星丘市――イースト・エリア。 人々の眼にも留まらないような廃ビルの中に、ふたりの文化女中器の姿があった。 「イゼベル、頼みがありんす」 イゼベルは首だけを動かし、アスタロトを見る。 「イヴを匿っている者の中に、山神長永という者がいるでしょう? 美香もリリスも、彼には手を出したくないようで」 「…………」 「しかしそれでは、イヴの破壊に支障が出る事必定。故に、貴方に山神長永を葬っておいてほしいでやんす」 「……皆に知られぬ内に暗殺しろ、という事?」 「はい。無論、あたしも手伝うでやんすよ」 アスタロトの微笑に、イゼベルは眼を細める。 「……分かった。リリスがどんな顔をするか、見てみたいし」 「有り難い。リリスとは違って、あたしは貴方の力を評価してるでやんす。きっと、彼の首を獲れるでしょう」 イゼベルに背を向け、立ち去って行くアスタロト。 「……一切合切我が掌上、零れ落ちるものは未だなし。悪いでやんすね、イゼベル。彼女を目覚めさせるための贄となりや」
『昨日、冥王星の惑星復帰を求めるミ=コという集団が、星丘市の星隠神社において金属の円筒を持った奇妙な出で立ちで署名活動を――』 「…………」 ぼーっと、テレヴィを見ている私。特に、面白いニュースはなさそうだ。 「ヒマだなー……」 忙しいよりはマシだが、それでもやはりヒマっていうのは面白くない。 ……宿題? 何それ、食べられるの? 私がぐでーっとしていると、 「ただいまー」 「ただいまなのよー」 イヴとB子が、帰って来た。 「おう、お帰り」 何やら、イヴはメンテナンスに出かけていたようだ。この街には、そういうのをやってくれる所があるらしい。B子は護衛。 ガイノイドのメンテナンスなんて、一体どこがやってくれるのか疑問なのだが……『へへっ、金さえ払ってくれれば詮索はしねえよ』ってヤツだろうか。 「……ん? 何だ、それ?」 イヴの手には、箱が1つ。 「これなのよ? これは、少し前に注文しておいた部品なのよ」 箱を開く、イヴ。 中身は――やけに古めかしい、マウントベースと一体化しているスコープ。 「これは……」 「九七式狙撃銃の、九七式眼鏡なのよ」 ……どうりで古いはずだ。 「こいつを三八式に取り付けて、狙撃仕様にするのよ。やっぱり、拠点防衛には狙撃兵が必要なのよ」 ふむ。悪くないが―― 「別に九七式眼鏡なんぞ使わなくても、現代品のスコープを付ければいいと思うんだが」 「それじゃあ趣がないのよ。三八式にそんな物は似合わないのよ」 力説するイヴ。 ……お前といいB子といい、その情熱を銃のカスタマイズ以外の事に向けられないのか。 「まったく……ん?」 B子の携帯から、着信音。 ……嫌な予感が。 「なぁA太、悪い事は言わない。そろそろ『早く人間になりたい』は諦めて、故郷に帰ったらどうだ?」 「――出会った途端に何ッ!!?」 「いや、お前がこの現代日本社会で生きるのって現実的に考えて不可能だから。誰かが『バケモノを受け入れる社会など、この星のどこにも存在しない』とか言っていたような気がするし」 「ウソつけ。お前がいちいち、他人の話なんて覚えてるもんか。今作ったんだろ」 チッ、鋭い。変な名前のくせに。 「A太、さよなら――……」 「謝るな! 感動の別離シーンみたいな顔で謝るなッ!! 何て押し付けがましい謝罪……ッッ!!」 「と言うかお前、私の半径3万キロ以内に入らないでくれ。空気が汚染されて、BC兵器に変質するから」 「俺の迷惑度は戦略兵器クラス!? ……いや待て、地球の円周が確か約4万キロだから……地球上に俺の居場所がないッ!!?」 「……ハッキリ言わないと分からないか。この星から出て行け、と言っているんだ。本当はこの世から出て行って欲しいが、猿から進化したばかりのお前にそんな殊勝さを求めるのは、亀に飛行を求めるようなものだから勘弁してやる。よかったな、私が優しくて」 「うん、もうどこからツッコめばいいか分かんない」 半分死んだ顔で言うA太。 「で、何の用だ。くだらない事だったら、麻酔なしで解剖するぞ。適当に」 「うわ、リアルに恐。……まぁ、それはともかく。北方地区に、新しいゲーセンが出来たって知ってるか? ま、お前は知らんだろうな」 「酷い偏見だ。まさか最下層のA太からそんな扱いを受けるとは。憤死しそうだ」 まぁ、知らなかったが。 「んで、行ってみようという訳よ」 「……そうだな、行ってみるか。でもやっぱり微妙にくだらないので、心臓は取り出す」 「致命的だがッ!!?」 北方地区――『北方三大陸』。 どうやらビルを1つ、まるまるゲームセンターにした娯楽施設のようだ。 「ビルを見ると、爆破解体したくなるんだよなー……」 「死ね犯罪者」 「まだ何もしてないッ!!」 2人で、中に入る。 「じゃ、長永。ここからは別行動だな」 「……そうだな。これ以上お前と一緒にいると、全身から蛆虫が湧き出す奇病が発症するし」 「あー……そうですかそうですか。もう病院行け」 「むしろお前がな。脳の切除という大手術推奨」 「…………」 何だか、寂しい背中で去って行くA太。 ま、あいつのために割く脳容量なんぞ1ビットたりとも存在しない。疾く忘れよう。 私は、ビルを上る。どうやら、階毎にゲームのジャンルが分かれているようだ。 ……気の済むまで遊びたいのだが、アイスやりり子のせいで私の財布は氷河期。そりゃ恐竜だって絶滅するよ。 という事で節約ゲームだ。まず、UFOキャッチャーみたいな『金を出しても何も手に入らない可能性がある系』は大NG。 私は、UFOキャッチャーの前を通り過ぎる。 「……む?」 UFOキャッチャーの中の、景品。 ……あれは――!? 「『魔法冥土ヘレン』シリーズの人形か……!!?」 ――説明しよう。 『魔法冥土ヘレン』とは、現在話題沸騰中のアニメだ。 内容は、性悪ドイツ妖精のハーゲンと契約した少女――留学生のヘレン・サイクスが魔法冥土に変身し悪と戦う、ミソロジック・ラヴコメディ。作中に込められた社会的メッセージとサブリミナルによって、老若男女から『これを見たらもう前の生活には戻れない』と絶賛されている。 特に第4話の『〜TDL大炎上! ファンタジィ・アニマルズを大・虐・殺♪〜』は、多くの視聴者に決して癒えぬであろうトラウマを植え付けた。昏倒し、未だに眼を覚まさぬ人もいるらしい。 さらに、第9話『〜恋するヘレン、貴方のハートが欲しいの〜』では、心臓を抉り出す描写が凄まじくリアルで、精神を病む視聴者が続出し大きな社会問題となる。その回だけ、何度も再放送されたほどだ。被害がどれだけ広がったかは想像を絶する。 今週放送されたのは、第13話『〜ヤキモチの魔法☆ 愛しい彼に届け、私の想い〜』。 ヘレンが八方美人の想い人に愛想を尽かし、いい加減息の根を止めようとして放った隕石召喚魔法。それが偶然、異星人が地球に向けて発射していた星間弾道ミサイルを撃ち落としたのだ。 地球が救われた感動と何の伏線もない超展開に、視聴者は眩暈を覚えたという。テレヴィ局には賛否両論の電話が殺到し、回線がパンクしたらしい。ネットの巨大掲示板でも、連日連夜休む事なく議論や罵り合いが行われている。 とまぁ、そんな悪夢的アニメなのだ。ちなみに、全て実話を元にしているらしい。とても信じられないが。 ……んで。 そのキャラクター達の人形がUFOキャッチャーの景品になっている、という噂を聞いた事があった。 無論私は、都市伝説だと笑い飛ばした。そんな事、国が黙ってはいまい。もし事実だとしたら、日本中のゲームセンターを米軍に爆撃されても文句は言えないのだ。 「…………」 なのに――そのUFOキャッチャーが、まさしく私の目の前に存在していた。 見れば、周囲には私以外の客が一切いない。『触らぬ神に祟りなし』、この邪神同然のUFOキャッチャーに近付きたくはないのだろう。人として正しい判断だ。 「……クッ」 私は滝のように汗を流しながら、地獄から来たUFOキャッチャーと向かい合う。 ……財布から、百円玉を取り出す。 遠巻きに眺めていた客達が、ザワザワと騒ぐ。『信じられねえ、あいつ正気かよ』、『くっ、俺なんてアレを見ただけでも発狂しそうになるのに』、『あの男、神にでもなる気か……!?』といった、様々な声が聞こえて来る。 「……往くぞ」 見てろよ、凡人ども。私の生き様、その魂に刻み込め……ッ! 「ぐ……っ!!」 開始から十数分。 百円玉と一緒に精気を吸い取ってるとしか思えない魔シーンとの死闘の末に、私はぬいぐるみを1つ入手していた。 主人公ヘレンの想い人――月見匠哉の人形である。 さすがにヘレンには及ばないが、オークションで売り払えばかなりの高額になるはずだ。無論、非合法のオークションでなければならないだろうが。 ……ちなみに、ヘレンはその人間失格っぷりが海外でも人気を呼んでいる。噂の景品ぬいぐるみが実在し、しかもヘレンの人形だというのなら――値は確実に数億まで上るだろう。 「ふぅ……」 私は、UFOキャッチャーから離れた。これ以上接触していたら、確実に魂魄を喰われる。 周囲からは、拍手の賞賛の声。 ……UFOキャッチャーでぬいぐるみ1つ取っただけでここまで騒がれるなんて、凄い話だよな。冷静に考えるとさ。 私は1人、ベンチに座って休憩していた。 「さて、どうやってこの人形を売り払うかな……あ、『アシブネ』はどうだろう」 星丘港に停泊している豪華客船アシブネでは、裏社会の名士達によるブラック・オークションが行われている。星丘高校風紀委員会は、年2回のこのイヴェントで武器弾薬を入手していると聞く。 ならば、この人形もそこで―― 「……いや、渡るには少々危険過ぎる橋か」 オークション中は邪魔が入らないように港から離れるアシブネだが、海上保安庁の特殊部隊――特殊警備隊が、その際に突入する計画を立てているらしい。B子から聞いた話なので、信憑性は高いだろう。 「人形を売り払って大金を得ても、拘束されたら意味がないし。対テロ特殊部隊が相手じゃ、逃げ切るのは不可能だろうしなぁ。お前も、そう思うだろ?」 私は、いつの間にかベンチの前に立っていた影に語りかける。 「…………」 メイド服に、シルクハット。その手には、トンプソンM1921短機関銃。 「イゼベル、とか言ったか。何か殺る気満々のようだが……お前達の狙いは私ではないと思うが?」 「……関係ない。貴方は、邪魔」 うーむ。どうしよう。 「まったく――迷惑な話だッ!」 私は勢いよく立ち上がり、その勢いを殺さぬまま体当たり。ゼロ距離では銃器は使えまい。 「……くッ……!!?」 その隙に、近くのゲーム機に向かって走る。 「……逃がさない」 イゼベルが、M1921を横向きに寝せた。 そして、フルオート射撃。 反動で暴れる銃口を横にする事によって、水平に弾幕が張られる――! 「ぐわぁぁぁッッ!!!?」 「きゃああああああッッ!!!?」 まさしく阿鼻叫喚。 弾幕を浴びた客達が、血を撒きながら絶叫する。 私は――ギリギリでゲーム機の陰に入り、何とか無事だったが。 「…………」 イゼベルが、ゲーム機の陰に入る。掃射。 だが、そこに私はいない。もう別のゲーム機に移動済みだ。 ……M1921の連射音が響く。どうやら、虱潰しに捜す気のようだ。 「……っ」 呼吸を落ち着かせ、Five-seveNを抜く。 なるべく姿勢を低くし、それでいて素早く、陰から陰へ移動。 ……見付かったらそこで終わりだ。人間を遥かに超えるピノッキエッテが相手じゃ、私なんかではどうする事も出来ないだろう。 後は―― 「……ッ!?」 派手に撃ち捲っていた、M1921の弾が切れる。 M1921の連射速度は、1分間に700発。だがあのドラム・マガジンには、50発しか入らない。ちょいと計算すれば、どれだけ早く弾切れになるか分かるはずだ。 ――チャンス! 「おりゃッ!!!」 私は陰から身を出し、Five-seveNをイゼベルに向ける。 出来れば足を撃ち潰して行動不能にしたい所だが、足は細いし、スカートで隠れてる部分も多い。狙っても上手く当たるとは思えない。 基本通り、1番面積の大きい胴体に撃ち込む。 「……ぐぅッ……ッ!!?」 Five-seveNの弾丸――SS190は、先端が丸い通常の拳銃弾とは違い、ライフル弾のように鋭い形をしている。 尖った鉛筆は、指に当てると痛い。それが、拳銃から発射される弾丸なら尚更だ。 「……くッ、この……ッ!!!」 とは言え、やっぱり数発撃ち込んだくらいじゃ斃れないか。 シルクハットの中からドラム・マガジンを取り出し、交換するイゼベル。それが終わる前に、私は再び身を隠す。 しかし、移動しようとした時―― 「――ッ!!!?」 血で足を滑らし、転倒してしまった。 ――ヤバい……ッ!!!! 「……そこッ!」 向けられる銃口。 私は咄嗟に、持っていた人形を投げた。 イゼベルは、反射的にそれを撃つ。人形は私の代わりに、ワタを散らす。 さらに、苦し紛れにFive-seveNを連射。 ……取るに足らない延命措置。イゼベルは銃撃を躱し、今度こそ私に銃口を向けた。 ここまでか――!? 「……死――」 ――ね、と。イゼベルの言葉は続くはずだったのだろう。 だがそれは――飛び込んで来た弾丸によって、止められた。 「……くっ、あ――ッ!!?」 頭を撃たれ、悶えるイゼベル。その間に、私はイゼベルから離れて隠れる。 ……狙撃。銃撃によって割られた窓ガラスの向こうに見える、400mほど離れたビル。どうやら、あそこから撃ったようだ。 多分、イヴだな。以前と同じく、私の危機に駆け付けたのだろう。早速、三八式改狙撃銃の出番という訳だ。 イゼベルも私と同じように、ゲーム機の陰に隠れる。 ……助かった。でも、Five-seveNもかなり撃ったし……こっからどうする? 「…………」 イヴはスコープ越しに、イゼベルが隠れたのを確認した。 しかし、眼を離す事はない。姿を現したら、また弾丸を叩き込むつもりだ。 いや――つもり、だった。 「……ッ!!?」 這うような殺気を感じ、イヴはスコープから眼を離して後ろを見る。 そこには。 「また会ったでやんすね、イヴ」 「……アスタロト」 微笑む、剣士がひとり。 「イゼベル。狙撃手――イヴはあたしが引き受けるでやんす。貴方は、存分に闘うでやんすよ」 アスタロトは内臓通信機で、イゼベルに言う。 「……まったく、都合の悪い時に出て来るのよ」 イヴは三八式改の銃剣を、アスタロトに向けた。 「ほう? 近接戦闘で、あたしに勝てると?」 「技は貴方の方が上なのよ。でも、それだけで勝敗が決まる訳ではないのよ」 「よろしい。では、始めるでやんす」 アスタロトが、籠釣瓶の柄に手をかける。 イヴは抜刀する前に、一撃入れようとしたが―― 「……くっ!!?」 籠釣瓶は途轍もない速度で、抜刀と同時に振られた。 急ブレーキをかけ、接近を止めるイヴ。 「おや、惜しい」 アスタロトは床を蹴り、一瞬で間合いを詰める。 そして、左手で三八式改を押さえ込んだ。 「……ッ!!?」 放たれる斬撃。 イヴはすぐに三八式改を手放し、アスタロトとの距離を取る。同時に、腰の剣差から銃剣を抜いて投擲。 しかしアスタロトは、飛来した銃剣を籠釣瓶で斬り払う。 お返しとばかりに、三八式改を投げ槍のように投げ返すアスタロト。躱したイヴの背後の壁に、三八式改が突き刺さる。 「く――……ッ!」 イヴはさらに銃剣を抜き、逆手に握ってアスタロトに接近する。 だが―― 「甘いですねえ……」 アスタロトは刀の一振りで、イヴの手から銃剣を弾いた。 そして―― 「――捕らえたでやんす」 イヴを押し倒し、馬乗りになるアスタロト。イヴの両腕を彼女の頭上で重ね、動かせないように2本纏めて籠釣瓶で床に縫い付けた。 「くぅ……ッ!!?」 「さて、どうするでやんすか? 今なら、組織に戻ると言えば助けて上げるでやんすよ?」 動けないイヴの頬を、アスタロトの舌が舐める。 「……ッ、ピノッキエッテは、嫌なのよ。何が1番嫌かと言えば、貴方がいるから嫌なのよ」 「それはまた、随分と嫌われたものですねえ」 アスタロトは、イヴの唇を奪う。 「……っんぅ!?」 さらに――イヴのスカートに手を入れ、ショーツを下ろしてゆく。 『イゼベル。狙撃手――イヴはあたしが引き受けるでやんす。貴方は、存分に闘うでやんすよ』 「……分かった」 イゼベルは、陰から出る。狙撃は来ない。 ゲーム機の陰に、容赦なく弾丸を撃ち込んでゆく。 ――再び、弾切れ。 さっきと同じように、それを隙と見て射撃を行う長永。しかし、イゼベルには読めていた。 何度も同じ攻撃が通じるほど、甘くはない。イゼベルは銃弾を避けつつ、マガジンを交換。 「……チッ!」 長永が舌打ち。銃撃が通じなかったのなら、姿を現したのはマイナスでしかない。 イゼベルは、長永の元へと駆ける。長永は逃げ隠れを止め、Five-seveNを連射。放たれた数発の内、何発かは受けたが――致命的ではない。 (……20発) 心中でほくそ笑む、イゼベル。 Five-seveNの装弾数はマガジンに20発。チェンバーに予め弾が入っていれば、+1で21発。 イゼベルは、長永が撃った弾の数をカウントしていた。それが、20発。 ならば――Five-seveNには、あと1発しか入っていない事になる。 イゼベルは長永を追い詰め、銃口を頭に向けた。長永も交差するように、銃口をイゼベルの額へ。 「この距離だったら、確実に頭に撃ち込めるぞ?」 「……ハッタリは効かない。その銃に残ってる弾は、あと1発。例え頭を撃たれても、1発で機能停止には至らない」 「ほう……なら、試してみるか?」 「……やってみればいい」 長永の言葉を、強がりだと判断するイゼベル。 「――じゃ、遠慮なく」 長永は、引き金を引いた。イゼベルの額に、鋭い衝撃。 だが、それだけだ。イゼベルは、M1921の引き金を引こうとして―― 「……ッ!!?」 眼を、疑った。 弾切れになれば、後退した状態で止まるはずのFive-seveNのスライド。 それが――再び前進し、次弾が装填された。 長永は、イゼベルの額に連射。1発だけなら耐えられても、連射されてはかなりのダメージを受ける。 「……ッぁぐ……ッッ!!!?」 イゼベルが怯む。 長永は、彼女の手からM1921を蹴り飛ばす。床を滑って行ったそれに発砲し、破壊。 「……ッ」 武器を失ったイゼベルは、相手との距離を取ろうとしたが―― 「……あッ!!?」 右足に1発撃ち込まれ、その場に転倒した。 「お、当たった。このくらいの距離なら大丈夫か」 長永はさらに右足に撃ち込み、潰す。 ……これでもう、イゼベルは動けない。 しゃがみ込み、イゼベルの頭に銃口を当てる長永。 「これで、チェックメイトだな」 「……どう、して? 弾は、1発しか残っていなかったはず……」 「いや別に、全弾撃ち尽くしてからマガジンを交換しなければならない、なんてルールはないだろ? 十数発撃った後、さっさとマガジンを取り替えておいただけだ。タクティカル・リロードなんて、そんなに珍しい事でもあるまい」 「……ッ!!?」 つまり――長永は途中で弾を補充していた、というだけの話。 「ま、弾切れになるまで撃ち捲るお前には想像出来なかったか」 長永はイゼベルを見下ろし、 「――いくら何でも私を舐めすぎ。馬鹿だなぁ、オマエ」 ニタリと、笑う。 「……私の敗け、か。トドメを刺すといい」 イゼベルは、弱々しく呟く。 「……でも、1つ訊きたい。私は――」 瞳を見る。 「……私の存在は、身体が壊れた後――どこに往くの? 幽霊みたいに、世界を漂う事になるの?」 …………。 「さぁね。それは、壊してみないと分からないな」 「……そう」 イゼベルが、瞳を閉じた。 「……ごめんなさい、リリス。勝手に動いて、勝手に消えて」 そして――私も知っているであろう彼女に向けて、謝罪する。 ……はぁ。 「止めた、トドメは刺さん。どうせ仲間が来てるんだろうから、そいつに拾って貰え」 イヴが狙撃を止めたのは、他にもピノッキエッテが来ているからなのだろう。 「……え? な、何故?」 「私は、人間だったら何人でも殺せる自信がある。でも、無生物の知性体は出来る限り壊したくない」 「……?」 分かってなさそうなイゼベル。 この前りり子にしたような話をまたするのは何か恥ずかしいので、分からせないまま放置。 「あー。でも、2度目はないぞ。今度闘う事になったら、確実に仕留める」 ま、ハッタリだけど。今日みたいに、全てを上手く運ぶ自信はない。 「じゃ、そういう事で」 私は手をヒラヒラと振りながら、その場から去って行く。 「…………」 私がイヴのいるビルまで駆け付けると、何か色んな意味でヤバそうな事になっていた。 全身を舐められているイヴが、視線で私に助けを求める。 とりあえず、アスタロトの後頭部に1発撃ち込む。 「――ッ!!?」 刀をイヴの腕から抜き、飛び退くアスタロト。 「……山神長永。イゼベルを退けたでやんすか?」 「ああ、トドメは刺してないけどな。拾って帰れ」 「……ふむ。さすがに、2対1では不利かも知れませんねえ」 全然不利だと思ってなさそうな顔で言うと、アスタロトは窓から飛び降りた。 「逃げたか」 ぶっちゃけもう闘うのは面倒だったので、逃げてくれるのなら都合がいい。 「で、イヴ。大丈夫か?」 「……うー、酷い目にあったのよ」 身体を起こし、着衣を正すイヴ。 「……あいつ、そーゆーキャラだったんだな」 「そうなのよ。よくリリスに撃たれて、腹に穴開けられてたのよ」 膝の辺りまで下げられていたショーツを、上げる。 「腕は? 刀刺されてたけど」 「とりあえずは動くのよ。でもやっぱり、修理か必要なのよ。メンテしたばかりなのに……」 ガックリと肩を落とすイヴ。 「で、長永。イゼベルに勝ったのはホントなのよ?」 「ああ、まぁ」 「なら、どうして斃しておかなかったのよ?」 むーっと、イヴは私を睨む。 「私は非戦闘員だ。斃すだの何だのは、お前やB子の仕事だろ」 「……う」 どうやら、反論出来ないらしい。勝った。 「……ま、いいのよ」 イヴは、三八式改をケースに収める。 「あ、長永」 「――? どうした?」 私が、イヴと向かい合った瞬間。 「……ッ!?」 イヴの唇が、私の唇に触れた。 数秒後――ゆっくりと、離れる。 「……一体、何だ?」 「アスタロトにキスされたのが気持ち悪かったから、その口直しなのよ」 「私でやるな、私で。B子とでもやれ」 「……何で、好き好んで同姓とキスしなきゃいけないのよ?」 散らばっていた銃剣を拾い、ケースを背負うイヴ。 「さ、帰るのよ」 「おやおや、これは派手に壊されましたねえ」 アスタロトは、倒れたままのイゼベルを見下ろす。 「……アスタロト。早く私を――」 「まったく、彼も甘いでやんす。ここまで追い詰めたのなら、キッチリ斃せばいいというのに」 イゼベルは、顔を顰める。 「貴方――」 その声が、終わる前に。 籠釣瓶の刃が、イゼベルの首を刎ね飛ばした。 「……貴方には、消えて貰わないと困るんでやんすよ」 ゴロゴロと、イゼベルの頭が転がる。 「さて。あとはこのスクラップをフロアごと爆破して、あたしがトドメを刺した事がバレないようにしなければ」 アスタロトの押し殺した笑いが、誰もいない部屋に響く。 ――夜。 「で、イゼベルはやられてしまった訳ね」 美香はテレヴィに映し出されている、炎上するビルを見ながら――口にした。 「申し訳ない。あたしが付いていながら……」 アスタロトはいかにも悔しそうに、顔を伏せる。 「……イゼベルが独断専行し、貴方はそれに付いて行った。結果、山神さんによってイゼベルが撃破された。責任はイゼベルにありますが、彼女を止めなかった貴方にもその一端はありますね」 「反論はないでやんす」 「…………」 リリスは思う。 長永が、イゼベルを斃した。 もし、自分が彼の前に立てば――彼はイゼベルと同じく、私を破壊するのだろうか、と。 「美香。責任を取る、などという事ではありませんが……1つ提案があるでやんす」 「ん、何?」 「ベイバロンを、目覚めさせてはどうでしょう? イゼベルが抜けた穴は、埋めなければならないでやんすし」 息を呑む、リリス。 「アスタロト、それは――!」 「敵は、ピノッキエッテを斃すほどの猛者。例え諸刃の剣だとしても、彼女の力は必要だと思うでやんすが」 「……ッ」 困惑の表情で、リリスは美香を見る。 「……美香さん」 「そうね……それしかないかもね」 アスタロトは、ニコリと微笑む。 「決まりでやんすね。なら、早速行きましょう」 部屋から去って行く、アスタロト。 リリスが、それに続こうとした所で―― 「……ねえ、リリス」 美香から、声をかけられた。 「はい?」 「どうして彼等は、ビルを爆破したんだと思う?」 「それは……イゼベルを徹底的に破壊し、修理不能にするためだと思いますが」 「…………」 美香は何も答えず、アスタロトを追う。 ――薄暗い部屋。 そこに、金属で出来た棺桶があった。 「……電力、供給開始」 リリスが、コンソールを操作。 美香とアスタロトが見守る中――棺桶の蓋が、少しずつ開いてゆく。それはまるで、パンドラの箱のようだった。 中で白雪姫の如く眠っているのは、気品漂う雰囲気の文化女中器。メイドより、その主の方が似合っているかも知れない。 ゆっくりと、瞼が上がる。 「……あら、皆さん」 緋色の女は――淑女のような、優しい笑みを顔に浮かべた。 「――お早うございます。またお会い出来て、嬉しいですわ」
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