ビンボールハウス・レジェンド2
〜カウンター・テロ〜

大根メロン


 ――強行手段に出られた。
 いつもバイトを口実にボラクラをサボってる俺と、女剣クラブを口実に同じくボラクラをサボってる瀬利花。
 その俺達に対し、マナは『殴って連行』という極めて分かり易い行動に出たのである。神族マジ恐え。
「…………」
 部室の机に座っている俺。きっと、仏頂面をしている事だろう。
「あら、珍しく匠哉と瀬利花がいるわね」
「お、ホントなのさ」
 パックと共に、級長が入室。
「……待て。以前は『瀬利花さん』ではなかったか?」
 瀬利花が、目敏くツッコむ。
 ……しかしその理由は、俺にだって分かるぞ。
「以前はね。でも、今は同級生だもの。敬語を使う必要はないわ」
「…………」
「正直言って、ずっと面倒に思っていたのよ。敬いたくもない相手に、敬語を使うのは。だから今は気分がいいわ」
「……そうか」
 何か、リアルに凹んでるっぽい瀬利花。自業自得だがな。
「さて。メンバーが揃った事だし、今回の活動を始めるよ」
 マナが、全員を見回しながら語る。
「風紀委員会から依頼が来てるから、まずはそれだね。緋姫、説明して」
「はい」
 緋姫ちゃんが、前に出た。
「数日前、教皇庁ヴァチカンがアジアのとあるカトリック系テロ組織に武器弾薬を輸送していたんです。しかし、そこをテロクラが襲撃。運ばれていた品を強奪してしまいました」
「その時の闘いで、迅徒と泉が行方不明になってるね。まぁ、どうでもいいけど」
 マナが付け足す。
 ……どうでもよくはない。いや、確かに泉はどうでもいいが。
 緋姫ちゃんが、黒板に地図を張る。
「数時間後、星丘港に船が到着します。そこからは、陸路で運ぶのでしょう」
 星丘港から学校への道に、線が引かれた。
「風紀委員からボラクラへの依頼は、その武器弾薬が星丘高校に運び込まれるのを防ぐ事です」
「まぁ、そういう事。で、誰が行くかだけど」
 マナはニッコリと笑って、
「――匠哉、緋姫。2人で行って来てね」
 と、とんでもない事を口にした。
「ってオイ!!? 何で俺達2人だけっ!!?」
「そうです、聞いてませんよ!?」
「先約があるんだよ。私達ボランティア・クラブは、これから市内のゴミ拾い活動に参加しなきゃならないの」
 うわぁ、俺もそっち行きてえ。
「まぁ頑張れ。ぐー……」
 真が、ポンポンと俺の肩を叩く。
 ……何かムカついたので、とりあえずラリアットをブチ込む。
「じゃ、行ってらっしゃい」
 マナが、俺と緋姫ちゃんに手を振った。



「…………」
 俺達は、遠くから双眼鏡で星丘港を観察する。
 港では、船から木箱が運び出され――デカいトラックに、積み込まれていた。
「そう言えば、緋姫ちゃん。武装風紀委員の本隊が俺達に合流するって話だったが、それはどうなってるんだ?」
「うーん……そろそろ到着してもいい時間だと思うんですけどね……」
 話しながら、観察を続ける俺と緋姫ちゃん。
 港の周囲は、AK47突撃銃カラシニコフらしきライフルで武装したテロクラ部員が固めている。近付くのは不可能だろう。
 となると、やっぱり襲撃は輸送中か。
「先輩、先輩。あそこを見てください」
「……ん?」
 緋姫ちゃんが指差す。
 そこには――日傘を持った、英国人の生徒が1人。
「あれって、ヘレン・サイクスですよね?」
「ああ。テロクラの副部長になったって話、ホントだったんだな」
 さらに観察すると――
「……げ」
 厄介な奴の姿を、見付けた。
「どうかしましたか?」
「ほら、あそこ。背の高い外国人がいるだろ? 女生徒をナンパして、ライフルで撃たれそうになってる奴」
「ええ、いますね。お知り合いですか?」
「まぁ……知り合いと言えば知り合いか。あいつは、ハロルド・カーライル。元サンフォール信徒だよ」
 あの後、行方不明になったとは聞いていたが……こんな所で雇われ業フリィ・ランサーか。
「強力なんですか?」
「闘ってる姿を見た事はないから、詳しくは分からないが……あの清水さんと互角に闘り合った訳だから、かなり強いんだろう」
 ヘレンとハロルドか……面倒だな。
「先輩、さらに悪い知らせが」
「……何だ?」
「あのトラックの運転席、見てください」
「ん……」
 言われた通り、見てみる。
 運転席には――意外と言うべきか、女の子が座っていた。
「彼女は白酉飛鳥。元クラウンの万能運転手マルチ・ドライヴァーです」
「あー……泉の奴から聞いた事がある。確か、加速狂アクセル・フリークだったか」
 あいつの運転はトラウマものだ、とか震えながら言ってたっけ。
「…………」
 俺と緋姫ちゃんは、お互いの顔を見る。
「……帰るか」
「ダ、ダメですよ! 何言ってるんですかっ!!」
「ヘレン・サイクス、ハロルド・カーライル、白酉飛鳥。まともに行ったら命がいくつあっても足りんぞ」
「でも、あの人がいませんから……まだマシな方だと思いますよ?」
「……あの人?」
 緋姫ちゃんは一瞬の逡巡の後、口にした。
「テロリズム・クラブ部長――春獄晴良しゅんごくせいら。元クラウンの、魔人です」



 緋姫ちゃんはどこか遠くを見ながら、語る。
「晴良さんは元々、イースト・エリアのグループの1つ――『グレイヴ』のリーダーでした。彼等は支配地域で略奪の限りを尽くす、危険なグループでしたね」
「酷い事だな」
「そうですね……でも、グレイヴに逆らう人は誰もいませんでした。それほどまでに晴良さんの存在は巨大で、まるで神のように畏れられていたんです」
「…………」
「グレイヴ自体はそんなに大きなグループではなかったので、私が少数部隊を組んで殲滅に向かいました。予想通りグレイヴのメンバーは大した事なく、すぐに殲滅出来ると思ったのですが――」
 緋姫ちゃんが、少し黙った。
 言い辛いかのように――しばらくの無言の後。
「……唯一の予想外は、晴良さんの力を完全に甘く見ていた事でした」
 再び、口を開いた。
「あの人が立ち塞がってから数秒で、部隊は私以外全滅。残った私も、晴良さんと闘い――敗れました」
「なッ……緋姫ちゃんが敗けたのかッ!!?」
 ……信じられない話だ。
 俺は緋姫ちゃんの強さをよく知っているから、尚更に。
「私は、命辛々逃げ出しました。どうしてあの時、晴良さんは私を見逃したのか……今でも分かりません」
「しかし、何で晴良とやらはクラウンの軍門に下ったんだ?」
「クラウンの本隊がグレイヴを襲撃した時、晴良さんはあっさりと降伏したんです。グループの規模は、クラウンの方が圧倒的に大きかったですから」
 ……どうにも胡散臭いな。
「クラウンの一員となった晴良さんは、なかなか頼りになる人でした。彼の人間離れした魔的な強さは、クラウンを支える柱の1つとなったんです」
「そして今は、こうして再び袂を分けた訳か」
「……あの人が部長になってから、テロクラはより邪悪さを濃くしました。晴良さんの狂気が、テロクラを暴走させているんです」
 春獄、晴良……そんな恐ろしい奴が、今のテロクラを支配しているんだな。
「だから、晴良さんがいないだけでもラッキィだと思わないと」
「うーん……」
 それとこれとは、話が違うような。
「って、もう時間がありませんね。先輩、行きますよ」
「……ん? ああ……」
 結局、武装風紀委員の本隊は来なかったな。
 うわ、ホントに2人だけかよ……大丈夫なのか?



 俺と緋姫ちゃんは、歩道橋の上から道路を眺めていた。
 もうすぐ、ここを例のトラックが通る事になっている。
「…………」
 何だか嫌な予感がするのは、俺だけだろうか。このポジション取り。
「なぁ、緋姫ちゃん――」
「先輩、来ましたよ!」
 尋ねる間もなく、前からトラックがやって来る。
「私がカウントダウンしますから、ゼロと同時に飛び降りてください!」
「――って、やっぱり飛び降りるのかよッ!!」
 どうしてこう、悪い予感ばかり当たってしまうんだ俺の人生!
「5,4,3,2,1――」
 ええい、なるようになれだッ!
「――ゼロッ!!!」
 同時に、歩道橋から飛び降りる俺達。
 タイミングは完璧だったらしく、トラックのコンテナに降りる事が出来た。
 ……しかし。
「のわぁ――!!?」
 やはり映画じゃあるまいし、走ってる車の上に着地するのは無理がある。
 バランスを崩し、コンテナから落ちかける俺。
 説明するまでもないが、落ちたら無事では済まない――!
「――先輩ッ!!」
 そんな俺の身体を、緋姫ちゃんが掴む。俺は、コンテナの上に引っ張り戻された。
「う、ぉお……助かった」
 コンテナに座り込み、息をつく俺。
「しかし、緋姫ちゃん……こう、もう少し安全な方法はなかったのか? 例えば、信号で止まった時にこっそりと近付くとか」
「甘いです、先輩。ハッキリ言って、乗り物に乗った飛鳥さんは無敵なんです。意表を突かないと、とても近付く事なんて出来ませんよ」
「……そうか。で、これからどうするんだ?」
 座ってばかりでは何なので、立ち上がってみる。
 恐ッ。
「簡単な事です。このトラックごと、積荷を頂きましょう」
 緋姫ちゃんは、リュックからFive-seveNを抜く。
「私がこのまま運転席まで行って、飛鳥さんの頭に銃を突き付けます。その後、彼女には車を降りて貰いましょうか」
「……そんなに上手くいくのか?」
 ふふふ、と笑う緋姫ちゃん。
「大丈夫ですよ。確かに飛鳥さんは強力ですけど、私は彼女の上に立っていた人間なんですから」
「……なるほど。それもそうだな」
 さすがは緋姫ちゃん、頼りになるぜ。
 ……俺がここにいる意味が少したりとも存在しないような気がするが、まぁどうでもいいや。
 緋姫ちゃんは、運転席の方に行こうとする。
 だが――
「……待て、緋姫ちゃん。様子がおかしい」
「え……?」
 下を見る。緋姫ちゃんも、気付いたようだ。
 前から後ろに、どんどん車が流れて行っている。
 このトラック……もの凄く加速してないか?
「……私達が乗り込んだ事、とうに気付いてたみたいですね」
「マジかよ……」
 速度が上がるに連れ風圧も増し、立っているのも辛い。仕方なく、両手両足を付く俺。
 ――次の瞬間。
「うわぁ――ッッ!!!?」
 トラックが猛スピードで、蛇行運転を始めた――!
 ……よかった。立ったままだったら、確実に落っこちていただろう。
「くッ……振り落とすつもりですかッ!!」
 緋姫ちゃんは……さすがだ。こんな足場の上でも、2足で立っている。
 ……って、ちょっと待て。
「おいおい……この先、交差点があるぞ?」
 しかも、信号は赤に見える。
「止まったりは……」
「しないでしょうね」
「…………」
 緋姫ちゃんの言葉通り――トラックは赤信号を無視して、交差点に突っ込む!
「……ッ!!」
 両側から来た車が、急ブレーキを踏んだ。耳障りな音が響く。
 無論、止まり切れずに激突するが――乗用車とトラックの差もあるし、どうやら色々強化もされているようだ。トラックは、車を弾き飛ばして進む。
「ぬぅおお……ッ!!」
 激突の衝撃で、また落ちそうになる俺。
「先輩は姿勢を低くして、動かないでいてください!」
「もうやってマスッ!!」
 と言うか、動けません。俺もトラウマになりそう。
 緋姫ちゃんが、前に進もうとした時――
「……ッッ!!!?」
 通り過ぎた歩道橋から、2つの人影が飛び降りて来た。
 コンテナの前部には女、後部には男。
「ヘレン、ハロルド……!」
 まずい……いくら緋姫ちゃんでも、この英国産不死身コンビが相手じゃ……!
「おや、匠哉。貴方も来ていたんですの?」
 ヘレンが俺を見て、意外そうな顔をする。
「……へえ、お前が月見匠哉か。男の姿で遭うのは初めてだな」
 ハロルドが、俺を見て言う。
 何だろう。奴の言葉から、怨念じみたモノを感じるのだが?
「この野郎……『月見マナ、ちょっといいかなー』とか思ってた、オレの純情を裏切りやがってッ!! この痛み、億倍にして返してやるッ!!!」
「…………」
 うっわぁ、くっだらねえ怨み。
「……闘うしかありませんね」
 緋姫ちゃんはFive-seveNをリュックに仕舞い、代わりにP90を抜いた。もう一方の手には、ナイフを握る。
「フフ、やる気ですわね。なら、遊んであげますわ」
 ヘレンが、トランプを取り出した。
 日傘を盾にして駆け、緋姫ちゃんへと接近する。
 引き金を引く緋姫ちゃん。しかし、弾丸は全て日傘に弾かれる――ッ!!
「――はッ!!」
「……ッ!!」
 振るわれたトランプを、緋姫ちゃんは下がって躱す。
 だがそこに、背後から――
「――オラァッッ!!!」
 ハロルドの蹴りが、襲い掛かった――!
「く――ッ!?」
 緋姫ちゃんは蹴りをガードすると同時に、飛んで来たヘレンのトランプを避ける。
「これは……少々厳しいですね……」
 ふたりから距離を取り、呟く緋姫ちゃん。
 どちらが有利かは明白だ。こんな足場で、あいつ等を相手にするのは無理がある。
 ……ん? 待てよ?
「おいお前達、どういう事だ?」
 確かに、足場は悪い。
 だがそれは、向こうも同じ事のはず。
 なのに――
「どうしてこの高速蛇行するトラックの上で、平然と闘える――!?」
 ヘレンとハロルドは、それをまったく苦にしていないのだ。
「簡単な事ですわ。私達は、車上戦闘に慣れていますの」
「この展開を予見していた春獄晴良は、オレ達にトラックでの闘いを訓練させたんだよ」
 ふたりは、得意気に笑う。
 ……そういう事かよ。
「オラオラァ! 呆っとしてると死ぬぞッ!」
 ハロルドの拳が、緋姫ちゃんに打ち出される。
 俺の眼では追えないほどの、恐るべき連打だ。
「……ッ!!」
 それを、曲芸じみた動きで避ける緋姫ちゃん。
 しかし――避けた先に、ヘレンのトランプが飛来。
「く……ッ!?」
 緋姫ちゃんのブレザーが、細切れになって散る。
 今のは……ヘレンの攻撃を、ギリギリで躱したのか?
「フフ……このまま、1枚ずつ剥ぎ取ってやりますわ」
 ……どうやら、違うみたいだな。わざと服だけを切ったのか。
 相変わらず、性格の悪い奴だ。
「――ハァッッ!!!」
「……ッ!!?」
 ハロルドの下段蹴りが、緋姫ちゃんの足にヒット。
 元サッカー選手、しかも今は生ける死体リヴィング・デッドのハロルドだ。その蹴りの威力は想像したくもない。
「あ、ぐ……ッッ!!!?」
 さすがの緋姫ちゃんもそれには耐えられず、バランスを崩す。
 しかも、ここは高速で走るトラックの上。少しバランスを崩しただけでも落下の危険がある。
 体勢を立て直す緋姫ちゃん。だが、その間は完全に無防備で――
「……ッッ!!!?」
 ヘレンのトランプによって、スカートを切り刻まれた。
「せ……先輩ッ! 私の方を見ないでくださいッ!!」
「え? えーっと……努力はする!」
 そう言われても、見なきゃ戦況が分からんし。
「ほら――早く私達を倒さないと、裸になってしまいますわよ?」
 心の底から楽しそうに、笑みを作るヘレン。
 ……お前はそんなんばっかだなぁ。
「そう言えば、ヘレン」
「何ですの、匠哉?」
「お前がうちに住んでた頃、食事中にクシャミをした事があったよな。んで、鼻から米粒がドカーンと」
「――なッッ!!!? ちょ、黙りなさいッッ!!!!」
 ヘレンが顔を真っ赤にして、俺に詰め寄る。
 無論――そんな隙を、緋姫ちゃんが見逃すはずはなく。
「――やッ!」
「は……?」
 ヘレンは蹴り1発で、トラックから落下。
「こ、こんなやられ方は嫌ですわぁぁ〜っっ!!」
 道路に落ち、あっという間に見えなくなった。
 派手に落ちたが……ま、大丈夫だろう。ヘレンだし。
「チッ……バカが、くだらない方法でやられやがってッ!!」
「ハロルド、花音から聞いたんだが……ユズリハ旅館で覗きをやって、倉橋舞緒に消されそうになったって実話か?」
「――ぶッ!? や、止めろ、あの時の恐怖体験を思い出させるなぁぁ!!!」
 アタフタするハロルド。
 無論――そんな隙を、緋姫ちゃんが見逃すはずはなく。
 以下同文。
「こ、こんなやられ方は嫌だぁぁ〜っっ!!」
 ヘレンと同じ言葉を残して、消えてゆくハロルド。器がヘレンと同レヴェルなんだな。
「よし、緋姫ちゃん。邪魔は排除出来たな」
「……先輩、ブレザー貸してくれませんか?」
「ん?」
 見ると――緋姫ちゃんはYシャツを引っ張って、ショーツを隠そうとしている。
 でもやっぱり、隠し切れない訳で。
「み、見ないでくださいよッ!!」
「あ、ああ、悪かった!」
 ブレザーを渡す。
 緋姫ちゃんはそれを腰に巻き、スカートの代わりにした。
「……じゃあ、私は運転席に行って来ますから」
 顔を赤くしたまま、緋姫ちゃんがP90とナイフを仕舞う。
 そして再び、Five-seveNを手に取った。
「おう、頑張れー」
 俺はとりあえず、応援の言葉を返したのであった。



「……このトラック、自前なのよ。後で返してくれると嬉しいんだけど」
「考えて置きますよ」
 運転席の緋姫ちゃんは、全然返す気のない声で言った。
 白酉飛鳥はトラックから降ろされ、面白くなさそうに緋姫ちゃんを見ている。
 ……あの後。
 緋姫ちゃんはトラックを適当な所で停めさせ、運転手の交代を行ったのだった。ちなみに、俺は助手席。
 白酉飛鳥は、すんなりと緋姫ちゃんに運転席を譲った。真っ当に闘う気はないのだろう。
 ……彼女が、俺の方を向く。
「月見匠哉。貴方に、言っておきたい事があるの」
「何さ?」
「晴良はバケモノよ。私は勿論、プリンセスとも比べ物にならないほどの」
「…………」
「貴方が、責任を持って彼からプリンセスを護りなさい。いいわね?」
「……ああ、分かった」
 出来る限りでなら。
「あ、飛鳥さん! 何言ってるんですかっ!!」
「よかったわね、プリンセス。護ってくれるそうよ」
「〜〜〜〜っっ!!!?」
 緋姫ちゃんは白酉飛鳥から顔を逸らし、正面を見る。
「あんな人の相手はしてられません。先輩、行きますよ!」
 そして、アクセルを踏んだ。
 バック・ミラーを見る。白酉飛鳥は俺達を見送る事もなく、さっさと去って行った。
「まったく、あの人は……」
「それで、緋姫ちゃん。これからどうするんだ? 学校に持って行ったら、テロクラに奪い返される可能性があるだろ?」
「ええ。なので、学校とは別所にある風紀委員会の倉庫に運び込みます」
「……そっか」
 俺は、ぼーっと窓から外を眺める。
 ……そう言えば、武装風紀委員の本隊とやらはどうなったんだろう?
「…………」
 現れなかった武装風紀委員本隊。現れなかった、春獄晴良。
「……まさか――」








 ――夜。
 飛鳥はバイクを飛ばし、ある場所に来ていた。
 そこは、武装風紀委員本隊の待機場所。
 しかし――集結した精鋭達は、1人残らず息絶えていた。
「……相変わらずのバケモノっぷりね」
 その、死体の海の中心に。
 この地獄を作り出した者が、静かに座っていた。
 ……白い肌に、白い髪。そして、赤い瞳。
 白子アルビノの男――春獄晴良が、飛鳥の方を振り向く。
「――……」
 初めて彼を見た者は、皆こう思うのだ。
 ――コレは、何かの間違いで地上に落ちた天使だと。
「やあ、飛鳥。運搬の方はどうなったんだい?」
「残念ながら失敗よ。雇われ者も貴方のとこの副部長も、見事にやられたみたいね」
「……そうか」
 晴良は、愛用の拳銃――マウザーM712を、弄ぶ。
「プリンセスは、元気だった?」
「ええ」
「そう……なら、いい」
 晴良は、優しく呟いた。
 ……吐き気すら覚えるほどの、優しさ。
「晴良、前々から聞きたかったんだけど。貴方って、プリンセスに勝ったのよね? でも――見逃した。それはどうしてなの?」
「……ああ、あの時の事か」
 晴良の顔には包帯が巻かれ、左眼を覆い隠している。
 クラウン時代は変わったファッションか何かだと思い、気にも留めていなかったが――今の飛鳥は、その奥に隠されているモノが想像出来た。
 ……もし想像通りだとしても、楽しい事など何もないが。
「プリンセスと闘った時――僕は初めて、自分の『死』を意識した。彼女が僕に、『死』という概念を教えてくれたんだよ」
「…………」
「だから見逃した。彼女は、もっともっと強くなる。そしていつか再び僕と相対した時、飛び切りの『死』を見せてくれるはずだからね――」
 晴良が、微笑む。
「――その時こそ、僕はプリンセスを殺す。愛しい愛しい彼女の『死』こそが、僕とプリンセスの婚礼の儀だ」
 正気を遥かに通り過ぎた、死神の笑み。
「……ゴメン、晴良。そろそろ限界」
 飛鳥の全身から、冷たい汗が流れ出る。この男と対峙して平静でいられる者は、緋姫くらいであろう。
「――そう。じゃあサヨナラだ」
 背を向け、逃げるように去る飛鳥。
 ……晴良は月に照らされながら、動く事なくそれを見送る。








 ――翌日、ボラクラ部室。
「依頼は見事達成だね。ま、風紀委員会は敗けたも同然の被害を負った訳だけど」
「……ッ」
 マナの言葉に、緋姫ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 ……昨日、最後まで到着しなかった武装風紀委員本隊。彼等は皆、死体となって発見された。
 犯人は、間違いなく――春獄晴良だろう。
 ちなみに。行方不明だった泉が、今日は登校していた。迅徒も無事らしい。
 異端審問部の中でも、凄腕のメンバーで行われていた――武器輸送。それを襲撃したのは、他ならぬ春獄晴良だったのだ。
 ……奴は、迅徒と泉が2人掛かりでも倒せなかった魔人。武装風紀委員本隊が全滅したのも、頷けてしまう。
 何より、恐ろしいのは――
「……今、この学校にいるのよね。その、春獄晴良が」
 そう、級長の言う通りだ。
 奴は星丘高校の生徒。ヘレンと同じく部室登校だと思うが、生徒である事に変わりはない。
 つまり眼と鼻の先に、悪魔のような男が存在している――。
「そんな事、恐れていても仕方ない。ぐー……」
 ……真、何て図太いんだ。
 まぁ、確かにその通りだとは思うが。
「晴良さんは……いつか必ず、私が斃します」
 決意の篭った声で、緋姫ちゃんが呟く。
 それに対しマナは、
「――無理無理。緋姫じゃ100人いたって無理無理ー」
 と、空気読んでない発言をした。
「…………」
 無言で、武器を構える緋姫ちゃん。
 ニヤリと笑い、待ち構えるマナ。
「お、おい――」
 ふたりを止めようとして――そこで、選択を間違えた事に気付いた。
 もう、教室には誰もいない。向かい合うマナと緋姫ちゃんと、バトルに巻き込まれてボロボロになるのであろう俺以外。
「…………」
 ああ――逃げるべきだったのだ。そんな簡単な判断を、誤ってしまった。
 ……ま、今更後悔しても遅いけどナ!
「死になさい、貧乏神ッ!」
「緋姫って元気だけはあるよねー。実力はないけどさ!」
 やっぱり、春獄晴良を恐れても仕方ない。
 俺にとっては、こいつ等の方がよっぽど危険だよ。チクショー。






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