賑わう、朝の星丘高校校門。 俺も例に漏れず――他の生徒達と一緒に、門を潜り抜けた。 さぁーて、今日は何事もなく終わるといいなぁ。 と、少し進むと。 「……ん?」 学校の前。 教職員の自動車に混じって、見慣れない車があった。 ――日産、フェアレディZ33。 「何でこんな車が……?」 スーパーカーで通勤してる教職員なんていないだろうから……客か何かの車か? いや――待て。 「……これは」 ナンバー・プレートがあるはずの位置には、菊の御紋があった。 そして――その斜め上に、円形のナンバー。『皇』の一字と、数字が書かれている。 「…………」 ……うわぁ、思いっ切り御料車。 つい数分前の願いがガラガラと崩れてゆくのを感じながら、俺は呆然とするのだった。
時は流れて、放課後。 バイトが休みの俺は、ボラクラに顔を出していた。 ……いや、ホントは関わりたくないんだけど。今日はバイトなしとマナに知られているから、サボり様がないのだよ。 「じゃ、本日の依頼人を紹介するよ」 壇上の部長が言う。 ……依頼人か。朝見た、あの不吉な車からすると。 「くすくす。お邪魔するわ――」 部屋に入って来たのは、やはりあの『裏』の天皇。 幽子は明雅を引き連れ、マナの隣に立つ。 「えーっと、知ってる人も何人かいそうだけど。この国の天皇と、そのオマケだよ」 もうちょっとマシな説明を。 あ、瀬利花が固まってる。頭下げなくていいのか、お前。立場的に。 「……おい、マナ。いいのか?」 「何が?」 「ついこの間、お前はそいつ等とバトルしてコテンパンにやられたのに?」 「コテンパンは聞き捨てならないけど……いいんだよ。仕事に私情は挟まないの」 おお、ストイックだ。 普段はグータラしてるくせに、こんな時ばかり格好付けやがって。 「くすくす。ここは、只で何でも引き受けてくれるのよね――?」 「うん、まぁね」 「では、話しましょうか――」 幽子は、俺達を見る。 さすが天皇。仕草1つにも、優雅を漂わせている。 「3日前の事よ。私は今後の国難に備えるため、第二次大戦末期に開発された決号作戦用人型兵器を目覚めさせたの。面白半分で」 「――国防に関する事を面白半分でやるなッ!!」 さっきまでの優雅さが一瞬にして霧消した。 ……って、しまった! つい反射的にツッコミをっ! 「貴様、陛下に無礼な口をッ!!」 予想通り、明雅が抜剣。 が、刃が振るわれる前に―― 「くすくす。剣を納めなさい、明雅」 「し、しかし陛下!」 「ボケに対してツッコミをするのは、当然の事でしょう? むしろ本来は、貴方がツッコミを入れるべきなのに……修行が足りないわよ、明雅」 「……も、申し訳御座いません……」 ガックリと項垂れる明雅。 本気で凹んでいるっぽい。ツッコミが出来なかっただけなのに……何だか可哀想だ。 つーか、こいつ等は漫才コンビでも目指しているのか。 「それに――貴方が彼に剣を振るえば、確実に貴方の命が穿たれるもの」 言われて、見ると。 緋姫ちゃんや瀬利花や級長が、それぞれの武器を抜いていた。 ……一触即発。薄氷の上に立ってる気分。 「そうですね……感謝します、陛下」 百戦錬磨の少女達を前に、さすがの明雅もどちらに利があるか悟ったようだ。 剣を鞘に納める、賢明な明雅。 「くすくす。さて、どこまで話したかしら。そうそう、壱丸を目覚めさせた所までね――」 その人型兵器は、壱丸というらしい。 大戦中に、人型兵器を造れた事に驚きだが。そんな技術があったのなら、もう少しどうにかならなかったのだろうか。大和とか。 「目覚めたはよいのだけど、少々眠り過ぎていたのかしら。いきなり暴走し、研究所から脱走してしまったのよ――」 脱走、か。 そこまで言われれば、幽子達が何を頼みたいのかは予想出来る。 「壱丸はこの土地の強い咒力に惹かれ、星丘市に来ているわ。貴方達には、壱丸を捕獲して欲しいのよ――」 やっぱりな。 しかし……結構、難しいのではなかろうか。大戦中の物とはいえ、相手は兵器なのだから。 「1つだけ、質問したい事があるわ」 級長が、手を上げる。 どうしたんだろう? 「くすくす。何かしら――?」 「人型兵器という話だけど……それは男性型なの? それとも、女性型?」 「壱丸は女性型よ。でも、それがどうかしたの――?」 と、次の瞬間。 震え上がるほどの殺気が、教室内に渦巻いた。 明雅が幽子を庇う様に立ち、剣の柄を握る。 「……捕獲して欲しい、という話でしたけど」 緋姫ちゃんが、口を開いた。 さっきまでは興味なさそうにしていたのに、今は凄まじい闘気を放っている。 ……明雅は、今にも剣を抜きそうだ。待て待て。 「捕獲が難しい場合は、破壊しても構いませんよね……?」 緋姫ちゃんは口元に凄絶な笑みを作り、幽子に問う。 ……何なんだ、緋姫ちゃん。どうして、急にボルテージが上がったんだ。 その阿修羅姫に、幽子は―― 「……出来れば、壊して欲しくはないけれど。でも、破壊以外の手段では止められないのなら」 と、小さく呟いた。 ……破壊されるのは、嫌みたいだな。思い入れと言うか、そういうのがあるんだろうか? 「話は分かったね。街に散って、壱丸を捜索するよ。発見した人は、無線で皆に連絡する事。いいね?」 マナが、話を締めた。 俺達は席を立ち、教室の外に出る。 あーあ、面倒がないといいなぁ。無理だろうがな。 校舎の外に出ると。 例のZ33に、幽子と明雅が乗り込んでいた。 「……ホントに、あいつ等の車だったんだな」 半信半疑だったが、これで確信。今や御料車も国産スーパーカーの時代なのか。 明雅は運転席に、幽子は助手席に。エンジンが掛かる音の後―― 「……へ?」 爆発的な勢いで、Z33が発車した。 タイヤを滑らせながら校門から飛び出し、轟音を残して走り去る。 「…………」 おいおい……いいのか? やんごとなき御方が乗ってるのに、そんな運転して。 いや、むしろ幽子の趣味だったりするのか? ……走り屋みたいな速さで疾走する御料車。どんな悪夢だ。 「車は淑女、乗ってるのは小娘。台無しだよねぇ」 そして、つまらない皮肉を口にして歩いて行くマナ。 ……まぁ、何でもいい。あいつ等が事故っても、別に俺が困る訳ではない。 「しかし……」 よく考えたら、どうやって捜せばいいんだろう。 聞き込みをしようにも、俺は壱丸とやらがどんな容姿か知らない。 ……写真くらい、渡してくれてもよかったんじゃないだろうか。当人等は猛スピードで学校から去ったので、今更どうしようもないが。 「ま、とりあえず足を使おう」 俺は、校門を潜る。 ……まずは、商店街の方にでも行ってみるか。何となく。 「おや、匠哉さん」 「……げ」 商店街に入ると、いきなり迅徒&泉に遭遇した。 異端審問官達。英語で言うと、インクイジターズだ。 ちなみに今の英訳、話の本筋とは何の関係もない。 「よう。お前達はこれから幕怒鳴怒か?」 貴方の街の、幕怒鳴怒。異端審問部も御用達です。 ……凄いファーストフード店だ。 「ええ。2人で、対皇居陰陽寮作戦を練るんです」 「……そうか」 皇居陰陽寮とそのボスから依頼を受け、現在部活動中の俺であった。 言わない方がいいよな、どう考えても。 「……『蟲鳴之書』、か」 「まったく、マスケラも厄介な任務をくれたものです。在り難くて、泣けて来ますよ」 「心中察するよ」 つーか、そのマスケラは普段どんな仕事をしてるんだ? 本の蒐集は、こうして異端審問部にやらせてるんだし。 ……いや。意外と、蔵書のデジタル化とかやってて忙しいのかも。想像出来ないが。 「虫唾が走るよな。『蟲鳴之書』なだけに」 泉が何か上手い事言ってるが、スルー。 だって、相手すんのメンド臭いし。 「――構えよッ!! 寂しいだろッ!!!」 「はいはい。先に行って、席でも確保していてください」 「迅徒、お前までそんな事を……共に闘った戦友なのに……」 徐々に小さくなる泉の声。終いには、聞こえなくなる。 ……と、こっちも世間話してる場合じゃないんだった。 「なぁお前達、この辺でロボっ娘を見なかったか?」 「……ロボっ娘?」 訝しげにする迅徒。まぁ、当然の反応だよな。 しかし、分類上はロボっ娘だろう。詳しく説明は出来ないし……そう言うしかない。 そして―― 「――ロボっ娘だとぉッ!!? その話kwskッッ!!!」 思った通りの反応を返してくれる、灰島泉クン。あぁうぜえ。 ――と、その時。 「ん……?」 商店街の、人混みが割れた。 その真ん中を駆け抜けるのは――振袖姿の女の子。 少女は、人間ではなかった。見えている顔は、肉ではなく木で出来ている。 ……もしかして、あれが壱丸か? だとしたら、ロボっ娘と言うより絡繰り人形だな。 擦れ違う、壱丸と俺達。 彼女の後ろからは―― 「……オイオイ」 商店街の人混みなど気にも留めず、Z33が突っ走って来る――ッ!! 咄嗟に、それぞれ左右に跳び退く俺と迅徒。 だが、ロボっ娘という萌え単語から妄想を走らせていたのであろう泉は、走って来る車に気付くのが遅れた。 「――のぐぅぉぉああああッッ!!!?」 撥ねられる泉。 ボンネットに乗り上げ、フロントガラスに激突し、空に打ち上げられ――コンクリの地面に落下し、バウンド。 ……凄い。交通事故の見本のような激突だった。 「あーあ。車のボディ、凹んだだろうな……」 「――俺の心配をしろぉッ!!」 倒れていた泉が、ガバッと起き上がって絶叫。 ……しかし、腐っても異端審問官だな。あの暴走淑女に撥ねられても無事とは。 憎まれっ子世に憚る、とはこの事か。 ……と、見物してる場合じゃない。俺も追わなくては。 「こちら匠哉、商店街で壱丸を発見!」 まず、無線で報告。 この無線機には位置が分かる機能も付いてるが、一応場所も言う律儀な俺。 でも……どうやって追えばいいんだ、あれ。 とりあえず、タクシィでも拾うか。同じペースで追うのは無理でも、出来る限りの事はやらないと。 「ヘイ、タクシィ!」 丁度よく来た、タクシィを停める。 助手席側のドアが、上方に開いた。 「――ま、待てッ!! そのタクシィには乗るなッ!!」 急いでいた俺は、深く考えずに乗り込む。 ……泉の警告も、ロクに聞かずに。 「お客さん、どちらまで?」 「あのZ33を……いや、その前の振袖姿の奴を追ってくれ! 料金は……星丘高校ボランティア・クラブのツケで!」 「了解」 ……ここで、ようやく俺は気付いた。何で、助手席に乗せられたんだろう? いや……その理由は瞭然だ。この車、後部座席がない。 「…………」 運転手を見る。 タクシィ・ドライヴァーには似合わない、少女だった。 ……と言うか、すんごく見覚えがあるんですけどネ。 となると、この車は……例のディアブロかぁ。ハハハ。 ……外では。 泉が、普段からは考えられない沈痛な表情で十字を切っていた。 腹が立ったが……悪いのは、気付かなかった俺だ。文句も言えない。 運転手――白酉飛鳥は、キッと前を見据る。 「――飛ばすわよ」 「いや、出来れば安全運転で――のわぁぁあああああッッ!!!?」 エンジンが急回転し、スピード・メーターが振り上がった。 人で賑わう商店街を、ランボルギーニ・ディアブロは狂気の速度で駆け抜ける。 右へ左へ揺られ、脳味噌がペーストになりそうな俺。またトラウマ。 ……しかし、さすがは加速狂。前方に、壱丸とZ33が見えて来る。 狂走する、淑女と悪魔。それでも、絡繰り人形との距離は縮まらない。 「ねえ、あいつを止めればいいの?」 「ん……あ、ああ……」 脳限界を軽く突破したスリルを味わいつつも、何とか返答する。 飛鳥は、そう、とだけ答えると―― 「……ッ!?」 どこからか、拳銃を取り出した。 そして――ドアを開く。 ……って、撃つのか!? 「おい、走ってる車の中から撃って当たるのかよ!?」 「――見縊らないで。私とこのCz75は、車内からの射撃くらい何度もこなして来たのよ……!」 バン、と銃声。 壱丸の脚部に――弾痕が穿たれ、転倒。 ……うわぁ、ホントに当てやがった……。 Z33が、壱丸の進路を塞ぐように停車。挟み撃ちにするように、ディアブロも停まる。 「じゃあ、私の仕事はここまでね」 ……と思ったら、俺を放り出して去って行った。まぁ、いいけど。 明雅と幽子が、Z33から降りて来る。 「あら、追い駆けていたのは貴方だったのね」 「ああ」 「さっきの射撃、助かったわ。くすくす、貴方が撃ったのではないでしょうけど――」 「……まぁ、そうだけどな」 ふたりは、壱丸に近付く。 「ギ……ギ……」 壱丸はいかにも壊れたロボっぽい声を出しながら、呻いている。 が――その時。 「ギ……鬼畜米英、殲滅スル……!」 振袖の袖から飛び出す、2挺の拳銃。 壱丸はそれを両手に握り、俺達に向けた――! 「――危ねぇッ!!?」 すぐに、Z33の陰に隠れる。勿論、明雅と幽子もだ。 Z33に、銃弾が叩き付けられる音。くっ、ホントに撃ちやがった。 横から顔を出し、相手を見る。 あの拳銃は――十四年式拳銃か。さすがは戦時中の兵器だな。 「おい! 十四年式拳銃って、装弾数いくつだ!?」 「弾倉に8発、薬室に入っていれば1発増えて9発だ!」 俺の問いに、そう返す明雅。 つう事は……多くても、2挺合わせて18発か。つまり、18回目の銃声が響いた時が弾切れの瞬間だ。 無論、それまでに逃げられる可能性もあるが……あの壊れっぷりで、まともな戦術思考など出来まい。 ――が。 悠長に、弾切れを待つヒマはなかった。 壱丸は、助走を付けて跳躍。Z33を跳び越える――! 「……ッ!!?」 頭上で、壱丸が発砲。 俺達は、バラバラに散って逃げる。壱丸はくるりと1回転して着地し、十四年式を幽子へと向けた。 しかし―― 「――月見匠哉、陛下を御護りしろッ!」 それを阻止するべく、明雅が突っ込む。 八握剣の袈裟斬りを、僅かな後退で躱す壱丸。足を撃たれても、対人戦闘くらいなら問題ないようだ。 彼女はジョン・プレストンみたいなアクションで、近接銃撃をこなしてゆく。 だが、明雅も敗けてはいない。超人的な身体捌きと剣技で、ある時は銃弾を避け、またある時は斬り払っている。 ……御護りしろ、って言われても。俺にどうしろと? 「つーか幽子、お前は闘わないのか? 明雅よりも、ずっと強いのに」 マナと花音のふたりを、一撃で吹っ飛ばしたのだ。幽子の実力は、明雅を遥かに上回る。 なのに、幽子は首を横に振った。 「……昼間だったら、そうしたのだけど。今はもう、日が沈みかけているから」 「あ……」 部活は放課後から始まった。太陽は、地平線の下へと向かっている。 ……幽子は、日の神の曾孫。故に、太陽が沈むと力を発揮出来ないのだろう。 「貰った――!」 明雅の声。 見ると――壱丸の十四年式は、2挺ともスライドが後退したまま止まっていた。弾切れしたのだ。 「――祓い給い清め給え、守り給い幸い給えッ!」 剣を、大きく振り被る明雅。狙いは両足。 ――しかし、それは甘かった。 「ギ――」 壱丸の袖からアームが現れ、弾切れした十四年式を袖の中に引っ張り込む。 そして、代わりの十四年式が飛び出した。無論、スライドは後退していない。 「――なッ!!?」 その間、僅か1秒足らず。 大振りしていた明雅は、再び銃を構えた壱丸に対応する術はなく。 「――ギッ!!」 胸に、何発も銃弾を受けた。 ……悲鳴も上げず、仰向けに倒れる明雅。 十四年式の8mm南部弾は、比較的殺傷能力が低い。 だが、胸にあれだけ撃ち込まれたら――結果は見えてる。 「く……」 顔を顰める幽子。思ったよりは、動揺してないな。 ……いや。よく見れば、明雅は撃たれたのに出血していない。あの狩衣の下に、抗弾ベストでも着込んでいるのか。 とは言え、弾は止まっても衝撃まで殺せる訳ではない。どうやら、明雅は意識を失ってしまったようだ。 壊れ掛けの壱丸は明雅の生死を確認する事なく、こちらに向く。 ……さて、どうする? 幽子は闘えない、明雅からは御護りしろと言われた。それってつまり、俺が何とかするしかないって事なのか。 「壱丸にあんなギミックが備わってるのなら、予め明雅に教えといてやれよ……」 「忘れていたの。終戦から、もう何十年も経っているから――」 怨み言は、ボケで返された。 ボケツッコミのボケではなく、真正の惚けな。言ってる事がお婆ちゃんだよ、こいつ。 ……まぁ確かに、この女は妖怪ババアなのだけど。 「ギ――!」 壱丸が駆ける。 上半身がまったく上下しない、いかにも機械じみた走りだった。 そして――2挺の十四年式で、俺の頭と心臓を狙う。 「――四速ッ!!」 二速と三速を省略し、一気に加速。 筋骨が千切れそうになったが、構ってられない。幽子を抱えて、とにかく走る。 「ちょ、ちょっと!?」 「陛下、無礼を御赦しくださいなッ!」 ぞんざいに言いながら、背後を確認。 壱丸は―― 「ギ、ギ、ギ――ッ!」 日の落ちる世界の中、爛々と眼を輝かせながら追って来る――! くそ、ターミネーターと追いかけっこしてる気分だ! 実際そんな感じだがッ! ――銃声。 「ぐぁ――ッッ!!!?」 さっきの意趣返しとばかりに、俺の足に銃弾が命中。焼き鏝をブチ込まれたような衝撃が、脳天まで突き抜ける。 走るどころか立ってさえいれず、転倒。幽子を投げ出してしまう。 「……っ」 身体を起こし、壱丸を見る幽子。 俺は、足の銃創からダラダラと血を流す。薄くなってゆく意識。 「壱丸、幽子よ! 本当に分からないの――!?」 幽子が語り掛けるが、壱丸に声が届いた様子はない。 ――向けられる銃口。 「く――ッ!!」 俺は倒れたまま、渾身の力で壱丸の両足に跳び掛かる。 体当たりの衝撃で十四年式がぶれ、放たれた弾丸は僅かに幽子から逸れた。 「――ギッ!」 壱丸は邪魔者を撃ち殺そうと、足元の俺に銃を構える。 ……これは、まずいな……! 「スペシャル御奉仕ッッ!!! 『メイド・ハンマー』ッッ!!!!」 壱丸が、吹っ飛んだ。 鉄槌の打撃を受けた彼女は――電柱に激突して、身体をくの字に曲げる。 「……級長」 「匠哉……何とか生きてるみたいね」 「ああ、少なくとも死んではいないぞ」 死ぬかと思うほど足が痛いが。 パックが、パタパタと飛んで来る。 「匠哉、見せるのさ」 転移魔法で、俺の足から弾を摘出。 さらに、治癒魔法で傷を塞ぐ。 「手際がいいよな……」 「妖精族は森の民。病院なんてないから、病気や怪我は全て自分達の力で治すのさ」 なるほど。 しかし傷は塞がっても、まだ気分は悪い。流れた血は、どうにもならないみたいだ。 ……今日の夕食はレヴァーだな。 「ギ……英兵、殺ス……!」 起き上がり、級長を睨む壱丸。 地を蹴り、銃弾を放つが――不意打ちで殴られたのは、かなり効いたのだろう。動きに冴えがなくなっている。 そんな状態で、銃撃をしても無駄だ。オートワーカーのフルオート射撃すら防ぎ切った級長に、その程度で通じるはずもない。 「やるのさ、要芽! 敗残兵に、大英帝国の力を思い出させてやるのさッ!!」 パック、変な事で燃え上がるな。 ほら、幽子が睨んでるぞ。恐っ。 「は――ッ!!」 ハンマーが、再び壱丸を撥ねる。 上方に打ち上げられ、放物線を描いて落下。頭から地面に叩き付けられた。 「ギ、ギ――ん……私、は……?」 ……おや? 何か、正気に戻ったっぽい感じだぞ? 頭を打ったお陰か? 「ギ、ギ、ギ、ギ――ッッ!!!!」 えぇっ!!? も、戻ってない!? と、思ったら。 「ギ――あ……わ、私とした事が、陛下にとんだ御無礼をッ!!」 幽子の前に、跪く壱丸。 ……どうやら、今度こそ正気に戻ったようだ。 「な、何と御詫びすればよいのか……こうなったら、腹を切りますッ!!」 死んで詫びるらしい。 ……いや、待て待て。それ、絡繰り人形としてはどうなんだ? あと、俺には詫びんのかい。足撃ったのに。 「陰陽師殿、介錯を――って、あ……」 明雅はお前にしこたま弾を撃ち込まれてダウン中です。 口に手を当てて、笑う幽子。 「くすくす。壱丸、顔を上げて」 「へ、陛下……」 「今回の事は不問に付すわ。正気ではなかったんだもの、仕方ないわ」 「な……何と慈悲深い御言葉、感激の至りです!」 感極まって、涙を流す壱丸。 ……凄え。高性能。 「くすくす。また会えて嬉しいわよ、壱丸――」 「はい……恐れながらこの壱丸、陛下の御姿を拝見する事は2度とないと思っておりました」 「また、貴方の力を借りなければならなくなったわ。今度の相手は、外敵ではなく内敵よ――」 「……国津神々の御謀反ですか」 「ええ。そのお陰で、『表』の連中に封じられた貴方を蘇らせる機会を得たのだけど。本当は、もっと早く目覚めさせてあげたかったわ」 「何と……勿体なき御言葉でございます」 「くすくす。壱丸、一緒に戦ってくれる――?」 「勿論でございます! 厭魅大逆の非国民を、この神国から絶滅して御覧に入れましょう……!」 ……何か、盛り上がってるなぁ。 完全に蚊帳の外の、貧乏人とメイドと小妖精。 「……陛下。この者達は、陛下の新たな臣下ですか?」 お、こっちに話が来た。 ……何か、好意的ではないのだが。まぁ、英国妖精とかいるからな。 「くすくす。彼等は臣下ではないわ。貴方を捕まえるために、協力して貰っただけの人達」 「左様で御座いますか。まぁあのような下賤の輩どもが、陛下に御仕えするなど在り得ない事ですね」 酷い言われ様だ。 級長とパックは英国絡みだから分からなくもないが、俺まで一緒にされてるのは何故。 ……生まれ育ちが、見抜かれているのカ。 「よかったのさ、要芽。フラグが立つ事はなさそうなのさ」 「……そうね」 フラグ? パックと級長の謎会話に、首を傾げる俺。 「さぁ壱丸、そろそろ行くわよ」 「はい、陛下」 壱丸を従え、幽子が歩き出す。 そして、俺達の前に立った。 「くすくす。ありがとう、助かったわ――」 言い残し、俺達と擦れ違い――歩き去って行く。 ……しばらく、その背を見送る俺達。 「あ……そう言えば」 ふと、ある事を思い出す。 「…………」 しばらく進むと、倒れている明雅を見付けた。 ……どうやら、置いて行かれたらしい。 「可哀想過ぎる……」 とことん、滅私奉公が報われない男だ。 俺は、哀れに思いつつも――特にどうする訳でもなく、その場から去るのであった。
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