月下。
 青白い光を浴びる白亜の建造物、その屋上に四つの制服姿があった。
 マナ、緋姫、瀬利花、要芽だ。
 彼女らは揃って顔を上げ、遠くを見上げるように同じ場所へ視線を注いでいる。その視線の先には先ほど誕生したばかりの巨大なソレがあった。天空の月を分断するかのような、長い縦の影。
 螺旋の塔。
 その塔の周囲に、浮かぶ小さな影があった。マナ達は塔との距離もあって詳細を捉えることはできないが、近くで見たなら誰もがソレをこう表すだろう。
 ――天使、と。
 白を基本としたカラーリングの体は夜闇でも捉えることができる。突起の激しい機械的なシルエットは数種類あるが、どれも巨大な翼を持っていた。翼は宙に浮くための物ではなく、光の集合体だ。夜闇を切り裂く翼を羽ばたかせ、背部と末端のスラスターから陽炎を放出している。
 オートワーカー。
 ノルニルが開発した兵器とは全く違うシルエットだが、大型自立兵器という点では同じモノだ。このオートワーカーらは『恐怖』の具現ではなく、マスケラ自身が用意した道具であるとマナは思う。しかし突如として空に現れた天使の姿は、住人を更に恐怖させる。恐怖という加護を纏い、塔を守護する天使の軍隊。
 しかし、それだけではない。時折オートワーカーよりも更に巨大な双翼と尾を持つ影が塔の周辺に浮かぶ。そのサタンが如き巨竜の名はファフナー。役目を失った竜は、新たな目的を得たらしい。
 その絶対的な戦力差を目の当たりにしながら――しかし、マナ達の双眸から光を失われてはいなかった。
 塔から視線を戻す。そして、言った。
「敵は這い寄る混沌とその配下。目標は塔の最上部。目的は――匠哉の奪還」
 マナの声には力強さ宿っており、それに煽られるかのように緋姫達の表情も凛々しいものに変化する。彼女らは絶望しない。後悔する暇があるのなら、武器を手に取り前へと進む。
 マナは薄く笑みを浮かべながら、
「ボランティア・クラブ――活動開始だよ」
 ここに宣言した。


貧家偽典・グッドナイトムーン
第三話『かの塔は血と殺戮を孕む混沌の祭壇』

七桃りお 原作・大根メロン


 とある屋敷。
 広大な敷地を誇るこの屋敷の主である、漆黒のドレスの少女は古めかしい黒の受話器を右手に握っていた。その華やかな姿とは裏腹に、今は眉間に皺を寄せて怒鳴り散らしている。
「――誘拐された!? ちょ、彼は私の可愛いメイドなんですよ!! ……いいでしょう、彼のためならば無償で協力します。それにあなたには一つ借りがありますしね。……ええ、分かりましたわ!!」
 最後に大きく怒鳴りつけ、叩きつけるように電話を切った。
 振り返り、胸元に手をかける。少女はドレスを勢い良く脱ぎ捨てながら、
「茨木、旅支度をなさい! 清水、髭切を!!」
「畏まりました御嬢様」
「りょうかいですぅ……って、花音さんはどうするんですかぁ?」
 幼いメイドの問いかけに、少女は少しばかり考える素振りを見せた後、
「――内緒にしておきましょう。あの人は、いささか抜け駆けが過ぎますからね」



 とある中華飯店。
 熱気の篭った狭い店内の一角に、ものすごい速度でものすごい量の料理を食べる少女――否、僵尸がいた。少女姿の僵尸は、肩と耳に携帯を挟みフリーの両手で炒飯にバクつきながら、
「むぐ……現地にいるアルよ。とても私一人の手には負えないアル。……は? 現地の異端審問官と手を結べ!? そ、そんなの嫌アルよ! ……え? 命令に従わないと解雇? ついでに離反者として処罰される? じょ、冗談アル! 喜んで協力するアルよ、うんうん!!」
 携帯を器用に肩で切り、麻婆豆腐を一気に飲み干した僵尸は虚空へ向かって言う。
「あーあーあー、何であんなやつともう一度手を組まないといけないアルね! 最悪アル!!」
「――それは奇遇ですね。私も死体ともう一度協力作戦だなんて、死んでも嫌です」
 それは少年の声だった。
 声は僵尸の背後から投げかけられており、一緒に殺気も突きつけている。僵尸は、突きつけられる殺意を受けながらもゆっくりと振り返り、
「だったら殺してやるアルよ? 一度死んでみるのも案外良いものアル」
「ご冗談を。死体程度に私は殺されませんよ。むしろ本格的にこの世から消滅させてあげましょうか?」
「いい度胸アル……!!」



 とある一室。
 身体にバスタオルを巻きつけた少女が、音を放つ携帯をプッシュ。それを耳に当てながら、
「要芽ちゃん、どうしたの? ……え゛!? お兄ちゃんが!? ちょ、どういうこと!? ……じゃあ、詳しい話は後で聞かせてもらうね。……うん。私もあの噂、気にかかってたところだったの。……大丈夫だよ。玉兎はいつでも出せる。問題は美空ちゃんなんだけど……うん、私のほうから連絡入れておくね。じゃ、また後で」
 少女は濡れた髪を拭きながら、右手の携帯でコールする。
「あ、美空ちゃん? 大変なことになった……え? 今の私? うん、お風呂上りだけど……え? 今すぐこっちに来る? いや、ちょっと待って! それより大変なことが――あ」
 電子音。通話終了していた。
 どうしたものか、と少女は思いため息を一つ――その瞬間。
「かーぐーやーさーん!!」
 窓を突き破り制服姿の少女が登場した。そのままバスタオルのみの少女へと襲い掛かる。
「きゃあ!! ちょ、美空ちゃん早っ!!」
「うふふふふステュンでトバして来ましたから!!」
 制服の少女はバスタオルをひん剥きながら、
「風呂上りで上気する頬! 濡れた髪! 火照った肌! きゃー迦具夜さんってば大胆☆」
「脱がしてるのはそっちでしょー!! あ、駄目! タオル取っちゃ、やぁっ!!」
 ばさっ、と宙を舞うタオル。同時に制服の少女がル○ン・ダイヴ。
「ぁ……んっ! い、嫌ぁ!」
「おや? 言葉と裏腹に……うふふふふ、可愛いですね〜」
「あ、ちょっ! そんな、とこ、きたないってばぁ……っ」
「さっきお風呂に入ったんでしょう? だったら大丈夫ですよ……っと、私も興奮してきました」
「はい!? ちょ、これ絶対おかしい――ぁんっ!」
「んむ……どこもおかしくありませんよ? いたって健全な愛の営みじゃないですか」
「頭おかしい人だからこそ自分がおかしいって気づかないんだね……ひぅっ!」
「あはは、もう何でもいいやー! さあさあさあ! いざいざいざ!!」
「いやー!!」



 そして――星丘高校。
 砂の面に、二本の太刀が突き立てられていた。
 草薙剣と天羽々斬。
 一度帰宅したマナが持ってきた二振りの神剣だ。同じく緋姫の火器の補充を行い、リュックから覗くグリップの量が格段に増えている。瀬利花と要芽は両親に遅くなると連絡済だ。準備は万端だとマナは思い、
「さて――と」
 グラウンドから神剣を引き抜きながらマナが告げる。
「戦力の補充はこれで十分だね。といっても、私達以外は敵の分散に回ってもらうけど」
「それは利用か?」
 瀬利花が、薄く笑みを浮かべながら言った。
「む。今現実化しているアレとかソレは、星丘住人の『恐怖』そのものがマスケラの手によって具現化したものなんだよ。その『恐怖』そのものはこの世界に一つの存在として顕現してるから、物理的・霊的手段で消滅させることはできる。もっとも、『恐怖』の原典――瀬利花はマノンを、要芽はファフナーを斃すことだけは絶対にできないけど」
 その言葉に、名前を呼ばれた二人が沈黙する。
「だって『恐怖』だからね。住人の恐怖は、それを上回る戦闘能力さえあれば打破できる。だけど、恐怖を抱いた者が抱いた恐怖に打ち勝つことは出来ない……と思う。戦ってみないと分からないかもしれないけど、私としてはそんなので貴重な戦力を減らしたくないからね」
 貴重な戦力、を強調したマナは言葉を続けた。
「それに塔に案内されたのは私達だけだしね。まぁ街の異常をおいそれと見逃すことができるような冷徹なヤツは匠哉の知り合いにはならないだろうけど……不愉快ながら」
「……作戦はだいたい分かりました。つまり私達四人だけで塔を制覇するんですね?」
 緋姫の問いにマナは頷く。すると要芽が、
「それはいいけれど、そもそもあの塔に辿り着くまでどうするつもり? あの警備網を突破するには並外れた機動力か火力が必要なんだけど。ロボ専門の迦具夜は何故か連絡つかないし……」
「大丈夫だよ」
 マナは言う。
「――タクシーを呼んであるからね」

 同時、グラウンドに滑り込んでくる紅の車体。

 ランボルギーニ・ディアブロ。
 赤色にリペイントされた超高性能スポーツカーが爆音とともにマナ達へと迫る――その瞬間、ディアブロは突然急停止しスリップするようにターン。砂塵を纏いながら、赤い悪魔はマナ達の眼前で停止した。ガルウイングのドアが開き、運転手の顔が月光に照らされる。少女だった。マナは運転席に近づき、少女に声をかける。
「こんばんわ、『加速狂アクセル・フリーク』」
「ん。……今日はどちらまで?」
「あの奇怪な塔までお願い」
「了解」
 短いやり取りを終えたマナは、背後の三人に声をかける。
「はい、乗って・・・
 動かない三人。動けない三人。
「え? どうし――」
「それは俺が教えてやろう!!」
 突然、ディアブロから男の声が。声は助手席から響いたので、全員がそちらへ視線を向ける。
 そこにいたのは、灰島泉。彼はシートをばんばんと叩きながら、
「これは二人乗りだ!」
 途端、さらに沈黙。
 十秒以上の間を置いた後、マナが運転席の少女に問いかける。
「え、マジ?」
「四人だなんて聞いてなかったわ」
 少女の言葉で自分の失態に気づき、マナはショックを受ける。しかし三秒で立ち直ったマナは晴れやかな笑顔で、
「気合で乗ろう!」
 三人はそんなマナと、ディアブロと、泉を見た後にこう言った。
「無理!!」



 結局、泉を蹴り出した一行は、すし詰めの形で出発した。赤いディアブロが闘牛の勢いで住宅街を快走する。マナ達は運転席まではみ出さないよう努力するも、
「ちょ、何処触ってるのよ!」
「触るもなにもあなたのこの無駄な脂肪が邪魔なんです……っ!!」
「……悪い緋姫。それは私のだ」
「霧神さん!? ああもうふにふにさせやがりまして!!」
「な……ッ!? そんな緋姫、掴むだなんて大胆な――続けてくれ!」
「……うーん、何て会話をしてるんだろう」
 ぎゃーぎゃーと騒ぐ四人を無視して運転手――白酉飛鳥はアクセルを踏む。星丘高校からイースト・エリア中心部までの距離はそう遠くない。このディアブロならばほんの数分で辿り着けるだろう。
 だが次の瞬間、飛鳥はありえないものを、見た。
 天上。
 輝く満月とは、別の光源。
 それを察知した飛鳥は反射的にハンドルを切る。
 途端、衝撃が来た。
 スピンの衝撃ではない、光と音を伴った爆発だった。それに煽られ吹き飛ばされながら、飛鳥はフロントガラスから空を見る。そこには――右腕と同化した砲を構える、天使がいた。
 ビームで形成された二対翼を、威嚇するかのように広げて浮いている。先ほどの衝撃は天使の砲から発射されたものか、と飛鳥は思う。ミラーで着弾した道路を見れば、大きな穴が穿たれていた。
 ……まずい。
 あの天使が一体何なのかなど、この際飛鳥にはどうでもよかった。だがアレは依頼の遂行に邪魔になる。依頼の失敗だけは、飛鳥のプライドが許さない。天使に敵意をぶつけながら、飛鳥はアクセルを踏んだ。
 今ディアブロが走っている道は一般道路だ。噂の夜が故に車の姿は無いとはいえ、無茶な走行はできない。だが相手は宙を自在に動き回り、なおかつ遠距離攻撃までできる。
 と、頭上の天使が、悪魔ディアブロへもう一度砲を向けた。
「っ……!!」
 今度はハンドルを切り、光の弾丸を回避する。爆発の衝撃を追い風に、ディアブロは更に加速した。数十秒の間隔を置いて発射される光弾を退けながら、ディアブロはイースト・エリアへと突入する。
 事故か何かでもあったのか、イースト・エリアの入り口付近は吹き飛ばされていた。しかしこれは飛鳥にとって好都合だった。この広さなら楽々攻撃を避けられる。
 が、しかし。
「ウソ……!?」
 攻撃が無力化されたことに気づいたのか、天使は砲から長い光の刃を発生させ、背後から高速接近してきた。水蒸気の尾を纏いながら、一秒で激突する。どんなハンドリングでもあの攻撃は避けられない。
 バックミラー越しに、スロー再生のような光景を見る。天使が迫り、刃が振るわれ――

「ったく、困ってるんなら素直に助けて言えっての。俺は女の子の頼みなら絶対に断わらないぜ」
 微かな声と共に、天使の刃が腕ごと吹き飛んだ。

 飛鳥の見詰めるバックミラーには、火花を散らしながら後方へと消えてゆく天使が映っている。だが、飛鳥が見つめているのはそれではない・・・・・・
 エアロパーツに腰掛ける――灰島泉の姿だった。
 ディアブロは未だ高速で走っているというのに、泉はエアロの上に悠然と座っていた。その手には一本の定規がある。授業で用いるようなものよりも更に長い、一メートル定規だ。
 泉が何かを呟く。それは飛鳥には伝わらなかったが、彼は苦い表情をしていた。見れば、泉の制服は焼け焦げていた。あまりの至近距離で切り払ったために、爆発の余波を受けたのだろう。
 と、泉が飛鳥の視線に気づいた。泉はニタニタといやらしい笑みを浮かべて、ちょいちょいと上を指差す。それで飛鳥は悟った。車の上部にヘバりついていたのだ、と。飛鳥はそんな泉を見て、
「邪魔!!」
「のぅわぁ!!」
 さらに加速した。その勢いで、泉は転げ落ちそうになる。慌ててエアロを掴んだ。すると飛鳥は車体を揺らし泉を振り落とそうとする。顔が真っ赤なあたり、助けられたことが悔しかったのだろう。
 と、ぶおんぶおん揺れる泉の向こうに――天使の姿を見た。
 飛鳥は直感で悟る。
「体当たり……!?」
 唯一の武器らしい右腕は泉によって切り飛ばされた。攻撃手段を失った天使は、自らを犠牲にディアブロを止める作戦に出たらしい。個より群である機械の軍勢らしい手段だった。
 だがこれが一番厄介だ、と飛鳥は思う。泉が迎撃しても爆発はディアブロを吹き飛ばすだろう。そうこう考えているうちに、スラスターから陽炎を噴出す天使が迫っていた。
 ああ、と飛鳥は嘆く。エアロでジタバタしている男と知り合ってからロクなことがない、と。彼の傍に居ると必ずどこかでポカしてしまうし、なにより彼が気に食わない。
 いつの間にか、泉はエアロの上で定規を構えていた。絶望的だというのに、まだあの馬鹿は諦めないのか。やれやれ、などと吐息をつきながら、飛鳥は終わりを覚悟し――気づく。
 最後の最後まで泉のことを思い浮かべている自分に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 飛鳥が短い悲鳴を上げた――その瞬間。
「――『断解水月』!!」



 迦具夜は夜空を舞っていた。
 ステュンファロスの機械で埋め尽くされた・・・・・・・・・・コックピットから飛び出したのだ。美空の所為で無駄な時間を食ったために、迦具夜はとある行動が余儀なくされた。その方法は、高速移動を可能とするステュンファロスに迦具夜と美空の二人で乗り込む、というものだった。
 が、しかし。コックピットは当然一人用で、つまり美空と密着することになるわけで――そこで迦具夜は考えるのを止めた。思い出すだけでも恐ろしい。
 迦具夜がコックピットから脱出もとい出撃したのは、眼下で白い機械兵に襲われる赤の車両を発見したからだった。二人が詰め込まれているステュンファロスでは、十分な操作ができない。よって迦具夜はステュンファロスをフリーにするためと、自分も戦うために夜闇へと身を投げたのだった。
 冷たい夜風を全身に感じながら、迦具夜は叫ぶ。
「来たれ我が偶像、月にて秘薬を搗く者よ――玉兎!!」
 その声に呼応するように迦具夜の背後にある空間が――裂けた。
 巨大な円弧の空間断裂が発生し、その内側から白の人型が飛び出してくる。迦具夜と同じように四肢を広げ風を切るその姿は、迦具夜の何倍にも及ぶモノ。迦具夜と人型が重なるその瞬間、人型の胸部が開き迦具夜を飲み込んだ。ハッチは閉じられ、内部に組み込まれた迦具夜は、全身を駆け巡る懐かしい感覚に身を預けた。美空との一件の名残の所為か、どこかむず痒さを感じながら、人型と迦具夜が連結していく。
 その瞬間、人型の表面に光が奔った。表面がさらに白く、純白へと変わってゆく。
 それこそが、玉兎の完成。
 赤の車両と天使姿のオートワーカーを視界に入れながら、玉兎は大気を震わせ言い放つ。
「封印解除――」
 玉兎の背部で金属音が響く。手を伸ばし一気に引き抜くと、そこには刀身のない剣があった。
 刃はない。必要がないのだ。
 この剣は、ある種の結界。世界に境界を創るもの。
 相手がどれだけ硬くても、逆に柔らかくても関係ない。どんな物質であろうと、存在を支える空間が断裂したら、一緒に真っ二つになるのみだ。
 剣を己の正中線に沿うよう真っ直ぐ上段構える。天使はもう目の前だ。だが、天使を切りつけてしまえばその爆発に車も巻き込まれる。だから玉兎は、
「――『断解水月』!!」
 車と天使の間にある僅かな空間を裂いた。
 車へ突進を仕掛けようとしていた天使は『世界の果てデッド・エンド』にぶつかり、弾き返される。もちろん車は前に進んでいるため、その障壁にぶつかることはありえない。一瞬、視界にエロいクラスメイトが映ったような気がしたが、気のせいだろうと納得する。
 そんなことよりも。
 玉兎は大地へと降り立った。脚部に衝撃を感じながら、玉兎は全身から火花を散らす天使を睨みつける。
「……コレが、お兄ちゃんを攫ったヤツの手下!」
 大気を震わせると共に、玉兎は剣を横に薙いだ。天使は容易く両断され、血飛沫にように機械片を撒き散らしながら爆発する。弱い。
 玉兎は振り返り、想い人が攫われたらしい塔を見る。
 塔の周囲には今撃破したものと似た様なオートワーカーが――百体近く浮遊していた。
「……今私がやりたいことは、お兄ちゃんを助けること」
 しかし、
「今私がしなくちゃならないのは、アレを全て壊すこと」
 天使の軍勢は数も多く、一機も巨大だ。人間サイズの者が、ロボットを斃すことはかなり難しい。
 だが玉兎が全機撃破するころには、匠哉の救出は終わっているだろう。少しばかり不愉快だが、それだけ頼りになるクラスメイトが救出に向かっているのだ。つまり匠哉の救出は他の人でもできるが、天使の破壊はプロトイドルを操る者にしか出来ない。想い人をとるか、街の安全をとるか。
 その二つを天秤にかけ――迦具夜は、街の住民をとった。
 それは迦具夜にとって心苦しい選択でもあったが――同時に、清清しくもあった。
 何故なら、
「お兄ちゃんも、そうしたと思うから……!!」
 全てを救うことは出来ない。想い人か町の安全か。どちらかを選ばなければならないのだから。
 それでもなお、全てを救いたいと願う少年がいる。
 彼ならば――天使の軍勢を、想い人が救出される前に撃破してみせるだろう。
 そうして、本当に全てを救ってゆく。
 そんな、無茶苦茶な少年。
 だからそれに倣おう、と迦具夜は思った。そうすることで、彼に一歩近づけるかもしれないから。
 迦具夜――玉兎は、天使の軍勢へ向けて咆哮する。
「この程度じゃ、私を止めることなんて出来ないんだから!」






 月が一際大きく輝いている。
 半径百メートル強の円形広場は、それだけで地上から遙か遠く離れていることが分かる。だが風は微風でしかなく気温も常温。広場――塔の頂上は、何らかの力場によって防護されているようだった。
 その頂上に、影があった。黒いもやで構成されたソレは、影としか言いようがない。
 影が、背後に問う。
「やぁ。ひさしぶりだね」
「こんばんはなのだ――ナイアルラトホテップ」
 塔の広場にはいつの間にか少女の姿があった。影はゆっくりと振り返り、長い髪をだらしなく地面に落とした少女をポッカリと空いた黒い眼で見つめ、告げる。
「キミは私を覚えていないと思っていたのだがね。しかしその口ぶりからするに『私の本質』は覚えていてくれたみたいだ。それを嗅ぎつけて現れたってところかな?」
 影の問いに少女が頷く。
「こんなモノ建てるから、目が覚めてしまったのだ〜」
「ああそうか、それはすまなかったよ。キミを起こすつもりはなかったんだ」
 影はとても優しげに、親しみを込めた声で言った。それに少女は興味がなさそうに、
「そうゴマをすらなくてもいいのだ――しぃは、別に塔を壊しに来たのではないのだ」
「……ほう。人間の街の一つ、どうだっていいということかい?」
 声から馴れ馴れしさが取り払われ、威圧的な口調へと変化する。だがしぃは顔色一つ変えずに言う。
「全然違うのだ」
「では何故だ?」
 影の問いに、少女はさも当然のように告げた。
「何故なら――どうせおまえの企みは潰えるのだ。しぃが手を出さなくとも、必ず」
 その一言だけを残して、しぃの姿は掻き消えた。
 残された影は、再度月へと視線を戻す。
 まあるい月。
 それを眺めながら、影はくつくつと哂い始めた。



―次回予告―

彼はあまりにも危なっかしい
それはどうしようもないぐらい
だから誰かが、彼についてやっていなければ
でもそれは、彼を抑えつけるんじゃない
彼が勢いを出しすぎて迷わないよう、道しるべになるため
その道しるべは、彼を正しい道へ案内しないといけない
だから一番マトモな私がやるべきだ、と思う
別に、おかしなところはない
とても論理的で冷静な大人の判断よ

次回、グッドナイトムーン第四話――『忌まわしくも愛しいその名』

そのためにまず、このハンマーで邪魔者を消さないといけないわね





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