「前々から思っていたんだけど」 天気がよく、心地よい風が吹く日の月見家。 「何で他人の貴方達がお兄ちゃんと一緒に住んでて、妹の私が別居なの?」 我が妹――迦具夜が、嵐の予感と共にやって来たのであった。
「何で……って言われても。そもそも、1番最初にここに住み始めたのは私なんだけど」 マナは、当然だと言わんばかりに主張する。まぁ確かに、それはそうのだが。 迦具夜はプンスカプンスカとしながら、しぃに矛先を向けた。 「じゃあ、この子は?」 「……のだ?」 しぃが、テレヴィから迦具夜へと視線を移す。うぅ、と怯む迦具夜。 こいつが学校で大暴れしたのは有名だからなー。全校生徒に恐れられているに違いない。 「しぃは自分の領地に住んでるだけなのだ。何の問題があるのだ〜?」 「――この家はお前の領地ッ!!?」 い、いつの間にそんな事に!? マナが、腕を組んで考え込む。 「この家の居住人数は、3人が限界だから――」 閃いた笑顔と共に、頭上でピコーンと電球が輝いた。 「分かった! 匠哉を追い出して、その代わりに迦具夜が住めばいいんだよッ!!」 「おお、逆転の発想なのだッ!!」 「――逆転し過ぎて本末転倒だろうがッ!!! 家主の俺が出て行ってどーするッッ!!!」 俺は本気でツッコむ。こいつ等は、ホントに俺を追い出しかねん。 大体、追い出された俺はどこに住めばいいんだ? ダンボールハウスか? 遂にタイトル変更か!? 「それじゃあダメでしょ! 私は、お兄ちゃんと一緒に住みたいの!」 「じゃあ、迦具夜も一緒に出て行くって事でファイナル・アンサー?」 「それはもっとダメ……って、そうか。この家に拘らずとも、私の家でお兄ちゃんと一緒に住めばいいのかな?」 と、その時。 「――話は聞きましたッ!」 何者かが竜巻の如く回転しながら、家に飛び込んで来た! 玄関から入れ、玄関から! 当たり前のように壁をブチ破るなーッ!!! 「生徒間のToLOVEる――もとい、トラブルを解決するのは教師の役目ですッ!」 スタッと着地するエリン先生。その役目って、学校外ではどうなんだろうな? ……いやそれ以前に、土足厳禁なんだが。仮にも日本人のくせに、日本の作法を無視すんなよ。 「エリンッ!!?」 「――こんな事もあろうかとッ!!!」 迦具夜の叫びを、感嘆符1つ分大きな叫びで掻き消すエリン先生。 って、『こんな事もあろうかと』? 話の繋がり方おかしくないか? 「既に準備は万端です! この家に住めるのは――匠哉さんとマナさんはさすがに出て行けませんから、残り1人。月見家居住権を欲するのなら、汝! 自らの力を以って、最強を証明せよッ!!」 「…………」 ……えっと? 戦争でもすんの? 訳の分からぬまま、エリンに連れて来られた星丘高校。 「…………」 そこは、既に異様な盛り上がりを見せていた。 グラウンドの真ん中に設置されたリング。周囲には観客席があり、生徒でびっしりと埋まっていた。 うちのグラウンドは、こんなに広くないはずだが。いつの間に面積が増えたんだ? 成長しているのか? ……横断幕には、『第一回月見家居住権争奪武闘会!』の文字が躍る。 「迦具夜さんの願いは理解出来ます。しかし、しぃさんを追い出すのは人道に反する。よって、いつも通り闘って決める事にしましょうッ!」 ノリノリのエリン先生。いつも通りとか言うな。 「そして、迦具夜さんだけにチャンスを与えるのは不公平ッ! なので、参加者を予め募集しておきましたッ!!」 予めってアンタ、いくら何でも準備が良過ぎるだろう。さすがはノルニル。 「さ、匠哉さんとマナさんは観客席へどうぞ」 「…………」 もはや抵抗するのも空しい。言われた通り、席に座る俺達。 ……どうやらVIP席らしく、ポップコーンとかが置いてあった。 『さぁ始まりました、第一回月見家居住権争奪武闘会。実況の美榊恵鈴です』 エリン先生の声が、会場に響く。 辺りを見回せば、リング近くに実況席が。 『早速、予選をクリアした猛者達を紹介しましょう! 入場ですッ!』 予選なんてやったんかい。 いや待て。ついさっき参加が決まったしぃと迦具夜は、予選に出てないはずだぞ。 ……もう、そんな事はどうでもよい気がしなくもないが。 『まずはシード選手! 月見家現居住神、しぃ選手ですッ!』 「のだ〜ッ!!」 しぃが叫ぶと、歓声が沸いた。 なるほど、シードだから予選なしなんだな。どうせ、今決めたんだろうけど。 ……それと、しぃ。何故にお前はそんなに状況に適応しているんだ。 「ここはやっぱり、しぃに賭けるべきかな……うーん、でも……」 そして、隣で頭を悩ませているマナも。 しかし馬鹿め。貧乏神が、賭け事で勝てるはずなかろう。 『文句なしの優勝候補! 旧支配者の力の前では、どんな敵も蟻同然でしょう!』 しぃが、リングに上がる。 『同じくシード選手! 匠哉さんの実妹、月見迦具夜選手です!』 次は迦具夜か。 『この大会では巨大ロボは使えませんが、彼女には腐るほどの武器があります! しかし勘違いしてはいけません! 迦具夜さんが強いのではなく、武器が強いのですッ!』 「――五月蝿いよ実況ッ!!!」 実況席に向かって、文句を言う迦具夜。 しかし、エリン先生は塵ほどにも気にしない。 『倉元緋姫選手! 予選を1位で通過した、恐るべき使い手ですッ!』 ……ん? 緋姫ちゃん? 「先輩、応援してくださいねーっ!!」 「あ、ああ……」 手を振った緋姫ちゃんに、振り返す俺。 ……しかし、何故緋姫ちゃんが参加? 『魔法冥土カナメ選手! 正体を隠すため、変身してでの登場ですッ! もう皆知ってる気がしますがッ!!』 って、級長まで? 「…………」 観客とは対照的な、静かな様子でリングに向かう級長。 『ヘレン・サイクス選手! テロクラ副部長を務める、その実力は本物でしょう! ま、私は敗けると思いますけどねッ!』 「――黙りなさいエリンッ!!」 しかもヘレンまで出てる。 何なんだ、皆揃って。月見家に来たって、貧乏生活をするだけなんだぞ? ……自分で言ってて悲しくなった。とりあえず、VIP席の食べ物は全部食べておこうと思う。 『そして、最後の選手ですッ!』 む、ラストか。 俺は、ジュースを口に含む。 『星丘高校「科学クラブ」部長――西選手ッ!!』 「――ぶぅぅぉぉぁぁああああああッッ!!!?」 噴いた。ジュース全部噴いた。 「……西、だとぉッ!!?」 見れば――そこには、白衣とぐるぐる眼鏡を装備した女がいた。 地下暗黒帝国での恐怖体験が脳裏を過ぎる。レインが助けてくれなかったら、俺は色々と改造されていただろう。 『本名不明、経歴もサンフォールに所属していた事しか判明していません! 恐らく、予選では実力の10分の1も見せていないはずですッ!!』 「…………」 そうだろうな。予選知らないけど。 西は、倉橋舞緒が創った蘇生術を信徒に施していた人間だ。 それはつまり、奴の能力が倉橋舞緒に匹敵する事を意味している……と思うよ? 「ククククク……遂に、アチキのサイエンス・パワーを世に知らしめる時が来たッ!!」 それが何故、この大会でなくてはならないのか。 「見ておれ月見匠哉ァッ!! 今度こそ、貴様を科学超人に改造してやりますヨッッ!!!」 ……ああ、それが狙いかよ。 「アレが優勝したら、匠哉は終わりだね」 「何を他人事のように言ってやがる、貧乏神。そうなったら、お前もアレと同居なんだぞ?」 そして、全ての選手がリングに上がった。睨み合う選手達。 『ちなみに霧神瀬利花さんも予選に参加していたのですが、残念ながら学力テストをクリア出来ず予選落ちしていますッ!!』 「――そんな事を発表するなぁぁぁぁッッ!!!!」 観客席のどこかから、魂の絶叫が聞こえた。思わず目頭を押さえる俺。 しかし、瀬利花まで参加しようとしていたのか。何でだ? 我が家に一体 何があるという? 『さて、ルール説明を行います! 皆さんには、これから殺し合いをして貰いますッ!!』 ルール説明じゃねえ。 『リングはチカさんの協力により創り出した結界に覆われており、選手以外の物は一切通しません! 攻撃が飛び火する恐れはないので、観客の皆さんは安心して観戦を楽しんでくださいね!』 ふむ、俺に危険はないと考えてよいのか。 いやしかし、選手が吹っ飛ばされた場合とかは、結界越えて観客に被害が出るよな。 ……どうか、こっちには飛んで来ませんよーに。 『勿論、選手の皆さんはリング・アウトすると失格となりますッ!』 リング・アウトか。真っ当に倒すよりは、その方が楽そうだな。さっきも思った通り、それだと観客が危ないが。 『10分後に勝負を開始しますッ! 賭けに参加する方は、回っている係員に賭け金を預けてくださいッ!!』 マナも、係員とやらにカネを渡した。そのカネは一体どこから来たのか、恐くて訊けない俺。 そして……10分後。 『では、レディ・ゴォォォォ――ッッ!!!!』 死闘の幕が、上がった。 「あはははははははは――ッッ!!!」 会場に、高笑いが響く。 その主はヘレン。彼女は風のようにリング上を駆け、迦具夜へと接近する――! 「月見迦具夜ァ!! 今日こそは貴方を――」 「『アルテミスの矢衾』――ッ!!」 「――ゲハァァッッ!!!?」 全身に剣やら槍やらが10本くらい突き刺さり、その衝撃でリング外へと吹っ飛ぶヘレン。脱落早いなー。 ヘレンは、実況席の方へと飛んで行く。 エリンはニコリと笑って、 『――「天龍の攻」!』 大きな折り紙の龍を、ヘレンにブチ込んだ。 ……さらにボロボロになり、跳ね返されるヘレンの身体。既に意識はあるまいな。 『ふぅ、危ない危ない。実況席に当たったら大変ですからねぇ』 全身串刺し状態で美榊流の技を喰らったヘレンはもっと大変だと思うのだが、どうだろう。 そのヘレンは、リングを飛び越え―― 「……げ!?」 このVIP席へと、向かって来ていた。 うわぁいきなりかよ、と俺が身構えると―― 「――『貧乏パンチ』」 マナが拳の一振りで、ヘレンを打ち返した。 ヘレンは再び、リングの上を越える。そして、ズドンッッ!!!! という大音と共に、反対側の観客席に激突した。 「…………」 うわぁ……不死身のヘレンといえども、これは厳しいんじゃないか? 『早速、脱落者が出ました! 私の予想通り、ヘレンさんですッ!!』 ……嬉しそうだなぁ、実況。個人的な感情で喋ってやがる。 改めてリングを見てみると―― 「……っ」 「ふっふっふっ……皆殺しなのだ〜!」 級長が、文句なしで危険度No.1の――しぃと対峙していた。 ……おいおい、正気かよ。何か手があるのだろうか? 「しぃ、いい物を上げるわ」 「……のだ?」 級長が取り出したのは、シュークリームが入った袋。 あれは―― 「商店街で人気のお店、『レディ・スウィート』の特製シュークリーム(700円。1日限定10個のみ)よ」 「――の、のだッ!!?」 「貧乏の総本山、月見家では永遠に食せない至高の一品。食べたいと思わない?」 「の、のだ〜……」 ふらふらと、シュークリームに誘われるしぃ。 級長が腕を伸ばし、シュークリームを結界から出した。手に持っている内は、『選手の一部』という事になるらしい。 「――貴方に上げるわ。取りに来なさい」 リング外に、シュークリームを落とす級長。 「頂くのだ〜っっ!!!!」 そして、しぃはそれに跳びかかった。 ……リング・アウト。 『しぃ選手、シュークリームに釣られてリング・アウトですッ!!』 「――のだ!? や、やられたのだっ!!?」 『グルメ妖神、食に敗れるッ! 失格ですッ!!』 「の、のだ……」 項垂れるしぃ。 ……シュークリームは、しっかりと口に運んでいるが。 「これで、1番厄介なのは消えたわね……」 「――そうですね。次は貴方が消えてください」 「あら。まだ残ってたの、貴方」 キィィンッ!! と、耳を劈く金属音。 級長のハンマーと――緋姫ちゃんのナイフが、ぶつかり合った音だ。 音は、1度では終わらない。まるで鉄琴を我武者羅に叩いているかのように、2人は武器を打ち付け合う――! 「く……ッ」 しかし、いくら級長でも緋姫ちゃんには勝てない。 級長が魔法冥土として多くの修羅場を潜ったのは確かだが、緋姫ちゃんが越えた死線はそれを上回るだろう。実戦経験の差が大き過ぎるのだ。 と、まるでその差を埋めるかの如く―― 「――『アルテミスの矢衾』ッ!!」 迦具夜が、級長を援護射撃――! 「な……っ!?」 奇襲を、完璧に捌き切る緋姫ちゃん。さすがだ、彼女の戦闘能力は常人離れしている。 だが―― 「迷いの森の夏至前夜、妖精達は舞い騒ぐッ!!」 迦具夜の攻撃を防ぎながら、級長と闘うのは不可能だ。 「スペシャル御奉仕ッ!!! 『メイド・ハンマー』ッッ!!!!」 鉄槌の一撃。 緋姫ちゃんはガードするも、その場に踏み止まる事は叶わず――リング外へ弾き出された。 『予選1位、倉元緋姫選手! カナメ選手と迦具夜選手のコンビ・プレイの前に敗れ去りました――!』 となると、残るは―― 「――貴方だけよッ!!」 白衣の女――西へと、突っ走る級長。 「級長バカ!!! 止めろッ!!!」 そいつに真正面から闘ったって、勝てるはずないんだよ……ッ! ハンマーが振られる。常人が打たれれば、骨まで砕ける打撃。 それを前にしても、西はまったく避ける素振りを見せなかった。 「え……?」 1番驚愕したのは、当然級長だろう。 『な、何が起こったのか! 西選手、ハンマーが効いていませんッ!』 ……そう。 ハンマーは、確実に西にヒットしたはずだった。なのに、まるで幽霊を打ったかのように――攻撃が、すり抜けたのだ。 「ククク……イメージが足りんよ。もっと強く、アチキに攻撃を当てる事をイメージしなくてはね」 西の手に、いつの間にかメスが現れる。 ……そして、一振り。 それだけで、級長は軽々と――観客席まで吹っ飛び、座席に叩き付けられた。 「――アイム・グレイトォォッ!! これぞ科学の力よッッ!!!!」 「か、要芽ちゃんッッ!!!?」 「峰打ちじゃ、安心せい」 残った選手は、迦具夜と西。 2人の、一騎打ちだ。 「……セット」 迦具夜は有りっ丈の武器を宝蔵から引っ張り出し、周囲に展開。 対して西は、メス1本。彼女はそれを、お手玉のようにポンポンと弄ぶ。 「失ったはずの物を再現するプログラムか。なかなか興味深い……アチキ、ちょっと貴方を解剖したくなってきましたヨ?」 「――『アルテミスの矢衾』ッ!!」 武器が、弾き出される。 恐るべき強弓。矢となる武器も、1つ1つが素晴らしい業物だ。 しかし―― 「ククククク……ッ!」 級長のハンマーと同じように、西には当たっていない。 リングは掃射によってズタボロになっているのに、その中心にいる西は掠り傷さえ負ってはいないのだ。 『どういうトリックなのでしょうか……!? 一体、西選手は何を行っているのでしょうッ!?』 エリン先生でも、西の秘密は見破れないようだ。 ……なら、迦具夜に分かるはずもない。 「何、で……!?」 「さっきも言ったでしょ。イメージが足りんのよ」 「ど、どういう事……っ!?」 西は三日月のように口元を歪めながら、指でメスをクルクル回す。 「有名な話だがね。深い催眠状態の人間に、ただの箸を焼け火箸だと言って当てると――実際に火傷を負ったような状態になる」 「――……」 「脳が完全に焼け火箸だと思い込めば、そうでなくても火傷をしてしまうのだよ。コレも、それと似たようなものだ。アチキは貴様の攻撃なんて効かないと100%信じているから、当たっても傷を負う事がない」 「な、何それ!? そんなの、勝ち目がないじゃない!!」 確かに。 マナのバリアーと同じだ。凄まじい防御能力を持つ者は、絶対的な強さを持つ。攻撃が効かないのだから、相手は勝ち様がないのだ。 ……うわぁ、反則クセー。 「いや、そうでもありませんヨ? アチキが効かないと100%信じているのなら、貴様は効くと100%以上信じればいい」 「――……」 「イメージするのだよ。何よりも強く、アチキを打倒するイメージを。ま、無理だと思いますけどネっ!」 「……やってみなきゃ、分かんないよ!」 再び、武器が一斉に西へと襲い掛かる。 豪雨のような、怒涛の如き連撃の中―― 「ヤレヤレ……100%以上どころか、30%にも達してないね。脳の使用レヴェルが低い奴は、これだからつまらん」 西は変わらず、平然と立っていた。 退屈げに、メスの刃を迦具夜へと向ける。 すると―― 「……ッッ!!!?」 武器の掃射が、何の前触れもなく止まった。 『迦具夜選手、射撃を止めました! 余りの実力差に、勝負を諦めてしまったのでしょうかッ!?』 迦具夜は何が起こったのか理解出来ずに、呆然としている。 「……どう、して? 何で、コレクションを喚べないの?」 「プログラムをクラックさせて貰った。コードを書き替えたから、宝蔵は開けんよ。当たらないとはいえ――少々ウザいのでね」 「な……ッ!!?」 「ノルニル三女神に勝ったと聞いたから、少しは面白い事になるかと思ってたが……やっぱり、小娘は小娘に過ぎませんネ」 西が、動いた。 彼女の姿が、調子の悪いテレヴィのようにブレた次の刹那。 いかなる魔法なのか――西は、迦具夜の正面に立っていた。 ……彼女は迦具夜の頭を掴み、片手1本で持ち上げる。 「ぐ……っ!!?」 「さて、解剖しましょ」 メスが、光を反射して輝く。 く……さすがにまずい! 「――迦具夜ッッ!!!!」 俺は有らん限りの声で叫ぶが、それでどうにかなるはずもなく。 「ククククク……ま、安心するがいい。貴様の兄は、アチキが素ッ晴らしい科学怪人に改造してやるさッ!」 うぉいッ!!? さっきは科学超人だったのに、今は怪人かよッ!!? ……いや待て、落ち着け俺ッ!! これはそういう問題じゃないッ!!! 「勝つのは……」 と、その時。 迦具夜が、西をキッと睨んで――叫んだ。 「勝ってお兄ちゃんと一緒に暮らすのは、私だよ――っ!!!」 足を振り上げる、迦具夜。 無理な体勢から放たれた、力の篭らない蹴りだ。 しかし、それは――今までとは違い、西の顔面にヒットした。 「ぐ……っ!!?」 『おおっと、遂に迦具夜選手の攻撃が当たりました! 西選手、堪らず怯みますッ!!』 顔を蹴られ、迦具夜を手放す西。ぐるぐる眼鏡が吹っ飛び、リングの上を滑って行く。 しかし、それだけだ。西を、その程度で倒せるはずもない。 「はぅ……」 ……へ? 何だろう。今の、小動物的な声は。 「はぅ〜……眼鏡、あちきの眼鏡どこ〜……?」 西はペタンと両膝を付き、アタフタしながら眼鏡を探し始めた。 頑張って捜しているようだが、眼鏡はかなり遠くに飛ばされている。徒労だ。 「…………」 その不思議過ぎる変貌に、あれだけ盛り上がっていた会場がシーンと静まり返る。 「眼鏡どこなの〜……はぅ……」 意外にも、クリクリとした可愛らしい眼に――涙を溜め始める西。 ……何なのだ。この、お約束っぷりは。 「…………」 迦具夜は眼鏡を拾って来ると、西の前に差し出した。 ……余りにも可哀想だから、取って来てやったのか? 「あ……ありがとうっ!」 西は嬉しそうに、眼鏡に手を伸ばすが――取る寸前で、迦具夜は手を引っ込めた。勢い余って、ペタンと倒れる西。 ……苛めっ子みたいだぞ、迦具夜。 「はぅ〜……」 西は迦具夜から眼鏡を取り返そうとするが、迦具夜は適度に距離を取って逃げる。 まるで、目の前に人参を吊るされた馬のように――西は、リングの端へと誘導されて行く。 そして。 「えい!」 「――はぅっ!?」 迦具夜は西を、リング外に押し出した。 『決まったぁぁッ!! 迦具夜選手の一撃により、西選手がリング・アウトッッ!!!!』 いや、それは誇張し過ぎではなかろうか。 「お兄ちゃん……やったよ〜っ!!」 俺に向かって、叫ぶ迦具夜。 エリン先生が、リングに上がる。勝者の迦具夜に、インタヴューでもするのだろうか? 『さて! ここで、優勝を賭けたラスト・バトルですッ!!』 「……へ?」 俺と迦具夜の呟きが、完全に一致した。 優勝を賭けたって……全員消えたんだから、迦具夜が優勝じゃないのか? 『最後の相手は、この美榊恵鈴ッ! 私を倒し、迦具夜選手は優勝を掴み取る事が出来るのでしょうかッ!!?』 「な……何それぇぇぇええええッッ!!!?」 迦具夜が、エリン先生に詰め寄る。 「ちょっと、どういう事ッ!!?」 『どうもこうも、今言った通りですが。最後まで残れば優勝だなんて、ルール説明にありましたか?』 「く……っっ!!?」 なかったな、そう言えば。 ……完全に詭弁だが。 『ぶっちゃけ、貴方が匠哉さんと同居なんて事を許せないだけですけどねッッ!!!!』 「――本音が出たッ!!? まぁ、いいよ……3度目の正直、ここで決着を付けてやるッッ!!!!」 エリン先生に、啖呵を切る迦具夜。 しかし、迦具夜……お前、大事な事を忘れてるぞ。 「……あ」 どうやら、気付いたらしい。 玉兎は召喚出来ない。『アルテミスの矢衾』は、西によって封じられた。 つまり――今の迦具夜には、闘う術がないのだ。 『おお、やる気ですね迦具夜選手!』 「え、いや、ちょっと待――」 『では私も、遠慮なくいきますよッ!! 美榊流折形術、陰派一子相伝――「黒月読の法」ッッ!!!!』 「――いきなり奥義ッッ!!!?」 黒い折り紙が舞う。エリン先生の頭上に、黒い月が作り出される。 勿論、月を覆うほど巨大ではない。エリン先生の身長くらいだ。美香さんも、そのサイズが限界だって言ってたしな。 だが、それでも――黒い月は、見ただけで危険だと分かるほどの、禍々しい気を放っている。 『さ、上手く避けてください。まともに当たれば、五体が千切れて挽肉ですよー♪』 「だ、だから今の私は――って嫌ぁぁぁあああああッッ!!!?」 落下する、黒い月。 リングが――まるで爆破されたかのように、粉々になって吹き飛んだ。 「うぅ〜……」 迦具夜が、眼を回しながら唸る。 エリン先生の『黒月読の法』が炸裂した、その瞬間。迦具夜は、リングの外に跳び出していた。 張られている結界は、攻撃を通さない。おかげで迦具夜は、必殺の奥義から逃れる事が出来たのだ。 見事な逃げ足だったぞ、迦具夜。さすがは我が妹。 ……まぁ、別に褒められるような事でもないだろうが。 『迦具夜選手、失格です! いやー、残念な結果に終わってしまいましたねー』 残念な結果に終わらせた本人が、いかにも悲しそうにする。 ……誰にも勝たせるつもりがなかったのなら、何でこんな大会を開いたんだ。遊び半分の暇潰しか。 『では、優勝者はなしという事で。月見家には、変わらずしぃさんに住んで貰いましょうか』 「……のだ!?」 敗北とシュークリームの味を噛み締めていたしぃが、ピクリと反応。 「よ、よかったのだ〜」 しぃは、いあ! と万歳する。 つーか、お前はうちに住んでどうするんだ。ルルイエに帰らなくてもいいのか? 「無難な結果になったね、匠哉」 「無難、か。いい言葉だ。……それより、お前」 マナは、VIP席の食べ物を残さず食べ尽くしていた。 ……俺の分も食いやがったな。くそぅ、闘いに気を取られてて気付けなかった。 『では、第一回月見家居住権争奪武闘会――これにて閉幕ですッ!!』 第一回って事は、第二回も予定されているんだろうか。 ……まぁいいけどさ。俺に、面倒がないのなら。 ちなみに。 マナは、結局しぃに賭けていたらしい。よって、配当金はなしだ。 ……別に、期待してた訳じゃないぞ。ホントだからなッ!
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