星丘沖――アシブネ。 夜空の下、甲板に2つの人影があった。 百々凪美香と百々凪綺羅の、姉妹である。 「綺羅、貴方って船酔いは大丈夫なの? いつも通りの澄まし顔だけど」 「別に問題ない」 「……おー、若い子はいいわねー。私なんて、慣れるまでフラフラだったのに」 微笑み合い、語り合う2人。 「……!?」 綺羅は、何者かの気配を感じ――刀の柄に手をかけた。 「大丈夫よ」 綺羅を制し、口を開く美香。 「今晩は、ドン・マウリツィオ・アルベルティ。オークションの景気はどう?」 「なかなかだよ。客人の方々も、満足していらっしゃるようだ」 甲板に現れた初老の男が、低い声で答えた。 「それはよかったわ」 「しかし、そうも言ってられまい。今夜、海保のSSTが動くという話……真であろうな?」 「ええ、ノルニルの情報部が掴んだネタだもの。間違いないわ」 美香は、背中を手摺りに預ける。 「ならば、対策を練らねばなるまい?」 「そのために、私達はいるんだしね。船を警護する変わりに、MX-2破壊のための拠点とする。忘れてないわよ」 「では、何か手が?」 「連中が船に乗り込んで来た後、返り討ちにするのが手っ取り早いんだけど……それじゃダメよね」 「無論。決して客人には知られぬよう、内密に処理したい。世界各地から裏社会の要人が集う、このオークション――失態を見せれば、我がファミリィの名は地に落ちるだろう」 「……問題は、SSTがどうやって攻めて来るか。ヘリから降下して来るか、それとも海中を潜行して船に近付いて来るか」 「あるいは、両方……だな」 忌々しげに唸る、マウリツィオ。 「……ヘリからの降下は、迅速さが要求される状況――テロリストが人質取って船を占拠してるとか、そういう場合の戦術よね」 「では、降下作戦はないと?」 「どうだろう。このアシブネを制圧するにはそこそこの人数が必要だろうし、それだけの人員を動かすには海に潜るよりヘリの方がよいのかも知れない」 「ぬぅ……」 「ま、あらゆる場合を考えて準備をしておいたから大丈夫。こちらは、相手が来る事を知っている……それだけでも大きな有利よ」 マウリツィオの背後で、足音。 振り返ると、APS水中アサルト・ライフルを装備した、ピノッキエッテが並んでいた。アスタロトだけは、銃ではなくナイフ――SEAL2000を持っている。 「じゃ、海中警護は任せたわ」 「はい」 リリスが返事をし、手摺りを越えて海に飛び込む。他のピノッキエッテも、その後に続いた。 「次は……空の方だけど」 「――それが、私の仕事か」 いつの間にか――誰にも気付かれる事なく、エリオットは甲板に立っていた。 「うんうん、労働意欲が豊富でよろしい」 「知っての通り、私は正規の社員ではないのでね。他者以上の労働をこなさねば、まともな報酬が受け取れなくなる」 エリオットは、微笑。 しかし、何の前触れもなく――その笑顔が潰瘍した。 エリオットの身体が床に倒れ、一瞬にして腐り落ちる。 「……ッ!?」 驚愕するマウリツィオ。それを表情に出すほど、若くはなかったが。 腐乱死体から、死体自身を覆い尽くすほどの蛆が溢れ出す。 蛆はエリオットの身体を喰い尽くし、常識では考えられない速度で変態。 「――……」 マウリツィオが呆然とする中――蝿の大群が、夜空へと飛び去って行った。 「さて、これで警備体制は万全ね」 美香は手摺りから離れ、船内への扉に向かう。 「綺羅、オークション会場に戻りましょう。御馳走が食べ放題よ」
「うーん……」 私はリヴィングでダラダラしながら、頭を悩ませていた。 敵の本拠地が、アシブネだった件についてである。 あのオークションは、星丘市に進出して来たイタリア系マフィア――アルベルティ・ファミリィが仕切っているらしい。そうなると船の警備員も、その筋の人間だろう。 それに加え、客は裏社会の大物達。彼等も、個人的な護衛を連れているはずだ。 そもそも、敵はピノッキエッテだけではない。彼女達を指揮している、ノルニルの社員もいる。しかし私達は、それが誰か分からない。 やっぱり、『アシブネに突入し、敵を倒して一件落着』っいうのは難しいか? 「…………」 ……ま、そんな事を考えても仕方ない。 昨夜――SSTが動いた。とっくに、アシブネは制圧されてるかも知れないのだ。 ……ニュース見ても、そんな情報は流れてないけど。 「長永君!」 リヴィングに、B子が入って来る。 「おう。で、どうだった?」 「…………」 嫌な沈黙。 「SSTは、隊をヘリ部隊とダイヴァー部隊に分けてアシブネに向かったんだけど……2つとも、船に辿り着く事すらなく全滅したみたい」 「…………」 何だそれ。一体どんな化物が護ってるんだ、あの船は。 「……そっか。そうなると、私達が突入するのは絶対無理だな」 「うん、そうだね……」 はぁ、と溜息をつく私とB子。先は暗いなぁ。 「あ、そう言えば長永君」 「ん?」 「さっき、あのアパートに寄って来たんだけど……長永君宛に、手紙が来てたよ」 B子が、葉書を差し出す。 「手紙? 誰からだろうな……サンキュ」 それを受け取り、眼を通す私。 「…………」 ……へ? 「な、な――何ぃぃぃいいいいいいいッッ!!!?」 「まずいまずい、どうするどうする――?」 私はリヴィングの中を、グルグルと回る。 「ど、どうしたの、長永君……?」 「何の騒ぎなのよ?」 リヴィングに、イヴが現れる。てるてるも一緒だ。 「…………」 私は、足を止める。 「……私の母さんが日本を1人旅してるって話、覚えてるか?」 「覚えてるけど、それがどうしたのよ?」 「星丘市に来るらしい。顔を見に行く、だと」 しん、と場が静まる。 「……あの、長永さん。それって何か問題が? そりゃ今は大変な状況ですけど――」 「問題だらけだッ!」 大声で、てるてるの言葉を遮る私。 「生き物嫌いだから、母親に会いたくないのよ?」 「勿論それもあるが……何と言うか、うちの母さん人間辞めてる感じだし」 ああ、困った困った。 「……で、お母さんはいつ来るんですか?」 B子が尋ねる。 私は様々な不安を堪えながら、ホントは言いたくない事を口にした。 「……葉書によると、今日。午後3時に、星丘公園中央で待ち合わせだ」 時の女神に慈悲を請うが、無情にも時は流れ――約束の時間。 「…………」 私は結局、待ち合わせ場所に来ていた。 ……いやね。会いたくないけど、会わずに逃げたら後でどんな目に遭うかね。 「長永君……大丈夫?」 B子が心配げに、私を見る。大丈夫じゃありません。 ちなみに、B子が一緒にいるのは私の護衛だ。以前、1人でアイス買いに行かされた気もするが。 ……その調子で、あの悪魔母からも私を護って欲しい。 と、その時。 「……来たな」 女が1人、私達の方に向かって来る。 「……へ?」 B子が、眼を丸くした。 まぁ無理もない。そいつは、どう見ても女子中学生くらいにしか見えないからだ。 馬鹿デカいスーツ・ケースを転がしながら、母さんは私に近付いて来る。 そして、私の前に立った。 「ふふ……久しぶりね、長永ちゃん」 「……ああ、久しぶりだな」 緊張感漂う挨拶。親子なのに。 「で、そちらの人は?」 「あ、私は――」 「こいつはB子。訳あって、私の護衛をしている」 「B子さんというの。可愛らしい方ね」 「…………」 B子が、ガックリと項垂れる。何故? 「私は山神真理絵といいます。息子が、いつもお世話になっているようで」 ……そう言えば、母さんはそんな名前だったっけな。 「あ、いえ、こちらこそ。それにしても……お若いですね」 「あらそう? 私もまだまだいけるのかしら?」 B子の世辞に、微笑む母さん。 「何が『私もまだまだいけるのかしら?』、だ。実際の歳は――」 ――母さんから殺気。私は素早くポケットからFive-seveNを抜き、相手の顔面に向ける。 だが、それよりも数段早く――母さんはスーツ・ケースから己の愛銃を抜き、その銃口を私の眉間に向けていた。 20連ドラム・マガジンのついた、無骨な銃。外見的には、アサルト・ライフルに近い。 ……大宇AS12。セミ&フルオートで射撃可能という、ふざけたショットガンである。 「――……ッ!?」 素人とプロの差があるとはいえ……ポケットからハンドガンを抜くより、スーツ・ケースからショットガンを抜く方が早いって何? 「…………」 さっきまでの微笑みはどこへやら、母さんは完全に殺す眼で私を見ている。 無駄に豊富な機能と、5.5キロという重量故に米軍から採用されなかったAS12。それを十代前半にしか見えない母さんが、右手1本で平然と構えている様は……何と言うか、シュールだ。 「――、……ッ」 私の顔を、嫌な汗が流れる。 いっそ、殺られる前に殺るか? しかし……私が少しでも撃つ素振りを見せたら、母さんは引き金を引くだろう。発砲は、絶対に向こうの方が速い。 ……膠着状態が続く。B子はどうしたらよいか分からない様子で、動けないでいる。 「ふふ……」 母さんの顔に、微笑みが戻って来た。AS12の銃口が下ろされる。 「長永ちゃんも、銃を持つお年頃になったのね。母さん嬉しいわ」 いや、そんな事喜ばれても。 「ったく……」 私も、Five-seveNをポケットに戻した。 「でも長永ちゃん、レディに歳の話はNGよ。立派な紳士になりたいのなら覚えておいてね」 「別になりたくないし。それに――」 ――誰がレディだ、と続けようとして、言葉を飲み込んだ。それを言ったら、今度こそAS12が火を噴く。 「はぁ……」 B子が脱力し、息を吐いた。 「驚いたよ……まったく、笑えない冗談だね」 「B子。今の修羅場が、冗談だと思うのか?」 「……え?」 混じりっ気なく本気だった。少なくとも私は。 「……長永君が会いたくないって言ってた理由、分かった気がする」 「そうか」 B子は現世に跳梁跋扈する奇人を知り、また1つ成長したようだ。人間、そんな成長ならしなくてもいいと思うけど。 「それにしても、どうして長永ちゃんに護衛が付いてるのかしら?」 「あ、それはですね――」 今までの経緯を、B子が母さんに説明。 「……ピノッキエッテ、ですか。ノルニルのメイドロボ小隊があちこちで暴れ回ってる、という噂は聞いた事がありましたけど……」 母さんは、なるほどと納得した様子で、 「凄いじゃない、長永ちゃん。まるで三文ラノヴェの主人公みたいだわ」 と、のたまいやがった。 「その上、女の子3人と同居だなんて。母さん感動して涙が出そう。少し見ない間に、随分とラヴコメ値を上げたのね」 何だそのパラメーター。SAN値が下がる方がまだマシだ。 「この子がお世話になっているのなら、ご挨拶して行きたいわ。B子さん、よろしければ案内してくれますか?」 マジかよ。 「こんにちは。長永ちゃんの母の山神真理絵です」 結局、母さんは私達と一緒に隠れ家に来てしまった。いいのか、ホントに。 「私はMX-2イヴなのよ。よろしくなのよー」 「えっと……ここではてるてると呼ばれてます。いきなりですが、長永さんのお母さん――」 てるてるは神妙な、戦場に出る武士の如き表情。何だ? 「いえ、お義母さんッ! 長永さんを私にくださ――へぐぶはッッ!!!?」 卒塔婆で一撃。 カービン・モデルに変わる新たな携帯用卒塔婆して開発した、折り畳み式モデルである。ボタン1つで展開し、幽霊を打つのだ。 しかし折り畳み式の宿業とでも言うべきか、接合部の強度に不安が残る。卒塔婆カービンからこちらに更新するかについては、もうしばらく試用してから判断しよう。 「こら、長永ちゃん。女の子に乱暴しちゃダメ。パラメーター下がるわよ?」 「むしろ下がれ」 卒塔婆を畳み、懐に入れる。 ……凄く今更だが、卒塔婆ってこういう使い方をする物じゃないよな。 「ところでイヴさん、それは九七式……いえ、三八式かしら?」 「そうなのよ。九七式のスコープを付けたのよ」 「ふふ……神国大日本帝国の心の銃ね」 「その通りなのよ」 ……何か会話が始まった。 「でも、B子のルガーも大した物なのよ」 「え? 私?」 B子が、ホルスターからルガーを抜く。 「まぁ、ゲーリング・ルガーですか」 「ええ、レプリカですけど」 「素晴らしいわ。何て綺麗なんでしょう」 「真理絵さんのAS12も、カスタマイズされてますよね」 「私のAS12は――キャリング・ハンドルを外してマウント・ベースを付け、コッキング・レヴァーをフォア・グリップに改造したくらいだもの。B子さんには遠く及ばないわ」 常人が付いて行けない話題で盛り上がり始めた母さん達。 「…………」 私とてるてるは、そのアホどもを遠巻きに眺める。 「真理絵さんは昔、教皇庁の特殊部隊にいたと聞きましたけど……それって、具体的にはどんな事をしていたんですか?」 興味深そうに、尋ねるB子。 「レ・ピュセルの事? そうね……普段は、ドーヴァーを挟んで英国の異教徒を牽制するのが仕事だったわ」 昔を思い出すように、母さんは瞳を1度閉じた。 「後は……ローマでのテロを企むイスラム過激派のアジトに突入して、制圧したりとか。バンバンバンバン――AMEN!! みたいな感じで」 それは、制圧ではなく殲滅だろう。 「他には、カトリックの教義に反する人外を滅ぼしたりとか」 「人外って、私みたいなのですか?」 てるてるが言う。 「ええ、そうね。でも今の私は教義を捨てた身だから、てるてるさんを襲ったりはしないわよ」 ニコリと、母さんがてるてるに微笑む。 「は、はぁ……」 てるてるは微妙な反応。気持ちは分かるぞ、母さんって胡散臭いからな。 「真理絵が今までに闘った相手の中で、特に強かったのは誰なのよ?」 イヴめ、母さんが喜びそうな話題を与えるんじゃない。 「1番は勿論、私の伴侶である長永ちゃんのお父さんよ」 「確か……真のアイルランド共和軍の本部に教皇庁から物資を輸送する極秘任務の最中に、英国側に雇われていた父さんと出会ったんだよな」 で、敵味方全滅させて愛の逃避行。 「そう、あの時の事は一生忘れられないわ」 ふふふ、と嬉しそうに話す母さん。 「2番目は……やっぱり、あの男かしら」 ……あの男? 「表の顔は、英国の大病院に勤める蛆虫治療の権威。裏の顔は……不死を求めて禁域に踏み込み、英国王室から追放された元宮廷魔術師」 母さんの声から、温度が消える。 「<妖蛆の王>――エリオット・ロックウェル。爵位は確か、伯爵だったかしらね」 アシブネの船内。 美香は偶然見付けたエリオットに、笑いながら声をかけた。 「昨夜は見事だったわ、<妖蛆の王>。SSTのヘリ部隊を、撤退させる間もなく瞬滅するなんて」 今朝。破壊され残骸と化したヘリが、海上で発見された。 機内にいたSST隊員は、全員が行方不明。ただ――機内に残されていた血飛沫の跡だけが、彼等の行方を物語っているのだろう。 「何、奇襲故に上手くいっただけだ。それと、その渾名……なかなか慣れないな」 ――<妖蛆の王>。それは、ブライアン・ラムレイの小説『妖蛆の王』から取られた名である。 「そう? 貴方にはぴったりだと思うけど」 「ふむ。それは皮肉かね?」 「ただの率直な意見よ。貴方の凄まじい力は、まさしく『王』と呼ばれるべきものだわ」 ノルニルとは、北欧の運命の女神達を指す。故にノルニルには、女性しか入社出来ない事になっている。 だが――正規でないとはいえ、エリオットは社員である。彼の力は、ノルニルのルールを捻じ曲げるほどに魅力的だったのだ。 「光栄の極みだ。しかし……船の事はともかく、MX-2イヴの件はどうなっているのかな?」 「あー、そっちの方はもうすぐ進展するわよ」 「ほう?」 面白げに問うエリオットに、美香は嫌らしい笑みを浮かべて答えた。 「ふっふっふっ……情報提供者が見付かってね。もうすぐ、イヴ達のアジトが分かるの」 「さて、私はそろそろお暇しましょうか」 隠れ家に来てから、しばらくの後。 母さんが、そんな事を言い出した。 「えー、残念なのよ」 母さんと打ち解けていた皆(私以外)は、寂しそうな顔をしている。私は内心でガッツ・ポーズだが。 玄関で、母さんを見送る。 「では、お邪魔しました。落ち着いた後に、また寄らせて貰うわ」 「はい、また来てくださいね」 B子、余計な事を言うな。 「長永ちゃん」 「何だ?」 母さんと、向かい合う。 「…………」 瞳の奥に在るものを、それぞれ見詰めて。 「皆を、ちゃんと護るのよ。長永ちゃんは男の子なんだから」 「この両性平等の世の中に何言ってるんだか……」 「ふふ……では、またいずれ」 母さんが、歩き去って行く。 そして……その姿が、見えなくなった頃。 「長永」 後ろから、イヴの声がした。 「何だ?」 「長永は……私達を、護ってくれるのよ?」 見回せば――てるてるとB子まで、私に注目している。 何さ、何なのさ? 「どうなのよ?」 再度、イヴが問う。 私は―― 「――ああ、分かった。最後まで、責任持って護ってやる」 真顔で、大嘘を吐いた。 いや、だってどう考えても無理だし。私がこいつ等を護るなんて。 口先だけの、ダメな私。きっと後で嘘がバレて、嫌な後悔をする事になるだろう。 それでも――この場では、それを言わなきゃならない気がしたのだ。 男の子だから。 「…………」 その答えを聞いた、イヴは。 「……10年早いのよ」 私の頭を、ゴツンと殴り付けた。 ――数十分後。 美香は、アシブネの甲板にいた。 そして、そこに―― 「若いっていいわよねぇ……」 笑顔で、真理絵が現れる。 「何よ突然。私はまだまだ若いわよ? 少なくとも、貴方よりは」 「ふふふ、美香さん……死にてェのかァ?」 AS12の銃口から、散弾がばら撒かれる。美香は義経のように手摺りの上を跳び回り、それを回避。 「待った、色々剥がれてるわよ。猫被りと言うか、化けの皮と言うか……とにかく、貴方の大切なモノが」 「……あら? ふふ、少し興奮してしまったわね」 美香は手摺りから跳び、甲板に着地。 「……前から気になってたんだけど、どうしてそんなに若い……いや、ちっさいの?」 「だって、小さい方が弾が当たり難いでしょう?」 「まぁ、確かに」 「だから、小さくなったの」 「うん。当然のように言ってるけど、普通の事じゃないわよね?」 ふふふ――と、子供と話すように真理絵は笑う。 「気付いていないだけで、人間は自身を変態させる事が出来るのよ。一流の水泳選手の手には水掻きが出来るし、無飲無食で生き続けている人もいるわ」 「…………」 「まぁ、昆虫のように劇的な変態を遂げるのはさすがに無理だろうけど。その点、やはりエリオットは人道から外れていたわね」 「会う? 船の中、探せばどこかにいると思うわよ」 「……ふふふ、冗談。今遭ったら、決着を付けたくなってしまうわ。この船、沈んだら困るでしょう?」 真理絵は美香に、1枚のメモを投げた。受け取る美香。 「それに書いてある場所が、イヴさん達の潜伏場所よ」 「……確かに受け取ったわ。はい、報酬」 美香は真理絵に、札束を渡した。 「ありがとうございます。これで、まだ旅が続けられるわ」 「でも、いいの? これって、明らかにあの子達に対する裏切りよ」 「ふふ、いいのよ。だって、何の問題もないんですもの」 美香は、眉を潜める。 「どういう意味?」 「ピノッキエッテ、エリオット、百々凪姉妹……何が送り込まれようと、あの子達が敗けるはずはないわ」 「……その根拠は?」 「だって、長永ちゃんがいるから。あの子がいる限り、貴方達に勝利はない。私が裏切ろうと裏切るまいと、それは変わらないのよ」 「自慢の息子って事? 親馬鹿にも程があるわ」 「ただの事実。私達は長永ちゃんを、そういう風に育てたのだから」 真理絵は美香に背を向け、歩き出す。 美香はその背に、言葉を投げ付けた。 「奇跡でも起こらない限り、あの子達に勝ち目はないわよ」 「…………」 真理絵は1度だけ立ち止まり、 「――男の子がいて、女の子がいる。奇跡を起こすには十分過ぎるわ」 そう言い残し、今度こそ去って行った。 「…………」 美香は煙草を取り出して咥え、火を点ける。 「……分かってるわよ、そんな事」 そして、船内へと向かう。 「リリスー? ここにいるって聞いたんだけどー」 美香が船内のトレーニング・ジムに顔を出すと、リリスの背中が見えた。 彼女は美香の声に気付いていない様子で、離れたサンドバックと対峙している。 そして―― 「――ッ!」 瞬く間に間合いを詰め、左手右手を叩き込む。 打撃音と共に、サンドバックが千切れ――中に詰まっていた、砂鉄が噴出した。 「うぉお、凄いわね。砂鉄の詰まったサンドバックなんて、鉄塊同然なのに」 「……美香さん?」 「久し振りかもね。貴方が、サンドバック叩いてるのを見たのは」 「最近、弛んでいる気がしたので。ベイバロンと闘った時など、一撃打ち込む事すら出来ませんでしたから」 美香と向き合う、リリス。 「それで、私に何か用でも?」 「あ、そうそう。リリス、ピノッキエッテを招集しなさい」 リリスの顔に、疑問の色が浮かぶ。 「――イヴ達の根城が分かったわ。今夜、攻め落とすわよ」
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