世界を灰に帰せしめん ダヴィデとシビラの証のごとく 審判者やがて来りまして 万の事厳かに糺し給わん 人々の恐れ戦き如何にや在らん 全土の墳墓に響き渡る 妙なる喇叭の響きにて 人みな玉座の下に駆り集められん 死と自然は驚かん 其は造られたるもの審判者に 答えんとて甦ればなり その時世を裁かん為 全ての事柄を書き表されし 文は差し出されん かくて審判者出でて座し給うや 隠れたる事悉く顕れ 一つとして報いられざる事は無からん 彼の日こそ怒りの日なり 世界を灰に帰せしめん ダヴィデとシビラの証のごとく その時哀れなる我 果たして何をか言わん 誰をか弁護者と仰がん 仰ぐも畏き御霊感の大王 御恵みもて救わるべき者を救い給えば 我をも救い給え慈しみの泉よ 慈悲深きイエズスよ 天降り給いしは其も我が為なりしを 彼の日我を滅ぼし給わざれ 我を訪ねんとて疲れて座し給い 贖わんとして十字架の苦しみを忍び給いし故 かかる労苦を空しからざらしめ給え 厳しく罰し給う正義なる裁き主よ 裁きの日の至るまでに 赦しの恵みを施し給え 我過ちたれば嘆き 罪を恥じて顔赧らむ嗚呼天主 平伏して願い奉る我を許し給え 主はマリアを赦し 盗人の願いを聞き入れ給いしに依り 我今もまた望みを抱かせしめ給えり 我が願いは相応しからざれど 善き主よ御慈悲もて 我を永遠の火に焼けざらしめ給え 羊のうちに我を置き 牡山羊より我を離れしめ 右に立たしめ給え 呪われし者を恥じせしめて 烈しき炎に渡し給わん時 我を祝せられし者と共に招き給え 平伏して灰の如く砕けたる 心もひとえに願い奉る 我が終わりを計らい給え 彼の日こそ怒りの日なり 世界を灰に帰せしめん ダヴィデとシビラの証のごとく 彼の日や涙の日なるかな 人罪ありて裁きを受けんとて灰より甦らん されば天主その時彼らを許し給え 慈悲深き主イエズスよ 永遠の安息を彼らに与え給え アーメン ――『怒りの日』
狭いというのに幾つもの机と人が押し込まれた部屋がある。 教室だ。 各々が昼休みを過ごす中、とある男子生徒の机の前に数名の制服姿が集まっていた。 「はい、ボランティア・クラブの第666回臨時ミーティングを始めまーす」 「いやそんなに活動してないわよ私達」 「どうでもいいですけどマナさん、さりげに先輩の席に座るの止めていただけませんか?」 「ひ、緋姫! 座りたいのなら私の席を――」 緋姫は無視した。崩れ落ちる瀬利花を蹴飛ばしながらマナは言う。 「えー? 匠哉は私が憑いてるんだから、ぶっちゃけ匠哉の全ては私のものなんだけど」 「こっ、この卑怯者! 卑怯神!」 「いや卑怯神って……」 呆れたとばかりにマナはため息をつく。そんなマナに緋姫はばんばんと机を叩き割りながら、 「そもそも年齢でいったらぶっちぎりでマナさんがあえて包み隠さずはっきり言いますけどババァですよね!? 何百歳年下に惚れ込んでるんですか! 性別逆だったら犯罪ですよー!!」 「な、ババァ呼ばわり!? 神に喧嘩を売るかゴルァ!!」 マナの背後に八雷神が現れる。そんなマナを見つめながら要芽が言う。 「……のわりには体格は発展途上よね。まぁ発展途上といえば緋姫、あなたもどっこいだけど」 「む、胸なんて脂肪分の塊です! そんなのが大きい女性はラクダ女なんです!」 「あら、近くから負け猫の鳴き声が。それと言ってることが意味不明よ。貧乳に加えて貧脳? 最悪じゃない」 「殺シマス……ッ!!!」 銃声とマズルフラッシュ。しかし要芽は妖精のキィホルダーを投げつけることで銃弾を回避した。 「か、かなめぇ……酷いの、さ……」 要芽は無視した。 「流石に素早いわね。凹凸が無いだけあるわ。これじゃあ私負けちゃうわ」 「あ、ああああああなた最悪ですね!」 二人の間にバチバチと火花が灯った。生徒はそそくさと手馴れた様子で避難していく。 と、ようやく復活した瀬利花が鬼の形相の二人の間に割り込んだ。 「やめるんだ緋姫! 級長もだ!」 緋姫と要芽は割り込んできた瀬利花の――胸を見る。 「要芽さん……」 「どうやら共通の敵が出来たようね……」 「え、え、ええ!?」 わけもわからずうろたえる瀬利花。緋姫は何処からともなくRPG7を取り出し、要芽はハンマーを顕現させる。 「前々から思ってたんですよ、校内でブンブン木刀振り回すのは校則違反だってことを!」 「ひ、緋姫も銃をバカスカ撃ってるじゃないか!」 「私はいいんです。国に認められてますから」 「法律上問題なくても倫理上問題があるような気がしないでもけど……とりあえず瀬利花を消しましょう」 「級長!? それに待て! 私は緋姫の事が――」 「誤魔化しても無駄です――アーゥピージィィィッ!!!」 「ひ〜め〜!!」 ちゅどーん、ずばぁーん、どごぉーん。 そんな荒唐無稽を遠くから眺める迦具夜は、ゴミのように吹き飛ぶ生徒を避けながら思う。 「常識ってのが無いのかなぁ……」 と、迦具夜は背中に衝撃を感じた。予想は出来ている。 「迦・具・夜さ〜ん☆」 「美空ちゃん、抱きつくのは止めてって――ちょ、ま、何で脱がしてるの!?」 「いえ、もう私たちが出会ってからかなり経ちましたし新たなステップに進んでもいいんじゃないかと」 「真顔と冷静な声で変態街道驀進宣言しないでよぅ! そして何故に公開プレイ――あ、ちょ!」 「ハァハァ……!!」 「いやー! 玉兎ー!!」 現れる純白の騎士と迎え撃つ青銅の怪鳥。常識皆無の地獄絵図だった。 さらにそんな百合空間を写真に収めながら、灰島泉は言う。 「……みんなエロいな!」 途端、沈黙。 その三秒の間を置いた後、クラスメイト全員が口をそろえてこう言った。 「――鏡見ろ!!」 「……で、この有様か」 俺が激安ラーメンから帰ってくると、教室が根こそぎ吹き飛んでいた。アホか。 「す、すいません先輩……」 「まったく。どこぞの女が爆弾やら何やらを使うから……」 「あなたも必殺技使ったでしょう……!!」 「ま、まさか宝刀を使うことになるとは……」 うわあ。教室に居なくて助かった。 とりあえず臨時の教室へ移動する俺達。お咎めはなし。不問というかもう放置らしい。 「さて、匠哉も帰ってきたことだし臨時ミーティングを始めるよー」 「何事も無かったかのように言うな」 俺の言葉は無視された。 「さて、最近星丘市で不思議な噂が流れているのは知ってる?」 「……噂? 俺は知らん」 「匠哉は友達少ないからね」 うるせぇ。気にしてるのに。 と、緋姫ちゃんが小さく手を挙げた。 「あ、私知ってます。あれですよね――『願いを叶えてくれる女の子が現れる』」 「願いを叶えてくれる、か。しかし私が知っているのは『財宝を守る空飛ぶ竜が現れる』というものだが」 「……不愉快なファンタジィね。でも私の知ってる噂は『生き血を啜る吸血鬼が現れる』よ」 緋姫ちゃん、瀬利花、級長と噂の内容を言った。そのどれもがバラバラで―― 「どうしたの匠哉。もしかして――噂に心当たりがある?」 「……ああ。心当たりも何も、その全て知ってるよ」 マノン、ファフナー、伯爵。俺が関わったことのある奴らだ。 「でも何で今更噂になってるんだ。当時は隠蔽工作がされて当事者と目撃者以外知らない出来事だったろう」 いつかあのエセ中華娘が言ってたっけ。報道管制。 「他にも噂はあるみたいだよ? 『夜の街にドッペルゲンガーが現れる』や『巨大な人型ロボットが現れる』」 マナはもったいぶる様に一拍置いてから、 「――『人食い少女が現れる』とか」 それは、やはり。 「……そうか。で、俺達は一体何をするんだ?」 マナがにやりと笑う。やっぱりノってきたか、とでもいうように。ムカつく。 「簡単なことだよ。この噂は私達にとっても全く関係ないものじゃない」 瀬利花と級長の表情が一瞬強張った。 「だから私達ボラクラで――噂の真相を確かめるんだよ。活動は今日の放課後から。では解散」 「放課後に先輩と街を歩く……で、でぇと……」 「私達もいるんだけどね。うわ、マジで視界に入ってないみたいだよ」 「ひ、ひ〜め〜」 「……今なら殺れるかもしれないわ」 俺はいつも通りのマナ、何故か顔が真っ赤な緋姫ちゃん、何かヘタレな瀬利花、殺気を放つ級長を引き連れながら町を探索していた。道行く人に聞き込みをしながら、時には人づてに情報元を探りながら放課後を過ごしてゆく。 そんなこんなて――夜になった。 「成果なし、か」 「やっぱりこういう都市伝説じみたものは難易度高いわね……」 噂はたしかに街中に蔓延していた。特に星丘高校生徒の噂感染率は九割近く。知らなかった俺の方が特異な存在だったみたいだ。うーむ、噂なんて興味ないしなぁ。 噂の出所を探ろうと芋づる式に追ってもみたのだが、途中で必ず途切れてしまう。これは情報操作の類というよりも、都市伝説などによくある傾向に思えた。 出所の知れない噂。忍び寄るカタチなき恐怖。 この噂はどれも聞いた人間に恐怖を与えていたみたいだ。こういう噂で好奇よりも恐怖が前に出ることは珍しい。噂の現実化を恐れ、夜には人の通りも少なくなる。 星丘市は、確実に噂に蝕まれていた。 最後に俺達は、緋姫ちゃんの知り合いの情報屋に会いに行くことになった。 「明日の天気からお隣さんの浮気まで、何でも知ってるんですよ」 何か月並みな売り文句だった。つかそれ、偏りすぎてないか? イースト・エリア。 日本最大のスラム街。化け物じみた奴らの蠢く魔の領域。 その入り口付近の小さな店に俺達は案内された。 あなたの運勢占います――そう書かれた看板を見ながら俺は言う。 「占ってもらうのか?」 「これはカムフラージュです。合言葉とかいろいろしたら情報屋が来ますよ。ま、私は顔パスですけどね」 なんて言いながら数分。 ようやく情報屋とやらが現れた。真っ黒なローブを被った人物だった。 「あれ? 代替わりでもしたんですか?」 「ああ。前の奴は死んだよ。殺されたんだ」 初っ端から重い話だ。 しかしこの情報屋、顔はフードに隠されてよく見えないし、声もちょっとこもってて聞き取りにくかったが、 「ったく……俺に嘘は通じんぞ、マスケラ」 「……おやおや。バレてしまったか――」 瞬間。 俺はマスケラを蹴り飛ばした。 紙の様に吹っ飛んで、壁にぶち当たるマスケラ。ローブのフードが外れ、顔が顕わになる。その口からは一条の血が垂れていた。知るか。 「悪いな。だけど決めてたんだよ。お前に次会ったら蹴り倒してやるってな」 緋姫ちゃんたちが驚くのを無視して俺は言った。 よろよろとマスケラが立ち上がり、血を拭いながら――あの胸糞悪い笑みを浮かべる。 「いやいや。今のはなかなか効いたよ。しかしそこまで怒るとはびっくりだ」 「別に怒ってるわけじゃない。言うなら……そうだな、ケジメってやつだ。グダグダ長続きさせるような問題でもないしな。一発お見舞いしてそれでチャラだ」 「ふむ。そのざっくばらんとした所、私は好きだよ」 「悪いがお前は好みじゃない」 俺の言葉にぴくっとマナ達が反応したような気がしたが……気のせいだろう。 「もしかして、本物の情報屋も殺したのか?」 「まさか。彼は本当に殺されたんだよ。私はそれを利用させてもらっただけだ」 「ずいぶんと都合がいいな」 「なんでも彼は――自分と瓜二つの存在に殺されたらしいね」 「――――!!」 皆が一斉に反応した。 震えた声で緋姫ちゃんが言う。 「……それは本当なんですか?」 「本当だとも。何でも今、色々な噂話が蔓延っているようだねぇ」 ドッペルゲンガー。 以前のアレを引き起こしたのは、誰だったか。 浸透する噂話。 蔓延する恐怖。 発生する殺戮。 俺は一度大きく息を吸い、言った。 「――全てはお前の仕業か」 「――鋭い男は大好きだよ」 空気が硬直した。 そしてそれを破ったのは、俺。 「……何のために?」 「ははっ、『何のために』と来たか。行動を起こす時に動機や目的が必要となるのは、人間の属性だ。私に、それは当て嵌まらないよ」 マスケラは、歪な笑顔を浮かべる。 「あえて言うなら……そうだな、『暇潰し』という言葉が1番適当だね」 かつてのやりとり――その繰り返し。 いい加減、疲れてくる。 「……だったら俺がやることはただ一つだ」 俺は正義の味方なんかじゃないが――こんな化け物を放っておけるほど馬鹿でもない。 「くっくっく……嬉しいなぁ」 「……何?」 くつくつと哂うマスケラは、本当に可笑しそうに犯しそうに哂っている。 「いや、君が関わるもの全ては破滅してきたからな――今度破滅するのはどちらだろうと思って、な」 「――――!!」 動いたのは俺じゃなかった。 一瞬で級長、緋姫ちゃん、瀬利花、そしてマナが各々の武器をマスケラに突きつけていた。 「不愉快だわ……あなた」 「先輩は私がちゃんと護り抜きます」 「緋姫は私が護る」 「だったら私は皆を護るよ」 「……だ、そうだ。どうやら良い俺は友達に恵まれてるらしい」 友達という言葉にぴくっとマナ達が反応したような気がしたが……気のせいだろう。 「どうする、マスケラ。今ならもう一発蹴るだけでチャラにしてやるが?」 「残念だが遠慮しておくよ。私はサドらしい。好きな子をいじくり倒すのが楽しくてねぇ」 「あなたは……ッ!!!」 緋姫ちゃんが射撃していた。 FN P90から発射された一秒あたり十五発の弾丸は、しかしローブしか打ち抜けなかった。俺達の前からいつの間にかマスケラの姿が消失し―― 「妬けるねぇ」 耳元。 「――匠哉!!」 瀬利花の咒怨桜が俺の肩右上と顔右横の空間に突き立てられた。だが血飛沫はない。振り返ればまたもやマスケラの姿はなかった。だというのに、 「ははははは! 私ももう現状に飽きていたところだ! 次のステップに進もうじゃないか!!」 声だけが聞こえてくる。不愉快な笑い声だけが。 「歌われるは滅びの歌! 集い来るは異形の存在! 仮面舞踏会の幕開けだ!!」 その瞬間。 「――さあ創めよう! 新たな混沌の物語を!!」 店が破裂した。 突然の浮遊感と熱を感じながら、俺は店ごと外から爆破されたことに気づいた。それはマナ達も同じのようで、各々受け身をとって華麗に着地をする。しかしそんなスキルのない俺は頭から落ちた。 「っぷは!」 瓦礫から頭を引っこ抜いた俺が見たのは、 「……マジかよ」 ――百人近くにも及ぶ、緋姫ちゃん達のコピィだった。 さて、壮大なる祭りごとが始まったわけだが――些か派手さにかけている 祭というものはもっと華やかなものだろう? だから私は盛り上げよう 街を覆うくらいの大きな祭がいい 全ては彼のために あの最低最悪の害悪存在のために 何故なら、混沌こそが彼のあるべき姿だからだ そう、私と彼は同じなのだから 次回、グッドナイトムーン第二話――『かつての最悪と災厄その再来』 やはり私は――恋焦がれているようだ
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