――気づいた時、俺は星丘公園に立っていた。
「あれ?」
 慌てて記憶をたどる。確かマスケラの中に取り込まれてしまったはずだ。
 となるとここはマスケラの内部になるわけだが、
「……クジラに飲み込まれたピノキオの気分だな」
 周囲に人の影はなく、月明かりだけのエコ仕様。風も匂いもなにもない。
 俺はこの状況に成す術も成そうとする意思もなく、ただなんとなくで天を仰ぐ。

「こんばんわ、匠哉君。今夜は月が綺麗だね」

 それは絶対に忘れることはない声だった。
「……確かにな。これだけ綺麗なら、嫉妬にかられて狂気に至るのもうなずける」
 眼を向けると、いるはずのない奴がいた。
 何一つかわらない。
「久しぶり、匠哉君」
「麻弥……」
 忘れられないかつてのように、犬塚麻弥は微笑んだ。



貧家偽典・グッドナイトムーン
第八話『永劫のもとに死を超ゆるもの』

七桃りお 原作・大根メロン



 特にやることがない俺達は、ブランコに座って夜空を見上げていた。
「私は太陽が嫌いだなぁ」
 ひとり立ち漕ぎを始めた麻弥は唐突にそう言った。
「ほら、お昼には月って見えにくいでしょ? 太陽が月を隠してるの。だから嫌い。こんなに綺麗な月だったら、年中見てても飽きないのに」
「……いや、月もデコボコだらけの痘痕あばた面だぞ」
「もー、痘痕もえくぼってことわざ知らないの?」
 誰がうまいこと言えと。
「まぁでも、月には太陽ありきだろ。陽の光があってこそ月は輝いていられるんだ」
 俺がそう言うと、麻弥は頬を膨らませた。
「じゃあ月は太陽の腰ぎんちゃくなのかな。月はいらない子なの?」
「それも違うな。確かに月は太陽のおかげで輝いていられる。だけど、世界には太陽より月の方が好きだと言ってくれるやつらがいる。太陽が大好きなやつだっている。好み次第だな」
「なにそれー、案外普通な答えだね」
「答えってのはいつだって平凡なんだよ。奇抜な回答を出されたって納得できないだろう?」
「うーん……納得、かな」
 全然納得していない様子でうなずく麻弥。
「じゃあ、匠哉君は自分を例えるなら太陽と月のどっち?」
「……やっぱ月、かな。太陽のように輝いてるのは柄じゃない。憎らしいほど輝く誰かの隣で、ひっそりと佇んでるほうが性に合ってるしな。苗字も月だし」
 俺の返答に今度は納得したのか、麻弥はうんうんと頷いて、
「じゃあ、匠哉君にとっての太陽って――誰?」
 そんなことを、口にした。
 太陽、か。難しい質問だ。
 俺の周りには太陽といえる人物――人でないものも含めて沢山いる。どいつもこいつも奇抜なやつらで、地味で平凡な俺がかすんでしまうほどのキャラクター達だ。なにかと引っ張りまわされるあたり、おせっかいにも照らされ続ける月と俺は面白いぐらい似通っていた。
 色々な人の顔が脳裏に浮かぶ。だが、どいつも太陽という言葉にはしっくりこなかった。
 たとえるなら、そう――同じ宇宙で輝く星だ。
 自分で輝く自己主張の激しいやつもいるし、そういう奴らに連れ従っているやつも沢山いる。
 長い沈黙の後、俺はゆっくりこう告げた。
「わからん」
 麻弥はきょとんとした後、くすくすと笑い始めた。
「じゃあ、太陽の席はまだ空いてるんだよね」
 そう言ってから、麻弥はブランコから飛び降りる。まるで俺と距離を取るかのように。
「知ってる? 私、椅子取りゲームって得意だったんだよ」
 満天の星空の下、両手を広げて麻弥は言う。
「私はきっと会いに行く。それが椅子に座るためか――月の狂気に駆られた末かはわからないけれど、絶対ぜったい会いに行くから」
 それがどういう意味なのか、俺も麻弥もよく分かっているはずだ。
 その展開には、悲劇しか残されていないと。
「……なあ、麻弥。お前は何故こうして俺の前に現れたんだ?」
 きっとこの世界は幻だ。今ここにいる麻弥は実際の麻弥とは何の関係もない。
 だが、それでも――俺の背中を押すには十分だから。
「そんなの決まってるよ!」
 麻弥は笑ってこう言った。
「匠哉君が大好きだからだよ!」
「そうか。だが俺はお前が嫌いだ。――さようならだな、麻弥」
 しかし俺はそう言って、犬塚麻弥を斬り伏せた。



「やあ。意外と遅かったね」
 マナは無言でマスケラを睨んだ。草薙剣を持つ右手は硬く握りしめられている。
 塔の頂上は暴力じみた風に包まれていたはずだが、たどり着いてみるとそこは無風だった。まるで台風の目に立っているかのよう。
「……あなたの行動が意味不明なのは相変わらずだけど、今回は特に際立ってるね」
「それは私にとっての褒め言葉だよ」
 マスケラはいつも通りの不気味な笑顔を浮かべている。
「なに、簡単なことさ。私は幾多の世界を渡り歩いてきたが、無限の時間のせいでどれも遊びつくしてしまった。つまらないのだよ。だから私はあえて奇抜な方法を選ぶのさ。これだったら新しい体験ができるかもしれない。こちらは。ではこっちも。未知を求めてあらゆる可能性を踏破する。だがまあこれは、実の所悪循環なのだよ。未知を既知にしていく遊びは、つまり未知を減らすということだからね。私が未知を求めれば求めるほど、求めるものは遠ざかってゆく。所詮この身は幻想だ。ならば駒でも狗でも道化でも、存分に演じてみせようじゃないか」
 マスケラはカソックではなく黒衣を身に纏っていた。
 黒衣の奥には赤色に輝く瞳が見えている。
「あなたの狂った御託はどうでもいい。別に狂ったことが悪いって訳じゃないけど、人様にかけた迷惑は償ってもらわなくっちゃ」
 マナは草薙を構える。
 すると周囲の風が草薙へと収束し、ついには塔を覆っていた暴風をも飲み込んだ。
 無音の夜・・・・の中、冷たい風が頬を撫でる。
「……街に溢れた悪夢の具現は完全沈黙したよ。中の奴らだってもう結果は出ているはず」
「君達の完全勝利みたいだね。いや恐ろしい。例外はあるけれど、その者が最も恐怖している過去を引き出して当たらせたつもりだったんだが」
「残念だけれど、人が恐怖に打ち勝てないという道理はないよ」
 マナは道中で置いてきた、どこまでも気丈な戦友達を脳裏に浮かべた。
「恐怖をエネルギィに変えるあなたは、相当弱ってるはずだけど? 恐怖を打ち勝てば勇気が増す。それはあなたを苛む毒となるはずだよ」
「ああ、正直言うと辛いよ。身体が軋む。内側から砕けそうだ。たまらなく――快感だね」
「そ。他人の性癖にとやかくは言わないよ。でもそうなると、残すはあなたを斃すのみ」
「できると思っているのかい?」
「ううん。永遠存在は斃すことなんてできない。人がこの世に蔓延る限り、あなたの終わりは訪れないんでしょ?」
 しかし、
今ここにいるあなたを弾き返すことは出来る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。あなたは枝葉。人の奥底で眠る集合的な意識から這い出す無数のカオの一つ」
 ならば、
「ソレがソコにいられる理由――因果を破壊すればいい」
 結果には常に原因がある。ならば結果が現れていられる原因を消し去ってしまえば、結果は消滅するほかない。
「因果律の破壊、か。簡単に言ってくれるじゃないか」
「でも、できないことじゃない。今まで私達は絶対に斃せない筈の敵を斃してきた・・・・・・・・・・・・・・・・んだから。実力上では勝てない相手に勝ってきた。それこそ因果の破壊。運命からの脱出そのもの。因果さえ破壊してしまえば、あなたはこの世にいられなくなる。少なくともこの世界・・・・のあなたは消滅し、崇めるものを失った塔は意味を失い怪異は霧散する」
「……君にそれができるというのかな?」
 マスケラは道化の仮面を剥ぎ、冷たい瞳でマナを睨みつける。
 しかしこれでマナは確信した。方法はこれで正解なのだ。
「でも私には無理。あなたのような規格外と渡り合えるのは、それこそ唯一神か――月見匠哉ぐらいだろうね」
 マナは言う。
「答えなさい――匠哉は何処?」
「ここだよ」
 とんとん、とマスケラは自らの胸を叩いてそう答えた。マナは眉根を寄せる。
「冗談じゃないよ? 冗談は好きだがね。君は見ただろう、私が彼を飲み込むのを。まさにその通りさ。私は彼を――特異点を取り込んだ。傍観者である私が物語に飛び込むにはこれしか方法がないからね。彼には実力的にも精神的にも打ち勝てない恐怖をぶつけておいた。もうそろそろ、彼の心が壊れるんじゃないかな」
「本気で言ってるの?」
「ああ、もちろんさ。はじめからこうすればよかったんだ。私はこれで傍観者から舞台の主役へと――」
「そうじゃなくて」
 マナは心底不思議そうに言った。
「匠哉の心がそんな簡単に壊れるなんて、本気で言ってるの?」



 俺は見ていた。
 俺が麻弥を斬り伏せるのを・・・・・・・・・・・・
「おまえは――ドッペルゲンガー」
「霧神匠哉と呼んでくれよ、月見匠哉オリジナル
 倒れこんだ麻弥の隣には、真紅の刀を下げた俺――霧神匠哉が立っていた。
「どうだ怖いか、俺が憎いか? お前が必死に避け続けていた、近しい者が死だ。これで思い知っただろう。――月見匠哉は、どうしようもなく、弱いんだよ」
 恐怖の具現化。つまり麻弥が死ぬということが、俺の恐怖だと言いたいらしい。
 ああ、まったく。
「茶番だな」
「……何?」
 霧神匠哉を無視し、麻弥に歩み寄る。背中に浴びた一太刀は深い。たとえ化生の者でも助からない傷だ。
 うつ伏せになっていた身体を抱き起こす。ごぼりと零れ出た何かを、そっと詰めなおしてやる。
「……ないては、くれないんだ」
「……悪いな」
 こんな時でも麻弥は笑っていた。
 だから、言おう。
「聞いてくれ、麻弥」
 俺の腕の中で麻弥の身体が薄らいでゆく。
「俺は――太陽になろうと思う」
 足先と指先から硝子の欠片のようになって消える。
「お前は俺に会いに来るって言ってくれたけど、やっぱり俺が会いに行くことにする」
「うん……」
 今年はついにたどり着くことはできなかったが。
 来年もまた、あの夏の夜を探そうと思う。
「たとえお前に嫌われる太陽になったとしても――俺は俺の脚で走れるから」
「うん……っ」
 その笑顔を最後に、麻弥は硝子の砂になって消えた。
 麻弥のかけらは月光を反射して、いつまでもきらきらと輝いていた。
 俺はそれを見届けて、ゆっくりと立ち上がる。
「……ほう。錯乱するものと思っていたが」
 目の前の俺――霧神匠哉が眉根を寄せる。
 こいつは俺のコピィの癖して何も分かっちゃいないのか。
「甘く見るなよ影野郎」
 自分が弱いだなんて、そんなことは自分自身がよく知っている。
「俺はただ、目覚めが悪いからできる範囲でやってきただけだ。それに大抵は巻き込まれただけだしな。つまるところただのおせっかいだ。今も昔もこれからも、俺は俺の為に生きている」
 ……ああ、なんだ。
 結局のところ、俺は太陽なのか。
「だったら上等だ。いいぜ、茶番とはいえ乗ってやる。俺は俺であるために、お前は俺になるために」
 これがマスケラのしわざなのだとしたら、霧神匠哉を斃すことでここから抜け出せるのだろう。あいつはいつだって奇抜だったが、袋小路は作らなかった。ヒトという物語を愛しているからこそ、冒涜こそすれ無価値にすることはありえない。
 俺は制服のネクタイを外し上着を脱ぐ。動くのに邪魔だ。
 今夜は月が綺麗だから。少しくらい狂気に浸っても、神様は見逃してくれるだろう。
「殺し合おう――匠哉をかけて」
「ほざけ――!!」



 霧神匠哉が動く。神速の刃が眼前に迫る。
 俺は身を捻ってそれを躱し、がら空きの胴に膝を叩き込む。
「っでりゃあ!」
「馬鹿が、俺が霧神で得た力を舐めるなよ!」
 みしりと膝が悲鳴を上げた。叩き込んだはずの膝は霧神匠哉の膝と肘に挟まれていた。
「くっ……!!」
 折られる。否、砕かれる。慌てて脚を引き抜くが、応酬として胸に拳を叩き込まれた。
「信濃霧神流秘伝、第二十八番――『修羅掌撃』」
「――ッ!!」
 呼吸が出来ない。地面に背中を強く打ち付けて、ようやく肺が動き出した。
「分かってるだろう、月見匠哉。お前じゃ俺は殺せない」
 そんなことは知っている。戦闘においての差は歴然。ならば真正面からではまず勝てない。
 高速の刺突を躱し、霧神匠哉の懐に潜り込む。喰らうように組み付いて――
「邪魔だ」
 脳天に肘を喰らった。目の前が点滅する。
「ぐ、あ――」
「潰れろ」
 顔面に来たひざをギリギリで躱すが、つま先が腹に突き刺さる。
 そのまま一気に蹴り飛ばされた。
「――――」
 ごぼりと口から何かがこぼれた。
「はっ、全然駄目じゃないか。それで『俺』のつもりかよ!」
 四肢が言うことを利かず、俺はただ霧神匠哉の振り上げる刀を見ていた。
 錯覚ではなくゆっくりと刀が下ろされる。そのまま俺の左手に、吸い付くように突き刺さった。
 ひやりとした異物が這入ってくる。
 俺の左手に侵入した異物は、そのままぐりん・・・と回転した。
「ぐ、あああああああああっ!」
 今度はひたすら熱かった。痛すぎて、ただ熱い。
 手首から先が腫れ上がったような感覚があり、全身の血がそこに集まっているかのよう。指は動かせない。動かしてしまえば、きっとゴムが切れるような音がしてもう動かなくなるような気がした。
 激痛で意識が遠のきそうになるが、しかし激痛で呼び戻される。
 痛い。痛い。いたいいたいいたい。
 どうしようもない痛みで怒りの矛先を見失い、何故だか無性に腹が立った。
 くそ。くそ。くそくそくそ。
 何故こうなったのかとか、どうして俺がこんな目に合っているのだとか、そんなことはどうでもいい。ただ何もできない自分がいらだたしくて、いつも見ていることしかできない自分が恨めしくて。
 俺には誰かを救うことなんてできないということを突きつけられているようで。
「――――」
 そもそも、俺はどうしてこんな道を歩むことに決めたのだろう。
 意識は時間を逆流し、誕生直後――その先へは進めない――へと舞い戻る。
 それは惨めに這いずり回っていた過去だ。
 無理矢理な二足歩行で足の筋肉はイビツになり、動くたびに痛みが走った。汚れきった食い物で喉や胃は腫れあがり、常に熱に浮かされていた。
 死にたいと何度も思った。しかし痛いのは嫌で、死ぬのは怖くて、だから死ねなかった。
 だから俺は、どうしようもない状況に陥って殺されてしまいたかったのだろうか。
 思い出す。思い出す。思い出す。
 俺は――俺達は、他人の生き死になんて最早どうでもいいと思える地獄で生きてきた。
 そう、あの頃は地獄だった。
 だというのに――いつからだろう。
 食費が減るだけだというのに同居人を増やし、傷つくだけだというのに戦いの中に飛び込み始めたのは。
 何が、誰が原因だったんだ?
 思い出せない。
 俺は、どうして……?
「これで俺は『俺』になれる。俺が『俺』になれば、きっとあいつ・・・は俺に笑いかけてくれるはずだ。だからお前は邪魔なんだよ……月見匠哉」
 俺の前にいる俺は、泣き出しそうな顔で刀を振りかぶっていた。
 死ぬのだろうか。このまま俺は俺に殺されてしまうのだろうか。
 それでいいのか、月見匠哉。
 お前は――何を誓った。

『自分自身の幸福を初めに望むべきだったんだよ。幸福を知らないくせに、他人を幸福にしようだなんて……酷い思い上がりだ』

『そいつは、人助けをする事が多くてね。どうやら――自分が助けてもらえなかったから、誰かを助けたいらしい。まったく、愚かにもほどがある』

 なんて矛盾した言葉だろう。
 自分だけを望んでいながらも、誰かを助けたいと願う歪んだ想い。
 同等の二つは相殺し合い、無意味なゼロへと成り果てる。
 つまり、それは、きっと。
 誰かを助ける事に、意味なんてないという――。
「お――」
 何故見失っていたのか。
 俺はずっと幸せになりたかった。
 だから誰かを救っていたんだ。
 誰かを救うことで幸福を得ることができるのなら、幸福は連鎖すると思うから。
 それならば、きっと誰もが幸せになれると思うから。
 もちろん、そんな世界はありえない。奇麗事だって笑われるだろう。
 だがそれでも。
 胸に抱いた幻想ぐらいは、綺麗であってもいいじゃないか。
「おおおおおおおおおお……ッ!!!」
 振り下ろされた刃を躱し、
 倒れた身体を引き起こし、
 砕けた拳を握り締め、
 全力込めて叩き込む。
「――――!!」
 血の飛沫とともに吹き飛ぶ霧神匠哉。
 俺は一歩踏み込んだ。
「なにより俺は誓ったばかりじゃないか」
 放り出された刀を奪い取り、そのまま一気に振り下ろす。
「自分の脚で走り出すと……!!」
 両断した。



「ぐ、あ――!!」
 マナの目の前で、マスケラが何の前触れもなく苦悶の声を上げた。
 身をくの字折り、鉤爪状の両手で己の胸を掻き毟る。
「……匠哉!?」
 何故か突然、途切れていたはずのマナと匠哉の繋がりが回復した。
 マナは匠哉との繋がりを辿る。近い。彼の気配は――苦しむマスケラの内側から漏れ出していた。
「お、オオオオオオオオオオ――!!」
 天を仰ぎ、月へと吼えるマスケラ。
「匠哉が……来る!」
 その瞬間。
 金色の光が闇夜を引き裂いた。



「――――」
 ゆっくりと瞼を開く。
 月が輝いていた。
「匠哉!」
「お?」
 聞きなれた声の響いた方に振り向けば、草薙を構えたマナがいた。
 何とかあの公園から脱出できたようだ。今は何かの建造物――おそらくは塔の頂上に立っている。神様モードで臨戦態勢なマナや、後ろで転がっているマスケラから察するに、どうやらここはメギドの丘らしい。
「よっ」
「よっ、じゃないよ!」
 マナに蹴りを入れられた。
「ああもう、怪我とかしてないよね?」
「お前に蹴られた向こう脛が一番痛い……って、あれ?」
 ずたぼろになっていたはずの右手を見る。
 不思議なことに右手は完治していて、代わりに金色に輝く光の剣を持っていた。
「なにそれ」
「しらん」
 が、何故かこの剣は妙になじむ。丁度いいのでありがたく使わせてもらうことにした。
「万が一、とは思っていたけどね……まったく、洒落にならないよ君は」
 ぼろきれに成り果てたマスケラがゆっくりと立ち上がる。胸にぽっかりと穴が開いているが、俺はあそこから出てきたのだろうか。
 俺のいない間に何が起こったのか聞きたかったのだが、どうやら話は後らしい。
 それに予想も少しはついている。俺達がやるべきことは、いつだって変わらない。
「残念だったな。俺を揺さぶりたいのなら、もっと別のものを用意しなきゃな」
「どうやらそうらしい。……いやはや、恐怖というものは理屈ではなく本能だ。本来ならば人が抗えるものではないのだが、やはり君たちは特別なのか」
「それは違うだろう。俺達は恐怖を知りそれを恐れるからこそ、打ち勝つことができるんだ」
 たとえ道が暗闇に包まれていても、立ち止まればそれまでだから。
 動くことは怖いけど、動かずにいるのはもっと怖いから。
 その先にある光を求めて、俺達は歩くんだ。
 ――前へと。
「……まぁ、そんなことはどうでもいい。俺が分かることは、とりあえずお前を斃せばいいってことだ」
「できると思うかい? たった二人だけで?」
「残念だが、俺達は独りじゃない」

「私達を忘れてもらっては困りますっ!!」
 直後、床をぶち抜いて現れた緋姫ちゃん、瀬利花、級長。

 三人綺麗に着地する。
 どいつもこいつも満身創痍だが、その瞳にはしっかりとした意思が宿っていた。
 それはそれぞれの恐怖を克服した証であり、ヤツにとってなによりの刃となる。
「……さあ、どうする? 俺達ボランティアクラブに、たった独りで勝てると思うか?」
「ふ、あは、はははっ!」
 乾いた哄笑が響く。
「はははははははははは――」
 闇色の外套が舞い散る花のように崩れ落ちる。
 剥がれた闇は地面や夜空にたどり着いた途端、枝葉を伸ばすようにして侵食を始めた。
 夜が飲み込まれてゆく。
 闇はほんの数秒で俺達の立つ世界を包み込み――後に残ったのは絶えず輝く月と、燃える三眼。
「ならば魅せてくれ――ヒトの意思を、強さを、勇気を!」
 暗黒神・這い寄る混沌が月へと吼える。
「……だってよ。どうする、部長さん」
「そんなの決まってるじゃない。その目にとくと焼き付けさせるんだよ――ボランティア・クラブの活躍を!」
 夜明けは、近い。



―次回予告―

次回グッドナイトムーン最終話――『幻想終演』

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