――昔の夢を見た。 何処かの誰かと、夜遅くまでキィホルダーを捜す夢だ。
「匠哉。少し、相談に乗って欲しいのだが」 学校の休み時間。 俺が大昔のゲームの攻略本を暇潰しに読んでいると、瀬利花がそんな事を言って来た。 「ふむ、今日は雪が降るか」 しまったな。傘もなければ、長靴もない。 天気予報などという現代科学の欺瞞に頼った結果が、このザマだ。以後気を付けよう。 「……貴様は余程、私の剣を喰らいたいらしいな?」 コメカミをヒクヒクさせながら、怒りを滲ませる瀬利花。 いや、だってなぁ? 「お前が俺に相談事だなんて、天変地異の前触れだとしか思えん」 「私だって、お前に相談などしたくない。ただ、お前以外に適任者がいないんだ」 「……まぁ、聞いてやらん事もない。しかしお前がプライドを爆破してまで俺に頼るだなんて、どんな大惨事が起ころうとしているんだ? ま、まさか火星人か!? 遂に火星人の侵略が始まったのかッ!!?」 それくらいしか、考えられない。 ……しかし瀬利花の口から放たれた言葉は、マーズアタックなんぞより余程大事だった。 「た、匠哉。わ、私とデートをするんだ」 「……へ? なーんだ、その程度の事か。ビビってた俺が馬鹿みたい――って、はァァああああっっ!!!?」 「……説明が足りなかったな」 「お前は俺の心臓を停止させる気か?」 「だから、説明が足りなかったんだと言っているッ!」 瀬利花は、若干赤い顔だ。 当然と言えば当然か。あの発言は、余りにも恥ずかしい。 ……ちなみに俺は心停止で血流が止まり掛けたので、青い顔をしていると思う。 「最近、ずっと視線を感じるんだ」 「理解した。背後霊だな」 「そんなモノが憑いていたら自力で祓う、お前に頼る必要など微塵もない」 「じゃあ何だ、他者視線恐怖症か?」 「もう少し真っ直ぐに解釈しろ! 付き纏われている、という事だッ!」 うがー、と吼える瀬利花。 ……って、付き纏われている? それはまさか―― 「ストーカー?」 「ああ、そう――」 「そんなはずないか、瀬利花だし。ハハッ」 「――破ァッッ!!!!」 遂に、木刀攻撃が来た。 薙ぎ払われ、教室の壁に激突する俺。 「……真面目に聞け」 「ま、真面目に聞いて、真面目に考えた末の結論だッ! お前をストーキングするような命知らずがいる訳ないだろッ!」 「ああ、私もそう思っていたんだがな……」 とりあえず、机に戻る。 瀬利花は――何と言うか、困惑した表情をしていた。 「……マジでストーカー?」 「多分な」 「多分って、どういう事だ?」 「いまいち、相手の正体が掴めん。こちらが探ろうとすると、するりと逃げてしまうんだ。それなりの使い手なのだろう」 「そりゃ、厄介なストーカーだな……」 まぁ、話は分かった。 で―― 「それが、さっきの核爆発言とどう繋がる?」 「ストーキングとは、歪んだ恋愛感情から来るものだろう?」 「一般的にはな。しっかし、お前に恋愛感情ねえ……そのストーカー、俺を笑い死にさせたいのか」 「……で、だ。私に恋人がいると思わせる事が出来れば、そいつは退くかも知れん」 「あー、成程。それで偽装デートという訳か」 基本的で古典的だなぁ。 ……しかし、その作戦には大きな問題がある。 「お前が言った通り、ストーキングは歪んだ恋愛感情から来る場合が多い。偽恋人に絶望したストーカーが、無謀な行動に出たらどうするつもりだ?」 「真っ向勝負なら大歓迎だ。叩きのめしてくれる」 「誰もお前の心配などしとらん。俺だ、俺に逆恨みで矛先が向いた場合の話だ」 「葬式には出席してやろう。香典も供えてやる」 「……金は生前に欲しいな。つーか、お前――」 「冗談だ。お前は、何があっても私が護り切る」 ……ふむ。 護り切る、ね。また恥ずかしい台詞を。 「しかしそれ、俺じゃないとダメなのか? 緋姫ちゃんを誘えばいいじゃないか」 「……わ、私もそうしたいさ。だが女子2人だと、デートとしての説得力がなかろう」 「あー……確かに、友達にしか見えないかも。じゃあ迅徒は? あいつ、元クラスメイトなんだよな?」 「私と迅徒は、宗派の関係で敵対している。デートなど不自然極まりない」 「泉は――」 「迅徒と同じ理由で却下だ。そして、それ以外の理由でも却下だ」 「だよな、愚問だった。真は?」 「演技とはいえ恋人になる男だ、出来れば人類の範疇に収まっている者がいい」 「ぬぬ……」 「……お前は、その、嫌なのか?」 何か、沈んでいる声で言われた。 嫌かどうか……ねぇ。うーん、正直良く分かんない。 「ま、仕方あるまいな。付き合ってやるさ」 「あ――か、感謝する」 「そうと決まれば、具体的に計画を練らないと――」 話し合いを始める、俺と瀬利花。 ……この時、俺は気付いていなかった。 教室の中の数人が、一連の会話に聞き耳を立てていた事を。 デートである。 D・A・T・E、デートである。 ちなみに、DATEにHを足すとDEATHになる。だから何だと言われると返答に困るが、とにかく世のカップルは気を付けるべし。 「……あと30分か」 週休2日制によって生み出された、土曜日という名の休日。 世の社会人とは違い、土曜休日を素直に休日として過ごせるのが学生の強みだ。 まぁ、土曜どころか日曜まで返上して部活に励んだりする者もいるが。アンチ・クライストなのだろうか? 「――何だ、早いな? 約束の時間まで、まだ30分もあるぞ?」 星丘公園の、噴水前――俺達が待ち合わせ場所と定めたそこに、瀬利花が現れた。 俺は噴水の縁に腰掛けたまま、彼女を出迎える。 「デートデート瀬利花とデート、ってな感じでマナに冷やかされてな。色んな意味で耐え難かったんで、逃げて来た。つーか、そういうお前も早いじゃないか」 「前鬼と後鬼が、冷やかすものでな……」 「……人外どもは、長生きし過ぎてるせいで暇なのかねぇ……?」 はぁ、と溜息をシンクロさせる俺達。 もう少し、他人に迷惑を掛けない暇潰しは出来ないのだろうか。 (にしても――) 瀬利花は、白いブラウスにジーパンという格好だ。夏が近付いて暑くなり始めているから、厚着になり過ぎないよう考えてたりするのだろうか。 ……しっかしシンプルだな。ま、地味な人間がシンプルな格好をするのは理に叶っているだろう。ケハハッ。 「何やら、不愉快な思念を感じるのだが」 「徹頭徹尾気のせいだ」 ……つーか、『護り切る』用の竹刀袋を背負っているので、白衣に袴の道着姿にも通じるものがある。 そーいう意味では、似合っているとも言えるのか。 「ま、とにかく行こう」 「……そうだな」 歩き出す、匠哉と瀬利花。 しかし彼等の後方には、2人を静かに尾行する怪しい者達の姿があった。 「まさかとは思っていましたが、ホントにデートしてますね……あ、あはははは」 「殺気を抑えなさい。いくら瀬利花が浮ついてても、さすがに気付かれるわ」 緋姫と要芽の、2人である。 既に沸点に達し掛けている緋姫とは違い、要芽はいつも通りの冷静沈着だ。もっとも、腹の内もそうだとは限らないが。 「……え? 浮ついてますか?」 「ええ、浮ついてるわね。浮ついているように見えない――それが、浮ついている証。必死に取り繕ってるのよ、瀬利花は」 「な、成程……」 要芽は、携帯電話を取り出した。 登録してある番号に、電話を掛ける。 「はい、もしもし――要芽ちゃん?」 『迦具夜、そっちはどう?』 「うん、お兄ちゃんと瀬利花さんはバッチリ視認出来てるよ」 眼下の2人を見下ろしながら、迦具夜は要芽に答えた。 彼女は、月に帰る際にも乗った『飛ぶ車』の中にいる。そこから、兄と瀬利花を観察しているのだ。 ……迦具夜の宝蔵は既に開かれ、数多の武器が今か今かと射出の時を待っている。 「準備はOK。いつでも射てる」 『重畳。あの2人が、少しでも妖しい雰囲気になったら――』 「天誅を下す、でしょ? 分かってるって」 『じゃあ、私と緋姫も地上から匠哉達を追うわ。平行して、ストーカー捜しもやらないとね』 「ストーカーをやっつければ、デートを中止させる大義名分も立つもんね」 『そういう事。空は任せたわよ』 「りょーかい」 迦具夜は、手元のレヴァーを操作。 飛ぶ車――迦具夜を乗せた銀色の円盤が、うぉんうぉんと2人を追跡する。 「……ん?」 誰かに見られているような気がして、俺は青空を見上げた。 ……上空には、鳥の群れしか見えない。 勘違いか。光学迷彩を施されたUFOが飛んでいるなら、話は別だが。 「ん? どうした、匠哉?」 「いや、大した事しゃない。青空が眼に沁みただけさ」 「お前は何を言っているんだ。それより……来る時も思ったが、これは何なんだ?」 瀬利花の眼前には、抉り取られた地面がある。 地面とは言っても、コンクリで舗装されているのだ。それが粉砕され、生の土が見えている。 「あー……それか。幽子の奴がな、そこにあったベンチごと爆砕したんだよ」 危うく、俺も一緒に粉々になる所だったし。 ったく、国民の公共物を破壊すんなっての。非常識な天皇だよなぁ。 「……陛下が?」 「そう、今上陛下が」 「またお前が、要らぬちょっかいを出したのだな」 「要らぬちょっかいとは心外だ。いや、マジでな? 結構ヤバかったんだぞ?」 ちなみに没収した『蟲鳴之書』は、とりあえず我が家に保管してある。 嗚呼……また月見家に、訳の分からん物が増えてしまった。 「……どうしてお前は、そこまで陛下に肩入れするんだ?」 瀬利花が、何だか面白くなさそうに言う。 何がそんなに不服なのだろう……ああ、他の女子の話してたら、デートっぽくないからか。 「……肩入れ、してるか? してるのかなぁ?」 まぁ、ただの偶然だ。 俺が幽子と出会ったのは、月見家に草薙剣があったからだ。しかし、うちにあの剣があるのは偶然に過ぎない。 だから、その後起こった事も全て偶然。俺が幽子に肩入れ(?)しているのも偶然だ。 とは言え、そんな理由を説明しても仕方ないので―― 「それは、男の子の秘密だ」 ニヤリと笑って、ウィンクしてみた。 (^_-)-☆ 「…………」 何故か、さらに不機嫌そうになる瀬利花。 ……適当に誤魔化したのが、良くなかったのだろうか? このままだと、デート開始数分で彼女に打ち殺された彼氏になりかねん。かくなる上は―― 「ほーら、行くぞー!」 「……え? あっ、おい!?」 俺は瀬利花の手を握って、彼女を引っ張って行った。 「……おー、おー。手なんか繋いじゃってますよ、先輩と霧神さん」 「そうね。殺してやりたいわ」 笑顔で言う緋姫と、無表情で答える要芽。 瀬利花は顔を真っ赤にして抵抗しているが、それがまた追跡者達の不快指数を引き上げている。 「……しかしあの2人、とても高校生のデートには見えませんね」 「まぁ、確かにね」 「霧神さんは背が高いですし、先輩は雰囲気が老成してますし。1人ずつならともかく、2人並ぶとさすがに学生離れしてます」 「そんな事より、相手の気配は掴めた?」 ズレ始めた会話の軌道を、修正する要芽。 緋姫はそれに逆らう事もなく、問いに返答した。 「相手って、例のストーカーですか? うーん、確かに私達以外の誰かが、霧神さん達を見ている感じはするんですが……気断が上手くて、良く分かりません」 「使えない小娘ね」 「……そう言う古宮さんは、どうなんです?」 「愚問だわ。瀬利花や貴方ですら捉え切れない気配を、私が感じ取れる訳ないじゃない」 「…………」 はぁ、と緋姫は息をつく。 その後、ふと思い付いて要芽に問うた。 「……そう言えば、パックさんはどうしました?」 「ミスターPの出番がどうとか言って五月蝿かったから、しばらく昏睡って貰う事にしたわ」 「……男女のデートの場としては、どうかと思うがな」 俺と瀬利花の眼前には、ゲーセン――即ちゲームセンターが聳え立っている。 「確かに、色気のない話だ。だが俺とお前の場合、色気があっても困る」 「まぁ、それもそうなのだが」 「それに、こんな面白エピソードもあるのだ。俺が、真や泉と熾烈な対戦を繰り広げている時――ふと見ると、そこにはUFOキャッチャー相手に苦戦している誰かさんの姿が」 「――さぁ匠哉、早く行こうじゃないかッッ!!!!」 「どうやらその誰かさんは猫天使ニャムエルの人形が欲しいらしいのだが、なかなか取れず機械に次々と投資を――」 「淡々と解説を続けるなッ!!! ほら、行くぞッッ!!!!」 今度は瀬利花が、俺を引っ張って行く。 入店。いかにもゲームセンターらしい、雑多な音が耳に飛び込んで来る。 「しかし匠哉、どうやって遊ぶ気だ?」 「デートというからには、2人で遊べるのが望ましいよな……んお?」 俺の眼に留まったのは、格闘ゲームの台。 そいつは、2対2の対戦が売りのゲームである。2人で遊ぶには丁度良い。 余談だが、パートナーをCPUにすれば1人でもプレイ可能だ。友達がいない人も安心である。 とは言え、特に珍しい訳でもない。俺の眼に留まった、最大の理由は―― 「……何をやっとるんだ、あいつ等は」 現在そのゲームをプレイしている、ふたり組だった。 ひとりは、ちっこいメイド。そしてもう1人は、感情表現が乏しいメイド。 ……どこからどう見ても、茨木とクラウディアであった。 つーか、エプロンドレス着てるって事は勤務中じゃないのか……? 「ふふはあはは、無敵ィッ!! ですぅッ!!!」 「……今の私は、神……ッッ!!!!」 何か、テンション上がり過ぎておかしな事言ってる。 「お、おい匠哉。あのメイド服――」 「言うな。言葉にしなければ、まだ救いがある」 困惑している瀬利花の口を封じ、そのふたり組を観察する俺。 ……ふーむ。 「瀬利花。お前、格ゲーは?」 「……まぁ、たまには」 「ニャムエルが獲れなかった腹癒せに闘るのか。まぁ、出来るのならそれで良し。あのふたりのプレイに乱入してやろうZEッ!!!」 「何でそんなに楽しそうなんだ? それはいいが……お前、財布にいくら入ってる?」 「157円。スゲェだろ?」 何故か、はぁぁぁ……と深い溜息を吐く瀬利花。 頭をかきながら、呆れた眼で俺を見る。 「……ここは、私の奢りになりそうだな。いやはや、ゲームセンターで『奢り』などという言葉を使う事になるとは」 「俺がここに来る時は、大抵は真か泉の奢りだが」 そんな事を言い合いつつ、メイドコンビの反対側に座る。 瀬利花が、100円玉を投入。キャラ選択画面に切り替わった。 「お……? また、身の程知らずどもが挑んで来たみたいですねえ」 「……私達と闘おうとは、愚かにも限度がある」 悪かったな、身の程知らずの愚か者で。 俺達が勝ったら、お前等のサボタージュを麗衣に密告してやろう。今夜は寝かせて貰えなくなるぞー。 「――……」 俺の持ちキャラは、スピード重視のキャラクター。速さで攪乱し、チャンスを探るのだ。 その戦法で、俺は泉に何度も勝利している。真との戦歴は訊くな。 ……瀬利花も、キャラを選んだ。剣術家の女性キャラである。 キャラ選びに迷いがなかった事からすると、やり慣れているらしい。頼もしい事だ。 フィールドに、4人のキャラが出揃う。カウントダウンが始まる。 「――決闘ッッ!!!!」 ゼロと同時に、一斉に掛け声。ノリの良い方々である。 茨木操る怪力メイドと、クラウディアが駆る二挺拳銃使いが、一斉に襲い掛かって来た。 ……果敢に立ち向かう、瀬利花。俺は、コソコソと逃げ回るのであった。 「さすがのストーカーも、店内まで追っ掛けて来る気はないみたいですね」 パンチングマシンに拳を叩き込みながら、緋姫が呟く。 ……ハイスコアが、更新された。 「と言うか貴方、その細身でどうやってそんなパンチを……」 「打撃とは、何も筋力だけで放つものじゃありませんよ? 私に闘い方を教えてくれた人は、昔インドでカラリパヤットの達人から、様々な身体操法を授けられたと言っていました」 「そう言えば、相手の末魔を断つ技とかあったわね」 「武装風紀委員の指導に来るSASの教官も、色々な打法を教えてくれますし」 「ふぅん……閑話休題、私の番か」 要芽の拳が打ち出される。 パッドが猛然と倒れ、再びハイスコアが塗り替えられた。 「……な、何かズルをしてません?」 「してないわよ。『魔力を使ってはいけません』なんて注意書きはないもの」 「…………」 一通りの攻防が終わったところで、2人は本来の目的に戻る。 少し離れた場所では、相変わらず匠哉達の対戦が続いていた。 ……緋姫は、メイド服のコンビをじーっと観察する。 「やっぱりあの人、昔一緒に戦った人のような気が……」 「――? 茨木童子でしょう? ユズリハ旅館で、一緒に戦った」 「いえ、そうではなくて……やっぱり、他人の空似ですかねえ? クラウディアさんは、メイド服とか着る性格じゃなかったはずですし」 年月が経てば人は変わるものだが、緋姫はそこまで気が回らない。 そもそも、好きで着ている訳でもない。渡辺家の制服というだけの話である。 「ほら緋姫、貴方の番よ」 「あー、はいはい。古宮さんが魔力を使うなら、私も本気を出しちゃいますよ?」 「く……ッッ!!!?」 茨木とクラウディアの猛烈な攻めの前に、ついに瀬利花のライフが尽きた。 悲鳴を上げて吹っ飛び、バタリと倒れる。 「チッ、もうやられやがったか」 「――ずっと逃げてた奴に言われたくないわァッッ!!!!」 天衝く程に、咆哮する瀬利花。 ……あんまり大声を出すな。対岸のメイド達に気付かれるじゃまいか。 幸いにもテンション爆高のふたりは瀬利花の声を意識に入れず、勝利を得んと俺に狙いを定める。 「ふふは、まずは1匹ですぅッッ!!!!」 「……5秒やる。今の内に、辞世の言葉を考えておけ……!」 猛然と攻め込んで来る、メイド達のキャラクター。 ……いや、5秒くれよ。まぁいいけど。 「ほいほい、っと」 ふたりの攻撃を、ひらりと躱す。 我がキャラは防御力が最低レヴェルなので、ガードに頼ると死ぬ。よって、避けてしまうのが1番だ。 「なっ、避けたぁッ!!?」 驚愕する茨木。 お前等、闘い方のテンポが実戦と同じなんだよ。瀬利花が闘ってる間にじっくり分析したし、最早見切ったと言う他ない。 後は、時間との勝負だ。こちらは瀬利花がKOされているので、最低でも1人は倒さないと判定で敗ける。 よって―― 「……く……ッ!!?」 クラウディアのキャラを、集中攻撃。 茨木の方は、プレイヤーと同じく頑丈だ。時間内でKOするのは無理と判断。 攻撃を避けつつ、防御力と共に最低クラスの攻撃力でチマチマと削ってゆく。 二挺拳銃の弾幕が俺に襲い掛かるが、ゲームの銃撃なんて実際の銃撃と比べれば単純なもんである。 ただ、このゲームにもリアルな点があり―― 「……しまったッ!!?」 焦るクラウディア。 フハハハハ、相変わらずの油断娘め。銃の類は弾切れするのを忘れていたか。 俺はその隙に、一気に間合いを詰め―― 「ほい、終了」 怒涛の如く、コンボを繋ぐ。 最後に、ゲージを全部使った必殺技を叩き込んで――見事ノックアウト。 「……茨木、ごめん……!」 「大丈夫ですぅ、後は私に任せてください――!」 猛る茨木。 ずっと攻撃を避け続けていた俺のライフは、当然満タン。しかし、茨木の方も満タンだ。 あのキャラは、時間経過によってライフが回復する。まったく、非道い話である。 ……タイムアップまで、残すは数秒。互いに、ライフは満タン。 故に、次の攻防――ダメージを受けた方が、対戦終了と同時に判定で敗北する……! 「うりゃあああああッッ!!!!」 「――来い……ッ!」 交錯する。 時間が尽き、操作を受け付けなくなった。 勝負の、結果は―― 「――当然の勝利だな。速度を上げて出直して来い」 俺達の、勝利だった。 対岸で、悲鳴が上がる。さて、と。 「やぁ茨木、残念だったなぁ?」 「……え? あ、つ、月見さんっ!!?」 俺が反対側に回ってニヤニヤしながら話し掛けると、茨木が大口開けて驚く。 しかしクラウディアは、大きな反応をせずに俺を見ている。 「何だクラウディア、気付いてたのか?」 「……あれ程のスピードをコントロールするのは、普段から速さに慣れていないと不可能。そんなスピード・センスを持つ人間なんて、そういるものじゃない」 ちぇっ、詰まんない奴。驚いた顔が見たかったのに。 ……で。現在驚きっ放しの茨木は、アタフタしながら俺に語り掛けてくる。 「つ、月見さん……これはその、違うんですよぉ? 私達はサボってる訳じゃ――」 「別に訊いてないんだが。まぁいい、せっかくだし訊いてやろう。サボりじゃないなら、何なんだ?」 「そ、それは、ですね……!」 オロオロする、茨木。 やべー。蝶楽しいぞ、これ。 「……茨木。どんな言い訳をしても、真性サディストの匠哉を喜ばせるだけ」 クラウディア、とんでもない事を言うな。 しかし茨木は、その根も葉もない話に肯定の言葉を返した。 「うう、そうですねぇ……月見さんは、こう見えて御嬢様にも匹敵するドSですから」 「そいつはどうも。じゃあ約束通り、勝負に勝った俺はお前等のサボりをドSの麗衣に報告する」 「そんな約束した覚えありませんけどっ!!? ちょ、止めてくださいよぉっ!!!」 「さーて、どうしようかなナー?」 涙目の茨木で、遊ぶ俺。 すると―― 「……なら、どうしたら見逃してくれる?」 クラウディアが、背中から俺に抱き付いた。 ぬぅ、気配なく俺の背後を取るとはなかなかの手練――じゃなくて、何事なのッッ!!!? 「お、おい……?」 「……今だけ、私は貴方のメイドになる。何でも命令して、御主人様」 俺の耳元で、クラウディアが囁く。 何度でも言うが、これは何事なのだッ!!? 「じゃ、じゃあ私にも……命令してください、御主人様」 今度は、正面から茨木に抱き付かれた。見下ろせば、赤い頬と潤んだ瞳。 あ、あわわわわ……騙されるな月見匠哉、これは孔明党の罠だッ!! 「……ねえ、匠哉。何処か、人目のない所に行く?」 「で、でも月見さんが望むなら、衆人環視の中でも――」 と、その時だった。 あれだけしっかりと抱き留めていた俺を手放し、上方に跳躍するメイドふたり。 疑問に感じる間もなく――俺は横から衝撃を受け、吹っ飛ばされてしまった。 「……チッ、羽虫どもめ。巧く避けたな」 憎々しげな声が聞こえる。 メイド達は、それぞれ近くのゲーム機の上に着地した。 ふたりの視線の先には――木刀を肩に負った瀬利花が、至極不愉快そうな顔で佇んでいる。 「……誰?」 「メイド長、彼女は霧神瀬利花さんですぅ」 「……霧神、瀬利花。じゃああれが、噂に聞く信濃霧神の長女か」 スカートを翻し、レッグホルスターから愛銃を抜き放つクラウディア。 同時に――まるで手品のように茨木の掌にメリケンサックが現れ、これまた手品のように拳に装着される。 ――って、何考えてんのッッ!!!? こんな所でお前等がバトったら――死人が、死人が出るぅぅッッ!!!! 「誰かと問うたな、緋姫の腰巾着」 瀬利花が口を開く。 その問いには茨木が答えたが、己に対する問いは己が答えなければ気が済まないのだろう。 「――私は霧神瀬利花。そこに転がっている男の、デート相手だ」 空気が凍っている。 例え龍虎でも、この殺意渦巻く修羅場の中では身動きすら出来ないだろう。 ゲーセン内の人々は、恐怖で息を詰まらせている。電子音だけが、ただ虚しく鳴り続けていた。 ……と言うか、何だこのキリングフィールド? 「デート、相手……?」 茨木が呟く。 彼女の視線はさらに鋭さを増し、射殺さんばかりに睨んでいるが――当の瀬利花は最早言う事はないとばかりに、ただ泰然と沈黙している。 「……月見さん、本当ですかぁ?」 「ひぃっ!!? あ、はい……本当です」 まぁ、デートをしているのは間違いない。 ただ普通のカップルと違うのは、俺達が恋人同士でも何でもないという事だが。 「そうですか――」 ……何か茨木の声が、聞いた事ないくらい冷え込んでいる。 凄くヤバい予感がしたので、さり気なくこの場から離脱。見ているだけ、というのもアレなので――近くの筐体に、財布から取り出した100円玉を食わせてやった。 「残念ですぅ、霧神さん。恩義ある貴方を、ここで挽肉にしなければならないとは……ッ!」 茨木が、瀬利花に跳び掛からんとした――その瞬間。 「……え?」 茨木のコメカミに、銃口が突き付けられた。 ……それは、鬼の能力でも対処出来ないタイミングだったらしい。 銃爪が絞られる。茨木の頭に弾丸が激突し、彼女の小さな身体が床に叩き付けられた。 茨木を、撃ち倒したクラウディア――しかし彼女は茨木など眼中になく、ただただ瀬利花を見詰め続けている。 「仲間を撃つとは、穏やかじゃないな」 「……ただのゴム弾。茨木なら、100発喰らったって死にはしない」 そう言いつつ、クラウディアはマガジンストップを押した。 マガジンが、ペリカーノから脱落する。彼女は別のマガジンを取り出し、銃に差し込んだ。 恐らく、中身はゴム弾ではあるまい。 「……それより、今何と言った?」 銃口が、瀬利花を捉えた。 指は銃爪に掛かっており、すぐにでも引き絞ろうとしているかのようだ。 「おや、気に入らなかったか? 緋姫の腰巾着よ」 「……私は――」 クラウディアの声に、熱が込められる。 そして――彼女は魂の叫びを、瀬利花に投げ付けた。 「……私が好きだったのはクラウンであって、間違ってもあのチンチクリンじゃない……ッ!」 うわぁ、言っちゃった。 ……何やらパンチングマシンが粉々になったかのような轟音が聞こえたが、まぁこっちには関係ない。つーか、この状況でゲームをしている猛者が俺以外にもいたのか。 「馬鹿め、チンチクリンなのがいいんだろうが……ッ!!!」 瀬利花、お前もお前で相当ダメな人だな。 その台詞、本人に聞かれたら大惨事だぞ。ま、緋姫ちゃんがこんな所にいる訳ないけど。 「……黙れ、この変態が!」 瀬利花に的確な評価を下し、クラウディアが襲い掛かる。 否――襲い掛かろうと、した。 「ハァ……ッ!!」 「……なッ!?」 倒れていた茨木がクラウディアの足を蹴り、彼女を転倒させる。 茨木はその隙に起き上がり、クラウディアへと跳び掛かった。 「よくも、よくもやってくれましたねぇッ!!!」 「……チィッ! 邪魔をするな、この駄メイドめ……ッ!!!」 何か、仲間割れを始めてらっしゃる。 いや……あのふたりは同じ屋敷で働いてるってだけで、仲間もクソもないのか。 殺伐とした職場だなぁ、渡辺家。一員である俺が言うのも変だが。 「――喧嘩なら、外でやれ」 瀬利花が動く。 放たれた矢のように駆け、メイド達を剣の間合いに捉える。 仲間割れに夢中だったふたりは、絶望的に対処が遅れ―― 「信濃霧神流秘伝――」 「メ、『メイド長バリアー』ですぅッ!!」 「……何の、『茨木バリアー』ッ!」 「第五十一番――『地獄巡礼』ッッ!!!!」 木刀の八閃が直撃。 ふたりは仲良く自動ドアを突き破って、外へ飛んで行った。 「おう、終わったか」 「ああ。あの程度の輩、私に掛かれば――って、た、匠哉? それは……」 奴は俺の手にある物を見て、驚愕と共に動揺する。 ……手にあるというより、両腕で抱えているのだが。 「ぬっふっふっ……お前等が争っている間にUFOキャッチャーで取って来た、等身大ニャムエル人形だッ!」 ずどーんっ!(効果音) 「どうだ、凄いだろ!」 「UFOキャッチャーに入るサイズではなかろう!?」 「さすがに取り出し口は大きく改造されてたな。でもクレーンは普通のサイズでなぁ、いやはや苦労した」 「……お前、157円しか持ってなかったはずじゃ?」 「100玉1つで1回、2つで3回チャレンジ出来る。人形1つ取るだけなら、100円あれば事足りる」 「い、1発で取ったというのか……っ!?」 がーん、とショックを受ける瀬利花。 奴は100円をいくつ投入しても、ノーマルのニャムエルすら取れなかったのだ。きっと、今の俺には畏怖すら感じているはず。フフン。 「ハッハッハッ! 俺はきっと、UFOキャッチャーの神に愛されているに違いないッ!」 「……もっと、役に立つ神に愛された方が良かったんじゃないのか?」 「言うなよ……目から水道水が零れるじゃないか」 ちょっと上がってきたテンションが、一気に下がった。 「けっ。そんな事言うと、プレゼントせんぞ?」 「……は? なっ、くれる、のか……?」 「当たり前だ。こんなもん、俺が持っててどうするのだ」 ほらよ、と差し出す。 瀬利花は、少し迷ったり躊躇ったりした後――ゆっくりと、ニャムエルを受け取った。 「あ、ありがとう……」 「ふふ、未来永劫感謝するがいい」 店員さんに、ニャムエルを梱包して貰う。 そして、俺達はゲーセンを後にした。色々お騒がせして本当に御免なさい。 「で、だ。瀬利花、これから何する?」 「え? あ、ああ……計画を練ろうとした時も、何にも決まらなかったしな。どうするか……」 「まぁ何をするにしても、このニャムエルを抱えたままというのはな……駅のコインロッカーにでも預けとくか?」 「……いや、駅に行くくらいなら私の家に寄れば解決する。散歩気分で歩いていこう」 「ほいよ、了解」 俺はニャムエルを持ち、瀬利花の後に続く。荷物運びは男の仕事である。 だが―― 「お、ぉぉおおお……!?」 「……匠哉、疲れたのなら休むか?」 「あ、ああそうだな。俺は別に疲れてなどいないが、お前が休みたいというのならその提案を受け入れるのも必然と言うか運命と言うか……!」 「…………」 ニャムエルが重い訳ではないのだが、何分大きい。 するとどうしても支え切れず、重力によってするすると下がって行こうとする。それを何度も持ち直したりしていると、腕がピリピリしてくる。 「……じゃあ、少し休むとしよう。来い、匠哉」 俺達は、星丘公園に入った。 瀬利花、俺、ニャムエル入りの箱――並んで、ベンチに座る。 ……来た道を戻ってるなぁ。別にいいけど。 「まったく、疲れたのならそう言えば良かろうに」 「いやいや、俺は疲れてなどいませんよ?」 「その無意味な意地は一体何なのだ? 叩き起こされた人間が、必ず『寝てない』と主張するのと似たようなものか?」 どういう例えだよ。 ……っと、そうだ。星丘公園にいるんだし、ちょうど良いか。 「おい、瀬利花。ニャムエル以外にも、渡す物があるんだ。手を出しなさい」 「ん? 何だ?」 「ほいよ」 俺は差し出された手に、ポケットから取り出した物を乗せた。 それは、キィホルダー。飾りは可愛らしい2頭身の猫――けれども所々補修されており、完全とは言えないのも確かだ。 ……まぁ要するに、単なる小物である。金銭的な価値は、等身大ニャムエルとは比べ物にもならないだろう。 「え……?」 掌に落とされた物を見て、瀬利花が呟く。 驚駭、困惑、呆然――様々なものが、彼女の顔に表れては消えていった。 「……何で、だ?」 「んあ?」 「これは……何処かの誰かの、落とし物だろう?」 瀬利花が言う。 髪の毛で、表情は窺い知れない。声色は、意図的に感情を抑えているように思える。 「……どうして、私に渡すんだ?」 「それは――」 ……かつて俺は、何処かの誰かと約束した。 キィホルダーを見付けて、いつか必ず届けてやると。 「……あー、言葉にすると安っぽいから言いたくない」 「――……」 「まったく、無粋者め。旧家の令嬢なんだから、もう少し――」 俺が言い続けようとした、その時。 いつの間にか、瀬利花の顔が眼前にあった。 「せ、瀬利花?」 「匠哉――……」 ……俺と彼女の唇が、引き合うように近付いてゆく。
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