世の学生には、夏休みというものがある。勿論私にも。 その初日。以前、通販サイトで注文した物が届いた――のだが。 「…………」 うん。まぁ、あれだ。 色々、ツッコみたい事がある。 『文化女中器』の『ガール』とは、『女中のように働いてくれる』という事であって、実際に女の子の形している訳ではない。色気も何もない掃除ロボだ。 もう1度言う。ここは重要だからよく聞いておけ。 女の子の形を、している訳ではない。そして無論、メイド服を着ている訳もない。 「…………」 ……よし、私は大丈夫だ。 傍に置いてある、ダンボール箱を見る。箱の中には、アパート暮らしの学生には少々高いお金を出して買った掃除ロボが入っているはずだ。 そーっと開き、中を見る。 「――ってダメだ、やっぱり現実は変わらん!」 段ボール箱の中には、眠っているかの如く動かないメイド型のロボット。いや外見ではロボだとは思えないが、どうせそうだろう。髪形も狙ったかのようにツインテイルだし。 あまりのお約束展開に、人生を放棄したくなる私。 「……返品だな」 私が注文したのは、極普通の掃除ロボだ。一体どんな手違いで、こんなブツが送られて来たのか知らないが。 しっかりと、段ボール箱を閉める。ガムテープでグルグル巻き。 うん、こんなもんだな。『君子危うきに近寄らず』。メイドロボが送られて来るなんていう、コテコテのラヴ米展開なんぞ望んでない。 が、その時。 「――うおッ!!?」 ダンボールを突き破って、腕が飛び出して来た。 腕はまるで酸欠のように、バタバタと動く。普通に恐い。 暴れる、中身。内側からの圧力に耐え切れず、ダンボールが切れ―― 「――お?」 メイドロボが、姿を現した。 「ふー、ようやく出れたのよ」 ……出て来るな。 「初めましてなのよ、私の御主人様。私の名前は『Aladdin MX-2』――通称『イヴ』なのよ」
「自己紹介されても困る。返品するから」 「――いきなり何を言うのよッ!?」 「私が注文したのは普通の掃除ロボだ。メイドロボなんぞお呼びではない」 「メイドロボではないのよ、文化女中器なのよ!」 そこは譲れないらしい。 「それに、マスター登録がされてるから返品は無理なのよ」 「――何!? そんな事した覚えはこれっぽっちもないが……?」 「インプリンティング方式なのよ」 「――見ただけでッ!!? お前はそれでいいのかッ!!?」 「んな文句はメイカーに言うのよ。私に言っても仕方ないのよ」 くっ、正論。 「ところでマスター。貴方のお名前、何てーのよ?」 「…………」 ここで、本名を言ってもいいんだろうか? まぁ、このままマスター呼ばわりされるよりはマシだろう。登録とやらは済んでしまったみたいだし、名前を教えたくらいで何か変わるとは思えない。 「山神長永だ」 「ヤガミナガヒサ……漢字ではどう書くのよ?」 私は、自分の漢字を教える。 「山神長永……氏名記入完了なのよ」 ……? 「これで正式に、長永は私のマスターなのよ」 「……は? いや、マスター登録はインプリンティングで……」 「あんなの嘘なのよ。口から出任せなのよ。信じる方がどうかしてるのよ」 「…………」 「まぁこれで、ホントに返品は出来なくなったのよ」 私は、ガクリと両手両膝を床に付く。 時間よ……巻き戻ってくれ……ッ!!! 「ははは、滑稽なのよー」 無論、哀れな願いが聞き届けられる事はなく。 ――しばらくの後。 「仕方ない……」 私は、諦めた。 「イヴとやら。ちゃんと掃除は出来るんだろうな?」 「当たり前なのよ」 よし、ならいい。1万歩くらい譲って。 このクソ暑い夏に掃除なんぞという重労働をしたくなくて、購入したのだ。とりあえず、掃除が出来るのなら何とか許容出来る。 「では、御掃除開始なのよ! この家に巣食うゴミめ、覚悟するのよッ!」 イヴが、段ボール箱の中からケースを取り出す。 ……掃除用具でも入ってるのか? 「よいしょ……なのよ」 取り出したのは――銃。しかもライフル。 「――って待て!? 我が家には火器で駆逐しなければならないようなゴミなんて存在せんッ!!!」 「大丈夫なのよ。この三八式歩兵銃は、第二次世界大戦中に日本の職人が1つ1つ手作りで作り上げた芸術品なのよ」 「訊いてないッ!!」 「勿論、銃剣付きなのよ」 「知った事かッッ!!!」 「じゃ、社会のゴミを掃除するのよ」 「私に銃口を向けるなッ!!! 止めろ、近ッ、銃剣刺さるからッッ!!! 引き金に指をかけるなぁぁッッ!!!!」 で、結局。 「普通のー、御掃除なのよー」 我が家の掃除機を、イヴに預ける事となった。 「とは言ってもこの狭いボロアパートじゃ、すぐに終わるのよ」 「とことん私を苛立たせるな、お前は」 「GOなのよー」 すいーっと、掃除機を進ませるイヴ。 そして、奥の部屋に辿り着いた。 イヴは何の迷いもなく、そこの襖を開く。 「……のよ?」 ――そこには。 セーラー服の女の子が、天井からぶら下がっていた。 ……首には天井から垂らされた縄がかかっており、足先は地面に付いていない。 まぁ、いわゆる首吊りって奴である。 「……何か、大事なのよ?」 「違う、大事なんじゃない。大事『だった』んだ」 訂正する私。 「どういう事なのよ?」 「見れば分かる」 突然、風もないのに少女の身体が揺れ……背中を見せていた彼女が、イヴに顔を見せる。 その表情は、苦悶に歪み――なんて、事はなく。 「――あ、どうも初めまして」 礼儀正しく、挨拶した。 「ごめんなさい。この状態だと、御辞儀が出来ないんです」 首引っ張られてるからな。 「で、何なのよ? よく見ると、半透明っぽいのよ? 向こうの壁が見えてるのよ?」 イヴはひとりで悩んだ後、何かに気付いたように顔を上げ、 「これが噂に聞く、NASA開発の光学迷彩スーツなのよッ!!?」 「全力で違うッ!! 幽霊だ、ユーレイッッ!!!」 こいつは、私がここに住み始めた時からいる地縛霊だ。 見た感じでは自殺したっぽいのだが、本人はもう自殺理由を覚えていないらしい。いや、己の名前さえも思い出せないそうだ。 前に大家さんに、『あの部屋で誰か自殺したりしましたか?』と尋ねたのだが……『やぁねえ、曰く付きの部屋ならもっと安く売られるわよぉ』という普通の答えが返って来た。 ……いつ死んだのか知らないが、こいつは周囲からもすっかり忘れ去られているようだ。生前、よっぽど影が薄かったんだろうか。 「ところで長永さん」 「何だ、地縛霊」 名前がないので、そうとしか呼びようがない。 「私という者がありながら、別の女の子を連れ込むなんて――」 私は無言で、傍に置いておいたツッコミ用の卒塔婆で叩く。 「――痛いっ。むしろ遺体っ」 ペチペチと打たれて、ぷらーんぷらーんと揺れる地縛霊。 「前々から言っているが、とっとと成仏してこの部屋から去れ」 「何を言ってるんですか、夏はこれからですよっ!? 私にとってはこの季節が本番なのに!! いっぱい驚かせてやるんですっ!!」 「お前の出現地域はこの部屋のみだろうがッ!!! よって驚かされるのも私のみだろうがッ!!!」 「貴方の驚く顔を見るのが、私の生き甲斐……じゃなくて、死に甲斐なんです!!」 「くっ……どこまでも忌々しいっ」 「止めてください、そんなに強く叩かないで……! そ、そんなに乱暴にされたら、あ、クセになっちゃいますぅっ!!」 ……もうホント手に負えない。 「イヴ、こいつを掃除出来るか?」 ダメ元で言ってみる。 「やってみるのよ」 イヴはいつの間にか持って来ていた三八式を、地縛霊に向けて発砲。 ……当然すり抜け、壁に弾痕を残す。 「やっぱり、物理的手段は通用しないのよ」 「……『やっぱり』。この結果を予測していたのなら発砲は控えるべきだったと思うが」 「何事も、やってみなければ分からないのよ。それに、やれと言ったのは長永なのよ」 ……悪いのは私か? 「で、結局その方は何方なんです?」 「あー、こいつはだな。何かの手違いでうちに送られて来たメイドロボだ」 「メイドロボではないのよ、文化女中器なのよ。いい加減理解しないと脳天ブチ抜くのよ?」 そ、そんな脅しには屈さないぞー。 「ふむ、なるほど……」 地縛霊は、うんうんと頷く。 「――つまり、私の長永さんを狙う泥棒猫ですねっ!?」 卒塔婆フルスイング。 「揺れるのよー」 卒塔婆で地縛霊を突き、遊んでいるイヴ。 「ちょ、止めてください、痛いじゃないですか!」 私はいいのに、イヴはダメらしい。その判断基準は一生理解したくないが。 「てるてる、固い事言っちゃつまんないのよ」 「――『てるてる』ッ!!? それ私の呼称ですかッ!!!?」 「てるてる坊主っぽいからてるてるなのよー」 ……てるてる坊主とは、快晴祈願のための人柱として首吊りした人を表しているらしい。そうなると、随分とリアルなてるてる坊主だな。 でもまぁ、てるてるか。ずっと地縛霊と呼ぶのもアレだし、今度から私も使おう。 ――と、その時。 トゥルルルルル……と、家の電話が鳴った。 「出るのよ」 「――出るなぁッッ!!」 私は電話機に向かうイヴを押し退け、電話に出る。 「はい、山神――」 『よう長永、夏休みを楽しんでるかぁっ!!?』 「…………」 速攻で受話器を下ろしたくなる私。 『だが言わなくても分かる。お前も俺と同じく、退屈で寂しい夏休みを送ってるはずっ!!』 「……ウゼー」 電話の相手は、クラスメイトの……名前何だっけか。まぁとにかく、クラスメイトAだ。 『そんなお前に、慈悲深き神のように俺がチャンスをやろう。今夜12時から、東北の森で男女入り乱れての肝試し大会をやる事になった! よってお前も来いっ!!』 「誰が行くかバカ。死ね」 『あ、来なかったらお前んち爆破すっからな!』 「…………」 『じゃあな、12時だぞ! 忘れんなよーっ』 言いたい事だけ言って、A太は電話を切った。 ……いや、ホントにどうしようか? 深夜、12時前。 家が爆破されるとそれなりに困るので、私は肝試し大会の舞台へと向かっていた。 ちなみに、イヴはコンセントにプラグ差して就寝。てるてるは……まぁ、いつも通り。 「お、来たなー!」 森の入り口で、A太が手を振る。他にも、見覚えのあるような気がするクラスメイトらしき人達が何名か。 「ちゃんと来たな。感心感心」 「……あれ? お前そんな顔だったっけ?」 「いい加減クラスメイトの顔と名前くらいは覚えろッ!!! 特に俺は、他の奴等よりもお前と話したりしてるんだしッ!!!」 叫ぶA太。 「うぅむ……?」 「分かった、もういい。無理に思い出さんでもいいから」 A太は、深く溜息を付く。 「あ、あの、長永君……」 声に振り返ると、そこにはクラスメイト――だったと思う――の女の子。 「こ、今夜はよろしくねっ!」 「えーっと……」 ……誰だったか。クラスメイトB……じゃさすがにまずいよな。 「ああ、よろしく――B子」 「――B子ッッ!!!?」 何故かB子は隅っこにしゃがみ込んで、いじけ始める。元気出せ、と声をかけるA太。 A太とB子、いいコンビだな。名前も似てるし。私が決めた名前だけど。 「初っ端からクラスのアイドルがクソ男によって心の傷を負ったが、毎度の事なのでもはや気にせんッ!! 肝試し、始めるぞッッ!!!」 「おお――ッッ!!!!」 叫ぶクラスメイト達。その元気はどこから来るんだ。 A太を先頭にして、ギャーギャー騒ぎながら進んで行く一行。 しかし、結構道が複雑だな。A太が迷ったら確実に遭難だぞ。 「長永君、長永君」 B子が、こちらを見る。 「ん、どうした? と言うか、大丈夫か? 予想以上に道荒れてるが」 「……うぅ。何でそういう気遣いは出来るのに、名前は覚えてくれないの……?」 「――は?」 「ううん、何でもない。それより長永君、もしかして肝試し楽しんでない?」 「A太に無理矢理呼び出されただけだからなぁ。楽しむも何もない」 「……A太?」 「いや、その名称については気にしないでくれ」 B子は少しだけ、複雑そうな顔をする。 「長永君って、人間嫌い?」 「いや、むしろ生命体全般が嫌い」 どいつもこいつも暑苦しいと言うか、生きている事をアピールしててウザい。いちいち名称や形態を覚える気にもなれん。 もう少し、慎ましくは出来ないのだろうか。特にA太。 「という事は……私の事も、嫌い?」 この世の終わりみたいな様子で、呟くB子。 「まぁ……そういう事になるのかなぁ」 「で、でも……私の事だけが特別嫌いだとか、そういう事はないんだよね?」 「……? そうだな。皆平等に嫌い、という感じか」 B子は、砂漠のド真ん中で1滴の水を見付けた旅人みたいな顔をする。 ……しかし、この問答にはどんな意図があるんだ? 私がそれについて、B子に尋ねようとした時―― 「……ん? 何だありゃ?」 先頭のA太が、何かを発見した。 ぱっと見では、木の傍に人影が立っているように見える。 だが――それは少し違う。人影の位置が、妙に高いのだ。 ……よく見れば、その理由も分かる。 足元が、地面から離れており――首には、木から下ろしたロープがかかっていた。 「あ、あわ、あわわわわ……」 混乱するA太。 ……背中を見せていた首吊り死体が、こっちを向き―― 「うぅぅらぁぁめぇぇしぃぃやぁぁぁぁっっ!!!!」 と、絶叫した。 「きゃあああああああっっ!!!?」 A太を筆頭に、逃げ出して行くクラスメイト達。 「な、長永く――」 「何やってるの、逃げるよっ!!」 「え、あ、ちょっとっ!!?」 B子も他の女子に引っ張られ、去って行った。 その場に残ったのは、私1人。 「で。何やってるんだ、てるてる」 「……え? その呼び名決定ですか?」 もう説明するまでもないと思うが――首吊り死体の正体は、我が家の幽霊である。 「お前、あの部屋から動けたのか」 地縛霊じゃなかったんだな。 「はい、こうすれば」 てるてるはどこからかカッターナイフを取り出し、ロープを切る。すとんと着地。 「……随分と簡単だな」 「そうですか? あ、ちなみにこのカッターはですね、よく覚えてないんですけど生前の私がリストカッ――」 「いいから! 生々しい説明はいいからッ!」 そんな話聞きたくない。 「いやー、それにしても見事な驚きっぷりでしたね。久々に充実した感じです」 「……それはよかったな。じゃ、帰るぞ」 「はい。長永さん、道案内お願いしますね」 「は? お前、道分かるんじゃないのか?」 「私は皆さんの後をこっそりと尾行して、いい木が見付かった所で吊っただけですから。道なんて分かりませんよ」 「……私も、A太の後に付いてただけなんだが……」 「え……?」 …………。 「えっと……こっちだった、か」 「私の記憶では逆ですけど……と言うかやっぱり、さっきの分かれ道で間違ってません?」 とりあえず必死に道を思い出しながら、帰ろうとする私とてるてる。 「ん? あそこに誰か――」 「アレは私の同類です。眼を合わせたり会話したりしちゃダメですよ。連れて行かれるかも知れませんから」 「…………」 うわぁ。 「……コレ、本格的にまずくないか?」 「遂に、長永さんが私の仲間になるんですね……」 「――もう諦めてるっ!!?」 くそ、生命は嫌いだが……かと言って、自分が無生物になるのは少し遠慮したいっ。 しかし、どうしようもない。万事休すかっ!? ――だが。 「お、見付けたのよー」 「――っっ!!!?」 聞き覚えのある、声がした。 「イヴ!? どうしてお前――」 「救助要請精神パルスを受信したので、助けに来たのよ。無事なのよ?」 ……よく分からんが、どうやら助かるらしい。 「さ、帰り道を案内するのよー」 ――翌日。 『あ、長永君! 無事だったんだねっ!!』 電話に出ると、向こうから大声。 「あ、ああ……」 『よかったぁ……あのまま遭難しちゃってたらどうしようかと……』 ところで―― 「あの、どちら様?」 『〜〜〜〜っっ!!!?』 ガシャンと、電話が切れる。 「……?」 よく分からんが……こうしていても仕方ないので、私も受話器を置く。 「会心の一撃なのよー」 「ちょっと、本当に卒塔婆は止めてください! 咒い殺しますよっ!!?」 奥の部屋ではイヴとてるてるが、微笑ましい遣り取りをしている。 「う、心臓が、心臓が痛いのよー!?」 「ははは、あんまり私を見縊ると――」 「嘘なのよ。私には心臓なんてないのよ」 「――ッッ!!!?」 「ちなみに、咒詛自動反射機能も付いてるのよ」 「……え? って痛、心臓が痛いっ!? 痛い痛い遺体っっ!!?」 「三八式でトドメなのよ。今度は銀弾だから効くのよー」 バカだ。 「……まぁ、いいか」 生命体は嫌いだが、あいつ等は生きてないし。 「お前達ー。奮発してクーラー動かすから窓閉めろー」 「おお、それはいいのよー」 「ちょ、長永さん、私はそれどころじゃ――って無視しないでくださいよぅ!!」 クーラーから、冷たい空気が出て来る。 やっぱり、肝試しなんぞで涼しくなれるはずもない。清涼感を生み出すのは文明の機器のみだ。 「ふぅ……」 私はごろんと寝転がり、人型無生物達の騒ぎを聞きながら――瞼を下ろした。
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