「ふふ。来ましたわね、匠哉……」 「――ヘレンッ! 皆をどこにやったッ!?」 「あらあら、何の事ですの?」 「惚けるなよ、キャラ立て中途半端。お前が皆を攫った事は分かってるんだ! 無駄な抵抗は止めろ!」 「……なかなか言いますわね、誰がキャラ立て中途半端ですか。ボラクラの連中、渡辺家のお嬢さんとメイドと巫女、IEOの死人ふたり、カナ、チカ、迦具夜、美空……その他諸々。皆、私が経営するメイド喫茶で強制労働させてますわ」 「くっ、何て羨ま……いや、酷い事を!」 「酷い? 何を何を、貴方の借金を肩代わりしたのは誰だと思ってるんですの? それくらいの利益は当然ですわ」 「……で、そのメイド喫茶の住所は?」 「助けに行くつもりですの? ふふ、相変わらず愚か者ですわね」 「……へ? あ、うん、まぁ。そういう事にしておこう」 「教えませーんわ。ふふ、教えられるものですか。彼女達に利尿剤をたっぷりと飲ませ、さらにトイレを禁止し、お漏らしした者の下着を客に高額で売り付ける。こんな素敵な商売、貴方に邪魔される訳にはいきません」 「……ッッ!!!?」 「まったく、最高の見世物ですわよ。店の真ん中で顔を赤らめ、涙を浮かべながらお漏らしをするメイド。早い者勝ちとばかりに、下着を脱がしにかかる客。貴方の名前を呟きながらも、身を任せるしかないメイド。もう、涎が出そうですわ」 「こ、この外道めッッ!!!! どうして俺を仲間外れにしたッッ!!!!」 「……何だか、さっきから話が噛み合ってませんわね? まぁとにかく、住所が知りたければ私を倒してみせなさい! ――ハーゲンッ!」 「――応よッ!」 「ふん、望む所だ……パック!」 「行くのさ!!」 「変身ですわッッ!!!!」 「――変身!」 「ついに直接対決ですわね! ……私が勝ったらお嫁さんにしてくれるって話、護って貰いますわよ」 「ん? 何か言ったか?」 「な……な、何でもありませんわ! スペシャル御奉仕――『メイド・カード』ッ!!!」
「……で。何を描いているのですか、貴方達は?」 リリスは呆れを通り越し、微妙に引きながら尋ねた。 正面の机には――下書きを描くアスタロトと、上がった下書きにペンを入れるベイバロン。 「夏の聖戦で配布するコピィ誌でやんす」 「『魔法冥土ヘレン』の同人誌ですわ。タイトルは、『ヘレン法典・スカートの中は秘密の雨漏り』。当然成年向けです」 「ふふ……ベイバロンが戻って来たお陰で、作業が捗る捗る。我等がサークル『バビロン』、今回こそ一花咲かせるでやんす」 「オフセット本の方は?」 「とっくに入稿済みでやんすよ。後は、当日搬入して貰うだけでやんす」 「油断はいけませんわ。去年の夏、印刷所から品が届かなかった事を忘れましたか? それに……このコピィ誌も、部数を考えれば間に合うかどうか……」 「ふふ、心配無用。貴方が寝てる間に、我等がサークルには新たなコピィ機が導入されたでやんす。原稿が何枚あろうと、恐るべきスピードで印刷。もうあのボロコピィ機に付き合う必要も、夜中にコンビニに走る必要もないでやんす」 「あら、それは素晴らしい!」 「……ま、製本は変わらず手作業ですけどねえ」 「…………」 「…………」 さらにスピードを上げ、黙々と描き続けるふたり。 「……頑張ってください」 ここは自分がいていい場所ではないと本能で理解し、そそくさと撤退するリリス。 「下書き、もう少し早く上がりません事……!?」 「無理を言うなでやんす! これ以上ペースアップしたら、クオリティは確実にG○N道でやんすよっ!!」 リリスが廊下を歩いていると、向こうにグレモリィとサロメが見えた。 「あ、姉様――ごきげんよう!」 「ごきげんよう、って。リアルで聞いたのお昼の番組以来っす」 「いちいち五月蝿いわね、絞り殺すわよアンタ?」 「……凄いっすね。『ごきげんよう』と『絞り殺す』が並んで存在する貴方の回路。とても信じられないっすよ」 「どうやら、ホントに壊されたいらしいわね……」 「それは無理っす。グレモリィより、あたしの方が強いっすから」 「な、何ですってぇぇぇぇッッ!!!?」 その遣り取りを見ながら、リリスはふと思った事を口にする。 「そう言えば、貴方達はいつも一緒にいますね」 カチリ、と動きが止まるグレモリィ。 「……? どうしたっす? 電源が落ちたっすか?」 「ね、ねねねね姉様? それではまるで、私とこの馬鹿の仲がよいみたいではないですか?」 「あ、動いた」 ブリキロボのような動きで、リリスを見るグレモリィ。 「……少なくとも、悪くはないように見えますが」 「何を! 何を仰っているのですか、姉様ッ!! 私は姉様一筋ですッッ!!!」 「はぁ……」 リリスは、少し困ったような顔。 「困らせちゃダメっす、グレモリィ。リリスのデート、忘れた訳ではないっしょ?」 「あ、あれはデートではありませんッ!!!」 「そ……そうよ、姉様だってこう言ってるんだし、そんなはずないわよ馬鹿サロメッッ!!!!」 サロメは、ため息をつきながら頭をかく。 「あー……そう言えば、リリス。美香が呼んでたっすよ」 「美香さんが? 分かりました、行ってみます」 歩き去って行く、リリス。 それを見送りながら、 「……姉様、何だか元気がなかったわね」 「ま、イゼベルの事っすよね。いなくなっちゃったっすから」 「でも……あの様子じゃ、もしもの時に危ないかも知れない」 グッと、拳を握るグレモリィ。 「その時は、私が姉様を護らないと!」 「……で、貴方自身の身は誰が護るっすか? リリスを護りながら自分も護れるほど、器用じゃないっしょ?」 「う……そ、そうかも知れないけど」 「ま、グレモリィの身はあたしが護るっす。それで解決っすね」 「…………」 先程と同じように、停止するグレモリィ。 「……? さっきからおかしいっすよ? メンテが必要なんじゃないっすか?」 「い、いきなり何を言うのよッ!!?」 「へ? 何かおかしな事言ったっすか? ……何をそんなにアタフタしてるっす?」 「失礼します」 「お、来たわね」 美香は、部屋に入って来たリリスに眼をやる。 「それは……?」 部屋の机には、何かの破片がいくつも置かれていた。 「ん。例のゲーセンから回収した、イゼベルの残骸」 「……何故そのような物を? 埋葬でもするのですか?」 「あら、埋葬して欲しい?」 「…………」 「ふふ、まぁいいわ。これを見て」 美香は、1つの破片を手に取る。 「……首の部品ですか?」 「そ、各種ケーブルを束ねて固定するための金具。ここの断面、明らかにおかしいの」 破片を、覗き込むリリス。 「これは……」 「何か、鋭利な刃物で斬られたみたいになってるでしょ?」 「イヴの銃剣でしょうか?」 「んー、イヴはアスタロトと闘ってたはずだけど。それに、いくらイヴが手入れをちゃんとしていても、三十年式銃剣で合金製の部品をここまで綺麗に斬るのは無理だと思わない?」 美香が、部品の断面に触れる。 斬撃の痕跡は残っておらず、まるで初めからそういう形であったかのような表面。 「ここまで完璧な斬断となると……神器級の業物か、それに近い魔剣や妖刀の類だと思う」 「……妖刀」 リリスと美香は、眼を合わす。 「まさかとは思うけど……一応、貴方には話しておくわね。リリス、アスタロトに注意して」 「…………」 どうしたらよいか分からない、という風にリリスは無言。 「――念のため、助っ人でも呼んでおこうかしら。ノルニルの社員を2,3人くらい」 「おや? ベイバロン、どこへ行くでやんす?」 作業中。 突然席を立ったベイバロンに、アスタロトは声をかける。 「私、そろそろ休憩しようかと思いまして」 「はぁ」 「それにまだ、ピノッキエッテの皆さんに挨拶をしておりませんので」 イゼベルさんは仕方ありませんけどね、とベイバロン。 無論、今ここにいるピノッキエッテのメンバーには、全員に顔を見せている。 つまり――残るは、出奔したイヴのみ。 ベイバロンは己の愛銃を手に取ると、負い紐を肩にかけた。 ――MG42。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによって開発された汎用機関銃である。 「まったく……」 アスタロトは観念したような顔で、苦笑した。 「手加減するでやんすよ? あっさり全滅させては、興が殺がれますからねえ」 「――ふふ。承知しておりますわ」 「こんなに暑い世界など――滅びてしまえ――……ッッ!!!!」 天に向け、呪いの言霊を吐く私。 「長永君。おかしな事言ってないで、続けるよ」 隣のB子が、地図を見ながら私に言う。 「なかなか、手がかりは見付かりませんねー」 と、てるてる。 ……現在。私達は、星丘市内を探索中だ。 私達は今までに、この市内で何度かピノッキエッテと交戦した。つまり――敵の拠点も近くに存在するのではないか、という事。 後手に回ってばかりでは勝てない。たまには、先手を打たなければ。 そういう訳で、市内の空き家とかホテルとかを調査中。 「でもなぁ……メイド服の連中が出入りしているような場所があったなら、すぐに御近所の噂になると思うぞ?」 「普段はメイド服着てないのかも知れないでしょ?」 ……ぬ。そう言えば、あの時のりり子も普通の格好してたしなぁ。 「メイド服で出入りしても怪しまれない……ハッ、分かりました!」 「――? 何だ、てるてる?」 「敵の拠点が分かったんです!」 ほう。 「その場所は――」 ゴクリと、息を呑むてるてる。 「最近話題のメイド喫茶、ノルンだったんですよッ!!」 「な、何だってー!?」 礼儀として驚いた後、 「うりゃ」 卒塔婆三段突き。ぶっ飛んで行くてるてる。 「な、何でですか? 結構ナイスな案だと思ったんですけどッ!? ノルンってノルニルの単数形ですしッ!!」 「お前にしてはよく考えた。その点だけは褒めてやろう。しかしだな、悪の組織の拠点がメイド喫茶ってどうよ?」 それに――ノルンが敵の拠点なら、りり子が私をそこに連れ込んだのは明らかにおかしい。 ……まぁ、ピノッキエッテらしき命を感じないメイドもいたけど。あれはホントにバイトなんだろうな。 「ノルンは調べてみたけど……人や物の流れにおいて、不審な点はなかったよ。敵の拠点なら武器弾薬の類が運び込まれるはずなのに、あそこに運ばれるのは食材などの喫茶店として必要なものだけだったから」 B子が、メモを見ながら言う。 「じゃあやっぱり、ノルンとノルニルは無関係なんだな」 「うん。……少なくとも、この世界では」 ……『この世界では』? 「でもそうなると、八方塞がりじゃありません? 星丘市内を調べるだなんて言ったって、星丘市スラム街全域の調査はさすがに無理でしょう?」 んー、確かに。イースト・エリアの調査は危険だよなぁ。 「とりあえず、やれる事をやろうよ。手分けして、この地区を捜索――」 「――あら、分かれて貰っては困ります」 どこからか、声がした。 「敵が多ければ多いほど、虐殺というものは美しくなるのですから」 ……何か、凄くヤバい気がする。 本能が拒否するのを強引に捻じ伏せて、背後を見た。 そこには、上品に微笑むメイドがひとり。 手には機関銃があり、銃に繋がれた給弾ベルトは――背中の、バカでかいリュックから伸びている。きっとあの中には、無数の弾を繋げたベルトが何本も収まっているのだろう。 そのリュックには――さらに、柄付手榴弾や対戦車無反動砲まで下がっている。 ……物騒なメイドさんだな。間違いなく――ピノッキエッテ。 「――MG42っ!!?」 B子が、相手の機関銃を見て驚きの声を上げた。 ……無理もない。ピノッキエッテの中で、MG42を装備していたのは―― 「初めまして。私、非正規戦部隊ピノッキエッテのラスト・ナンバー――MX-7ベイバロンと申します。以後、お見知り置きを」 「……お前は、封印されてたはずじゃ……」 「イゼベルさんを皆さんが破壊なさってしまったので、その代役ですわ」 ……イゼベルが? 「なるほどな。あの火災はそういう事か」 「では――」 「誰かがお前を目覚めさせるために、イゼベルを破壊したんだな」 「――覚悟をしてくださいませ」 向けられる、MG42の銃口。 「てるてる、お前はどっかに逃げてろ!」 「は、はいっ!」 素早く、建物の陰に隠れる私とB子。それぞれの拳銃を抜く。 MG42の連射速度は、1分で1200発――つまり、1秒で20発。その銃声はもはや連射音ではなく、1つの音にしか聞こえない。 電動ノコギリのような耳に障る音が、辺りに響き渡る。 「ふふ、鬼ゴッコですの?」 その爆音の中心地であっても、ベイバロンは笑みを絶やさない。一体何キロあるのか想像もしたくないようなリュックを背負いながらも、軽い身のこなしで私達に迫る。 「く……ッ!!」 走り、ある時は弾幕を張り、遮蔽物から遮蔽物へと移動する私とB子。 ……遮蔽物と言っても、相手は機関銃の自動連射。下手したら、遮蔽物ごと吹っ飛ばされる可能性もあるが。 「おいB子、何とかならないのか!? ほら、同じドイツ銃使いだしッ!!」 「――そんな無茶なっ!!?」 しばらく、私達はそんな様で逃げ続け――今度は、トラックの陰に隠れた。 だが―― 「……ッッ!!!?」 トラックの向こうで、爆発。その爆圧で、こちら側にトラックが倒れる。 慌てて陰から飛び出すと、そこにはパンツァーファウストを構えたベイバロン。彼女は使用済みのそれを投げ捨てると、スリングで肩にかけていたMG42を再び向けた。 ――掃射。子供の身長ほどもあるMG42を、ベイバロンは右手1本で軽々と扱う。 「うぁ――ッッ!!!?」 走る足元を、銃撃が掠めた。くそッ、ホントにマズい……ッ!! 「――長永、助力するのよッ!」 「……ッ!?」 私の横を、一陣の風が通り抜けた。 イヴは助走を付けると、一気に地を蹴る。地面と平行に跳躍し、ベイバロンへと。 そして――三八式改の銃剣を、迅雷のように突き出した。 奇襲、先手必勝。イヴの突然の攻撃に、ベイバロンが対応出来るはずはなく。 「な……ッ!?」 しかしなお、敵は健在。 ベイバロンは――左手の指2本だけで、銃剣の刺突を白刃取りしていた。 ……MG42の銃口が、イヴの腹部に押し当てられる。 両者は、引き金を引くと同時にその場から跳び退く。 「イヴ!」 「……っ、少し掠ったのよ」 イヴの脇腹は――皮膚が銃撃で抉り取られ、金属面が露出していた。 対するベイバロンは、イヴの一撃を躱し切ったようだ。特に、外傷は見当たらない。 「ふふ……お久しぶりです、イヴさん。長永さんを襲えば、彼を助けに現れると思いましたわ」 「ベイバロン……その顔、2度と見たくはなかったのよ」 「あらあら。余程、私達は嫌われていたようですね。悲しい事ですわ」 ――マズル・フラッシュ。 MG42が火を噴き、弾丸の嵐がイヴに襲いかかる。 すぐさま、木の陰に隠れるイヴ。フルオート射撃は止む事なく、その木を派手に削ってゆく。 「少しは遠慮するのよ……」 イヴが、陰から銃剣を投げ打つ。 1本目は、先程のように止められるが―― 「――くっ!?」 2本目は矢のようにベイバロンの肩に突き刺さり、彼女を僅かに怯ませる。 その間に、イヴは陰から跳び出す。一呼吸の後、ベイバロンはMG42をイヴに向けようとする。 「――長永君!」 「分かってるッ!」 それを妨害するように、建物の陰から弾を撃ち込む私とB子。 「――ッ、目障りなッ!」 ベイバロンは、リュックのポテトスマッシャーに手を伸ばす。 着火のための紐が、リュックに繋がれているらしい。引っ張ってリュックから離すと、紐が外れた。 そしてそれを、私達に向かって投げる。 ……真っ直ぐ投げれば、陰に隠れている私達まで届くはずはない。 「く――っ!?」 しかしベイバロンは壁にポテトスマッシャーをぶつけ、跳ね返らせる事により私達の元へと送り込んだ。 「長永君、伏せて――!!」 言われるまでもなく。 だが――私は伏せながらも、Five-seveNでポテトスマッシャーに1発撃ち込んだ。 弾かれたポテトスマッシャーは綺麗に来たルートを戻り、ベイバロンの足元へ。 「な――!?」 ――爆発。 「やったか!!?」 私は、もくもくと上がる煙を見る。 その、向こうから―― 「……少し、効きました……」 ベイバロンが、姿を現した。 「……っ!?」 さすがに無傷ではないようだが、致命傷を受けているようにも見えない。 よく見れば、例のリュックがボロボロになっていた。あれを盾にしたのか。 「私、本気になってもよろしいかしら……?」 騒ぎを聞き付けたらしく、こちらに走って来る2台のパトカー。 ベイバロンは視線を向けぬまま銃だけを向け、引き金を引いた。 ……パトカーのフロント・ガラスが砕け散り、その奥で血肉が爆ぜる。2台は運転者を亡くし、歩道や建物に突っ込んだ。 「うふふ……」 笑いかける、緋色の女。 「……ッ」 私達は気味の悪過ぎる寒気を感じ、それぞれ武器を構える。 と、その時―― 「そこまでよ、ベイバロンッ!」 威勢のいい声が、聞こえた。 声の主は、以前ノルンで見たメイド。P90を持ってる事からすると、ピノッキエッテのグレモリィか。 「あら、グレモリィさん。何か御用ですか?」 P90を向けられている、ベイバロン。しかし顔には、その危機を感じさせない微笑みが張り付いている。 「何か御用ですか、ではありません」 さらに、もうひとり。 それは―― 「……りり子」 「私の名はリリスです。今後は、そう呼んでください」 「……ん。で、何の用だ? ベイバロンを止めに来た、っていうなら大歓迎だが」 「よかったですね。その通りですよ」 リリスとグレモリィは、ベイバロンの元へと歩いて行く。 「退きなさい、ベイバロン。これ以上の独断専行は見逃せません」 「……私が眠っていた間に腑抜けてしまいましたの、リリスさん? 敵を眼前にして退け……それでもピノッキエッテですか?」 「貴方には思慮がなく、必要以上の被害を出す。故に、単独での行動は認められません。もう1度言います、退きなさい」 「…………」 ベイバロンは、一瞬だけ逡巡する素振りを見せた。 「……まぁ、私は――」 そして、MG42の銃口をリリスへと。 「――ッ!!? 姉様、危ないッ!!!」 「闘えるのなら、相手が誰であろうと構いませんわ」 咄嗟にリリスを突き飛ばし、銃撃から逃がすグレモリィ。 「――このッ!!!」 グレモリィはP90で、ベイバロンに銃撃。指切りによる3点バーストだ。 イゼベルのようにフルオートで撃ち続ければ、すぐに弾切れになってしまう。それを防ぐため――3発撃つ毎に引き金から指を離し、弾を節約するのだ。 勿論、3発も撃ち込めば威力は十分。しかも、P90の使用弾丸はFive-seveNと同じSS190。効かないはずがない。 とは言え――それも、当たればの話だが。 「ふふ、相変わらず闘い方が単純ですね。弾道が分かり易過ぎますわ」 ベイバロンは踊るようにその銃撃を躱し、MG42を構える。 「――グレモリィッ!!!?」 リリスの悲鳴。 無論、それでベイバロンの手が止まるはずはない。 「姉様――」 一瞬後には、MG42がグレモリィの頭を撃ち砕く――はずだった。 「――ッッ!!!?」 響く、1発の銃声。 「何、ですって……!?」 吹き飛ばされたベイバロンの指が、地面で跳ねる。 ……人差し指を失った彼女の右手は、当然引き金を引く事が出来ない。 「な……!?」 引き金にかけられた指を、寸分の狂いなく狙撃だと――ッ!!? 「この狙撃……サロメなのよ!?」 事態を傍観していたイヴが、声を上げる。 「……サロメ?」 グレモリィは呆っとした様子で、その名を呟く。 ……どこから撃ったのか知らないが、何て精密射撃だ。M16狙撃仕様は伊達じゃないって事か? 「安心するのは早いですわ……ッ!」 ベイバロンはMG42のグリップを逆手に握り替え、小指を引き金にかけた。 「……ッッ!!!?」 突然の事に、対応出来ないリリスとグレモリィ。 ……ベイバロンはその銃口を、リリスへと向ける。 「させるかっ!!」 私は、ベイバロンの頭に1発撃ち込む。僅かに、動きが止まるベイバロン。 その隙に―― 「――……!」 リリスはM500を抜き、27インチバレルの銃口をベイバロンの胴に当てた。 引き金が、引かれる。 「くぅぁ、ぁぁああああッ……ッッ!!!?」 弾丸は、胴を貫通。 ベイバロンは遂に倒れ、呻き声を上げる。 「お騒がせしました」 ベイバロンを背負うグレモリィの横で、リリスが言う。 「イヴ。今日の所は退きますが、次はないと心得なさい」 「…………」 見詰め合う、ふたり。 「おい、リリス」 「はい?」 「何の価値も意味もないけど、一応言っておく。イゼベルにトドメを刺したのは私じゃないぞ」 「……そうですか。やはり、そうなのですね」 む? 今の言い方からすると、その可能性も考えていたのか。 「長永さん。先程は、その、ありがとうございました」 リリスの雰囲気が急に柔らかくなり、そんな事を言い出した。 「ん? ……ああ、ベイバロンに撃たれそうになった時の事か。気にするな、大した事じゃない」 「……はい。それでは」 去って行く、リリスとグレモリィ。グレモリィが凄い勢いで私を睨んでるんだけど……何? 「てるてる、いるか?」 「……何ですか?」 どこかに逃げていたてるてるが、私に寄って来る。何故か不機嫌そうな顔。 「姿を消して、あいつ等の尾行を頼む。でも、深追いはするなよ」 「分かりました……けど」 てるてるは納得出来てないような顔で、私を見る。 「……まぁ、イヴさんとB子さんに任せましょう。じゃ、行って来ます」 「おう、行ってらっしゃい」 でも……任せるって、何を? 「長永君」 頭に、鉄の感触。 「……あの、B子? どうして、私の頭にルガーを突き付けているんだ?」 「リリスと、知り合いなの?」 「え? ま……まぁ」 「随分と、仲もいいように見えたけど」 「……そうか?」 どういう事だ? ま、まさか、敵と知り合ってるのはCIA的には裏切り行為なのか!? それで私を処刑しようとっ!!? だが、こちらにはイヴがいる。御主人様防衛機能が付いてる彼女なら、きっと私を助けてくれるはず―― 「それについては、私も興味あるのよ」 銃剣の刃を、私の首に当てるイヴ。至極簡単に絶滅する私の希望。 「ふふふふふふ……」 少女達から、殺意混じりの視線と笑み。 よ、よく分かんないけど誰か助けて! えまーじぇんしー! えまーじぇんしーっ!! そうだ、ネコっ!! 助けに来てくれ不気味なネコ――っっ!!! (まったく長永さんは……旗立てが趣味なんでしょうか?) 長永への愚痴を内心で呟きながら、リリス達を追うてるてる。 (一応、目立たないように路地裏を通るんですね) 徒歩で移動している事からすると、そう遠くまで行くとは思えない。やはり、近辺に拠点があるようだ。 (このまま行くと、海の方に出ますけど……) そして。 (うわ……) 辿り着いたのは、星丘港。 そこには、豪華客船アシブネが停泊している。 リリス達は、警備の人間に一言二言話すと――船内に消えて行った。 「アシブネが、敵の拠点。そりゃ、陸の上を探しても見付かりませんよね……」 ……てるてるの頭上。 ヘリが1機、アシブネに向かって行く。 アシブネ、ヘリポート。 突如として下りて来たヘリに、2人の警備員はAK47突撃銃を向けた。 ……ヘリの扉が、開く。 「動くな! 着船の許可は下りてないぞ!」 中から現れたのは、異様なふたり組。 1人は、真っ赤な服を纏った少女。その手には、飾りっ気のない白鞘の日本刀が握られている。 もう1人は、マント・コートに身を包んだ伊達男。その風貌は、御伽噺の邪悪な魔術師を連想させた。 「動くなと言ってるのが聞こえないのかッ!!」 警備員が、ふたりの足元に発砲。 少女は―― 「…………」 無言で刀の鯉口を切り、抜刀と同時に一斬。 「な――」 警備員の1人が、真っ二つになってヘリポートに崩れ落ちる。 「貴様ァ――ッ!!!」 カラシニコフを少女に向ける、もう1人の警備員。 ――だが。 「やれやれ、落ち着きたまえ」 背後から伸びて来た『足』に捕らわれ、引き金を引く事が出来なかった。 「な、んだ、これはぁ!!?」 その足は、巨大な蝿の足。 信じ難い事に――それは、男のコートの中から生えているのだ。 ずりずりと、コートに引き擦り込まれる警備員。 「あ、ぎゃ……」 その中は、完全な闇の世界だった。狭い狭い棺桶にも思えるし、広い広い地獄にも思える。 ……警備員の身体に、何か小さなモノが大量に纏わり付く。 「う、ぐぁ、止め、止めろ……!」 視覚がなくとも、理解が出来た。理解したくはなかったろうが。 それは、数え切れぬほどの蛆虫。そいつ等は小さな口で、急速に警備員の肉体を喰らってゆく。 「止めろおおおおおおおおおおおおッッ!!!?」 『――無駄だ。そいつ等に喰い付かれたら最後、骨も残らんよ』 闇の中に、男の声が響く。 何か言い返そうとしたが、既に肺を喰い破られ呼吸すらままならない。 ……瞬きの間に。 脳の最後の一欠片まで喰われ尽くし、警備員はこの世から消滅した。 「……あーあ、早速やらかしたわねー」 ヘリポートに現れた美香は、惨状を見て頭をかいた。 「ん? 『1つ』足りないけど?」 「もう1人の警備員なら、我が<屍蟲>の食餌となった」 「ああ、そういう訳ね」 男の言葉に、納得する美香。 「……姉さん、久しぶり」 少女は嬉しそうに、美香へと歩み寄る。 「うん、久しぶりね綺羅ー」 美香も同じく嬉しそうに、義妹の頭を撫でた。 「しかし、やらかしたとはまた遠慮のない物言いで。私としては、正当防衛のつもりだったのだが」 男もまた、美香に近付く。 「貴方の場合、どんな防衛でも過剰防衛になるからねえ。ま、とにかく久しぶり――エリオット・ロックウェル伯爵」 「久しぶり。しかし伯爵などと言っても、とうの昔に没落し有名無実な爵位だがね」 美香は、ふたりに笑みを向けた。 「さ、船に入って。貴方達の出番、ないならそれに越した事はないんだけど……そうも行かないだろうし。今日の内に、旅の疲れを取っておいてね」
|