俺達は闇へと飛び込んだ。 この夜を終わらせるために。
闇色の肉塊から伸びる無数の触手を、要芽は鉄槌の一撃で次々と粉砕してゆく。 気がつけば周囲には誰もいなく、目の前の肉塊と二人きりだった。仲間との繋がりを遮断されたのだ。 「上等よ。私はこれを潰せばいいってことね……!」 果敢に攻める要芽だが、相手の触手はいくら潰そうとも復活する。鉄槌を持つ腕も感覚がなくなってきた。 ……持久戦に持ち込まれたら、消耗してるこっちが負けるか。 要芽はそう判断し、術式を展開するために周囲の触手を一薙ぎする。 「深き森の夏至前夜、妖精達は踊り歌う――」 『――君は弱い。本当に弱いよ』 唐突に響き渡ったその声は、頭の中から聴こえたものだった。 「どういう、意味よ」 『そのままの意味だよ。君は借り物の力を振るうだけの、ただの人間だ』 確かに要芽の魔法冥土としての力は、相棒のパックから与えられたものでしかない。 『そんなかりそめの身で、本当に「彼」の傍に立っていられるのかい?』 要芽は押し黙る。 彼――月見匠哉の周りには、人としてはありえない力を持った者や、そもそも人でないモノが大勢いる。そしてそれに引き寄せられるかのように、幾多の困難と怪異が彼らに降りかかっていた。 おそらくそれは彼が死ぬまで終わらないだろう。降りかかる怪異はそのたびに強大なものになるかもしれない。 その中で、ただの人間である自分は生きていくことが出来るのか。 要芽は深く息をつき、 「そんなものは決まってる。私はただの人間で、力は借り物かもしれないけれど――私は正義の味方なのよ」 『……何?』 鉄槌を強く握る。這い寄る混沌の甘言には、刹那たりとも揺らがなかった。 「正義の味方っていうのはね、たいてい元々人間じゃない。そして与えられた力を以って、守りたいモノのために戦い続ける。たとえ敵が強くなろうとも――そのたびに強くなる」 『君はそれを貫けると?』 「信念っていうのは、貫くためにあるものなのよ――地下の支配者たる妖精王よ。大地の女神たる妖精女王よ。ダーナ神族の末裔たる全ての妖精よ」 『そうか、ならば見せてくれ。君の正義を、君が貫く信念を……!』 その声が嬉しそうに聞こえたのは、きっと錯覚だったのだろう。 「我は汝等の力を借り、諸国の民を滅ぼさん」 要芽は鉄槌を掲げ、必殺の祝詞を告げた。 「スペシャル御奉仕――『メイド・ビッグバン』!!!」 正義の味方の必殺技が、闇色の肉塊を焼き尽くす。 仲間と遮断された闇の中、瀬利花は無数の鉤爪が生えた両腕と対峙していた。 ぎちぎちとうごめく刃にぬらぬらと光る腕が、瀬利花を引き裂かんと左右から掴みかかってくる。 「御免」 それらを宝刀で斬り飛ばし、両腕を根元から細切れにせんと跳躍する。 『――君は卑怯だ。本当に卑怯だよ』 その寸前で足が止まった。頭の奥から生まれた音は、訊いたことのある声だった。。 「何だと?」 『卑怯だといっているんだよ。君は本心とは別の本心を持ち、なおかつそれを良しとしている』 月見匠哉と倉元緋姫――霧神瀬利花の想い人。 瀬利花は一瞬だけ逡巡した。 『その上、君は夢で手に入れた彼を放り棄てた。本当に君は想いを伝える気はあるのかい?』 僅かな隙を狙い、左右から鉤爪が迫る。 しかし、瀬利花は一息でそれらを斬り捨てた。 そして問いかけの答えを告げる。 「さあな」 『……何?』 「思いを伝えるかどうかを決めるのは私だ。もしかしたら何も言わぬまま、言えぬまま、卒業を迎えるかもしれない」 冬を越えた先にある別れ。 それをどういった形で迎えるのか、瀬利花にはまだ分からない。 「だがそれでも良いんじゃないか? イチかゼロかで語れるほど、恋ってものは単純じゃないだろう」 『……君はそれでいいのかい?』 「さあ、それはその時を迎えてからしかわからんさ。だが大切なのは後悔するかしないか、それだけだ」 跳躍する。 一跳びで両腕の根元までたどり着き、瀬利花は宝刀を叩き込んだ。 切断された両腕は、地に落ちると同時に砕け散った。 巨大な両翼から次々射出される肉の槍を、緋姫は踊るように回避する。 槍は躱した途端に蛇となって噛み付いてくるが、ナイフの一刺しで無へと帰す。 「数が多い……一気に片付けますか」 背負ったリュックから取り出したのは巨大な鉄の筒。肉の槍を回避しつつ、緋姫は砲を肩にかけた。 『――君は強い。強すぎるくらいだ』 引き金に指をかけようとしたところで、頭の内側から声が響いた。 「……褒めても弾しか出ませんよ?」 『いやいやこれは本当の気持ちだよ。血で血を洗う闘争、時には仲間すら失ってもなお絶望しないその心。まるで古の聖女のようだよ』 鉄筒に弾頭を装着しつつ、肉の槍をステップで躱す。 「で、何が言いたいんですか?」 『君は人を導くべき存在ではないのかい? 闘争を闘争で屈服させ、秩序を生むべき存在。君は君を信頼する仲間を裏切ってまで、彼についていくというのかい? 報われるかどうかもわからない道を選ぶというのかい?』 緋姫はかつての仲間を夢想する。彼らは本当に頼りになったし、信頼もしていた。 しかし、 「私は王様じゃありません。ふらりと現れた勇者に恋するお姫様です」 自分で言って苦笑いする緋姫。それでもこれが本心だ。恥じ入ることはない。 「私の道は私が選ぶ。私の命は私が掴む。私の仲間は私が選ぶ。――私の未来は私が作るんです」 『そのためには、救えたはずの命や信頼をも捨て去ると?』 「私が助けたいと思った命は救います。私が失いたくないと思った信頼は繋ぎとめます。一度きりの人生ですもん。やりたいようにやらなきゃ、損ってもんでしょう?」 とはいえきっとかつての仲間が助けを求めたら、緋姫は必ず駆けつけるだろう。 もうあんな思いはしたくない。もう仲間は失いたくない。 だからそのために、強くなり続けなければ。 『……そうか。いやはや、君は本当に強いよ』 「ありがとうございます。でも言ったでしょう?」 緋姫はためらうことなく引き金を引いた。 炸裂した炎が、巨大な両翼を焼き尽くす。 「褒めても弾しかでないって、ね」 マナが相対したのは、腐りきった女性の頭部だった。 それは見上げるほどの大きさであり、髪は牙を持つ蛇であり、口からは毒の唾液と怨嗟の声を漏らす、グロテスクな存在だ。 しかしマナはそれを無視して、 「覗き見は悪趣味だよ、這い寄る混沌」 『――君は奇怪しい。在り方が本来の道とは外れている』 頭の中で広がっていくような声は、本当に不思議がっていた。 「どういうこと? 私は憑いた人間をそれなりに不幸にしているつもりだけれど」 『蛇の眷属――神の敵対者である君が、何故そうも人のために生きる。宿主を助けるというのならまだ理解できるが、君は数度ほど何の関係もない人間を救っているではないか』 要芽や美空への応急処置、サンフォールの一件。マナは救ったなどと思っているわけではないが、這い寄る混沌が言うのはこのことだろう。直接手を出さなかったものを含めれば他にもまだあるはずだ。 『何故だ。おかしいと、歪んでいるとは思わないのか?』 「思うよ。自分でもおかしいって思ってる。――でも、見ているのはもう飽きたんだ」 きっかけは、大切な人のために月の魔王を地に落とした御伽噺。 マナは少年に護られた少女に憧れた。憧れ続けている内に、自分も物語の役者になりたくなっていた。 だからマナは願った。それが叶ったのは、つい最近のことだ。数十年見つかることはなく、そしてこれからも見つかることはなかったはずの自分は彼に発見された。 ――ずっとずっと、寂しかった。 二千年の時の中、災厄として忌避され続けてきた自分。敵対者として追われるだけの日々。 それが神と呼ばれる理由なのだとしたら、マナは神でなくても良いとすら思っている。 「だから私は守るんだ、私が登場する物語を」 『ああ、本当に――羨ましいよ』 「……え?」 流石にマナも息を呑んだ。あまりにも予想外な言葉だったからだ。 『私は黒幕にはなりえても、ヒロインになることはなかったからね。本当に、本当に羨ましい』 「っ! ちょっと待って、マスケラ! もしかしてあなたは私と同じように――」 マナの声を掻き消すように、目の前の頭部が咆哮した。 『さあ、物語を守るのだろう? 黒幕を斬り伏せるがいい、『神の恩寵を破壊する者』!!」 蛇の鬣が暴れ始める。マナは草薙を強く握り締めた。 「……わかったよ。だけどね、これだけは覚えていて」 草薙から風が溢れ出し、巨大な剣となる。 「手を差し出さなければ、掴んで救い上げることはできないんだよ」 『……ああ。救いとは、いつだってそういうモノだったね』 神代の剣の一薙ぎが、奇怪な頭部を両断した。 マスケラのカソックから飛び出す無数の触手を斬り落としつつ、全力疾走で懐へ飛び込む。 光の剣を突き立てるが、闇を裂くだけで手ごたえがない。 次の瞬間、背後に現れるマスケラの攻撃を再び迎撃し、疾走を繰り返す。 ……埒があかん。 「おい、マスケラ。他の皆はどうなっている」 「おや、心配しているのかい? 安心するといい、君の仲間たちは本当にたくましい」 「そうか……」 確かにあいつらは見習いたいぐらいにたくましい。主に戦闘面で。 「少しばかりうらやましいよ。――さて、最後の審判を始めようか」 マスケラの動きが止まる。 「――君は混沌としすぎている」 身構えた俺へ告げられたのは、その一言だった。 「なんだって? 俺が混沌?」 「そうだ。考えても見ろ、君の周りにはいつだって異常が潜んでいる。怪異でも闘争でもなんでもいい。とにかく君がいる場所では何かが起こり、向かう所でも何かが起こる」 「バカを言うな。そりゃ人間生きてりゃ何だってあるだろうよ」 「本当にそう思うのかい?」 「……まぁ、苦しい言い訳だわな」 だがそれでも、 「やっぱり生きてりゃ何だってありえるんだよ。確かに俺は人一倍苦労しているかもしれないが、そりゃまあ仕方ないだろ。物事は起こることしか起こらない。運が悪かったと諦めるしかないのさ」 「本当にそう割り切れるのかい? 本当に――生まれてこなければよかったと、そう思ったことはないのかい?」 「ない」 即答する。 「言ったろ、物事は起こることしか起こらないって。たとえば俺が生まれなかったとしたら、俺が引き受けるはずだった運命を誰かが引き受けることになる。そんなのは御免だ」 「何故だ。君は自ら災厄を引き受けるというのか?」 「引き受けるのは、災厄だけじゃないぜ。――俺が生まれてこなかったら、俺はあいつらと出会えなかった」 歯が浮くようなセリフだが、これが俺の本心だ。 確かに俺はここ最近色々なことに巻き込まれてきた。死にかけたことだって何度もある。 だがそれでも良かったと思えるほどに、俺は今に満足している。 苦難を分かち合える仲間がいるから。独りじゃないから。 この世は辛いことだらけだけれど――辛いことばかりというわけじゃないから。 だから俺たちは生きようと思えるんだ。 この苦海のような世界の中で、一握りの幸福を求めながら。 最後に読んでよかったと思える物語を綴るために。 「自らの混沌を受け入れる、か。私としては、君こそ『這い寄る混沌』の名にふさわしいと思うのだがね」 「そんな名前は御免だな」 誰だって、自ら進んで道化の役をやりたいとは思わないだろう。 だからまぁ、太陽になりたいってお前の気持ちもわからんでもないが。 「……本当にうらやましいよ。私はいつだって敵対者で、君たちの仲間にはなれないのだから」 ああ、やっぱりこいつは勘違いをしている。 それにお前みたいに剛腹なやつが、どの面下げて言ってやがるってんだ。 「もういいだろう。決着をつけようぜ」 「……ああ。君の意思は因果を破ることができるのかい?」 「ようは気合だろ、やってみせるさ……!」 一息で踏み込む。光の剣は羽のように軽い。 左右から飛来してくる触手を、斬り払うのではなく掠めて避ける。 ギアシフト。さらに前へ。 カソックが翻り、内より出でた燃える三眼から灼光が迸る。 その寸前、一足早く懐に潜り込み、 「ああ、一ついい忘れていた。――またウチに来いよ。今度はお前の分のピザトーストも用意しといてやるからさ」 「……それもいいかもしれないね」 マスケラがそう応えたのは、光の剣が突き刺さってから十分の間があってからだった。 剣を手放すと、剣は光の粒になって消え去った。 結局この剣はなんだったのだろう。随分となつかしい感じがしたんだが。 「ま、いいや。とりあえずケジメはつけた。これで全部終わりなんだろう?」 「ああ。私の完敗だよ、ボランティア・クラブ」 瞬間、周囲を覆っていた闇が霧散した。 現れたのは、輝き続ける月と星。満天の夜空だ。 すぐ隣にはマナ達も立っていた。これで本当に終わりらしい。 「あーあ、本当に負けちゃったなぁ。悔しい、本当に悔しいよ」 ちっとも悔しくなさそうなマスケラの声。 その姿はさらさらと砂にように溶けつつある。 ……しかたない。ここは乗ってやるとするか。 「悔しいんだったら、何度でも挑戦するといい。俺達ボランティア・クラブが受けてたつぜ」 俺達はお前を否定したかったわけじゃない。お前が永劫の果てに出した答えを覆せるわけもない。 だが俺達はボランティア・クラブだ。この部活は、誰かの助けになるためにあるのだから。 「言ったね? じゃあ次は、うんと厳しいものにするよ。だから期待していて欲しい」 そういうマスケラの顔は、まさにイタズラをたくらむ少女のそれだった。 しかしその顔も、少しずつ薄れてゆく。 俺は少しだけ、もったいないと思った。 「ああ、待ってるぜ」 俺達は独りじゃない。一緒に遊ぶことぐらい、なんの不思議もないだろう。 それに今回ばかりは、失ったものよりも得たものの方が大きいような気がする。 つまるところ最後に笑えてさえすれば、それでいいのだ。 「それじゃあ、また。混沌が這い寄るその時まで」 「ああ、またな」 この世界にいられる因果を失ったマスケラは、風の一凪で消え去った。 ……ああ、本当に。 「疲れた……」 背中から倒れこむ。視界一杯に夜空が広がっている。 いつの間にか、夜はうっすらと朱色を帯びつつあった。夜が明けるのだ。 「って、ミサイル云々はどうなったんだ!?」 すっかり忘れていたが、確か某国からミサイルが飛んでくるんじゃなかったか。 「ああ、それなら大丈夫。ウチには核攻撃に無敵な神様がいるじゃない。他はなんとかなったらしいよ」 げ、あいつに頼んだのか。それにしてもずいぶん投げっぱなしだな。 まぁいいか。全て終わったのだ。 「ほら、そんなところに寝てないで。早くしないとこの塔消えちゃうよ」 「お、そうだったな。それじゃあ最後の一仕事か」 「うん。この塔を上から下まで突っ走るよ!」 答えは靴が土を穿つ音で。 俺達は、夜明け前に幻葬の塔を抜け出した――。 そんなこんなで怪異の夜は跡形もなく消え去り、俺達はいつも通りの日常を送っていた。 「ちょっとマナさん、そこどいてください!」 「えー、どうして? 別にいいじゃない、私は匠哉に憑いてるんだから隣に座っても」 「じゃあ私は左ね」 「要芽さん、調子に乗ってると痛い目見ますよ?」 「風紀委員ともあろうあなたが上級生にそんな口をきくだなんて。せーんせーにー言ってやろー」 「こ、このアマッ……! もういいです、マナさんが右で要芽さんが左なら私は先輩の上に座ります!!」 「やめろ緋姫、はしたない! 私が間に座るから私のひざの上で――」 俺の左右前で押し問答を繰り広げるいつものメンバー。 ……こ、こんなのが俺の日常なのか。 「うるせぇー! 昼寝ぐらいまともにさせろー!」 「あ、ちょっと逃げないでよ匠哉!」 「というか昼になったらまず昼寝なんて、青春の無駄遣いだと思います!」 「あれはお昼ご飯を買う金がないから寝て誤魔化しているのよ」 「緋姫、私のひざは!?」 何故か追い掛け回される俺。何か悪いことしたか!? 「あっ、お兄ちゃ――って早っ!」 すれ違ったマイシスターも遥か彼方。悪い、話はまた後で聞いてやるから! 「来たれ我が偶像、月にて秘薬を搗く者よ――」 「ちょ、さらにいらんモン呼ぶなー!」 学校の廊下を突き破り、巨大ロボが現れる。ああっ、また校舎が崩れてゆく。 しばらくすると、疾走する俺の先で唐突に灰島泉が現れた。 「おい匠哉!」 「おお、助けに来てくれたのか!?」 「誰が助けるかボケッ! 一人だけラヴラヴコメコメしやがってぇぇぇ!!」 何故か凶器と化した文房具が飛来してくる。というか、これのどこがラヴコメに見えるんだ! 前方の馬鹿、後方の修羅悪鬼。ええい、学校ではもう逃げ切れん! 町へ出る! 俺は近くの窓から飛び降りた。 「待てー!」 「待ちなさーい!」 うわあまだ追いかけてくる! チクショウ、このままではカロリーの消費しすぎて明日の太陽が拝めなくなる! 誰か、誰か助けてくれ! 「――匠哉、ここに飛び込むんだ」 いきなり視線の先のマンホールが開き、どっかで訊いたことのある声がそうささやいた。 「誰か知らんが助かった!」 何の疑いもなく飛び込む。 嫌な浮遊感が15秒くらい続いた気がするが、たぶん気のせいだろう。 気合で着地する。足がひたすら痛かった。 「やあ、久しぶり」 そこにいたのはマスケラだった。久しぶりというほど久しぶりではないのだが。 「サンキュ、お前もいいとこあるんだな」 俺が立っている場所は鍾乳洞のような所で、上を見ても穴が深すぎるのか光が見えない。 とりあえず一本道の鍾乳洞を歩いてみる。この洞窟もかなり広い。 「随分と深いな。ちゃんと地上に出られるんだろうな?」 「ああ、もちろんさ。ただし条件はあるけどね――」 そうしてしばらく歩いた後、俺が見たものは。 「な、なんだこりゃ……」 それは巨大な空間だった。ドーム何個分ほどもある空間に、土で出来た建造物が巨大な樹木とともに立ち並んでいた。天井は何らかの鉱物でもあるのか、太陽のように輝いている。 その中でもひときわ目を引くのは、街の中心にある巨大な円形の施設――コロッセオ。 「ここは地下暗黒帝国とはまた別の地下帝国のジオフロントだ。見ての通り姿かたちは古代ローマ文明だ、技術レベルは地上以上だがね。ここでは年に一度、地下帝国の最強を決める地下一武道会が行われるんだ」 嫌な予感。ここまできたら、やることは一つだけだろう。 「まさか……それに勝てと?」 「うん。優勝の暁には、莫大な賞金とともに地上へ出ることが許される」 「――賞金!?」 「地上に出るのは二の次なのかい? まぁいいや、頑張りたまえ」 「ちょっと待て、またハメやがったな! 確かに遊んでやるとは言ったが、こんなもんお前に得はないだろう!」 「いやいや、前回のアレはいささか干渉しすぎたみたいでね。いろんな所から追われてるんだよ。だからその暇つぶしに、君が四苦八苦するところを観戦しようかと」 などとしれっと言うマスケラ。殴りたい。 いやまぁこいつの奇行は今に始まったことじゃないから諦めるにしても、大きな問題はもう一つある。 「そもそもこんなトンデモ大会、俺一人で勝てるわけないだろう!!」 目の前に広がる地下帝国を見る。遠目からでもわかるぐらい、明らかに人じゃない種族がゴロゴロいた。 「安心するといい、このトーナメントはチーム形式で行われる。君ならきっと美少女揃いのメンバーを集められるだろう!」 「いやなんで美少女限定なんだ」 「自分の胸に手を当ててみるといいよ。じゃ、私は君の家でくつろぎながら待ってるから。健闘を祈る」 いつものようにマスケラは消え去り、そして俺は一人残される。 ……仕方ない、ここまできたなら腹を括るしかないだろう。 最後に笑えていられるように、全力で取り掛かろうじゃないか。 「それじゃあ、いっちょう死ぬ気で頑張りますか――」
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