――――ここに至るまでの経緯を確認しながら話すことにした。自分一人で旅をしていた頃とは違い、こういう雑談が楽しくて仕方が無いフェイトは、己の感情に苦笑し、こうして仲間と旅をすることに納得しようかなあ、と考えていたそのとき。

「この馬鹿! 助けてもらっておいて、その恩人の顔を蹴るっつーのはどういうこった!?」
「「ごめんなさい」」
「お前はお前で、なんで西方区(ダイツァ)に行ったんだ? 理由によっちゃ、でこぴん三連打で許してやる」
「ま、まともな理由じゃなかったら?」
「佐倉家お仕置き四拾四の内の一つ、“くすぐり地獄”だ。ただしこれは俺がやるんじゃなく、カイトやらゲイン、ロックにアーツとかいった思春期の奴らにやらせるから、性的な意味でも地獄だぞ?」

 今までの経緯から、車椅子の女の子――――エトワールの外出した理由を三つほど仮定することがフェイトは、邪神の笑みがよく似合う翔也にその理由を話してあげようかと思うだけに留めた。留めた理由は単純だ。所詮自分は他人、それも身分も怪しい旅人だからだ。今回のようなケースでは口を出すべきではないと判断したから。これが、全く別の状況下であったのならばフェイトは我先にエトワールを庇ったし、翔也を諫め――――場合によっては昏倒させただろうが、今回はそういう話ではないことが安易に見て取れた。
 以前、何の思慮も見せずに何度も口を出したことがあるのだが、今は昔とは違うのである。

「内緒……じゃダメだよね?」
「カイト! ロックとかを呼んでふがうふが!?」
「翔也君、とりあえず傷を治しましょうか?」

 が、どうやら今度はリースが車椅子の少女を助ける形で入り込んだ。翔也は鋭い視線でリースを射抜くが、リースは何処吹く風で、自分がさっき推察した翔也の傷口を思い切り叩いたのであった。そして、自分の推察は的中していたようで、翔也の顔が僅かに苦悶に歪み、次の瞬間にはリースにとって掛かろうとするも。

「何処で怪我してきたのかなあ、おにいちゃん?」

 自分を連れてきた二人の少女の内の一人、佐倉鶯が実にイイ笑顔で翔也に問い詰め始めたのであった。
 立場が逆転した瞬間を目の当たりにしたフェイトは、この兄妹は、家族は実に仲が良いんだろうということに気付いた。
 先ほどまで立場を有利にしていたものが、不利になるということがそれを示している。とかではなく、純粋にこの家族たちの笑顔を見て。彼らの笑顔に陰りなど見て取れず、こうして鶯が翔也に問い詰めて翔也が今にも土下座しそうになっている顔には曇りなどなく。
 
 とても、羨ましかった。

 自分にも家族はいるけれど、それは血の繋がっていない家族。
 フェイトが一人旅に出る理由は二つあった。
 
 一つは、銀嶺の吸血鬼と朝が来るまで語り合いたいから。
 吸血鬼だというにも関わらず夜が苦手な、血を吸うことを我慢しながら放浪している彼女に近付き、会話をしたいため。
 幼き頃に出会った、明朗快活な美人の彼女に出会う為に、自分は旅に出ているのだ。未だに彼女の足跡(・・)を辿っているような、明確な手掛かりも得られない旅だが、それでも充実しているのだから自分は度し難いと思う。

 一つは、自分の故郷を探す――――里帰りしたいため。
 本当は自分の同胞を探したいのだが、旅をしてから数年を経て、自分の本当の家族(ファミリア)はいないのだと知ってしまったからだ。それを知り、一時期は人間不信に陥り、世界の全てを憎むかのような時期があったが、色々な人に出会った。謝る人、慰める人、蔑む人、怒るもの、悲しむもの、笑うもの――――本当に色々な人と出会い、すべての人々を怨むようなことはなくなった。

 この二つの理由がなければ自分は旅に出ていないのだろうけど、今となっては旅という過程(行為)が楽しくて仕方が無いほどに。
 とある国家からは指名手配されたり、とある魔者からは狙われたり、とある姫様からは婚約を迫られたり、とあるエルフとは酒飲み仲間となったり、とある婚約者から逃げたり、とある人魚からは怨まれたり色々あったけど。

 本当に、それは―――――
 
「後で“寿司”握ってやるから許してください鶯様」
「稲荷寿司は?」
「……俺の小遣いからですか?」
「ふふふ……」
「了解しましたお嬢様っ! だから佐倉家四拾四の“家族苛め”は辞めてくださいっ!」

 隣で、リースが笑っていた。
 自分はどうしようかと悩んでしまって、馬鹿らしくなり素直に笑う事にした。
 ところで、家族苛めとやらの内容が幼馴染にやられた“サンクチュアリィング”に似ていそうなのは気の所為かと思いたいフェイトだった。

 それからしばらくあーだこーだと何故かリースまで混じってやっていたのが落ち着くと、フェイトは何故自分がここに連れてこられた理由を思い切って尋ねてみることにした。連れてこられたというよりは、連行されたといった方が正しいのだが、そんな事を言っていたら何度連行されたのかがわからなくなるというか、自分の運の悪さ(?)に泣きたくなってくるので連れてこられた、と若干自分に優しく表現しておくに留めておくのである。
 エトワールの車椅子を押しながらとことこ歩く鶯の肩を叩こうとして、フェイトの警戒心がそれを拒む。彼女に容易に触れてはならないと。自分の警戒心はそれなりに信用できるので、それに従って鶯に声を掛ける。

「ねぇ、何で僕ここにいるの?」
「へ?」
 
 アホな問いに間抜けな答え。フェイトは思わず何を言ってるんだと自分を蔑み、もう一度冷静になって、言葉を口の中で咀嚼し、飲み込んだ。
 いや、言葉飲み込んだら質問できないじゃん、とか自分で自分の心の中でツッコむ。どうやら自分は混乱しているようだった。大きく深呼吸し、呼吸を整える。

「えーと……」

 だども唇からは言葉が紡がれる事なく、ただただ語尾を曖昧にするだけ。イマイチなんと訊けばいいのかがわからないのだ。

 あーもー、言葉が足りないのがわかってるのに出てこないっ!

 慌てふためくフェイトの表情に得心したのか、翔也がフェイトに近付いてきて小声で言った。

「その問いには俺が答えてやるよ。俺の妹は異常なお節介でな、俺はいつもその場の礼だけで済ませとけって言ってるんだけどよ、言ってやめるような妹じゃねぇから……まあ、ようするに、お前にお礼がしたいってわけだ。俺の“家族”は」

 実に危うく、優しい妹さんですね。とは言わなかった。
 思わず出てきそうになった言葉を隠し、代わりに出たのはもう一つの自分の意見だった。

「気にしなくてもいいんだけどね」
「アンタが気にしなくても、ウチの妹はそうじゃねぇんだよ。ちなみに、肩は叩かなくて正解だ」
「へ?」
「ウチの家訓でな、自分の身は自分で守るっつーことで、アイツは護身術を修めてるんだが……知らない奴がアイツの肩とか背中とか、ようするに背後から何かしようとすると、思いっきり投げられるんだ。思いっきり」
「何処でも?」
「何処でも」
 
 そりゃ肩を叩いて呼ぼうとしなくて本当に良かったと思うフェイトだった。何せ、スラム街というだけあって、道は整備されてなく、道にはゴミやら、木材の破片やらが辺りに散らばっているのだ。そんなところで思いっきり地面に叩きつけられたら洒落にならない怪我をするし、打ち所が悪ければ死ぬかもしれない。
そういう道で車椅子を押している鶯は凄いとは思うが。
と、ここまで来てフェイトは気付いた。

「あの車椅子、特製なの?」

 車椅子を押している音というものが全く聞こえなかったのは気の所為か。

「んにゃ。俺が適当なところから拾ってきて、カイトっていう工作が得意な義弟(おとうと)が直して、足の悪い義妹(エトワール)が乗って、鶯が持ってる」
「…………は?」

 今、なんとおっしゃいましたか?
 なにやら変な単語が耳を通り抜けて何処かへ旅立ったんですが。

「アレ、実は持ち歩いてるんだ――――エトワールと車椅子ごと」
「………………はい?」
「情けない話だが、俺は一度もアイツに腕相撲で勝った事ねぇんだよ。というか、アイツが腕相撲で負けたところを見た記憶がねェ」
 
 車椅子を?
 押すんじゃなくて持つ?
 ええええ!?

「いや、実際には魔法とかいうの使ってるらしいんだが――――車椅子の取っ手んところの強化に」
「…………世の中は広いんだね」

 まさかとっての部分を強化するなんて。
 持つ為に。
 車椅子を。
 じゃあ属性は地なのかなあ。

「兄の足を持って振り回す妹は、後にも先にも我が妹こと佐倉鶯だけだろうな」

 オンリーワンとナンバーワンでいいことですね。
 流石にその言葉を口に出す事ができないフェイトであった。出した瞬間、自分は今しがた振り回されている翔也のようになるのだから。










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