「…………」 その日俺は、異様なモノを見た。 放課後。さっさとバイトに向かおうとした、俺の前に。 「……あいつは、一体何を?」 校門の陰に隠れ――じーっと学校を観察している、ひとりのロボっ娘がいた。 ……絡繰り人形の、壱丸とやらだ。 奴は俺に気付いているのかいないのか、学校を見詰め続けている。 ……つーか。あれは、隠れているつもりなのだろうか?
「何してるんだ、お前?」 「……っ!?」 俺が話し掛けると、壱丸はビクリと身体を震わせた。 ……そのリアクションからするに、本当に隠れていたつもりだったらしい。 「だ、誰ですか……って、ああ、貧民ですか」 「……チミチミ? いきなり、何て呼称を使いやがるのかな?」 「しかし陛下も明雅殿も、貴方は貧民なのだと仰っていましたが」 幽子も明雅も、もっと他に教えるべき事があるのではなかろうか。 事実だけどさぁ。 「……それにしても、お前。何か色々変わってるな」 前は木で出来てたのに、今は人間っぽい皮膚がある。 ……ちょっと触ってみたい。 「人工の筋肉と皮膚を付肉したのですよ。これで、現代社会に溶け込めます」 「振袖着てる時点で溶け込めとらんわい」 「……それより、月見匠哉。何か御用ですか?」 「名前知ってんじゃん。と言うか、それはこっちの台詞だ。お前はこんな所で何をやってるんだ?」 「…………」 再び、学校に眼を向ける壱丸。 ホントに何だろう。学校に朝敵がいるから、それを討ちに来たとかそんなんか。 ……心当たりが多過ぎる。 「数日前の夜――私は星丘公園の化生を相手に、これの試し撃ちをしていました」 カシャ、という音がして、袖から拳銃が飛び出す。 それは十四年式拳銃ではなく、ミネベア9mmけん銃。国内で造られている、シグ・ザウアーP220のライセンス生産品である。 普通、スライドには桜のマークが入っているのだが……壱丸の9mmけん銃には、桜ではなく菊が入っていた。 ……こいつ、装備まで換装されてんのかよ。 「その時私は不覚を取り、背後からの奇襲に反応出来ませんでした」 「…………」 油断してたんだろうか。 それとも――あそこ、前より酷くなってるのか? 年々悪くなってる、って聞いたし。 「しかし――とある方が、私を助けて下さったのです」 ほほう。 「少々口の悪い方でしたが……その強さは鬼神の如く。化生どもを絶滅し、最後は名乗りもせずに去って行かれました」 無駄に格好がいいな。 ……ん? 待てよ。いや、まさかなー……。 「後で明雅殿に尋ねた所、その方は田村真という名だと」 「…………」 ……あいつなのか。本当にあいつなのか。 シンの奴、星丘公園で何やってたんだ。ストレス発散か? 「聞けば、朝敵美榊を討伐した際の立役者だというではないですか。それは重ね重ね御礼を述べねばと思い、こうして待っていたのです」 「なるほど……」 けど、1つ疑問が。 「でもさぁ。なら別に、隠れてる必要はないんじゃないのか?」 「……む? そう言われれば、そうですね」 腕を組んで、悩む壱丸。どうやら、無意識の行動だったようだ。 隠れて、相手を待つ。これはまさか―― 「それは恋なのさーッッ!!!!」 ……そして、突っ込んで来る色恋妖精。 壱丸は一瞥すると、ギミック作動。二挺の9mmけん銃を握る。 ……向かって来る小妖精に向け、問答無用で発砲。 「おゥッ!!? ちょ、予想してたけどいきなり撃つんじゃないのさ!!」 身体の小ささが幸いして、弾丸には当たらずに済んだらしい。 壱丸は銃口を向けたまま、氷の表情でパックに語り掛ける。 「……私の前に姿を晒すとはいい度胸ですね、英国族。死になさい」 「待つのさ待つのさッ! もう戦は終わってるのさ、日本と英国の関係は現代では良好なのさーッ!!」 「…………」 眉を顰める壱丸。 一考の後に。 「そうですか。では死になさい」 「そ、そんな要芽みたいな台詞を――のぉぉおおおおッッ!!!?」 再発砲。 ……悲鳴を上げながら、ヒュンヒュン飛び回って逃げるパック。 「おい、壱丸。その辺にしとけ。ここは学校だぞ」 方便だがな。 銃弾なんぞ、この学校ではよく飛んでる。いやまぁ、個人の名前を挙げたりはしないけど。 「……そうですね。流れ弾が、無辜の国民に当たっては申し訳が立ちません」 二挺拳銃を、袖の中に納める。 ふぅ、と息をつく俺とパック。 「……それで。コイとは、一体何の事でしょう?」 「池の魚だ。宮城にだって、池はあるだろ。ほら、泳いでる綺麗な魚」 「ああ、泳いでいますね」 うんうん、と頷く壱丸。 納得してくれたようだ。ナイス解説、俺。 「はァァ――ッ!!!」 「――げぼほォッ!!?」 パックが自らの身体を砲弾とし、俺の腹に突っ込む。 ……危うく、昼飯がリヴァースして大惨事になる所であった。 「な、何しやがる!?」 「シャラップ! 池の魚とか陳腐な事言ってる匠哉には、もはや生きる資格すらないのさッ!」 「……いや、でもさ。こいつロボだぞ? 恋だなんて、そんな機能が付いてるとは思えないんだけど」 「フン。匠哉に、恋の何たるかが分かる訳ないのさ」 「失礼な。俺だって、女の子と恋仲になった事くらいあるぞ。それはもう、食べられそうなくらい愛されたんだ」 ホント、文字通りの意味でな。 ……自分で言って、色々思い出しちゃった。凹む。 「とにかく、恋は機能ではなく感情なのさ。ロボが恋をしちゃいけないだなんて、そんなルールはどこにもないのさ」 おお、パックが何かいい話をしてる。 腐っても、長生きしてるだけの事はあるな。その経験値をもっと普段から出してくれれば、級長の心労も減るだろうに。 「さっきから何の話をしているのですか、貴方達は?」 「ぬふふふ。とにかく、真に会うのさ」 ま、そうだな。 ――と、その時。 「ストープッ! ちょっと待ってくださいなッ!」 校舎の窓ガラスが破られ、人が飛び出して来る。 そいつはクルクルと空中で回転し、砂埃を上げながら着地。 ……ああ。また、厄介なのが出て来た。 「困りますねぇ。生徒の色恋沙汰は、教師である私を通して貰わないと」 ふふふ、と笑うエリン先生。この学校では、先生の許可がないと恋愛出来ないらしい。 つーか、教師が勢いよく窓ガラスを破るなよ。 「……この学校は、皆こんな芸風なのですか?」 若干引きつつ、呟く壱丸。 ……違う、と断言出来ない辺りが悲しい。 「で、先生。何しに現れたんですか?」 「あれ? 匠哉さん、どうしてそんな冷たい眼で私を見るんですか……?」 「いえ別に。ちょっと、テンションに付いていけないなぁと思いまして。そういや、迦具夜が言ってましたよ。最近の貴方は別人過ぎて、あの月面での死闘は夢だったんじゃないかと思う事がある――と」 「ははは。迦具夜さんったら、記憶があやふやなんですか。それは末期ですねぇ」 末期なのはあんたの方だよ。 そう思いつつも、相手は先生なので口にしない。折り紙が飛んで来ても嫌だし。 「……ホントに何の用なのさ?」 「話は勝手に聞かせて貰いました。ささやかながら、私もお手伝いしようかと思いまして」 「…………」 正直迷惑。 俺とパックは表情でそれをアピールするも、全然届いた様子はない。 「と言うか、肝心の真さんはまだ学校にいるのですか? 最近テロクラの動きが活発なので、早めの下校が呼び掛けられてるはずですけど」 「ん、残ってるはずです。俺が教室を出た時、まだいましたし」 んで、まだ校門を通ってはいない。 つまり――しばらく待ってれば、奴は来るはずだ。 「……!」 また、壱丸は校門の陰に隠れる。 それを、微笑ましい顔で見守るパックとエリン先生。付き合い切れない俺。 「……ん? お、来たぞ」 真さんのご登場だ。 それを聞いて、ピクンと反応する壱丸。深呼吸なんかしてるぞ。 そして――真が、校門に近付いて来た時。 「あ、あの!」 壱丸は、校門から跳び出す。 が、しかし! 「ぐー……」 そこにいたのは、グースカ寝てる冴えない男であった。 ……硬直する壱丸。 「き、気のせいでしょうか……若干、イメージが違うような……」 「…………」 ま、それに関してはノーコメント。 真は、校門前の怪しい集団――つまりは俺達――をまるで眼中にないかのようにスルーし、フラフラと歩いて行く。 「え……あ……」 何か大切なものを失ったような顔で、それを見送る壱丸。 俺は壱丸に近付き、慰めるように肩を叩く。 「ほら、あれだ。現実なんてこんなもんなんだよ」 「…………」 ガックリと、壱丸が崩れ落ちた。 ――星丘公園。 俺はバイトにも行かず、パックやエリン先生と共に気まずい空気に包まれていた。 原因は。 「はぁ……」 溜息をつきながらキィキィとブランコを揺らしている、哀れ過ぎるロボっ娘である。 ……千年の恋が醒めた、とはきっとあんな感じなのだろうな。 「まぁ、元気出せ」 とりあえず、語り掛ける俺。 壱丸は、死んだ魚のような眼で俺を見る。う、と思わず怯む。 「……貴方に、私の気持ちが分かるものですか」 「んー。まぁ、想い人が自分のイメージと違ってた、って経験ならあるけど」 実は人を喰らう化物でした、みたいな。 「でも、別に想いは変わらなかったぞ。かなりのショックではあったが」 「…………」 「その辺、お前はどうなのさ?」 しばらく、黙る壱丸。 地面を見詰めながら、呟く。 「……分かりません。所詮、私は絡繰りですから」 「――……」 むぅ、ここに来てそれを言うか。 そりゃ、俺だって最初はそう思ってたけど。でもなー。 俺が、とにかく何か言おうとした――時。 「……ッ!?」 壱丸が、急に顔を上げた。 ……その理由は、俺にだって分かる。パックもエリン先生も分かってる。 あんなのが現れたら――気付かない方がおかしい。 「……何だ、あいつ」 それは、星丘高校の制服に身を包んだ男だった。 アルビノの、白い肌と赤い瞳。左眼は、包帯で隠されている。 腰のベルトには、ホルスターに納められたマウザーC96。いや、M712だろうか。 銃のグリップのリングには細い鎖が付けてあり、右耳のピアスと繋がっていた。 「う、あ……!?」 壱丸が、ガタガタと震える。多分、俺も似たような感じだろう。 吐き気がするような気配。あの男は、立っているだけで邪悪を振り撒いている。 ……空を飛んでいた鳥達が、バタバタと地上に落ちた。男が現れただけで、公園から命の息吹が刈り取られてゆく。 何をしに、ここに来たのかは分からない。ただ単に、散歩の途中だったのかも知れない。 けれど。俺達は、それを許容出来なかった。 「あ、ぁぁああああああっっ!!!?」 ――絶叫。 壱丸は二挺拳銃を取り、白い男に襲い掛かる。 あいつがこの世界にいる事が、どうしても許せなかったのだろう。気持ちはよく分かる。 ……だが、それは失敗だった。 触らぬ神に祟りなし、鬼神に横道なし。手を出さなければ、向こうも反撃はしなかっただろうに。 「――ッッ!!!?」 壱丸の両腕が、飛んだ。 9mmけん銃を握ったままの左腕と右腕が、吹き飛ばされて地に転がる。 「……突然、何の用かな?」 男の左手には、いつの間にか短剣が握られていた。それで、壱丸の腕を斬り落としたのだろう。 赤い、男の瞳が――壱丸を見据える。 「――……っ!?」 まるで石化の邪視でも受けたかのように、壱丸は固まってしまった。 ホルスターから、拳銃が解き放たれる。 片手だけで、軽々とフルオート射撃。壱丸の足が砕かれる。 「ぐ、うぁ……っっ!!!?」 「……何の用か、と訊いているんだけど」 M712のマガジンを交換し、スライドをリリース。今度は、頭に銃口を向けた。 引き金に、指が掛けられた――が。 「――『黒月読の法』ッッ!!!!」 エリン先生の声と共に、黒い月が男に落下した。 爆砕。地面を抉り、傷跡を大地に刻み付ける。 「いくら晴良さんでも、これを受ければ……!」 男の消滅を、確信する先生。 ――なのに。 「イメージが足りないよ。もっと強く、僕の『死』をイメージしないと」 「……!?」 いかなる魔法か、男は先生の背後を取っていた。 短剣が振るわれる。先生は折り紙を盾にするが、それでも止め切れず――ジャングルジムに衝突し、鉄の棒を歪ませる。 「へぇ……首を落とすつもりだったのに。さすがは三女神だ」 男は微笑み、再び地の壱丸に眼を向ける。 ……今、晴良って言ったよな。じゃあこいつが、『無敗の白』――クラウン最強と謳われた魔人、春獄晴良なのか。 「おい、春獄晴良。1つ訊きたい事があるんだが」 倒れている壱丸の横に立ち、晴良に話し掛ける。 奴は――その視線を、壱丸から俺に移した。 「何かな?」 「――お前。緋姫ちゃんが台限と闘ってた時、一体どこで何をしてたんだ?」 レインはその時既に死んでいたらしいし、白酉飛鳥は戦闘向きではないだろう。 しかし、晴良は違う。こいつが闘っていれば、もう少し簡単に決着したはずだ。 「遠くから見物していたよ。君の活躍も、なかなか楽しく鑑賞した」 「何で、緋姫ちゃんを助けなかった? クラウンの仲間だったんだろうに」 「あんな木偶に殺されるようなら、彼女は姫君に相応しくない。死んでも別に問題はないね」 「……テメェ」 「まぁ、プリンセスは君の力を借りて、台限を討ち果たした。その運も、彼女の力なのだろうけど」 フフフ、と晴良が笑う。 その悪魔のような笑みに、思わず背筋が寒くなる。 「それに――仲間? それは酷い間違いだ。確かに僕は、プリンセスに心酔していたが……あの道化の群れと、馴れ合いをする気はなかった」 「……まぁ、いいや。訊きたい事は訊けた」 「そうかい。僕はそこの人形を壊したいのだけど……邪魔をするのだろうね」 晴良が、俺に銃を向けた。 ……静かな、凍えるような、そんな殺意。 「仕方ない。さっさと、皆殺しにするとしよう」 死刑宣告。 「……おい、パック」 「な、何さ?」 「アレやるぞ。アルビオンと闘った時にやろうとした、アレだ」 「……!」 俺とパックはあの世逝きだが、まぁ皆殺しよりはマシだろう。 問題は――目前の敵が、アルビオンよりずっと性質が悪いという事だが。 「……分かったのさ」 パックが頷く。 俺が玉砕覚悟の特攻をしようとした、瞬間。 「――『密迹』ッッ!!!!」 晴良が、吹っ飛んだ。 彼は靴底で地面を擦りながら、十数メートルくらい距離を開く。 晴良に凄まじい一撃を浴びせたのは――シン。奴は眠そうに、欠伸をする。 「ふぅあ〜あ、何か面白そうな事になってんなァ。アレは何?」 「……噂の春獄晴良だよ。と言うか、お前は何をしに来たんだ?」 「オイオイ、クールにもほどがあるぜ。俺がダチのお前を助けに来て何が悪いー?」 「んー、そうなんだが。お前の方だと違和感があるっつうか」 「……チッ、まぁいいけど。で、そこのモヤシ。オラオラ掛かって来いよ、ヒャハハハァァ!!」 晴良を、挑発かするシン。 だが――奴は、それに乗る事はなかった。 「……いや。お互いが眼を開いて闘えば、必ずどちらかが死ぬ。こんな事故みたいな遭遇で、そんな目に遭うのは御免だね」 晴良は俺達に背中を見せ、公園から歩き去って行く。 戦闘狂のシンがそれを見逃すかは疑問だったが――意外にも、深追いする事はなかった。 晴良の気配が、公園から消える。鉄のように重かった空気が、平常を取り戻してゆく。 「……あ、あの」 倒れたままだった壱丸が、シンに話し掛けた。 そういや、心奪われたのはシンの方なんだよな。 が、しかし! 「ぐー……」 奴はすぐに、爆睡モードに戻ってしまったのであった。 壱丸が、呆然として俺を見る。 「……この方は一体、どういう仕組みになっているのですか?」 「それが分かれば、人類はまた1歩先に進むだろうな」 むしろ俺が知りたい。 と。真はしゃがみ込み、壱丸に話し掛ける。 「……大丈夫? ぐー……」 「え……あ、はい。ありがとうございます」 少し赤面して、答える壱丸。 まぁ……真にはシンみたいなカリスマはないが、これはこれでいい奴なんだよ。 それは、壱丸も分かったらしい。 「一件落着っぽいのさ」 「だな」 頷く俺。 ジャングルジムで気絶してる先生は……まぁどうでもいいや。 「で、壱丸。お前どうするんだ?」 手足もがれてるし、かといって公園に放置する訳にもいかんだろうし。 が、その心配は無用だった。 「既に、内蔵の無線で連絡を取っています」 その言葉通り、しばらくすると見覚えのあるZ33が公園にやって来る。 運転席には、見覚えのある陰陽師。俺達と一言二言交わすと、壱丸を後部座席に積んで走って行った。 「あいつが、噂の皇居陰陽寮なのさ? 初めて見たのさ……」 「ん……そうなんだが……」 あれ? あいつ等って、皇居が根城だよな? なのに、連絡1本で来れるなんて……? 「……まさか」 この辺に、拠点が作られてるのか? 皇居星丘市支部、みたいな。 不吉だ……不吉過ぎる。連中、何が目的でこの街に居付いてやがる? 「ぐー……」 真の、いつも通りの寝息が響く中――厄介事の予感に、げんなりとする俺なのであった。
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