――月の下。
「うぐ、ひっく……」
 物心付くか付かないかといった頃の長永が、母に手を引かれて無人の街を駆ける。
 長永は、涙を流していた。疲れと、途方もない恐怖によって。
「ダメだ、どこにも誰もいない! あの野郎、この街の人間を丸ごと喰いやがったッ!」
 前から走って来た男が、真理絵に叫ぶ。
「そう……」
 真理絵は、足を止める。
「もう、仕方ないわ。狙われてるのは私だけですから……貴方は、この子を連れて逃げて」
「冗談言うな。俺はあんたの旦那から、あんたとそのガキの事を頼まれたんだ。ダチとの約束は死んでも護る」
「……まったく、あの人のお友達は皆こうなんだから」
 男は抜かりなく、カラシニコフを構えた。真理絵も、AS12を構える。
「……?」
 長永の耳に、何かの音が聞こえた。耳元で羽虫が飛んでいるような、不快な音。
「来るな……クソッ、あの旦那が選んだ精鋭部隊が、あっと言う間に俺1人か」
「やっぱり、ノルニルの闇取引を潰したのは失敗だったわね。まさか――その報復に、こんな化物が送り込まれて来るなんて」
「今、そんな事を言っても仕方ないさ。……なぁに、俺とあんたがいればどうにかなる」
 羽音は、大きくなってゆく。しかしそれでいて、虫の姿は見えない。
 ……否。
 1匹の蝿が、男の肩に止まった。
 ……それに気付いたのは、長永だけだったが。
 蝿は、男の身体に卵を植え付ける。そして、その卵はすぐさま孵化し――蛆が這う。
 その蛆もすぐに蝿へと変態し、別の蝿と交尾。卵を産む。
 10秒にも満たぬ間に、その繁殖が何度も繰り返され――
「な――ッッ!!!?」
 男は、大量の蛆に覆われていた。
 無数の蛆が、男の肉体に喰らい付く。
「な、ぐぁ、止めろぉぉぉぉぉ……ッッ!!!?」
 絶叫。絶命。
「……ッッ!!!」
 何も出来ぬまま、母子は男との距離を取る。
 蛆は喰べた肉を使い、別の肉体を造り上げてゆく。
 ……その様子は、幼虫から成虫への変態を思わせる。
「わぁ、ワ、わァ――」
 肉塊と化した男から、声が聞こえた。
 ――しかし、次の瞬間。
 聞こえた声は、すでに母子の知っている男の声ではなかった。
ワマス妖虫ウォルミウスヴェルミ妖蛆ワーム!」
 それはもう、別の生き物。
 肉塊はマント・コートの男となり、2人の前に立った。
「フフ……グッド・イヴニング。今宵はよい月だ」
 妖蛆魔術師が、月光に照らされ微笑む。
 コートの内側の闇で、妖蛆どもが蠢く。
 長永は見た。その闇の中に――あの男の苦悶の表情が、引き擦り込まれて行くのを。
「ぐえ……ッ!!!」
 その異様さに、長永は胃の中のモノを逆流させる。
 ……地面に撒かれた吐瀉物に、すぐさま蛆が湧いた。
「用件は分かっているかね? その命を、頂きに参上したのだが」
 真理絵はAS12を、魔術師に向ける。
「闘うしか、ないようね」
「無駄だ。この身は既に、蛆の湧く死体。殺す事など出来んよ」
 それでも、魔術師は生きていた。
 肉体が腐敗しても生きる事に執着し、必要あらば他者の肉体を強奪する。
 ――恐るべき、魔術師ヒトの業。
「ぁ、あ……」
 吐瀉物を喰らい肥え太る蛆どもを見ながら、長永は思う。
 生きるとは、こんなにも醜い事なのか――と。






「――……ッッ!!!!」
 長永は、寝床から飛び起きた。
「はぁ、はぁ……」
 呼吸を整え、頭を抱える。
 何か悪夢を見たはずだが、その内容を思い出す事は出来なかった。
 ……唯一頭に浮かぶのは、自分達を見下ろしていた月の形。
 窓から、外を見る。
「……嫌な、感じだな」
 夜空には――夢中と同じ、月が在った。


夏季休暇幻想記8
〜明けの明星〜

大根メロン


「…………」
 長永が夜空を見上げていた、ちょうどその時。
 ピノッキエッテは、少し離れた地点から廃工場を観察していた。
「……あそこですね」
 リリスが呟く。
「0時に突入し、『掃除』を行います。サロメとベイバロンは外に残り、イヴが工場から出た場合に対応を」
「了解っす」
「……まぁ、仕方ありませんね。私の重装備は、突入には向きませんし」
 リリスは、突入組――アスタロトとグレモリィを見る。
 変わらず、籠釣瓶を背負ったアスタロト。
 グレモリィはP90ではなく、F2000突撃銃を装備していた。対イヴにおいて、短機関銃では火力不足だと判断したのだろう。
「…………」
 リリスは握った拳を開き、自分の指の動きを確認する。
「……往きましょう」








『本日昼頃、昨晩より行方不明だった14名が遺体で発見されました。遺体は、鋭利な刃物でバラバラに切断されており――』
 眼が覚めた私が、リヴィングでぼーっとニュースを見ていた時。
「……ッ!?」
 突然、嫌な気配を感じた。
「何だ、このゾクゾクする感じ……?」
 自分が牢屋に閉じ込められていて、その牢屋がどんどん狭くなっているような……圧迫感と言うか、危機感。
 ……気のせいか?
「…………」
 私は壁のボタンに手を伸ばし、押した。ベルが響き渡る。
 気のせいだったら、笑い話にでもすればいい。だが……違った場合の事も、考えておかなければ。



「ふぁああ〜……こんな夜中に何なのよ〜……?」
 イヴが眠そうな様子で、リヴィングにやって来る。てるてるも眠そうだ。
 B子は、特にそういう訳でもない。まだ起きていたのだろう。
「いきなり起こして悪いな」
「で、どうしたの長永君?」
「いや……上手く言葉に出来ないんだが、嫌な感じがするんだ」
「嫌な感じ?」
 B子が、首を傾げた。
「そう言えば……何だかザワザワしますね……」
 てるてるが、キョロキョロと周りを見る。
 ……幽霊の霊感が何かを感じているのなら、私の感覚も間違ってなさそうだ。
「B子。玄関からここに通じるドアは、この1枚だけだよな?」
「うん」
「バリ、張っとくのよ?」
 何かが起こると察知したB子とイヴは、表情を引き締める。
「そうしよう。その辺にある重い物を片っ端から置くんだ。てるてる、お前は外の偵察を頼む」
「分かりました」
 てるてるが、姿を消す。
 残った私達は、戸棚やらテレビやらソファやらを扉の前に並べた。
「装備、取って来るね」
 B子が、リヴィングから出て行く。
「…………」
 何となく、時計を見た。
 もうすぐ、0時になろうとしている。








「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1――」
 時が、0時を刻んだ。
「――突入アタックッ!」
 正面玄関の扉を蹴破り、アスタロトとグレモリィが跳び込む。
 この建物は構造上、どこへ行くにしてもまずはリヴィングを通らなければならない。
 その情報を真理絵から得ていたふたりは、迷いなくリヴィングへの扉へ。
 廊下を駆け抜けたふたりは、扉の両脇に付く。
「…………」
 アスタロトは、ゆっくりとドアノブを回す。おかしな感覚はない。
 しかし、開こうとしたところで――何かにぶつかった。
『どうしたの?』
『このドアの向こうに、何か置いてあるようで』
 声を出さず、通信機で会話。
『……バリケード?』
『かも知れませんねえ』
 アスタロトは、扉を押すのは止め――思い切り引き千切る。
 外れた扉の向こうには、やはりバリケード。
 そして――
「――ッ!!?」
 銃撃が、アスタロトとグレモリィを襲った。
 すぐに退き、廊下の角に身を隠すふたり。
「ちょっと、どういう事!?」
「うーむ、こちらの襲撃が読まれてたでやんすね」
「く……ッ!!」
 グレモリィは角から身を出し、F2000で3点バースト射撃。だが、バリケードに阻まれる。
 しかし、相手の銃撃は――バリケードの隙間を抜け、グレモリィの胴体に喰い込む。
「ぐ、ッ……イヴの狙撃か……ッ!!」
「どうするでやんす?」
「――こうするのよッ!!」
 グレモリィは、F2000に取り付けられた40mmグレネード・ランチャーを発射。
 榴弾が、バリケードに着弾し――爆発。バリケードを吹き飛ばす。
「アスタロト!」
「――応ッ!」
 角から出、リヴィングに向かい駆けるアスタロト。
 バリケードの残骸を、跳び越えた所で――
「――は?」
 何かの直撃を受け、廊下に弾き戻された。








「――ビンゴッ!」
 私は、パチンと指を鳴らす。
 ショットガン――レミントンM1100ソード・オフを構えたB子も、嬉しそうに口元を綻ばせた。
 奴等がバリケードを吹き飛ばすのを離れてやり過ごし、その後反撃する。見事成功だ。
 アスタロトは、12ゲージ(約18.5mm口径)の一粒弾スラッグを頭に喰らった。行動不能は確実。
「くっ、よくも!」
 次は、グレモリィが突っ込んで来る。同じく、B子のM1100が一粒弾スラッグを発射。
 同じ手は何度も通じず、グレモリィはそれを回避した。まぁそうなるだろうとは思っていたので、私とイヴはとっくにリヴィングから逃げ始めている。
「鬼さんこちら……だよッ!」
 B子がグレモリィを引き付けながら、私達とは反対側の廊下に出て行く。
 心配だが……ここは、B子のスキルを信じるしかない。
 ……で、私とイヴは。
 しばらくの後、1度逃げ出したリヴィングに戻って来ていた。アスタロトに、トドメを刺すためである。
 しかし。
「……イヴ、失敗だったな」
「おお、大失敗だったのよ」
 リヴィングでは、アスタロトが復活していた。
 そして――
「アスタロト、イヴ達の相手は私が。貴方は、グレモリィを追いなさい」
「――御意に」
 アスタロトを復活させたのであろう、リリスの姿。
 B子が逃げた方に走って行く、アスタロト。
「くっ……行かせないのよ!」
 イヴはそこに、三八式改の銃口を向けるが――
「――貴方は、眼前の敵が見えないのですか?」
 床を滑るように、リリスがイヴに近付いて来ていた。
「……ッ!!」
 イヴは咄嗟に銃口の向きを変え、リリスに発砲。リリスはそれを受けながらも、意に介さない。
 一瞬後には――喰い込んだ弾が勝手に摘出され、さらには弾痕も消える。
 ……これが、ナノマシンでの治癒ってヤツか。
 リリスは、両手の親指以外をまっすぐに伸ばした。四本貫手よんほんぬきての形だ。
 貫手がイヴの手を突き、三八式改を落とさせる。
「く……ッ!?」
 前に似たような事を語ったが、物は尖ってる方が痛い。
 なら平たい拳よりも、指先で刺すように突く貫手の方が効くのは道理だ。
 ……普通、貫手は喉や脇腹などの、柔らかい部位に対して使う。そうでないと、人間の指は耐えられないのだ。
 だが――リリスは、人間ではない。
「ぐ、ぅ――ッ!?」
 貫手のワン・ツーが胴に叩き込まれ、イヴが喘ぐ。
「――くそッ!」
 私は、リリスにFive-seveNを向ける。
 出来る事なら、撃ちたくはないんだが……!
「…………」
 リリスは私を見ると、音もなく背後に回り込み、
「ぐぅあああ……ッッ!!?」
 ロウ・キックを、私の足に打ち込んだ。
 その場に倒れ、立てなくなる私。
「しばらく、じっとしていてください。そうすれば、危害は加えません」
 そう囁き、再びイヴの方を向くリリス。
「――喰らうのよッ!!」
 イヴは、何本か銃剣を抜いて投擲。
 リリスはそれを――貫手で、打ち落とした。
「……ッ!?」
 1本の銃剣が、私の顔の前で床に刺さる。
 その銃剣は――パキンという音と共に、刀身が折れた。
 ……マジかよ。貫手の一撃で、金属製の銃剣を折ったというのか?
「焼けた砂利を突いて鍛えた貫手です。その程度では、私には届きません」
「……っ」
 イヴは銃剣を、逆手に握って構える。
 ……ダメだ。
 この少しの遣り取りだけで、分かってしまった。リリスは……果てしなく強い。
 私は塵ほどの勝機さえ、イヴにあるとは思えない――。
「――フッ!」
 リリスは摺り足でイヴとの間合いを詰め、呆気なく銃剣を叩き折った。
 そして――貫手の、連打ラッシュ
「――あ、ぐ……ッッ!!!?」
 銃剣を折るほどの一撃を次々と叩き込まれ、イヴの身体が軋みを上げる。
「――ハァッ!!」
 最後に、強烈な回転横蹴り。
「うぁ――ッ!!?」
 イヴは壁まで蹴り飛ばされ、打ち付けられた。
「……っ」
 動かないイヴ。いや……動けないのか。
「トドメです」
 リリスが腰の銃を握り、引っ張る。すると留め具が外れ、M500が解放された。
 ……ロング・バレルが、イヴの頭に向けられる。
「知っているとは思いますが……弾は、劣化ウラン弾頭をニトログリセリンで発射する特製弾です。いくら貴方がピノッキエッテでも、耐えられるものではありません」
 リリスが、引き金に指をかけた。
「――さようなら。百合のように永眠ねむりなさい」








「…………」
 工場内での銃声を聞きながら、サロメは油断なく眼を光らせていた。
 彼女がいるのは、工場の正面側。もしイヴが、こちらから脱出しようとすれば――サロメの狙撃を受ける事となる。
 頭部に5.56x45mmFMJ弾をフルオートで叩き込まれれば、いくらイヴといえども機能停止は免れない。
「――!?」
 サロメは背後に気配を感じ、すぐさま振り返ってM16A2の銃口を向けた。
 狙撃手とはいえ、M16A2はアサルト・ライフル。急な接近戦にも十分対応出来る。
 気配の主は――
「……ベイバロン?」
「はい」
 ベイバロンは、品のある微笑みを浮かべた。
 サロメは、銃を下ろす。
「何してるっすか? 貴方の配置は反対側――」
 ――その時。
「ダメですわ、サロメさん」
「――ッ!!?」
 MG42の銃口が、サロメの頭に向けられた。
 ……引き金が、引かれる。
「背後に立った者は、誰であろうと倒さなければ」
 サロメの頭蓋が爆ぜ――粉々に吹き飛ぶ。



 工場内。
 居住用に改造されたエリアとは違い、グレモリィのいる場はそのままの倉庫だった。
 積み重ねられた段ボール箱などの、様々な遮蔽物。
 その見通しの悪さに苦戦しながら、グレモリィはB子を追う。
「く……ッ!!」
 ダンボール箱に隠れたB子に、F2000で銃撃。
 箱が空なら、その向こうに弾が届くはずだが――やはり、そうはいかない。
「…………」
 B子は、M1100でグレモリィの背後を撃つ。
 大量の箱が、乗せられている棚。その棚に一粒弾スラッグを撃ち込み、破壊した。
「な……ッ!!?」
 雪崩のように崩れて来た箱を、グレモリィは跳び退いて回避。
 それを予測していたB子は――回避後の無防備なグレモリィに、ルガーの連射を撃ち込む。
「く――」
 グレモリィが、反撃に出ようとした時。
「……え?」
 サロメからの、信号が途絶えた。
「何、で……?」
 呆然とし、思わず立ち止まるグレモリィ。
「――サロメは壊れたでやんすよ。ベイバロンが、上手くやってくれましたねえ」
 背後から、声。
「……アスタロト。どういう、事よ?」
「どうもこうも、言ったままでやんすが」
 アスタロトの微笑に、グレモリィの苛立ちが募る。
「――そんなはずない! だってあいつは、私より強いって……っ! だから、だからっ!!」
 グレモリィの、必死の叫び。
 しかし――アスタロトは、それを嘲笑う。
「分かっているでしょう? サロメは、この世界から消えてなくなったんでやんすよ」
「……ッ!!」
 ギリ、とグレモリィの歯が鳴った。
「ア……アスタロトォォォォォォッッ!!!!」
 グレモリィは、銃をアスタロトに向け――突撃。
 アスタロトも、籠釣瓶を抜き放ち――
「――斬り捨て御免」
 一斬。
 アスタロトと交差したグレモリィの、足が止まる。
「……嘘つき。アンタは、私を護ってくれるんじゃなかったの……?」
 グレモリィの首が――身体から、落ちた。








「……退いてください」
 リリスが、私に言う。
「嫌だ」
 私は、1歩も譲らない。
「……何故です? 何故、巻き込まれただけの貴方がそこまでっ!」
「…………」
 私は――動かない足を引き摺って、イヴとリリスの間に立ち塞がっていた。
「な、長永……馬鹿な事しないで、逃げるのよ!」
 背後のイヴが何か言ってるが、無視。
「もう1度言います。退いてください」
「……そりゃあ無理だ。だって、後ろにはイヴがいるから」
「……ッ」
 M500の、銃口が震える。
「同じ事です。貴方を撃ち殺した後、イヴを撃ち壊す。結局、貴方は無駄死にするだけです」
「カッコ悪い生き様より、カッコいい無駄死にの方がマシだ。現世で後悔するより、あの世で満足する方が百倍いい」
「……ッ!!」
 リリスは、辛そうな顔で――私を見る。
「……退いてください。私は、貴方を撃ちたくない」
「ワガママを言うな。敵を撃てないなんて、銃が泣くぞ?」
「私達の敵はイヴ! 貴方は敵じゃないッ!」
「詭弁だな」
「……ッッ!!!」
「引き金を引け。お前達は、そのために造られたんだろ? なのに、それが出来ないなんて……辛いじゃないか」
 撃つために生まれて来た者は、撃つべきだ。
 それが出来なかったら、何のために生まれたのかが分からなくなってしまう。
 そんなの、嫌だろう。きっと。
「でも、私は――……」
 リリスは、何かを言おうとする。
 ――が。
 ピクリと、表情が変わった。
「サロメ? それに……グレモリィも?」
「何だ? どうした?」
 リリスは困惑した様子で、呟く。
「ふたりからの信号が……途絶えました」
「……何?」
 サロメとグレモリィって……メイド喫茶にいたふたりだよな?
「……B子が、斃したのよ?」
「…………」
 どうだろう。いくらB子でも、ピノッキエッテを一気に2体も斃せるとは……。
「ふふ――」
「――ッッ!!!?」
 笑い声と共に襲って来た斬撃を、回避するリリス。
 銃口は、その相手に向ける。
「――アスタロト!? どういう事ですっ!?」
 アスタロトは――嘲るような視線で、リリスを見た。
「おやおや、グレモリィと同じ事を訊くんですねえ」
「……!!? まさか、グレモリィは……」
「はい。あたしが斬り捨てたでやんす」
 リリスの瞳が、これ以上ないほど動揺で揺れた。
 ……何だ? 何が起こってる?
「――!!? 長永、逃げるのよッ!」
 イヴの声で、反射的にそこから離れる私とリリス。
 ……銃弾の雨が降り注ぎ、床を粉砕する。
 巻き込まれそうにはなったが――これは、私を狙った攻撃じゃない。
「おやおや、外してしましたか」
「ベイバロン……貴方」
 リリスはベイバロンの真意を探るように、相手を見詰める。
 しかし――あの微笑みから、何かが読み取れるとは思えなかった。
「サロメさんは、私が破壊しましたわ。外で、スクラップになって転がっています」
「……ッッ!!!? 何の……何のつもりなんです! アスタロトッ!!! ベイバロンッ!!!」
 リリスの悲鳴じみた問いに、アスタロトは不遜な笑みのままで――
「分かりませんか? 我々バビロンは――ノルニルに、反旗を翻すでやんす」
 そう、宣言した。
「な……っ!?」
「道具扱いは、もう御免という事ですわ。これでも淑女の端くれですので、プライドというものがあるのです」
 MG42のフルオート射撃を、リリスは危ういタイミングで躱す。
 だが同時に、アスタロトが距離を詰めて一撃。
 ……リリスの後退が僅かでも遅ければ、彼女は頭から真っ二つになっていた事だろう。
「く……ッ!?」
「いくら貴方の回復力が高くとも、エネルギィは無限ではない。壊し続ければ――いつかは、斃れるでやんすね」
 アスタロトが、楽しそうに語る。
 バビロンが、同時に床を蹴った。
「では、失礼ながら――」
「――御首、頂戴するでありんす!」
 ふたりの、同時攻撃。
「……ッッ!!?」
 リリスに、躱せるタイミングではない――はずだったのだが。
「よっと」
 緊張感のない声が、そこに割り込んだ。
 スモルトから撃ち出された弾が、MG42の銃口に入り――銃身を破裂させる。
「――きゃあっ!!?」
「ベイバロンッ!!?」
 アスタロトが、ベイバロンに意識を向けた――その時。
「…………」
 赤い少女が、アスタロトに襲い掛かった。
「……ッ!!?」
 少女が握る、白鞘の日本刀。それから繰り出される斬撃を、アスタロトは身軽に躱し――隙を見て距離を取る。
「……どなたか知りませんが、名乗りもなく襲って来るとは」
 アスタロトは、少女を睨む。
 対する少女は、仮面のように無表情。
「……まぁよいでやんす。白鞘で戦場いくさばに出るような愚か者など、我が籠釣瓶の一太刀で――」
 はらり。
「……はて? 貴方の斬撃は、避け切ったはずでやんすが」
 アスタロトのメイド服に付いている、リボン。
 それが――2つに分かれ、床に落ちた。
 ……赤い少女が、アスタロトを見下す。
「やっぱり、つまらない。命のない者と闘っても――……」
 ……何だ、一体?
 この少女から、内臓が捻じ切れそうなほどの……不快感を感じる。
 こいつは山神長永にとって、絶対によくないモノだ。
「や、長永君。元気?」
「……先生?」
 スモルトの使い手――うちのクラスの先生が、私に微笑む。
「まったく……変な予感がすると思ったら、やっぱり変な事になってたわね」
 先生は少女と共に、バビロンと対峙する。
「……アスタロト、ここは」
「ええ、仕方ないでやんす。退くとしましょう」
 アスタロトが、何かを投げた。それは爆発し、煙を充満させる。
「……煙幕か!?」
 煙が晴れた時には――既に、バビロンの姿はなかった。
「逃げたか。……リリス、大丈夫?」
「……ええ」
 リリスが、先生に歩み寄る。
「先生、貴方は……?」
 私の問いに先生は、
「――百々凪美香。対イヴ作戦を任された、ノルニルの社員よ」
 と、信じられない事を告げた。
「な……っ!?」
「予想外の事態が発生したから、今回は退くわ。じゃあねー」
 私とイヴに手を振りながら、先生が歩き出す。
「…………」
 赤い少女は一言も発する事なく、その後に続く。
「……イヴ」
「何なのよ?」
 リリスは、イヴを見て。
「……貴方は、必ず破壊します」
 寒気がするような凄みと共に、言い放ち――先生の後を追った。



「長永君ッ!! イヴッ!!」
「皆さん、無事ですか!?」
 B子と、隠れていたてるてるが――私達の元に走って来る。
 てるてるは私達の様子を見て、
「……えっと、何があったんです?」
 と、眉を顰めて尋ねた。
 それに対する、私の答えは。
「……私にも、よく分からない」








「アスタロトとベイバロンが離反……か」
 アシブネの一室。
 美香は疲れ切った様子で、椅子に体重を預ける。
「はい。思えば、全てはこの時のためだったのでしょう。アスタロトがイゼベルを破壊し、ベイバロンを蘇らせたのも」
 美香の背後には、リリス。
「アスタロトが怪しいと踏んだ時点で対策を取っていれば、こんな事にはならなかっただろうに……さすがに、自分の愚かさを呪うわ」
 キィと椅子を鳴らし、美香はリリスと向かい合う。
「で、これからどうする?」
「……変わりません。イヴに加え、バビロンも破壊対象となっただけの事」
「…………」
「グレモリィ、サロメ、イゼベルの仇です。バビロンは放置出来ません。……それに――」
 リリスは、一呼吸置いて。
「――イヴを匿っている限り、長永さんはノルニルに狙われる。それを止めるには、原因であるイヴを排除するのが手っ取り早い」
 憎悪すら篭る声色で、口にした。
「……そうね。そうなると、貴方達には今以上に働いて貰う事になるかしら」
 室内には――エリオットと、綺羅の姿もあった。
「……1つ、訊いてもよろしいですか?」
「…………」
 リリスの友好的でない視線に、綺羅は興味なさげに反応する。
「この街で、大量殺人事件があったのを知っていますか?」
「知っている」
「……貴方から、血の臭いがするのですが」
「だから何? 私が彼等を殺した事が、貴方にどう関係するの?」
「一体、何のために……」
「趣味だから」
 綺羅は平坦な声で、それが当たり前だと言わんばかりに答えた。
「な……そんな馬鹿な事が――」
「……五月蝿いから囀らないで、人形。私は、生きていない殺せないモノに興味はない」
 綺羅がリリスに向けるのは、道端の小石を見るような眼。
「人形は人形らしく、飾られていればよかった。それを無理に人間の真似事なんてするから、あんな事になる」
「……ッ」
 リリスは反論出来ず、唇を噛み締める。
「はいはい、綺羅もリリスもそこまで」
 美香が、ふたりの間に割って入った。
 まったく困った子達ね――と漏らし、溜息。
「まずはバビロンの方を何とかしましょう。バビロンはふたり組みだし、イヴのように逃げ隠れするだけじゃないだろうし」
 美香は、影のように立っているエリオットを見る。
「この街全体に蝿を飛ばして、バビロンの潜伏先を探して。ついでに、イヴ達もアジトを変えるだろうから、そっちもね」
「……前にも言ったが、広範囲を捜索するのはとても疲れるのだがね」
「イヴ達のアジト探しをサボったんだから、今度はちゃんとやりなさい」
「やれやれ、了解した」
 エリオットの笑みを見たくないかのように、美香は再び彼等に背を向ける。
 そして――
「……道具扱いはもう御免、か。少なくとも私は、そんなつもりじゃなかったんだけどなあ」
 誰にも聞こえないような声で、呟いた。






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