深夜、日本某所。 新興宗教団体――『金狐会』本部。 数人の男女が、音もなく建物を包囲する。 身に纏うは、古風な狩衣。だがその手には、突撃銃――89式小銃があった。 皇居陰陽寮。衣装と装備のちぐはぐさは、彼等の不気味さをより一層浮き彫りにしている。 陰陽師というからには咒殺が専門だが、しかし咒殺より射殺の方が圧倒的に早い。陰陽頭のような、手練でもない限りは。 「我々甲組は、正面から突入する」 「乙組は裏口に回ります」 彼等を指揮しているのは、明雅と壱丸。 2人に従い、隊が二手に分かれた。 「――参る!」 正面と裏門を、同時に破る。 集会場は2階。この建物の構造を下調べしていた彼等は、迷いなく階段へと向かう。 明雅率いる甲組が、階段を確認した時。 「何だぁ……ッ!?」 信徒の1人であろう――階段から降りて来た男が、彼等の姿を見付けた。 89式が火を噴く。3点バースト射撃により、男の胸には赤い穴が3つ開き――悲鳴を上げる猶予さえなく、絶命して階段から転がり落ちた。 甲組は器用に死体を避け、流れるように階段を駆け上って行く。 そして、集会場の扉の前に辿り着いた。89式のセレクターを、3(3点バースト)からレ(連射)に切り替える。 「3つ数えた後、一斉に突入する。ひい、ふう、みい――往くぞッ!!」 荒々しく、扉を開く。 中では、動揺が広がっていた。先の銃声が聞こえていたのだろう。 しかし関係はない。甲組はフルオート射撃で、集まっていた信徒達を薙ぎ倒してゆく。 「ひ……ひぃッ!!?」 初撃から逃れた信徒は、訳も分からぬままもう一方の出入口から逃げようとする。 ……が、そちらからは乙組が突入。 逃げようと群れていた信徒達を、我先にと撃ち倒す。 ……作戦開始から、僅か数分。金狐会本部は、血肉の海と化していた。 「い、いいい、一体、何なのよ……っ!!?」 部屋の隅で、涙を流しながら怯える少女。 壱丸はその顔面に9mmけん銃を突き付け、引き金を引いた。 「な……何なのだ貴様等、我等が一体何をしたというのだ……ッ!!?」 足を撃たれ、床を這う僧形の教祖が――襲撃者達を睨む。 彼は今にも途切れそうな息で、明雅へと声を飛ばす。 「白々しいな。荼枳尼天法を修し、国家転覆を企んだその罪……余りにも重い」 明雅は、集会場の壇上を見上げる。 そこには、仏教の鬼神――荼枳尼天の像があった。 「ぐ……我等は、貴様等と同じ人間なんだぞッ!! よくもこんな惨い事を――」 そこから先の言葉は、続かなかった。 明雅の腕の一振りで――八握剣の刃が、教祖の首を断ち切ったのだ。 「私達とお前達が、同じ人間? 笑わせる……国賊は人間ではない」 血を拭き取り、剣を鞘に納める明雅。 と、その時。 「……何だ?」 荼枳尼天像に、ヒビが入った。 それは、何かの孵化にも似て―― 「――明雅殿、伏せてくださいッッ!!!!」 それを事前に察知したのは、壱丸のみ。 頭を下げる、明雅と壱丸。その頭上を、神像から現れた――生まれ落ちた何物かが、通過してゆく。 身体を起こす。 ……伏せた2人以外は、1人残らず上半身を持って行かれていた。 「な……!?」 2人の前には、金の体毛を持つ巨大な狐がいた。 9本の尾が威圧する。神像より出でたその魔物は、瞳に激烈な殺意を宿して人間と人形を睥睨する。 ……尾が、雷気を纏う。 絶縁破壊を起こし、空気を裂いて雷撃が飛来。 「ああぁぁぁあああああッッ!!!?」 それの直撃を受け、絶叫する明雅と壱丸。 2人を沈黙させると――黄金の巨狐は天井を破り、夜空へと躍り出た。 「壱丸……生きているか……?」 「……はい、何とか」 身を起こす、明雅と壱丸。天井を見上げる。 だが――既に、あの狐の姿はなかった。
皆様こんにちは、月見マナです。 私は1人、御屋敷の長い廊下を歩いていました。御客様を御迎えするためです。 「……月見、どうしたの?」 前方から向かって来た方は、私と同じくメイドを勤めている――クラウディア・笹河さん。 しかし、ただのメイドではありません。この御屋敷のメイド長であり、渡辺家武装メイド部隊の隊長を務める方なのです。 彼女がメイド長となったのは、つい最近の事。エルノとの戦闘で先代の長が殉職なさったので、新たなメイド長として選抜されたのです。 「御嬢様が、御客様を御迎えするようにと」 「……そう」 口数少なく、メイド長は去って行かれました。 歩き方1つ見ても、とても綺麗な方です。綺麗というのは文字通り美しいというだけではなく、無駄が削ぎ落とされている、という事でもあります。 真似をしてみようかと思い――数歩で諦めつつ、私は玄関へと向かいます。 門を開くと、ちょうど御到着されたようでした。ナイスタイミングですね、私。 「ようこそ、御待ちしておりました」 深々と、頭を下げます。 御客様は、2人。IEOの、飛娘様とレイン様です。 「月見、久し振りアルね……くっ、くくく……」 飛娘様は、笑いを堪えている御様子。 どうしたのでしょう? 何か、私におかしな事でもあるのでしょうか? 「…………」 レイン様は、ピッと元気よく手を上げて挨拶を返してくださいます。 ……どこぞの失礼な僵尸とは違い、人の姿を笑ったりはしません。何て素晴らしい方なのでしょう。 「どうぞ、こちらへ」 御2人を、御屋敷の中へと御通しします。 そして、御嬢様の部屋へと。 「御嬢様、御客様を御連れしました」 「御苦労ですわ、月見さん。御通ししなさい」 「はい」 扉を開きます。 飛娘さんとレインさんが入室しました。私は、御茶の用意をしなければ。 ……少しの後。 御盆で御茶を運んで来た私は、扉をノック。御嬢様の許しを得、部屋に入ります。 「失礼します」 テーブルを挟んでソファに座っているのは、御嬢様と御2人。 御嬢様の背には、清水さんと茨木さんが控えています。 「どうぞ」 私はにこやかに微笑みながら、テーブルの皆様方に御茶を御配りしました。 ……飛娘様は、既に爆発寸前のよう。 そして―― 「ぷ……くくっ、ぶわぁーはっはっはっ!!!! メイドアル、本物のメイドと化してるアルよーッ!!!!」 大笑いされる、飛娘様。 このアマ……この方は、一体何がそんなに可笑しいのでしょう? 「ふぅ……麗衣、私はもう限界アルよ。そろそろ勘弁して欲しいアル……くく、っく……」 「……御客様の御要望です。月見さん、いつもの口調に戻してもいいですわ」 そうですか……そうか。 なら、遠慮なく。 「オボンストラ――ッシュ!!!!」 「――おおぅっ!?」 私改め俺は、持っていた御盆で飛娘に斬り掛かる。 が、さすがは飛娘。躱された。 「いきなり何をするアルか!?」 「黙れ、人を散々笑いやがって。1発2発殴らせろ」 「――こ、この不良メイド! 麗衣、何とかするアルよーっ!!」 「いや、悪いのは貴方ですし」 「がーん!?」 麗衣に見捨てられた飛娘。いい気味だ。 ペチペチと、御盆の底で飛娘の頭――つーか帽子を叩く。 『今日は、花音がいない』 レインがスケブにそんな事を書き、俺達に見せた。 ああ……あいつか。 「花音なら、先日出奔しましたわ」 そう、花音はもう渡辺家にはいない。 サンフォールが壊滅した今、渡辺家にいる必要はないしな。前に会った時も、そんな事言ってた。 「――……」 その言を聞き、表情が引き締まる飛娘とレイン。 ……? もしかして、今日の用件はあいつに関係する事なのか? 「匠哉。最近、幽子という怪人が現れなかったアルか?」 「……飛娘。この国の天子を、怪人とか言わないで欲しいですわ」 麗衣が、苦い顔をする。 でも、怪人だよな。幽子だけではなく、その一派も。 「おお、会ったぞ。幽子とは2回、その臣下とも何回か会ってる」 「うぅむ、やっぱりそうあるか……こりゃ、本格的に動き出したアルね」 「本格的に、動き出した?」 何か不穏な言葉だ。 どういう事かと、飛娘に視線で尋ねる。 「この国で、国津神が叛乱を企んでいるアル。天津神の末裔である幽子は、当然迎え撃つつもりアルね」 「……そう言えば壱丸も、国津神の謀叛がどうとかって言ってたな」 この国の神話には、大きく分けて2種類の神が存在する。 それが、天津神と国津神。国津神は元からこの国に棲んでた神々で、天津神は天から降りて来た神々だ。 天津神は地を侵略し、国津神からこの中津国を奪い取った。それが、葦原中津国平定である。 「伏見に、妖狐が続々と集結してるアル。連中、本気でこの国を獲り返すつもりアルね」 ……妖狐族? つー事は、敵は狐の神なのか。 「やれやれ……厄介ですわね」 額を押さえる麗衣。 そうなると―― 「なぁ麗衣。もしその、叛乱軍との戦いが始まったら、やっぱり渡辺家は幽子達の側に付くのか?」 「無論ですわ。勅令が下りれば、すぐに馳せ参じます」 うぅむ、やっぱりそうなのか。 渡辺家は武士の家。この時代でも、天皇の命令は絶対なのだ。 『最近聞いた話では、あのテロリズム・クラブが叛乱軍に参加したらしい』 スケブに、そんな文が書かれる。 ……テロクラ、だと? 「そりゃ、どうしてまた?」 『分からない。でも晴良の事だから、ただ単に闘争と殺戮を求めているだけなのかも知れない』 「…………」 随分と迷惑な話だな。 しっかし、テロクラかー。 「麗衣。幽子達を裏切って、叛乱軍に付いた方がよくねえ?」 「な、何を言いますのッ!?」 「話を聞く限りだと、叛乱軍を構成しているのは主に妖狐族。なら、敵に極東七天狐がいる可能性もある。それに、テロクラだ。正直――あの春獄晴良を向こうに回して、幽子達に勝ち目があるとは思えない」 それくらい、先日の恐怖体験は俺の脳裏に焼き付いている。 ……あの男とは、絶対に闘ってはならないのだ。 「それに、花音もあっちに行ったんだろ? 戦力差は大きいぞ」 花音が消えたのは、そういう事だろう。 あいつは、国津神系の神社の巫女。叛乱軍に加わるのは道理だ。 「ふん。花音の1人や2人、大した相手ではありませんわ。今度こそ、我が髭切で斬り捨ててみせます」 ……そういや、決着付いてなかったんだっけ、麗衣と花音。 あー、何か渡辺家が叛乱軍と敵対するのは不可避っぽい。どうにか、俺だけでもこの騒動から逃げられないものか。 無理か。俺の家、草薙があるし。あれがある限り、面倒は追い駆けて来るだろうな。 「それと麗衣、今日押し掛けた理由アルが」 「何です?」 「どうやらこの渡辺家――と言うより源家と頼光四天王家が、叛乱軍に狙われてるらしいんアルよ」 「…………」 なるほど。予め、敵対しそうな勢力を潰しとこうって訳か。 でもな、飛娘。 「……そういう事は、もう少し早く言いなさい」 玄関から、爆発音がした。門が破られたのだろう。 そして、銃声。下階からは、悲鳴と怒号が聞こえて来る。 「……おお、さすがに早いアルねー」 「清水、茨木。迎え撃ちますわよ」 「はい、御嬢様」 「了解ですぅ」 御嬢様は髭切を手に取り、清水さんと茨木を連れて出て行こうとする。 が、突然足を止めた。 「飛娘、レイン。貴方達はどうしますの?」 「んー。立場的に、あんまり派手に動きたくはないアルが……ま、仕方ないアルね。助力するアルよ」 袖から、双龍剣を抜く飛娘。レインも、グロック26を取り出す。 「ふふ、頼もしい限りですわ。さ、往きますわよ」 「あの、麗衣。俺はどうしましょ?」 今の俺は変身出来ない。変身出来なければ、草薙や天羽々斬を喚ぶ事も出来ない。 つまり、完璧に役立たずなのであった。 「この部屋に、残す訳にもいきませんわね……月見さん、貴方はとりあえず付いて来てください」 「分かった」 全員で、部屋から出る。 廊下には―― 「……?」 何故か、霧が発生していた。 そんなに濃くはないが……それでも、邪魔だ。 「……進みましょう」 麗衣に従い、走る俺達。 1番近い銃声に向かって、駆ける。 しばらく走ると―― 「……御嬢様」 バリケードを組んで敵と銃撃戦をしている、メイド長と2人の武装メイドの姿があった。 彼女等はファマス突撃銃を、霧の向こうの敵影に射撃している。 「状況は?」 「……小隊の突入を受けました。星丘高校の制服に、得物はカラシニコフ。テロリズム・クラブで間違いないでしょう」 「やっぱり、そうですか……」 「……始めは、部隊の全員で行動していたのですが。この霧に何らかの咒術的効果でもあるのか、いつの間にやら私達だけです」 言われて、気付いた。 全員で行動していたのに――俺と麗衣しか、いない。 「くっ、敵もやりますわね。向こうの相手を掃討するまで、どれくらい掛かりますか?」 「……5分もあれば。あの程度の相手、3人いれば十分です」 あちら側から、悲鳴に似た呻き声が聞こえた。 どうやら、誰か被弾したらしい。5分で掃討というのも、大袈裟ではなさそうだ。 と――その時までは、思っていた。 「……ッッ!!!?」 俺と麗衣、そしてメイド長は、それを感じたのだろう。 霧の向こう――敵の陣営から、何かが迫って来る。 ……マズい。 凄まじい圧迫感。この気配は、絶対にマズい奴だぞ……! 「……2人とも、退きなさい!」 メイド長は、武装メイド2人にそう叫ぶが――遅い。 霧の中から、物凄いスピードで『何か』が迫る……! 「……ッ!?」 現れたのは、裃姿の男だった。 頭には、白髪と獣の耳。腰には日本刀を差し、何故か鼓らしき物を下げている。 ……妖狐、か!? そいつは身軽にバリケードを跳び越えると――刀を抜き放ち、一息で武装メイド2人の首を刎ね飛ばした。 「……く……っ!?」 ファマスの、トリガーを絞るメイド長。 しかし男は銃撃を避けると、刀を一閃。 跳び退いたメイド長だったが――手に持っていたファマスが、真っ二つとなる。 「この――ッ!!」 髭切を抜き、斬り掛かる麗衣。 男の刀と鍔競り合うが、相手は人外。押し敗けそうになった所で、麗衣は後退して距離を取る。 「貴方、名乗りなさい!」 「……貴様等に名乗るほど、拙者の名は安くはない」 麗衣の言葉を聞き流し、男は刀を振り上げた。 「我が怨敵、朝廷に組する渡辺家――悉く斬滅する」 振り下ろされる。 躱す麗衣。メイド長は―― 「……ッ!」 スカートを翻し、太もものホルスターから二挺拳銃を引き抜く。 ……SPSペリカーノ。 バレル前部に銃口の跳ね上がりを防ぐための重りが付けられた、競技用ハンドガンだ。 二挺の兇器が啼く。だが男は、後退しながら銃弾を斬り捨てる。 追撃しようとする、メイド長と麗衣。しかしテロクラ部員の援護射撃によって、それは叶わない。 距離を離した男は、助走を付けて再び突っ込んで来る。 麗衣と打ち合う。勢いの付いた斬撃に耐え切れず、麗衣は弾き飛ばされてしまう……! 「……忌々しい、晴良の郎党め!」 ペリカーノが、弾を吐き出す。 が、通じない。妖狐の能力は、飛来する銃弾を完全に見切っている。 「メイド長!」 俺は、死んだ武装メイドのファマスを蹴り上げた。ハンドガンよりは、ライフルの方が効果的なはずだ。 足に引っ掛けて、それをキャッチするメイド長。二挺拳銃をホルスターに納め、ファマスを構える。 フルオートで掃射。残弾数を考えず、メイド長は有りっ丈を叩き込む……! 「ク……ッ」 さすがに、それを刀で防ぐのは無理だろう。跳躍し、弾丸の嵐から逃れる男。 先からは、人間の呻き声。どうやら今の掃射、男だけではなくテロクラ部員をも狙った攻撃だったようだ。 敵兵は減ったが、安心は出来ない。1番厄介そうなのが残っている。 狐は、メイド長に刀の切っ先を向けた。 「女、今の言葉を訂正しろ。拙者は、あのような餓鬼の郎党になどならん。拙者が忠誠を誓うに値する人間がいるとするなら、それはあの男くらいだ」 「……あの男。源九郎判官義経の事?」 「…………」 狐は答えない。ただ、刀を構えるのみ。 源九郎判官義経。つう事は、この狐―― 「――シッ!」 稲妻のような、刀の打ち込み。 メイド長は避けながら、ファマスを投げ捨てる。マガジンを交換する暇はないのだ。 そして再び、ペリカーノを握る。 トリガー引く。やはり、男には通じない。 「……くッ!?」 「その心臓、大神に捧げる。光栄に思え!」 刀が、妖気を振り撒く。 メイド長の首を、斬り落とそうとしたところで―― 「――はッ!」 麗衣が割って入り、髭切で刀を受け止めた。 刃から、火花が散る。力の差は分かっているので、鍔迫り合いを放棄して後退する麗衣。 「髭切。忌々しい頼朝の太刀か。いいだろう、叩き折ってくれる」 「源九郎狐……やれやれ、面倒な敵ですわね」 ……やっぱり、あの源九郎狐なのか。 合戦に勝利した褒美として、後白河法皇から義経に贈られた初音の鼓。しかしその鼓は、頼朝を討てとの院宣でもあった。 頼朝に追われる義経は、愛妾の静御前に初音の鼓を託し、伏見稲荷に残して去る。 しかしそれでも、義経を追おうとする静。義経の家臣――佐藤忠信が、護衛として彼女に同行する事となる。 ……だがその忠信は偽物であり、人間ではなかった。 正体は白狐。静が持つ初音の鼓は、彼の親の皮から作られた物だったのだ。 静は白狐に護られ、無事義経と再会した。義経は静の守護を感謝し、白狐に初音の鼓と己の名を贈った。 ――故にその白狐を、源九郎義経という。 「ハァ……!」 打ち合う、麗衣と源九郎。 凄絶な剣舞。どちらも、素晴らしい技量だが……やはり、麗衣は押されている。 「この名に懸け、朝廷の狗などに敗れるものか!」 一際力の篭った一撃で、麗衣の太刀を跳ね上げる源九郎。 返す刃で、麗衣の胴を薙ごうとする……! 「――貰った!」 が、その時。 1発の銃声が、戦場に響いた。 ペリカーノを構えている、メイド長。弾丸は―― 「な……!?」 源九郎が腰から下げている、初音の鼓を撃ち抜いていた。 狼狽する源九郎。麗衣は――その隙に、髭切の切っ先で源九郎の胸を貫いた。 「ぐ……ッッ!?」 源九郎は反撃しようとするが、負った傷が余りにも深い。 麗衣は太刀を抜き、さらに一斬。 「が、ぁは……ッ!? お、おのれ、卑劣な真似、を……ッ!!」 血を流し、倒れる源九郎。 「くっ……貴様等は、大江山の鬼を騙し討ちで皆殺しにした、一派、だったな……卑劣なのも、当然、か……」 ……その両腕に、しっかりと初音の鼓を抱く。 「無念です、父上、母上……しかし我等が大神は、必ずやこの国を……」 呼吸が、絶えた。 源九郎の姿が――鼓を抱いた、1匹の白狐に変わる。 霧が晴れた。どうやらあれは、源九郎が発生させていたものだったらしい。 「――御嬢様!」 廊下を走って来る、茨木と清水さん。後ろには、飛娘とレインの姿もある。 皆それぞれ、服に血や汚れが付いていた。麗衣達が源九郎と闘っている間、皆もテロクラの部員と闘っていたのだろう。 血糊を拭き取り、太刀を鞘に納める麗衣。 「…………」 ふと見ると、レインとメイド長が見詰め合っていた。 ……何だろう? 無口キャラ同士、通じるものがあるんだろうか? 「御嬢様、敵は……」 「安心なさい、茨木。討ち取りましたわ」 茨木は、麗衣の背後の死骸を見る。 ……父と母の遺物を抱き、眠る白い狐。 「埋葬してやりたいですが……今はそれより、やらなければならない事があります」 走り出す麗衣。慌てて、俺達も続く。 ……そうか。飛娘は、源家と頼光四天王家が狙われていると言った。 つまり、襲われたのはここだけではないのだ。 部屋に戻り、麗衣は電話機に飛び付く。 「他の三家はどうでもいいですわ。しかし、宗家だけは……!」 呼び出し音が鳴る。 ……出ない。 ……いくら鳴らしても、誰も出ない。 最悪の事態が、俺の脳裏を掠めた時―― 「……!?」 ガシャっと、電話を取った音がした。 「もしもし、渡辺麗衣です! そちらは――」 『初めまして、渡辺の当主』 「……え?」 聞こえて来た声は、人間だとは思えないほど冷たかった。 でも――俺は、この声を知っている。忘れられるはずがない。 『コールが五月蝿いから、つい取ってしまったよ』 「貴方……誰、ですの?」 『君が生きているという事は、源九郎はしくじったという訳だね。やれやれ……折角うちの兵隊を貸してあげたのに、役に立たない畜生だ』 「……ッ」 麗衣も、相手が何者が察したらしい。 ……春獄、晴良。 「源家は、どうなったのです?」 『ああ――』 電話の向こうの魔人は、フフフと笑って。 『――存外、簡単に攻め落とせた。武家なら、僕を楽しませるような使い手がいるかと思ったけど……期待はするものじゃないね。大した苦労もなく、僕1人で皆殺しに出来た』 「な……ッッ!!!?」 何かを言おうとして、言葉を詰まらせる麗衣。 晴良は楽しそうに、喋り続ける。 『まぁ、君達が生き残ってくれたのは喜ばしい。そこにはあのクラウディアもいるし、簡単に消えて貰ったら余りにも詰まらないからね』 「――……ッ」 『知っているかな? 先日、金狐会の本部で我々の女神が覚醒した。あとは女神サマが力を取り戻せば、叛乱軍は真に完成する』 「覚醒した……ですって!?」 『そうなれば、大きな戦になるだろうね。月見匠哉……そこにいるだろう?』 いきなり呼び掛けられ、ビクリとする俺。 ……クソ、ビビるな。こんな奴に敗けて堪るか。 『戦が始まったら、君達ボランティア・クラブはどちらに付くのかな? 僕としては、皇室側に付いてくれると嬉しいんだけど』 「……何故だ?」 『だって――そうなれば、僕とプリンセスは敵同士って事じゃないか。それ以上に、嬉しい事などないよ。ああ、心と左眼が狂いそうだ――』 バン、と銃声が響いた。 レインのグロック26と、メイド長のペリカーノ。彼女達の愛銃から放たれた弾丸は、電話機を撃ち砕いていた。 「貴方達、家の電話を勝手に……まぁ、いいですけど」 溜息をつきながらも、2人を咎めない麗衣。 ……麗衣も、あれ以上晴良の声を聞くのは耐えられなかったのだろう。 「本当に、困った事になりましたわね。清水、宮城に連絡を」 星丘市――皇居星丘市支部。 椅子に鎮座する幽子の前に、明雅と壱丸が跪く。 「陛下、源家と頼光四天王家が襲撃を受けた模様です」 「くすくす……そう。それで明雅、生き残ったのは?」 「……渡辺家のみ、です。他の家は皆殺しに」 「ふぅん……まぁいいわ。小事に過ぎないもの――」 「し、しかし陛下! こちらの戦力は、大幅に削られ――」 「緒戦で消えるような勢力なんて、最初から何の期待もしていないわ。人外の戦いにおいて、数の理論なんて何の意味もない。春獄晴良を見ていれば分かるでしょう? 役立たずなら、いない方がよいのよ――」 「――……」 黙り込む明雅。 若いわね、とそれを笑う幽子。 「陛下、もう1つ御耳に入れたい事が」 「何かしら、壱丸?」 「此度の戦に関して……『表』の御一族から、反対する意見も出ております。戦争放棄のこの国で内戦など、正気の沙汰ではないと」 「……くすくす。やっぱり、文句を言って来たわね――」 「いかが致しますか、陛下」 「くすくす、くすくす――」 明雅と壱丸を、仮面の奥の瞳が射抜く。 その眼光に、何か危険なモノを感じて――2人は身を縮ませる。 「ねぇ、明雅。ねぇ、壱丸。貴方達の剣と銃は、何のためにあるのかしら?」 「無論――」 答えようとして、明雅は言葉を止めた。 ……幽子が、何を言おうとしているのかに気付いて。 「武器は、殺すためにある。殺しなさい――『表』の連中を、根絶やしにするの」 「陛下、それは――ッ!」 「彼等は花の帝。散ればこそ、いとど桜はめでたけれ――そろそろ潮時でしょう。潔く、散って貰わないとね――」 「――……」 「どうする? 『表』を立てて、私に逆らうか。『裏』と共に、果てまで堕ちるか」 しばらく、沈黙があった。 それを終わらせたのは、明雅の声。 「……私は陛下の剣。剣が、主に逆らう事などありましょうか。この土御門明雅、どこまでも陛下に御供致します」 「私も、明雅殿と心は同じです。陛下が敵と定めたのなら、『表』の御一族であってもそれは朝敵。迷いなく、討ち取ってみせましょう」 さらに、壱丸も続いた。 ふたりの決意を聞いて――幽子の口が、優しい笑みを作る。 「ありがとう、2人とも。そして御免なさい。貴方達にばかり、苦労を背負わせてしまっているわ」 「何を仰られますか、陛下!」 「そうです! 陛下とこの神国のためならば、どれだけこの手が血で染まろうとも構いません!」 「……くすくす。なら、戦いなさい。天に座する神々の使いとして、国を乱す敵を血の1滴も残さず殲滅しなさい」 明雅と壱丸は、深く深く低頭する。 「――はッ!」 伏見、某所。 「んぅ……はんぁぁ……」 深闇の中、少女の声が木霊する。 上気した顔で、唇を重ねる2人の少女――花音とヘレン。 彼女達の五体には9本の尾が巻き付き、身体を拘束している。 尾は、衣服の中にまで入り込んでおり――獣毛が柔肌を撫でる度に、2人は精気を吸い取られてゆく。 「ふんぅ、あんぁあああ……っ!」 「ひ、ぃあ、んぅぅ……ああ……」 尾の主は、金毛の狐。金狐会の神像より顕現した、あの妖狐である。 ……闇の中、怨嗟の声が響き渡る。 『足りぬ……妾が完全に蘇るには、糧が足りぬ……!』 咆哮する、金色の獣。 魂を打ち砕かれるかと思うほどの、天を割るような絶叫。 『あの憎き天の一族を討ち斃すには、まだ力が足りぬ……ッ!』 「ああっ、あんふぅぅ……っ!?」 「うんぁう、はぁぁん……!?」 一気に精気を抜かれ、花音とヘレンは嬌声を上げる。 常人を遥かに越えるとはいえ、彼女達は人間。その精気を奪ったところで、大した糧にはならないのだが……それでも、ないよりはマシだ。 唇を重ね、舌を絡ませる2人。溢れた唾液が、だらだらと流れ出る。 ……ヘレンの内股を、生暖かい狐の舌が舐め回した。滴り落ちた涎が、ぽたぽたとショーツに落ちる。 「ふぃあぁ、んぅうぁぁ……!」 『父上の国を奪いし怨敵ども、この妾が覆滅してみせようぞ……ッ!』 社の最奥。 古の神は、雌伏して時を待つ。
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