「さて匠哉、ついに貧家第2部が始まる訳だけど」
「第1話の第1行目からミもフタもない事をブチ撒けるな、貧乏神」
「えー」
「そういう事情は読者の皆さんが知っていればよいのであって、登場人物が知っている必要は塵ほどもないのだよ」


ビンボールハウス・レジェンド

大根メロン


 長い冬が終わり、春が来た。
 まぁその冬の間にも、雪合戦大会という名の殺し合いがあったりした訳なのだが……いや、いい。思い出したくもない。
 俺とマナは桜咲く道をのんびりと歩きながら、学校へと向かう。
「綺麗だねえ。桜は日本の心だよ」
 星丘大橋を渡る。
 八十禍津日と草薙が刻んだ、街を分断する地割れ。そこに海水が流れ込んで出来た川に、かかる橋だ。
 それを渡って少し進めば、そこ星丘高校がある。
「そうか? こう、地面に落ちた花弁が汚くて、俺はあまり好きになれんのだが」
「……うっわー。春なのに冷たい意見ー」
 今日は、1学期の始業式。
 つまり――俺達は、3年生になったのである。



「おはよー」
 3年生の教室に入る。
 新学年とは言っても――別にクラス替えが行われた訳ではないので、クラスメイトはそのままだ。
「ぐー……」
 相変わらず、寝っぱなしの真。
「おはよう」
「おはよ、お兄ちゃん」
「おはようございます」
 級長に、迦具夜に、美空。
 ちなみに、クラス替えが行われない以上、級長は級長のままである。本人も、別にそれでよいらしい。
「おはよう、皆。3年生かと思うと気分も違うねー」
 そして、マナ。
 ……知り合いはこれくらいか。
「…………」
 今、視界の隅に見知った人物がいた気もするが、そんなはずはない。
「でも、少し寂しいよね」
 マナが、皆に言い出す。
「何がだ?」
「瀬利花だよ」
「ああ……そっか」
 去年、3年生だった瀬利花。
 つまり――
「……あいつは、もうこの学校にはいないんだよな」
 毎回追い駆けられてばかりだったが、こうしてみるとやっぱり寂しいな。いなくなって初めて気付く大切さ、というヤツか。
「く……ッ」
 視界の隅で誰かが恥辱に耐えるかのように震えているが、多分気のせいだな。
「お兄ちゃん、霧神さんの進路って知ってる?」
「さぁ? あいつの事だから、進学せずに家業を継いだんじゃないか?」
 あいつの家は、退魔の名門。その可能性は高いだろう。
「となると、信濃の本家に帰ったのかも知れませんね」
 美空が呟く。
 本家、か。信濃家がどこにあるのかは知らないが……そうひょいひょい行けるような場所でもないだろう。
「……お別れくらい、ちゃんとしたかったわね」
 クールな級長も、多少は思う事があるようだ。声色に、瀬利花への思いが感じられる。
 バッグに下がってるキィ・ホルダーが、同意するように揺れた。
「瀬利花……」
 俺は、窓から外を眺める。
 青い空。瀬利花も、同じ空の下にいるはずなのだ。
 ……そうだよな。永遠の別れ、って訳じゃない。
「またいつか会えるさ。信じていれば、きっと」
 俺の言葉に――皆が、微笑む。暖かい空気に包まれる俺達。
「…………」
 ……えっと、そろそろ限界なんですけどネ?
 俺は視界の隅の、瀬利花っぽい人物を見る。
 その人物は――死ぬんじゃないかと思うほど顔を赤くして、一言。
「……笑いたければ笑え」
 そうか。なら、遠慮なく。
「ぎゃはははははははははははははははははははッ!!! 留年ッ!? マジかッ!!! いや、さすがにそれはちょっとカッコ悪過ぎだと思うのですがいかがかな!!? ってか、留年、留年!!? ぎゃははははは、死ぬ、面白過ぎて死ぬッッ!!! ぶわっはははははははははははははははははははァァ――ッッ!!!!」
「…………」
 瀬利花は木刀を掴むと、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。
「……覚悟は出来てるか、月見匠哉」
「え? いや、笑えって言ったのはお前だろうに――」
「――問答無用ッ!! 死ねェッッ!!!!」
「のわぁぁぁッッ!!!?」
 俺は斬撃を跳んで躱し、廊下に逃げ出す。
「この、お前が留年したのは自分自身のせいだろッ!!」
「留年言うなッ!! お前のその、デリカシィの欠片も存在せん言動が気に入らんのだッ!!!」
「デリカシィだなんて横文字使いやがってッ!!! まずは御国の言葉からちゃんと勉強したらどうだ留年生ッ!!!!」
「ぐぅああああああああああああッッ!!!!」
 逃げる俺、追う瀬利花。
 ……あれ? 初日から――と言うか第1話からこの展開?
「平和だねぇ……」
 遠ざかる教室から、マナの声が聞こえた気がした。



 俺は、走り慣れた廊下を駆け抜ける。
 ……皆、ホントは廊下を走ったらダメなんだぞ!
「殺ァァァァァァァッッ!!!!」
 背後からは、殺そうとしてるとしか思えない攻撃が飛んで来る。
 廊下にいた、何の罪もない生徒達を容赦なく巻き込んでいるが……いいんだろうか。
 と、その時。
「ぐぁぁぁッ!!! 俺の目の前で、女の子に追い駆けられるんじゃねえッッ!!!!」
 凄く理解不能な理由で、異端審問官が俺に襲い掛かる……ッ!
「何だ下級生、上級生に凶器(定規)向けていいと思ってるのかッ!?」
「――下級生言うなッッ!!!」
 こいつは――灰島泉は、去年と同じく2年生である。
 訳は言わずもがな。学年末テストが全部20点代じゃ、当然の結果である。
「くッ、第2部だからって頭ん中ユルみやがって……ッ!!」
「頭ん中ユルんでるのはお前の方だろッ! 年中無休でッ!!」
「黙れ! 第2部の主人公は俺だって事を教えてやる!!」
「――ハッ、新キャラがほざくなッッ!!!!」
 相対する、俺と泉。
「……私は蚊帳の外か?」
 瀬利花が何か言ってるが、今は漢同士の決闘中。しばらくは静かにしていて貰おう。
「ふふ……異端審問官の俺と貧乏人のお前じゃ、結果は見えてるな。ほれ、変身してもいいんだぞ?」
「……あー、変身か」
 俺は、ポリポリと頬をかく。
「実は、パックとの契約はもう破棄されてる。やっぱり、男が魔法冥土マジカル・メイドになるのは無理があったみたいだな」
 再契約も不可能らしい。魔法冥土マジカル・メイドツキミは、永遠にサヨナラだ。
「……マジか?」
 泉はニヤリと笑い、
「そりゃ死亡フラグだよ、匠哉」
 メチャクチャ不吉な事を、口走った。
「お前が死んで、俺が主人公になるって段取りだ。うむ、読者のニーズに応えた主人公変更だな!」
「そんな需要は天地のどこにも存在しない。勝手ぬかすな、下級生」
「――だから下級生言うなッ! あ、でも、緋姫と一緒のクラスになったのはちょっとオイシイかなーとか思ったりッ!!!」
 何だこいつ、緋姫ちゃんと同じクラスになったのか。
 と、その時。
「――何がオイシイですかッ!」
「がふぉっっ!!!?」
 床と平行して飛んで来た緋姫ちゃんの跳び蹴りが、泉を廊下の向こうまで吹き飛ばした。
 そのまま緋姫ちゃんは瀬利花に接近し、
「――ハァッ!!」
 瀬利花の頭に、ハイキックを叩き込む。
「へぶ……っっ!!!?」
 綺麗に上下が180度回転し、頭から床に激突する瀬利花。
 ……凄え。清水さんの蹴りだって、ここまで強烈じゃないぞ。
「大丈夫ですか、先輩。霧神さんに追い駆けられてると聞いて、助けに来ました」
「あ、ああ、大丈夫だ。助かったぞ緋姫ちゃん」
「そうですか、じゃあトドメを刺しましょう」
 笑顔で、瀬利花の首にナイフを振り下ろそうとする緋姫ちゃん。
「いやいやいやいやいやッ!!!? な、何もそこまでする必要はないと思うんですがどうでしょうッッ!!!?」
「止めないでください、先輩! 第2部も始まった事ですし、まずは増え過ぎたヒロインを減らすべきですッ!!」
「――そんな事は作者にでも任せとけッ!」
 意識を失っている瀬利花は、想い人に殺されかけてるのに反応しない。役立たずめ。
 俺は、緋姫ちゃんの腕を掴んで止めようとする。
「――そうね。ヒロインは減らしましょう」
 いきなり、ハンマーが緋姫ちゃんに向かって飛んで来た。
 緋姫ちゃんが跳び退く。代わりに、俺と瀬利花がハンマー攻撃を受ける事になったのだが……まぁいい。慣れてる。
 攻撃の主は、ご存知級長。迦具夜の姿もあった。
「……何のつもりですか、古宮さん?」
「貴方にしては建設的な意見だったわ、緋姫。だからまずは、貴方が消えなさい」
 ハンマーを、手元に呼び戻す級長。どうでもいいが、もう正体隠す気ないよな。
「ハッ、メインヒロインの私が消えたら、どうやって貧家を進めるんですか。まったく、脇役の古宮さんは考えが浅いですね」
「あら、貴方メインヒロインだったの? それは知らなかったわ。だって――外伝、外典共にオマケ程度の出番しかなかった貴方がメインヒロインだなんて、さすがに気付かないもの」
「くッ……外典でいいポジションにいた余裕ですか……! 異聞では活躍したんですよ私! 多分ッ! きっとッ!!」
 外伝、外典共にオマケ程度の出番しかなかった……まぁ確かに、緋姫ちゃんはそんな感じだったなぁ。
 ……でもそれを言うなら、緋姫ちゃん以上に出番がなかった奴もいた気がするが。誰とは言わないが、そこで気絶してる退魔師留年生。
 と、そこで。
「メインヒロインだ何だと……小者は細かい事に拘るね」
 我が妹――迦具夜が、フフンと笑う。
「……迦具夜、何か言った?」
「あ、聞こえちゃったの要芽ちゃん? ふふ、大した事じゃないよ。何だかんだ言ったって、所詮はただのヒロイン。外典主人公という大役を経た私――いわばスーパー・ヒロインの私に、勝てるはずないんだから」
「…………」
 級長は、迦具夜と距離を取る。間合いを測っているのだろう。
 や、殺る気だ。まさか、貧家第2部は親友同士が殺し合う修羅小説なのかっ!!?
 ……まぁ、今までも結構そんな感じだった気がしなくもないけど。
「迦具夜、何かキャラが違うぞお前ッ!!?」
「私は本気なんだよ、お兄ちゃん。数多の旧ヒロインと、どうせ出て来るであろう新ヒロイン――その中で生き残るには、この第1話から目立っておく必要があるの」
「…………」
 何かもう、俺の想像の域を超えた世界である。
「『アルテミスの矢衾』――」
 迦具夜は、背後に無数の武器を展開。
 詳しくは知らないが、あの数々の武器は迦具夜が前世で集めた物らしい。我が妹の前世は英雄王か何かなのだろうか?
「……ッ」
 それぞれの得物を構え、攻撃に備える級長と緋姫ちゃん。
 武器が、射出される。闘いが始まる。
「……ぎゃー」
 俺は、やる気のない悲鳴を出した。毎度毎度巻き込まれてれば、こんな感じにもなりますよ。
 窓から外に叩き出され、地面に向かって落下しながら――俺は、こういうのも久し振りだな、とか思っていた。



 俺が保健室から出ると、既に始業式は終わってたようだった。
「さすがに、外伝、外典、異聞、聖典のブランクは長かったか……」
 以前の俺だったら、校舎から落とされるくらい全然平気だったのに。いや、それも人としてどうかと思うが。
 教室に入る。
「あ、お兄ちゃん! 大丈夫!?」
 と、迦具夜。
「ああ、何とか」
「そう……よかった。ごめんね、お兄ちゃん」
 しゅんとする。
「まぁ、気にするな。お約束みたいなもんだし」
「お兄ちゃん……」
「はい、兄妹で見詰め合わない」
 俺と迦具夜の間に、級長が割って入った。何故かムッとする迦具夜。
「悪かったわね、匠哉。お約束とはいえ、手加減なく吹き飛ばして。緋姫も反省してたわ」
「ああ、いいよ。どうせ俺は吹っ飛ばされる運命なんだから。誰が悪い訳でもない」
「……おかしな悟りを開いてるわね、貴方」
 俺達が、そんな風に談笑していると。
「はい、席に付いて下さいー」
 今年度の担任らしき人が、教室に入って来た。
「…………」
 何かどっかで見た事のある人物のような気がするが、とりあえず言われた通りにする。
「初めまして。今年から皆さんの担任になる――」
 黒板に、チョークで名前が書かれた。
 それもやっぱり、知っている名前で。
「――美榊恵鈴です。姓には色々とよくない思い出があるので、エリン先生と呼んでくださいね」
 そこで、遂に。
「――何故ッッ!!!?」
 迦具夜が、キレた。
 立ち上がり、エリン……先生に詰め寄る。
「何ですか、迦具夜さん?」
「どうして、貴方がここにいるのッ!!?」
「そんなに不思議な事ですか? 美空さんだって、このクラスに入って来たじゃないですか」
「それ以前の問題。貴方は死人なんだから、さっさとこの世界から消えて」
「う、酷い事言いますね迦具夜さん……先生、泣きそうですよ。地下暗黒帝国では、力を合わせて共闘した仲なのに」
 よよよ、と泣き真似をするエリン先生。
「そ、それは……ハウンター・オヴ・ザ・ダークが予想以上に強力だったから――」
「ま、隙あらば殺しますけどね」
「やっぱりそうなの!!? くっ、この姑め……ッ!!!!」
「……何でいつの間にか嫁気取りなんですか、貴方」
 やっぱり仲が悪いなぁ。
 まぁあの2人は、犬と猿、武蔵と小次郎、キラとLってな具合のライヴァル関係だし。無理もないか。
 ちなみに、何でエリンが生きてるのかは異聞参照。
 西が、サンフォール仕込みの蘇生術で復活させたらしい。月面に放置されていた死体を、どうやって回収したのかは知らないが。
「あ、匠哉さん。ちょっと来てください」
 エリン先生が、俺を呼ぶ。
「……何ですか?」
 相手は先生なので、一応敬語。
 俺が、エリンに近付いた時――
「ちゅー」
 何故か、唇を奪われた。
「な、なななな何をやってるのッッ!!!?」
「生徒とのスキンシップですよ?」
「不健全だよッ!! 貴方とお兄ちゃんは、その……ぉゃ子なんだしッッ!!!!」
 ……ん? 俺とエリン先生が何だって?
「現在進行形で実妹の貴方よりは、よっぽど健全だと思いますが?」
「ぐ……ッ!? だ、大体、生徒とのスキンシップって……皆とそんな事するつもり!?」
「ははは、まさか。特に、貴方とキスだなんて100億円貰ってもやりませんよ」
「――こっちだって御免だよッッ!!!!」
 バンと、教壇を叩く迦具夜。
「要芽ちゃん!!? お兄ちゃんの唇が奪われたんだよッ!!? いいのッ!!!?」
 ……どうして、そこで級長が出て来るんだろう?
 その、級長は。
「もう、どうでもいいわ……」
 悟り切った表情で、呟いた。
 その年齢を遥かに超えた枯れっぷりに、教室の皆が圧倒される。
「……で、俺は何で呼ばれたんですか? キスされるためですか?」
「あ、伝言を頼みたいんですよ。匠哉さん、美榊迅徒さんとお知り合いですよね?」
「え、はい。それで、伝言とは?」
 エリン先生は、ニッコリ笑って一言。
「いずれ殺す――と、伝えておいてください」
「……待て待て待てッ!!? 何でそのような事をッ!!?」
「だって彼は、私達を滅ぼした美榊家陽派の唯一の生き残りですよ? なら、私の手で葬りたいと思うのが人情じゃないですか」
「――そんな人情は嫌だッ!! それ以前に、この世界の迅徒は関係ないだろッ!!」
「えー。でも、この世界でも陰派は陽派に滅ぼされてるんですよ?」
「それでもダメ!」
「……むぅ、仕方ありませんねぇ。匠哉さんと第2部開始に免じて、美榊迅徒さんは見逃しましょうか」
 どうやら、渋々ながら納得してくれたらしい。
「じゃあ、俺は席に戻りますよ?」
 答えが帰って来る前に、歩き始める。
 はぁ……久し振りにツッコミをやり捲って、疲れ果てた。
「ねえ、匠哉」
「……ん? 何だ?」
 途中――マナに、声をかけられる。
「『そういう事情は読者の皆さんが知っていればよいのであって、登場人物が知っている必要は塵ほどもないのだよ』」
「…………」
「誰も守ってないよね、そのルール」
「……ああ、もうぶっちゃけ知った事か」
 俺は、本心を吐露すると――のろのろと、席へと戻って行った。






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