邂逅輪廻











 ―――――空は矛盾を含んでいる。



















 ―――――商業都市ロッツ―――――


「……俺も、巧くなったもんだ」

 季節外れの粉雪が舞う。空を漂う純白は町の人々の気分を高揚させていたが、二つの理由で人目の少ない裏路地に限り、その純白は限りなく黒に近い紅色へと変化させていた。
 その紅色の中心に一人の少年がいた。
 彼は白と黒と赤が混ざる地面を見つめながらそこにいる。
 視線は今しがた斬り殺した男の死骸の傷跡。研磨と努力と狂気を孕みながら鍛え続けていた己の剣術の痕跡を観察しているのである。
 過ぎ去った脆弱を振り返り、積み上げた虚弱を懐かしみ、今こうして在り続けることができる悪運を祝い、彼は血に塗れた得物を懐紙で拭く。いつも血に塗れた愛刀を拭くたびに思うのだが、この刀は“妖刀”の類の癖に、血を嫌うのは何故だろうか。普通(普通、というのもおかしいが)は血を好むはずで、むしろ血を含ませておいた方が状態も良くなるのである。が、この刀は何故か血を嫌うのである。

 彼の刀は彼の父からの貰いものである。

 譲り受けたのは彼が11歳の頃なのだが、その時に彼の父は「この刀は血に濡れていた方が調子がいい」と、言っていたのだが、生憎と血に浸しておいて調子が良くなったのは稀である。

「……刀にも、偏食とかあるのか?」

 ただの一滴も血糊が付いていないことを確認し、刀を鞘に納めながらそんなことを呟く。
 人を殺した際に、調子が良かったとすらされるのは三度ぐらいしかない。相手の特徴を思い出したりもしてみるが、特に共通点などは見当たらないし、魔法の素質やら、そういう内部的な情報にでもなれば論外だ、わかるわけもない。

「ま、どうでもいいか」

 刀についての思考をそれまでに、彼は最後に己が殺した人物の顔を一瞥し、忘れることにし、青年はこの場を静かに去っていった。



 彼の名は空色死銘。後に、空色の絆と呼ばれることになるかもしれない運命を担う少年である。
 彼の行くべき道は、彼が決めることである故に。





































 エルフの集落を出て早一ヶ月。フェイトは未だにリースとの距離感を把握できていなかった。本来ならば、慣れてない旅に疲労困憊するだろうリースを、独式魔術(シュルテ)で強制送還(ただし、これは今のフェイトにとってもかなりの負担を強いるもので、三日間は休養しなくてはいけない)させようと思っていたのだが、彼女はそんな隙を見せるどころか、こちらがやろうとしていることを予見していたのであった。

 その時の彼らの会話を一部抜粋すると、

「そういえば、昔、叔父(ビューレ)さんに聞いたんだけど」(ニコニコ笑顔で)
「……?」(不思議そうに首を傾げる)
「フェイトって、転移呪文を使えるんだってね」(“何故か”笑顔に黒さが混じる)
「…………!?」(考えてたことを言われて、軽くパニックに)
「使うときは、一緒に……だよ?」(その笑顔のまま“何故か”弓を構える)
「……………………はい」(見透かされてることに愕然)

 と、こんな感じであった。

 ともあれ、一番頼りにしていた手段を奪われたが、それで諦めないのがフェイトの短所である。次に行った事といえば、二人旅をして二つ目に訪れた“シェリル”にて、宿を探そうと提案し、個人行動になった隙を見て逃げること。
 個人行動になり、逃げ始めたところまでは良かったが、町の入り口まで辿り付いたところで、呪文の時の応答に浮かべていた怖い笑顔を浮かべながらこちらを手招きするリースに見つかって遭えなく御用となってしまったのであった。
 その後も何度か一人旅に戻る為に色々画策したが、その全てがリースに見破られ説教され怒られ怒られ怒られた所為で、21という年齢にも関わらず、トラウマが出来てしまったのであった。
 リースを怒らせてはいけないというトラウマが。
 ただ、そんな強烈な脅迫概念を(誤字に非ず)を植えつけられたというのにも関わらず、へこたれないフェイトは今度こそ、自分の企みが看破されないように、リースと別れて一人旅に戻ろうと決意しながら、次の目的地である商業都市ロッツに向かう馬車の中で、リースの弓の手入れを眺めていた。

 リース・L・マクスウェル。

 銀の髪の麗人にして、かの七色の“孤独兵器”の姪っ子。エルフ。
 基本的に美形なエルフという種族の中でも一つ飛びぬけた美女。彼女が街を歩けば、道行く人々は彼女の容姿を見て振り返り、男性は思慕の情を、女性は羨望の念を抱きつながらすれ違う。町で彼女と別れた後に合流しようとすれば、大抵は男連中に絡まれていたりするのがフェイトのここ最近の悩みのタネなのだが、まぁそれはさておいて彼女は綺麗だな、といつもフェイトは思う。

 雪のように透き通った白い肌は何処と無く儚さを醸し出しているが、それと相反するかのように彼女の心は強く、決して弱弱しくはない。生に満ち溢れるその笑顔は見るものを癒す。見ているだけで心が癒される人物、とフェイトは己の中でそう評しているのだが、そんな彼女が何故自分と共に旅をしているかといえば、その疑問は一生解決されないのだろうなと半ば諦観の境地にあった。
 一つの仮定はある。ただ、九分九厘外れている気がするが。

 恩義。

 それだけではないような気がする、とフェイトは本来の洞察力を用いてそう仮定するが、恩義以外の理由が思いつかない。以前からこういうことはあったのだが、彼女は結構(悪く言えば)しつこかった。執拗というべきか。

 今までフェイトと一緒に旅をしたい、という(フェイトの主観で)奇特な人はいたのだが、生憎と今まではそれらを全て断わり、断わっても訊かない人たちからは文字通り逃げてきたのである。何故かといえば、それは自分に関わる災厄(旅をしていればそういったものは多々あるものだ。…………フェイトは多すぎだが)に巻き込まれる事に他ならないからだ。

 それは嫌だ、とフェイトは常々思っている。だからこその同行拒否なのだが、今回ばかりは条件があったので、渋々(いつか逃げてやろうと企んでいるが)リースと供に旅をしている。

 とはいえ、フェイトは人が嫌いなわけでもないし、一人が好きというわけでもない。
 それこそ、共に旅をする仲間は大歓迎だし――――それがリースほどの美女ならばなおの事――――こうして、二人で旅をしているのも凄く楽しい。

 いい人だ、とフェイトは呟く。

 だが。

 だけど。

 だからこそ。

 自分なんかと一緒にいるべきではない、とフェイトは思うのだ。

「どうかしたの?」

 心配されるような顔をしていたらしい、リースが心配そうに訊ねてきた。

「え、あー、ちょっと眠かったもので……」
「…………そうですか」

 聡明な彼女に向けてこの言い訳は厳しいだろ、と自分に悪態をつきながら、フェイトは瞼を閉じる。脳裏を駆け巡るのは自分に対する、後悔、侮蔑、憎悪等といった負の感情。それらがフェイトの内部を複雑にし、馬車の空気を重くする。
 フェイトは、自分の事を過小評価している。己を嫌悪しているといっても間違いではないぐらいに。
 いや、嫌悪はしていないが、恐らくは好いてもいないだろう。
 無関心。
 自分の事に興味は無い。
 自分のしたいことには興味があるのだが。
 例えば、自分の生死に興味は無い。死んで誰に迷惑を掛けるのでなければこの場で死んでもいいと思っているし、自分の命で誰かが助かるのならば好き好んで己の命を差し出すだろう。彼はそういう男だ、と知人からは思われている。(本人は自覚していないだけで、そういう行動に移ったことは多々ある。)

 興味は無いが、別に好き好んで死のうとも思ってはいない。
 興味が無いので、別に生きながらえようとも思ってはいない。

 偶に考えるのだ、どうして自分は生きているのだろうと。

 ―――――僕に、できる事はあるのだろうか。

「フェイト?」
「…………うん?」

 そんな、どんやりとした事を考えていた所為か、今の今までリースが呼ぶ声に気付かなかった。リースが自分の肩を叩いてくれたおかげで気付いたフェイトは、いつの間にか膝を抱えて下を向いていた自分の体勢を、自然というよりは気楽な姿勢に戻し、顔を上げて返事をした。
 視界に入ったリースの表情は、どことなく不満そうな――――

「……………………えいっ」
「ア゛場馬場馬場馬場馬場っ!?」

 往復ビンタ。
 暗い話が一気に吹っ飛ぶような爽快(?)なビンタを喰らったフェイトは、恐る恐るリースの顔を見てみた。
 怖かった。
 何故だろう。
 自問してみるが、答えはわからなかった。

「…………えっと?」
「なんでもないです」

 そう言ってリースはつーんとそっぽを向いてしまった。
 全身に疑問符を浮かべながらも、フェイトは視界に入ってきた新たな町に胸を高鳴らせていた。

 先程の暗い思考は、何処かへ消え去った事に気付かずに。



 商業都市ロッツ。
 東にある大陸(ダージリス)の中央部にあるその都市は、商業都市と呼ばれるだけあって、この世界(アルフィミィ)で商業が最も栄えている都市だ。
 さらにアルフィミィでは珍しいことに、どの国家にも属していない。(どの大陸にも、その土地を象徴する国が存在しており、ダージリスの象徴国家はムーンジルバである)
 本来ならば、ムーンジルバに吸収されてなくてはおかしくない都市なのだが、しかしロッツの街を統べる、ライジ・ハウラロン・ヒューイがそれを拒んでいるのである。故に、ロッツとムーンジルバの長同士には色々と確執があるのだが、しかしそれはフェイトたちにはあまり関係のないものである。

 二人の今回の目的地はロッツ。放浪している二人に目的など無く、今回の“彼”との邂逅は偶然に過ぎないのだが、果たしてそれが未来にどう影響するかは、神のみぞ知るところである。

「お客さん、着いたぜ」
「「ありがとうございましたー」」

 二人は馬車の騎手に礼を言うと、ロッツの街の賑やかそうな場所へと歩き始めた。道を進むたびに人と出店が多くなってきており、フェイトは出店の多さに喜びを示していった。
 リースはといえば、隣のフェイトの喜びように頬を僅かに染めつつ、ロッツの人口の多さに驚愕を表していた。更に言えば、ロッツの町並みを歩く色々な種族がいることに。獣人、ドワーフ、ホビット、人間、ハーフ・トゥ・ハーフ(次の次の話ぐらいに説明しよう)等、様々な種族がこの街では普通にいることが、リースにとっては信じられない事だからだ。
 基本的に、その種族は他の種族との交わりを嫌う。当然、人間という種族もだが。
 若者はともかく、ある一定の年を重ねているものたちにとっては、それが世界の理であるかのように当然の事なのである。が、この街にいる彼らを見てみると、その常識は覆され、どの人々も普通に過ごしていた。
 リースは、そういう常識(知識)を持っていたために、この街の状況に驚き、少し考えてみて、そういうのに詳しいフェイトに聞いて見ようと口を開こうとしたが、

「……あれ?」

 今の今まで隣を歩いていた筈のフェイトの姿はそこに無く、何処に行ったのかと視線を錯綜させ、ようやくその姿を見つけることができた。
 リースの視界に映るのは、笑顔で露天商のおじさんと話しているフェイトの姿だった。失念していた、とリースは心の裡で呟き、リースはフェイトの側へと近付いていく。遠目ながらも、フェイトの表情は活き活きとしていて、普段の成熟された笑顔とは比べ物にならないほどである。滅多に見せないフェイトの“素”の表情に、胸の鼓動が速くあんるのを自覚しつつ、それを抑えながら歩く。が、何度も人にぶつかっては謝罪し、フェイトの姿がそこにあることを確認し、歩き、また人にぶつかっては……を繰り返し、フェイトの隣に辿り付く頃にはリースは息を整える必要があった。
 大きく息を吸い込み、小さく息を吐き、小さく息を吸い込み、微かに息を吐く。人が多いために必然的にフェイトの傍でその行為をすることになってしまうのだが、リースは細心の注意を払い、フェイトに息が届かないようにする。
顔の位置的にリースの吐息はフェイトの耳元あたりに行くので、フェイトが戸惑う様を見て楽しもうという悪戯心がわいてきたが、子供のようにはしゃぐフェイトの姿を見ていると、そちらを見ていたいという欲求の方が勝ってしまうのは仕方が無いことだった。

 何故って、彼は滅多に笑顔を見せてくれないから。

 優しく、こちらに気を使ってくれている笑みは、幾度も見たことがある。いや、毎日のように見ているといっても過言ではない。だども、それは彼が生きていく上で身に付けた処世術なのだろうと、エルフたるリースの洞察力が告げていた。
 初対面の頃こそ違和感を覚えなかったものの、こうして一ヶ月過ごす上で、彼の時折見せる、玩具を目の前にした子供のような笑顔が、彼の本当の笑顔だとリースは仮定してしまい、普段の彼の笑顔(・・)に戸惑いを感じてしまうのだ。
 ただ、普段の笑顔も彼の笑顔であることは間違いない。が、それ以上にリースは知ってしまったのだ。フェイトは自覚していないのだろうが、その表情は女性の母性本能を擽り、心を縛り付けてしまう効力がある。いや、女性という概念に関わらず、見るもの全てを虜にしてしまうほどの威力を持つ笑顔だとリースは思う。
 確かに、自分は彼の憧憬の念以上の気持ち、恋愛感情を抱いてはいるものの、それを抜きにしても彼の笑顔は綺麗だと、リースは思うのだ。

 ―――――誰にも、譲りたくないと思うほどに。

「んー……、もうちょっと安くなりません?」

 首をかしげ、幼子のように店主に問う姿を見て、リースはいつも抱きしめたくなる衝動に掻き立てられるのだが、理性を総動員して抑えている。リースの心境からすれば、「かわいー。かゎぃー。ぎゅーってしたぃー」みたいな感じなのだ。

(…………はっ!?)

 気付けば思わず自分の両手がフェイトの身体を抱きしめようと動き始めていた。擬音で表すなら“にょきにょき”と。それをぶんぶんと首を左右に振り、両手で頬を張り、その欲求を蹴散らして、

「いないっ!?」
「お嬢ちゃんが躊躇ってる間に次の店行っちまったよ。すんごい嬉しそうだったぜ?」

 店主を笑顔でぶん殴りながら礼を言い、リースはフェイトが向かった方向へと進んでいく。他の人はどうだか知らないが、リースにはフェイトが何処に行ったかわかる。というか、フェイトと何度か町を巡ったことがある人ならば、行き先は自然と絞ることができるのだ。

「……待ってればいっか」

 パターン化されたフェイトの行動。つまりは最終的には最初の店に戻ってくるのだ。全部の店を見て周ったうえで、フェイトはもう一度全ての店を周る傾向がある。
 まあぶっちゃけると、此処で待ってればいいのだ。町の規模からいって、一時間後ぐらいに。
 こういうところだけ、リースは持ち備えた観察力を発揮するのだが、それはどうかと思う。

「……一時間、かあ。わたしも見て回ろうかなー」

 具体的にはアクセサリーなどで。女の子(エルフはいつでも女の子っ♪)なのだ、いつでも可愛く綺麗でいたいのよっ。とは誰かの台詞だったような気がしたが、誰だったのだろうかとリースは首を傾げながら、周囲の男性の目がハートマークになっていることには気付かない。
 唇に人差し指を当てながら人の流れに沿っていき、あちらこちらの店を見ていく姿は、幾ら人が多いといえども目立つものがあった。
 しかし、それを本人は全く気にしていない。
 変なところはリースもフェイトも似たり寄ったりだった。

「……?」

 エルフという種族は、純粋な人間よりも五感が鋭い。例えば視力は、普通の人間の1,7倍はあるし、その特徴的な耳はどの種族よりも音を聞き分ける。
 当然、その種族によって優れていたり劣れていたりするのだが、それはさておき。
 平均的なエルフよりも若干鼻の効くリースは、ふと、剣呑な匂いに振り返り、その瞳に一人の少年を捉えた。

(あれは……確か、キモノって言ったかな……)

 リースの記憶が確かならば、あれは色無地と呼ばれる種類の衣装だ。場所を選ばずに着られるという、便利な服。
 書物に載っていたのを流し読みした程度なので、事細かには知らないが、間違えてはいないだろう。
 青、というよりは蒼色……空色とでも言うのだろうか、澄み切った青空のような色の着物を着ている少年から、何やら血の匂いが漂ってきていた。恐らく、こうしてすれ違わなければわからなかっただろうが、わかってしまった以上やることは一つだ。

 フェイトに感化されたわけではない。
 フェイトに近付きたいわけでもない。
 かつて、彼にしたようにするだけだ。

「あの、大丈夫ですか?」

 声を掛けてみるが反応はない。ん、と思わず口に人差し指を当てるが、周囲の状況に気付く。
 喧騒の中で声を掛けても意味がないということに。
 故に、足早に進む少年の裾を引っ掴み、声をかける。

「大丈夫ですか?」
「…………は?」

 帰ってきたのは「何言ってんだこの人?」という表情。誰が見てもそう思う表情をされたので、思わず自分が間違えてるのかと思ってしまったが、鼻をつく匂いが自分の疑惑を確信に変える。

「怪我、してるでしょ?」
「………………誰だよ、アンタ」
「あ、ごめんなさい。わたしの名前はリース。リース・L・マクスウェルっていいます。見ての通りのエルフで、結構それなりに高位の法術使えますよ?」

 法術。
 法術の説明に入る前に、まずこの世界で使える魔法というものを説明しなくてはいけない。

 魔法。
 魔術と法術の頭の文字を取って創られた言葉で、魔術とは己の魔力(流派、信仰対象によっては法力ともいう。根っからの魔術師は己のその力を“魔力”というし、教会と呼ばれる組織に心酔し信仰している者たちはその力を“法力”という。ほかにも様々な呼び方があるのだが、結局のところ力の源は一緒である)を媒介とし、世界に干渉することができる方法である。
 法術というのは魔術の対極に属すもので、こちらは法力を媒介として個人に干渉できる方法である。

 一般的に、一定レベル以上の魔術を修めるものは魔術師或いは、魔導師と呼ばれ、法術の場合は法術使い、法術士と呼ばれる。

「その法術士が俺に何の用だ?」
「……よいしょっと」

 少年の視線が鋭利なモノに変わったが、リースは全く怯えることなく少年の腕を引っ掴んで治療法術の詠唱を開始する。彼女の法力の色である銀色が少年の傷を癒したのを見て、リースは満面の笑みを浮かべる。
 うっ、と少年が引いたのを感じたを見て、リースは頬を膨らませる。
 だが、それよりも先に少年はぶっきらぼうに言った。

「あ、ありがとう」
「どういたしましてっ」
「――――じゃねぇっ! 今のはテメェが勝手にやったことだ、金なんぞ払わねえぞ!?」

 そう言われ、リースは不思議そうに首を傾げる。
 いきなりそう言われるなんて、都会ではこういう詐欺商法が流行っているのだろうか。
 そんなリースの反応を見た少年は、呆れたように溜め息を吐いた。

「…………今の反応見る限り、アンタ田舎育ち……俺も田舎育ちだから人の事言えねぇか――――で、いつまで腕掴んでる気だ?」
「え? 全部治療するまでだけど……」

 とりあえず擦過傷になっているところを治療したが、それだけで血の匂いが自分のところまで漂って来るわけがない。
 だから、落ち着いた場所で……あ、フェイト探さないと。

「………………」
「逃げようとしたら叫ぶからね?」

 ――――――キャー、変態っ。ってね?

「…………なんかタチ悪い奴に捕まったのか、俺?」

 少年が溜息交じりに何か言っていたが、既にリースの脳内はフェイトをこの場に呼ぶことしか頭になかったので、聞こえるはずなかった。
























「へっくしっ!?」

 風邪かなあ。と、自分の体調を慮るフェイトは、何故かスラムへと続く道にいた。理由は方向音痴。だが、方向音痴で違う道に入るのは違うんじゃないかなあ、とフェイトは常々思ったり思わなかったりするのだが、まあそれはこの際関係ない。
 ふむ、とフェイトは辺りを見渡しながら、今までの訪れたどのスラムとは何か違う空気を感じていた。

 整備されてない道―――――否、どのスラムも道は整備されてなどいない。
 周囲の荒んだ空気―――――それも違う。
 周囲ではなく人々―――――間違ってはいないが、正解ではないだろう。

 と、そんな自己問答を繰り返していたフェイトだったが、結局これだと思う仮定を思いつくことができず、一旦思考を中断した。

 と、そのとき。


 ―――――嫌です……っ! 


「……っ!?」

 声の聞こえてきた方角を本能的に察したフェイトは、すぐさま走り出した。腰の二対の短刀はすぐさま取り出せるように手を掛けたままで。幸いなことに、現場はすぐ近くであったようで、そこには剣呑な雰囲気を纏う男性が、車椅子の少女に手を掛けようとしているところだった。
 説得ができない。男の目を見てそう思ったフェイトは、躊躇無く男の横から体当たりした。あまりの勢いに男の握るナイフがあらぬ方に飛んでいく。それを好機と見たフェイトは、男の顎に掌打をぶち当てた。

「怪我はありませんか?」

 どうやら男は素人だったようで、今の一撃で意識を手放した。それを確認したフェイトは、車椅子に座る少女の目線に合わせてしゃがみこみ、そう訊ねた。すると、少女は何かに気付いたのか、慌しい顔をした。

「だ、大丈夫ですから! その人は違くて、襲われそうな私を助けてくれ――――」
「――――は、がっ!?」

 車椅子の少女の言葉にフェイトは背後を振り返る。とたん、そこにはやっちゃった(・・・・・・)という顔をした、近くの建物から飛び降りてきただろう二人の少女の足の裏が顔面にクリティカルヒットした。突然の事だったが、今まで幾度も繰り返した経験がフェイトの意識を手放すことをさせなかったのだが、正直に言えば素直に意識を手放したかった。めちゃくちゃいたひ。
 顔に二つの靴マークをつけたフェイトは、顔面の痛覚の暴動を無視し、二人の少女を見てみた。
 
「「ご、ごめんなさい!」」

 見事な混声謝罪だなあ。二人の謝罪の言葉を聞いて最初にそう思った自分の脳味噌はマズいんじゃないかと少しばかり悩んでみた21歳のフェイトだった。








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