とある海沿いの小さな街。 その外れにあるまた小さな森。 そこは、少し禍々しい空気に包まれており、興味半分で入った者は、気がつくと入ったところに戻っているという。 そのことが由来して、この森は「戻りの森」といわれている。 だが、入った者が戻されるのは理由があり、知っているものは世界中で僅かしかいないだろう。 それはこの森が過去に起きた事故によって冥界への通り道が出来てしまったためである。 事情を知っているものは、「冥界への道」や「黄泉の森」と言われている。 管理をしているのは、八つの頭を持った蛇の名を姓に持つ血族の一人であるらしい… 「……はあ」 なんでこんな事をしているんだろう。 そう考えても、見つからない答えである。 ……俺は今現在森の中にいます。戻りの森といわれる、街の外れにある小さな森である。 何故森の中にいるのかは、少し時間を戻せばわかる。 「あの、」 夏も過ぎ、冬の寒さが訪れ始めたこの日、突然後ろから声をかけられた。 「ん?」 振り向くと、着物を着た二十歳過ぎぐらいの女性が立っていた。目の焦点を明後日の方向に向けて。 「突然声をおかけしてすみません。子供を捜しているんです。手伝ってもらえませんか?」 「はあ」 声をかけられていきなり子供を捜すのを手伝ってくれか。本当突然だな。 「なぜ、声をかけたのですか」 そう、他にも人は沢山いる。ではなぜ、俺に話し掛けたのか。それが知りたかった。 「聞きます?」 「……やっぱ止めときます」 女性は答えると同時に、目の焦点をあわせてきた。嫌な予感がしたのでやめた。 「子供は近くの森に入ってしまいました。貴方なら多分入れるでしょう。頑張って下さい」 「え?」 いきなり話が飛んだ。いつ俺が承諾したんだ?……森? 「森って、戻りの森って呼ばれているあの森か?」 「ええ。あの森は中に用がある人と限られた人だけが入れるようになっています」 「…入れないのですか?」 「入れないから頼んでるのです」 「…分かりました…」 そして現在に至る、と。 思い返すと、俺がこの森に入る事は決まっていた感じがしたけど、この際スルーをする。 誰もいない森の中を進んで行くと突然声がした。 「なんだ?」 早く終わらせたいがために声がしたほうへいくと、少し開いた所に出、小さな祠が一つあった。 おそるおそる祠の中を覗くと、中には何かが書かれているお札が張り付けられていた。 「なぜ、お札が?」 その疑問と同時に首に強い衝撃を受けた。そしてそのまま意識は遠くなって行った。 ◇ 「………さて」 今、わしの前には、一人の少年が気絶している。 まあ、気絶させたのはわしだが。 少年は、服装から見ると近くにある街の高校生だろう。 顔立ちは客観的な普通な顔に、あどけなさを加えた感じである。 「………やる事はやったし、届けて続けるか」 わしは、倒れたままピクリとも動かない少年を担ぎある所に持って行った。 ◇ 「ん?」 あれ?いつの間に寝てたんだっけ?あ、そうだ。 森に入ってしまった子供を捜すために森に入ったんだっけ。そして、祠を見つけて中を覗いたところで、意識がなくなったんだっけ。 確かあそこは、周りが切り開かれていて、地面には草すら生えてなかったっけ。 今、背中に感じる感触は土の固い感触ではなく、草の上にビニールシートを敷いてそこに寝たような感触であった。 …あれ?つまり、誰かに運ばれた? 「パパパパパ、パウダー!」 俺は電気ショックを食らったように飛び起きた。 そのまま、周囲の確認。 「あれ?」 今いる所は、先ほどの祠のあるところではなく、何かをするみたいに大きく開いていた。もう少し確認をしてみると、人がいた。 大きな木の前に座っており、後姿で分からないが、服装は何処かで見たことがある格好である。なんだっけ? 「おや、起きましたか」 何の服装なのか思い出していると、人がいた方から、声がかかった。声は低くもなく高くもない。だが、何となく男の声だと分かる。 「あ……」 声がしたほうに振り向くと、目の前に人が立っていた。 顔は、先ほどあった女性を少し成長させたような顔立ちだった。 服装は、昔の貴族が着たような格好だ。黒と白を使った特徴的な服…あ、 「陰陽師?」 「おや、まだ何も話していないのに良く分かりましたね。でも、この服なら分かりますよね」 「誰?」 小さく笑うその人をぼーっと見ながら、ふと思い出した疑問を口にしていた。 「人に名前を聞く前には自分から名乗る事」 「え?ああ。俺は多町 京」 「ふーん?」 なにか意味ありげな笑み。 「では、こちらも名乗りましょうか。今のには嘘はないそうですから」 「………」 「拙者は、魅貴原 晴夜(みきはら はれや)と申す。性別は男である」 「………」 「まあ、見たとおり、ここで陰陽師をやっている」 ……… 「お互い名乗りあったところで、此処に来てもらった理由を話しましょうか」 自己紹介をした後「とりあえず落ち着いて」と言われ、少し心を落ち着けてから、いきなり言われた理由と言う一言。 「俺は、子供を捜しに来たのですが…」 「ああ、それですか。君に来てもらうための嘘ですよ」 「じゃあ、あのときの女性は」 「拙者と一緒に此処にいるものです」 はあ、騙されてたのか。 「で、理由とは?」 「ああ、忘れていました」 忘れてたのかい! 服の隙間から手紙みたいな物を取り出して、 「貴方にここに来て貰ったのは、コレを、同じクラスの………?」 ニコニコとしていた顔がぽーっとした顔になった。 「どうしましたか?」 「忘れちゃった」 舌を少し出してやっちゃったみたいか表情をした。 「どうしましょう?」 「どうしましょうって」 名前も知らないのに聞かれても。 「えーっと確か…」 「月見匠哉だろ」 「え?」 「あーそうでした」 いきなり後ろから低い男の声がし振り向くと、そこには坊主が立っていた。 坊主と言っても、袈裟を着ているわけではないし、数珠を持っているわけでもない。ただ、数珠は腰に巻いてあるが。動きやすい格好ではある、わらじはいているけど。 「えーっと」 「陳念だ。ようやく起きたか」 「へ?」 「あー、彼が気絶していた君を此処へ連れてきたんですよ」 「え?有難うございます」 「あと、気絶させたのも」 「ええー!?」 酷い! 「いや、小僧が一の祠を覗いていたからだ」 「あーなんだ、それだけでよかったじゃない。剥いだら祟られるからね」 「ええー!?」 良かった、触ってなくて。 「で、話は戻すけど、コレを、同じクラスの〜……」 「月見匠哉」 「そうそうそうそう、その月見匠哉さんに手渡してください」 「わかりましたけど…」 「中身は絶対見ないで下さい。呪われます」 「ゑ…」 そんな危ない物を赤の他人に渡していいのですか? 「いや、君じゃないと届けられないしね」 「?」 何か特別扱いだ。 「それじゃあ、出口まで送りましょう」 「はあ」 出口に向かう途中、 「魅貴原さん?」 「晴夜で構いませんよ?」 「はあ、晴夜さん」 「はい」 名前で呼ぶと、性別を知らないものが見れば立派な女性の笑みで返事をした。 「う…聞いても良いですか?」 「プライベート以外ならどうぞ」 そんな事言われても。 「こう、なにかここに来てからずっと誰かに見られてる気がするのですが」 入ったときから感じていた視線。それを聞いてみると、ごく当然のように、 「ええ、ずっと幽霊の方々が見守っていましたよ」 と。 そう言われると聞かずにはいられなかった。 「……ここは一体?」 「ここは昔から、魅貴原家が所有している森です。昔はただの森でしたが、三ヶ月間小さな地震が立て続けに起こったことがありましたよね?」 「えっとそれは何時頃?」 「はい、大体江戸時代頃でしょうか」 「すみません。わかりません」 日本史は苦手で殆どやってません。と言うか教科書に載っていないものでしょう? 「では、飛ばします。その地震のせいで、この森の中に他の世界へと繋ぐ『道』が出来てしまったのです」 「他の世界へと繋ぐ道?」 異界への道と言うと、 「ええ、簡単に言えばあの世ですね。ここではその道を通る事で楽にあの世に逝けるのです。なのでしょうか、幽霊や神格を得た者がやってくるのです」 「ふさぐ事は?」 「出来ましたら今すぐにやりたいものです」 さようで。 「はあ、では晴夜さんはここでは」 「はい、『道』の管理と、森の中にある祠の管理をしています。見ましたでしょう?」 そう聞かれて、思い出した。森の中でそこだけ切り開かれており中央には石で作られた祠を。 「ああ。あの中にあったお札って?」 「それは、教えられません。例え八岐一族の血族だとしても」 「八岐?八岐ってあの八岐大蛇の八岐?」 「そうですが、本当の八岐大蛇とは関係はありませんが。本家一代目が八つの光を操る事が出来たそうで、光を操るところから八岐になったのではないかと思います。」 「思います?」 「相当昔ですからね。過去にでもいければいいのですが…」 晴夜さんはそう言うと、懐かしむように空を見上げた。 ……………………………… 「いやあ、有難うございました。わざわざ送ってくれまして」 「いえいえ、これくらい出来ないと入る事すら出来ませんから」 「あははは…」 「ふふふふ…」 「では」 「はい」 俺はそのまま家に帰ると明日に備えていつもより早く寝た。 ここからは後日談となる。 翌日、手紙のような物を渡そうと学校に着くと、なぜか一人で座っていた。 普通に接するように話し掛け、『知り合いから頼まれた』と言い、手紙のような物を手渡した。 知り合いと言うとこから、嫌な顔をしていたが、手紙を受け取ると、「後で読んでみる」と言い、ポケットに仕舞い込んだ。 また翌日、向こうから話し掛けたと思うと、『少し役に立った』と言い、礼を言ってきた。別に良いのに。 このときはまだ考えてなかったが、まさかあんな事になるとは、1ピコグラムも思っていなかった。
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