夏休みのある日。
 B子は隠れ家セイフ・ハウスで、資料の束を眺めていた。
(……え? 地の文でもB子なの、私?)
 閑話休題。
 資料には、人間を『掃除』するための試作人型戦術兵器ハイヤード・ガールが、出荷予定だった普通の掃除機と入れ替わり、この街――星丘市に逃亡したと書かれていた。
 ――MX-2イヴである。
「うーん……商品と入れ替わったのなら、どこに送られたのかも分かりそうなものだけど」
 それは、まったく不明だった。よって彼女の任務は、イヴを見付け出し、捕獲あるいは破壊する事である。
「……『ノルニル』が動く前に、何とかしないと」
 B子は、傍に置いてあった拳銃を手に取った。
 ――ゲーリング・ルガーP08。ナチスのへルマン・ゲーリング元帥に、クリークホフ社から贈られた特製のルガーP08である。
 各所に美しい彫刻や刻印が施され、同じく彫刻が施された象牙のグリップを備える、黄金の拳銃。
 B子のゲーリング・ルガーP08は、コレクターから買い取ったルガーP08を――モデルガンを参考に彼女自身が改造した、レプリカだ。
 ……彼女の同僚はこれを見ると、笑うか呆れるかのどちらかの反応をする。
 B子はスカートの中に隠した太もものホルスターに、ルガーを収めた。
「……よし。何にしろ、放ってはおけない。長永君が危険な目に遭うかも知れないし」
 気合いを入れるB子。
 ……残念ながら、完全に手遅れではあるが。
 彼女は、部屋から出て行く。
 星丘高校2年生、B子。その裏の顔は――CIA日本支部の工作員である。


夏季休暇幻想記2
〜狂気の歯車〜

大根メロン


「そう言えばさ、お前ってどうしてメイド服着てるんだ?」
 暑さにやられてぶっ倒れていた私は、適当に部屋を掃除しているイヴに尋ねる。と言うか、ちゃんと掃除しろよ。
「媚を売ってるんですよ、媚をッ!! あざといったらありゃしませんッッ!!!」
 忌々しげに力説するてるてる。セーラー服が何を言う。
 まぁ、私も似たような事を思っているのだが。やはり、特定の層を狙っているのか?
「……? 掃除をするんだから、エプロン着るのは別におかしくないのよ」
「え? あ、うん、そうだな。存外普通の答え……」
 ……世の中、そんなものだよな。
 と、私が知ったかぶっていた時――いつかのように、電話機が鳴った。
「出るのよ」
「出るなって言ってるだろッ!!」
 何故こいつは電話に出る事に拘るのか。
「はい、もしもし――」
『よう長永、ヘバってるかぁっ!!?』
 ……出なきゃよかった。
「何の用だ、A太」
『……A太? それ俺の呼び名か?』
「は? 呼び名も何も、A太はお前の名前だろうが。暑さで頭をやられたか?」
『あー……いや、もういい。もういいが、それでも言う。頭をやられてるのはお前の方だ』
 失礼な。
「切るぞ」
『おっと、待て待て。暇だしさ、どっか遊びに行こう』
「お前が暇だからって、私も暇だとは限らん」
 暇だが。
「それとだな、何で私なんだ? お前、私以外に友達いないのか? 寂しい奴、粗大ゴミ同然だな。リサイクルは無理だから、不法投棄されろ。あの世に」
『――せっかく誘ってやってるのに何だその言い草っ!!? 友達いないのはお前だって同じじゃんっ!!!』
「別にいらん。目障りなだけだ」
『……お前と話してると疲れる』
「よし、お互いの利益が一致した。切ろう。早く切ろう」
『――とにかくッ! 30分後に商店街の「コールド・スリープ」まで来いッ!! 来なかったら例によってお前んち爆破なッッ!!!』
 電話が切れる。
「…………」
 これってもう、ある種の脅迫だよな?



 商店街の一角――コールド・スリープ。
 何だかアレな店名だが、実際にはただのアイス屋である。いや、裏では店名通りのサーヴィスを行っているという噂もあるが。
「ふー……」
 買ったアイスを、ベンチに座って食べる私達。
 ちなみに、代金は2つともA太払いだ。脅迫電話で呼び出されたのに、どうして金を払わねばならん。
「暑いなぁ、長永」
「外だからな。ちなみに私は、さっきまで外よりはいくらかマシな室内――具体的には家――にいたんだが」
「けっ、このモヤシっ子め」
「まぁ、家のよさはお前には分からんよな。家なき子だし」
「――あるわッ!! さっきの電話、どっからかけたと思ってんだッッ!!!」
「盗んだ携帯電話」
 くだらない話をしながら、アイスを食べる。
 あー、暑い。帰りたい。
 でもそのためには、A太が邪魔だ。いっそ殺るか。
「……な、何だか殺気を感じるのだが?」
「気のせいだと思っておけ。知らない方が楽に死ねる」
「――本気の眼で言うなッッ!!!!」
 と、その時。
「あれ、長永君?」
 見覚えのある気がする女の子が、こっちを見ていた。
 えーっと確か……誰?
「やっぱり、覚えてないって顔をしてるね。私の名前は――」
 そこまで言って、女の子は何故か間を置く。
 そして人生を諦めたような顔で、呟いた。
「……B子だよ、B子」
「B子……あ、分かった。肝試しの時にいたB子か。初対面なのに、やけに構って来るんで机の埃ほどには印象に残ってる」
「いや、初対面じゃないんだけど……夏休みに入るまで、同じクラスで勉強してたんだけど。あと、私の印象って吹けば飛ぶくらいのもの?」
 暗い顔をするB子。
 肝試しの時も、こんな感じだった気がするな。そういうキャラで売ってるんだろうか?
「……おい、俺の存在は脳内着信拒否か?」
 A太はB子に言うが、まるで別世界にでもいるかのように彼女は聞いていない。
「いいですよ、お邪魔虫は消えますよー……」
 ブツブツ言いながら、去って行くA太。何なんだ?
「長永君、1人なの?」
「……え? うん、まぁ」
 さっきまでもう1人いたが。
 ……あ、そうか。アレは人間以下だから、1人としては扱われないのか。なるほどなるほど。
「と、隣に座ってもいいかな」
「別にいいけど。誰が座ろうと自由だし」
「じゃ、じゃあ……」
 恐る恐る、ベンチに座るB子。
 ……何をそんなに警戒してるんだ? このベンチ、爆弾でも仕掛けられてるのか?
「さて、私はそろそろ帰るか」
「……え?」
 アイスも食べ終わったし、こんな炎天下にいる理由はもうない。
 私は、ベンチから立つ。
「……? おい、大丈夫か?」
 何やら、埴輪のような顔で放心しているB子。
「うン、大丈夫だヨ」
「…………」
 絶対大丈夫ではないと思うのだが……まぁいいか、他人事だし。
 私が、家に向かって歩き出すと――
「暑いのよー」
 嫌な声が、聞こえた。
 ……そりゃ暑いだろう、メイド服だし。
「回路が焼き切れるのよー」
「……何やってるんだ、お前は」
「お? 長永、奇遇なのよ」
 シュタッと手を上げるイヴ。
 ……背中には、ライフルケース。銃刀法違反で捕まれ。
「てるてると遊ぶのも飽きたから、外に出てみたのよ。大失敗だったのよー」
「まぁ、そうだろうな。この暑さの中で外に出たって、いい事なんてあるはずがない」
 と、私達が話していた時。
「……MX-2イヴだね?」
 夏である事を忘れるほどの、冷たい声が聞こえた。
「……B子?」
 背後を見ると、そこに立っていたのはB子。
 彼女の手には――悪趣味な、金色のルガーが握られていた。銃口の先には、イヴ。
 ……何事?
 イヴはそれを見て、
「ま、まさか追っ手なのよ!?」
「ううん、私はノルニルじゃないよ。でも貴方のような危険な存在を、見逃せはしない」
「――……!」
 イヴは素早く、ケースを開く。
 だが当然、すでに銃を向けているB子の方が早いに決まっている。引かれる引き金。
 ――しかし。
「甘いのよッッ!!」
 イヴは弾丸が見えているかのように、銃撃を躱す。
 いや、ホントに見えているのか? ロボだし。
 三八式を発砲するイヴ。
「く……っ!! 長永君、こっちだよ!!」
「お、おいっ!!?」
 B子は私を引っ張って、コールド・スリープの陰に隠れる。イヴも、どこかの陰に隠れたようだ。
「どういう事だ?」
「説明は後で。まずは、この状況を何とかしないと」
 いや、この状況にしたのはお前だと思うんだが。
 ……まぁ確かに、何とかしなきゃならないだろうけど。
 B子は、ルガーのマガジンを32発入りのスネイル・マガジンに換える。デカいマガジンは、ゲーリング・ルガーには似合わんな。
 向こうの様子を見ようと、B子が顔を覗かせる。
「――くっ!!?」
 そこに、弾が1発。
 すぐに顔を引かなかったら、B子は顔に弾を喰らってたかも知れない。
 ……しかし、これはB子にとってチャンスでもある。
 イヴの三八式は、1発撃った後にボルトを引いて次弾を装填しなくてはならない。その時間は、明らかな隙となる。
 すかさず、ルガーを撃ち捲くるB子。
「三八式なんて骨董品で、勝てると思わないでよ――!」
 ……いや、骨董品なのはルガーだって同じだろう。
 B子が、身体を引っ込める。掠める銃撃。
 三八式歩兵銃の6.5x50mm弾――三八式実包は殺傷力に欠けるらしいが、かと言って当たったらやはり無事では済まないだろう。
 ……本格的にヤバくないか、コレ?
「どうするんだ、B子?」
「今は耐える時だよ。弾が尽きれば銃剣突撃をして来るはずだから、その時に撃ち斃す」
 あいつは日本兵か。
 ……そうじゃなくてだな。
「おーい、イヴ。聞こえるかー?」
 私は、向こうのイヴに呼びかける。
「何なのよー?」
「とりあえず休戦だ、休戦。話し合いの場を持つぞー!」
「それは、そっち次第なのよー」
 よし。
「そういう事だ。銃撃戦は中止」
 私は、B子を見る。
「え? でも……」
「でももかかしもない」
「……長永君が、そう言うなら」
 B子は、ルガーの銃口を下ろす。



 近くの喫茶店に入った、私達。
「つまり、イヴは試作人型戦術兵器で――それが嫌になって、逃げて来たって訳か」
 B子の話を要約すると、こんな感じだ。
 ノルニルとかいう地下企業が、アラディン自動工業商会と文化女中器ハイヤード・ガール株式会社を利用して造り出した、7体のミリタリィ・ヒューマノイド・ハイヤード・ガール。
 試作機でありながら彼女達は高い金で雇われ、世界中の戦地を転々としているらしい。まさしく、雇われ少女ハイヤード・ガールといったところか。
 ……ま、そんな事なんじゃないかとは思ってたけど。掃除は適当だし、武装してるし……明らかに人間を『掃除』する仕様だよな。
「そうなのよ。あのイカレポンチどもには、もう付き合い切れないのよ」
「どうしてだ?」
「例え敵兵を皆殺しにして土地を焦土に変えても、私達に与えられるのは失った武器弾薬や電力、最低限のメンテナンスだけなのよ。何の報酬もないのよ」
「…………」
 そりゃまぁ、道具に報酬を払う必要はないからな。
「よし、イヴについては分かった。次、B子」
「え? 何?」
「そんな事を知ってる、お前は何者だ?」
 帯銃してるし。
「えっと、ホントは言っちゃいけないんだけど……」
 B子はぽつりと、
「……CIA」
 と、呟いた。
 …………。
「よし、イヴについては分かった。次、B子」
 リピート。
「ホ、ホントなんだよ!」
「……CIAって、アメリカ合衆国諜報機関の中央情報局CIAか?」
「うん。私は、日本支部のメンバー。主に、破壊工作や要人暗殺などの準軍事活動を担当」
「…………」
「うわぁ、すっごく信じてない眼……」
 いや、だってなぁ?
「これでも、ファームで厳しい訓練を積んだんだよ?」
「そうは言っても、どうして未成年が前線に出てるんだ?」
 ……ま、まさかB子には常人にない特別なスキルがあるとかっ!?
 私が、少しドキドキしながら答えを待っていると――
「予算が削減されたりして人材が不足してるから、私みたいなのでも出なきゃならないんだよ。未成年なら、安く動かせるだろうし」
「…………」
 ……心が寒くなるような話が、返って来た。
「でも、B子はイヴ事件のためにこの街に送り込まれた、って訳じゃないよな? ずっとクラスメイトだった……らしいし」
 覚えてないが。
「この街に、世界を股にかけて暗躍する少年爆弾テロリストが潜伏してるらしくて。そいつを見付けるために、何年か前に来たんだよ」
 探すも何も顔分かんないけど、とB子。
「……また嘘臭い設定だな」
「う、嘘じゃないってば!」
 ……少年爆弾テロリストか。物騒な話だ。
「それにしても、いきなり街中で襲って来たのは感心しないのよ」
「そ、それは……貴方と長永君が一緒にいて、彼が危険な目に遭うかもって思ったから……」
 ……私?
「ラングレーに報告してやるのよー」
「なっ、や、止めてよ!! 首が飛んじゃうっ!!」
 まぁ、とにかく。
イヴこいつの面倒は、うちで見る。とりあえずそれで問題ないだろ」
「……そうはいかないよ。私だって仕事でやってるんだから」
「返品不可だって言われて、諦めて覚悟決めたんだ。イヴは意地でもうちに置いておく」
 もう少し早くこの話が出ていれば、喜んでイヴを差し出したんだがね。1度決めた事は貫かせて貰う。
「……むぅ……」
 どうしたものか、という感じのB子。
「……分かった、今は退く」
「そうか」
「でも、イヴを狙ってるのは私達だけじゃないよ」
「……ノルニルとやら、か?」
「うん。機密情報満載の試作機だからね。絶対連れ戻そうとするはず」
 だったら戦線投入すんなよ、と言いたい。
「分かった。ほら、イヴ。そろそろ帰るぞ」
「えー。もっとクーラーの風に当たっていたいのよー」
「あ、家まで送るよ」
 私達は、喫茶店から出る。ああ、外は灼熱地獄。



「あーつーいー……」
「暑いのよー……」
「暑いねー……」
 喫茶店を出て数十メートルで瀕死。
「ここから家まで帰るのか……苦行以外の何物でもない……」
 くそぅ、A太(学名:犬の糞)め。感謝の印に、冷蔵庫で冷やしたガソリンを頭からぶっかけてやる。きっと気持ちいいだろうさ。ま、当然火ぃ点けるけど。
 私達は出来る限り影に入りながら、少しずつ進んで行く。
「しっかし、別の文化女中器ハイヤード・ガールか……お前と同じように、メイド服着てるのか?」
「着てるのよー……」
 やっぱりそうか。
 ……メイド服を纏い、戦場を駆ける7体の文化女中器ハイヤード・ガール。完全に漫画の世界だな。
「メイドか……」
 ……ん? あれは。
「…………」
 ……暑さで、幻覚でも見ているんだろうか。道の先に、メイドが立っている気がする。
 とは言っても、頭には何故かシルクハットを被っているが。
 そのメイドは、私達に銃口を向け――
「――ッッ!!!?」
 って、待てッ!!?
「……フリーズ」
 メイドが、起伏のない声で言う。
 手に握られているのは――ドラム・マガジンとバーティカル・フォア・グリップを装備した、トンプソンM1921。一昔前のギャング映画によく出て来る、シカゴ・タイプと呼ばれる短機関銃である。
「……イゼベル」
 イヴが呟く。
 これは……アレか? さっき聞いた通り、イヴを連れ帰るために他の文化女中器ハイヤード・ガールが投入されたのか?
 しかし、3対1――いや、私は何も出来ないだろうから実質2対1か。とにかく、数の上ではこちらの方が有利だ。
 ――だが。
「イゼベル、焦るなでやんす」
 もう一方から、声が聞こえた。
「……分かってる」
 銃を下ろす、イゼベル。
 ……傍の家の屋根に、メイドがもうひとり。
 人懐っこい笑みを浮かべているが――彼女はその背に、一振りの日本刀を背負っていた。
「お初にお目にかかるでやんすね。あたしの名は、MX-3アスタロト。どうぞよろしく」
「……ノルニルの文化女中器ハイヤード・ガールか?」
「ご存知なら話が早い。さ、イヴ。帰るでやんすよ」
 イヴは、首を横に振る。
「嫌なのよ。戦いに行くのは、もう飽きたのよ」
「ふむ、困りましたねえ。連れ帰れないのなら壊せ、と命じられているでやんすが」
「……貴方がどこかの組織に回収されたら、ノルニルの開発技術が漏れる事になる。これは大きな損害」
 と、アスタロトにイゼベル。
「……長永君、隙を見て逃げて。ここは、私達で何とかするから」
 B子が、小さな声で俺に言う。
 ……それはつまり、もう闘いは避けられないという事か。
「何を言っても、聞く耳持たないのよ」
「……愚か者」
 イゼベルが、再び銃口を向ける。
「……そうでやんすか。仕方ないですねえ」
 アスタロトが、刀の柄に手をかける。
「MX-3アスタロト、いざ参る!」
 屋根から飛び降りる、アスタロト。同時に抜刀。
 ……刀身が、妖しい輝きを放つ。
「妖刀村正――籠釣瓶かごつるべの錆となるがよろし!」
 咄嗟に頭を下げたイヴの頭上を、斬撃が通り過ぎる。背後の電柱を一刀両断。
「絡繰りに魂魄なし、弔いは必要ないでやんすね!」
「……念仏の1つくらい上げても、バチは当たらないと思うのよ?」
 斬撃を、三八式の三十年式銃剣で逸らすイヴ。
 B子はイヴを援護しようと、ルガーをアスタロトに向けるが――
「危ない、B子ッ!!」
「――ッッ!!!?」
 M1921のフルオート射撃によって、阻止された。
「……惜しい」
 周囲はもうパニックだ。くそ、往来のド真ん中で仕掛けて来やがって!
 私とB子は、建物の陰に隠れる。
 B子は拳銃、イゼベルは短機関銃。ちょいと火力に差があるな。
 イゼベルは警戒する事なく、私達が隠れている陰に走って来る。短距離走のオリンピック選手みたいなスピードだ。
「く――っ!!」
 ルガーを発砲するB子。だが、イゼベルは超人的な反射神経と運動能力でB子の連射を回避する。
 M1921が、私達に向けられた。
「……終わり」
 その時――
「……ッッ!!?」
 1発の銃撃が、グリップを握るイゼベルの右手に命中した。
「……ぐッ……!?」
 表面の皮膚が破れ、金属の手が露出する。弾痕から火花が散った。
 眼を向けると、そこには――籠釣瓶の刃を躱しながらも、イゼベルに銃口を向けたイヴの姿。
「……この!」
 イゼベルは左手にM1921を持ち替えてイヴを狙うが、イヴが次弾を装填する方が早い。
 三八式の弾が、イゼベルの胸に撃ち込まれる。さらに、イヴの方を向いた頭にB子がルガーを連射。
「……がッッ……!!!」
 それでもなお、イゼベルは倒れない。イヴを狙い、引き金を引こうとする。
「うりゃぁ――ッ!!!」
 私は適当な石を拾うと、イゼベルの手元に投げ付けた。
「……ッ!!?」
 石は見事M1921に命中し、銃撃はイヴから逸れる。
「……邪魔ッッ!!!!」
 今度は私に銃を向ける、イゼベル。
「――甘いッ!!」
 しかし引き金が引かれる前に、B子の銃撃がM1921を弾いた。
 トドメとばかりに、イゼベルの眉間に弾を撃ち込むB子。
「――、……ッッ!!!?」
 遂にイゼベルは膝を付き、地面に倒れる。
「やった……のか?」
「ううん、ダメージで一時的にフリーズしてるだけだと思う。早くもうひとりを片付けて、ここから逃げないと!」
 イヴと交戦してるアスタロトに、B子はルガーを向ける。
 発砲するが――
「――徒なりッ!」
 アスタロトは銃弾を、籠釣瓶で斬り払った。
「な……」
 そりゃあ、拳銃弾くらいなら日本刀で斬れるらしいが……それにしたって無茶苦茶だ!
「――のよッ!!!」
 肉眼では追えないほどのスピードで繰り出される、イヴの銃剣刺突。しかしアスタロトは、それ以上のスピードで刺突を避ける。
 振り下ろされる刃。イヴは躱すが、メイド服が僅かに斬れる。
「――……ッッ!!!?」
「御首――頂き候!」
 イヴの首を落とさんと、アスタロトが必殺の斬撃を放とうとした時――
「――ばぁっっ!!!!」
 突如、アスタロトの正面に女の子が現れた。
 あれは――
「――てるてるッ!!?」
 幽霊というヤツは、自分の存在密度を自由に調節出来るらしい。それによって姿を消したり、現れたりする事が出来る。
「何奴……っ!?」
 突然の闖入者に、アスタロトの攻撃が止まる。
「――隙ありなのよッッ!!!」
 アスタロトの喉を、三八式の銃剣が貫いた。
「……が、ぁッ!!!?」
 イヴはそのまま、引き金を引く。吹っ飛ばされて地面に倒れ、沈黙するアスタロト。
「今なのよ、逃げるのよー!」
 言われるまでもない。私達は、一目散に走り出す。



 炎天下の中、全力疾走。
 他人から見れば馬鹿丸出しの愚行の末に、私達はどうにか安全な――安全だと思われる――場所まで逃げ切っていた。
「……で、一体何事なんですか? ふらふらと外に出てみたら、あんな事になってるなんて」
 私はこれまでの出来事を、てるてるに説明してやった。
「つまり――長永さんは、メイドに囲まれてウハウハと」
 こんな事もあろうかと用意しておいた、携帯用の卒塔婆カービンで一撃。
「長永君……その人は?」
 B子が何だか不思議な表情をしながら、俺に尋ねる。
「こいつはてるてる。うちに居付いている幽霊だ」
「あ、どうも。長永君にはお世話になっています」
「ゆ、幽霊……」
 信じられなさそうなB子。気持ちは分かるが……しかし私にとっては、お前がCIAだというのも似たようなものだぞ。
「――待って!? じゃあ長永君の家には、女の子がふたりもいるって事っ!!?」
「まぁ……そうなるのか? 形だけなら確かに女の子だが」
「そ、それはCIAとしては見過ごせないよっ!!」
「何故に」
 CIAと言うよりPTAだな。
「で、これからどうするのよ?」
「こんな路上で襲って来たのなら、連中はイヴが私の家にいる事を知らないはずだよな」
 知っているのなら、夜襲でも仕掛ければいい。
「そうだね。何しろ、CIAもそれを掴めなかったくらいだし」
「ふっ……私の工作は完璧なのよ」
 胸を張るイヴ。
「あ、でも……私が今日イヴと一緒にいた事でバレたか?」
 それはまずいな。顔が知られれば、いずれ住所も突き止められるだろう。
「な、なら私の隠れ家セイフ・ハウスに来ない? 数人くらいなら、匿えるよ」
 B子が言う。
 ……ふむ。CIAの工作員が住んでるような場所なら、そう簡単に見付かる事もないだろう。
「でもな、私が女の子と一緒に暮らすのはPTA……じゃなくて、CIA的に問題があるってお前が――」
「わ、私は別なのっ!!」
「……何で?」
 まぁ、いい。とりあえず好意に甘える事にしよう。
「おお、ボロアパートから脱出なのよー」
「ロープがかけられるような所、ありますかね?」
 口々に喋る、ロボと幽霊。
 ……しかし、疲れた。そして暑い。
 こんな事になった原因は……やはり、私を呼び出したA太か。内臓爆散させて死ね。








「……やられてしまいましたか」
 2体の文化女中器ハイヤード・ガールが倒れている、路上。
 野次馬が遠巻きに見詰める中、メイド服の少女がアスタロトに近付く。
 彼女の腰にはベルトが巻かれており、そこには1挺の拳銃が留め具で固定されていた。
 ――スミス・アンド・ウェッソンS&WM500。世界最強、などと語られる回転式拳銃リヴォルヴァーである。
 しかし、彼女のそれは異様に銃身が長い。27インチ――約70センチはあろうか。まるで、剣を差しているかのようだった。
「おや、リリス。面目次第もないでやんす」
 倒れたままのアスタロトが、リリスと呼ばれたメイドに答える。
「具合はどうです?」
「脊椎ケーブルをズタズタにされ、首から下は反応なし。いやはや、参ったでやんす」
「参った――ですか。しかしその澄まし顔、本気で闘った訳ではなさそうですね」
「おや、それは無体な言霊哉。神仏に誓って、あたしゃいつでも本気でやんすよ?」
「…………」
 リリスはアスタロトから、イゼベルへと視線を移す。
「……ク……ッッ!!!」
 イゼベルは足を縺れさせながらも立ち上がり、遠くを睨む。
「……あいつ等……!」
「退きますよ、イゼベル」
「……リリス、それは聞けない」
「彼等を追うと言うのですか? どこに逃げたのかも分からないのでしょう?」
「……捜せばいい……ッ!!」
 冷静さを、完全に失っているイゼベル。
 リリスは溜息を付くと、腰に下がっているM500のグリップを握り――留め具を外す。
 そして、前に進もうとするイゼベルの背中に向けた。
「――少し、頭を冷やしなさい」
 引き金を、引く。
 凄まじい反動リコイルと共に――長銃身ロング・バレルによって加速された弾丸が、イゼベルの背中に撃ち込まれた。
「……ぐぁッッ――!!!?」
 特製の.500S&W劣化ウラン弾が、イゼベルの体内を喰い千切る。胴に穴を開けられた彼女は、金属片を撒き散らしながら転倒。
「相変わらず容赦のない事で。しかし、その辺りがまた可愛らしいのでやんすが」
「黙りなさい。貴方の頭も吹き飛ばしましょうか?」
 リリスは銃を再びベルトに留めると、屈んでアスタロトの首に触れる。
 その途端――首の傷が、瞬く間に塞がった。
 立ち上がる、アスタロト。
「よっと……ふむ、見事元通りでやんすね」
「イゼベルを担ぎなさい。引き上げますよ」
「――御意に」
 言われた通り、イゼベルを肩に載せるアスタロト。
「……アスタロトッ!」
「今は退くでやんす。いずれ、また機会はある。借りはその時に返すがよろし」
 アスタロトは、薄く笑う。
「この戦、なかなか楽しめそうでやんすね」
「……? 何か言いましたか、アスタロト?」
「いえいえ、何も。空耳でしょうよ」
 3体の少女型兵器は、その場から歩き去って行く。






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