――深夜。
 アパートの一室。そのドアの両脇に、ふたりの少女が立っていた。
 ひとりはイゼベル。もうひとりは、イゼベルと同じくメイド服を纏った文化女中器ハイヤード・ガール
 型式は――MX-4グレモリィ。
「…………」
 彼女の手には、FN社の個人防衛兵器パーソナル・ディフェンス・ウェポン――P90短機関銃があった。
 P90に取り付けてある、フラッシュ・ライトを点灯。彼女達の眼には照明など不必要だが、ないよりはあった方がいい。それに、光で敵の視力を奪う事も可能だ。
(姉様。私、やります……!)
 部屋のドアに、意識を向ける。
「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1――」
 カウントダウン。0になると同時に――
「――突入アタック!」
 ふたりはドアを蹴り破り、室内へと進む。
 すぐさまドアの裏側や部屋の隅、物陰などを調べる。
「クリア!」
「……クリア」
 どこにも、人影はない。
 グレモリィとイゼベルは、奥の襖で仕切られた部屋の前に立つ。
「…………」
 ふたりは視線で示し合わせると――それぞれの短機関銃を、襖の向こうに向けてフルオート射撃。
 数秒で穴だらけとなった襖が、あちら側に倒れる。
 だが――
「……ッ!?」
 そこにも、何者の姿もなかった。
 MX-2イヴも、この部屋の住人であるはずの少年も、居付いている幽霊も。
「……逃げられた」
 イゼベルが、呟く。
「サロメ、そっちは!?」
 グレモリィは身体に内臓された通信機で、外の仲間に呼びかける。



『サロメ、そっちは!?』
 アパートから300mほど離れた、ビルの上。
 MX-6サロメは、グレモリィからの通信を受けた。
 サロメの手にあるのは、コルトM16A2突撃銃。しかし彼女のそれは、有名コミックの影響を受けて特注した――狙撃用の一品物である。
 キャリング・ハンドルを取り払い、直接装着されたスコープ。サロメはそれを覗きながら、通信に答える。
「あたしがここに来てから、イヴ達が外に出た事はないっす」
『確かね?』
「確かっす。……もしかして連中、部屋にいないっすか?」
『……ええ、そうよ』
「あちゃー……先手を打たれたっすね」
 監視のために何時間もここで待機していた、あたしの苦労は一体――と、サロメは溜息を吐く。



「く……ッ、相手も馬鹿じゃないわね……」
 グレモリィは、悔しげに顔を歪ませる。
 今度は、ふたりで部屋の中を物色。何か、行き先が分かる物が残っていないか探すためだ。
 それでも、やはり成果はなし。
 ――と、その時。
「うるせぇぞ、今何時だと思ってんだッ!!」
 何も知らない隣人が、怒鳴り込んで来た。
 しかし彼は、部屋の惨状と武装したメイド服の少女達を見、絶句する。
「…………」
 グレモリィは、玄関に視線を向けた。
 そして、男にP90の銃口を向け――引き金を引く。


夏季休暇幻想記3
〜学校の機械談〜

大根メロン


 ――朝。
「ふわぁ〜……」
 私は、B子の隠れ家セイフ・ハウスで眼を醒ました。
 ここは、市内の廃工場。それを、B子――と言うかCIAが、隠れ家して使っているらしい。
 廃工場と聞くとイメージは良くないかも知れないが、なかなかどうして。外見からは想像出来ないほど、中はしっかりとした居住空間となっている。
 私は着替えて、リヴィングへと向かう。
「あ、長永さん。おはようございます」
 リヴィングには、天井から吊られたてるてるの姿が。
「おはよう。B子やイヴは?」
「地下の射撃場に行きました。バンバン撃ってるんでしょうね」
 聞いての通りの施設が、ここにはある。銃声は少しも聞こえないから、防音はしっかりとしてるんだろう。
「そうか」
 私は何気なく、テレヴィを付けた。
 映し出される、ニュース番組。
『昨夜、星丘市内のアパートの一室に武装した2人組みが押し入るという事件が起こりました。部屋は無人でしたが、2人組みは騒ぎを聞き付けた隣人を射殺し逃走――』
 ……あーあ。
「長永さん、これって……」
「連中の仕業だな」
 もう、あそこには近寄れないか。持ち出したい家具とか電化製品とか、まだあるのに。ま、ここにも一通り揃ってるから困りはしないけど。
 とりあえず、メイド服のコスプレ2人組みに殺されたのであろう隣人に黙祷。顔も名前も知らないが。



「さすがに、動きが早いね」
 朝食の席を囲みながら、B子が言う。てるてるには、箸を立てたごはんを御供え。
「イヴ、連中の事をよく教えろ。敵を知らなきゃ話にならん」
「分かったのよ」
 目玉焼きを食べながら、イヴが説明を始める。しかし、ロボのくせに何故食べるんだ。
「まずはMX-1リリス。こいつがリーダーなのよ。修復用のナノマシンを体内に持っていて、自分や他の文化女中器ハイヤード・ガール、さらには人間などの生物まで治療出来るのよ」
 うお、さすがリーダー。色々と厄介そうだ。
「武器はS&W M500。27インチバレルのカスタム品なのよ」
「――27インチバレル!? そんなのまともに使えるの!?」
「使う必要はないのよ。リーダーとしての威厳を示すための、ただのカッコ付けなのよ。でもやっぱり50口径だし、弾は劣化ウラン弾。当たるとかなり痛いのよ」
 人間は『痛い』じゃ済まんだろうけどな。
「MX-2イヴ。比類なき力を持った、最強の――」
「次だ、次」
 妄言を止める。
「……MX-3アスタロト。射撃がド下手で、日本刀を使うのよ」
 この前襲って来た奴か。
「武器は妖刀として知られる村正。あいつが持ってる籠釣瓶は、百人斬ったといわれる業物なのよ」
「……アレで斬られたら、私なんか一撃で除霊ですね」
 てるてるが、呟く。
「MX-4グレモリィ。リリスの妹分で、オール・ラウンダー。言い替えれば、これと言った特徴がない地味女なのよ。武器は、FN Project-90」
「ふむ」
 地味かどうかはともかく、オール・ラウンダーってのは面倒だな。
「MX-5イゼベル。ギャング気触れで、Thompson M1921シカゴ・タイプを使用。部屋の隅っこが似合う根暗なのよ」
 やっぱりギャング・ファッションだったのか、あの格好。
「MX-6サロメ。漫画の影響を受けて、狙撃用のColt M16A2をハンドメイドさせた馬鹿なのよ」
「うわー、それは馬鹿だね」
 確かに。
 とは言え、ルガーをゲーリング仕様に改造したB子が言っても何の説得力もないが。
「MX-7ベイバロン。武器は、Maschinengewehr 42。あいつの無茶苦茶な援護射撃は、味方ごと敵を吹っ飛ばすのよ」
「――いや、それじゃあダメだろッ!!?」
「そうなのよ、ダメなのよ。だからあの狂戦士ベルセルクは、電力カットによって封印されてるのよ」
 うわぁ……。
「この7体が、武装文化女中器ハイヤード・ガール小隊――『ピノッキエッテPinocchiette』の隊員なのよ」
 ……ピノッキエッテ、か。不愉快な名前だ。
「そう言えば、長永君」
「ん?」
「色々バタバタしてて聞きそびれてたけど……長永君がここに来てる事、両親とかには話してるの?」
 ああ、それか。
「いや。両親いないんだ、私」
 場が、しんと静まる。
「……えっと。長永君が1人暮らししてる事から、察するべきだったね。ごめん」
 B子、何か勘違いしてるな。
「そうじゃない。言い方が悪かったか……父さんは英国の民間P軍事M会社C――『正義の弓Bows of Justice』で、傭兵プライヴェート・オペレーターやってる。今もきっと、地球上のどっかで戦争中」
「…………」
 また、場が静まる。さっきとは空気が違うが。
「んで、母さん。ヴァチカン市国のローマ教皇庁が極秘で擁する、戦闘集団の1つ――フランス修道女特殊部隊『レ・ピュセルLes Pucelles』に所属してたとかいう、謎だらけの過去を持つ人。任務中に父さんと運命的な出逢いをし、教義を忘れて一目惚れ。そして、その場にいた敵味方を全滅させて愛の逃避行をしたらしい」
 迷惑な話だよな。
「んで、今は日本全国を1人旅してる。最後に手紙が送られて来たのは……いつだったかね」
「…………」
 沈黙を通り越して絶句してる、皆の衆。
「そういう事情で、私は1人身な訳だ。ここに住むのも私の勝手だし、連絡しようにもあの2人が今どこにいるか分からない」
 まぁ、正直助かっている。私の生き物嫌いは、両親とて例外ではないのだから。
 しっかし、やっぱりB子との共同生活は不安だなー。贅沢言ってられないのは分かってるけど。
「そう言えば、B子。地下の射撃場、私も使っていいか?」
「へ? 勿論いいけど……長永君、銃とか使えるの?」
「父さんが『引き金を引けねえ男は男じゃねえ』とか阿呆な事を言って、実戦射撃を私に教え込んだからな。とは言っても、ピノッキエッテ相手に役に立つレヴェルではないだろうが……ま、鍛えといても損はしないだろう」
「そういう事なら……さすがに、銃は持ってないよね?」
「ああ、さすがに」
「じゃあ、用意しないと」
 ニッコリと、笑うB子。
 ……と言うか、朝から物騒な話してるよなぁ。



 ――地下射撃場。
 私は、用意された複数の拳銃を見る。
 グロックやら、シグやら、ベレッタやら。好きなのを選べ、という事らしい。
 ……しかしこれだけ持っているのに、B子が使ってる銃はルガー。マニアの拘りってのは恐ろしいな。
 何挺か試射した後、私はFive-seveNファイヴ・セヴンを手に取った。
 ベルギィのFN社が造っている自動拳銃オートマティック。FとNの字が大文字なのは、社名が由来……だと聞く。
 弾倉マガジンにライフル弾みたいな弾を込め、銃にセット。安全装置セイフティを外し、初弾を装填する。
 ターゲットに向け、引き金に指をかけた。射撃開始。
 ……人型の的マン・ターゲットに、パンパンと穴が開く。
 全弾撃ち尽くした後、安全装置セイフティをかけ、弾倉マガジンを抜く。薬室チェンバーに弾が残ってない事を確認。
「うぅむ……」
 さすがに、5.7mmは反動が小さくていい。それでいて貫通力もストッピング・パワーも十分なら、文句ないか。
「無難過ぎるのよ。何の面白みもないのよ」
 背後から、イヴの声。
「世の中、無難なのが1番だ」
 私は銃を置き、イヴの方に向く。
「で、何だ?」
「B子が呼んでるのよー」
 ……? どうかしたんだろうか。



『お前、女の子の家に居候とはどういう了見だッ!? あんまり舐めてるとホントにお前んち爆破するぞッッ!!!』
「……好きにしろ」
 もう、あそこには帰れないだろうし。
「ったく……」
 朝のニュースを見た、この馬と鹿を合わせた生き物――通称A太は、私の行方が気になり、何か知らないかとB子の携帯電話にかけて来たらしい。
 そして、今に至る。
 と言うか、B子はここの電話番号は教えないんだな。ま、隠れ家セイフ・ハウスだしなぁ。
 ちなみにこの携帯は、番号探られても足が付かないであろう飛ばし携帯。……オイオイ。
「仕方ないだろ、家に武装集団が押し入ったんだぞ。しばらく、あそこには住めん」
 順番が逆だが。
『それはいい、それはいいんだッ! だが、どうして誰も見た事がないといわれる我等がアイドルの家に……ッ!!』
 誰も見た事がないのは隠れ家セイフ・ハウスだからだろうな。
「じゃ、気は済んだか。切るぞ」
『まぁ待て、冷たい事を言うな。今夜、ちょっとしたイヴェントがあるんだ。お前は強制参加』
「…………」
 嫌な予感。
「……何だ?」
『その名も、「肝試しリヴェンジ」! 前回の肝試しは、本当に幽霊が出て散々だったからなッ!』
 ……肝試しで幽霊が出て、一体何が不満だと言う。
『場所はうちの高校、時間は前回と同じく今夜12時から! 来なかったら何としてでもその家を探し出すッ!! 忘れるなよ!!』
 ガシャン。ツーツーツー。
「……てるてる」
「はい?」
 天井から下がっているてるてるが、こちらを向く。
「――出番だ」



 ――夜。
 私は、A太に引導を渡すべく――ゲフンゲフン、肝試しに参加すべく、星丘高校へと向かっていた。
 傍には、B子とてるてる。
「しっかし、私達は外に出て大丈夫なのか?」
 ゴ○ゴ気触れの狙撃手もいるみたいだし……『ズキューン!』は勘弁だぞ。
「大丈夫だよ、敵の狙いはイヴなんだから。私達を殺してもメリットはない」
「……ま、それもそうか。でも、尾行されてあそこが突き止められたら……」
「それも大丈夫。尾行されるほど、私は甘くないし」
 なかなか頼りになるお言葉だ。
「……仲がいいですね、長永さんとB子さん」
 てるてるが、何だか咒いそうな顔で言う。
「ああそうだ、てるてる」
「何ですか?」
「幽霊ってさ、結局の所何なんだ?」
 肉体を失ったにも関わらず、生前と同じように活動するモノ
 肉体がないという事は、即ち脳がないという事だ。それなのに、こうして思考出来ているのはどうしてなのか。
「うーん、何なんだと訊かれましても……人間って、死ぬと21g体重が減るっていうでしょう? その減った分が、肉体から離れた霊ですよ」
 ……ん? そうなると。
「重さがあるって事は、幽霊には質量があるのか?」
「ええ。ニュートリノにもあるんですから、幽霊にあったって不思議じゃありません」
 そうか?
「でも、触ったり出来ないが……」
「空気だって、質量があるのに触る事は出来ませんよ。少なくとも、触っていると実感する事は出来ないはずです」
 ふむ、なるほど。
「……人は霊を肉体にとどめる故に、霊止ヒトと書く。今の私は肉の監獄から解き放たれた純粋なる一霊四魂。自らを維持するために、他の生き物を殺して喰らう必要もない。上手く言えませんけど、人間としての『完成形』に近いような気がします」
 …………。
「私とは逆に、死してなお肉体と繋がりを持つと――ゾンビや吸血鬼みたいな、生ける死体と化したりしますけどね」
「何で、肉体と繋がりを持つんだ? 死後の存在は『完成形』とやらに近いんだろ?」
「その理由はまぁ、様々ですけど。本人の凄まじい執念だったりとか、死者を利用する魔術師の術法だったりとか」
 ふぅん。死んだ後にも、色々あるんだな。
「そういう訳で、長永さんも私の仲間に――」
 卒塔婆以下略。



「よっしゃ、来たなー!」
 私とB子の姿を確認したA太が、手を振った。てるてるは既に学校へと行っている。
 校門前には、私達を含めてピッタリ10人。
「これで全員、か」
 A太は、校門に近付く。
 校門には、バッチリと鍵がかかっているんだが……どうする気だ?
 A太は背負ったリュックの中から、紙で包まれた粘土状の物を取り出す。
 ……爆薬?
「っしょ」
 爆薬らしき物を少量、校門の南京錠に付けるA太。そして、小さな筒状の物を爆薬に差し込む。信管か。
 さらに、信管に導火線を付けた。
「皆、適当に離れろー!」
 着火。
 そして――ボン、という音と共に、南京錠が壊れて地面に落ちた。
「うっし、行くぞ」
「…………」
「……何だ、その犯罪者を見るような眼は?」
 犯罪者を見るような眼、ではない。犯罪者を見る眼だ。
「うちの親父が爆破解体工事やってて、その関係で詳しいんだよ。お前が銃器とかに詳しいのと似たようなもんだ」
「お前……どうして私の両親の仕事を知っている?」
 思わず、ポケットの中のFive-seveNに手が伸びそうになる私。
「――お前が俺に話したんだよっっ!!!!」
「…………」
 そうだっけ?



 ――県立星丘高等学校。
 この星丘市の中心に位置する学校で、生徒総数は300人程度。
 この学校の生徒には元犯罪者、元殺人鬼、元テロリストみたいな問題児が多い。『元』じゃなくて『現』の奴もいるだろう。
 そういう連中に対抗するために、風紀委員が銃器で武装しているほどだ。ちなみに、実弾入り。
 ……まぁ、仕方のない事でもあるが。この街の東には『イースト・エリア』というスラム街が存在し、出身者がこの学校にはそこそこ通っている。スラム出身者は、大体が生きるために何らかの犯罪を行っていたのだ。
 そんなクレイジィな学校だが、今は静まり返っている。夏休みだし、何より深夜だし。
 玄関の鍵を爆破し、学校に不法侵入する私達。
「さて、これより探索開始だ。恐い女子は、遠慮なく俺に抱き着くようにっ!」
 女子達がブーイング。ついでに私もブーイング。
「……ちぇっ」
 いじけながら、廊下を歩き出すA太。
 ……後は、てるてるの登場を待つだけだ。
 私の計画は簡単。この前のようにてるてるが皆を驚かし、肝試しを中止させる。そして、帰って寝る。イッツアグレイト。
「なぁ、知ってるか? この学校、夜になると出るらしいぞ」
「何がだ?」
 嫌々ながら、A太の言葉に答える私。
「決まってるだろうが、幽霊だよ。十数年前に屋上から飛び降りて自殺した女子生徒が、夜な夜な怨み言を――」
「そうか。じゃあお前も自殺しろ」
「ホンット会話が成立しねえよな、お前とはッ!! 俺が死んだらお前の所に化けて出てやるッ!!!」
 それは困る、これ以上幽霊はいらん。それがA太なら尚更だ。
「……ん?」
 A太が、突然顔を顰めた。
「おい、何か聞こえないか?」
 耳を済ませてみる。
 確かに聞こえるな。これは……足音か。
 よしよし。てるてるの奴、上手くやって――あれ?
「……なぁ、B子。てるてるって普通に歩く時、足音したっけ?」
「ううん、しなかったはずだよ。21gしか体重がないんだし」
「なら、この足音は?」
「……さぁ……?」
 足音が、近付いて来る。
「まさか、例の女子生徒か?」
「や、止めろよ、そんなはずないだろ……」
 A太は、足をガクガクブルブルさせていた。情けないにも程がある。
「く、来るぞ……」
 ゴクリと息を呑む、A太。
 そして、廊下の影から――髪の長い、女が。
「ぎゃあああああああああっっ!!!?」
「……君達、何やってるの?」
「へ? あれ、先生?」
 ようやく正体に気付く、ボケのA太。
 彼女は、私達のクラスの担任。名前は……えっと、C先生である。



「なるほどねぇ、肝試しかー。私も昔やったわねー」
「先生の昔っていつですか? 原始時代?」
「はっはっはっ、長永君。口からコンクリ流し込んで殺すわよ?」
 肝試しなんぞよりも、先生の発言の方がよほど恐いと思うのだがどうか。
「でも、先生はどうしてこんな深夜の学校に?」
 と、B子。
「それはね、B子。君達ジャリ坊と違って、先生は色々と忙しいのよ」
 大方、今までサボってたツケが回って来たんだろう。
「ビ、B子って……私にはちゃんとした名前が……」
「いいじゃない、長永君だってB子って呼んでるんだし」
「……先生って、長永君贔屓ですよね。クラスの中で、彼の事だけ下の名前で呼びますし」
「そうよ? だって私、可愛い男の子が好きだもん」
 背後から、私を抱き締める先生。何て教師だ。
「な・が・ひ・さぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
 A太が何か叫んでるが、犬の遠吠えなんぞ無視。
「ふ、不潔です! と言うか、離れてくださいっ!」
 私と先生を引き剥がす、B子。
「他のクラスの月見何とかって人にも、手を出してるって聞きました! はっきり言って教員としてどうかと思います!」
 私は人としてどうかと思う。
「あら、手を出してるなんて無粋な言い方は止めてよ。彼とは相思相愛よ、相思相愛。照れ屋だから、全然私への愛を認めてくれないけど」
 それは認めないのではなく、最初っから愛とやらが存在しないだけだ。
「相思相愛なら、長永君からは手を引くべきでしょうっ!」
「嫌よ。私、可愛い男の子を集めて逆ハーレム作るのが夢だし」
 犯罪級の妄想を口にするダメ教師。
「にしても、こんなのに11人も参加するなんて。皆ヒマねー、ちゃんと宿題やってるの?」
「……? 何言ってるんですか、先生。参加したのは10人ですよ?」
 先生の言葉に、苦笑しながら答えるA太。
「でも、11人いるわよ?」
 ひい、ふう、みい……
「またまた、恐がらせようとしても無駄ですってば。『11人いる!』じゃあるまいし――」
「おい、A太」
「な、何だよ?」
「私はクラスメイトの顔なんて覚えてないから、お前に訊く。この中の、一体どいつが11人目だ?」
「……へ?」
 座敷童子みたいだな。
「えっと……1番後ろのあの女の子は、見覚えが、ない、ような?」
 でも座敷童子と違って、誰が当たりかは分かるようだ。
「――――」
 もはや悲鳴すら上げず、逃げて行くA太達。
 残ったのは、私とB子と先生と……例の、むしろ霊の、女の子。
 格好は、この学校の制服。自殺した生徒、って話はホントなのか?
 ……あの、幽霊――
「長永君、何かまずいよ……」
「ああ、そうだな」
 B子の言葉に同意。
「ふふふ……珍しく、人がたくさん」
 てるてるとは、比べ物にならない威圧感。上手く言葉に出来ないが、歪み切ってる感じがする。
「いちまーい、にまーい、さんまーい……あれ?」
「おう、てるてる。ちょっと登場が遅かったな。あいつのせいで、皆逃げたぞ」
 女の子を指差す。
「……長永さん、ヤバいですよ?」
「分かってる。分かってるが……21gの幽霊が、どうヤバいのか納得出来ん」
「21gじゃないです。あの霊、もっと質量があります」
「……何?」
「自他の区別が付かなくなって、複数の幽霊が1つの霊になってしまう事があるんですよ。当然、その分質量もプラスされます」
「『我が名はレギオン。我々は大勢であるが故にLegio nomen mihi est quia multi sumus』――ってか。で、あいつの質量はどれくらい?」
「1tくらいかと」
 ……マジ、か。
「――くす」
 女の子が、小さな笑いと共に私を見た。
 背筋に、言い様のない寒気が走る。
 私は、その視線から逃れようとしたが――
「――……ッッ!!!?」
 身体が、動かない。
 女の子が、腕を振る。それはまるで、死神の鎌のように私の首を落とそうとし――
「――長永君ッ!!」
 B子によって、間一髪助けられた。
 女の子の視界から外れ、咒縛が解ける。
 振られた腕は、勢いを失わぬまま――
「な――ッッ!!?」
 廊下の壁に当たり、それを粉砕した。
「あら、どうして避けるの?」
 女の子が、こちらに顔を向ける。それだけでも、直視出来ないほど狂気的。自分と他人の区別が付かなくなるくらいなんだから、狂っているのは当たり前だが。
 ……あの子が元は、この学校で自殺した生徒なのか、それとも別の奴なのかは分からない。でもどちらにしろ、『本人』はもう消滅しているだろう。
 肉体があれば物理的に、理屈抜きで理解出来る『自分』と『他人』という概念。だが、肉体を失えば……自分が誰なのかすら、分からなくなってしまうのか。
「く……っ!!」
 私と、B子にてるてる……ついでに先生は、廊下を走って逃げ出す。
 フラフラと歩きながら、それを追う女の子。しかし、何故か距離は離れない。
「あいつ、壁を壊したぞ! 物に触れられるのか!?」
「体積を圧縮して、密度を高めてるんです! そうすれば、約1tの重量がそのまま凶器となりますッ!!」
 冗談じゃないな、それは……!
 ……ん? 待てよ?
「おい! 向こうの攻撃が物理的って事は、こっちの物理的攻撃も通じるんじゃないのかッ!!?」
「……!」
 B子はすぐにホルスターからルガーを抜き、女の子に発砲。
「長永君、援護をお願い!」
「お、おう!」
 私も、Five-seveNを抜く。
 もしもの事を考え、安全装置セイフティは解除済み。初弾も装填済みだ。ぶっちゃけ危ないのだが、ダブル・アクションだから大丈夫だと思っておく。
 ……とは言え。現役工作員のB子を素人に毛が生えた程度の私が、どう援護すればいいのやら。
 とりあえず、一緒に女の子へと発砲。B子ほど、速くも上手くもないが……それでも、確実に命中させる。
「何だかよく分かんないけど……とりあえず助力するわ」
 と、そこで。
 先生が、1挺の拳銃を取り出した。
 あれは……スモルトか。
 スモルトとは――S&W M19のフレームにコルト・パイソンの銃身バレルを取り付けた、カスタム銃である。スマイソンともいう。
 要は、両方のいいとこ取りをした拳銃だ。
 先生も、B子並みの上手さで女の子に銃弾を叩き込む。……装弾数6発なので、そんなにドカドカとは撃てないようだが。
 ……と言うか、何故先生は拳銃なんて持ってるんだろう。まぁ、あちらも同じ疑問を抱いてるのかも知れないけど。
 風紀委員が武装してるくらいだから、教師が帯銃しててもおかしくはない……のか?
「――……ッ!」
 何発も弾を撃ち込まれ、歩が止まる女の子。
 だが――
「――ふふ」
 効いた様子は、ない。
「うーん……やっぱり、銀弾とかじゃないとダメなのかしら。あるいは、アンデッド族によく効く火属性の弾とか」
 先生、ゲームのやり過ぎです。
 再び、逃走を始める私達。
「そうです、長永さん! 卒塔婆です、貴方には卒塔婆がありますッ!」
「はっ、そうかッ!」
 私は、卒塔婆カービンを取り出す。
 この対幽霊ツッコミング兵器なら、いくら強力な霊でも一撃――
「――って無理! これが届く距離まで接近するの無理! てるてるですらほとんどダメージ受けないコレで、あいつを倒すのとか無理! もう何もかもが無理ッ!!」
「長永君、諦めちゃダメよ! 諦めなければ、きっと道は拓けるから!」
 先頭を走っている先生が、後ろの私に言う。
 先頭だが、別に皆を先導している訳ではない。ただ単に、真っ先に逃げ出しただけである。
「教師っぽいセリフで私に特攻を命じないでください!」
 走っている最中に大声は疲れるなぁ……。
「――来るよッ!」
 B子の言葉で、背後を見る。
 そこには――もう眼と鼻の先にまで迫って来た、女の子。
「ふふふ、あははははははははは――」
 ……女の子の姿が、ぼやける。
 そして、彼女は。
「はははははははははははははははははは――ッ!」
 己の内側から、自らの一部である――大量の死霊を吐き出した。
「く……っ!?」
 まさしく軍団レギオンといった様子で、大量の霊が向かって来る。
 霊の1体1体は何の脅威でもないが、こうもたくさんいると視界が――
「――ふふ」
 遅かった。
 多数の霊を通り過ぎて、女の子が己の間合いに私を捉える。
 ……視界を塞がれていた私は、まったく対応出来なかった。
「貴方からは、生きている感じがしない」
 微笑む、女の子。
「勿体ないわ。私達の、仲間一部になりましょう」
 彼女の腕が、私に伸び――私を、捕らえる前に。
「――ッッ!!!?」
 背後から飛来した銀光が、女の子の喉を貫いた。
 血が、廊下を染める。
「……銃剣?」
 女の子の喉に刺さっている物は、見覚えのある代物だ。
 って事は――
「何、で、私に、攻撃が――」
「刀身に銀メッキ加工を施した三十年式銃剣なのよ。こんな事もあろうかと、用意しておいたのよ」
 振り返る。
 予測通り、そこにはイヴ。
 そう言えば……こいつには、私の危機を察知する機能があるんだっけか。
 イヴの腰にはベルトが巻かれており、剣差に納まった三十年式銃剣がいくつも下がっている。
「こ、の……ッッ!!!!」
 女の子が、イヴに向かって駆けた。
 対するイヴは、早撃ちのガンマンのように銃剣を抜き――
「――ッッ!!!?」
 それを投げ、寸分の狂いなく女の子の眉間に命中させた。
「っ、あ、ぁぁあああああああ……ッ!!?」
 再度、血を噴いた後――女の子は、放出した雑霊と共に消え失せる。
 ……残ったのは、2本の銃剣のみ。
「長永、生きてるのよ?」
「ああ、何とかな。と言うかそれ、そういう使い方をする物じゃないだろ?」
 イヴは銃剣を拾い、剣差に納める。
 三八式は持って来ていないようだ。まぁ、当然か。あんな槍みたいなライフル、この狭い廊下じゃ使えないだろう。
「何を言ってるのよ。銃剣バヨネットは、こういう風に使う物なのよ。どこからともなく大量に取り出して、ああいうアンデットに投げ捲るのよ」
 ……どこの神父だ。
「た、助かったんですか?」
「……また、美味しい所を持って行ったね」
 てるてるとB子も、どうやら無事らしい。
「あ、何? 終わった?」
 非常にどうでもよいが、先生も無事のようだ。
「……あー、疲れた。私は職員室に戻るわ。クーラー効いてるし。じゃあねー」
 先生は私達に手を振ると、まったくいつも通りの様子で去って行った。
「…………」
「……イヴ? どうした?」
「あの人、かなりの使い手なのよ。歩き方だけでもそれが分かるのよ」
「あの人って……先生が?」
 まぁ、納得出来ない訳じゃないけど。銃持ってたし、射撃上手かったし。かなり訓練を積んでいるんだろう。
 父親が傭兵で母親が元特殊部隊員でクラスメイトが工作員なのだから、担任教師が元外人部隊員とかでもおかしくはない。
「…………」
 いや、やっぱりおかしいよな。普通に考えてさ。
「と言うかあの幽霊、何でいきなり襲って来たんだ?」
「長永さん、ああいう悪霊の類に論理は利かないんです。人間でなく生物ですらないんですから、貴方の常識なんて通用しません。強いて上げるならば、襲いたかったから襲ったんでしょうね」
 てるてるが、先輩風吹かせて語る。
「ふぅん……」
 人間でなく生物ですらないのだから、私の常識は通用しない。
 なるほど道理だが……それなら、イヴやてるてるにも私の常識が通じない事になるな。いや、確かに通じてないけど。
 そもそも、私の常識って何だろう。謎だ。
「……あー、そう言えばB子。私がお前の事をB子と呼び始めたのは、いつからだっけ?」
 前回の肝試しの時からだと思うが、一応確認しておこう。
「前の肝試しから、だと思うけど……それがどうかしたの?」
「いや……ちょっとな」
 やっぱりそうか。
 で、だ。肝試し以後、私は今日まで先生に会った事はない。

『いいじゃない、長永君だってB子って呼んでるんだし』

 じゃあ先生は、どうして私が彼女をB子と呼んでる事を知ってたんだ?
「んー……ま、いっか。さっさと帰ろう。帰り道は尾行に注意、見付けたら全員でボコボコな」








 ――職員室。
「やっぱり、時間外に労働するとロクな事がないわねー」
 C先生――百々凪美香ささなぎみかは自分の机の椅子に、倒れ込むような勢いで座った。
 スモルトを、机の上に置く。
「うーむ。適当に習っただけの付焼刃射撃でも、かなりイケてたわね。やっぱり私って天才?」
「……確かに貴方は、戦闘の天才ですね」
 美香の背後から、声。
「しかし天才と呼ばれる人種は、その才能の代わりに失っているものも多い。貴方の場合は、『真面目さ』ですか」
「自覚はしてるわ。それより……休み明けのテスト、問題どうしよう。もう、去年のヤツを丸写しすればいっか」
 声の主は、溜め息をついた。
 メイド服を着、長銃身の拳銃を持った文化女中器ハイヤード・ガール
「で、リリス。久し振りに見た、イヴはどうだった?」
「……どう、と訊かれましても。見た限り、仕様の変更はなさそうですが」
「いや、そういう事じゃ……まぁ、いいけどさ」
 今度は、美香が溜め息をつく。
「しかしよいのですか、彼等をあのまま帰して? 尾行を付けた方が……」
「尾行させてくれるほどヌルい相手じゃないでしょ。尾行っていうのはその特性上どうしても少人数で行う事になるから、見付かった場合返り討ちに遭う可能性が高い」
「ピノッキエッテの性能ならば、例え単独でも――」
「そのピノッキエッテが、敵にいるんでしょうが。ちなみに、偵察衛星もダメよ。彼等、地下道使うから」
「…………」
 言おうとした事を先に答えられ、言葉に詰まるリリス。
「とにかく、私に任せなさいよ。悪いようにはならないって」
 ……百々凪美香。
 彼女は、イヴの回収か破壊を命じられた――ノルニルの幹部である。
「とは言え、ここで先生なんてやってたのが運の尽きねー。まさか、こんな面倒な仕事が入って来るなんて。はぁぁー……」
 背もたれに、体重を預ける美香。
「……どうして、人間というのはこうなのでしょう。私には理解が出来ません」
 その情けない様子に呆れるリリスに、
「あら、貴方達だって人間と変わらないじゃない」
 と、美香は言葉を投げかけた。
「……は?」
「こうして話していても、貴方がロボットだとはとても思えないわ。チューリング・テストは問題なくクリアするでしょうね」
 美香は椅子を回し、身体をリリスの方に向ける。
「現に貴方は、私に対して『呆れて』いるし」
「中国語の部屋、ですよ。私はプログラムによって、貴方の言動に対する人間の反応――『呆れる』を真似ているだけです。私の、私達の内側には意識やクオリアが存在しません。文化女中器ハイヤード・ガールは、哲学的ゾンビに過ぎないのです」
「……そう言われると、こっちもお手上げだけど。でも、哲学的ゾンビは自分の事を哲学的ゾンビだと言ったりしないと思うわ。人間は、自分の事を人間だと思っているんだから――哲学的ゾンビは、自分は人間だと言わなくてはならない」
「屁理屈ですね……で、結局は何が言いたいのですか?」
 美香は、眉をハの字にした。
「んー、自分でもよく分かんない。ねえリリス、生物の定義って何だか知ってる?」
「細胞を持つ、エネルギィの変換が出来る、恒常性の維持、増殖出来る……簡単に言えば、こんな所だと思いますが」
「うん。エネルギィの変換と恒常性維持は、貴方達も出来るわね。人間のとはちょっと違うけど」
 美香は再び、机に向かう。
「しかし貴方達には細胞がなく、増殖も出来ない。それでいて他者による『製造』という形で同属を増やす事は可能」
「…………」
「それは細胞を持たず、宿主ホストの代謝機能を利用して増殖するウィルスに近い。とは言っても、貴方達がウィルスだと納得する人はいないでしょうけどね」
「……つまり――」
貴方達ピノッキエッテには――何か、新しい概念が必要なのかも知れない」
 言いたい事は言い尽くしたらしく、美香は面倒臭そうに仕事を始めた。
「…………」
 リリスは、窓から外を見る。
 そこには――
「イヴ……」
 まるで人間のように人間と話す、機械の少女がいた。






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